(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十九章 この恋路の終着点 三

2012-08-21 21:05:39 | 新転地はお化け屋敷
「ちなみに一応訊いてみたりするけど~」
「ん?」
 でもやっぱり日向さんは持ってなさそうだなあとか、兄ちゃんも兄ちゃんで成美さん意外の女の人に悶々としてるところは想像し難いなあとか。そんなことを考えていたところ、みっちゃんから質問があるそうでした。
「しょーとさっちんはどうなの~? 持ってる~?」
 …………。
「もちろん持ってないっていうか、質問されること自体が驚きなんだけど」
「そうだぞ道江、これでも女だぞ私ら」
 これでもってどれでもかねさっちん。彼氏までいて。
 というのはともかく、
「いやいや~、女だから持ってないってのは偏見だと思うよ~? 性欲それ自体は女にだってあるわけだし~」
 それは間違いなくそうなんだろうけど性欲とか言っちゃったよこの子。いやまあ、さっきだってそれとそう変わらないような内容の話してましたけど。
「ま~ともかく二人は持ってないと~」
 あたしとしてはそう言うみっちゃんがどうなのかが気になりましたが、けれどそれより先に「そもそもなんでそんなこと訊いたわけ? 今」と首を傾げながらさっちんが。
「エロ本と同じく~、胸触ったりっていうのもさ~、女から男にってのもなくはないんだろうなってね~」
「……ど、どうなの? さっちん」
「私に訊くなよ――って、いや、この中じゃあそりゃ私かやっぱ」
 そりゃそうでしょう、だってあたしとみっちゃんにはそうなり得る相手がいませんし。あたしの場合は清明くんが半分ほどその候補に足を踏み入れているのかもしれませんが、でもそこは除外させてくださいお願いします。
「胸触るって――いや、別にそれだけに限った話でもないんだろうけど――うーん、どうだかなあ」
 私に訊くなよ、なんて言った割には真剣に考え込むさっちん。普通なら照れるなり嫌がるなりするところなのでしょうが、そこはやはり、自分が触られたこともあってということなのでしょう。真面目に考えざるを得ないというか。
「例えば手を繋ぎたいとか――キ、キスしたいだとか、は、思わないでもないよ? でもそういうのとはなんかちょっと違うよね?」
「ま~ね~。エロではないよねそこらへんは~」
 手を繋ぐことはまだ分かりますが、あたしとしてはキスはそれに掠るぐらいはしているように思えたのですが……。いや、まあ、個人差ということにしておきましょう。
「となったら……うん、ないなあ、そういうのはまだ」
「そっか~」
 そういうことなんだそうでした。
 が、まだ続きがあるようで、
「いやでも、全くないってわけじゃなくてね? そりゃ今みたいな話してりゃあ正直そういうこと考えないでもないし、そうでなくても寝る前くらいに――なんてのはやっぱ、まあ、なくはないんだよぶっちゃけ」
 ぶっちゃけるにしたってぶっちゃけ過ぎな気がしますが、大丈夫でしょうかさっちん。みっちゃんの毒気にやられてしまったんじゃないでしょうか。人目を避けるために来た場所とはいえここ中庭ですよ? 学校の中ですよ? と、この中で唯一やらかした身としてはそんなふうに思うのでした。
「でも一緒にいる時はそういうんじゃなくて……さっき言った手を繋ぐとかキスしたいとか? そっち方面だけになっちゃうんだよね」
「エロが出てこないよう抑えてるってわけじゃなくて~、初めっから出てくる余地がないって感じ~?」
「そうそう、そんな感じ」
「幸せ真っ盛りですな~」
「いや~」
 …………。
 今のは、あくまでもさっちんの話。女がみんなそんな感じになるというわけじゃないでしょうし、男がみんなさっちんの彼氏みたいになるというわけでもないのでしょう。
 じゃああたしは?
 清明くんは?
