(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十七章 報告 四

2012-04-17 20:59:52 | 新転地はお化け屋敷
「私もあんまり――いや」
「お? 何かあるか?」
「……いや、やっぱり何もなかった」
「むう、そうか」
 エッチな本。
 なんて、言えるわけもなく。
 そりゃあ大吾くんだって男の人です、好みかどうかはともかく興味がないなんてことはないんでしょうけど、でも、それを成美ちゃんが贈り物として買うという話です。
 無理です。恋人、というか結婚した相手からそんなものを贈られるなんて、男の人の立場で考えるまでもなく無理です。困るというか、いっそ涙が込み上げるくらいはするかもしれません。
「だがまあいい、何も思い浮かばないならともかく一つだけでも案はあるのだ。むしろ悩まずに済んで楽というものだな」
「前向きだねえ」
「大吾のことを考える時に、後ろ向きにはなりたくないからな」
「…………」
 平然と言ってのける成美ちゃんなのでした。
 照れがないというか、それを照れるような台詞だとすら思っていなさそうなその堂々さは、私の目にはとても格好よく映るのでした。
「さあ日向、動物の本だ。もちろんわたしも探すが、正直なにがどこにあるのかさっぱりだからな。見付けたら教えてくれよ」
「うん」
 それくらい、お安いご用です。

「こういうの……では、ないよな?」
「そうだねえ」
 とにかく動物が表紙に載っているものに目を留める成美ちゃんでしたが、しかし今通りかかっているのは漫画コーナーです。
 大吾くんが漫画嫌いというわけではなく――というか好きか嫌いか自体を知らないわけで、だったらもしかしたら好きだったりするのかもしれませんが、まあともあれ今探しているのは動物の本です。それに合致しているかしていないかでいえば、していないのでしょう。
「だよな。ふむ、わたしもそこそこには分かっているということか」
 手に取った漫画の単行本を元の位置に戻しつつ、成美ちゃんは嬉しそうに胸を張るのでした。
 その程度のことで、と普通の人なら思うところなのかもしれませんが、でも私は、一緒になって嬉しくなってしまうのでした。
 猫である成美ちゃんは本というものをよく知らない、という事情はもちろん、好きな人のためにそういうことをどんどん知識に蓄えていくというのは、だって、とっても綺麗で素敵なことだと思いますし。
「……む。そうだな、分かっていると言えば」
「ん?」
 漫画コーナーを横目に再度歩き始めた途端、少し神妙な面持ちになる成美ちゃん。どうしたんでしょうか?
「日向、少し質問だが」
「うん」
「『動物の本』とは、どういうものだと思う? 探し始めてからこんなことを訊くのもなんだが」
「どういうもの? って……そりゃあやっぱり、犬とか猫とかが載ってるような本だと思うよ?」
 それらをどう扱う本なのかは、その種類によって変わってくるのでいいとして。
 あと、相手が成美ちゃんだからと言ってここで猫の名前を出すのを躊躇うというのは、まあ、余計なお世話だろうと思ったので控えておきました。こういう訊き方をされている以上、もしかしたらその辺りについての話なのかもしれませんが。
 ――と思ったら、それは間違いでした。
「だよな」
 言ってふっと鼻を鳴らし、成美ちゃんは周囲を見渡しました。
「日向。わたしから見れば、ここら一帯は動物の本だらけだぞ」
「だらけ?」
 そうかなあと同じく見渡してみますが、もちろんそんなことはありませんでした。動物の絵が表紙だった漫画だって、漫画全体のごく一部でしかないわけですし。
「だらけだとも。なんせ、人間だって動物なのだからな」
「あっ」
 ……ちょっと、恥ずかしくなりました。
 小さく声を上げた私に、成美ちゃんはもう一度ふっと鼻を鳴らします。
「お前をどうこう言っているわけじゃないさ。わたしが自然に人間を除外出来ていたなと、そういう話だよ」
 分かっていると言えば。
 そうでしたね、話の始まりはそこなのでした。
 ……でもそれって、いいことなのでしょうか?
