(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十三章 譲れぬ想いと譲る思い 十

2011-09-17 20:50:50 | 新転地はお化け屋敷
 僕と栞さんの真摯さに、これが何か背景あってのことだというのはお父さんもお母さんも察してくれたのでしょう。浮かべていた苦笑いを引っ込ませ、二人とも少しだけ口の端を緩めていたのでした。
 ――で。
 くうう、という何とも情けない音を耳にしたところで、僕ははっと思い出しました。
「あらあら、もうそんな時間だったかしらね」
 人前だからか口に手を当て、えらく上品に笑いながら、お母さんは時計を見上げました。その視線を追って同じく時計を確認したところ、現在の時刻は十二時半。ここへ来てから丁度一時間が経った、というところです。
 ……お昼ご飯作戦、すっかり忘れていました。しかしまあ話し合い自体が上手くいったわけですからそれはいいとしておくとしても、みんなの前で腹の虫を鳴かせてしまいました。うう、こっ恥ずかしや。
「それじゃあ話のキリもよさそうだし、お昼ご飯にしましょうかね」
「あ、手伝うよお母さん。この人数だし」
 台所へ向かおうと立ち上がったお母さんに、そんな提案をしてみます。もともと僕の料理という趣味を後ろ向き、とは言わないまでも少々斜に構えた感じに見ていた人ですけど、その趣味を活かして人に料理を教えているということが伝わっている今なら、これくらい言ってみても悪くは言われないでしょう。
 と、思ったら。
「えっ!? あ、いやこーちゃん、私達のことはお構いなく」
「仕事も終わったことですし、どこか食べにでも行きますんで」
 家守さんと高次さんからそんな声が。ううむ、確かに話が纏まった以上、霊能者としての仕事は終わったと言っても間違いではないのでしょうが……。
「でも僕と栞さん、帰りはまた送ってもらわなきゃなんですし。外で食べたってまたここに戻ってきてもらわなきゃならないんですから、だったらいっそここで」
「そうですよ。せっかくですし、是非ご一緒に」
 僕とお母さんが立て続けにそう言うと、ならばお客様であるお二人としては無下にそれを断るのもなかなか難しいわけで、
『……ご馳走になります』
 ということに。うむうむ。
「あ、あの、私も」
「あら、もちろん喜坂さんもですよ? むしろメインのお客さんなんですし――ああ、息子のお嫁さんってことなら『お客さん』も変かしらね?」
 申し訳なさそうに名乗り出た栞さんをえらく上機嫌に受け入れるお母さんでしたが、しかし僕には分かっていました。そういう話でないということを。
「あ、いえ、そういうことじゃなくて。――お料理、私にも手伝わせてください」
 ですよね、やっぱり。
 その話を聞いたお母さん、栞さんの返事より先に僕のほうを向きました。
「孝一。喜坂さん、お料理できるの?」
 そんなふうには見えない、という話ではなく、僕も料理が出来るのにって意味なのでしょう、どうせ。普通はそこに問題を見出したりはしないのでしょうが、ことお母さんに限ってはしてもおかしくありません。くそう、男が料理好きで何が悪いんだ。
「うーん、まあ、僕が教えてるんだけどね。家守さんと一緒で」
「あらそうなの。じゃあ腕のほうに心配は要らないでしょうね」
 それはそれで買い被り過ぎのような気もしますが、心配が要らない腕前なのは事実。妙なことは言わないでおきましょう。
「でもお客さん――じゃなくて、お嫁さんにお料理させちゃうってのもねえ」
 今の時点、この状況ではお客さんと呼んでもいいような気がするのですが、そこもまた下手なことは言わないでおきます。さすがに僕の両親の前で家守さんがいつもの厭らしい意地悪をし始めるとは思えませんが、お父さんやお母さんがそれに代わる可能性は無きにしも非ずなのです。
 しかしだからと言って、何も言わずにいては栞さんは押し切られてしまうでしょう。僕との関係についての話と同じく、どうやら栞さん、あまりしつこくは頼むのを良しとしていないような表情ですし。
「栞さん」
 というわけで、強硬策です。
「味噌汁だけ、頼めますか?」
「う、うん!」
 お母さんの反応を挟ませないという意気込みすら感じられる勢いの力強いお返事。そうなってしまえばもう、お母さんとしては却下し難い状況ということになりましょう。
「あんた、そうやって自分の趣味に付き合わせて」
「そうじゃないよ、栞さんは」
 気持ちよくそう言って、栞さんのほうへ視線を送ります。このニッコニコした顔を見れば、いかにお母さんとてそうは言っていられないでしょう。
「ん?」
 緊張からか僕とお母さんの遣り取りが聞こえていなかったらしく、ニッコニコした顔のまま、栞さんは首を傾げていました。
「……ふふ、そうみたいね」
 ね?