 ……という想像はもちろん、今のところ全く現実に即してはいないわけですが。付き合えてすらいないんですもんね。
「いいなあ」
 ものすっごく自然に、不気味なくらい自然に、あたしはそんな言葉を溢していました。
 その声がどれだけ真剣にさっちんを羨んでのものだったか、さっちんもみっちゃんも気付いたのでしょう。あたしはその後、二人からみっちりたっぷり励ましやら慰めやらの言葉を頂くことになったのでした。

「という話なんですけど」
「ふーむ」
 学校で相談を受けた私でしたが、学校が終わると今度は相談を持ち掛ける側になっていました。お題はもちろん清明くんの目の前であんな言葉を口走ってしまったことと、あとはまあ、その他諸々というか、いつも通りの恋についての些細なあれやこれやです。
 相手は成美さん。つまりここはあまくに荘の202号室、兄ちゃんと成美さんの家です。
 相談相手を膝抱っこしているというのはなんだか失礼な気もしないではありませんでしたが、仕方ないじゃないですか成美さん可愛くてたまんないんですから。成美さん自身からも全く嫌がられる素振りはありませんでしたし。
「ここでわたしがさっさと言いたいことを言ってしまうより、もっといい案があるのだが」
「案、ですか?――あ、まさか止めてくださいよ? 兄ちゃん呼ぶとか」
「ははは、そうではないさ。それも面白そうではあるがな」
 などと言っている今兄ちゃんはどこでどうしているかと言いますと、ふすまの向こう、つまりは居間に退去してもらっています。というわけであたしと成美さんは今、私室の方にいるのですが――いやいやいかんいかん、変な想像をするなあたし。そういう内容の話だったとはいえそれはさすがに自爆に近いぞ。
 おほん。
 まあしかし、ふすま一枚を隔てているだけです。聞こうと思えば兄ちゃんの耳にもこちらの話は届いてしまうでしょうし、実際、届いているんだろうとは思います。ただ、最低限、目の前にいる状態で話たくはなかったというか。
「ナタリーなんかが好きそうだとは思わないか? こういう話は」
「おお」
 相談相手として成美さんを選び、だからこの202号室へ直行したあたしでしたが、それは確かにその通りです。相談相手、という感じではないような気もしますが、提案されてみれば是非そうしたいと思えるくらいには面白そうな話なのでした。
「女だけ集めるということならあとはチューズデーと日向だが……ううむ、どうだろうなあいつらは」
 女だけ、ということで、その日向というのは栞さんのことを言っているのでしょう。
 ――結婚。
 凄いなあ。
「何かあるんですか?」
「チューズデーについてはあいつだよ、わたしの前の夫。曜日というものを把握していれば今日も来るだろう、チューズデーに会いに」
「ああ」
 旦那さんだったら別に「女だけ集める」という枠の例外として扱ってもあたしとしては問題ないのですが、まあでも週に一回しかない直接会える機会をあたしの相談で使ってしまわせるというのもどうだろう、ということで、ここは素直に納得しておきました。
「栞さんは?」
「昨日から夫の方の日向が体調を崩していてな」
「あら、そうなんですか」
「うむ。だから昨日の夜からつきっきりで看病を――しているところを見たわけではないが、まあ、しているだろうあいつなら」
 笑いながら言う成美さんなのでした。
 あまりにも容易に想像できるそんな様子に、あたしも釣られて笑ってしまうのでした。そういう二人だから結婚までしちゃえたんだろうな、なんて感想は多分、というかまず間違いなく、本質から遠く外れているんでしょうけど。
