(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十七章 報告 五

2012-04-22 20:58:39 | 新転地はお化け屋敷
「これ? 真っ黒だが……ううむ、いや、構わんのだが……」
 白だと安心する、という話があった直後にこれはどうなんだ、というようなことを思われているのでしょう。あとちなみに、ますます楓さんに近付いてたりもしますし。
 しかしもちろん私だってそれは織り込み済みです。というわけで、続いてこれを。
「で、その上からこれ」
「お」
 悪からぬ反応を頂いたそれは、白のブラウス。
 つまり、白と黒の組み合わせです。誰でも思い付きそうな簡単な発想で、だからこそ私でも思い付いたのですが、しかし簡単な発想だからこそ似合う人にはとことん似合うのではないでしょうか。小細工抜きの力押し、みたいな。
 黒の上から白を着るということで、白が基調であることは崩さないまま、黒いシャツにその基調である白を更に引き立ててもらえないかなあ――というような、そんな感じで。
「上着のボタン止めないで、前開けてみて。ネックレスも見えるように」
「う、うむ」
 試着室に入った成美ちゃんにそんな指示を出しつつ、しかし正直、あまり自信はありませんでした。分からないなりに理屈を捏ねてみたものの、もしかしたら見当違いなことをしている可能性だってあるわけで、だとしたら普通に失敗するより更に酷いことになる可能性が高いのです。
「できたぞ」
 という声に、試着室のカーテンを擦り抜けて中の様子を窺ってみたところ。
「ふおお!」
「な、なんだ!?」
「いや、その、あくまでも私個人の感想なんだけど!」
「お、おう」
「あ、い、いやその前に、ちょっとニット帽取ってみて?」
「まあこの中なら……こうか?」
 ぴょこんと飛び出す猫耳。
 ――電流が走った、というのはこういうことを言うのかもしれません。
「言い寄られでもしたら女同士とはいえ簡単にときめかされてしまうかもしれない!」
 かっこいい! いや、かっこ可愛い! いやいや、綺麗かっこ可愛い!
 ああ、なんと贅沢な!
「あの、取り敢えず落ち着いてくれ日向……なんだその口調は」
 なんせ私のセンスで選んだコーディネイトだったので、そりゃあ私個人にはどストライクなのでした。もちろん私以外の人が、というか大吾くんがどう捉えるのかは分からないのですが、しかしもはやそんなことを気にしてなんかいられません。
「良い」のです、ただひたすらに。
 ――とはいえ、しかし。
「成美ちゃんはどう?」
「どうと言われても……いや、少なくとも嫌ということはないのだが。パジャマのズボンに比べて随分窮屈だなあとは思うが、それはまあすぐ慣れるものなのだろうし」
 という返事でしたが、私だって初めから積極的な返事が貰えるとは思っていません。なんせ成美ちゃんは服のことが全然分からないわけで、だったら、こうして好き勝手な服装にさせてもらえただけでも御の字、ということになるのでしょう。
「日向。一応、確認させてもらうが」
「ん?」
「『良い』のだな? わたしの、今のこの格好は」
「うん! それはもう!」
 感想を求められれば再び昂る私の心なのですが、それに対して成美ちゃんは、これまでのようにふっと鼻を鳴らすのではなく、ぷっと笑いを堪えるのでした。
 つまり、普通に笑われました。
 そして成美ちゃん、脱いでいたニット帽を被り直しながら。