「成美ちゃんは、大丈夫なの? 自分が自然にそんなふうに思ったってこと」
「ふふん、よいばかりのことだとは思わんが、しかし大丈夫かそうでないかと言われれば大丈夫なのだ。どうしてだか分かるか?」
「えーと……」
 考えてはみますが、分かりません。分かる気が全くしないので、考える振りだったと言ってしまっても問題がないくらいでした。
 が、成美ちゃんは飽くまでも強気にこう言います。
「わたしが『行き過ぎそう』になったなら、大吾が止めてくれるからだ」
「――そっか」
 猫である成美ちゃんは今は人間の姿で、人間の男の人と、大吾くんと深い仲になりました。
 でもだからといって大吾くんは成美ちゃんに人間らしくあって欲しいと思っているわけではない、というのはこれまでのいろいろから知っていましたし、成美ちゃん自身についても、それと同じなのでしょう。
 大吾くんとの共通の認識として、自分の猫らしさとでも言うべきものを大事にしている成美ちゃん。
 そんな成美ちゃんが「行き過ぎそうになったら止めてくれる」なんて、不安げな様子でというならともかく、自信満々にそれを口にするというのは、一体どれほどの信頼あってのことなのでしょうか。
 なんせ大好きな友人二人についての話です、私の頬までが緩み始めてしまうのでした。
「ううむ、まあしかし、言い終えてみれば惚気話だったなこれは」
「あはは、まあ、そうだね」
 私の表情を見て初めて照れ始めた成美ちゃんでしたが、でもやっぱり、そこで浮かんでくるのは笑顔なのでした。

「驚いてもらえるだろうか?」
「喜んでもらえるだろうか、じゃなくて?」
 レジでお金を払った後、成美ちゃんは目的の本をまじまじと眺めながら言いました。袋詰めを断ったので、動物が印刷された表紙は見えたままです。
「もちろんそれが一番だが、大吾の好みという点では当てずっぽうで買ったようなものだからなあ。それは少し高望みだろう」
「そうかなあ」
 動物の本。それが動物についてのどういう本かというと、図鑑です。ええ、通常はその場の思い付きで買うようなものではないのでしょう。しっかり封がされてて中も覗けませんし――いえ、お金を出して買った後なんですから、今はもう封を剥いじゃってもいいわけですけど。
 そして通常はと言うならもう一つ、これまた通常は、動物の図鑑というのはいきなり渡されて素直に喜べるようなものではないのでしょう。が、そこは心配ないんじゃないでしょうか。だって大吾くんですし。
 ――ちなみにどうも、一口に動物の図鑑と言っても海の生き物と陸上の生き物で分かれているようで、成美ちゃんが買ったのは陸上の生き物が載せられているほうなのでした。曰く、「魚が沢山載っているなんて、わたしが見ても腹を空かせるだけだろうからな」とのことでした。海の生物と言っても魚類だけではないんだけど、というのはさすがに成美ちゃんも分かっていたようですけど。
 で、その「わたしが見ても」というところから、一つ思い付いたことが。
「ただ大吾くんに読ませるんじゃなくて、一緒に読んだらどう?」
「一緒に?」
「うん、分からないこととか気になったことがあったら質問したりして。大吾くん、動物のことを人に教える時ってなんだか楽しそうにしてるし」
「うーむ……なるほど、それは一理あるかもしれんな」
 マンデー達の世話をすることになってからいろいろ調べたのか、それとも初めからいろいろ知っていたのかは分かりませんが、大吾くんは動物についていろんなことを知っています。ならばそこを突くというか――。
 成美ちゃんはただ「動物のことを人に教える時ってなんだか楽しそうにしてるし」という部分にだけ反応しているんでしょうけど、私が思うに、小さい成美ちゃんを膝の上に座らせて一緒に動物の図鑑を読むというのは、大吾くんからすればものすっごく幸せなことなんじゃないでしょうか。動物が好きなのはもちろん、だって成美ちゃんなんですし。
