(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十九章 この恋路の終着点 五

2012-08-31 20:49:45 | 新転地はお化け屋敷
「それってやっぱり、そういうことが気にならないくらい成美さんのことが好きってこと?」
 あたしと成美さんの間からしゅるんとその身を乗り出させたのは、ナタリーです。いや、そんなことができる時点でそれはもうナタリーでしか有り得ないわけですけど。
「それもあるけど、それだけじゃないかな」
 ――と、そう返したからにはそちらについての説明をしなければならないわけですが、しかしその前にあたしは成美さんを抱き締めたままずりずりと腰をずらしてふすまのほうへ移動、そこから足を使ってふすまをゆっくり開くのでした。
「何をしているのだ?」
「いや、出ていったと見せかけて実はまだいた、みたいなことになると爆発しかねないんで」
「ほう?……ふふ、そうか」
 詳細はともかく、大まかにどういうことを言おうとしているか察しが付いたのでしょう。嬉しそうに笑ってくれる成美さんなのでした。
「あのね、ナタリー」
「うん」
「あたし、兄ちゃんが幸せだと自分も幸せだからさ」
 もちろんそれを口にするのは恥ずかしいし、成美さんが言う抵抗感だってあるけど、でも大好きな人と「そういうことをする」というのは、間違いなく幸せなことなわけです。
 それくらいはあたしにだって分かります。今の時点では想像でしかないにしても。
「それにもちろん、成美さんのことも大好きだし」
「そっか。……ふふ、成美さんのことも、か。そうだよね」
「うん」
 今回ばっかりは、素直に認めておきました。この場にいないとはいえ大サービスです。
「くくく、これは大変なことになったな成美よ」
 あたしが成美さんを抱き締めたせいで成美さんの膝から飛び降りていたチューズデーが、尻尾をひとくねりさせかつ笑いながらそう言います。
「む? どういう意味だチューズデー」
「今よりもっと幸せにしてやらないといかんのではないかね? 大吾のことを。こんなことを言われてしまってはね」
「むむ。……いや、いやいや、望むところだとも」
 しまったそういうことになるのか、と一瞬焦りもしましたが、けれどそこはさっきの話です。気持ちの押し付け合い、なのです。誰かを好きになるということは。
「大吾が幸せならわたしも幸せだし、大吾が幸せなことで庄子も幸せになるというなら、だったらわたしはもっと幸せだからな。むしろそうしない手はないというものだ」
「くくく、そうかね。では好きなだけ頑張るといいさ」
「うむ」
 そんなことを言われてしまうともう一度頬ずりしたくなってしまいますが、そうする前に成美さんがその膝の上に再度チューズデーを迎え入れてしまったので、それは諦めておきました。
 頬ずりとまでは行かなくても、膝の上に座っているという時点で抱っこしていることにはなるわけですしね。
「庄子ちゃん、一つだけ質問してもいい?」
「ん? なに?」
 これまでとこれからのことも考えれば間違いなく一つだけでは済まないわけですが、ともあれここでナタリーから質問があるようです。
「成美さんを抱き締めるのが問題ないってことは、栞さんもそういうことになるの?」
『えっ』
 栞さんと反応が被りました。
 いや、でもまあ、ごもっともな疑問ではあるのでしょう。兄ちゃん成美さんと関係性に違いこそあれど、栞さん日向さんだって好きな人達ではあるわけです。だったらまあ――。
 ……ああ、でも、どうなんだろうか。
 触られたりキスされたり。しかも身体の隅々まで。
 尋ねるまでもなく、というか何がどうなってもそんなこと尋ねられませんが、ともあれそこについては成美さんと同じではあるのでしょう、やっぱり。
「うむむむ……」
「ど、どうなんだろうね……?」
