(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 十

2014-10-26 20:36:39 | 新転地はお化け屋敷
「すぐにってわけじゃないですけどね。一時間くらい休憩……いや、休憩っていうのも変な感じですけど、時間を挟んでからってことになるみたいです」
 これが仕事や学業だったりするならともかく、祝いの式典の後に休憩のための時間が必要ということになると、面倒臭い行事扱いをされてるような気になってしまうようなそうでないような。と言ってももちろん実際にはそんなことはありませんし、祝い事だろうが何だろうが疲労は貯まるだろう、という話でもあるわけですが。
 なんたって、普通は、なんて修飾をするのが馬鹿らしくなるほど一日に一回だけなのが当たり前な結婚式を、しかも二連続をすっとばして三連続なんですしね。となればそりゃあ休憩だって必要になろうというもので。
「場所はここのままでいいんだっけ? 下の――家と言うか旅館と言うか、じゃなくて」
「はい。式で使ったのとは別の部屋になるそうですけど」
 続けて向けられた質問にはそう言って頷いてみせた僕だったのですが、しかし考えてみると、山の上に建ってるってだけでも凄いのにそのうえどんだけ広いんだこの建物、なんて。もちろん、今になって思うようなことではないんでしょうけど。
 ……というか山の上に建物を建てるって、どうやって執り行うものなんでしょうね? いやそれは別にここに限った話でもないわけで、だからこれについては「四方院さんスゲー」という話とはまた別のものになってくるわけですが。
 などと一般庶民然とした疑問を――工事に関する知識ということにするなら、一般庶民という括りも変なのかもしれませんが――頭に浮かべていたところ、控室のドアが開く音。
 まさか三十分くらい休憩と言ったばかりなのにもう、などと一瞬背筋をひやりとさせもする僕だったのですが、ドアの方を振り返って一安心。そこに立っていたのは、衣装替えを済ませた家守さんと高次さんなのでした。
 ――時間があるとはいえ、次の予定は披露宴。ならば自分達以外の式に参列していた僕達や大吾達はともかく、家守さん高次さんはその披露宴用の衣装を着ていて可笑しくない場面ではあったのでしょう。
「あれ?」
 が、しかし控室に入ってきたお二人を見て、栞は首を傾げるのでした。何があったかと言いますと、家守さんと高次さん、そのどちらもがスーツ姿だったのです。
 高次さんだけならまだしも、といったところではあるのですが、そんな格好の二人が並んでいるところを見て何を想像するかと言われれば、それはやはり普段のお仕事です。……が、しかしまさかこの状況でそれはないんじゃないでしょうか? 今日という日に今日という日の主役が仕事だなんて、というのはもちろん、同業者かつ超が付くほどの大手である四方院の中で二人が仕事だなんて、という話もあるわけですし。
 と、そうしてあれやこれやと考えている間に、その二人がこちらへ向かってきました。
「よっ、お待たせ」
「いや楓、別に待ってもらってたわけじゃないだろ」
 即座に突っ込む高次さんでしたが、言わずもがなその通りではあるわけです。ご友人の付き添いをしている立場だというのはもちろんなのですが、とはいえそれはこちらから申し出たことではあるわけですし、その申し出の際に家守さんを介したというわけでもありませんしね。
 なんてことを考えてもみたところ、すると高次さんは続けてこんなことを。
「それに、待ってもらうってことならむしろこれからなんだし」
 そんな話に対して「あはは、そうだったっけね」ととぼけた振りをしてみせる家守さんだったりもするのですが、そちらについてはまあいいとして。
 はて、これから待つことになるというのはどういう?
