(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十七章 ふつうなひとたち 七

2008-09-05 21:01:40 | 新転地はお化け屋敷
「いやいや、だから冗談だって」
 果たして今の僕がどんな顔になっているのかは想像したくもないですが、とにかくこちらの表情を読み取った家守さん、軽くあしらうように手をヘラヘラさせる。
「……まあ、これくらいにしておいて。今日はありがとうね、二人とも。年甲斐も無く泣いちゃいそうなくらい嬉しいよ、アタシ」
「泣きそうな時に今みたいな冗談言います?」
 こっちが泣かされそうですよ全く。
「それじゃあ、お休みなさい楓さん。それから明後日のお泊り、楽しみにしてますね」
「うん、じゃんじゃん期待しといてね。なんならこーちゃんと二人部屋にしちゃう?」
 その瞬間、どふん、と何かが爆発したような気がした。その何かが僕の側にあるのか、栞さんの側にあるのか、はたまたどっちの側にもあるのかは、今一はっきりとせず。という事にしておこう。
「これもまた冗談だけどね。部屋割りはさすがに、あっちの都合もあるだろうし。――それじゃ、お休みなさい。また明日」
『また明日』
 いつにも増して冗談が達者だった我等が管理人さん、本日はここにて帰宅。達者だった分ちょっと名残惜しい気もして、その分いつもより長めにその背中を眺めてから、ドアを閉めた。

 正直家守さん本人の話につきっきりで忘れてたけど、そう言えば明後日からは泊まりの予定があったんだった。ここは栞さんと同じく、楽しみにするしかありますまい。
 ――と、栞さんと一緒に居間へ戻ってから考えてみたり。しかし栞さんの中ではもう別の話題が出来上がっていたらしく、
「楓さんも言ってたけど、良かった、音無さん達がここに来てくれる人達で」
 にっこりとそう言いながら、食事の時と同じ位置へ座り込む。
「やっぱり、まだここに入ってきてくれる人がいるってなると嬉しくなるよ。それが栞達の事を見れない人達でも」
「ですか」
「うん」
 そうですね、ではなく、そうですか。僕は幽霊じゃないから、やっぱりその辺りの感覚には差があるだろうしね。友人が部屋に来てくれるって意味でならそりゃあ、僕だって嬉しいですけど。
「こっちが見えても見えなくても、人は人だもんね。誰も来なくなっちゃったら、孝一くんだって来てなかっただろうし」
 そんな事はないですよと返しそうになって、でも、と口を留めてみる。誰も来ないという事はつまり誰もがここの噂を知っているという事で、僕だってここに来る前から噂を知っていたら、どうだったか分からない。だってここに来る前の僕は、幽霊の実態どころか本物の幽霊の存在すら知らなかったわけだし。
 だから、
「かもしれませんね」
 と返しておく。表現が断定でないのは、ちょっとした悪あがきみたいなものだった。
「それにもしかしたら、清さんも大吾くんも成美ちゃんもサーズデイ達も、ナタリーだってそうだったかも。もしそうだったら、ちょっと寂しいね」
 火のない所に煙は立たないという事で、ここの噂が立つに到ったのは、やっぱり実際に幽霊がいるからなんだろう。噂を立てた人が幽霊が見えるかどうかは関係無く。とするなら、ここの住人第一号であり幽霊でもある栞さんがそのはしり、という事になる。
 もし栞さんがここに住み始めた時点で噂がどうしようもないくらいに広まっていたら、栞さんが今言ったような事も起こったのかもしれない。管理人である家守さんと病院から呼び込まれた栞さん、この二人だけしか住んでいないという状況が。
 そんな事を考えていたせいで、返事が遅れる。その僕の沈黙をどう受け取ったのかは分からないけど、栞さんが不意にくすっと鼻を鳴らした。
「……ああ、でもどうだろう? ここに住み始めた頃の栞なら、ずっと楓さんと二人だけでも満足だったかも。それまでずっと病院で独りだったし」
