(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十三章 譲れぬ想いと譲る思い 七

2011-09-02 20:54:33 | 新転地はお化け屋敷
「それで、実際のところはどうだった? ご両親の反応」
 さすがに今回は冗談を短めにするようです。
 というのはともかく、家守さんからそんな話題修正と質問を兼ねたものが。さっきの「謝ったのは良かった」という話は高次さんと家守さんの経験則からくる話であって、実際の反応というのは、まだ話してはいなかったのです。――などということをわざわざ考えてしまうのは、経験則の話なのにそれが事実とほぼ同じだったから、ということなのでしょう。
 さてところで、どちらが答えたものだろうかと栞さんのほうへと視線を送ってみましたらば、そちらは何やら言い難そうにしていました。ということであれば、まあ僕が。
「栞さんのこと、『幽霊かどうかはともかく本当にいるとしたらいい人だな』って言ってました。……よね? 栞さん」
「う、うん」
 一応これは真面目な情報提供なのであって、だったら万が一にも忘れていることがあってはいけないということで栞さんへ確認を取ってみましたが、どうやら無闇に縮こまらせてしまっただけに終わったようでした。まあ、そりゃ言い難いですよね。自分が褒められた、とまでは言わないにしても、良く思われたなんて話じゃあ。
「うーん、その親にしてこの子ありとでも言うのかねえ。柔軟だねえ、ご両親」
「そ、そうでしょうか?」
 どういうわけか一瞬にして栞さんと同じ状況に陥らされてしまいましたが、はてこの場合、親が良く思われたことを照れているのか、その判断材料に自分が使われたことを照れているのか、どちらになるんでしょうかね。
 というような疑問に答えてくれる人はもちろんおらず、今度は高次さんから話の続きが。
「幽霊って話と喜坂さんの人物像を分けて考えられるっていうのは、随分と凄いことだと思うよ。しかも初対面で」
 うーむ……言われてみれば、そうなのかもしれません。自分がどうだったかを振り返ってみても――。
「こーちゃんなんか気絶してたもんねえ? えらい怖がっちゃって」
 うぬぐむ。
「キシシ、まあ、こーちゃんの場合は事情が全然違うんだけどさ。幽霊が見えてたわけだし」
「それでも忘れたい記憶なのは違いないです……」
 いくらみんなのことが見えてたからって、というか見えていたからこそ、危害を加えられるような心配をする相手じゃないことぐらい察せられようというものだったんでしょうしね。大吾はちょっと怖かったですけど、それだって「初っ端から成美さんをおんぶして登場」という今からすれば笑いどころにすらなる点をしっかり正当に評価しておけば――あ、これじゃ殴られるな。
「そう? 私は覚えてたいけどなあ」
「なんでですか?」
 栞さんが意外なことを言い出したので尋ね返してみましたが、返事の前に「忘れたくても忘れられないだろうけどね」と笑いながら言われてしまいました。認めたくはありませんが、そりゃそうなんでしょうとも。
 で、返事のほうですが。
「初めあんなだった人と今はこんななんだなーって」
「…………」
 嬉しいやら、悲しいやら。ただその二つとは別に、胸にこみ上げるものがなくはないのでした。
 そして、そんな時。
「あ、こーちゃん」
 タイミングがいいのか悪いのか、家守さんの視線の先には、玄関を抜けてこちらへ歩み寄ってくるお母さんの姿がありました。
 僕と栞さんはもちろん、家守さんと高次さんも車から降りました。ならば、これで初めて僕の親と対面した、ということになります。
「お母さん、こちらは」
 この状況なら当然、お母さんへの二人の紹介は僕の役目ということになりましょう。
 が、けれどもしかし、この場でどこまで紹介するべきだろうか? とも。二人も栞さんのことを知っているというのは既に家の中で話しているわけで、だったら霊能者であることは言ってしまって問題はないでしょうが――今住んでるアパートの管理人さんとその旦那さん、というところまで言うべきなのでしょうか?