「お仕事なんですか? その格好ですし」
 それを頭に浮かべてしまうのが僕だけということはないのでしょう。というわけで、二人へそう尋ねたのは僕ではなく栞なのでした。
 が、そのお二人は揃って首を横に振ります。
「ほら、四方院の人って文恵さんと義春くんだけご参列だったでしょ? だったら式が無理でもご挨拶くらいはしとかないとってことでね、他に皆さんにも」
「デカい家の面倒なところだね。どうせ後日ウチの関係者だけで集まる式もやるってのに」
「まあまあ高次さん、そう言わずに。その家がやってる仕事あっての縁でしょうが、アタシ達は」
「はっは、まあな」
 家守さんが宥める側に回るというのは随分と珍しい光景のような気もしますが、やっぱりなくはないんですね、そういうのも。
 しかしそれはともかくとして、
「今日のこれとは別にまたやるんですか、結婚式」
 それは大変ですね、とまでは、そりゃあ言えはしませんでしたが。
 で、中途半端なその質問に対しては、
「場所はここだから、別っていうのも変な感じではあるんだけどねえ」
 と、家守さん。そして、
「ここって言っても、この建物じゃなくて家の方だけどね」
 と、高次さん。宥められた直後だからか苦笑を浮かべるに留まってはいましたが、しかしそれがなかったら、辛いとまでは言わずとも酸っぱい言葉の一つや二つは出てきていたんじゃないかなあ、なんて。
「よく分かんないけど……その格好で行くものなの? そういうのって」
 とここで家守さんにそう尋ねたのは、髪が短い女性。
「ご家族にご挨拶ってことなら、まあ、ちゃんとした格好の方が良くはあるんだろうけど……」
 スーツというのは逆にちゃんとし過ぎではないか。と、彼女が言いたいのはつまりそういうことなのでしょう。
 これが結婚前ならまだしも既にそれを済ませているとなれば、高次さんの家族はつまり家守さんの家族でもあるわけです。であれば、その家族に対して挨拶に臨む格好がスーツというのは、彼女だけでなく僕としてもといったところ。
「んー、そこらへんはねえ?」
 対して家守さんですが、冗談めかした口調と声を、髪の短い女性ではなく高次さんへ向けるのでした。
 ということになってくると、ああこれもか、という。
「申し訳ないです、無闇にお気を遣わせてしまうようなことばかりで」
 逸らすわけにはいかない話を、ならばせめてくだけたふうに伝えておこう。家守さんの対応はそういうことだったんだろうなと、頭を下げる高次さんを見てそんな予想を立ててみる僕なのでした。
 するとここで、「ああそうそう、気を遣わせてしまうってことなら」と家守さん。
「そういうわけでアタシと高次さんは一旦お屋敷の方に戻らせてもらうんだけど、みんなはどうする? 一緒に降りて部屋で待っててもらうとか、できないではないんだけど」
 視線の向きからして、その「みんなはどうする?」という言葉に僕と栞は含まれていないようで。となればそれは、友人四人へ向けての言葉であるらしいのでした。
 上下階の話ならまだしも、庭から家に戻るのに「降りる」という表現が出てくるというのは――と、それはともかく。
 約一時間後の披露宴はこの建物内で行われるわけで、ならば用事があって下に降りる家守さん高次さんはともかく、友人四人はただついて行って戻ってくるだけになってしまいます。
 では家守さんは何故そんな誘いを掛けたのかという話にもなるのですが、しかしそれは、他の誰かが言うならまだ分かるとしても、という話になりましょう。僕がそれを言ったら相当な間抜けです。
 というようなことを考えている間にその友人さん達四人は相談を始めており、そして、
「もう暫くお世話にならせて頂いても構いませんか?」
 と、髪の長い女性が僕と栞にそう尋ねてくるのでした。
 というわけでこれは、そういう話なのです。
「構いませんよ。ね、孝さん」
「うん」
 自分達から申し出たことなんだしね。というのを抜きにしても、今はもう。
「ってわけだから家守ちゃん、『お宅の息子は頂いた!』って高らかに宣言しておいで」
