(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十七章 前へ前へ 三

2009-06-29 21:04:16 | 新転地はお化け屋敷
 ふんっと鼻を鳴らし、腰に手を当てる諸見谷さん。
「さあて、あとは哲郎くんだけか。浮いた話も聞けるといいんだけど」
 同森さんの、浮いた話。
 となるとこの人。
「……あ、あの……まだ取り立てて何も……」
「ほほう、そりゃ楽しみだ」
 音無さん的には精一杯の否定なのでしょうが、諸見谷さんはまるで無視。まるでどこかの管理人さんみたいな話の振り方ですが、その管理人さんのようなねちっこさは備えていないようです。
 いやあ、良かった良かった。音無さんだと泣かされてしまう恐れすらありますから。……まあ、家守さんだってさすがに、相手を見てそこらへんの調節はするんでしょうけど。
「口宮くんと異原さんは?」
「ないですないです。あっても言わないとかじゃなくって、本当にまだ何もないです」
 音無さんに訊くのならこっちにだって、ということでこちらにも声を掛けた諸見谷さん。ですが、ぶんぶんと首を振る異原さんから帰ってきた返事は、音無さんのそれと同じようなものなのでした。
「気付いてないのは当人だけってね」
 とまたも軽くあしらわれてしまうのですがしかし、口宮さん異原さんの話で「何もない」という言葉が出てくると、軽くない話が思い起こされてしまいます。異原さんと口宮さんは過去にも付き合っていた時期があって、だけど「何もなさ過ぎて」、その関係が自然消滅してしまったと。
 それを考えると諸見谷さんの言葉は、そうであって欲しいと思わせられざるを得ません。
 と、ここで廊下から声。
「さあさ、てっちゃんの所に行きましょう。どっか行っちゃうわよ? あんまり待たせると」
 どうやら、この場にいない弟さんへはもう話が通っているようです。そしてそちらへ場を移すというのなら、
「それじゃあ、僕はこれで」
「あら、日向くん帰っちゃう? あたし達この後お茶する予定なんだけど、ご一緒にどう?」
 諸見谷さんと一貴さんが現れてからその話は一切なかったと思うんですが、それでも既にそういう予定になっているということは、先に聞いた通り恒例のことなんでしょう。
 しかし。
「一貴さん、ちょっと」
「ん?」
 手招きし、傍に寄って頂いて。
 耳打ち。
「喜坂さんを外で待たせてまして……」
 ああ、と声を漏らす一貴さん。
 耳交代。
「ごめんなさいね、それなら無理は言えないわ。それと――」
 もう一言あるようです。その声色のせいか、耳が痒いですが。
「ありがとう、気を遣ってくれて」
 何をどう気遣ったのかは無しでただそれだけでしたが、気を遣ったのが自分なので、言われなくてもその内容は分かります。
 僕が待たせている人がどういう人なのかを知らないであろう諸見谷さんの前で、その人の話をおいそれと出すのは躊躇われたのです。もちろん「人を待たせてますんで」とだけ言えば問題はなさそうなのですが、諸見谷さん、どうもその人について話を踏み込ませてきそうな気がするのです。気がする、というだけの話ですが。
 それと、もう一つ。
「あたし達全員に話が回った時、ちょっとあったものね」
 あの時、話を回した異原さんと、それに付随して音無さんが、みんなの前で頭を下げるような事態になってしまったのです。こちらがまるで気にしていなかったとはいえ当然、同じようなことが起こるのは避けたいところ。あの時は一貴さんが話を纏めてくれたのですが……。
 それを考慮するに、栞さんも一緒に行く、というのも避けるべきなのでしょう。
 一貴さんの顔が離れます。
「日向くん、残念ながら不参加よ」
「あら残念。こそこそ話は気になるけど」
 不参加の決定に内緒話を挟むという不信感ありありな流れでしたが、どうやら流して頂けるようで一安心。
 僕としてもお誘いに乗れないのは残念なのですが、今日はここでお別れです。

「ええ、行ってきなよ。せっかく呼んでくれたのに」
 お別れだと思ったんだけどなあ。
 栞さんと合流し、さあ帰ろうと思ったその時にはもう、そんなふうに言われてしまっているのでした。
「別にずーっと栞と一緒にいなきゃならないんじゃないんだし」
「そりゃまあ、そうなんですけど……」