「いいだろう、この服を買おう。そしてここから着て帰り、大吾に驚い――ではなく、喜んでもらうのだ」
「おう!」

「日向」
「ん?」
「その、どう見てもそのまま204号室に戻っていきそうな装いだが……」
 あまくに荘。の、二階廊下。成美ちゃんの服を買った後、もちろん大元の予定だったご飯の材料も一通り買い揃えて、ここまで帰ってきました。
「え? いや、そりゃあ、だって」
 もう他に用事はないし、それにこの両手いっぱいのご飯の材料を一刻も早く下ろしたいし。ここまでは成美ちゃんにも半分持ってもらってたけど、それを受け取ったら物凄く重いし。腕が痛いし。
 というわけでここで成美ちゃんに向けたのは怪訝な表情だったのですが、しかし成美ちゃんの方はというと不安そうな顔を――ああ。そうか、そういうことか。
「や、やはり運び込むまで半分持っていてやろう。もうすぐそこだが、いいだろう?」
「そのあと、202号室までついてきて欲しいってこと?」
「……う、うむ」
 やっぱり。
 ということであれば、成美ちゃんの方も私がそれを察したことに気付いたらしく。
「いや、お前が選んでくれた服に不安があるというわけではないのだがな? しかしその、やっぱり普段とはまるで違う格好だからその……なんだ、恥ずかしくて」
 ああ、成美ちゃんは本当に可愛いなあ。
 ――というわけで、買ってきたご飯の材料を冷蔵庫に納めるところまで手伝ってもらったのち。
「じ、自信を持ってバーンと、だったな?」
「そのほうがいいだろうけど……無理してまでとは言わないよ?」
 202号室の玄関前に立ったところでニット帽を脱ぎ、そしてそれを私に渡した後、最後の確認かの如く尋ねてくる成美ちゃん。大吾くんの耳に届かないように、ということなのでしょう、緊迫した口調に加えて更に小声です。成美ちゃんならまだしも、そこまで聞こえたりはしないんでしょうけどね、そりゃあ。
「いやいや、こうしてお前についてきてもらいまでしたのだ。ならばそれくらいはやり遂げないとだろう、やはり」
 本人にそこまでの意思があるのなら、もちろんこちらからそれに水を差すようなことはしないでおきます。頷くのではなく笑顔で以ってそれに対する返事とし、ドアノブに手を掛けた成美ちゃんのこれからを、あとは見守るだけです。
「た、ただいまー」
 緊張気味に帰宅を告げた成美ちゃんは、その場からまず台所とその奥、つまりトイレと洗面所のほうを確認します。バーンと見せ付けようと居間に踏み込んだら実は大吾くんはそっちにいた、なんてことになったらいろいろ気まずい、ということなのでしょう。
 しかしここから見る限りどうやらその心配はないらしく、ならば大吾くんは、居間にいるのでしょう。何かの用で留守だったりしたら、まずドアに鍵が掛かっている筈ですしね。
 私と同じくその確認を終えた成美ちゃんは、ならば大吾くんが居るであろう居間と廊下を遮るふすまの方向に視線を固定したまま、特に意味もないでしょうにそろりそろりと抜き足差し足忍び足。「ただいま」と高らかに言ってしまっているので、それには本当に何の意味もありません。
 で、私ですが。一緒に来るよう頼まれたとはいえ果たして最後の最後、成美ちゃんが大吾くんにバーンと見せ付けるその瞬間まで隣にいようとはさすがに思えず、なので一歩引いた位置から成美ちゃんのあとをついて行きます。
 一歩引いているので、成美ちゃんがふすまの前に立ったところで私はまだ玄関口です。当たり前ですがサンダルを脱いで……。
 ん?
 …………んっ!
「成美ちゃん待っ」
 て!