 抵抗があるにしてもそれは栞さんでなくあたしの側の話なわけで、だったら栞さんはあたしの答えを待つだけというのが本来の流れなのでしょうが、どういうわけか栞さん、自分も一緒に悩んでいるような問い掛け方をしてくるのでした。
 気持ちは分かりますけどね。なんとなくですけど。
「試してみればいいんじゃない?」
 発案者はナタリーでした。原因もナタリーだというのに。
 ああ、くそう、妬ましいくらい純粋だなあこの娘は。
 ――で、まあ、試したんですけどね。
「どうかな、庄子ちゃん」
「やや緊張があるということは否定できない感じ」
「あはは、そ、そっか」
 抱き締め、抱き返してもくるこの栞さんの身体は、あの日向さんが隅々まで。
 成美さんの時は全く問題なかったのに、どうしてだか身体が若干ながら硬直してしまうのでした。
「でもよかった、少なくとも嫌がられたりはしないで」
「さすがにそこまでは……」
 そうなったらそうなったで「意識し過ぎ」ってやつなんでしょうしね。まあ、もしかしたら今の時点で既にそうだったりするのかもしれませんけど。
「だったら愛しの彼もそうなんじゃないかね、嫌がられたりしないというのは。しかも実体験込みの栞君と違って、庄子君は話をしていただけなのだし」
「愛しの彼――」
 という表現は間違いないながらもちょっとこう。
 ですがそれはともかく、
「そうだといいんだけどね」
 いやまあ、あたしだって嫌われたとまでは思っていないわけですけどね? ただやっぱり、一歩引かれるというだけでもダメージになってしまいはするわけです。なんせ好きな人ですし。
「逆に言えばだね」
 何やらもう一言あるらしいチューズデーでしたが、続けて出てきたのは「清明君に対して失礼な物言いではあるかもしれんが」という前置きなのでした。ならばあたしとしては少々の不安を感じたりもしてしまうわけですが、ともあれその内容とは。
「それくらいで駄目になるようじゃあ初めから見込みなしというやつじゃないかね。恋愛対象としても、男としても」
「……その、男としてもっていうのは?」
 恋愛対象として、というのはまあ、正しいかどうかはともかく分からない話ではありません。それくらいで駄目になるってことは初めから大して好かれてないってことなんでしょう。
 一方、男としても、というのも耳にした限りではそれと同じ意味に聞こえなくもありませんが、同じ意味だったらわざわざ重ねては言わないわけで、じゃあそれとは別の意味があるわけです。
「恥ずかしいというのはまあいいとしよう、人間はそういうものらしいからね。だが、嫌うというのはそれを差し引いてもおかしいことではないのかね? そういう機能を持つそういう生物として生まれてきているというのに、だよ?」
 なんかこう、みっちゃんの顔が浮かんでしまうような内容の話でしたが、しかし単純なあたしはそうやってもっともらしい言い方をされると、それだけで「ああそうなのかも」と思わされてしまうわけです。
 自分で確認しておいてなんですが、かなり危なっかしいですよねこれ。詐欺とかには気を付けないと。
「恥ずかしがっているところへしつこくそういう話を振ったというならともかく、すれ違いざまにちょっと耳に入っただけで、というのはねえ。そこまでいくと最早生殖機能の否定ではないかね。死ぬまで子どもを作らないとでも言うつもりなのかね?」
「そ、そんな大それた話になっちゃう?」
 生殖機能の否定ってそんな、保健の授業でしか聞かないような言葉まで使って。
「わたしからすればだがね、飽くまでも。人間猫問わず、そんな男は男として見てやれん」
 手厳しい……。
「うーん、庄子ちゃん、逆はどう?」
 まあでもそんな意見も分かると言えば分かるかなあ、なんて曖昧な感想を浮かべていたところ、またしてもナタリーです。やっぱり「一つだけ」ではありませんでしたがそれはともかく、今度は何でしょう。
「清明さんがそういう話をしているところに出くわしちゃったとしら、その時どう思う?」
「あー」
