(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十九章 この恋路の終着点 四

2012-08-26 21:07:33 | 新転地はお化け屋敷
 成美さんがあたしの膝に戻り、そのまた膝の上へチューズデーが戻ったところで(旦那さんがいなくても戻るんですね)、栞さんから質問が。
「それで、庄子ちゃんのお話っていうのは?」
 それは多分、また話が逸れる前に、ということなんでしょう。旦那さんがいなくなってもまあ、成美さんとチューズデーなら話を逸らすくらいどうとでもなるんでしょうし。――なんて言い方をしてしまうと、わざとやってるみたいに聞こえちゃいますけど。
 ともあれ、こうなったら逸れようもなく本題です。
「えーと、ですね……」
 既に聞かれているとはいえやっぱり兄ちゃんが気になってしまったりはしつつも、なんとか口を開き始めてみます。こっちから持ち掛けてるんですもんね、この相談会。
 で。
「あらー……」
 栞さんはそんな反応をしてみせるのでした。そりゃそうですよねやっぱり。
 しかし一方、耳の横からはこんな声も。
「それってそんなに大変なことなの?」
 言わずもがな、ナタリーです。無関心からではなく、むしろものすっごく興味を持ったうえでそんな反応をしてくるというのが、実にナタリーらしいというかなんというか。
「ああ、もちろんね? 人間が恥ずかしがり屋だっていうのは分かってるんだけど……でも庄子ちゃん、子どもを作れる年ではあるんだし、だったら恥ずかしいにしたってそこまで心配するようなことじゃあないような」
 国とか時代によっちゃあそういうことにもなるんだろうな、なんて、別に社会の成績がいいというわけでもないあたしは殆ど想像でそんなふうに考えてみるのでした。
 要するに、ナタリーとあたしでは常識が違うということです。今更言うまでもないというか、いつものことですけど。
「作れる年ではあるんだろうけど、作っていい年ではないってことなんだよ」
「そうなんですか?」
 あたしの代わりに、ということになるんでしょう、説明をし始めてくれたのは栞さんでした。既に「あの単語」も口にしてしまっているあたしですが、それでもやっぱり有難いことです。
「うん。それで、だからそういう話をするっていうのはナタリーが思ってる以上に恥ずかしいことなんだよ。とは言ってもまあそこらへんは人それぞれだし、あんまり気にしない人もいるけどね」
「へー。じゃあもしかしたら、清明さんはあんまり気にしてなかったりするんじゃないですか?」
「いやー、それはどうだろう……」
 苦笑いを浮かべる栞さんでしたが、その表情が語る通りまず間違いなく気にする人でしょう、清明くんは。大人しい性格から考えてもそうですし、何よりあの時見せたあの表情という物証もあるわけですし。
 はあ。
「わたし達としては」
 溜息を吐いたところ、まるでそれが合図だったかのようなタイミングで話し始めたのはチューズデー。ですがそこで一旦言葉を区切り、成美さんを見上げて「と言ってもお前は含めないほうが正しいのだろうが」と。
「それは酷く不自然な話に聞こえてしまうのだがね。産める年になったら産むさ、それは」
 …………。
 もちろんのこと、それは「あたし達の常識」からすればとんでもない話なのですが、しかしだからといってムキになったりする場面ではないのでしょう、ここは。これでチューズデーが人間だったりするなら話は別ですが、違う常識を持っている相手だというのは初めから分かっていることなんですし。
「待て待てチューズデー、そこら辺の話ならわたしだってそう思っているぞ」
 最初に反応したのは成美さんでした。
「大吾がそう思っていなくてもかね?」
「うむ。違ったままでいいところは違ったままでいいと、そう示し合わせてあるからな」
「くくく、そうかね」
 そう言って笑うチューズデーの背中を成美さんはを数回、見た感じでは優しく、撫でるのでした。だからと言って何を言うわけでもないのですが――どんな気持から出た行動だったんでしょうか、今のは。
「ということなら、成美ちゃんはどう? そういう言葉、大吾くんに言ったり言われたりっていうのは」
 栞さんから質問。そういう言葉、というのはもちろんあの言葉でしょう。
 兄ちゃんに……いや、まあ、ええと、そりゃあそうなんでしょうけどね?
「いやその、よっぽどな状況じゃないとそこまで直接的な表現というのはだな」
「あはは、やっぱりそこはそうなるんだ」
「仕方ないだろう……」
「うん、仕方ない仕方ない。私だってそんな感じだし」
 栞さんだってそんな感じ。ということはつまりというか考えるまでもなくというか、その相手は日向さんで――い、いや、ストップだあたし! 考えるまでもないなら考えなくていいじゃないか!