 という呼び止めはしかし、無情にも間に合わないのでした。
「じゃーん!」
 勢い良くふすまを開け放ち、成美ちゃんらしからぬ台詞を、しかもそれっぽいポーズまで付けて。
 ――サンダルを脱ごうと目を落とした玄関口には。
 見知らぬ履物が二組ありました。
「あ、お、お邪魔させて頂いております……」
 見知らぬ履物が二組ということで、二名の見知らぬ誰かがそこに。
 もちろんながら四方院の方達なのでしょうが、当たり前ながらその出自が問題なのではありません。大吾くんがきちんとそこにいたことだって、何の慰めにもなりはしないでしょう。
「どわっはあああああああああああ――――――――っ!」
 悲痛な叫び声が上がりました。
 背後から見る白い髪の向こうでは、真っ白な筈の耳が真っ赤になっていました。
 それだけで済めばまだ良かった、というのは成美ちゃんには可哀想な言い方かもしれませんが、しかも更に。
「成美ちゃん! 肩! 肩!」
 私の呼び掛けに真っ赤な顔が真横を向き、自分の肩の方向を。
 そこには青い人魂が、しかも両方の肩にです。
「にゃあああああああああああああ――――――――っ!」
 再度叫んだ成美ちゃんは、私を突きとばすような勢いで廊下の奥へ走り抜け、そしてそのままお風呂場へ飛び込んでいきました。
 壊れそうなくらいの勢いでお風呂場のドアが閉められた音が響いた後は一転、そこだけでなく202号室中が、しーんと静まり返ってしまうのでした。
 どうしよう。
 とはしかし、思いはしませんでした。どうしようもないことを知っているからです。
「大吾くん……」
 なのでその呼び掛けも助けを求めるというよりは、謝罪というか、そんな気持ちを含んだものなのでした。予想できなかったとはいえ、原因は間違いなく私なんでしょうし。
 すると大吾くんは溜息を一つ吐いてから、ゆっくりと立ち上がりました。
「いきなりですんませんけど、ちょっと行ってきます」
 四方院さんの方達にそう告げて、ならば大吾くんの行き先は成美ちゃんが飛び込んだお風呂場なのでしょう。どうしようもないとはいえ、だから何もしないということでは、ないんでしょうし。
 お風呂場へ向かうのであれば、大吾くんは廊下に立ちつくしている私の前を通ります。
「すんません、栞サンも」
「いやいや、私は」
「帽子、いいですか?」
「あ、うん」
 成美ちゃんから受け取っていたニット帽を手渡すと、大吾くんは以外にもふっと鼻を鳴らしてみせるのでした。成美ちゃんみたいに。
「あの人達、オレらのことは――あー、この場合なら『アイツの人魂については』か。そこら辺の話は、楓サンと高次サンからもう聞いてるみたいです。だからまあ……茶でも出して待って貰ってていいですか?」
「そ、それくらいなら」
「お願いします」
 …………。
 気を取り直しましょう。加害者ぶるのは必ずしもいいことではありません。私自身が、孝さんにちょくちょく似たようなことを言っているのと同じく。
「笑い話ですよ、これくらい」
 実際に笑いながらそう言い残して、大吾くんはお風呂場に進み入るのでした。
 もしかしたら最初の溜息も笑いから出たものだったのかな、とその背中を見ながら思いました。――いや、そう思わされたと言うべきなのかもしれません。
 そうして前向きな気分になったのであれば、それに乗っかってこのまま突っ切らないと勿体無いのでしょう。というわけで私は頼まれた通りに二つ、いや自分の分も合わせて三つお茶を用意して、それらをのせたお盆を持って居間へと入り込みます。
「こんにちは」
 お茶を出すという段階的にはいくらか進んだおもてなしをしながらここで初めて挨拶をするというのは何だか少し妙な気分でしたが、それはまあいいでしょう。
 幽霊が怖い人達、という話でした。楓さんによれば。
 でもここへ、成美ちゃんと大吾くんが住んでいるこの202号室に上がり込んでいるということは、何がどうあっても避けたくて仕方がない、というほどそれは強いものでもないのでしょう。別にこの部屋に限らずとも、そうでなければまずあまくに荘に近付けないでしょうしね。
「こんにちは」
「こんにちは」
 そんなふうに思ってはいたのですが、思っていた以上にすんなりと返事が返ってきました。それを聞いただけでも、ああ、こっちが気に掛けるほどのことではないんだな、と。
「お茶、どうぞ」
「あ、申し訳ありませんわざわざ。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 申し訳ありません、という言葉が出てくるところにちょっと堅苦しさが見え隠れするものの、けれどそこは四方院の人達だからなのでしょう。四方院の使用人さんは、同時に旅館の仲居さん――男の人でも仲居っていうんでしょうか、そういえば――でもあるわけですし。皆が皆そうなのかというのはちょっと分かりませんけど。
 ともあれ返事と同じくお茶も素直に受け取ってもらえ、なので私も腰を下ろして一息つきます。成美ちゃんのことを考えるとまったりしてはいられないのかもしれませんが、そこは大吾くんに全部お任せです。笑い話なんですから。
 で、さて、まずはどうしましょうか。お仕事で訪れている人達、ということであれば私は客側なわけで、それに即するとなると今後はどう出ればいいのでしょうか?
