(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十三章 譲れぬ想いと譲る思い 八

2011-09-07 20:46:22 | 新転地はお化け屋敷
「で、それが実はこっちに住んでる頃からだったって話だよね?」
 逸れそうになった話を戻してくれたのは高次さんでした。
 そりゃそうです。この中でそれが出来る、またそれをしてくれるのは、高次さんだけなんでしょうし。今の栞さんにそれは無理ですし、家守さんはむしろ話を逸らそうとする側ですし、僕が自分で取り繕ったらそれはそれでまた家守さんにからかわれるんでしょうしね。
「はい。意外だったんですけどね、自分ではそうは思ってなかったっていうのもそうですけど、親の前でそんなふうに振舞った覚えがないって意味でも」
 話題を変えてからかわれるのを阻止するためというのはもちろん、それを抜きにしても興味のある話だったので、進んで高次さんの話に乗っかっておきます。
「はっは、親ってのはそれくらい見抜いちゃうものなんだろうねえ、やっぱり。――いや、逆に考えたらそれくらいできないと駄目ってことなのかな」
 高次さん本人からすれば、それは半ば言葉遊びのつもりだったのでしょう。けれど僕はさっき、それと似たような意味の言葉を実際に、自分の親の口から聞かされていたのでした。
「『自分の子どもの性格すら把握できない親だったら女性との交際を認める認めないなんてことに口出しする資格はないと思うぞ』って、さっき親から言われました」
「ほお」
 一応は真面目な話をしているつもりで、けれどどこかにちょっぴりとだけ自分の親を誇りたいという思惑もなくはないような気がしたりもしつつ、その話をしてみました。お父さんは間違いなく真面目でしたしね、あの時。
「なかなかハードルが高そうだね、親になるっていうのは。なあ楓?」
「いつそうなるのかすらまだ分かんないんだけどね。……じゃなくて、アタシらの話はどうでもいいんだよ高次さん」
 そういえばそうでした。高次さんと家守さんだっていずれは――ってまあ、たった今そういう話をするなと家守さんは言ったわけですけどね。若干慌てふためきながら。
「椛さん、元気にしてますかね?」
 そんな慌てた状態の家守さんへ、栞さんからそんな質問が。すると家守さん、ぴたりと気を落ち着かせ、というかいっそ気が抜けたふうにすらなりながら、こんなお返事。
「あいつが元気じゃないことなんて滅多にないしねぇ。しっかりした旦那さんもいるんだし、そこら辺は心配するだけ損だよしぃちゃん」
「あはは、そうかもしれませんね」
 先日、赤ちゃんが出来たという報告をしにわざわざあまくに荘を訪れた椛さんと孝治さん。あれからまだそう日が経ったというわけではなく、なので栞さんの心配が無用なものだというのは、間違った話でもないのでしょう。家守さんによる「妹への憎まれ口」という面だけでなく。
「……んで、だから、こっちの話はいいんだってばさ。今すべきなのはしぃちゃんとこーちゃんの話なんだって。――というかそれだって、時間のほうはいいの? ご両親待たせちゃってさ」
「あ、待たせることになるかもって言ってから出てきたから大丈夫です」
 といってゆるゆる談笑していていいというわけでもないのでしょうが、そこらへんは大目に見て頂きたいところです。こうして談笑できていること自体が、この談笑のおかげなんでしょうし。
「さすがこーちゃん、抜かりは無しってか。そういうことならそうさせてもらうとして……この後だけど、もうアタシらも一緒に行っちゃっていいのかな? ご両親の前に」
「はい、お願いします」
「分かった。ちなみにだけど、アタシらが霊能者だってことはもう伝わってるんだよね? お母さんには直接話したわけだけど、お父さんにも」
「はい」
 まさかお母さんがそんな重大な情報をお父さんに伝えそびれるなんてことはなく、外で家守さん達と挨拶程度の会話をして家の中に戻った際、真っ先にそれをお父さんに伝えていました。
 それ自体はまあ当たり前と言えば当たり前なんですけど、その後が……。
「も一つちなみに、どんな感じだった? お父さん、それを聞かされて」
「特にどうとも……うーん、栞さんが幽霊だってことはそれ以前から言ってましたし、だったらそれくらい出てきてもおかしくないって感じなんですかね? お母さんから聞かされた時も、『そうか』って一言だけで」
「ふむ。アタシらの仕事についてはやり易そうな感じかね、高次さん」
「そうだな」
 意見を求められた高次さん、特に迷いもなく同意するのでした。
