(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十三章 譲れぬ想いと譲る思い 十一

2011-09-22 20:34:10 | 新転地はお化け屋敷
「お酒出した後になんだけど……栞さん、本当に二十歳過ぎだったんですねえ。それより若く見えるのはあれかしら、説明してもらった『幽霊は年を取らない』ってことなんですか?」
「そうですね。喜坂さんの本当の年齢は……ええと、日向くん、お願いします。知ってるつもりだけど間違ってたら大目玉だし」
「あはは、そこまで目くじら立てないと思いますけどね。というか多分聞こえてないでしょうし」
 そう言って家守さんに絡み付かれている栞さんのほうを見てみますが、相変わらずふにゃんふにゃんしてるのでした。最低限その状態のまま食事に手を付けようとはしないことだけが、最後に残った理性なのかもしれません。酔っ払い相手にぎゃんぎゃん言うつもりもありませんが、まあ、お行儀が悪いといえば悪いですしね。
「二十二だよ、栞さんは。で、幽霊になったのが四年前だから、見た目の年齢は十八ってことになるね。……まあ、もう年を取り始めたわけだけど」
「あらあら」
「何さその反応」
 とは言ってみたものの、「何さ」も何も、そういうことなのでしょう。なんせ幽霊が年を取る条件も、栞さんがそれを満たしていることも、既に説明してあったわけですし。
 もちろんそれは真面目も真面目、大真面目な話であって、こんなふうに揶揄されるようなことではないのですが、しかしまあ大真面目に返されたらそれはそれで困るのもまた事実なわけで。
 なので、くすくすと笑い始めるお母さんにそれ以上構うようなことはせず、栞さん製の味噌汁を一啜り。うむ、作った本人は今あんなだけど美味いものは美味い。
「しかしあれだな。喜坂さんがこの様子だと、孝一も早く酒飲んでいい歳にならんとな」
「何をどうやったって早く年を取るのは無理だけどね」
「それとも飲むか? 今」
「『それとも』とか言いながら前の話をぶち壊したね今」
 まあ、栞さんからも言われてることなんですけどね。早く一緒に飲みたいって。その栞さん本人の酔いっぷりのせいで酒がちょっと怖くなったような気がしないでもないですけど。
「あ」
「今度は何さ」
 何か思い付いたらしいお父さんにやや抵抗感を覚えつつ尋ねてみますが、お父さんの顔は僕を無視してお母さんの方へ。
「今『喜坂さん』って言って気付いたけど、そういえばお前、さっき『栞さん』って呼んでたな」
「ふふ、お料理中に仲良くなっちゃった」
「そっかあ。羨ましいなあ」
「あなた」
「なんでだよお……」
 さすがにちょっと可哀想に思えましたが、仕方のないことでした。いや、お母さんに怒られたことではなく、栞さんとそういう接点がないことについてですが。
 で、それはそれとして。
「でもちょっと残念ねえ。何でもいいから栞さんのお話聞かせてもらいたかったんだけど、ここまでご機嫌じゃあちょっと無理かしら」
 うーむ、やはりそういう機会を見込むべき場なんだろうしなあ、ここは。僕としても両親との親睦を深められたかもしれないという点では、同じくちょっと残念です。……と思ったら、
「ふぁいっ! らいじょうぶれす! お話できまふいっぱい!」
 間違いなく大丈夫じゃない呂律を引っ提げて元気よく宣言する栞さんなのでした。
 そしてその呂律を修正するためなのか少々口をモゴモゴさせたのち、引き続いて元気よくこう言うのでした。
「何のお話がいいですかっ!」
 それじゃあ会話をするというより質問会になりゃしませんか、なんてことを今の栞さんに言っても無駄でしょう。ここは振られたお母さんに任せてみることにします。
「うーん……」
 そのお母さんですが、何やら真剣に考え込んでいる様子。どんなに真剣な話を振ったところでまともな答えが返ってくる保証は全くありませんが、しかしまあ息子の嫁に対する質問となれば、やはりそんな感じにもなってしまうものなのでしょうか。
「あそうだ」
「お決まりですかっ」
「うん。台所で孝一がトイレに行った時、私に言いそびれた話って何だったのかなって」
 それはもしかしなくても「僕とお母さん別々になら話せる」という例の話なのでしょうが、いくら酔ってるからってその自分で言ってたことをすっぽかして話し始めるなんてことは――
「こうくんのお料理の話ですね! 分かりました!」
 あるんですよね。しかも「ここでその呼び方ですか」とか「話の中身が既に漏れちゃってますよ」とか、余計な突っ込みどころ付きで。