 うーむ、いやでも仕事とかじゃなく、初対面ならまずはやっぱりこうでしょうか。
「もう聞いてらっしゃるかもしれませんけど、私、日向栞といいます。つい先日まで『喜坂』だったので、聞いているにしてもそちらかもしれませんけど……」
 仕事でなく、初対面とかでもなく、ただ自己紹介がそういうことになるというだけのことが、なんとなく嬉しかったり。
「ああいえ、そこのところも承知しています。……ええとその、それに関わる仕事で来ていますので」
 若干困り気味の笑顔からそんなお返事が。
 しまった、と。
「あ。――あはは、そうでしたね」
 嬉しがってた分、その落差で余計に恥ずかしさが増したりもするのですが、まあしかしそれくらいのことは。
 気を取り直して、と私が言うのは変なのですが、指摘をくれたほうの方、小柄な女性が自己紹介を返してくれました。
「道端萌(みちはたもえ)です。本日は、宜しくお願いします」
 意気込んでいるという話とはまた別に、人となりの表れとして、元気のいい声でした。ますますもって幽霊を怖がっているなんてことをこちらが気にする必要はなさそうです、とそう思えるほどに。
 言いつつ、テーブルから一歩引いて床に手をつき、丁寧に頭を下げる道端さん。するとまだ名前を聞いていない大柄な男の人もそれに倣いました。
「いえいえ、こちらこそ」
 私も一歩引いて同じようにすべきなのかなあとは思ったのですが、でもなんとなくそれは違うような気がしたので、そのままその場で。それでも若干丁寧になったのか、気が付くとテーブルに鼻とおでこを打ち付けそうなほど深く頭を下げていたりもしましたが。
 で、さて、もうお一方ですが。
「…………」
 …………。
 大山さん、と道端さんが小さく呼び掛けました。それを挟んでようやく、その、大山さんらしき人は動きだします。
「大山和人(おおやまかずと)です。宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
 対照的、とはまた違うような気がしますが、元気な道端さんに対してのんびりとした口調でした。しかしそれはそれで特に悪い印象を持つようなものではなく、むしろなんだか面白そうなのでした。お話がしてみたいというか。
 ともあれ今度はお互いその位置で頭を下げ合い、さて、これで自己紹介は終了です。大吾くんはもう済ませているでしょうし、成美ちゃんもまあ、調子が戻ってから自分でするでしょうし、そのほうがいいんでしょうし。
 自己紹介をするという選択は「他に話題を思い付かなかったから」というある意味逃げの選択だったのですが、しかしそれも済ませてしまいました。ならば次の話題を探さなければならないわけで、さあどうしましょう。
 と思っていたら、
「あの」
 道端さんのほうから声を掛けてくれました。いえ、掛けてくれたというのはさすがに誇大表現かもしれませんが。
「なんですか?」
「さっきの、すぐ廊下の奥に行ってしまわれた方は?」
 おお、そうだった。それにしても見た目的にも声色的にも堅苦しい口調が似合わない――いや、いい意味でですけど――道端さんですが、まあそれはいいとして。
 私達のことを知っているのならまあ、状況的に彼女が大吾くんの奥さんである成美ちゃんだというのは分かっているんでしょうけど、それでも説明くらいは。
「怒橋成美さんです。私と同じで少し前まで哀沢成美さんだったんですけど、まあ、そこら辺は大丈夫なんですよね」
「はい。――そうですか、やっぱりあの方が成美様で」
 様付け!