「で、まあ、この辺からそういう話になっていくんだろうけど」
 顔に出ていないことを祈るばかりですが一人であたふたしていたところ、そんなことを言い始めた栞さんはこっちを向いていました。
「庄子ちゃん、どの辺まで大丈夫?」
 はっ!
 そ、そうか、「考えなくていい」じゃなくて「考えたうえで平然としていなきゃならない」のかここは。そういう話をしてるんだし、あたしから持ち掛けてる相談なんだし。
 しかも、えーと、栞さんも成美さんもいわゆる経験者ってやつなんだろうから、しようと思えばそういう話はできてしまうんだろうし。ということならそりゃあ、できるだけ詳しく語ってもらったほうがこっちとしても収穫は大きくなるんだろうけど――。
「お手柔らかにお願いします……」
 けどやっぱり、こうなってしまうあたしなのでした。
 嬉しいんだか楽しいんだか面白いんだか、栞さんはにっこりとしながら「分かった」と。
『しょーもさっちんもそうじゃないっていうのは~、わたしとしては歓迎するところだけどね~』
 思い浮かんだのは、そんな言葉なのでした。そういうものなんでしょうか、なんて思ってみたりしたものの、栞さんとみっちゃんとじゃあいろいろ立場も違うわけで、だったら一括りにすべきではないのでしょう。
 とその時、なにやらぼあんぼあんと物音が。
 ドアでなくふすまなので気の抜けた音ではありましたが、どうやらそれはノックのようでした。
「孝一んとこ行っとくわ、オレ」
 別にふすまを開けても問題はないというのに、ふすまの向こうからそう告げてくる兄ちゃんなのでした。
 どうして今そういう話が出てきたのかというのは、まあ、あたしでも分かりますけど。
「あ、ごめんね大吾くん」
「いえ」
 ノックまでは気付きませんでしたが意識してみれば聞こえるもので、兄ちゃんの足音がふすまから離れて玄関側へと遠ざかっていくのでした。
 が。
「……なんかついてくるんで、ジョンと旦那サンも一緒に行って大丈夫ですかね?」
「あ、うん、大丈夫だよ。むしろ孝さん、そのほうが喜ぶと思う」
 というのはもちろん、日向さんの体調を気遣っての話なのでしょう。けれどあたしはその会話が耳に入るまで全く、そんな方向に思考が働かなかったのでした。なんかもう、本当に大丈夫かあたし。学校でもこんな感じだったし。
 ――というわけで兄ちゃん達が202号室を出、玄関のドアが閉まる音がしたのち。
「むしろお前は気にならなかったのか? 日向」
「ん?」
「大吾の耳にこちらの声が届いていることくらい分かっていたろうに、『どの辺まで』とか」
「あー」
 成美さんから栞さんへ、そんな質問が向けられました。言われてみれば確かにそれもそうで、兄ちゃんよりもまず栞さん自身が気にすべきことだったんじゃあ、なんて。
「でもほら、大吾くんがなんでここに残ってたかっていうのを考えたらさ」
「むう。まあ、な」
 栞さんの返答に納得したらしい成美さんでしたが、あたしにはなんのことやら。
 というわけで、尋ねてみます。
「なんでって、なんで?」
「庄子ちゃんが心配だからだと思うよ」
 ――――。
「度が過ぎてこうなっちゃいはしたけど、居心地の悪い話だっていうのは初めからだったろうしね。理由がないんだったら初めから204号室に残ってたと思うよ、大吾くん」
 まあ、確かに兄ちゃんは、あたしがここでどういう話をするのかを初めから知ってはいましたが……。
 などともにょもにょしているあたしを余所に、栞さんは話を進めます。
「というのもあるんだけど、それだけでもなくてね。と言ってもこれは成美ちゃんにしか分からないかもだけど」
「わたしだけ? なんだ?」
「成美ちゃんは耳がいいからね。話をするくらいじゃあ、もうそこまで動じなくなっちゃったかな」
「……それに関してはもう、言葉が見付からんな。謝るのも変な話だし」
「ね」
 にっこりと首を傾ける栞さんでしたが、はて。成美さんの耳がいいというのはあたしだって知っていますが、それの何がどうこの話に関わってくるんでしょうか? しかもそれで成美さんが謝るだとかそうでないだとか。
「くくく」
 するとそんな時、チューズデーが意味ありげに笑いました。
