(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十七章 前へ前へ 二

2009-06-24 21:30:43 | 新転地はお化け屋敷
「哀沢さん、今日は怒橋さんの背中に乗せてもらわないんですね」
「まあ、なんとなくな。ナタリーもどうだ、たまにはジョンの背中以外というのは」
「そうですねえ」
 そんな遣り取りのあと、ナタリーさん、ジョンの背からするりと地面へ。
「いつもありがとうございます、ジョンさん。今日は自分でお散歩してみます」
「ふうむ、ならばそれに続いてみようかなあ。私も失礼するよ、ジョン君」
「ワフッ」
 そんなわけで、ナタリーさんは自分の体で地面を進み、フライデーさんはジョンの隣をふよふよと浮遊。すると体が軽くなったからか、それともナタリーさんとフライデーさんが視界に入る位置に来たからか、ジョンは嬉しそうに尻尾を振り始めます。こちらも、「たまにはいいね」ということなんでしょう。
 ……しかし、ちゃんとリードを掴まれている犬の横に何の束縛もない蛇というのは、なかなかシュールな光景なのかもしれません。犬を挟んでその反対側、空中を漂うセミの抜け殻なんてのは、シュールどころの話じゃないのでさておきますが。
「ところで、買い物から帰ってきた時に一緒にいた男はだれなのだ? 遠目にだったから、よく分からなくてな。……多分、男だったと思うのだが」
 最後の一言についつい吹き出してしまいそうな質問ですが、
「女っぽいけど男の人ですね。成美さんも会ったことありますよ? 大学で祭りがあった時に」
「そこら中から追い回されたあれか。――ああ、そう言えば確かに、女っぽい男がいたな」
「孝一と成美を誘ってきた人だな。なんだ、あれから仲良くなってたのか?」
 家に上げたことのある人達はともかく、これまで大学で会ったことしかなかった一貴さん。なのであんまり印象がないのでしょう。
 本格的に知り合ったらインパクト抜群な人でもありますけど。
「同森さん――あの一緒に逃げ回ったムッキムキの人のお兄さんだってことは、知ってましたっけ?」
「うむ、確かそんなことを言っていたな」
「オレは初めて聞いたぞ。……あんま自信ねえけど」
「その繋がりで、ですかね。弟さん達とは大学でよく会ってるんで」
 とは言え、まだまだ知り合ったばかりという段階ではあるんですけどね。知り合ったばかりにしてはえらくフレンドリーにしてもらってますけど――これはまあ、そういう人だ、という話でしょう。前例が無いというわけでもないですしね。
「な、なんだ日向。何故そこでにやけるんだ」
「あ、いえいえ」
 知り合ったばかりなのに、えらくフレンドリー。知り合ってから暫く経った今でも、それはやっぱり嬉しいことなようです。
「えっと、お知り合いのお兄さんとまたお知り合いになった、ということですか?」
「そっか、ナタリーは会ったことないんだもんね」
 そう言えば、あの頃はまだナタリーさんと出会ってもいませんでしたもんね。すいません、置いてきぼりにしちゃって。
「私はサタデーを通して見ていたけどね。いやあ、あれは面白い人だったよ。面白がったら失礼だったりするのかもしれないけど」
「それは――そうでもなさそうですよ? その人自身も面白がってるっぽいですし」
 と、本人のいないこの場で言うのは良くないのかもしれませんが。
 するとそこへ、ナタリーさん。
「女っぽい男の方ですか……。えっと、そうなると、男の人と女の人、恋の相手はどっちになるんでしょうか?」
 昨今そういう話に興味がおありになるらしいナタリーさん、いきなりそんな話です。
 しかし。いきなり故の戸惑いを生じさせたりは、致しません。なぜなら、今の時点で既に明確な回答を持ち合わせているからです。「あくまでもその人、一貴さんの場合の話ですけど」と前置きをしておいて、
「女の人だそうですよ。今現在、彼女さんがいるそうです」
「そうなんですか。へえ」
 相も変わらず平坦な口調ですが、その事実に則するくらいの驚きはあったようです。普段は話す相手をじっと見詰めるナタリーさんですが、何やら遠くの空を見上げているのでした。
「女の子のほうはどういう心境なんだろうねえ、それ」
「あー、会ったことはないんですよ、その人」
 フライデーさんの質問には回答を用意できませんでしたが、しかし付き合っている以上、そう問題としているようなこともないんでしょう。でもなければ、失礼ながら、そもそも付き合うというところまで行かないんでしょうし。
「ふうむ。では、この場の女性諸君に問うてみよう。成美君は大吾君が、栞君は孝一君が、ナタリー君はまだ見ぬ未来の恋人が、それぞれ女っぽかったらどう思う?」
 また凄い質問ですねフライデーさん。
「こいつは人相が悪いからな……似合う似合わないがあるだろう、やはり」
「うわ、反応に困るなこれ」
 そういうものなの? まあ、似合うと言われてもその、喜べそうにはないしねえ。
 ――ということで、栞さんは?