 勘違いを鎮めたところでさあ台所へ、と思ったら。
「孝一、ちょっと」
 お父さんから呼ばれました。どういうわけか小声です、小さな手招きまでしたりして。
 もちろん小声だろうが動きが小さかろうが全くもって周囲の目から隠れられてはいないのですが、しかし少なくとも「他の誰かに聞かれたくない話」だというのは分かります。
 お父さんのすぐ傍まで近寄った僕は、耳を差し出しました。親と内緒話というのも、なんだか妙な気分ですが。
「喜坂さんだけど――いや、別にそれがどうだって話じゃなくて、単に訊いておきたいだけなんだが」
「なにさ?」
 耳がぞわぞわするので手短にお願いしたいところでしたが、そんな希望に反して遠慮がちなお父さん。お願いだからさっさと言っちゃってよもう。
「髪、あれってやっぱり、染めてらっしゃる?」
 ……ああそうだった、と。最初に言うべきだった、と。これはまあ、僕の落ち度なのでしょう。栞さん自身はそりゃあ、髪の色の話なんてしてられる状況じゃなかったんでしょうしね。
「地毛だよ」
 耳打ちでなされた質問でしたが、返事は普通の声量でしておきました。お母さんにも伝えたほうがいいでしょうし、そうでなくても別に隠すようなことじゃないわけですしね。
 で、質問自体が聞こえていなくとも、「地毛」なんて言葉を使う必要があるのは誰がどう見たって栞さんだけなわけです、この中じゃ。
「あら。喜坂さんの髪、やっぱり地毛だったんですねえ」
「や、やっぱり? ですか?」
「だってこう、不自然な感じがしませんし……それにこう言っちゃ何ですけど、喜坂さんってそういうのに手を出すふうには見えませんしねえ」
 恋人の親に会う場で髪を染めてくることはないだろう、という意味なのかもしれませんが、しかしほんのりと若者のお洒落に対する偏見が混じってそうでもあるその意見。とはいえ、一人息子であるところの僕が「そういうの」に全く関心がないということも、それに関わってはいるのでしょう。
 ……手を出したところで似合わなそうなんだよなあ、髪染めるとかって。
 さてその偏見が混じってそうなそうでないような意見ですが、栞さんはそれをどう受け取るのでしょうか?