 なんせ清明くんのイメージとまるで結び付かないので完全に盲点でしたが、しかしなるほどそれはそれで在り得る話なのでしょう。なんせそれを今日起こしてしまったのはあたしなのですから。
「ビックリするとは思う――のと、あー、その、誰を想定してそういう話してるのかなーとか、やっぱ気になる……のかな?」
 この場でこう言ってしまえるということは、なるんでしょう間違いなく。
「嫌とは思わない?」
 続けてなされたその質問は、あたしの頭の中の空きスペースに飛び込んでくるような。
「あ、うん。それは全然思わなかった今」
 気にならなさ過ぎてすっとぼけたような声になってしまいましたが、それはなにも適当な返事をしたというわけではなく。というか、適当だろうが何だろうが返事はそれしか用意できないのでした。
「じゃあ清明さんだってそうなんだと思うよ」
 その展開はちょっと強引なんでしょうが、
「そうかもね」
 ここはそういうことにしておきました。ナタリーだってそれくらいは分かっているでしょうし、だったらそれは、あたしを励まそうとしてくれたってことなんでしょうしね。
「庄子ちゃん、清明くんとは学校でちょくちょく会ってるんだったよね?」
「え? あ、うん」
 お礼の言葉の代わりに指の腹でナタリーの頭を撫でていたところ、栞さんから質問が。そういった話はこれまで何度か、というかここに来る度にしていたと思います。
 というか今回のあれだって「会った」ということにはなるのでしょうが――しかしまあ、そういうことを指しての言葉ではないんでしょうねやっぱり。
「じゃあ次に会った時、今日のことを話題にするかどうかっていうのは、どっちがいいかな」
「ああ」
 言われてみれば、考えておいた方がよさそうです。ちょくちょく会っている、というのも別に会おうと決めて会っているわけではなく、たまたま見掛けた時にそのままちょっと話をするという形でのものなので、いざ見掛けた時にどうしたものかとおたおたしていたらいろいろ大変そうですしね。
「うーん……いや、でも、話題にするとしたらどんな感じに切り出せばいいのやら……?」
 そんなことを言っている時点で話題にすると決めているようなものなのかもしれませんが、そこはまあともかく。
「あの時はごめんね、とか謝っちゃう? のは、なんか変な気もするし」
「まあねえ。悪いことしたわけじゃないんだし」
 栞さんが即座に同意してくれたことにほっとしつつ、それとはまた別に謝られてもあっちが困るだろうしなあ、なんてふうにも。もちろんそこでどう思うかは人それぞれで、だから清明くんがどう思うかは分かりようもないわけですが、少なくともあたしならそうなるなと。
 でもなければ今回、さっちんから相談を受けるなんてことはしなかったわけですしね。それを謝られるようなことだとするのなら。
「友人からそういう相談をされているところだった、と言ってしまえばいいのではないかね?」
 さっちんの名前を上げたところ、上手いタイミングでそんな提案をしてきたのはチューズデー。
「やっぱそうなるのかなあ。まあもちろん、その友達に話していいかどうかの確認はしないとだけど」
「む? そういうものなのかね?」
「友達からすれば清明くんは全然知らない人だからね。人間がどうのっていう話になっちゃうんだけど、そこはやっぱり遠慮しちゃうっていうか」
「そうかね。まあ、どのみちそういった面での調整はそちらに任せるしかないわけだが」
 ということで最終的にはこちら任せになってしまうチューズデーの意見ですが、でもやっぱり、こうした「知らないなりの意見」というのだって有難いものではあるわけです。ナタリーに関しても同じことが言えますしね。
 というわけでさっきナタリーにしたのと同じく、お礼の言葉代わりにチューズデーの頭を撫でておきました。その最中のチューズデーが気持ち良さそうに目を細めているところを見ると、こういう話もこれくらい分かり易かったらいいのになあ、なんて。
「まあ、なんにせよだ」
 ともあれこの話はこれで解決かな、なんて思っていたところ、今度は成美さん。