「孝一くんは……料理ができたり、もしかしたら似合っちゃうのかも、しれない」
「ああ、親からも女っぽいってよく言われましたよ。料理が好きってとこ突いて」
 ほんとだ、反応に困る。自分の立場を肯定的とするか否定的とするかが判断付けられない、というか。
 そしてナタリーさん。
「女っぽいっていうのがどの程度かって話もありますよね。こちらが女である以上はやっぱり『男性』を求めているわけで、少なくともその求めている分だけ男性だったら、私はそれほど気にしないと思います。と言っても、その『男性』っていうのがどういう部分のことなのかは、自分でもよく分からないんですけど」
「なるほど、もっともな話だね」
 自分が求める男性らしささえ備えているなら、という話。質問者であるフライデーさん、大いに納得させられたようです。
「そもそも、何から何まで自分の好みの通りというお相手なんてのもそうそういないんだろうしねえ。それでもここに二組のカップルが成立していたりする以上、求めるものが全体でなく一部だというのは正しいんだろうし、その中でも男らしさだけを取り上げるとなればそれはそれは」
「あの、でも、私の場合はただの想像でしかないですから」
 自分の意見があまりの通りの良さを見せたことで、ナタリーさん慌て気味。
 確かに、まだ恋愛経験がないというナタリーさんなので、想像でしかないのは事実でしょう。だけどもしかし僕にしたって、フライデーさんと同じような心持ちだったりします。
 僕視点ということで、男女を逆にして考えた場合。
 例えば――外見をともかくとして、まあ殆どの人が気にするであろう「優しい人かどうか」という点。
 もちろん栞さんは合格も合格、その一点だけでも惚れちゃってたんじゃないだろうかというぐらいなのですが、まあ僕自身の惚気っぷりはここでは別の話としまして。
 その優しい人かどうかという点は、男女の差はあまり関係のない部分なのでしょう。優しい男性だってそりゃあいるわけですし。これもまた惚気っぷりの発現なんでしょうけど――栞さんだって、僕のことをそういうふうに見ているんでしょうし。
 となるとナタリーさんの話、それに付け加えるところのフライデーさんの話は、それなりに的を射ているんじゃないでしょうか。男だからといって相手に女らしさだけを求めているのではなく、そしてその逆もまた然り、という。
 それに則ってみるに……果たして自分に男らしい面なんてものがあるのかどうか、という一抹の不安が浮かばないわけでもないですけど。
「なんつーか、頭こんがらがりそうな話だな。そんな深く考えるようなことか? オレ等がオカマっぽかったらどうだってだけの話だっただろが」
「あはは、確かにねー」
 大吾が顔をしかめ、栞さんが笑う。
 そういえば、そうなのでした。
「でも、何から何まで自分の好みの通りじゃないっていうのも――あんまり積極的に認めたくはないけど、そうなんだろうね。そうじゃなかったら、喧嘩なんてしないだろうし」
「んだよ、オマエも乗んのかよ」
「ごめんごめん」
 更に顔をしかめる大吾に、なお笑う栞さん。
 言われて過去何度かの喧嘩を思い出し、ちょっとだけ胸が痛くなる。だけどそのことそれ自体だって、栞さんを好きである要因の一つであることには間違いない。好きになったその後の話だし、しかもポジティブな思い出ではないけども。
「わたし達もこまごました喧嘩はあるが、お前達のそれは激しいからなあ。何日か前にも言ったが、羨ましいことだ」
「オマエもかよ……だから、んな難しい話するこたねーだろこんなとこで」