「今はもう、そうじゃなくなっちゃいましたけどね」
「なくなっちゃったね。えへへ」
 そうなる以前とそうなった後の差だけを考えれば、寂しいだなんて思う事がない分、「そうなった後」への移行はマイナスでしかない。だけど、そう言われて素直にそうですねと首を縦に振る人は滅多にいないだろう。そもそも人と一緒にいるのが嫌い、という人なら別かもしれないけど。
「なくなっちゃったから、もう楓さんだけじゃ満足できなくなっちゃったよ」
 話の流れからして、その導き出された答えはごく自然。だけど栞さんは、自分で言った言葉に目を丸くする。そして再び笑顔に戻ると、
「こういう言い方にすると、欲張りさんみたいだね」
 ……言われてみれば確かに、そんなふうにも捉えられる。
 より良い環境に慣れてしまったら、もう前の環境では満足できない。たとえ前の環境をどんなに気に入っていたとしても、それ以上のものが手に入ったら前の環境は「現状以下」でしかなくなってしまうから。
 でもそれは、誰でもそうなんじゃないだろうか。だとしたら、
「言葉だけ聞いたら欲張りみたいですけど、それが普通だと思いますよ。誰だってそうなんですから」
 欲張りとそうでないものの線引きをどこに定めるかと言われたら、当然基準は「普通な人達」という事になる。普通な人達は普通な人達であるからこそ、それ以上またはそれ以下の事柄に、例えば今出てきている「欲張り」のような名称を付けるんだろう。
 普通な人達が全員欲張りなら、それはもう欲張りじゃあない。――と、僕は考える。
「誰でもそう? じゃあ、孝一くんもそうなの?」
「ん? そりゃ、もちろんそうですけど」
 一体どう思われていたのだろうか、その口調から冗談を言っているような感じは受けず、加えて真顔も真顔な栞さん。そこから「うーん」と何かを考え、そして「そっか」と笑顔に戻る。ころころ入れ替わる表情が、見ていて面白い。――というのはまあいいとして、
「あの、何か引っ掛かる点でも?」
「ううん、そんなのじゃないよ。栞だけじゃないんだなって。ちゃんと友達と遊んだりできてた人でも、そう思うんだなって」
 ああ、そうか。僕の場合は頭に「もし」が付く仮定だけど、栞さんの場合はそれが現実だったのか。賑やかな現在と対比の位置にある、寂しい過去というものが。その当時の自分にとっては満足であっても今の自分からすると物足りない、自分を見てくれる人が家守さん一人だけ、という過去が。
 仮定と現実じゃあそこから生じる感情、その奥行きに随分と差があるんだろう。だけど差があるにしたって、その内容自体は同じ。ならば自分の言葉を訂正する事もないだろう、と捻くれているように思えなくもない考えのもと、僕は押し黙る。
「だったら、尚更我侭は言えないね」
 そこへ栞さんが言葉を繋げるものの、はて、それはどういった意味なんでしょうか。
「みんなが欲張りでそれが普通なら、孝一くんが友達と会うのもそういう事だもんね」
 だから我侭は言えない。……そういう事ですか。
「言われたら言われたなりに何とかしてみようとは思うでしょうけどね。我侭」
「大丈夫。それについては代案があるから、それを励みに我慢するよ」
「代案、ですか?」
「うん。お客さんが来てる間は我慢して、それでお客さんが帰った後、いつもよりちょっとだけ優しくしてもらうの。――なんてね、あはは」
 突っ込みを入れる前に自分で笑い飛ばす栞さん。さすがに、その言い分のままで通すのは恥ずかしかったらしい。聞いてるこっちも、突っ込みを入れようとしたからには同じような感じですし。
「……そっか。みんなそうだから、みんな普通なんだね」
 するとそんなところへ、栞さんの声がややトーンを落とす。
「こんな考え方するのは自分だけなんだろうなって、どこかで思ってた。病院にずっといたりしたから特別なんだろうなって。そんな事、なかったんだね」
 声のトーンは落ちていた。だけど、その顔は嬉しそうだった。悲しいのか嬉しいのか、一体どっちなんだろう。もしかしたら、どっちもなんだろうか。