「キシシ、気持ち良さそうだねえそれ」
 背が低い男性が大胆どころの話でないことを仰られてしまいましたが、家守さんはむしろそれに同調。それが許されるんだったらそれこそスーツなんて着込まなくて済んでるような――とまあ、当然お二人の会話は冗談なわけですが。
 で、当然であるならばということなのか、そちらではなく別の点について指摘をする家守さんだったりも。
「まあ家主が親じゃなくてお兄さんだから、実際には『お宅の弟は』になるんだけどさ」
 ああ、そういえばそうでしたね。
「うーん、兄貴にならギリギリ、そういう冗談も通じるだろうけど……」
 真面目に悩むところではないと思いますよ高次さん。
 頭の中でだけとはいえ僕ですら突っ込んだわけですから、ならば家守さんの顔がみるみる厭らしい笑みで歪んでもいくわけです。――が、しかしながら高次さんが家守さんに虐められるなんて展開にはならず、
「あら高次さん、『あの人になら』って、じゃあ私には冗談が通じないと仰います?」
「冗談って、高次おじさん、お父さんと面白いお話するんですか?」
 いつの間にか傍に寄ってきていた、義理のお姉さんと甥御さんから虐められることになる高次さんなのでした。いやあ、もうこの時点で面白いお話なんだよ義春くん。
 というわけでその面白い話の結末として、おじさんがあたふたし始めるわけです。
「いやいや、もちろんそういうわけじゃないですけどね? 真面目な場で面白い話って言うのもちょっと」
「これでも一般家庭の出ですからね。俗っぽさなら負けませんよ?」
 …………。
 さらっと結構な事実を公表されてしまった気がするのですが、それで会話が止まる気配はなく、それこそさらっと流されてもしまうのでした。
「負けませんって、誰と張り合ってるんですか」
 それ以前に張れる点ではないような気もするのですが、しかし文恵さん、しっかりと胸を張っていらっしゃるのでした。一般家庭の出……とてもそんなふうには見えませんが――いや、今この瞬間だけで言えば見えないこともないんですけど、本当なんでしょうか? って、ここでそんな嘘を吐く必要が全くない以上、本当なんでしょうけど。
「アタシだって負けませんよ? 文恵さん」
「受けて立つなよお前も」
 誰と張り合ってるんですか、と一応は、重ねて一応はそう尋ねていた高次さんですが、しかし文恵さんが誰の方を向いていたかというと、それはもう間違えようもなく真っ直ぐに家守さんの方なのでした。
 ううむ。家守さんと文恵さん、案外フランクな仲でいらっしゃるんでしょうか。
「何するの? お母さん。僕もやりたい」
 ああ、無邪気だなあ義春くんは。
 そんな可愛らしい義春くんに対しては文恵さんから、まさしくお母さん然とした言って聞かせる柔らかい口調で「この後の予定は何でしたか?」と。そう尋ねるからには、家守さんと高次さんの結婚報告の場に義春くんも出席する、ということなのでしょう。
 それにしても、義春くんに対して「予定」なんて単語が出てくるのは、その幼さを考えると不釣り合いにも思えないではありません。転じて、出さざるを得ない背景があるってことなんだろうな、とも。
 とはいえ、感心するにしても同情するにしても、そのことについては気安い言葉を頭に浮かべるだけでも分不相応に思え、なのでそれ以上はあまり考えないようにはしておいたわけですが。
 で、僕はともかく義春くんです。不釣り合いに思える単語について、しかしその意味が分からないなんてことにはならず、
「この後? ええと、みんなで集まってお話するんだよね? 僕は聞いてるだけでいいって」
 と。そして、
「それがお父さんと高次おじさんの面白いお話ってこと?」
 と。そうだったら面白そうですがもちろんそうではないわけで、ならば高次さんは苦笑しながら、
「うーん、お爺ちゃん達の前でお父さんと漫才するっていうのは、おじさんちょっとなあ……」
 と。兄である定平さんをお父さんと呼ぶ、ということでそれは義春くんの目線に立った物言いであり、ならばお爺ちゃんというのはつまり高次さん定平さんのお父さん、ということになるのでしょう。