「えへへ、ありがとうございます」
 どうやら褒められたと思ったようでした。そういうことならそれで問題はないでしょう。
 そしてここで、お母さんから補足の一言。
「ああでも、もちろんこれから先のことには口出ししませんよ? まだ若いんですもの、喜坂さん」
「いえいえ、お母様だって」
「あらそうですか? おほほほほ」
 またそんな分かり易いお世辞に乗せられちゃって、というふうに息子としては思いたいところなのですがしかし、実際のところうちの両親はまだ「若くない」という烙印を捺されるほどの年ではなかったりします。とはいえその基準なんて人それぞれなのでしょうが、「大学に入りたての息子持ち」という付加情報がある場合、三十代後半というのはやっぱりまだ若い部類に入るんじゃないでしょうか。
 まあつまり、僕が生まれたのは両親が成人してすぐ、ということになります。
 ……僕ももう二年を切っちゃってるんだよなあ、その年齢まで。栞さんなんて既に越えてるし。
「ほら孝一、自分から手伝うって言ったんだからぼーっとしてないで」
「あ、うん」
 在学中に子持ちかあ、なんてことを考えてみるとやっぱり「自分達にはそれが不可能である」という考えに行き着いたりもするわけですが、今更それに後ろ髪を引かれるようなことはありませんでした。栞さんとそういう話をするならともかく、僕が一人で思う分には、そりゃあ。
 そうして台所へ向かうことになるわけですが、その最中、お母さんに「髪染めるのとか抵抗あったりするの?」と尋ねてみたところ、「別に? なんで?」とのことでした。いや、いいんだけどさ別に。
 で、台所。
 何がどこに置いてあるか分かり難いであろう栞さんのために、味噌汁の材料を先に出してみたところ、
「あ、いつも使ってるのと同じお味噌」
 毎度お馴染みのそれを発見した栞さんは、ちょっと嬉しそうにそう言いました。
「あら孝一、向こうでもこれ使ってるの?」
「……ベースになるのはやっぱり家の味なんだよ。いいじゃんか別に」
 知られたくないことを知られたような気分になってしまうのは何なんでしょうかね、これ。
「残念。珍しく一緒に台所に立ってくれるんだし、お母さんも料理教えてもらおうと思ったのに。ベースなのねえ、お母さん」
 飽くまでベースであって全く同じではない以上、その言い分には言い返したいことも出てくるわけですが、しかし栞さんの手前あまり不満を並べ立てるのもどうなのかと。
 そうして言うか言うまいか悩んでいたところ、その栞さんが先に口を開くのでした。
「あれ? お料理、あんまり一緒にはしないんですか?」
「そうなんですよ喜坂さん。この子ったら、料理中に私が台所に入るのすら嫌がるんですよ? まあ、ストレートに『出て行け』なんてことは言いませんけど、露骨に嫌そうな顔になっちゃって」
「そうなんですか。いっつも私と楓さ――家守さんと、三人の時は凄く楽しそうに料理してるから、ちょっと意外です」
「うふふ、そりゃあこんな可愛い人とあんな美人さんに囲まれちゃねえ?」
「あっ、いや……えへへ、どうもです」
 何か言い返そうとした栞さんでしたが、それを引っ込めてぺこりとお辞儀。
 僕にしたって、そりゃあ栞さんと家守さんが一緒ということにお母さんが今言ったような感情を全く持たないというわけではないですけど、でもそんなのは極々一部なのです。そしてそのうえで、栞さんが言ったように毎晩の料理教室はとても楽しいわけで。
 ――そういえば、と。
 話題を変えようとかそういう意図があるわけではないのですが、家守さんの名前が挙がったことで、ちょっと思い付くことがありました。
「お父さんと三人だけにしちゃって大丈夫かな、家守さんと高次さん」
 僕もしくは「仕事」の対象である栞さんが一緒ならともかく、そのどちらも抜きとなると、話すこともなくなって気まずかったりするんじゃないだろうか。
 そんなふうに思ってみたところ、しかしお母さんが言いました。
「それくらいのことが問題になってたら客商売なんて出来ないでしょうに」
「それもそっか」
 毎日やってるんだもんなあ、今日みたいなことを。
「あんたはどうなのかしらねえ。出来るのかしら、ああいう仕事」
「霊能者? いや、僕は幽霊が見えるってだけで……」