「孝一くんも音無さん達も、それに栞も、みんなが普通な人なんだね。幽霊が見えるだとか幽霊だとか、ずっと病院にいたとか、そういうのは関係無くて……みんな、普通なんだよね?」
「だと思いますよ、僕は」
 独りは寂しいだとか誰かと一緒にいたいだとか、そういう事を考えるのにそれら――幽霊どうのとか病院どうのとか――の条件が必要だ、というわけではないだろう。そう思ったから、僕はそう返事をする。
「そっか」
 栞さんの返事は、短かった。ただし、それまでの笑顔がそのままなのはもちろんの事、それまで消沈気味だった声の調子も、その笑顔に劣らないくらい明るいものになっていた。
 相手がそうなれば当然、こちらも気分は悪くない。という事で、自然と顔が微笑む形になっていくのを感じ取りながら、気分を良くした僕が続く。
「僕ももう、幽霊の事を知らなかった頃には戻れないです。知らなかった頃からすれば幽霊なんていないっていうのが当たり前だったけど、幽霊と知り合ったり友達になったり……それに加えて、好きな女の人まで出てきちゃいましたから」
「そっか」
 やっぱり短い栞さんの返事。でも僕はそれに満足し、栞さんも満足したような顔になり、そうして互いに満足した顔を向け合って、しばらく沈黙。ただこうしているだけでもなんとなく気分が良く、何も言ってこないところを見ると、それはあちらも同様らしい。
 ……………さて。一分経ったか経ってないかくらいだろうか?
 満足いくまでそんな空気を堪能し終えた僕は、再び口を開く。
「明後日、楽しみですね」
 時間も時間という事で、そろそろ意識が現在から明日以降へと移り変わり始める。となれば今一番の話題はやっぱり、家守さんが行っていた今度の土日の予定だろう。つまり、四方院さん宅へみんなして宿泊に行こうというお話。
「楽しみだねー。どんな所なんだろう」
「あ、栞さんも行った事ないんですか?」
「うん、ないよ。楓さんはさすがに始めてって事はないだろうけど、他のみんなは初めてだと思う」
 となれば、疑うまでもなくその通りだろう。栞さんだけ留守番させてみんなで出かける、なんて事はないだろうし。
「でもちょっと怖いって言うか、緊張しちゃうなあ。物凄く大きな家みたいだし、栞なんかがお泊り目的で行っちゃっていいのかなあ、なんて」
「ああ、分かります分かります。僕もそんな感じですよ」
 お金持ちの家と言うだけなら、昨日山村夫妻の家にみんなで行ったばかり。廃墟とは言え、それは見事なものだった。……でも、そこはやっぱり廃墟。現在も人が住んでいる家と比べれば、こう言って良いものかどうかは分からないけど、やっぱり踏み込みやすかったりする。
「でも、さっきの話だよね」
「ん? 何ですか?」
「みんな普通だよって話。幽霊でもそうじゃなくても、それに病院にずっといたって事も関係無いなら、お金持ちって事だって関係無いよね。だったら、お金持ちだからって変に気後れする事はないかなって」
 正直、拡大解釈だとは思った。さっきのあの話はあくまで「今を鑑みると昔は寂しい」云々の話であって、つまりそこで出てきた普通という言葉はそれが指す内容をかなり限定されたものであって、「お金持ち」という要素を丸々補えるものではない。
 ……でもまあ、話の繋がりを考えなければ、頷いていいような話だとも思う。そう、気後れする具体的な理由なんて、何一つありはしないんですから。
「ああ、もちろん、礼儀とかそういう話とは別だからね? 気後れしないからって無作法なのは駄目だよ?」
 自身の言葉足らずさのおかげで慌てて訂正を入れる羽目になる栞さんを、愛らしいなあ、なんて思いつつ。
「ですね。なんたって、近い将来花嫁になる人の連れ人って立場になるんですし」
「だよね。花婿さんは海外みたいだけど」