 特には呼び方についての突っ込みどころについて、お母さんから何かしら言われるんじゃないかと思ったのですが、意外にもそんなことはありませんでした。まあここで下手に僕へ話を振ったりしたら、栞さんが気付いちゃうかもしれませんしね。僕とお母さんが一緒じゃあ話せない、ということに。
 ちなみにもう一人の何かしら言ってきそうな人である家守さんですが、栞さんが話を始めても尚しがみつくようにして抱き付いたままであり、僕なんか初めから眼中にないようでした。家守さんは「僕とお母さんが一緒じゃあ話せない」ということを知らないはずなので、そうして自分からスルーしてくれるのは運が良かったなあ、と。
 さて、そういうわけで栞さんによる問題発言を受けても割と静かなままだった中、ついにその「僕の料理の話」ですが。
 栞さん、険しい表情になったかと思うといきなりお母さんをビシッと指差し、同時にその表情に見合った声質で「お義母さん!」と強く呼び掛けました。――が、険しくなった顔を再度ふにゃふにゃにさせながら、「あ、人を指差すのは良くないですよねー」とすぐに引っ込めました。
 いきなりなんだと思わされたことがこれまたいきなり撤回されてしまい、どういう反応をしたもんだか困ってしまいます。恐らくそれは、僕だけじゃなく。
 しかし酔っている栞さんはそんな周囲の様子にまで気が回らないのか、今度は指差しなしで「お義母さん!」をもう一度。そしてようやく明らかにされた話の内容は、
「こうくんがお料理大好きってこと、ちゃんと認めてあげてください!」
 とのことでした。
 いやその、まあ、非常に嬉しいことではあるんですよ? 料理が好きだっていうのは本当ですし、お母さんにそれをちょくちょく冷やかされるのも事実ですし、好きであるが故に栞さんが今言ったようなことを願望として持っているというのも、否定はできませんし。
 ――とはいえ、所詮は趣味の話、と言われればそれもまたそうなのです。だから僕は今まで栞さんが言ったようなことを思いこそすれ口にはしてこなかったわけですし、そしてそれを抜きにしても、他人の口から言わせるというのは情けないというか恥ずかしいというか、みたいな。
 それでもお母さんの口からどんな返事が出てくるかはとても気になるわけですが、しかしそんな期待も虚しく、「うーん……」と考え込んでしまうお母さんなのでした。
 さて。それについて僕は多少残念に思う程度なのですが、しかし元々憤るところがあってこの話題を(言わされたとはいえ)持ち出した栞さんは、僕と同じように、とはいかないようです。
 初めから険しかった表情にむっとしたものが上乗せされ、そしてこう言いました。
「きっと私より誰より、お義母さんなんですよぉ!? こうくんが認められたいのはぁ!」
 再び酒の効き目が出てきたのか語尾がちょっと間延びし始めますが、それはともかく。
 もちろんそれは料理のことに限った話ではあるのでしょうが――……ううむ、否定できません。認められたというなら僕を料理の先生として見てくれている栞さんと家守さんはもちろん、あまくに荘の他のみんなだって認めてくれている節はありますし、それはもう非常に非常に嬉しいことなのですが、でも、それでもお母さんには強く言えないのです。もちろんこんなにストレートな言い方はしませんが、「引っ越し先のみんなから認められてるんだぞ凄いだろ」と。「お母さんみたいに冷やかしてくる人なんかいないぞ」と。
 何故ならば、初めから諦めているからです。お母さんは強敵だから、と。
 諦めるということは、諦める前に望んでいたことがあるのです。お母さんに認められたい、と。何も最近の話ではなく、小さい頃からずっと。
「まあまあ栞さん、料理の腕自体は認めてもらえてるわけですし」
 気が付くと僕は栞さんへそう告げていました。もちろんこれはお母さんを庇う行為ということになるのですが、まさか僕がそんな意図でそうしたとは思えず、じゃあ何なのかと勝手に混乱してしまうのでした。
「でもこうくん、それで納得してるふうには見えないよぉ?」
「ええと……」
 実際にその通りですし、そもそも今栞さんを止めようとした動機こそが不明なので、何も言い返せなくなってしまいます。
 困りはするものの、しかしだからといってどうしようもなくなった、その時でした。
「……あれ、こうくん?」
「え? あ、はい」
 何やら栞さんからまじまじと見詰められ、ぺたぺたと顔を触られも。そんなことしなくたって間違いなく僕は僕ですが、何なのでしょうか。