「そっちじゃなくて、他人と顔を突き合わせる仕事ってこと」
「ああ」
 どうだろうか、と考えてはみますが、答えが出るのにそう時間は掛かりませんでした。
「……無理ではないだろうけど、向いてるってことはないような気が」
「やっぱり?」
 あっさり同意されるとそれはそれで湧き上がるものがありますが、まあしかし自分で言ってしまったものは仕方がありません。
「ムキになったら駄目そうだしね、ああいう仕事って」
「公私の使い分け下手そうだもんねえ、あんた。お嫁さんまで貰っておいて大丈夫かしら、この先」
 あっさり解説されるとそれはそれで以下同文なのですが、するとその時でした。
「わ、私はっ」
 栞さんが、
「孝一さんのそういうところが――!……その、好き……なので……すけども……」
 なんてことを言ってしまいました。後半が音無さんみたいな口調になっちゃってますけど、そんな無理しなくても。僕まで無理のある感じになっちゃいますよ? 顔熱いですし。
 しかしその無理をした台詞も、それなりの人生経験を積んでいる人からすればさらりと流せる程度のものであるらしく。
「適材適所ってやつねえ」
 栞さんと僕を交互に見たお母さんは、にこにこしながらそんな表現一言で済ませてしまうのでした。
「さ、そろそろ作り始めないと。お腹空かせてるのは孝一だけじゃないんだから」
 それを耳にした途端、腹の虫がもう一度鳴いたのでした。
 無論、笑われました。

 三人それぞれに調理をしたなら手早く作業が完了するわけですが、しかし作業の完了時間は三人それぞれで差が出てきたりもします。
 というわけで栞さんと僕は一足先に自分の作業を終えてしまい、あとはお母さんの仕上げを待つばかり。……切羽詰まってたわけじゃないけど暇があるなら、ということで、僕はお手洗いへ向かいました。

「あの、お母様」
「なんですか? の前に、うーん、お母様って呼ばれ方はどうなんでしょうねえ。そこまで上品ぶった人間でもないし、なんとなく余所余所しいっていうか。まあ、今日初めて会ったっていうのは、間違いないんですけど」
「えーっと、じゃあ」
「お義母さん、じゃ駄目でしょうかね? じゃなくて、駄目かしら?」
「お義母さん……」
「うん、そっちのほうがしっくり来るわねやっぱり。――って喜坂さん……ああいや、それももう変なのか。えーと栞さん、どうしたの?」
「いえ、その、ちょっと母のことを思い出してしまって」
「……そっか、まあ、いろいろあったんでしょうね」
「あはは、すいません。こんな所で、こんな」
「いえいえ。――ふむ。お母さんの代わりは無理でも泣き付く相手ぐらいにならなってあげられるけど、どうしようか?」
「…………!」
「それとも、やっぱりそういうのは孝一の役目かな。今トイレ中だけど」
「いえ、あの、良かったらお願いします」
「ほいきた。その代わり、いつか聞かせてね。お母さんの話」

 さっさと台所に戻ってはきたものの、お母さんが担当する調理はまだ終わってはいませんでした。まあ、そう長く席を外していたわけではありませんし。すぐ済む方でしたし。
 で、それはともかく。
「んふふふふー」
「えへへー」
 ……お母さんと栞さん、僕を見遣るなり頬を緩ませ始めます。どう見ても僕が余所へ行っていた間に何かあった感じですが、はて。
「急にえらい仲良さげだけど、何かあったの?」
「孝一。残念だけど、栞さんはもうお母さんのものだよ」
 男のふりでもしているかのように声を低くしたお母さん、栞さんにぎゅうと抱き付きます。
「やあだ、お義母さんったら」
 しかし栞さん、言葉ではそう言っていても抵抗する様子はなく、ましてや驚いた様子など。記憶違いでなければお互いの呼び方も変わってるみたいですし、単にふざけているだけというわけでもなさそうです。
「…………」
 どう突っ込んだものやら、というか突っ込んでいいのかどうかすら、そのわざとらしいまでの仲睦まじさを前にすると分からなくなってしまうのでした。
 で、僕がそうして反応に困っているのであれば、お母さんはともかく栞さんは察してくれるわけです。――いや、お母さんだって察しはしているんでしょうけどね。それに応じた対応をしてくれないというだけで。