 できれば一度会ってみたかった気もするけど、まあそれをここで言っても仕方がない。楽しみにしているところへ水を指すみたいだから、それはこの際横へ伏せておく。ちなみに水を指すというのは、栞さんに対してはもちろんのこと、自分に対してもそうだ。そりゃあ僕だって、相当楽しみなんだから。

「じゃあ、お休みなさい。また明日ね」
「はい。お休みなさい、栞さん」
 明後日が楽しみなのはいいとして、今日が過ぎればまず迎えるのは明日。そして明日は平日であるが故に平常通り大学に行くので、張り切って話し込み過ぎて夜更かししてしまう前にお別れ。……いや、夜更かししたいとかそういう事を言いたいとかじゃあ、決してないんですけどね。その夜更かしの相手を考えると洒落になりませんから。多分。
「どうかした? 孝一くん」
「い、いえいえ。何でもないです」
 靴を履いた栞さんが、挙動不審――いや、挙動はしてないけど、それでもどこか様子がおかしかったんだろう。口には出し辛い妄想を抱えた僕へ、不思議そうな表情を向けていた。
「そう?」
 ならばこれでお別れ、と思いきや、今度は栞さんの様子がおかしい。挨拶は済んだのに、そしてもう靴を履いて帰る準備も万端だと言うのに、ここで動きが止まる。と言って何か言ってくる訳でもなく、ただじっとこちらを眺めているのみ。
「あの、どうかしました?」
 もしかしたらまだ不審がられてるのかな、と思い、やや緊張。だけどそうではなかったらしく、栞さんが切り出してきたのはまた別の話題。
「うーん……何て言うかね、……うーん」
 いや、話題ですらなかったかもしれない。一体何を言おうとしたのか栞さん自身にもはっきりしていない、という事だろうか、頬に手を当て、何を言うでもなくうんうんと首を捻る。もちろん、こちらからしても何の事やらサッパリです。
「ありがとう……なのかな? どう言ったらいいのか分からないけど」
「えーと、まず、それは何の話についてのお礼なんでしょう?」
 お礼を言われるのは普通なら嬉しいものだけど、ここまで内容が曖昧だとそれもあまり感じられず。なので、嬉しいと受け取るために、お礼の出所を割り出そうと試みた。すると栞さん、それははっきりしている、と言わんばかりににっこり笑顔。
「今日の『みんなが普通』って話ね、凄く嬉しかったの。それと、目から鱗が落ちるって言うのかな? 嬉しかったけど、びっくりもした。……その話をしてくれた孝一くんに、この場面だと、なんて言ったらいいのかなって」
 確かに、僕が一方的に喋っていたわけではないので「ありがとう」はちょっと違うような気もする。栞さんと会話をしている中で出てきた話なんだから、栞さんが僕に礼を言うなら僕も栞さんに礼をいう事になるんだろうか。……それもやっぱり変な話しだし。
「あー、でもね、その話は隠れ蓑って言うか」
「隠れ蓑?」
「孝一くんにお礼がしたいけど、なんて言ったらいいか分からない。だから言葉じゃなくて――って、ちょっとその、クサいと言うか、そんな事思い付いちゃって」
「はあ。で、その『言葉じゃない』というのは?」
「その、ほら、楓さんとお話してて何回か出てきたアレなんだけど」
 ……ああ、アレですか。
「ステーキ味かもしれませんね。食べたばっかりですし」
「う、うがいとかしたほうが良いのかな?」
 からかってみたところ、素直にうろたえ始める栞さん。だけど、当然そんな無粋な事はせず。……よくよく考えたら、今までだって食後が殆どでしたもんね。なんせ毎晩、食事する時に会ってるんですから。

「――明日は、お昼からなんだっけ」
「ですね」
 意識してみればちょっとだけステーキ味だったかもしれない、とはさすがにデリカシーとかその辺りの問題を考慮して言い出せないけど、とにかくその後。これで本当に本日最後、という事で、明日の予定を確認してくる栞さん。確認してくるという事は、そこに何らかの期待が含まれている、と見て間違いはないと思う。ならば昼まで寝て過ごす、という案は自動的に却下。さて、どうしようか。
「……あ、そうだ。大吾の散歩に付き合ってみようかな。時間が合ったら、ですけど」