 歯切れ悪くそう返事をしつつも、どうしてその手段を思い付かなかったのか、と。
 そう、思い付かなかったのです。栞さんを残して僕だけがお誘いに乗るという、普通なら真っ先に思い付いてもいいような手段を。
 いいことでは、ないよね。
「一貴さんの彼女さんも一緒なんでしょ? どんな人だったとか、あとで聞きたいし」
 栞さんとその彼女さん――諸見谷さんを会わせられないと判断したのは僕なので、その言葉は胸にちくりときます。もちろん、当の栞さんにそんな意図があるということはないんでしょうけど。
「そうですね、デパートで一貴さんに会ってからずっと気になってた人ですし」
 また、この機会を逃したら次に会えるのがいつになるのか分からない、という面でも。諸見谷さん視点で考えると、こっちの勝手な都合ってことになるんですけどね。別に僕に会いに来ているわけでもないんだし。
 気を取り直すように、一呼吸の間。
「前にも言ったような気がするけど、こういう場合は栞のこと、気にしないでね」
「はい」
 前にも言われたような気がするし、その時にもしっかり頷き返したと思うので、今度こそしっかりと肝に銘じましょう。
「それと、でも、ありがとう」
 こちらにしっかりと頷き返すのは照れ臭かったので、頬をニヤけさせての会釈のみ。
 再度の一呼吸の間をおきまして、
「一度断ってからお願いに行くっていうのも、なかなか勇気がいりそうですね」
「迷惑な話だもんねー」
 ……まあ、これは、自業自得ってやつですよね。
「それじゃあ、まだ間に合うかどうかは分かりませんけど、行ってきます」
「うん。間に合ったら一貴さん達によろしくね」

「あ……日向さん……」
 虐められて視線をあわあわさせていたから――などというのは勝手な想像なのですが、僕の存在に真っ先に気付いたのは音無さんでした。もちろん、他の皆さんもお揃いの中で、です。
 このご一行が同森さんを迎えに行ったことは分かっていても、その同森さんがどこで待っているのかを知らず、となると当然、追うべき相手の足取りはまるで分かりません。なので僕は、広い範囲に目が届く校庭の真ん中でじっとしていたのです。校門が一つだけなら、そこで待てばいいだけの話だったんですけどねえ。
 ともかく無事、音無さん達との再開を果たしました。
「すいません、やっぱりさっきの話、参加させてもらってもいいでしょうか。急遽暇になっちゃいまして」
 僕を見付けた段階から既に嬉しそうだった諸見谷さんは、「おっ、そりゃ良かった」といっそう嬉しそうな顔に。
「肩透かし食らって残念な気分のままお茶するのもどうかな、って思ってたとこなんだよね」
 今更「やっぱり」というのはなんとも勝手な話で、しかも一部嘘だったりするのですが、どうやら快く受け入れてもらえるようです。いや良かった良かった。
 するとここで怪訝な表情を見せるのは、その話の時に同席していなく、しかし今はちゃんとここにいる同森さん。しっかりと(と言ってしまうのは意地悪な見方に過ぎるのかもしれませんが)その傍についている音無さんへ、「なんじゃ、そんな話になっとったのか?」と。
「あ、はい……哲朗さんを呼びに行く少し前に……」
「そうか。――すまんの、日向くん。どうせ兄貴が無理言ったんじゃろう」
 そこで真っ先に上がるのが一貴さんの名前だというのは、さすが兄弟と言うべきなのでしょうか。
「いやそんな、逆に僕が無理言ってるだけですよ」
 誘ってきたのは確かに一貴さんだけど、それは単に誘ってきたってだけですし。
「ならいいんじゃがな」
「あらあら、信用ないわねえあたし」
 ふんと鼻を鳴らして腕を組む同森さん。そしてこういうのはそう珍しいことでもないんでしょう、一貴さんは、弟のそんな様子もにこにこと軽く受け流しています。
「そういうことでも……ないんでしょうけどね……」
 普段ならその張りのない声で慌てふためく音無さんも、前髪のおかげで口しか窺えないその顔でにっこりと微笑んでいます。
「そういうことでもあるわい。なんじゃ、お前まで」
「別に音無に限った話じゃねえっつの。馬鹿じゃねえのか筋肉馬鹿」
「よし分かった口宮、殴らせろ」
「待て待て、死ぬっつの筋肉馬鹿」
「このくらいで死ぬか阿呆」
 ……口宮さんって実は、こういうことになるって分かっててこういう振る舞いをしているんじゃないだろうか?