「ふふ、そうだな。すまなかった」
 相手が成美さんになったところで、やっぱり笑われてしまう大吾。とは言えその笑顔は、栞さんのそれとは内包するものが違うようでした。
 青い火の玉のことがあって、激しい喧嘩ができない成美さん。そして、その話を「こんな所では」と止めに入る大吾。ただの可笑しみからでない笑顔が出てくるのは、無理もないことなのでしょう。
 口調は投げ遣りな大吾だけど、中身はそうじゃないんだよね。
「あの、ところで」
 ここで再びナタリーさん。
「フライデーさんって、恋愛経験はあるんですか?」
「ないッ! なんせ私は抜け殻だッ!」
 勇ましいお返事のフライデーさん。
「だけど女の子は大好きだ!」
 ただのエロ親父じゃないですか。
「あ、男の子が嫌いってわけじゃないよ?」
 そりゃそうですよ。
「なんて言うのかなあ、柔らかいんだよ女の子って。色々な面で」
 やっぱりエロ親父じゃないですか。
「身体がってことなら、私にも分かります。昨日たくさん抱き付きましたし。でも、私自身はどうなんでしょう?」
「ふっふっふ、ナタリー君だってもちろん柔らかいさ。体の話だけでなくね。だから私は、ナタリー君も大好きだよ」
「ありがとうございます」
 素直に喜んでしまっているナタリーさんですが、それでいいんでしょうか。
「ただ申し訳ないんだけど、引っ付いてての気持ち良さだけで見た場合は、ジョン君がトップなんだよねえ。このふさふさ加減はもう男女の壁を超越しちゃってるからさあ」
「あはは、それは残念です」
 とは言いながら、そう残念そうでもないナタリーさん。一方では自分の名前が出たことで、ジョンが周囲を窺い始めます。しかし話をしていたフライデーさんもナタリーさんも楽しそうだったからか、次第にジョン自身も尻尾を左右に降り始めるのでした。
 するとそれを見下ろし、大吾が一言。
「つーか言葉が通じねえんだし、最初っから男らしさも女らしさもねえだろ正直」
「そういうものか?……まあ確かに、言葉が通じるマンデーとわたし達では、随分とジョンに持つ印象が違うようだが」
 マンデーさん。ジョンとお付き合いをしている女性で、ジョンと同じく犬。もちろんお付き合いをしているという面から来る差でもあるんだろうけど、それだけではないだろうというのもまた分かる話。
「だってオマエ、マンデー以外の奴がジョンに男らしさを感じてもしゃーねえだろ」
「それもそうだろうがなあ。しかし……」
 男らしさ女らしさというものが恋愛感情にのみ繋がるなら、という前提あっての話ではありますが、成美さんは納得。――いや、それ以外に気に掛かることがあったからそれについては流しておいた、といったところでしょうか。
「成美ちゃんは、大吾くんだったもんね」
「ま、まあ、既に言葉が通じている時期ではあったのだがな」
 自分が言いかけたにも関わらず、話がそこに及ぶと、苦さ半分な照れ笑いを浮かべてしまう成美さん。ズバンと言い当ててしまう栞さんも栞さんですけど。
「話逸れ過ぎだろ、そこまで行ったらもう」
「うむ、確かに。確かにな。――よし、ならば話はここまでにしよう。今日はいい天気だ、ただ歩いているだけでも気分はいいだろう」
 話が逸れているからといって話そのものをストップさせてしまうことはないと思うのですが、まあ、たまにはそういうのもいいでしょう。
「そうやって照れてしまうのは、『女らしい』というものに含まれるのかねえ」
 こらフライデーさん。

 本日のお昼ご飯は冷麺です。二度も外へ出掛けたもんで、季節柄暑いとまでは言いませんが、体が温まっています。なので、冷たいものでもどうかなと。