「あはは、頼めばこっちに合わせてくれると思うよ? 最初は渋い顔されるかもしれないけど」
 提案直後は渋い顔。だけど結局頷いてくれる。うん、想像に難くない。だけど最近のやや丸くなった大吾なら、最初からやんわり頷いてくれそうな気もする。さてどっちなのやら、というところで、
「それじゃあ、また明日ね。お休みなさい、孝一くん」
「はい。お休みなさい、栞さん」
 色々と話をしている間に時間が経ってしまったので、お別れの挨拶をもう一度。
 そして今度こそ栞さんは自分の部屋に戻り、ここからは独りだけの時間。と言って、特別何かをするわけでもないんだけどね。
 というわけで、風呂に入ったり布団を敷いたり布団に潜ったりしながら、明日以降の予定に思いを馳せてみる。
 一番気に掛かるのはやっぱり、明後日の話だろう。だけどそれは家守さんも言っていたように後に取っておくとして、明日。今の時点で明日に期待する楽しみと言えば、大学へ行くまでに行われる予定の散歩。予想できるメンバーは、僕、栞さん、大吾、成美さん、ジョン、フライデーさん、ナタリー。総勢七名。多い。そして多いからこそ、ただの散歩が「楽しみ」と思えるまでになるんだろう。そして散歩が終わったら大学へ行くんだけど、こちらはあんまり……
 いや。いやいや、あるじゃないか楽しみが一つ。
 この時、僕は既に布団に潜り、部屋の電気も消していた。眠る事へ向けた状況、眠る事へ向けた体勢、眠る事へ向けた意識。そんな中で思い出したのは、目が覚めてしまいそうな明日の予定。それ即ち、音無さんの衣替え。
「ん゛んっ!」
 思い出した途端、どうしてだか突然咳払いをしたくなり、実際にやってみる。もちろん何も変わらない。だけど、なんとなく達成感。自分でも意味が分からない。……まあ、これについても今は触れないでおこう。
 明後日の予定も明日の予定も保留となってしまい、じゃあ眠るまでの間に何を考えたかと言うと、栞さんとの別れ際、本日最後のほんのりステーキ味。いやまあ、あれについては味が主題ではないんだけど。重視すべきは感触と言うか、その行為そのものというか。
 いや、それも違うか。もっと大事なのは、そうするに到った理由。栞さんが僕の何に感化されて、そうするに到ったのか。……と言っても、あまり深く考える必要はない。考えるまでもなく、栞さんが自身で説明していたからだ。「みんな普通という話が嬉しかった」と。
 ――深く考えるのは、ここからだ。僕は正直、栞さんがあの話でそこまで喜ぶとは思っていなかった。と言うか、喜ばせるという意図をそもそも持っていなかった。ただ話の流れとして、思った事をそのまま言っただけ。まさか別れ際にああなるほどまで喜ばれるとは、思いもしなかった。
 ではどうして。あの話の何が、栞さんをそこまで感激させたのか。……大体、見当はついている。「普通」という言葉だ。どう考えても栞さんはその単語を気にしていた。
 確かに、そうなるのも分かる。ずっと病院に繋ぎ止められていた挙句、現在は幽霊。僕や家守さん、それに今日遊びに来た四人のような人達を普通とするなら、栞さんはやっぱりそこから外れていると言わざるを得ない。
 でも、栞さん。僕は幽霊が見えてしまうし、病院にいた時期の事だって話で聞いただけなんです。僕にとって栞さんは、普通な人でしかないんですよ。ものの考え方についての「普通」を拡大解釈して自分をそこに当て嵌めるまでもなく、普通な女性でしかないんです。掃除好きでちょっと不器用な、とても優しい女性でしか。だからこそ、そんな普通な女性だからこそ僕は、ここへ越してきてから大した間をおく事もなくすんなりと、あなたの事を好きに――

 ――ああ。もう、起きてられそうに、ないかな、これ。
 だから結局、みんなが普通で、僕だって栞さんだって、それに他のみんなだって――ぐう。


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