「ぐもっ!」
 そんなふうに思ってしまうくらい見事な拳骨の食らいっぷりを披露してもらったところで、「まあまあ」と一貴さん。頭を抱えて「ぐおお」とかうめいてる口宮さんは、隣の異原さんに追加で小突かれていたりします。しかしそれは横に置いておいて、
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
 とのこと。ううむ、口宮さんがぶたれるのもやっぱり恒例だということか。
 というわけで歩み始めるのですがしかし、そこで一つ気付いたことが。
 この集団の計七人、内訳が二人組三つと一人組一つじゃないですか。
 ……栞さんのことを抜きにしても、僕って場違いだったりしないだろうか?
 そんなふうに思うとついつい、目立つほどではないにしても集団から距離を空けてしまいますが、そこへするりと近寄ってくるのはおでこの女性。
「喜坂さんは?」
 こそりと投げ掛けられる短い質問。異原さんは、この中で僕以外に唯一、幽霊を見ることができる人物なのです。となれば、尋ねるまでもなく見て分かるんでしょうけど――そういうことを訊きたいわけじゃあないんでしょう。
 というわけなので、諸見谷さんが一緒なので欠席であるということ、一度は自分もそれで誘いを断ったこと、だけどその後の話し合いで自分だけ参加を決めたこと、それぞれ小声で手短に伝えました。女性相手に耳打ちというのはさすがにちょっと無理だったんで、単に小声で言ったってだけですけど。
 そしてここからは、普通の声量。
「うーん、見習いたいわねえ」
「見習う、ですか?」
「格好いいじゃない、『自分はいいから行ってきなさい』なんて」
「……なんとなく、戦争映画なんかを彷彿とさせられる言い方ですねえ」
 言ってることは確かにその通りなんですけど、不思議なもので。
「だってねえ、あたしだったら嬉しくって頷いちゃうわよ? 日向くんみたいなこと言われたら。そこで今のみたいな受け答えができるなんてねえ」
 嬉しくて頷いてしまう異原さん。失礼ながら、まるでイメージが合いませんです。
 しかし、口宮さんに対して以外ならそう気が強いというわけでもないのに、どうしてイメージが合わないんだろうか?……ああ分かった、異原さんが喜ぶようなことを言いそうにないんだ。口宮さんが。
「どういう返しをするかはまあ、その人の事情とかもありますからねえ。ところで、言われてみたいですか? 僕が言ったようなこと」
「望み薄ながらね」
 僕も異原さんも軽く笑いながら、視線をその望み薄な人へ。するとその人もこちらを見ていました。
「馬鹿じゃねえのかお前等」
 どうやら全部聞かれていたようで、すっぱり言い捨てられてしまいました。
 ただ口宮さん、ちょっと照れたような様子なのはこちらとしてどう捉えるべきなんでしょうか。――などと、背けられる顔へ向けてにやにやした視線を送り続けながら。

 お茶をする、とのことだったのですが、どこの店でお茶をするのかまでは聞いていません。とは言え特に希望があったりするわけでもなく、何だったら学食でも、僕としては問題無しです。もちろん僕だけなんでしょうけど。
 大学を出てから五分ほど歩いたでしょうか? あまくに荘から真逆の方角(だと思われます)へそれだけ歩いたところに、喫茶店。どうやらここが目的地であるようです。
「今日はここか」
「今日はここよ」
 同森さんがそう高くもない看板を腕組みで見上げ、お兄さんも同じく。腕は組みませんが。どうやら、候補に上げているお店がいくつかあるようです。
 ――というわけで、店内。七人掛けのテーブルなんてものはないので、テーブル二つを僕達だけで占領してしまいます。幸いにも他にお客さんもいないようなので、そう狭苦しいというわけでもないのですが。
「私はあれだ、初対面の日向くんとの親睦を深めるためにもね」
「来てくれて良かったわあ。ありがとうね、日向くん」
 七人を二つのテーブルに割り振る。ということで僕は、諸見谷さん一貴さんの二人と向かい合う形で、三人掛けのほうに座ります。会ったばかりでかつ目上の人なので、緊張がないというわけではありませんが――ん?