「日向をこっちに呼ぶとまでは言わんが、見舞いにでも行ってみるか?」
「お邪魔じゃないんだったら……」
「そこまで容体が悪いというわけではないさ。わたしと大吾も昨日、見舞いに行って見てきているしな」
「そ、そうですか」
 そういう意味はもちろんありましたが、でもそれ以外の意味も込めていたことに、成美さんは気付いているんでしょうか? いやまあ気付かれても困っちゃうんですけど。
 などと一人で勝手に焦ったり照れたりしていたところ、不意に成美さんがふすまのほうを向きました。
「というわけだが大吾ー、お前も行くかー?」
「行かねえっつったらー?」
「来ーい」
「あーはいはいー」
 …………。
 いやそんな、兄ちゃんにもこっちの声は聞こえてるだろうなとは思ってましたけど成美さん、だからってそう聞こえてる前提みたいな会話をされちゃうとどうも立つ瀬がないというか……。
 などと、正に「気の置けない間柄」然とした会話に頬を緩ませたりしながらも、一応はそうしてささやかな抵抗をしておくあたしなのでした。全く意味のない抵抗だというのは自分でも分かってましたけどね。

 今の時点でナタリー呼んじゃっても良かったんだけどなあ、あたしとしては。
 ――などと204号室、つまりは日向さんと栞さんの家の前でそう思うあたしなのですが、しかしお見舞いだというならあまり大勢というのもどうかと思いますし、昨日から調子が悪いというならナタリー達ももうお見舞いは済ませてるんだろうというのもあって、思いはすれど口にはしないでおいたのでした。
「はーい」
 ギリギリ届く高さにあるチャイムをここまであたしと兄ちゃんを先導してきた成美さんが押し(かわいい!)たところ、出てきたのは栞さんでした。幽霊であるということを考えると日向さんが出てきた方がいいような気はしますが、でもあたしが気付く程度のことを二人が気付かない筈もないので、きっと普段はそうしているんでしょう。今日はそうすることができなかった、というだけで。
「あっ、庄子ちゃん」
「こんにちは、栞さん」
 あたしが目に入ったところでぱっと顔を明るくさせる栞さん。それは普段通りの反応でもあったのですがしかし、お邪魔じゃなかろうかという心配がなかったわけではないあたしとしては、そうして歓迎ムードを発してもらえるのは有難いことなのでした。
「せっかく来たんだからということで見舞いにな。わたし達はただの付き添いだ、お構いなく」
「だから別に庄子だけ来させりゃよかっただろ」
 呆れたように言う兄ちゃんでしたが、そこへにっこりと栞さん。
「有難く構わせてもらうけど、大したおもてなしができないっていうのが現状ではあるかな。なんせ料理長がダウンしちゃってるんで」
「それ、孝一が聞いたら無理してでもなんか作ろうとしますよ」
「それを無理してでも止めるのが今の私の仕事です」
 腰に手を当てどういうわけか自慢げにそんなことを言ってから、部屋の方を振り返って「ねー孝さんー?」と呼び掛ける栞さんなのでした。もちろんそこだけ聞こえても日向さんとしてはちんぷんかんぷんなのでしょうが――。
「ひでえ」
 今回ばかりは兄ちゃんに同意でした。が、栞さんもただ無意味に嫌がらせまがいなことをしているわけではないらしく、
「料理の話になったら元気になるからね。元気にだけなってもらって、無理はさせないっていう作戦だよ」
 とのことでした。
「はは、なるほどな」
 成美さんは笑って納得していましたが、兄ちゃんは部屋の中の方へ気の毒そうな視線を向けているのでした。
 あたしはどっちに倣うべきだったんでしょうか?