「それに大吾が好きなことだし、だったらわたしとしても興味はあるからな。ふふふ、いかにもよさげじゃないか、好きなことについて語り合えるというのは」
「あー、それはそうだねえ」
「む? お前も日向と何か……ああそうか、料理のことだな」
「うん」
 料理は孝さんの趣味であって私の趣味ではないのですが、それでもやっぱり孝さんと一緒に料理をしたり料理についての話をしたりするというのは、私にとってもすごく楽しいことなのです。そういうものですよね、やっぱり。
 ふっと笑った成美ちゃんは、視線を再び動物の図鑑へと。
「しかしなんだ、わたしも読むとなると、これは大吾への贈り物ということではなくなってしまうのかもな」
「一人よりは二人だと思うよ?」
「大吾と自分への、ということか? はは、少し妙な気分だが、確かにそれはそうだな。――うむ、ありがとう日向。お前のおかげでいい買い物ができたようだ」
「いえいえ、どう致しまして」
 この素直さ。私ですら可愛くてたまらないのに男の人が向けられたらイチコロなんだろうなあ、なんて、大吾くんとのことはそんな浅い話ではないというのは、もちろんなんですけどね。素直さを向けられるも何も、素直になれないところから始まった関係なんですし。
 ――大吾くんともこういう話ができる機会があるといいなあ、というのはちょっと欲張り過ぎなのでしょうか? やっぱり難しいですもんね、女同士ならともかく。

「そういえば、日向の大学の友人達はどうしているのだろうな。会っているのなら、日向からお前との話を聞かされるなりしていると思うのだが」
 というような話が話題に上ったのは、服屋さんに立ち寄った時のことでした。買うつもりがあるにせよないにせよ、やっぱり目に留まる所ではありますしね。
 で、話のほうですが。
「私もそれに期待したりなんかしちゃってたりするんだけど、月曜日はねえ。誰とも会わないんだよねえ、学校では」
 大学のことは孝さんとも話し、その結果私は大学に一緒に行くことなくここにいるわけなのですが、これは後で思い出したことなのでした。そう、月曜日は確か、誰とも講義が一緒にはならないのです。
「なんだ、そうなのか?」
「お勉強する部屋が一緒にならないってだけで、休憩の時間なんかに会いに行ったり来られたりっていう可能性はあるんだけどね」
「勉強の様子がどうなっているかはよく分からんが……ふうむ、そうなのか」
 講義がどうとか時間割がどうとか言っても成美ちゃんには伝わり辛いだろうとこういう説明にしてみたものの、それでもまあ、そうですよね。雰囲気程度ですよね。
 でもまあそれはいいのです、大したことではないというか、いっそどうでもいいことなんですし。
「まあ孝さん、大学の人達には昨日一昨日の前から『結婚するかも』みたいなこと言ってたから、どうなったか気になって尋ねに来るっていうのは充分考えられるんだけどね」
「そうか。ふむ、そういうことであれば、日向としても結果だけ報告しないままというのは気持ち悪そうだしな。行くにせよ来られるにせよ、ならば話くらいはしているんだろうさ」
「だろうねえ」
「照れるか?」
「ちょっとはね」
「はは、そうか」
 自分から進んで大学への同行を取り止めてはいるのですが、それでもやっぱり、自分の知らないところでそういう話がなされているかもというのは、照れるというかくすぐったいというか。
「で、ともあれあちらの展開は夫の方の日向に任せるとしてだ」
 夫の方の日向……いやまあ、それはそうなんだけど。
「やはりあれだな、わたしには服選びというものはまるで分からんようだ」