「あ」
「ん?」
「……こうくんがいるのに話しちゃった」
「ああ」
 短期間のことでありながらすっかり忘れてましたが、そういえばそういう前提があったんですよねこの話。本来なら。
 ちなみにこの周囲に人がいる状況で「こうくん」と呼んでいるということについては、特にコメントなし。どうやら問題だという認識自体が出来ていないようです。……まあいいや、もう。どうせ手遅れだし。
 というわけでそれはそれとして、僕がいるのに話してしまったという件に戻りましょう。「そもそもなんで、僕とお母さんが一緒だと話せなかったんですか?」
 現に一緒であるこの場で話してしまったわけですが、特に問題が発生したようには思えません。今の状態の栞さんにきちんと説明できるかどうかはさておいて、一応尋ねてみました。
「だ、だってえ……お義母さんはこうくんの前じゃあ返事し難いかもしれないし、こうくんは……目の前でこんなこと言われるの、嫌かなって……」
 お母さんがどう思っているかはともかく僕については、「まあその通りだよな」と。だからといって機嫌を損ねるほどではなかったわけですが、情けないというか恥ずかしいというか、なんてふうに思ったのは事実なわけですし。
 それに、その程度で済んでいるのは栞さんが酔っぱらってるからなんだろうな、とも。こんな状態だからこそ「まあ仕方ないか」と思えるわけで、素面で同じことが起こっていたら、ちょっとくらい機嫌を損ねたりしたのかもしれません。飽くまでも「かもしれない」というだけの話ではありますが。
「ごめんね。ごめんね、こうくん……」
 これもまた酔っていることの影響なのでしょう。どう見たって僕は平然としているでしょうに、えらく深刻な謝り方をしてくる栞さんなのでした。
「いえ、何とも思ってませんから」
 むしろそんなに落ち込まれた方がいろいろ困ってしまうというか、何と言うか。
「酔っててこれとは、愛されてんのねえあんた」
 お母さんが急に恥ずかしい台詞を口にしました。しかもその隣では、お父さんもうんうんと頷いています。
「酔っててこれ、じゃなくて酔ってるからこんななんだって。大袈裟というか」
 普段からこんなだと誤解されたらこれまた面倒な話になりそうだ、と若干強めに言い返してみたところ、しかし「そうじゃなくて」とお母さん。
「あんたの性格を熟知してるんだなって話。すぐムキになっちゃうのは常識の範囲内だとしても、それが料理の話だとね。正直、今何とも思ってないのって栞さんが酔っちゃってるからじゃない? そっちを気にしちゃってさ」
「むむ……」
 なんせ今同じようなことを考えたばかりなので、反論できません。図星というやつです、見事なまでに。
「さて孝一、ではここで問題です」
「な、なにさいきなり」
「料理の話だと過敏になると分かっているのに、お母さんはなんでそれをからかってきたんでしょうか」
 これまた急に何なのか、というのは置いときまして、図星を突かれた後なのでちょっと慎重に考えてみます。
 が、しかしどう考えてみても浮かぶ答えは一つだけ。
「なんでって、いちいち理由なんかないでしょそんなの」
 からかうようなことだからからかう。無理に説明したところでそんなものでしょう、何かを馬鹿にする理由なんて。
 けれどお母さん、そんな答えにふっと鼻を鳴らすのでした。
「恩着せがましいから言わずにおこうと思ってたんだけど……こうなっちゃったら、ねえ? いい人見付けたわねえ、孝一」
 なんだかさっきからお母さんの話が突拍子もないものばかりですが、まあ聞くだけ聞いておきましょう。
「あんたって何でも自分でやろうとするけど、何でもその『自分でやりたいからやる』の範疇でしかなくて、趣味ってものをなかなか見付けられなかったみたいでねえ、小さい頃は。オモチャなんかだって、どれも長続きしなかったし」
 確かにおぼろげながらそんな感じだった気はしますし、料理以外の趣味となると今でも「ない」としか言えないのが実際のところなので、お母さんの言い分はまあ正しいのでしょう。けれど、
「でも、それでなんでやっと見付けた料理っていう趣味をからかうのさ? 男には似合わないとか」
 矛盾してるじゃないか、と相手の痛いところを突いたつもりだった僕なのですが、しかし。
 お母さんの次の一言で、全てをひっくり返されてしまうのでした。
「そう言ったら逆にのめり込むでしょ? あんた」
「――――!」
 まさか。
 いやそんな、そんなそんな、本当に? それが理由で、これまでずっと?