 しかしそう思った直後、「でも似たような話は家の中でもあったっけ」とも。どうせ後で知られることだったら、今隠しても得することはないのです。二人の口から僕の話が二、三出れば、ただ仕事を依頼したというだけの関係でないのはすぐに分かるでしょうし。
「全部言ってもらって大丈夫だよ」
 考えている間に家守さんから直接の答えを頂いてしまいました。
 そういうことであれば、躊躇いなく。
「家守楓さんと、家守高次さん。二人とも『喜坂さん』のことを知ってる人で――霊能者で、今住んでるアパートの管理人さん」
 当人以外、この場の誰もがそうなると確信していたことでしょうが、お母さんはとても驚いた顔をしていました。いきなり霊能者だなんて言われて、しかもそれに加えて僕がお世話になっている管理人さんだなんて話、そうならないなんてことはどうやったtって有り得ないのでしょう。たとえ、事前に幽霊の話をしていたとしても。
「……そ、そうなんですか」
 しばしの無言、というかいっそ絶句と表現したほうが適切であろう間ののち、お母さんは無理矢理に絞り出したというような調子で返事をし始めるのでした。
「息子がお世話になっております」
 そう言ってお母さんが頭を下げると家守さんと高次さんもそれに応じ、そして高次さんからはそれと一緒にお返事が。
「いえ、こちらこそ孝一くんにはお世話になっています。特に料理のことで」
「ちょっ」
 非常に素早い反応と同時に非常に素早く高次さんを振り返ったのはもちろん家守さんですが、親の前だからということなのでしょう、それ以上は言わずにゆるゆると視線を元の方向へ。
「……ええと、料理を教えてもらってるんです、孝一くんには」
 家守さんに「孝一くん」と呼ばれると非常にむず痒いのですが、まあこの状況では仕方ありますまい。
 ならばそれはそれとしておいて、その事実を初めて知ったお母さんですが。
「ああ、私より上手いくらいですからねえ、孝一は。ふふふっ」
 なんだか急に楽しげな雰囲気を放ち始めるのでした。こっちに住んでいた頃は「男らしくない」なんて言われてたりしたので、僕本人としてはかなり意外な反応だったりします。
「私から見ても年下な息子さんに料理を教えてもらうなんて、お恥ずかしい話ですけど……」
「いえいえ。息子の唯一の取り柄が人の役に立っていたなんて、こちらとしては喜ばしいお話ですから」
 唯一、という部分にある種の感情が浮かばないではありませんでしたが、しかしまあ残念ながら事実ですし、人の役に立ったというのは僕にしたって喜ばしいのは同じことです。それにまさかお客さん三名の前で母親と小競り合いなんて繰り広げたくありませんし、なのでここは大人しくしておくことにしました。
「良かったわね、孝一」
「そーね」
 果たしてその言葉に嫌味が含まれていないかどうか僕には判断できず、なのでわざとらしい適当さを醸し出すような返事になってしまいました。大人しくしておこうと決めたばっかりなのになあ。
 などということを考えてみても、この状況です。車内で家守さんの冗談が長く続かなかったのと同じく、こんな話もすぐに終わらせざるを得ませんでした。
「それで、孝一。今度はこちらの方達も上がって頂くことになるの?」
「いや、もうちょっと待って」
 予め決めていた段取りがあるとはいえ、これは非常に不自然なことなのでしょう。紹介までしたお客さんを家に上げない、だなんてことは。
「お母さんとお父さんの話を聞いてから――で、いい?」
「私が口を挟めることじゃないしねえ」
 それはそうなんでしょう。なんせ幽霊がどうのこうのという、理解が及ばないところの話なのですから。
 しかし、しかしそれでも、そう言われると寂しい気分になってしまうのでした。
「申し訳ありません」
 家守さんと高次さんがそう言って頭を下げます。この段取りを決めたのは僕と栞さんであって、二人はそれに合わせてくれているだけだというのに、どうして二人が頭を下げるのでしょうか?