 しかしその同意した家守さんの言葉ですが、「アタシらの仕事については」なのです。つまりそれ以外のどこかにやり易そうでない部分があるということで、そして高次さんの迷いない同意は、その点についても。
 不安が浮かばないわけではありませんでしたがしかし、それについて尋ねるようなことは、敢えてしないでおきました。これまでが意外にもすんなりしていただけであって、本来なら全部が全部「やり易そうでない」な筈だったのです。問題が発生したというならともかく、単にやり易いか否かというだけの話であるなら、変に気にすることもないのでしょう。
 というか、気にしてもそれでいい結果が得られるとは思えなかったのです。別に確証あっての話というわけではなく、それこそ「不安だから」なのですが。
 聞かなきゃならないことならむしろ家守さん達のほうから話してますもんね、ということにしておいて、ともかくその場は黙っておきました。
「んじゃあこーちゃんしぃちゃん、――大丈夫かな? そろそろ」
『はい』
 宜しくお願いします。
 図らずも栞さんと返事が揃い、そしてそれが合図となって、僕達四人は車を降りました。
 今更なことではありますが、家守さんと高次さんは今回、仕事でここへ来ています。なので当然服装は普段のそれらと違い、仕事用のスーツなのですが――。
 重ねて今更なことに、今、そんなスーツ姿の二人が滅茶苦茶に格好良く見えたのでした。ラフ過ぎる普段着との温度差、加えて後ろ髪を纏めているということもあって、特には家守さんが。
 しかしいつまでも見惚れているわけにもいかないので、さっさと家の玄関前へ。こっちは両親を待たせている側なので妙な気分ではあるのですが、一応はチャイムを鳴らして応対を待ちます。
 当たり前ではありますが、ずっとそれを待っていたのでしょう。ドアが開いてお母さんが僕達を招き入れるまで、十秒も掛からなかったのでした。
「お邪魔させて頂きます」
 丁寧過ぎてむしろ違和感を覚えるような挨拶をしながら、同じく丁寧に家守さんが頭を下げます。そしてその後ろでは、高次さんが黙ったままながら同じ動作を。
 家守さんの旦那さんだとか弱点だとか、普段はそんなふうにしか見てなかったけど、仕事の場では助手の立場なんだよなあ。家守さんの後に続くような高次さんの仕草を見ると、改めてそう思わされるのでした。
 そうして玄関を抜けて家に上がったならば、そのままお父さんが待つ部屋へ。まずは先を歩くお母さん、そしてその後に続く僕と栞さんという順で居間へ入り、あとは家守さんと高次さんなのですが、二人はそこでも玄関の時と全く同じ挨拶をしたのでした。
 そりゃあそうするのが礼儀なんでしょうし、だったらそれが不自然ということはないのですが、しかしあまりにも同じに過ぎる動きから、染みついてるんだなあと思わされずにはいられませんでした。
 ……まあしかし、助けてもらうために来てもらった二人に圧倒されていては本末転倒です。そんな感情はむしろ気持ちを張り詰めるための足掛かりとしておいて僕は、後から追加されたであろう二つの座布団へ座るよう家守さんと高次さんに促し、次いで元からあった座布団へ自分達も座り込みました。
 さてどんなふうに話を切り出したもんだろうか、なんて思いながらお父さんと向き合ったところ、しかしお父さんは僕のほうを見てはいませんでした。ならばどこを見ているのかというとそれは家守さんと高次さんのほうで、しかもなんだか驚いたような顔をしています。
「お父さん、どうかした?」
 結果、話の切り出しは全く想像していなかったものになりました。悪いとは言いませんが。
「あ、いや、そのなんだ、父さん、お二人とは今初めて顔を合わせたわけだけど」
 外でお母さんが合ったきりだからそりゃまあそうだけど、だからって特に変に思うこともないような。僕なんかついさっき、二人を格好良いとまで思っちゃってるわけだし。
「霊能者って言われてたもんだから、なんかこう……随分とイメージが違う人達だなあ、と。あ、いや失礼」
 失礼だと思うなら言わなきゃよかったのに、とは思ったもののそれを言わせたのは僕なので、まああまり責めるのは止めておきましょう。お父さんの隣でお母さんが咳払いしてたりしますけど。
「いえ、よく言われることですので」
 失礼なことを言われた家守さんはにこやかにそうお返事。
 けれどそのにこやかさは、普段のものとはまるで別ものなのでした。つい、営業用、なんて言葉が頭に浮かんでしまいます。と言ってもまあ、普段のあの厭らしい笑みをここで浮かべられたらそっちのほうが問題なわけですが。
「あ、そうだわ。あなた、つい言い忘れてたんだけど」
「うん?」