「あまりごちゃごちゃと考え過ぎないことだな。今までの話をひっくり返すようで悪いが、結局は清明本人に会わないとあちらがどう思っているかなんて分かりようもないのだし」
「あはは、それはまあそうですよね」
 考えることが悪いというわけではありません。が、考えを凝り固まらせてしまうのは良くないと、そういう話なのでしょう。
「わたしもそれで失敗したからな」
「そうなんですか?」
「うむ。それがなければ、わたしはもっと早いうちから大吾と……な。勝手に諦めていたからな、いろいろと」
 年齢のことだったり、猫と人間だったり。成美さんが言っているのは恐らく、そういったことについての話なのでしょう。
「ふん、今以上を望むとはなんと贅沢な」
「む? はは、それもそうだな。すまんチューズデー」
 なんでそこでチューズデーに謝ることになるのかは分かりませんがまあそれはともかく、どうやら兄ちゃんとの生活は幸せいっぱいというやつなんだそうでした。よくやった兄ちゃん。
 で、そういうことであるならば。
「栞さんはそういうのってどう? 日向さんと」
「うーん……ごちゃごちゃ考えはするけど、そういうのは毎回思ったその場でぶつけ合ってる感じかなあ。溜め込むことはない――というか、溜め込ませてくれないんだよね、孝さん」
 またしても胸に手を当てながら言う栞さんでしたが、しかしまあぶつけ合うとは、なんとも物騒な物言いで。
「それはええと、どういう評価になるの?」
「そういう人で良かったなって」
「そっか」
 いいなあ、と思ってしまうのはこれまで通りでしたが、でもそれはもう、今までほど卑屈なものではないのでした。
 というわけでなんだかいい気分なわけですが、さてこれは今回の相談のおかげということになるのか――なりますよね、そりゃ。
「今日はそろそろ帰ろうかな」
「む? このあと何か用事でもあるのか?」
 引き留めようとしてくれてるのかなあ、なんて考えるとまた頬ずりしたくなるのですが、それはともかく。
 どうして成美さんがそんなことを言ったのかというと、いつもより随分と早い時間帯だからなのでしょう。普段なら外が暗くなり始めた辺りで帰るところ、今日はまだ明るいですしね。
「用事とかはないですけど、一人でもいろいろ考えてみたいかなって。何か思い付く度に相談しちゃいますしね、ここだと」
 そう言ってみたところ、そういえばさっちんもそんなこと言ってたっけ、と。「好きになれるかどうかくらいは一人で考えたほうがいいだろう」でしたっけ。今ではなく彼氏と付き合い始めた頃の話ですけど。
 もちろんあたしの場合は今更考えるまでもなく好きなわけですが、しかしまあ一人で決めるべきことはそれだけだ、なんてこともないんでしょうしね。というか考え方によっては、最初から最後まで一人で考えるべき、なんてのもアリといえばアリなのかもしれませんしね。なんせとてつもなく個人的な話なんですし。
「ふむ、そうか。いいことではあるだろうな」
「『では』って――あ、成美ちゃん、もしかして寂しい?」
 そんなことを言いだしたのは栞さん。やだもうそんな。
「ば、馬鹿を言うな日向。ここで引き留めに掛かるほど甘ったれた義姉ではないぞ、わたしは」
「くくく、そこで義姉なんて言葉を使う時点でね」
「誤魔化すようなことじゃないと思いますけど?」
「ぐ、お、お前らなあ」
 栞さんに引き続きチューズデーとナタリーからも総攻撃を受ける成美さんでしたが、しかしどうやら強く出られるのはそこまでだったようで、
「ここで引き留めているようでは、それこそ情けなくて義姉なんて名乗れないだろうが……」
 と、しょんぼりしながら呟くように言うのでした。
「成美さん!」
「な、なんだ庄――ぐおもっ」
「大好きです~!」
 そんなことを言われたらこちらとしてはたまりません。思いのままに勢いのままに、成美さんを思いっきり抱き締めるあたしなのでした。