 理由は明白です。お母さんはこの段取りを決めたのが誰なのかを知らないということと、これが二人の仕事だからということです。僕と栞さんで決めたことだと言ってしまえば済む話ではありますが、しかしその方が望ましいのであれば、家守さんと高次さんはそもそも頭を下げてはいないのでしょう。翻って、こちらのほうが望ましいと。
 ……寂しい気分が寄り強さを増したことは否定できませんが、それでくよくよしてはいられません。この状況は僕と栞さんが作り上げたものなのですから。
「それじゃあ孝一、上がって頂戴。……『喜坂さん』も」
「うん」
「はい」

 同じ部屋に通され、同じ位置に座るよう促され。そうして僕と栞さんは、再度お父さんお母さんと向き合うことになりました。
 テーブルの上には栞さんが筆談に使ったノート。しかしそれはテーブルの上でも僕達の側に置かれており、つまりは、一旦こちらに預け返す、ということなのでしょう。
「孝一を車で送ってくださった方達、霊能者なんですって」
 張り詰めた空気からして即座に本題に入るものだと思っていたのですが、その前にお母さんからお父さんへそんな一言が。
 もちろんそれは衝撃的な話なのでしょうし、だからこそ本題に先んじて話したのでしょうが、しかし実際にその情報がどれだけ衝撃的なのか、僕にはもう正確に測ることはできません。身近に過ぎたのです、霊能者という職業が。
 それに対するお父さんの反応は意外にも薄く、声色も表情も変えないまま「そうか」と一言だけ。予想が付いていた、ということはさすがに有り得ないでしょうが、そういうことがあってもおかしくない、と思える程度には身構えていたのかもしれません。
「だったら孝一、このまま最後まで上がってもらわずに済ますということもないんだろう? だったら長々待たせているのも申し訳ない、簡潔に済ませるぞ」
「う、うん」
 確かに順当に考えればそういうことになるでしょうし、実際にもその通りです。しかしあまりにも冷静すぎるその対応に、むしろこちらが慌てさせられてしまいました。
 しかし簡潔に済ませるといったお父さんは、こちらに気を取り直す暇なんて与えてはくれません。
「『喜坂さん』という女性が今ここにいる、ということは認める。しかし、幽霊だという話については保留だ」
 …………。
 それがどういうことなのか、僕には瞬時に理解することができませんでした。栞さんが今ここにいるということ、そしてその栞さんが幽霊だということについて、どちらも認める、またはどちらも認めないということならともかく、どちらか一方だけを認める、というのはどういうことなんでしょうか?
 栞さんのほうを向くと、栞さんも僕と同じ感想を持っていそうな表情をしていました。
 この栞さんの存在を認め、けれど幽霊だということは認めない。ならお父さんとお母さんの中で、栞さんは何だということになっているのでしょうか?
「でもお父さん、栞さんは本当に――だって今、見えてないんでしょ?」
「落ち付け、幽霊じゃないなんて言ってるわけじゃない。飽くまでも保留だ」
 そう言われた瞬間、非常に恥ずかしい思い違いをしたという理解からくる強烈な恥ずかしさと、煮え始めていた何かが急速に冷めるような感覚の二つに襲われることになりました。
 そうして僕が萎れたところ、お父さんが溜息を一つ。
「変わらんなあ、お前は。ちょっとしたことにもすぐ食って掛かる。彼女までいてそれで大丈夫なのか?」
 出し抜けに随分と痛いところを突かれてしまいました。
 いや、でも迷惑掛けてるってほどのことは――と自己弁護を始めてみたところ、しかしそれ以前の問題が浮かび上がりました。
「ここでもそんな感じだったっけ? 僕って」
 栞さんと何度か話したこともあるのですが、僕のその性格は栞さんと付き合い始めてから現れたものだ、と僕自身は思っていました。しかしお父さんの今の言い方だと、以前から僕はそんな感じだったというふうにしか聞こえません。
「ここでもってお前、じゃあ喜坂さんの前でもなのか!?」
「あなた。みっともないわよ、その喜坂さんの前で」
「ぐっ」
 全く想定外のところで起こられてしまったかと思いきや、お母さんに救われました。と同時に、本当に栞さんがここにいるって認めてくれてるんだな、と安堵したりも。
 まあしかしそれはそれとして、諌められてしまったお父さんからのお返事です。