「そういえば、諸見谷さんも学生なんですか?」
 具体的な年齢を尋ねるのは失礼なので、学生というワンクッション。まあ、言ってることは同じなんですけどね。
「そう見える? いや、こりゃ嬉しい」
 と、いうことは。
「私はもう社会人なのだよ。と言っても、今はバイトで生計立ててるんだけどね」
「あたしの一つ先輩になるわね。去年までは同じ大学だったんだけど、無事に卒業されちゃいました」
 と、いうことなんだそうです。見た目には年上っぽくないというのが率直な感想ですけど、まあこれくらいの年になると、一歳程度の差なんてないも同然ですもんね。
 諸見谷さんの見た目。初顔合わせで真っ先に意識したのはその眼鏡ですが、この店に到着するまでの五分の道のりで、もうちょっとちゃんと見ておきました。
 一貴さんと並んで歩いていると小さく見えがちですが、それは一貴さんが長細いシルエットをお持ちであるからで、実際のところは僕よりやや低いという程度(というかほぼ同じです)。そして後ろ髪を青いリボンで括っているのですが、その後ろ髪というのがそう長いわけでもなく、しかもぐるぐる巻きにしているだけのような結び方なので、後頭部から突起が生えているような見た目なのです。リボンと言うよりはもう、紐で縛っているような。
「さて、話し込んじゃう前に注文だ。迷惑客にはなりたくないし」
 話し込むほど話題を持ち合わせてはいないわけですが、確かにその通り。入ってすぐに水だけ配ってもらってから、メニュー表を確認してすらいません。
「ああそうそう。ここは私と一貴の奢りってのが慣例だから、日向くんも遠慮なくね」
「そうは言っても、難しいでしょうけどねえ」
 それについては、事前に口宮さんが嬉しそうに語っていたので存じております。そしてそのうえで、一貴さんの仰る通りでもあります。
「ほら、あっち見てみて日向くん」
 テーブルに肘をついて手を組んでいた一貴さん、その手首だけを返して隣のテーブルを指差す。僕達以外にお客さんが存在しない以上、その隣のテーブルというのは異原さん達四人組みのテーブルなのですが、
「毎度毎度、飲み物だけにしようとせんでもよかろうに」
「そ……そうなんですけど……いっつも結局、食べ物も頼むんですけど……」
「頼むと言うより、頼まされるって感じじゃがな」
 僕のような、というより僕より酷い音無さんがそこに。そしてその向かい側は、
「あんたもあんたで、ちょっとは遠慮しなさいって言ってんでしょ?」
「だーかーらー、こういう場合は遠慮するほうが失礼だって言ってんだろがよ。別に何品も頼むわけでなし」
「その一品がデカいってのよ。軽くお茶するような時間帯にセットメニュー頼むなんて、あんた胃袋どうなってんの?」
 四限が終わったあとということで、既に五時を回っております。確かに、今ここで沢山食べると、夕食に差し支えそうではありますね。
 ということで以上、対照的かつ極端な事例でした。
「私達はどっちでもいいんだよ。支払いの時に初めて言うならともかく、最初っから奢りだって言ってあるんだから。なら、ああいう反応だって当然あるだろうしね」
「むしろそれを楽しんでる節があるわよねえ、愛香さん」
「かっかっか、お互い様ぁ」
 すんなりと一貴さんの意見を肯定してしまっていますが、しかしこうなると、僕はどういう反応をすればいいんでしょうか?