「あ、庄子ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは、日向さん。お邪魔してます」
 日向さん、先日も見せてもらったでっかいベッドに一人で横になっていました。いやそりゃあ一人じゃなきゃおかしいですし、さっきまで栞さんがその傍についていたんでしょうけどね? 掛け布団の隅っこに、さっきまでそこに誰かが座っていたことを示すへこみがありましたし。
「ありがとうね、わざわざ来てもらっちゃって」
「いえいえ、そんな、ほんと来ただけでお見舞いの品とかそういうの何もないですし」
 事前に知っていればお菓子の一つくらい用意してきたのになあ、なんて。
「あはは、むしろこっちからご飯の一つでも出したいくらいなんだけど――ん? なんでそこ笑ってるの?」
 栞さんと成美さんが肩を揺らし、
「あとなんでそっちは憐れむような目を?」
 兄ちゃんはさっきと同じ視線を日向さんへ向けているのでした。
「愛されてんなあ、オマエ」
「新婚なのに愛されてなかったら大変だよ――じゃなくて、だからなんでそれを憐れむような目で言うのさ」
 ……まあ、でも、それは冗談オンリーな話でもないのでしょう。こんな状態でも遠慮なくそういう冗談を言われてしまうということ自体が、愛されているということの表れなんでしょうし。
 日向さんに対するものということであれば、兄ちゃんと成美さんのそれは隣人愛ということになります。でも栞さんの場合は、当たり前ですがそれは恋人として――じゃなくて、夫婦としての愛ということになります。
 愛があるから遠慮なく冗談も言える。
 それに比べて恋、しかも片想い止まりのあたしなんかじゃあ、冗談どころか「好きです」の一言すら言えないのでした。
 むしろ笑えました。
「ほらあ、なんかよく分かんないけど庄子ちゃんにまで笑われてるし」
「えっ? あっ」
 これはそういうことじゃなくて、
「じゃあ無表情でスルーされるのとどっちがいいんだよ」
「笑われたほうがいいけどさ」
「…………」
 話が纏まってしまったので、下手なことは言わないでおくことにしました。愛だなんて言葉、あたしにはまださらっと口にできるものではないですしね。
「ええと、それで日向さん、調子の方はどうなんですか?」
「ああ、一番キツかった時に比べれば今はもう。栞がついててくれて助かったよ」
 言いながら日向さんの視線が栞さんの方を向くと、その栞さんはやっぱり笑いながらこう言います。
「洗面器にビニール袋掛けて、ね。夜中に大慌てだったよ」
 ……それはそれは。
「あの時、廊下で転んでたよね栞」
「あ、気付かれてた?」
 そんな笑い話も出てくるには出てくるわけですが、けれど日向さん、その直後にややしんみりとした様子でこんな話も。
「結局すぐに終わっちゃった独り暮らしだったけど、その頃を思うとやっぱり有難いかな。誰かが一緒に暮らしてくれてるっていうのは」
「一緒に暮らしてくれてるって、そんな一方的なことでもないけどね」
 そんな話ができる日向さんと、それに対して即座にそんなことを言い返せる栞さん。憧れてすらしまう、というのは、変なことだったりするんでしょうか?
「幸せそうですねえ」
「あはは、こんな状態じゃなかったらもっと幸せなんだろうけどね」
 さらっと返してくる日向さんでしたが、あたしからすれば「幸せ」という言葉だって大層なものではあったのです。けれど日向さんからすればそれは、そうだという前提の上から冗談を言えるほど、当たり前のことのようでした。もっと幸せ、ということは、今だって間違いなく幸せってことなんですしね。
 幸せ。
 言葉で表現するならその一言で済んでしまうのでしょうが、でも、知りたいと思ってしまうのでした。好きな人と一緒になった時、いったいそれをどんなふうに感じるものなのか。幸せというものの内訳、というか。
「こんな状態だからこその幸せ、というものもあるのではないか? 昨日から優しくされっ放しだろう、愛する嫁から」
「それは正直そうなんですけど……いやあ、病気を良くするためにいろいろ頑張ってもらってるのに、『病気になってよかった』みたいなことは言い難いっていうか」