「この方達、孝一が今住んでるアパートの管理人さんでもあるんですって」
「そ、そうなのか?」
 そういえばお母さん、僕達が居る時は霊能者だってことしか言ってなかったけど、まさか管理人でもあるってことをそのままスルーしていたとは。いや、霊能者という言葉がどれだけ世間離れしたものかを考えれば、気持ちは分からなくもないけども。
 で、それを訊いたお父さんは再度視線を家守さんと高次さんへ向けます。
 ならば家守さんと高次さんは不自然なにこにこ顔を向け返します。
「そっちについても意外ですなあ、こんなお若い方が」
 そのにこにこ顔が不自然なものだなんてことはまるで分かっていないであろうお父さん、さっき失礼だと自分で言ったばかりの言葉をもう一度。
 とはいえしかし、それについては、僕も初めて家守さんに会った際似たようなことを考えました。もうちょっと年配の人が出てくるもんだと思ったんだけどなあ、みたいな。
「管理人業については、霊能者業の一環のようなものなんです。孝一くん――息子さんなら、なんとなく察しを付けられてらっしゃると思いますけど」
 こーちゃんでなく、孝一くんでもなく、息子さんと呼ばれてしまいました。
 というのはどうでもいいとしても、これは僕に話が振られたと受け取って間違いないのでしょう。ということで返事を考えてみるわけですが、察しを付けられてらっしゃる――ううむ、言い難い――という言葉の通り、これまで管理人業と霊能者業の関係を直接話されたことはありませんでした。
 しかし察しを付けられてらっしゃるという言葉の通り、察しはついています。家守さんが僕にどういう反応を求めているかも、恐らくは。
「栞さんも含めて、幽霊ばっかりですもんね。あそこに住んでるの」
「ほ、本当かそれは?」
 家守さんへ向けた返事だったのですが、家守さんよりもお父さんのほうが早く反応をするのでした。
「うん」
「お二人と、それに喜坂さんの前でこんなことを言いたくはないが、大丈夫なのか?」
 そんな質問に対してむっとしないわけではありませんでしたが、しかし怒ってみせたところでどうなるというわけでもないでしょう。ここは努めてでも穏便に。
「大丈夫じゃなかったらそれっぽい連絡の一つくらいしてるって。もう引っ越してから二月近く経ってるのに」
「それはまあ、そうだろうけど」
 穏便にしようとしてみたものの、それでもつい少々トゲのある言い方になってしまいました。良くないなあと思う一方、でもこれくらいならいいよね、とも。お父さん自分で言ってたけど、家守さん高次さん、それに栞さんの前で、今の話をしちゃったんだから。
「ではそろそろ本題に移らせて頂きたいと思います――が、その前に」
 僕には構わず話を進める家守さん。僕が機嫌を損ねちゃったらそういう話の切り方をするしかないよなあ、というふうに考えると身が縮こまる思いでしたが、一方で「その前に」と勧めた話へ更に横槍を入れた家守さん、小さなバッグから何かを取り出しました。
「改めまして私、こういう者でございます」
「ああ、これはご丁寧に」
 お父さんへ手渡されたそれは、名刺でした。本当ならここへ来て真っ先になされていたであろう社交辞令ですけど、お父さんが変な視線を向けちゃったりしてましたしねえ。
「管理人のほうについては、生憎名刺は作っていませんで」
「ははは、いやいや」
 ……社交辞令ですなあ。
 ちなみに、それに合わせて高次さんの紹介も行われたわけですが、肩書きはやっぱり助手なのでした。同時に夫でもある、ということについてはこれまた軽い笑いとともに。
 そうしてそれらを終えたなら、話題はついに本題へと踏み入ります。
「本来ならまずは幽霊がどういうものかということをお話しさせて頂くところですが、今回はその前に『喜坂さんが本当に幽霊かどうか』をご説明する、ということで宜しいでしょうか?」
「ええ、是非お願いします」
 本来なら、と家守さんは言いました。
 そうだよなあ、普通だったら幽霊絡みのことで困ってるから霊能者に助けを求めるんだろうし。現場の人が幽霊の存在を信じてないってことは、全くないとまでは言わないにしてもそう多くはないんだろうなあ。
 ――なんてことを考えてる間に両親もすっかり真面目な顔になっていますが、さて家守さんはどう動くんでしょうか。僕が手伝いに回るということも充分に考えられる以上、ぼんやりとはしていられません。
「しぃちゃん、こーちゃん」
 力みさえしながら家守さんの動向を窺っていたところ、家守さんの口からはいつもの呼び名が。いきなりだったことと余裕のない自分の状態もあって、それだけのこととはいえちょっと驚いてしまいました。