「ささ、私達も注文を決めてしまおう。日向くん、メニューをどうぞ」
「どうも……」
 諸見谷さんの手によって、面前に滑り込ませられるメニュー。もちろん受け取るのですがしかし、開くのがちょっと怖い。小さなお店の割にはきっちりした装丁だなあ、などと表を向け裏を向け、お茶を濁しつつ。
「うふふ、日向くんは静音ちゃんのタイプみたいね」
 音無さんタイプと口宮さんタイプで大別した場合、口宮さんタイプに属する人はそう滅多に現れないと思われますがどうでしょう、一貴さん。
 などとは思うものの、眼鏡の向こうで爛々としている諸見谷さんの目に負けてメニューを開いてみる。文字が並んでいるだけのメニュー表でしたが、どうやら和洋中が混在している品揃えのようでした。
 こうなるとまた別の意味で何を頼むか迷わせられてしまいますが、口宮さんのような頼み方を除外するとなれば、そうそう選択肢は多くないようです。
「フライドポテトとコーラで……」
 無難ではあるでしょう、という組み合わせ。どうですか諸見谷さん。
「『これで勘弁してください』って感じだねえ。面白い面白い」
「うふふ、ここまでくるともうサドっ気ありってレベルよねえ」
 何だか僕がマゾっぽく取られるような言い方なんで、肯くに肯けないです。曖昧な笑みを浮かべることぐらいしか。
「そっちもう決まった? こっちは決まったけど」
 何度か来ているらしい、ということで、メニューを見るまでもなく何を頼むか決定したらしい諸見谷さん。一貴さんも同様なんでしょう。隣のテーブルにそう尋ねると、
「決まりました」
 と異原さん。口宮さんの注文はどう決着したんでしょうか。
 ――ともあれ、店員さんを呼び、頼んだ品物が出てくるまでの待ち時間。黙っているのも何なので、こちらから話を振ってみることにしました。
「ちょっと気になったというか意外だったんですけど、今朝一貴さんから聞いた話からじゃあ、まさか食事をご馳走になるなんて思いもよらなかったです。諸見谷さんから」
 実際には一貴さんも支払うそうなので、諸見谷さんだけにご馳走になるという話でもないのですが。
「ん? 何さ一貴、日向くんにどんな話したわけ?」
「亀の小物入れのことよ。愛香さんのお金にケチなところを、ちょびっとね」
「あー、ケチってかあ。まあそうなんだろうけど、しかし弁解させてもらいたいところでも、あるかな」
「うふふ、でしょうねえ」
 ケチだとまでは言いませんが、中身の伴わない高価な品物より、四百円の亀の小物入れを好むという諸見谷さん。話の流れからして既に亀を受け取っていて、かつその品物に文句もなかったのでしょう。つまりは一貴さんの読み通りだったと。
 ところで、弁解とは?