「表立ってそういう性格だったとは言わんけど、たまーにな。実はそういうところもあるって程度、というか」
 声量を控えさせられたらどういうわけか口調まで若干くだけた感じになったような気がしますが、そういうことなんだそうです。
「自分じゃあ全くそんなふうに思ってなかったんだけどなあ」
「自分の子どもの性格すら把握できん親だったら、女性との交際を認めるだ認めないだなんてことに口出しする資格はないと思うぞ。性格も分からんのに真っ当な判断なんて下せるわけがないからな」
「……お母さんに怒られた直後じゃなかったら格好良かったのに」
「言うな。これがお前のお父さんだ、諦めろ」
 僕達のそんな遣り取りに、お父さんの隣ではお母さんが溜息を吐き、僕の隣では栞さんがくすくすと笑っていました。
「まあでも、そうは言ってもな孝一」
「ん?」
 ふざけ混じりの口調を正し、けれどついさっきまでの緊張感を取り戻したというわけでもない落ち着いた口調で、お父さんが改めて話し始めます。
「資格がどうとか以前に、もともと口出しする気はあんまりないんだよ。昔っからそういう感じだったろ? この話に限らず」
 ちょいと話が飛び気味だったので一瞬どういうことだろうかと考えてしまいましたが、しかし理解してみればその通り。お父さんは、そしてお母さんも、あまり僕にあれやこれやと干渉してくる親ではありませんでした。と言って別に冷めた親子関係だったというわけでもないのですが――ううむ、どう表現すればしっくりくるのでしょうかこの感じ。
「まあ、そうだね」
「それを今になってああだこうだ言い出すってのも変な話だしなあ。むしろ今だからこそ自分のことは自分で決めなきゃならんのだと思うし。もうすぐ法律的にも大人になるんだからな」
 自分のことは自分で決める。大人。そんな二つのキーワードから連想されたのは、割とよく耳にするような気がする言葉でした。
「自己責任?」
「そうだ。しかも今回の話は、お前個人だけで収まる話じゃないぞ」
 僕だけで収まらないとなれば他に誰が、ということで僕の視線は栞さんへ。
 するとその栞さんはにっこりと笑ってくれ、だったら少なくとも今のところは問題ない、という結論に。問題があったら笑ってられないでしょうしね、というのがその理由です。大丈夫でしょう、恐らくは。
「というわけで――その、なんだ」
 多分こちらからも笑い返していたところ、お父さんの話はまだ続くようでした。いやそりゃまあ、ここにいる限り話が続くと言っても過言でない状況ではあるんですけどね。
 で、何やら言い難そうにしてますが。
「お前と喜坂さんの交際についてはこっちからは何も言わん。ただし、喜坂さんが幽霊だという話については、もう少しきちんと説明してもらわなきゃならんぞ。まあ、外で待たせてる人達が霊能者だっていうのは、そこらへんの話のためだろうけど」
 察しが良過ぎてむしろ怖かったりしますが、しかし逆に考えてそれくらいしかなかったりもするのでしょう、霊能者に同行してもらう理由なんて。
 でもまさかこの後自分達が栞さんと「顔を合わせる」ことになるとまでは思ってないだろうなあ、なんてちょっと意地の悪い考え方をしていたところ、お父さんも何やら意地の悪そうな顔をしていました。にやにやと、例えるなら家守さんみたいな。
「『付き合ってる人がいる』って初めて電話を寄越した時、『結婚も考えてる』とまで言ったそうだからなあ?」
 ぐう、なまじ空気が緩んできているせいか、当時はごく当然のように口にしたはずの台詞がなんだか恥ずかしい。
 ――とはいえ、完全にふざけているだけの話でもありません。結婚をするとなったらお父さんとお母さんも栞さんとは身内の関係になるわけで、だったら幽霊がどういうものかということは、きちんと知らせなくてはなりません。自分の選択から生じた結果である以上、これもさっき口にした自己責任ってやつなんでしょう。
 ところでその結婚も考えてるという話ですが、今日ここでその許しを請うつもりであるということは、果たして伝わっているのでしょうか? 今思うと。そりゃあ栞さんとのことについては「こっちからは何も言わん」という言葉を先程頂いたわけですが、それで「さっきああ言ったから問題ないよね」なんて軽々しく思える話でもないわけですし。
 さてところで、僕の考えを他所ににやにやし続けているお父さんなのですが、
「あなた」
「…………」
 皆までは言いますまい。