「しぃちゃんが普通にご両親と会話できるようにするけど、この場で、でいいんだよね?」
「あ、はい」
 家守さんが呼び掛けた相手は僕と栞さんの両方でしたが、ご両親、という言葉が含まれたせいか、返事をしたのは僕なのでした。とはいえ初めからそうすると決めていたことでもあるので、返事をするのがどちらでも、答えは変わらなかったわけですが。
 ……まあ、そんなことを考えつつも栞さんの顔色を窺ったりしてるんですけどね、僕。
 で、栞さんの顔色は問題無しだったわけですが、そりゃそうでしょうよということでともかくとしておきまして、僕の両親です。こちらもまたそりゃそうでしょうよということになりましょうか、家守さんの言葉に不安げな表情を浮かべていました。
「会話できるようにするっていうのは、どういう?」
 お父さんお母さん両方の表情を見たせいか、今更ながら「そういえば喋ってるのお父さんばっかりだなあ」なんて思ったりしたのですが、そう尋ねたのは今回もやっぱりお父さんなのでした。
「ご心配なく。喜坂さんを誰にでも見えるようにするだけで、お二方に何かするというわけではありませんから」
「見えるように? 出来るんですか、そんなこと」
「驚かれる気持ちも分かりますが、霊能者にとっては初歩的な技術なんですよ?――そうですね、何でしたら私ではなく、こちらの助手にやらせてみましょうか」
 初歩だったんですか、というような感想はさておき、それはつまり「助手ですら出来ることですから」というようなアピールなのでしょう。
「ひでえ」
 物凄く小さくそんな声が聞こえたのは内緒です。霊能者としての力量ではなく、後から加わったから取り敢えず助手、みたいな感じなんでしょうけどね実際は。
「じゃあ喜坂さん、こっち来てもらっていいかな」
「あ、はい」
 助手云々はともかくとして、栞さんが高次さんの前に移動。そして栞さんが両親からも見えるようにしてもらうわけですが、高次さんが特に動いたり喋ったりしなかったということもあって、元から見えている僕にはその始まりも終わりも分からないのでした。
 家守さんの場合は長い髪がふわふわし始めたりお決まりの言葉があったりでそうでもないんですけど、これは高次さんと家守さんのやり方の違いなのか、それとも状況に応じてということなのか、どっちなんでしょうね。
 まあともかく、にわかにお父さんとお母さんの目が丸くなり始めます。ならばもう栞さんが見えるようになった、ということなのでしょう。
 そして、栞さんもその視線に気付きました。
「あ、あの、初めまして、と言うのも変ではあるんですけど」
「ん? あ、ああいえいえ、楽にして頂いて」
 済んだ後ならともかく、挨拶の途中に「楽にして」はちょっと具合が悪くないかなお父さん。まあ、混乱してるんだろうけど。
 とは言え栞さんの硬さはかなりのもので、お父さんにそんな突っ込みをしている僕ですら「もうちょっと力抜いてもいいと思いますよ」なんて言ってしまいそうになります。
 が、でも言わないでおきました。両親には見えなかっただけで厳密には最初ではないんですが、ともかくこの最初の挨拶くらいは、僕抜きでさせてあげたかったのです。特に根拠があるわけではないですが、ここで僕が手助けをしてもあまり良く思われないような気がする、というか。
 ともあれお父さんの言葉で一旦会話に間が空き、そこで栞さんも呼吸を整えたのでしょう。硬い表情なのは変わりありませんでしたが、少なくともそこから焦りや不安といったものはさっぱり抜け落ち、見ていてむしろ安心感すら得られるものになるのでした。
「初めまして。孝一さんとお付き合いをさせて頂いている、喜坂栞といいます」
 テーブルから半歩ほど身を引き、両手を片方ずつゆっくりと床へ下ろし、その後に同じくゆっくりと頭を下げる。凛々しい声とその丁寧な所作に――こんな場面でこんなこと、ふざけていると思われるかもしれませんが――僕は、心を奪われてしまったのでした。
 けれどもまあ当然の如く僕のそんな緩んだ想いはどうでもいいとしまして、そうなればお父さんとお母さんも挨拶を返すわけですが、するとその後。
「ううむ、こうして実際に顔を合わせてみると……」
 お父さんが何やら苦い顔。そんな表情をしてみせる理由となると、それはまず間違いなく栞さんが幽霊であることに関わる話なのでしょう。
 が、具体的な理由が何であれ、幽霊に関わる話である時点で「仕方のないこと」なので、そこまで顔を歪めてもらわなくても。
「喜坂さんがいることは認める、なんて言っておきながら孝一の話ばかりしていた気がするなあ」
 そういえばそうだったかな?