 諸見谷さん、大仰に両腕を広げながら。
「ケチはケチだね、認めましょう。私はケチです。ですけども、そういう部分は現在親密な関係であるところの同森一貴という男にだけ、開いているのですよ。友人と恋人って言ったらやっぱり応対に多かれ少なかれ差があるわけで、これもそういう話だと思ってくれたら動きやすいかな、私としては」
 広げた腕を胸に当てたり一貴さんに向けたりと、芝居がかったような動き。――でありながら、くどさというものをまるで感じさせません。よく通る張りのいい声のせいでしょうか? 何にせよ、不思議と気分の良くなるような印象を持たせる人です。
 バイトで生計立ててるって言ってましたけど、芝居がかった動きにくどさがないという点、舞台役者とかこなせてしまうんじゃないでしょうか? 割と真剣な話。
「あたし以外には太っ腹なのよ、愛香さん。今みたいにね」
 それは果たして唯一の例外である一貴さんからしてどうなのかという話ですが、どうやらまるで気にしていないようです。仲が好い、というのはまあ、恋人同士なんだから当然と言えば当然なんでしょうけど。
「お待たせ致しました」
 とここで、各々注文のジュースが到着。食べ物のほうはもう少し待つことになるんだろうけど、急ぎの食事でもないので気にはしますまい。
 グラスと一緒に差し出されたストローを差し込み、早速の一口。こういうのんびりした時間にはやっぱり炭酸飲料が合うなあ、などと、舌先を突付くような刺激を堪能しつつ。
 そうしているうちに隣のテーブルにも飲み物が到着したようで――あ、口宮さんもコーラなんだ。いや別に、だからどうだというわけでもないですけど。
「このお店にはジュース類しかないんだけど」
 話し始めた一貴さんは、僕と同じく隣のテーブルを見ていました。
「静音ちゃんってねえ、あんな可愛らしい顔してコーヒーが好きなのよ? しかもブラックのホット。渋いわよねえ」
「ホ……ホットとアイスには別に、拘ってないです……」
 そもそも渋いかどうかにホットかアイスかが関わるのかどうかすら謎なのですが、音無さん、注釈を入れるのはそこじゃない気がします。渋いというのは、女性にとって必ずしも褒め言葉ではないような気がするのですが。
「よく好き好んでんな苦いもん飲む気になるよな。しかも金払ってまで」
「とまでは言わんが、ワシもコーヒーは苦手じゃなあ。コーヒー牛乳はまだ大丈夫なんじゃが」
「なんとも情けないわねえ、男ども。――まあ、あたしだって気が向いたら飲むって程度だけど。砂糖も入れるし」
「今飲んでるのは……コーヒーじゃ、ないんですから……」
 飲み物の好み一つでこうなってしまう音無さん、気の毒といえば気の毒です。僕からすればその真っ黒な着こなしに似合っていると――いえ、これも似たような話ですね結局は。
「でもまあ、似合うことしてればそりゃ可愛いけど、似合わないことしてるのだって、場合によっては可愛いわよね」
「お。さすが、女気取りの男は言うことが違うね」
「うふふ、可愛いかどうかは別としておいてね、あたしの場合」
 ……なんというか、諸見谷さん、際どそうなことをズバズバ言うんだなあ。一貴さんはまるで気にしてないみたいだし、問題ないならそれでいいんだろうけど。と言うかまあ、僕が気にし過ぎているだけなんだろうけど。例えば僕が誰かに方向音痴だと言われて、でも気を悪くすることはないのと、種類で言えば同じことなんだろうし。
「おやおや、日向くんがコーラを飲みながら難しい顔をしているぞ」
「あらあら、どうしたのかしらねえ」
 ……いや、すいません。
「炭酸飲料に氷浮かべるのってどうかなって、ちょっと真剣に悩んでました。飲み終わりぐらいの時、溶けた氷で薄まったコーラってなんかもう、首を捻りたくなるような味なんですよ」
 そこそこ強引に誤魔化してみたところ、正面の二人はくすくすと。
「ユニークなことで悩むんだね、日向くんは」
「味のことで悩むっていうのは、料理ができるからなのかしら?」
「ん? 日向くんって料理できるんだ?」
「そうみたいよ。今朝デパートで会った時も、出来合いのものじゃなくて具材から買ってたし。それに加えてアパートに独り暮らしだしね」
「へええ、そりゃあ感心だ。柔和そうな顔してるけど、苦労してるんだねえ」


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