 しかし一度も会ったことがない人であるうえ、そもそもこの話自体が僕には関係のないものなので、そんな推理――なんて言えるほどのものではありませんが――をしてみたところでどうなるというわけでもなく、ならばそれについては捨ておきまして。
「まんざい?」
 どうやら義春くん、それは知識の中にない単語だったようなのでした。
「ああ、何でもない何でもない。よく考えたら誰にも見られてなかったとしてもキツいし」
「あ、びっくりした。アタシてっきり『いっぺんそういうことしてみたいのかなあ』とか思っちゃった」
「怖いこと言わんでくれ……」
 さしもの家守さんも驚きを禁じ得ない話だったようで、ともなればということなのか、自分で言い出した話だというのに随分と傷が深いらしい高次さんなのでした。ややごっついお身体がくんにゃりしちゃってます。
「いやいや、そんなことよりそろそろ出ないと」
「うん、もう外で車待たせてくれてるらしいしね」
 見た感じ強引めにそれをしゃっきりさせつつ、家守さんとそんなふうにも。そうでなくとも披露宴が始まるまでの間という時間制限があるというのに、本当にお疲れ様です。
「んー、でも、お屋敷に着くまでの暇潰しに運転手さんに今の話してみるとか?」
「暇潰しが必要なほど時間掛からないだろ。あと『でも』って何がだよ」
「キシシ、怒らない怒らない。――そんじゃあみんな、また後でね」
 ややごっつい高次さんのややごっつい背中をぽんぽんと叩いてみせると、そう言ってこちらに手を振ってもみせてくる家守さん。お疲れ様な状況にある筈なんですけどねえ。
「行ってらっしゃい」
 栞を筆頭に、というのは僕の視点であって実際には筆頭でも何でもないのですが、あと友人さん達からも上がった同様の声に見送られて、家守さん達は控室を後にするのでした。
 で、そうして四人を見送ったのち。
「いやあ、子どもっていいねえ。癒されるっていうか」
 義春くんのことを言っているのでしょう、ほっこり顔でそんなふうに仰ったのは背の低い男性だったのですが、
「このタイミングで言ったら家守さんを子ども扱いしてるみたいだけどね、それ」
 髪の長い女性からはそんな突っ込みが。しかし、
「そんなふうになれるほど旦那さんと仲がいいってことで」
「あはは、否定はしないのね。子ども扱い」
 なるほどそれはいいかも、なんて思ってしまった僕は、嫌味なやつということになってしまうんでしょうか?
 などと僕が自分を省みているその横では栞が遠慮なく笑ってもいたわけですが、するとその更に横へ、もう一つの笑い声が。とはいえ声を聞けば誰かぐらいは分かろうというもので、ならばその声の主はそちらを向くまでもなく、家守さんの妹さんである椛さんなのでした。
 が、しかしそれはいつものお姉さん譲りなものではなく――もしかしたら逆に、それについても椛さんが譲った側なのかもしれませんが――他所様向けというか、品のある笑い方なのでした。
「あら。ええと、妹さん、でしたよね? 家守さんの」
「椛さんですよね。お姉さんからお話はよく聞かせてもらってます」
「いや、よくってほど頻繁に会ってるわけじゃないだろ僕ら」
「僕なんかまず会ってなかったわけだしね」
 友人さん達のその反応からして、どうやら椛さんと顔を合わせたのはこれが初めての様子なのでした。
 しかし過去のことはもちろん今日この日に限っても、いや心情的にはむしろ今日の方が重大に思えてもしまうわけですが、どちらにしたってこれが初対面というのは――こう言ってしまうのは失礼なのかもしれませんけど、意外なのでした。
「姉がお世話になっております」
 品のある笑い方と同様、それもまた他所様向けなご挨拶。となればそのお姉さんをお世話している側の皆さんも、それぞれに「こちらこそ」と。
 で、お姉さんといえばその家守さん、たった今この部屋から出て行ったばかりなのですが……どうなんでしょうね、これは。間が悪いというよりは、むしろそれを見計らってということになるんですかね、やっぱり。