「うーん、そっかー」
 どうして服屋で服を見ている時に孝さんの大学の友達というまるで関係ない話になったのかというのも、それが原因だったりするのでしょう。作業、というと何だか変な感じですが、ともかく進まないのです、服を選ぶという作業が。選んだところでじゃあ絶対にそれを買う、というわけではないんですけどね。飽くまでも。
「今着ているこの服だって、大吾の趣味だしな」
「まあねえ」
 小さい身体の成美ちゃんがいつも着ている白いワンピースを、そのまま大人用のサイズに拡大したもの。小さい方のそれは楓さんが初めに買ってあげたものなのですが、大人の身体でもそれと同じものを着ているということについては、大吾くんの判断なのです。
「わたしとしては、大吾に気に入られているならそれだけで特に問題はないのだが……ううむ、そうだよなあ、せっかく服屋に立ち寄ってそんな結論だけで済ませてしまうというのもなあ。これだけいろいろな服があるのだし」
 せっかく服屋に立ち寄って。
 成美ちゃんが悩む動機はたったそれだけ。つまりはやっぱり、服選びにおいて「大吾くんに気に入られるかどうか」以外の理由は初めから存在していないし、後から追加するという発想すら生まれてこないようでした。
 なんせ、「大吾くんに気に入られる」という言葉に一切の照れがありません。それしか無さ過ぎて、ならばそれが当たり前、ということになっているのでしょう。
 であるならば、そこから外れたところから攻めてみてもあまり意味はなさそうです。
 と、いうことで。
「でも成美ちゃん」
「ん?」
「今着てるその服が大吾くんの趣味って言っても、それ以外の服が全部趣味じゃないってことでもないと思うよ」
「そういうものなのか……うむ、そうだよなあ。それだと極端過ぎるということぐらいなら、なんとかわたしにも分かる」
 うんうん、期待通り。
「というわけで、本に続いてこっちでも考えてみない? 大吾くんに喜んでもらえそうなもの」
「喜ばせる、か。はは、お前はどうしてもそっちなのだな」
 あ、「驚かせる」だったっけ。
「ごめんごめん、ハードル上げちゃったかな」
「どうせ挑戦するなら高いほうがいいさ。駄目だった時は大吾に慰めてもらえばいい」
 それは一見、というか一聞、志の高そうな言葉ではあったのですが。
「……大吾くんに判定させるのに大吾くんに慰めてもらうの?」
「判定するのが大吾だからこそだ。責任を取らせるということだな」
「強気だねえ」
「ははは」
 楽しそうに笑う成美ちゃんでしたが、さてそれは今の話が冗談だったということなのか、それともまた他の理由から出たものだったのか。
 ま、ともあれです。
「乗り気になってくれたんだったら、じゃあ、ちょっと真面目に考えてみるよ。って言っても、実は私も服はあんまり詳しくないんだけどね」
「そうなのか?……いやいや、それでもさすがに私よりはマシだろうからな。頼りにはさせてもらうぞ? 強制的に」
「あはは、頑張ります」
 服の知識。つまりは、お洒落の知識。ずっと入院生活だった私にある「お洒落」というものの経験は、あのカチューシャくらいのものです。それだってもう、ずっと付け続けるのは止めにしたところですけど。
 ……服。そうだ、一度患者服姿を見て欲しい、なんて話もしてたっけ。孝さんに。
 と、それは今この場には関係のない話なんですけど。
「でも成美ちゃんだしねえ」
「い、いきなりだが、それはどういう意味だ? 何を諦めた?」
「ああ、諦めたとかそういうことじゃあ――ふふ、むしろ逆だよ」
「逆?」
 成美ちゃん自身にどれほど自覚があるのかは分かりませんが、
「綺麗だから、何でも似合っちゃいそうだなあって。肌が綺麗で、身体が細くて背も高くて、モデルさんみたいだし」