「えーとね、お義母さんって呼ばせてもらったら、家のお母さんのこと思い出してちょっと泣いちゃって」
「そこに付け込んで栞さんの心を奪わせてもらったわけだよ。わっはっは」
「いやそれはもういいから」
 尚も声を低くするお母さんについては、そう切り捨てておきました。
 なんだろう、かつてそういうものに憧れてたりしたんだろうかお母さん。
「ちぇー、ノリの悪い息子だこと」
「そんなノリ見せられたの初めてなんだけど……じゃなくて、栞さん、もう大丈夫なんですか?」
 栞さんの説明は簡素なものでしたが、詳細を尋ねるほどのことでもないでしょう。栞さんのお母さん、というか家族に対する想いは、数日前に聞いています。
「うん。お義母さんのおかげで」
「はっはっは」
「もういいからね」
 見たことのないノリであるが故に、見ているこっちが恥ずかしくなってしまいすら。違うんですよ栞さん、今の今まではこんな人じゃなかったんですようちの母親は。多少口うるさいところはありましたけど、こういう方面でのうるささじゃなかったんですよ少なくとも。
「ぬう、なんて薄情な。……あそうだ栞さん、孝一に取り合ってもらえなくて思い出したんだけど」
 何思い出したか知らないけどどんな切っ掛けだよ。
「あの時、本当は何訊いてくるつもりだったの? 泣いちゃう前さ」
「えっ? あー……」
 どうやら本来は別の話題があったようですが、しかし栞さん、僕の顔を見て非っっ常に言い難そうな顔。そうですかそうですか、そういうことですか。僕がいなくなってから話し始めたことなんですもんね。
「本格的にいじけていいですか?」
「ああっ、別にそんな秘密とかそういうわけじゃなくて」
「こんな器の小さい男は放っておいて僕とお話しませんか栞さん」
「…………」
 もう突っ込むのも諦めることにしましたが、最低限自分を僕とか言うのは止めて欲しいところでした。若くないってほどじゃないにしても四十前なんだぞお母さん。若けりゃ問題ないってわけでもないのかもしれないけど。
 とはいえそれはもちろん冗談なのでしょうが、しかし栞さん、その提案に本気で困っているようで、それに準じた表情を僕とお母さんの間で右往左往させるのでした。
「孝一くんにも話せるけど……お義母さんとは別々のほうがいいかなって……」
 栞さんがそう仰るなら僕はそれでいいわけですが、しかしどんな話題だったらそんなことになるんでしょうか? この場で話せるというわけでなく、どちらか一方にだけ話せるというわけでもなく、両者別々になら、というのは。
「僕はそれでいいけど、お母さんは?」
「私も別に構わないけど? 栞さんがそう言うなら」
 無駄に警戒してみましたが、もう声は低くないのでした。よかったよかった。
「――あ、そうだ。ええと、お母さん」
 よかったよかったついでに一つ、忘れてはならないことを。
「なに?」
「一応、ありがとう。栞さんのこと」
 お母さんのおかげでもう大丈夫、とのことでしたしね。
「一応って何さ一応って。反抗期にゃちょっと遅いぞー」
「反抗期とかじゃなくてこれが通常だって。知っての通りだろうけど」
 そんな僕とお母さんの遣り取りに、見慣れていない栞さんは苦笑いなのでした。
 仲が悪いってことじゃないんですよ? 一応。

「予め分かってたしねえ、孝一が彼女連れて来るってのは」
 三人がかりでがっちゃがっちゃと居間へ昼食を運び込んだところ、待っていた側の三人からその豪華さに対する嘆息が。それを受けたお母さんは、まだ何も言われてはいないながら、微笑とともにそんな返事をするのでした。
 栞さんが作った味噌汁を含め、こまごまとした野菜料理もあるにはあるのですが、しかしやはり目立つのは唐揚げやらエビチリやら豚の角煮やらの、昼から食べるにしては見ているだけで胃がもたれそうになる料理がわんさと盛られた大皿でしょう。
 三人家族じゃあお客さんでも来ない限りほぼ使われないのですがこの大皿、それ自体が数ブロックに分割されていて、別々の料理を汁やらソースやらが混ざることなく盛り付けることができるのです。――と、ここで料理でなく皿の説明をするってのもなんか変な話ですが。