 ただあまりに勢いに任せ過ぎたせいで抱き締め方を間違えたというかなんというか、
「もごご、もごご」
 顔がすっぽりあたしの胸に収まってしまった成美さんは、喋るのが困難な状態に陥っているのでした。
 が、でももう暫くこうしていることにしました。
 ……ところでこれ、「好きな人に胸を触られる」どころの話ではないわけですが……いやまあ、あれとは全く別の話ですよねやっぱり。

「それじゃあ、お邪魔しました」
 成美さん、栞さん、ナタリー、チューズデーと四人全員が見送りに出てきてくれたおかげでちょっと窮屈になっている玄関を振り返りつつ、あたしはゆっくりと202号室のドアを閉じました。もうちょっと居たかった、という気持ちもなくはないですが、帰ると言ったのもあたしですからね。そこは切り替えていきましょう。

 ――というわけで帰路。帰路と言っても大した距離ではないんですけどね、近所ですし。
 で、一人でもいろいろ考えてみたい、なんて言って出てきたからにはそれを実行すべきなんでしょうけど、しかしまあそれは家に着いて一息ついてから、ということにしておいて。
 さっちん、あれからどうなったかなあ、なんて。
 陸上部に所属しているさっちんなので、今はまだ部活中でしょう。彼氏の方も何かしらの運動部に所属しているそうですが、同じ陸上部であるならそう言っていると思うので、まあ所属は他の部とみて間違いはないと思います。
 ということであるならさっちんと彼氏はまだあの昼休みの相談から一度も顔を合わせていない可能性が高く、だったら二人についてはどうなるもこうなるもあったものではないのですが――。
 取り敢えず今気になるのは、さっちん自身の気持ちです。相談していたあの場では「彼氏ときちんと話をする」と言っていたさっちんですが、それをその通り実行できるかと言われたら、まあやっぱり難しいことではあるんでしょうしね。
 ……というのはつまり、今現在のあたしだって同じなわけですけどね。
 例えば、例えばですよ? もし今ここで清明くんに出くわしたりしたら
「あ、怒橋さん」
 へ?
「――わ、わっ」
 うそお。
 というわけでなんと本当に清明くんと出くわしてしまいました――じゃなくて! 今の、どう考えても好きな人に向けるリアクションじゃないだろあたし!
「あ、いや、えへへ、奇遇だね清明くんこんなところで」
「そ、そうですね……」
 うおおーっ! すっごい不審そうな眼で見られてるあたしーっ!
 っていうかお互い近所に住んでるんだから別に奇遇でもでも何でもないし! こんなところ、どころかこの辺一帯よく通る道しかないし!
 というわけで少しばかり強制的に冷静になってみたところ(つまり冷静ではないってことですね)、清明くんの片手には缶ジュース。ああ、近くの自販機にジュースを買いに出たってことなんだろうな、なんて。
 ……で、どうすんのあたし!? っていうかどうなってんの今日は!
 というわけであれやこれやと取り留めのない思考が自分でも把握できないほど無駄に高速で展開されていくわけですが、そんな中でなんとかはっきり思い付けた方策は、「どう出るにしても取り敢えず何か言わないと」というものでした。何も話せないままさようならという展開だけは避けたかったのです、最低限。
「え、えーと、清明くん、炭酸とか飲む方だった?」
「あ、はい。割と」
「そっかー。あたしも嫌いってことはないんだけどねー」
「すすんでは飲まないですか?」
「そんな感じかなあ」
 何か言わないと、ということにしたって安直にもほどがありますが、清明くんが手にしている未開栓の炭酸飲料を話題に挙げてみました。とはいえ普段の会話なんてこんなものでしょうし、なので清明くんも案外すんなり話題に乗ってくれたのでした。
 取り敢えず何か言わないと、については成功したと言って差し支えないでしょう。――が、これで終わりとなったら、それは「何も話せないままさようなら」と大して変わらないのではないか、と。ジュースの好みの話だけって、ねえ?