 まあ、さっきの散歩の時にまたデパートに寄って買ったんですけどね、冷麺。
 というわけで現在、調理中なのですが、
「エプロンとかしてたら、本当に女の子っぽいかもね」
「自分がするくらいだったら栞さんにしてもらいます」
 もちろんエプロンは料理をする際に着用するというだけのものであって、本来ならそこに男らしい女らしいという発想は含まれないものなんでしょう。コックさんとかだとみんな付けてますもんね、男女に関わらず。
 ――しかしそうは思っていても、女の子っぽいと言われてから付けるか付けないかと言われたら、そこで敢えて付けるという選択肢には抵抗があるわけです、やっぱり。
 ムキになって否定した僕に、小さく笑う栞さん。
「だけど、女の子っぽいってだけじゃないよ? 料理が上手なのって、それこそ性別に関係なく格好いいことだと思うし」
「うーん、まあ、ことさらに男らしいって言われたいわけでもないですから、そのくらいに思われてるのが一番ですかねえ」
 女らしいと言われてムキになる僕ながら、男らしいという言葉がそう似合う男でないことは、それなりに理解してますし。まあ、だからこそムキになってるんでしょうね。
「それにしても、パックの冷麺作ってるだけの場面で料理が上手いと言われるのも、なんだか申し訳ないですねえ。何に申し訳ないのか、自分でもよく分かりませんけど」
「それはほら、これまで見てきたものがあるからね。だからこうして隣に立ってるわけだし」
 そういう栞さんは今、お味噌汁を作っている最中なのです。
 これまでの会話を踏まえ、ここで料理中の栞さんに「女らしさ」を見てしまうのは、身勝手だったりするんだろうか? 自分についてはムキになって否定したわけだし。

『いただきます』
「本当に今更だけど、男っぽい女っぽいって話、一貴さんの話から始まったんだよね」
「でしたね。何時の間にか自分達の中だけで盛り上がっちゃってましたけど」
「結局は誰にでも関係のある話だもんねえ、発端が一貴さんだったってだけで」
「男か女ですもんね、大概の動物は」
「男か女だけど、男か女に関係ない部分にだって、見るところはあるんだよね。誰かと一緒にいる時に」
「それは恋愛方面の話で、ですか?」
「ううん、全部の方面で。――でも、やっぱり気になるかなあ。一貴さんの彼女さんが、一貴さんのどういうところを好きになったのか」
「地味に失礼な話のような気もしますけどね」
「んー、やっぱりそうなっちゃうのかなあ」

『ごちそうさまでした』
 やら何やらいろいろを経て、時間は一気に三限の終わり。
「じゃあ二人とも、また来週」
「また来週」
「また来週、日永さん」
 今日はなんとか眠らずに済んだ明くんと別れ(と言っても首から上がぐらんぐらんだったけど)、その際に彼と、彼の彼女であるところの岩白さんにもそれぞれ、男らしいところ女らしいところがあるんだろうなと思ったりなど。
 しかしまあ岩白さんというと、僕や明くんと同い年なのに中学生、下手をすると小学生に見えそうなくらいに身長が低いうえ、長い後ろ髪の先端を赤いリボン(あと五円玉のようなアクセサリか何か)で括っていたりと、その見た目からして「いかにも女の子」なのですが。
 ――もちろん、彼女以外の女性が女性らしく見えない、なんてとんでもない話ではありません。岩白さんがその点において飛び抜けているだけです。
 外見だけで人を判断するというわけではありませんが、外見だってやっぱりその人を形作る情報の一つではあるわけです。でなきゃあ、一目惚れなんて言葉は存在しないでしょうし。……いえ、僕がそうだったというわけではありませんが。