「……い、いやあ、しかしこの身体はわたし自身の願望から出来たものであって、それは何というか、素直に褒められるには些かずるいというか卑怯というかだな」
 照れ始めた成美ちゃんは謙遜をし始めます。それはそれでまた可愛らしく、このままにしておきたいところではあるのですが、しかし今回はそれでは駄目なのです。なんせ大吾くんに喜んでもらうのが目的である以上、服の好みはもちろん成美ちゃん自身の綺麗さだって活用していかなければならないわけです。
 というか服選びに余り自信があるわけではない私なので、ならばそこに頼らない手はないのです。
 と、いうわけで。
「別にそうなりたいって明確に思ってたわけじゃないんでしょ? そんなつもりはなかったのに、大人の身体になれるようになってたって」
「う、うむ、まあそうなのだが」
「だったらその身体がそんなにも綺麗なのは、成美ちゃんの大吾くんへの想いが綺麗だったからだよ。じゃあその身体は卑怯とかじゃなくて、得るべくして得たものってことだよね。一回猫に戻った時、また人間の姿になるってことを選んだ時点で」
「ううむ、そういう理屈になるのだろうか……?」
 もちろん確証はありませんし、というか確証どころか完全なでっちあげなのですが、しかしそれでも構いません。成美ちゃんにはきっちり納得してもらって、しっかり武器として振るってもらわなければならないのです。その綺麗さを。
 とはいえもちろん、「自分は綺麗だ」なんてふうに思えというわけではありません。それはちょっと行き過ぎです。人から綺麗だと言われることに躊躇いを持たなくなりさえすれば、それで充分なのです。
 だってこれから私は、それを前提にして動くわけですから。
「さーさー成美ちゃん、いろいろ試着してみよう!」

 で。
「かっこいい……」
「おい、それはなにか求めているものと違っていないか?『綺麗』はどこへ?」
 足の長さ細さを強調してみようということでタイトジーンズを。
 で、ワンピース着用の成美ちゃんに着替えをさせるということは必然的に上着も用意しなければならず、じゃあ何か決まるまで取り敢えず、ということでTシャツを一枚。
 その結果、
「というかこの格好、ズボンの丈を長くしただけでほぼ家守と同じなのではないか?」
 ということになりました。ええ、今のところ成美ちゃんの仰る通りです。いろいろ試着してみよう、なんて言っておきながらこの有様。ううむ、恥ずかしい。
 しかしそれはそれにしても、かっこいいのです。外国のドラマに出てきそうという感想が果たして褒め言葉になるのかどうかは分かりませんが、いい意味で日本人離れしているというか、そんな感じなのです。
 いやまあ成美ちゃん、日本人ではなく日本猫なのですが。
「まああいつの場合、そのズボンの丈の短さが――というか丈の無さが、一番目立つ点なのだろうが……」
「そ、そうそう。だから楓さんとは全然違うよ全然」
 慌てて取り繕ってみるものの、すると成美ちゃん、そんな私を見てふっと鼻を鳴らします。
「いや、そもそもわたしは大吾に驚い――じゃなくて、喜んでもらえればそれでいいのだがな。家守がどうとか、綺麗か格好良いかとかにあまり拘るつもりはないぞ。『良い』のでさえあればな」
「それは保障するよ。すっごい良い」
 自信を持ってそう返したところ、成美ちゃんからは満更でもなさそうな笑みを返してもらえました。成美ちゃん自身の綺麗さに頼っただけとはいえ、喜んでもらえるのはやっぱり嬉しいです。
「ただし、家守のようにもう少しで尻が出そうなほどにまで際どいのは勘弁だぞ」
「そ、それも保障するよ」
 成美ちゃんに着せる以前に、あれは私にもちょっと無理ですし。
 いや、楓さんにはすごく似合ってるんですけどね?