「やっと見付けたたった一つの趣味なんだから、長続きさせてあげたかったのよね、親としては。もちろん、実際にそうなったのは自分の手柄だ、なんて言うつもりはないけど」
 すぐムキになる。それが料理の話だと尚更に。それが、自他共に認める僕の性格です。
 だから、からかわれるとムキになります。「なにくそ」と、「見返してやろう」と思ってしまいます。これもまた、自他共に認めるところなのでしょう。
 ……何も言えませんでした。
 何も言えないでいる間に、お母さんの話は続きました。
「でも、そろそろそんなのは必要ないみたいだしね。人に教えるってことになっちゃったら、そんな反骨精神がどうとか以前に途中で放り出したりできないでしょ? それに栞さんの言い方からして、もう『褒められてやる気出す』って方向になっちゃってるみたいだし」
 もちろんそれは僕のことを想ってそうしていたという話なのでしょうがしかし、しかしどうしても、素直に「ありがとう」と思うことができないのでした。どうしてなのかと言われればそれはもちろん、そのおかげでこれまでちょくちょく嫌な思いをしてきたからです。――が、でもそれにしたってそこまで深刻な話ではなく、僕もお母さんも冗談を交わすようなノリではあったのです。
 なので僕が今困惑しているのは、自分に対してです。素直に感謝すればいいものを、どうしてこんなにもモヤモヤしているんだろうか、と。
「困ったような顔してるなあ、孝一」
 お父さんが言いました。
「そんな顔してないで怒っていいんだぞ、別に。親子なんてのは仲良くしてるばっかりの関係でもないんだし。――はは、友達じゃないんだからな」
 特に仲がいいというわけじゃないけど、でもだからといって仲が悪いというわけでもない。
 それは確実な筈なのに、自分にとって大事な人なのは間違いなかったりもする。
「……卑怯だなあ」
 どういう言葉で言い表せばいいんでしょうね、この重大かつ中途半端な気持ちって。
「そんなこと言われたら怒れないって、もう」
「言う前から怒れなさそうだったぞ?」
「少なくとも悩んではいたよ、怒るか否か」
「じゃあこれから先、滅多なことでは怒れなくなったな」
「だろうね。思い出しちゃうだろうし、今の話」
 それから少し、会話に間が空きました。
 鼻をすするような音が聞こえたと思ったら、その出所はお母さんでした。だから会話役をお父さんに譲ったのかな、なんて思ったりもしてしまいましたが、確認するつもりにはなれませんでした。
 そんなお母さんにお父さんが小さな声で何かを言い含め、そしてお母さんがそれに頷いたところ、会話役は引き続きお父さんが受け持ったようでした。
「喜坂さん」
「――はい」
 料理の話についての失敗もあってか栞さんの酔いはいくらか醒めたらしく、そしてお父さんの低められた声もあってか栞さん、声色そして姿勢ともに、ぴしっと正すのでした。
「二人のことにこちらから口出ししないというのは、さっきも言った通りです。なので、これから伝えることもそういうものではないと思ってください」
 栞さんは返事をせず、ただじっとお父さんの言葉を待つのでした。
 栞さんのその姿勢を見て取ったお父さんは、「親目線の贔屓目というのもあるにはあるのでしょうが」という前置きを。その時点でもうこれから何を言おうとしているか察せられようというものですが、
「うちの息子はもう、何処に出しても恥ずかしくない一人前の男です」
 ……実際に口にされると照れるような、けれどそれだけでなく熱くて厚い何かが胸の内から競り上がってくるような、そんな感覚に陥るのでした。
 そして当然、お父さんの話はそれで終わりではありません。
 テーブルに手をつき、そのテーブルに触れるギリギリのところまで頭を下げて、
「なのでどうか、孝一のこと、宜しくお願いします」
 お父さんはそう言いました。そう願いました、栞さんに。
 隣ではお母さんも同じく頭を下げ、そして同じく「宜しくお願いします」と繰り返すのでした。
「はい」
 栞さんの返事は意外なほど静かでかつ穏やかなものでした。そしてそれに、迷いはありませんでした。
 ――この瞬間、僕は真に、栞さんと結ばれたのでしょう。心だけでも身体だけでもなく、丸ごと一人の人間として。
 けれど今の話は、それだけではなかったようにも思います。