 しかしだからといってあの話をしようにも202号室で言っていた友達への確認、つまりさっちんへ「あれは友達の相談に乗ってたんだよって言っちゃってもいい?」という確認はまだ取れていませんし、そしてそれとはまた別に、「一人でいろいろ考えたい」のほうもまるで未達成ですし。くうう、どうすれば。
「怒橋さん」
「ん?」
 ここでなんと、清明くんのほうから話を持ち掛けてくれました。内容が何であれ、この時点でもう今のあたしにとっては有難いことです。
「いつか言おうと思ってたんですけど、その……」
 何やら気恥ずかしそうに口ごもる清明くん。
 えーと――え、いや、まさかこれってそういう!?
「ありがとうございました、今まで。お父さんの話、聞いてくれて」
 ああ……。いや、いやいや、がっかりなんてしてませんけどね? 本当に。それはそれでこう、胸が温かくなるというか、そんな気分にさせられはしますしね。ちゃんと。
 そういえば少し前に日向さんから言われたっけ、明美さんからお礼を言うように言われたって。清明くん、清さんのことに対して気持ちの整理がついてきたとか、それがあたしのおかげだとかで。だとしたら今清明くんがこんなことを言ってくるというのも、明美さんとそういう話をした、ということになるんでしょうか。
 ……ともあれその話、あたし自身としては「あたしだけが理由ってこともないと思うけどなあ」なんて思っていたりするのですが――すると清明くん、今度は何やら慌てた口調でこう付け加えてきます。
「あ、今までって言ってもあの、もうしないとかそういう意味じゃあなくて、できたら」
「これからも?」
「は、はい」
「ふふ。うん、いいよ。あたしだって、兄ちゃんの話聞いてもらえるのは嬉しいし」
 大事な家族を失った者同士、という話。それは清明くんが好きであることとは無関係な話ではありますが、でもまあ、それが嬉しいということにまで無関係ということはないのでしょう。
 好きだなあ、やっぱり。
 嬉しそうに、でも少しだけ恥ずかしそうにもしている清明くんを見ていると、しみじみとそんなふうに思ってしまうのでした。
 ……ちょっと待った、しみじみと? さっきまであれだけ慌ててたのに?
 気付いてみればちぐはぐな自分の精神状態にこれはどうしたことかとまたしてもあれこれ考え始めるわけですが、すると一つ、思い出すことがありました。
 またもさっちんの話です。一人でいる時はそうでないものの、一緒にいる時は胸を触るだなんだではなく、手を繋ぎたいだとかそんなことばかり考えていると。
 そしてあたしは、清明くんと会ったらすぐに「好き」という気持ちが落ち着いたものになりました。一人でいる時どころか成美さん達に相談している時でさえ慌てる場面はあるというのに、本人を目の前にしてこれというのは普通なら逆なのではないでしょうか。
 …………。
 さっちんの話を引き合いに出した時点でもう自分でも分かっているのですが、つまり、清明くん本人に会っている時の「好き」とそうでない時の「好き」は、似ているようで別物なのでしょう。
 純粋に恋心を抱いている相手に対しての好き。
 兄ちゃんの話を聞いてくれて、清さんの話をしてくれる、優しい男の子に対しての好き。
 その二つが必ずしも同じものでないというのは、今のあたしの落ち着きようだけで証明出来てしまうのではないでしょうか。
「あの、じゃあ、一つ訊いてもいいですか?」
「ん?」
 じゃあ、と来たからには、今の話と関係がある質問なのでしょう。もちろんあろうがなかろうが関係なく受け付けるところではありますけど、ともあれさて、どんな質問なんでしょうか?


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