 というわけで料理の話に戻りますが、まあこの量ですし、更に当初はお母さん一人で作るつもりだったということもあって、殆どは出来合いの商品を温めただけだったりします。ならば料理を始める前に言っていた「珍しく一緒に台所に立ってくれるんだし、お母さんも料理教えてもらおうと思ったのに」という話は何だったのかということになるのですが、まあそんな細かいことをグチグチ言ってても仕方がないでしょう。
 連続でしょうもないことを考えてしまったのでそろそろ真面目な話ですが、
「お母さん」
「ん?」
 一度では運びきれなかった諸々を再度台所に取りに行く際、小声で話し掛けました。栞さんも居間で待っていてもらったのでお母さんと二人だけなのですが、念のため。
「じゃあ、もし栞さんの話がもつれたりしてもこんなお祝いみたいな昼ご飯にするつもりだったってこと?」
「そんなことになるわけないでしょ? さっきも言ったけど、こっちは口出しするつもりなんて初めからないんだから」
 ……まあ、僕だってさすがにそれは重々承知なんだけども。
「それにお母さん、栞さんのことすっごい気に入っちゃったし。『お祝いみたいな』じゃなくて、本格的なお祝いのつもりよ?」
「ちなみに、気に入ったっていうのはどのへんが?」
 気に入ったというのはもはや自明ですが、しかしその気にいる過程を直接見てはいないので、ちょっと気になってしまうのでした。話には聞いたんですけどね、その過程。
「この辺はまあ誰でも気にすることなんだけど、やっぱり礼節がきちっとしてるっていうのはね」
 誰でも気にすることである以上、それは「出来て当たり前」というようなことでもあるのでしょう。もちろんそんな評価をしてもらえるのは喜ばしいですが、だからといって大袈裟に嬉しがったりはしないでおきました。……小学生の頃からずっと病院暮らしだったことを考えると、当たり前と言えるほどハードルが低いことでもないような気はしますが。
「それに可愛いし」
 二つ目はどストレートな意見なのでした。大いに同意するところではありますが、これもまた大袈裟な反応はしないでおきます。さっきとはその意味するところが違いますけど。
「あと、お母さんのことを思い出して悲しくなっちゃったってのもね」
「すいませんね、当の息子はそんなんじゃなくて」
「皆まで言う必要も無しか」
 鼻で笑うお母さんなのでした。
「……そういや、結局何だったんだろうねえ。栞さん、私とあんた別々になら話せることって」
「さあ、実際に聞かせてもらわないことには」
 別々にしか話せないということは、聞かせてもらった後になっても、それについてお母さんと話をするのは駄目なのかもしれないけどね。
「まあそうなるわね、やっぱり。ところで孝一」
「ん?」
「お酒はお出ししても大丈夫なのかしら。まだお昼だけど、お祝いなんだし」
 …………。

「じぃぢゃあああ~ん! うおおお~ん!」
「んーへへへーぇ。くっ付くのやーですよお楓さぁん。暑いですよぉ」
 お酒を出したらこんなことになってしまいました。二人揃って「ちょっとだけなら大丈夫だから」って言ってたのは何だったんですか! 一応、酔ったらどうなるかをうちの親に断ってからのことではありましたけど!
「すいません、うちのがお見苦しいところを」
「いやいや、酒が入ってのことですし。……見苦しくはないですけど、目のやり場に困るというか」
「あなた」
「これは仕方なくないか!?」
 どうやらお父さん、絡みあう家守さんと栞さんに宜しくない感情を湧き立てられてしまったようです。しかしまあ、非難はできないでしょう。この状況で非難するとしたら酔ってるお二人、もしくは酒を出すことにゴーサインを出した僕なんですし。それに親子という垣根を越えて同じ男として、お父さんの気持ちもよく分かりますし。
 ちなみに高次さんは、帰りの運転があるので飲酒については自主的なNGを表明しています。本当なら帰りの運転は家守さんの筈だったそうですけどね。
「喜坂さんのことだからハメは外させてやりたいけど、仕事で来てるのになあ」
 酔えない高次さんは、そう言って僕へ苦い笑みを向けるのでした。
 まあしかし、僕ら一家は全く気にしてないですけどね。


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