「ふふ、なるほど。それもそうかもな」
 成美さんらしからぬ意地悪な質問、かと思いきや別にそんなことではなかったらしく、平然と答える日向さん。そしてそれに意外そうな顔をするでもなく納得する成美さん。
 ……なんというかこう、やっぱり、ここにいるみんなはいろいろと変わったんだと思います。そりゃあ結婚なんて大事も大事ですから、何も変わらないほうがおかしいってことではあるんでしょうけどね。
 他のみんなほど表に出てはいないけど兄ちゃんもそうなんだろうなあ。
 なんてことを考えると、さっちんから「彼氏に胸を触られた」という話を聞いた時と似たような気分になりました。とは言ってももちろん、あの時ほどの衝撃ではありませんでしたけどね。兄ちゃんが成美さんを好きなことも、成美さんが兄ちゃんを好きなことも、ずっと前から知ってたんですし。
「あれ? 孝さん、言ってなかったっけ? そういうこと」
「熱でぼんやりしてたからねえ。もし変なこと口走ってたらごめんなさい」
「普段からちょくちょく変だから別に気にしないけどね、それくらい」
 さてそれは、厳しいと取ればいいのか甘いと取ればいいのか。
 どちらか一方だけ、ということではないのかもしれませんけどね。もしかしたら。

「おっきな声出してくれたらすぐ戻ってくるからねー」
「いや、何があってもそこまですることはないと思うけどね……」
 帰り際。
 申し訳ないことに栞さんが付いてくることになってしまったので、204号室に残る日向さんと栞さんは最後にそんな遣り取りをするのでした。
「ごめんね栞さん、こんな時に」
「大丈夫だって、もう。そうじゃなかったら私だってここに残ってたしね」
 というような状態なので、あたしからお願いしたことではありません。誘ったのは成美さんで、それがなくても付いてきそうなくらいに乗り気だったのは栞さん自身だったりするのです。
 ううむ、何から何まで噛み合ってない気がします、あたしだけ。
「流れ的に、この後ナタリー達も呼びに行く感じだったり?」
「うむ」
 今後の流れを説明するまでもなく予想されてしまいましたが、頷く成美さんも平然としたものでした。さすがあまくに荘です。
「だからお前はわたし達の部屋で待ってくれていればいいぞ。どうせすぐ戻ることになるからな」
「うん。じゃあ、お邪魔させてもらいます」
「なんだったら先に大吾からことのあらましを聞いてくれておいても」
「そ、それは勘弁してください成美さん」
 ふすま越しに聞かれていたというのは承知の上ですが、だからといって兄ちゃんの口からあの話をされるなんて、それはさすがにちょっとあのその。
 ちなみに兄ちゃんも「右に同じく」とのことでした。右ではなく後ろにいましたけど。
「はは、すまんすまん冗談だよ。それが通るんだったらわざわざわたしと二人だけで話した意味が無くなってしまうからな」
「珍しく意地悪ですね、成美さん」
「うーむ。そうだなあ、嬉しいことがあったから浮かれてしまっている、といったところだろうか」
「嬉しいこと? 何かあったんですか?」
 とは訊いてみたものの、まあまず間違いなく兄ちゃん関連なんだろうなと。さっきまでの話の流れもありましたしね、愛だとか幸せだとか。
「お前が今日、他の誰でもなく真っ先にわたしの所に来てくれたことだよ」
「…………」
 ナタリー達を呼んできて部屋に戻ったらまた膝抱っこさせてもらおう。なんだったらぎゅーってさせてもらおう。そう思いました。

 と、いうわけで。
「ううむ、やはり多少落ち付かないものがあるね……」
 望んだ通りに成美さんを再度膝抱っこしている私は、ついでにナタリーを首に絡み付かせていました。そしてもう一つついでに、膝の上の成美さんのそのまた膝の上には、チューズデーと旦那さんも。「今日も来るだろう」と成美さんは言っていましたが、旦那さん、102号室を訪ねてみるともう来ていたのでした。
 ――それはともかく、自分で言うのもなんですが動物まみれです。これだけの人数が集まっているというのに、形としては栞さんと一対一で向き合っているような状況です。栞さんからすれば、一対四なのかもしれませんが。
「人の足を占拠しておいて落ち着かないとは御挨拶だな」