 ――この瞬間、僕は真に、親元を離れたのでしょう。住んでいる場所の距離だけでも反骨心からくる心的な距離だけでもなく、丸ごと一人の人間として。
「……ぐ、う」
 気が付くと僕は、嗚咽を漏らしていました。
 そうなってしまうほどに嬉しく、そして同時に、そうなってしまうほどに寂しいのでした。
「この場面でそういうことになってしまうような、ちょっと変わったやつですけどね」
「いえ。だから私は、こういう人だから、孝一さんを選んだんです」
 俯いた僕の視界の外では、そんな遣り取りが交わされていました。

 その後は僕が(あとそれとはちょっと意味が違いますが家守さんも)落ち着くまで待ったのち、しばし歓談の時間となりました。もちろん、食事も並行して。
 歓談というからには話題は気楽なもので、両親からの僕が小さい頃の思い出話だとか栞さんからの僕についてのあれこれ、そして同じく栞さん、そして家守さん高次さんからのあまくに荘の話などなど、僕が食事に求めるものをきっちり満たしてくれる内容なのでした。
 なにぶんその直前まで泣きそうに……というかまあ、泣いてしまっていたので、僕自身はあまり饒舌にはなれませんでしたが。しかしそれについては周囲から温かかったり生温かかったりする対応をしてもらえたので、いいとしておきましょう。
 さて。日向家側とあまくに荘側で各々が周辺の事情を話していたりすると、こんな話題に辿り着いたりもしてしまいます。
「そう。でも、親の立場としては――。……いえ、止めておきましょうか。ごめんなさいね栞さん、つい余計なこと言いいそうになっちゃって」
 謝るお母さん。すると栞さんが「いえそんなことは」とむしろ謝り返すくらいの勢いを見せるわけですが、何の話をしているのかといいますと、栞さんの実家の話です。一度帰りはしたけど自分がまだ幽霊として存在していることは明かしておらず、しかも今後はもう帰るつもりがない、という。
「私に出てきて欲しいと思えるのは、私がまだここに居るって知っていて初めて、ですから。だったら私、家族の今の生活を崩したくはなくて」
「……そうよね。『ちゃんと幸せそうだった』ってさっき言ってたものね、栞さん」
「はい。妹もすっごい可愛かったですし」
 親の立場としては、に続く言葉を飲み込んだお母さんは、明らかにその対極であろう栞さんの意見に理解を示してみせるのでした。ついさっき「親」というものを骨身に染みて痛感させられたばかりの僕は、もちろん栞さんの気持ちを理解し、その選択に賛同してはいるものの、それでもお母さんの言いたかったであろうことはよく分かるのでした。
 そして、それを言わずにおいた気持ちも同じく。
 栞さんの気持ちを尊重したというのはもちろんでしょうが、「幽霊になった経験がないので下手なことが言えない」というのも、きっと多少はあるのでしょう。幽霊のこと自体今日知ったばかりなわけですから、尚更に。
 それを表すのに気遣いという言葉と遠慮という言葉のどちらを用いればいいのかは判然とさせられませんでしたが、しかしともかく、心の中でお母さんへ礼を言っておきました。口に出してしまったら気遣いだか遠慮だかが無駄になっちゃいますしね、この場合。
 で、それはそれとして。
 もし栞さんのご両親が栞さんのことを知ったとしたら、どうなるだろうか。やっぱり、栞さんへさっきの僕の両親と同じような話をするんだろうか? なんてことを、味噌汁を啜りながら考えてしまうのでした。
「あ、そうそう孝一」
 ん?
「美味しいわよねこのお味噌汁」
 手元にある自分の分のお椀を軽く持ち上げながら、お母さんは言いました。同じ台所に立っていたわけですから、それを作ったのが栞さんであることはお母さんも当然知っています。
 でも初めから味噌汁作りが上手かったわけじゃないんだよ、と別に教えた自分を褒めるような意味ではなく、そう思いました。
 僕のことは、僕の両親がずっと見てくれていました。
 栞さんのことを、栞さんのご両親はずっと見ていることができませんでした。
 …………。
「初めから上手かったわけじゃないけどね」
 栞さんのご両親の代わりに、というわけではありませんが――。
 話そう。僕の両親に、栞さんのことをいっぱい。
 僕は、そう思いました。


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