「次の時間は、音無さん達と一緒だったよね」
 ぎくり。
 ……いえ、一目惚れが悪いということは全くなく、過去に僕が音無さんに恋心を抱いていたことだって、栞さんは受け入れてくれたわけですが。と言うかむしろ、僕がそれを渋って「どうして受け入れさせてくれないのか。思い出というものを否定されたら、それにすがる幽霊はどうしたらいいのか」と激しく怒られたわけですが。
 そうだ。あの怒られた後にだって音無さんと会う機会はあったんだから、その時気にしなかったことを今になって気にするのは不自然だろう。ということで、
「そうですね。異原さんと口宮さんも――同森さんだけ、別ですけど」
「どうせならみんなに会いたいよねえ、もちろんお兄さんのほうも。まあ次は狭い教室だから、栞が会うとしたら終わってから外でってことになるんだけど」
 普段はこんな感じでふんわりしているけど、怒る時はしっかり怒る栞さん。そんな彼女が現在の僕の恋人で、同時に、これまでで唯一の恋人でもある。音無さんに限らず、恋心自体はこれまでに複数あったわけだ。ということは逆に――単なる可能性の話でしかないけれど――知らず知らずのうち、僕が複数の女性から想われていた、なんてことも有り得ると言えば有り得るわけで。いや、有り得ないんだろうだけど。
 ちょっとした可能性すら期待できない自分自身が悲しくなるけど、何が言いたいのかというと、一貴さんはどうだったんだろうかという話。複数の恋心を持ったりしたんだろうかということ、そして逆に複数の恋心を向けられたりしたんだろうか(僕よりは可能性があるだろう、女言葉はともかく綺麗な人だし)ということ。
 ――まあ結局、朝に会ってから一貴さんを意識し過ぎてるんじゃないかってことで決着が付いてしまうんですけどね。今僕が考えてることなんて、大きなお世話以外の何者でもないですし。

 向かい合うのは、ちょっと不良っぽい人のちょっと不良っぽい顔。
「一貴さんに会った?」
「はい」
「んで、彼女へのプレゼント買ってたって?」
「そうですね」
「よし、食いもん奢ってもらおう」
「なんでそうなんのよ!」
 ごもっともな突っ込みと共に振り下ろされる筆入れ。箱でなく袋状だったのでそう痛くはないんでしょうが、中身がシェイクされてガチャガチャと、音だけは痛々しいのでした。
「なんでってお前、あの人が来たらいっつも何かしら奢ってもらってるだろ。なんで俺がハタかれんだよ」
「それはそうだけど遠慮というものを知りなさいよ弁えなさいよ! 奢ってくれるって分かってる人に積極的に今日も奢れなんて言うアホがどこにいるのよここにいたわねこのアホ!」
「あ、あの……他の人も……いるんですから……」
 激昂するおでこな女性と、激昂されてぶすっとしているプリン頭な男性と、その様子に静かにあわあわする真っ黒な服装の女性。本来ならここでまともに止めに入るムッキムキな男性の出番なのですが、今回ここにはおられません。
 そういうわけで、異原さん、口宮さん、音無さんです。
「お見苦しいところを」
「いえいえ、僕はもう見慣れてますし」
 音無さんが言った「他の人」が僕を指していたとは思えませんが、しかし異原さんに頭を下げられてしまったので、まあそのように。
 すると今度は口宮さん。
「見慣れてんじゃねえよ」
「そんな無茶な」
 ――ともかく。
「一貴さんの彼女さんには、みんな会ったことあるんですか?」
「は、はい……わたしはまだ、それほど多くは……会ってはいないんですけど……」