 ならばそれに対して栞さんは、「ああ、そりゃそっか」なんて言いながら少し困ったような笑みを浮かべていました。まったくもって何なんでしょうかね、一体。
「ナタリー、分かる? 今の話」
「えーっと、多分。私はマンデーさんやチューズデーさんからちょっと聞いただけだけど」
「ふーん……?」
 マンデーまで話に加えられてきました。もうさっぱりです。
 元の話題が元の話題ですし、「成美さんにしか分からない」と言いはしながらあたしへの説明が入る様子はなそうだったので、じゃあ、訊かないほうがいいってことなんでしょうけどね。
「慣れちゃっていいのかなあ、この状況」
 栞さんは愚痴っぽくそう溢していました。
「とはいえ気を取り直して、だよね。主題は私の話じゃなくて庄子ちゃんの話なんだし」
 話の内容は分かりませんでしたがそれは確かにその通り。つまり、あたしのほうこそ踏ん張らなくてはいけないわけです。
「というわけで庄子ちゃん、いきなりだけど」
「う、うん」
 どんとこい、とは言えませんが、少なくとも背筋をぴんと張るくらいのことはしておきます。
 それはつまり「虚勢を張る」というやつなのですが――改めてみっちゃんは凄いなあと。背筋を張らないままあんな話をしていたということはつまり、虚勢を張る必要すらないってことなんですし。逆に背中曲げられませんよ、あたしなんか。
「好きなんだよね? 清明くんのこと」
「――――。……うん」
 公言していることとはいえまだまだ平静ではいられませんが、しかし認める程度のことならできなくはありません。というか、それすらできなかったら成り立たなくなっちゃいますしね、この話。
「うん、じゃあそこは間違いないとしておいて、じゃあそれから先はどこまで考えてる? 今の段階で」
「ど、どこまで?」
 何のことでしょうか――なんてとぼけるつもりはありませんでしたが、でも、何をどう答えたらいいものかというのは、とぼけるわけでなく本当に分かりませんでした。
 もちろん、何も思い付かないというわけではありません。そりゃあやっぱり、あの時口走ってしまったあの言葉だって頭に浮かんだりもしました。けれど、「どこまで考えてる?」という問いの答えにその言葉が相応しいかと言われたら、全くそうは思えなかったのです。
 好きであることの、それから先。
「と、取り敢えずは……好きだってことを伝えなきゃ先も何もないっていうか」
「あはは、それはまあそうだよね」
 それは事実であり当面の課題ではありましたが、けれど問いに対する答えとしては「あの言葉」と同様、相応しいものではなかったように思います。栞さんが尋ねているのは、事実じゃなくてあたしの考えなんですし。
「じゃあ、好きだって伝えるのは何のため?」
「えっ?」
 それはなんとも答えの決まり切った、言い換えれば当たり過ぎて尋ねるまでもない質問ではありました。――が、でも今、あたしはその「当たり前」を言えなかったということに、ふと気が付きました。気付かされた、ということなのかもしれませんけど。
「付き合うため、だと思う」
 弱気になったあたしは、当たり前な筈の答えに「だと思う」などと余計な一言を付け加えてしまいます。
 あたしは清明くんが好きです。それは間違いありません。
 でも、好きなだけだったのです。付き合ってああしたいこうしたい、どころか、付き合いたいという思いすら、ないことはないにしても、ぼんやりとしたものだったのです。
 好きだってことだけで満足しちゃってるってことなんだろうなあ。
 素人考え、という言葉がこの場合に当て嵌まるのかどうかはよく分かりませんが、ともあれあたしはそんなふうに思ってみるのでした。あたし自身のことを。
「ちょっと私の話するけど、いいかな」
 私の返事に対する相槌は一切ないまま、けれど柔らかい表情を浮かべながら、栞さんはそう尋ねてきました。
「うん」
 そう言うしかない状況だというのももちろんありましたが、けれどそれ以外にも、ほっとした気持ちが胸の内にあったりも。このままあたしの話を続けられるというのは、ちょっと辛かったかもしれません。
「私の場合、告白は孝さんからだったんだけど――結局押し切られて付き合うことになったんだけど、最初は断るつもりだったんだよね。っていうか、『ごめんなさい』ってはっきり言ったしね」
「えっ?」
 あれだけ仲好しなのに?