 ちなみにですが椛さん、一人での来訪なのでした。孝治さんはもちろんのこと、ご両親なんかも連れ立ってはいません。いやいやお腹にもう一人いるだろう、なんてことを言うような雰囲気ではなさそうですし。
「申し訳ないです、ご挨拶が遅れてしまって」
「いえ、それはむしろ私達の方こそ。――ふふ、これも『こちらこそ』ですね、要するには」
「あはは」
 軽口を挟まれ、それに対して笑ってみせても尚、といったところ。そんなふうにまでなってくると、僕の立場としてはそろそろ――。
「私達、ちょっとお邪魔なんじゃあ?」
 やっぱりそう考えるべき場面だよねこれ。というわけで、栞からそんな耳打ちを受ける僕なのでした。友人四人の付き添いというのも、相手が椛さんならまあ、といったところではありますし。
 なんて思ってみたところで、
「ああ、大丈夫だよしおりんもこーいっちゃんも。挨拶だけのつもりだし、そうでなくても二人なら、ね」
 栞の声が椛さんの耳に届いたとは、耳打ちだったことやその声量からしても考え難かったのですが、しかしずばりそう言われて動けなくなってしまう僕達なのでした。
 とはいえ動けないなら動けないなりに、愛想笑いぐらいは返しておきつつ。
 僕達なら、「そういう話」だったとしても立ち会って問題ない。椛さんの今の言葉で省略されていた部分を補うとすればそんな感じになるのでしょうが、では何故、僕達なら、なのでしょうか?
 ――まあ、考えるまでもなく「既にその話を知っているから」なのでしょう。もうちょっと都合よく考えれば「家守さんがその話をしていいと判断した相手だから」とも考えられなくはないのですが、しかし別に謙遜とかでなく、それはちょっと言い過ぎということになるだろうな、と。
 その話を知っているのは僕と栞だけだ、ということが判明した際にも考えたことなのですが、それは僕と栞にたまたま話を聞く機会があったというだけで、僕と栞が特別だということではないと思うのです。そりゃまあ、栞と家守さんに限ればお互いが特別な想いを通わせてもいるのでしょうが、少なくとも僕はそこに含まれていないわけですしね。
 で、自分達が特別でも何でもないとして、じゃあそれでどうなるんだと言われれば、変に口出しをしないという対応を取らせてもらうことになるわけです。まあそもそも、挨拶だけのつもり、とのことではあるわけですけど。
「重ね重ね遅くなってしまって申し訳ありませんけど、今日は有り難うございます。わざわざ姉の結婚式にお越し頂きまして」
「こちらこそ――ってこればっかりですけど、こちらこそ。驚きましたよ、お声掛け頂いた時は」
「いえ、姉からすれば当然のことだったかと」
 …………。
 後ろにまだ台詞が続きそうな言い方でしたが、しかし椛さんはそこで言葉を区切るのでした。続くとしてそれがどんな内容だったか、となると、それはやはり「どうして当然か」ということになるのでしょうが――。
 言い難いんですかね、やっぱり。皆さん大事なお友達ですから、とは。
 いやもちろんそれは僕の勝手な想像でしかないわけで、他の言葉だったとか、そもそも後ろに続く台詞なんてなかった、というのも充分に考えられるわけですが。
 ――僕と同じく後ろに続く言葉がありそうだと考え、それが出てくるのを待っていたということなのかもしれません。会話が途切れた、とまではいかないものの、あと数瞬でそういう状態だと判断されていたんじゃないかという程度の間が空きます。
 が、しかしそれを待つことなく「ああ、そういえば」という声を上げたのは、髪が短い女性でした。
「妹さん、日向さんにそっくりな方が旦那さんなんですよね? って、まあ、わざわざ訊かなくたってあっちに見えてるんですけど」
「あはは、はい。あっちのそっくりさんが旦那です」
 と、やや離れた位置からこちらを窺っている孝治さんを振り返りつつ、椛さんは軽く笑います。
 ……ええと。