「そんで食いもん奢ってくれんだよな、いっつも」
「感謝するのはいいとしても、ちょっとは声を落としなさいよ」
「畏まられるほうが気ぃ悪いだろうがよ、あっちからしても」
「それは過剰だった場合でしょうが。あんたは必要最低限分すら畏まってないんだわよ」
「知るか」
「知れ」
 先程のことがあったので、手は出ないし声を荒げもしない小競り合い。こっちのほうが怖いのは気のせいでしょうか。
 気のせいであろうがなかろうが怖いので、話を進めてしまいましょう。怖い二人に話し掛けるのはちょっと躊躇われるので、音無さんを相手としますけども。
「一貴さんは全然そんな話してなかったんですけど、じゃあ、今回も音無さん達に会いに来るんですか? 彼女さん」
「だと、思います。……えっと、名前、諸見谷(もろみや)さんっていうんですけど……」
「諸見谷さん、ですか」
 小さなお食事処みたいな名前だなあ、なんて感想はいいとしまして。
 名前を教えてもらえたので、ほんの少しだけだろうけど、話がしやすくなりました。が、そもそも僕がその諸見谷さんと関わることは殆どないんだろうしなあ、なんて。

「おいーす! 元気しとったかね野郎ども!」
 殆どないと思ったんだけどなあ。
 四限も終わってさあお邪魔になる前に帰ろうかと立ち上がったその時にはもう、背後から聞き覚えのない女性の声。しかし当然、これだけ元気に呼びかけられているのですからこの場の全員が彼女を知らないというはずもなく、そしてこれまでの流れからして、むしろ知らないのが僕だけなのは明白なのでした。もちろんあちらだって僕を知らないはずで、「野郎ども」に僕は含まれていないんでしょう。
 背後からの声に振り返る前の時点でそこまで把握し、そして振り返ってから追加で把握するには、その女性は眼鏡を着用していました。……見たままですが、見たままのことくらいしか言えないのが現状です。
「男一女二のとこに来て野郎どもってどうなんすか?」
「いや、女郎なんて言わないって実際」
 意外にまともな口宮さんの突っ込みに、手の平をぱたぱた。まあ確かに言いませんよね、なんて場違いながら同意してみたところ、
「それに、男も女も二でしょうよ口宮くん。こっちの彼、お友達なんでしょ?」
 顎で指し示されるのは僕。あれ、何でもう知られてるんだろう?
「あー、まあ、そうっちゃそうですけど」
「おぉいおい、そういうところはスパッと言い切らにゃあ。気ぃ悪くされちゃうぞ?」
 どうして僕のことを知っているのかという疑問を口にするよりも前に、口宮さんへの駄目出しへ入られてしまう。……うう、口宮さんの視線が怖い。
「かっかっか、まあ、口宮くんだしね。――つーわけでだそこの君」
 眼鏡を掛けている女性というものに抱いていたイメージ――と言うよりはいっそ偏見に近いものなのかもしれないけど――をぶち壊すような快活極まる笑い方ののち、その眼鏡さんがくるりとこちらを向き直る。
「この様子だと私が来るのは予想されてたっぽいけど、初めまして。そこの壁の陰からこっちを窺ってる女男の彼女で、諸見谷愛香(もろみやまなか)といいます」
 壁の陰からということで、開きっ放しのドアの向こうに隠れ切れていない人影が。あ、手振ってる。
「初めまして。えっと、日向孝一っていいます」
「ん、よろしく。ぶっちゃけ名前も先に聞いちゃってたんだけどさ」
 眼鏡を掛けている女性というものに以下略。
 さっぱりした感じの人だなあ。まだ一言二言交わしただけだけど。


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