 …………。
 いやこれ、僕にも責任あるんじゃあ。
「失礼しました、喜坂さん。息子が交際している相手という大事なお客様に対して、あんな」
「失礼しました」
 お父さんが頭を下げると、それに続いてお母さんも。先に思い浮かべていたりもする通り、お母さんは殆ど口を開いていなかったのに、です。
「ごめんなさい」
 そのお母さんですら頭を下げたくらいなのですから、僕がそうしない道理はないでしょう。というかむしろ、家守さん高次さんがいない場では唯一栞さんが見えていた僕なのですから、考えようによっては三人の中で最も責任が大きいのかもしれません。
 というわけで栞さんは日向家三人、つまり一家総出で頭を下げられることになったわけですが。
「え、あのそんな、何とも思ってないですから。大丈夫ですから、頭を上げてください。孝一くんも、お願い」
 何とも思ってないのはあの時の様子を思い起こせば分かります。何かしら思っているようであればそれに気付かない僕ではない――と言い切ってしまえるくらいの自負は、そりゃまああるわけですし。
 けれどできれば、何とも思っていなくとも気付くべきことには気付いてあげたかったのです。
 僕は頭を上げました。今現在、栞さんはその何かしら思っている状態であり、しかもそれを言葉にしてこちらへ伝えまでしてきています。ならばそれに応えないというのは、たった今考えたばかりのことに反していることになるわけです。ここは、こちらに反省や後悔の念があることだけ伝わればずるずる引っ張ることもない、ということにしておくべきでしょう。
 僕がそうすればお父さんとお母さんも、という思いは多少あったのですが、しかしそれとは裏腹にお父さんもお母さんも釣られて頭を上げるようなことはありませんでした。それはそれで分からないではないのですが、栞さんの困り顔はますますその度合いを深めてしまいます。
「ええと……お父様とお母様、も、本当に大丈夫ですから」
 随分と言い淀んだその言葉は、僕の両親をどう呼べばいいのか悩んだ結果なのでしょう。お父様お母様。ううむ、むず痒い。
 さてそれはともかく、そうしてもう一度語り掛けられたところで、ようやくお父さんとお母さんは頭を上げました。
「いや」
 頭を上げたお父さんは、何やら小さく呟きました。しかし小さいとは言ってもはっきり聞こえはしたので、何が「いや」なのかを聞き逃した、というわけではないようです。
「家守さん、と言ったらお二人とも『家守さん』になってしまうのか」
「あ、ご質問でしたら私が」
 高次さんを家守さんと呼ぶのは斬新だなあ、なんてのはまあ普段から関わってる僕や栞さん等々だけなのでしょうが、ともかくその対応には家守さんが進み出ました。
「喜坂さん本人でなく、霊能者であるあなたに尋ねたい。今の話が――初めて会う人間に会話の中で全く触れられない、なんてことが平然と『大丈夫』で済まされてしまうというのは、やっぱり……」
「慣れ、でしょうね。もちろん喜ばしい話ではありませんけど、幽霊である以上は、どうしても」
「そうですか」
 初めて会う人間に会話の中で全く触れられない。今回のこの場が極めて真面目かつ重要なものであることも踏まえれば、それが非常に心苦しい状況であることは疑いようがないでしょう。
 慣れ。
 けれど栞さんは本当に「大丈夫」で、僕もそれが問題であることに全く気が付いていませんでした。
 慣れてしまっているのです。栞さんはもちろん、僕までもが。
「どうして気付いて差し上げられなかったんだ、と叱り飛ばしたいところだが、孝一。お前もか」
「多分」
「そうか」
 お父さんは大きく息を吐きました。
 まるで頭の中身を読まれたような問い掛けでしたが、しかしもちろんそんなことは有り得ないわけで、だったらお父さんはそうなってしまうほど、栞さんと僕のことを一瞬のうちに深く深く考えた、ということなのでしょう。
 けれど、浮かんだ感情は感謝ではありませんでした。
 謝りたくなりました。理屈なんか抜きにして、思いっきりに。


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