「私だってその頃からもう孝さんのことは好きだったんだけどね――大好きだったんだけどね。でもまあ、自分が幽霊だってことに関連したいろいろがあって、それで」
「…………」
 自分が幽霊だということ。つまりは、死んでしまったということ。それに関して何もないというほうがおかしいことは明白なので、ならば誰だっていろいろありはするのでしょう。
「…………」
 けれどあたしは、その詳細を尋ねたりはしませんでした。
 できっこありません、そんなことを訊くなんて。兄ちゃんが誰かにそんな質問をされていたら、あたしはきっと怒ります。
「でも押し切られて付き合って、そのままその『いろいろ』も押し切ってくれちゃったんだけどね、孝さんは。その告白の時だけじゃなくて、最後の最後まで」
 言いながら、栞さんは胸に手を当てていました。嬉し過ぎて胸が苦しい――というようなことでは、ないようでしたけど。
 数瞬の間があってその手が胸から下ろされると、話の続きが。
「運が良かった、なんて言ったら孝さんに怒られちゃうんだけど、そのおかげでってことはなくはないんだよね、やっぱり」
「……えーと、それって?」
 あたしの反応を待つような空き時間がありましたが、しかし情けないことに話の意味が良く分からないあたしなのでした。いやまあ、そうだと分かっててってことなのかもしれませんけど。
「その『いろいろ』があったおかげで、孝さんと付き合ってどうしたいか、どうなりたいか、どうされたいかっていうのが、初めからはっきりしてたんだよ。だから初めは断ろうとしてたのに、いざ付き合い始めたら躊躇いなく好きでいられたっていうかね」
「…………」
 なんだか今日は口ごもってばかりのような気がしますが、ともあれ今回も、あたしは何も言えないのでした。
 付き合ってどうしたいか、どうなりたいか、どうされたいか。
 それを盲点なんて言ってしまうのは自分の思慮のなさをひけらかすだけになってしまうのかもしれませんけど、でも間違いなく、あたしにとってそれは盲点なのでした。
「とは言ってもまあ、たまには喧嘩もしてきたんだけどねやっぱり」
「怒ったら怖いとか言ってたもんね、日向さんのこと」
「うん」
 喧嘩の話、それも怖いとまで言ってしまうような話だというのに、栞さんはとても楽しそうな嬉しそうな、そして懐かしそうな顔をしていました。日向さんがここに引っ越してきた時期を考えると懐かしむほど昔のことではないわけですけど、つまりはそんな顔をしてしまうくらいにいい思い出だということなのでしょう。喧嘩の話なのに。
「付き合ってどうしたいか、かあ」
 呟くようにそう漏らしたところ、栞さんはやや慌てたようにしてこんなことを。
「ああ、でも、私ほど分かり易い例ってそうそうないと思うからね? 普通はほら、変な事情とかなくてただ好きだから付き合いたいってことになるんだろうし」
 それはまあ、確かにそうなんでしょう。あたしが抱えているものの中で「事情」なんて大層な呼び方をするようなものといえばそれは兄ちゃんのことくらいのものですが、でもそれは清明くんのこととはまた別な話なわけです。だったら清明くんを好きだということについて、あたしは「ただ好きだから付き合いたい」というものに含まれる人間なわけです。多分ですが。
「そうだね、例えば」
 慌てついでに、とでも言ったところでしょうか、慌てた調子を整え直した栞さんは、加えてこんなもう一言を。
「庄子ちゃんにとって、清明くんってどういう人? どういうところが好き?」
 と、訊かれたならば。
 月並みというやつなんでしょうけど、こんな答えしか用意できませんでした。
「優しいところ?」
 優しくない人を好きになる人なんているんだろうか――などと思ってはしまいますが、でもまあ、いないということはないんでしょうやっぱり。
 それはともかく「月並み」だとか「こんな答えしか」だとか思ってしまっている以上、その答えを口にするのには少々の抵抗が生じるわけで、だったらそれは口調にも出てしまったり。
「大丈夫だよ、それも立派な正解の一つだから」
 どうやら栞さん、気を遣ってくれたようでした。
「優しいところが好きだってことなら、じゃあ『優しくしてもらいたい』っていうのは理由にならないかな。清明くんと付き合うことの」
 という話には一瞬納得しかけましたが、けれど二瞬めには「ん?」と。
「なんかそれって、押し付けがましいというか何というか」
「大丈夫、あっちからだって何かしら押し付けられるから。押し付けがましいなんて言っちゃったら、好きって気持ちなんかまさにそれだよ?」
「……それはまあ、そうなのかも」
 さっちんのように知らない相手と「まずはお友達から」みたいな調子で付き合い始めるならともかく、あたしと清明くんは既に知り合いです。それが付き合うところまで漕ぎ着けられたということは、まあ、あっちからも好かれてるってことなんでしょう。ということは、付き合い始めた時点で好きという気持ちを押し付け合っているわけです。