 いや、でも確か四方院さんのお家にお泊まりさせてもらった時もそうだったし、じゃあそりゃあそうなるのか。
 働くって大変だなあ、なんて思ったりしないわけではないのですが、それはともかく。
 道端さん、何やら口元をもにょもにょと、何か言いたそうで言い出せないという雰囲気を醸し出し始めるのでした。ちなみにもう一方の大山さんは、ここまで見た限りでは終始そんな感じです。
 やっぱり幽霊が怖いってことなのかなあ、とは思いましたが、別の線も考えてみます。その直前まで話していた、成美ちゃんについて。
 大方の説明は聞いている、ということは――。
「見ても聞いても信じられませんよねえ、やっぱり。猫だっていうのは」
「…………! いえ、そんなことは」
 口元のもにょもにょに合わせて伏せがちだった目を、驚きに見開かせる道端さん。図星ということなのでしょう。
 でも私は別に、図星を突いて困らせるためにそんなことを言ったわけではなく。
「今はアレなんで少し待ってもらうことになりますけど、本人に訊いちゃっても大丈夫ですよ。それくらいのことで機嫌を悪くしたりする人じゃないですから」
「は、はあ」
 どちらかといえばこれのほうが困らせる一言なのかもしれません。いくら本人が気にしないと言われたって、やっぱりいきなりそんなことは尋ねにくいでしょうしね。
 なんせ猫が人の姿をするという、珍しいどころではない話です。尋ねるべきことでないというのなら尋ねないでいればいいだけなのですが、尋ねるべきでないことなのかどうかすら分からないでしょうしね。他に例がなさ過ぎて。
 しかしどうであれ成美ちゃんの話は成美ちゃんが出てきてからなので、ならば今度は、私から二人の話を訊いてみることにしましょう。
「今日はお二人だけで?」
「あ、いえ、ここまではお屋敷から車で来ておりまして、なので運転手と、あと私達の監督も兼任ということで……ええと、木崎さん、はご存じ……でいらっしゃるんですよね?」
 木崎さん。名前はもちろん覚えています。そして四方院さんの家で高次さんの家族以外の人、つまり使用人さん達の中で名前まで覚えた人は数えるまでもないほどしかいないわけで、だったらしっかりはっきりと覚えています。
 あの室内プールで、ウォータースライダーの監視員をやっていた人です。
 また行きたいなあ。
「ああ、知ってます知ってます。えーっと、じゃあ木崎さん、今は楓さ……じゃなくて、家守さんのところに?」
「はい。高次様とのお話が弾んでいるようで」
 当たり前ながら高次さんにも様付けです。でもそれは、これもまた当たり前ですが、さっき成美ちゃんに付けた「様」とはまた意味が違ったものなのでしょう。
 全然そんなふうには見えないけど凄い人なんだよなあ、とは思うものの、「凄い人」な部分より「全然そんなふうには見えない」の部分のほうこそが楓さんが高次さんを選んだ理由なんだろうなあ、なんて。いやまあ、楓さんに限らない感じなんですけどね。
 というようなことを考えていたところ、道端さんがまたしても口元をもにょもにょと。
「どうかしました?」
 さっきは成美ちゃんの話ということで内情を察したりもできたものの、しかし今度はそうはいきませんでした。ということで、直接尋ねてみます。
「ああ、いえ、栞様にお尋ねするようなことでは……」
 様付け!