 変に口出ししないでおこう、と思ったばかりではありますが、こういう話題になってしまったらそうも言っていられないでしょう。いや、また別の意味で口出ししない方がいい、ということになったりもするのかもしれませんが。
 まあともあれそういうわけで、
「いや、どっちかって言ったらそっくりさんは僕の方ですよね? 年下ですし」
 と。
「それはそうだろうけど、でもこーいっちゃんは今日の主役の一人なんだし」
「そういう問題なんですか……?」
 結婚することとそれとは何の接点もないように思いますけど、というのはもちろん主役の一人という話についても、六人もいるうちの一人となるとその有難味が薄れるような気が、なんて。
 いやまあ、ここで僕がそう思おうが思わなかろうが「六人のうちの一人」というのは間違いないわけで、だったら今更何言ってんだって話にもなるんでしょうけど。
「え? 年、違うんですか? 顔は全く一緒……あ、いや、ごめんなさい」
「いえいえ、もう慣れてますから」
 どういうわけか、ということにしておきましょうか。どういうわけか僕を見て謝ってくる髪が短い女性には、軽い調子でそんなふうに言っておきました。
 そしてもちろんそこで動くのが僕だけということはなく、椛さんからも。
「違うって言ってもそんなに大きい差じゃないですしね。こーいっちゃんが大学入ったばっかりだから……五つ差? で、いいのかな?――あれ、五つって割と」
「なんで追い打ち掛けてくるんですかそこで」
 今初めて気付いたということもないでしょうにね。と、どういうわけだか虐められそうになっていたところ、今度は栞がこんなふうにも。
「孝さんが年の割に老けてるってことならともかく、そういうわけでもないのに凄いですよね孝治さん」
 それが遠回しな僕へのフォローということであれば有難いところですが、こういう場面での栞はあんまりそういうことを考えてくれなかったりもするので、反応に迷うところではあります。
 普段なら迷うどころか「フォローはない」と即断していたところですが、とはいえ今はこういう状況でもあるわけですし。
 とまあそんなわけで結局は迷っていたところ、するとここで何やら、椛さんまでもが渋い顔になるのでした。
「うーん、でもそうなってくると、今度はあたしが旦那に比べて老けてるってことになっちゃいかねないんだよねえ。こっちは同い年なんだし――っていかん、話がどんどんくだらない方向に」
 自分にダメージが及んでようやくそこに気付いてくれた椛さんは、姉の友人四人へ向けて、「すいません、話が逸れました」とこの話題の強制終了を宣言するのでした。
 まあ椛さんを見て「老けてる」なんて思う人はまずいないでしょうが、と頭の中だけとはいえフォローを、栞がしてくれなかったであろうフォローをしてみたところ、
「さすが家守さんの妹さん。似てますね、雰囲気というか」
 余計な話に硬さがほぐれた椛さんへそんな言葉を投げ掛けたのは、背が高い男性なのでした。
 彼に対する不当な反感は既に払拭させている僕なのですが……いや、しかしそれを抜きにしてもこれは、彼に悪意があるというわけではないのでしょう。
 というのはもちろん「椛さんが家守さんに似ているのではなく家守さんが椛さんに自分を似せた」という話についてなのですが、しかし彼は家守さんとはずっと会っていなかったわけで、ならば彼がよく知っているのは過去の「椛さんとは似ていない家守さん」ということになるわけです。
 今ここで彼が言っている家守さんの雰囲気というのは、今日ここで家守さんに会って初めて持ったものか、そうでなくてもずっと会っていた他三人からの伝聞で知り得たもの、ということになりましょう。そしてそんな短過ぎたり浅過ぎたりするものを根拠に嫌味を言う、というのは、ちょっと考え難いところではありますしね。それにそもそも、「家守さんが椛さんに自分を似せた」という話を彼が知っているかどうかすら、今のところは不明なわけですし。


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