 お互い様という時点で押し付けていることにはならないんじゃないか、なんてことも思ってみたりはしましたが、それはそうじゃないんでしょう、恐らく。どれだけ好き合ってても結局は別々の二人の人間なんだし――なんて言い方は、ちょっと冷め過ぎなような気もしましたけど。
 まあ言い方はともあれそういうことなんだろうな、と納得していたところ、「それにね庄子ちゃん」と引き続き栞さんから。
「押し付けがましい、なんて言い方しちゃうと悪いようにばっかり聞こえちゃうけど、もちろんそんなことはないからね?」
「そうなの?」
 と尋ねてみたところ、栞さんはちょっと考えるような仕草。けれど何やらこちらを――いや、それよりちょっとだけ下げた位置に視線を向けて、何かしら思い付いたようににこりと微笑みました。
「例えば成美ちゃんに『膝に座らせてくれ』って言われたら、嫌?」
「いくらでもウェルカムだけど」
 なるほど。好きの種類は違うけど、それと同じってことか。
「お、押し付けがましかったか……?」
 膝の上から不安そうな眼差しで見上げてくる成美さんが可愛すぎたので、思いっきりぎゅーっとしたうえ頬ずりまでしておきました。ほっぺたぷにっぷにでした。
 ……そうだなあ、本当に。清明くんと付き合ってどうしたいか、なんてことすら考えてこなかったんだからそりゃあ、清明くんの方から何かしてくるなんてことはより一層、微塵も考えてなかったもんなあ今まで。
 でもそういうことなんだよなあ、付き合うって。
「あ、あのだな、庄子」
 なんせほっぺたぷにぷに中だったので幾分喋り辛そうでしたが、何やら言いたいことがあるらしい成美さん。というわけでぷにぷにはそこまでにしておき、けれど頬と頬は触れ合わせたままにしておきもしつつ、「なんですか?」と。
「変なことを訊くようだが、その……いやな? こういうことをしてもらえるというのはわたしとしても嬉しいことなのだぞ? わたしだってお前のことは好きだしな。ただ」
「ただ?」
「今回の大元の議題というか、お前が清明の前で言ってしまったあの言葉についてなのだが――そりゃまあ、わたしだってそれについては経験済みなわけだ。前の夫とも、お前の兄とも」
 話題がそこに戻った瞬間にはどきりとさせられましたが、けれどそれに続いて出てきた名前(一方は名前じゃないですけど)を耳にしてみると、不思議と落ち着いてしまうのでした。
 しかしそんなあたしとは裏腹に、成美さんは遠慮がちな調子のまま話を続けます。
「お前やお前くらいの年頃の人間がそういう話に抵抗感があるというのは、理解しているつもりだ。だがやはりわたし達はそうでないというか、つまり、その抵抗感というのがどのようなものかというのは、細かいところまで把握し切れてはいないわけだ、正直なところ」
 えらく丁寧に説明されてしまっていますが、あたしだってそれくらいは分かっているつもりです。兄ちゃんに負けないくらい――とはとても言えませんが、あたしだって成美さんのことは大好きなんですから、それくらいの理解はしたいというかすべきというか。
「で、だから、恥ずかしいことに訊いてみないと分からないのだが……『これ』には抵抗感はないのか?」
「これ? って、抱っこですか?」
 本当なら抱っこどころじゃないわけですが、取り敢えずはそんな表現をしておきました。成美さんは頷いてくれ、ならば表現それ自体はどうでもよくて、こうすることに一体何の問題があるのかなと。
「も、もちろんその時はこっちでなく、大きい方の身体なわけだが――なんだ、その、つまりは触られたりキスされたりなんだりしているわけだ、この身体は。しかも隅々まで」
 ああ……ああ、なるほど。
「そんなわたしをこうして抱き締めるというのは、それもまた抵抗感があったりはしないだろうか」
 あたしは少し考えました。と言ってもそれは返事に窮したとかそういうわけではなくて、言われたその瞬間に思い浮かんだ返事がちゃんと正しいものであるかどうか、確かめるための時間なのでした。
 しかしそんなことが成美さんに分かるわけもなく、その時間の間にもう一言。
「もちろん、そもそもこうして言ったりしなければ問題にならないというのは分かっていたのだが……逆に、尋ねるなら今しかないんじゃないかと、そう思って」
 そうですよね、元々がそういう話題なんですし。
「大丈夫です。言われた今でも嫌だったりしないみたいですし、あたし」
「そ、そうか。ならよかったが」
 という返事とともに、抱き締め続けている成美さんの身体からふっと力が抜けました。一言だけでそうなってくれたことがなんだか無性に嬉しくて、だからということになるのかどうかは分かりませんけど、あたしは成美さんのふわふわの髪を撫でてみました。
 ぷにぷにのほっぺと同じく、やっぱりとっても気持ちいいのでした。


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