「逆の立場になっても同じことが言えるのかねお前は」
 成美さんの膝の上に、旦那さんと並んで座っているチューズデー。つまりはその旦那さんの(元、と付けるべきなんでしょうか?)奥さんの膝の上です。しかもただ隣にいるというだけならまだしも、チューズデーだってその旦那さんと付き合っているような関係ではあるわけで。
「……まあ、言えんがな」
「だろう。くくく、わたしですら、なのだからな」
 笑いながら言うチューズデーでしたが、それはどういう意味なのか。正直なところ見当はついていたのですが、
「一人だけを好きになるっていうお話ですか?」
 ナタリーは躊躇いなくそこのところを尋ねてみせるのでした。普段だったらあたしだってこんな感じだったりするのかもしれませんが、今日は――いや、成美さんの話なんだからあたしの事情とは全く関係ないのは分かってるんですけど――どうにもこうにも、好きとかそういう言葉を口にしづらいというか。
 でもまあそれだって考えてみれば変な話なんですけどね? だって、「好き」どころか清明くんの前で口走ってしまったあの言葉を、説明のためとはいえ成美さんの前で言ってしまっているあたしなんですから。兄ちゃんにだって聞こえてたでしょうし。
「そうそう、それだよナタリー君。それを考えるとむしろよくもまあわたしを平気で膝の上に、しかも彼と一緒に座らせているものだね」
 あからさまに挑発的な物言いをするチューズデーですが、それに対して成美さんは、旦那さんの頭を軽く撫でながら言いました。
「別にわたし以外の誰かにまで強制するような話ではないさ。こいつだってそうなのだから。――それにわたし自身、今ではもう『一人だけ』ではないわけだしな」
「はは、『一人だけ』が『二人だけ』になっただけだろうに」
 二人だけ。耳にした瞬間には妙な言い回しだと思いましたが、けれどよく考えれば妙でも何でもありませんでした。一人だろうが二人だろうがそれ以上だろうが、限定されていれば「だけ」なのです。先着何名様だけに、みたいな。
 旦那さんと、兄ちゃんだけ。
 自分のことではないのに、なんだか嬉しくなってしまうのでした。
「今日はそういう話するために集まったんじゃねえだろ」
 ふすまの向こうからその兄ちゃんの声がしました。
 ええ、やっぱり居間に退去してもらっているのです。ジョンも一緒ですが、そちらについては「退去」という形ではなく、一人だけというのはさすがに可哀想かなという押し付けがましい心遣いです。
 私室が五名、居間が二名。この数なら私室と居間は逆でもよかったような気もしますけどね。
「くくく、照れるな照れるな。それとも寂しいのかね?」
「……アホか」
 これまた挑発的なチューズデーでしたが、兄ちゃん、ちょっと反応が遅れたのでした。ということは、そのどちらかなのでしょう。
 ジョンが一緒にいてまだ寂しいということなら、それはちょっと欲張りだぞ兄ちゃん。
「そういうことならこいつを貸してやろう」
 なんせ分かりやすい性格をしている兄ちゃんなので、あたしだけが気付いたというわけではありません。だったら成美さんだってもちろん、ということで成美さん、あたしの膝から立ち上がってふすまを少しだけ開き、旦那さんにそちらへ行くよう促すのでした。
 家守さんがいないので人間の言葉が使えない旦那さんは、けれど迷うことなくその指示通りに動き、兄ちゃんの膝の上へ飛び乗るのでした。
「すんません旦那サン、アホばっかで」
 もちろんそれも伝わらないのですが、旦那さんの背中を撫でながら謝る兄ちゃんなのでした。
 それを見届けふすまを閉じた成美さんは、にやりとした表情でチューズデーを見下ろします。
「これでよし。あいつさえいなくなれば、お前も妙な話をし始めたりはしないだろう」
「くくく、なるほどそれが狙いだったか」
 そんな遣り取りをする二人を見て、ナタリーは小声で「もうちょっと見てたかったけどね」なんて耳打ちを。一方で栞さんは、安堵の、ということになるのでしょうか、やや大きめな溜息をついていました。


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