「さーて、じゃああとは上着かあ。どんなのがいいかなー」
「今着ているのはこれで確定なのか?」
 言いつつ、シャツの襟とジーンズの腰ポケット辺りを引っ張ってみせる成美ちゃん。
 ……いや、私だからいいんだけど、ジーンズはともかくシャツのそこを引っ張るのはちょっと危ないと思うよ成美ちゃん。楓さんみたいに前に出っ張ってないからそれだけでも簡単に――。
 と、皆までは言わないでおきましょう。成美ちゃんの頭上に監視カメラがあったりしないかどうか気になったりもしましたがそれは杞憂に終わりましたし、もしあったとしてもどうしようもないですし。
 というわけで。
「あんまりいろいろ手を出すと無茶苦茶になっちゃいそうだしね。一応、今はその格好に合う上着を探してみようかなあって」
「ふうむ、難しいのだなあ服選びというのは」
 センスがいい人はぱっぱと選んじゃえるんだろうけどね、とはまあ、言わないでおきました。一応これでも成美ちゃんから頼られている身なわけで、だったらあまり卑屈になり過ぎるのも宜しくはないのでしょうし。
 で、そのタイトジーンズとシャツはキープしたまま、元の服に着替え直してもらってうろうろと。
「あっ」
「おっ」
 よさげな上着を見付けてつい声を上げたところ、続いてそんな私に声を上げる成美ちゃん。
 ですが、しかし。
「ああ、いやいや、成美ちゃんのじゃなくてね」
「そうなのか? それ、いい色合いだと思うが。――いや、わたしには色合いぐらいしか判断できんのだが」
 いい色合い、という評価が出てくるのは嬉しかったり。
 というのも、見付けたのはいかにも私好みな薄ピンク色のブラウスなのです。今の成美ちゃんの格好にプラスするのはちょっとどうかと思いましたが、個人的には興味を引かれるところ。普段よく来ているのはノースリーブですが、長袖というのもたまには。
「成美ちゃん、こういう色が好き?」
「白に近いしな」
「ああ……」
 どうやら「薄ピンク」のうち、「ピンク」ではなく「薄」のほうが好みだったようです。いえ、元々ピンク自体が淡い色合いではあるんですけど。
「む? がっかりさせるような返事だったか?」
「いやいや、そんなことはないけどね。――でも、じゃあ、上着も白の方がいい?」
「いいというか……まあ、安心だな。少なくとも色について、大吾の評価は良くなるだろうし」
「あはは、そういうことか」
 そうでしょうともね、と返すべきだったのかもしれませんが、それはまあまあ。
 ところで今、安心、という言葉が出ましたが。
「うーん、そうだねえ。不安そうにしながら披露するより、自信を持ってバーンと見せ付けたほうが受けもいいだろうし」
 いじいじもじもじしているのもそれはそれで可愛いのでしょうが、大吾くんが成美ちゃんに求めているものとは違っている気がしますしね。
「そ、そこまで考えるものなのか? というかじゃあ、わたしはもうここから着て帰るのか?」
「いったん私の部屋で着替えてもいいけど、それならそれもアリかな? お店の方が許してくれるなら」
「ぬう……しかしまあ、直前になって初めて着るというのもそれはそれで不安だな。うむ、よし、ならばここから着ていこう」
 ちょっとくらい躊躇ったって即断即決。うん、やっぱり、成美ちゃんは堂々かつ自信満々なほうが「らしい」のでしょう。
 ――ちょっと情報を整理してみましょう。
 今のところの成美ちゃんの格好(もういつものワンピースに着替え直してはいますが)は、タイトジーンズとTシャツ一枚。加えてニット帽とネックレスですが、ネックレスについてはともかくニット帽はまあ、大吾くんの前では脱いでしまっても問題ありません。
 で、私が持った感想は「かっこいい」。そして成美ちゃん自身のイメージの話として、堂々かつ自信満々なほうがらしい、と。
 そして最後にその成美ちゃん自身が、白は安心すると。
 …………。
「成美ちゃん、Tシャツこっちに変えてみよう」


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