 なのはいいとして。そういえば成美ちゃんの時もそうだったけど、名字でなく名前で呼ぶというのは、やっぱりそれぞれの旦那さんと呼び方が被ってしまうからなのでしょうか。その成美ちゃんは何の躊躇いもなく被せてきてますけど。
「答えられることなら答えますよ? 何か分かりませんけど」
 質問し難いようなことの一つや二つはそりゃあまああるんだろうけど、あると分かっていてその中身だけ分からないというのはもやもやするなあ。というわけでもう一言付け加えてみたところ、道端さんは遠慮がちながら口を開いてくれました。
「……高次様って、実際、どういう方なんでしょうか?」
「へ?」
「いやその、ついさっきここに着いた直後にお会いしたのが初めてだったもので……。それに、私と大山さんはすぐこちらにお邪魔させて頂きましたから……」
「お家――じゃなくて、お屋敷で顔を合わせることってないんですか?」
 そりゃあ当主さんの弟さんなんだから機会は多くはないのかもしれないけど、なんて考えてみるのですが、しかしそれは見当違いな想像なのでした。
「あ、私も大山さんも新人で、四方院のお世話になり始めた頃には高次様、海外のお仕事に出てらっしゃいまして」
「あー」
 新人だからこそ「ここに来て私達の話を聞く」ということを必要としている、と考えると、なるほど納得がいきます。以前お泊まりさせてもらった時にお世話をしてくれた使用人さん達なんかは、幽霊が怖いだなんてことまるでなさそうでしたしね。
「そうですよね。で、海外から帰ってきたらすぐこっちに住み始めちゃったわけですし」
「お恥ずかしい話なのですが……」
 まるっきり高次さんの都合なんだから道端さんが恥ずかしがる道理は全くないように思えますが、恥ずかしいんだそうでした。私からすればいい話でしかないんだけどなあ、戻ってきてすぐ楓さんと一緒になったって。
 ともあれ。
「ちょっとおっきいから怖く見えたりするかもしれないですけど、全然そんなことないですよ。すっごく優しい人です」
 楓さんがデレデレになっちゃうほどに。
 という話は上手く伝わらなさそうなので、言いはしませんでしたけど。
「あ、お、大きい人っていうのは慣れているんです。ほら、大山さんもこうなので」
 名前を呼ばれた大山さん、視線を道端さんのほうへ動かすものの、けれど反応はそれだけ。何を言い返すでもないまま、また視線をこちらへ戻すのでした。
 で、その大山さんですが、確かにこちらもおっきいです。幽霊が怖いという話を事前に聞いていなければ、それこそ私の方がちょっと怖く感じたりしていたかもしれません。
「同期だからってことなんでしょうけど、お仕事が一緒になることが多いんです。私と大山さん」
「そうなんですかー」
 同期。それで今回も一緒に、ということなのでしょう。
 仕事で、というのは私には経験がないことですが、ともあれ誰かと一緒にいるというのはいいことだと思います。私だってあのまま病院に引きこもったままだったらどうなっていたことか。
 ――なんてことを不意に考えてしまったのは、もしかしたら怖いものを克服するために行動している道端さんと大山さんを、その頃の自分に重ねてしまったのかもしれません。
 まあ、自発的な行動ではありませんでしたけどね、私の場合。
「……いえ、すいません。私達の話は」
 少々想い出に耽っていたところ、急に謝る道端さん。確かに高次さんの話をしていたところではありますけど、うーん、お二人の話だって聞きたいですけどねえ。
 だったらそんなふうに言ってみればいいわけで、実際に口がその通りに動き始めようとしていたわけですが、しかし丁度その時でした。
 廊下の向こうから物音が聞こえてきました。それが何を意味しているかは、考えるまでもないでしょう。
「あ、成美ちゃん、良くなったみたいですね」
 あ、ちゃん付けで呼んじゃった。さっきわざわざさん付けにしたのに。
 ――というのはしかし、当人と話せばどうせちゃん付けせざるを得ないんでしょうから、まあいいとしておきましょう。
 ……それにしても今回は早かったなあ? 良くなるの。


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