 というわけでそれはそれとしておいて、そろそろでしょう。話題にも上ったことですし。
「そろそろ呼んでくるね、家守さん達。――じゃなくて、霊能者さん達」
「ああ、そういうことならそうしてくれ。その話についてはそっちに任せるしかないからな、父さんも母さんも」
 それは決して投げ遣りだとかそういう話ではなく、事実そうなのだからそうするしかない、という話なのでしょう。そもそもお父さんとお母さんは、栞さんが幽霊だということ自体、まだ納得してくれてはいないのですから。
「話すこともあるかもしれないから、ちょっと待ってもらうかもしれないけど……」
「そんなこと気にしてどうするんだ?」
「……そうだね。じゃあ」
 今までそんなふうに思ったことはありませんでしたが、僕の両親は多分いい親なんだろうと、そう思いました。

 家守さんと高次さんを呼ぶために再度外へ出たわけですが、しかしそれ以外にも目的はありました。
「ごめんこうくん、ちょっとだけ」
 家を出、玄関のドアを閉めたその場で、栞さんが僕の肩に擦り寄ってきました。そしてそのまま肩に顔を押し付けられたところ、背中を小刻みに震わせ始めるのでした。
 こうなるだろうというのは、何となく分かっていました。
「良かったですね」
 髪に軽く触れながらそう声を掛けると、背中を震わせたままながら、栞さんは「うん」とはっきり頷くのでした。
 もちろんまだやることは残っていますが、しかしそれでも最低限、交際については既に認められたのです。相手が自分の親だったせいか栞さんと違って泣くほどではありませんでしたが、嬉しいのは僕も同様なのでした。
 申し出の通りにちょっとだけ、一分経つか経たないかというくらいだけそうしていた後、落ち着いた栞さんと一緒に車へと。
「どうだった?」
 家を出て以降の様子を全て見ていたでしょうに、家守さんは真っ先にそう尋ねてくるのでした。
 さすがに離れた位置からじゃあ背中の震えまでは見えなかったでしょうけど、僕の肩に顔を押し付けてじっとしている栞さんというのは、震えを抜きにしても「泣いている」と見られたことでしょう。ならばあと残るのはそれが嬉し涙なのか辛さによる涙なのかというところなのでしょうが――。
 しかし家守さん、どう見ても前者としか思ってなさそうなにこやかな様子なのでした。
 どうして分かったのかという最も重要なところは不明ながら、ともかく分かっているようです。
「付き合うことは、許してもらえました」
 返したのは僕でなく栞さんでした。落ち着いたとは言っても息継ぎがまだちょっと深めだったりしますが、そちらについても落ち着くのは時間の問題でしょう。
「そっか。良かったね、しぃちゃん」
「はいっ」
 付き合うことは、ということはそこ以外は許してもらえていないわけですが、家守さんなら恐らくはそれくらい気付いているのでしょう。そしてどちらにせよ、家守さんからそこについての指摘はされないのでした。
 おかげで栞さんは非常に嬉しそうにしているわけで、僕としてもそれは微笑ましいことなのですが、しかしどうしましょうか。あちらの厚意でこの状況が出来上がっているのであれば、こちらが動かない限りずっとこのままです。なんせあちらはこの状況を提供し続けようとしてくれるんんでしょうし。
 …………いや、いいか。少し待たせるかもっていうのは、言ってきたわけだし。
「乗せてもらっていいですか?」
「どうぞどうぞ、いらっしゃいませー」
 こちらから切り出すことか、というのはともかく、そうするにしたってただのほほんとするために貸してもらう場所ではないんですけどね、本来なら。
 というわけで乗車したところ、栞さんがこんなことを言い出しました。
「自分でも気付いてなかったって、なんか変な話だよねえ。引っ越してくる前から今みたいな性格だったって」
 引っ越してくる前からっていうか、正確にはあなたと付き合い始める前からって話だったんですけどね。まあ、結局は両方とも間違っていたわけですが。
「ん? そりゃ何の話かねしぃちゃん」
 いきなりそれだけ言われたらそういうことにもなりましょう、ということで家守さんから質問が。
「僕が、そのー……親の言葉を借りれば『ちょっとしたことに食って掛かる』ってことらしいですけど、そういう性格だって話です」
「ああ、こーちゃんの本体だね」
「そこまでですか」
 せめて料理が本体でありたかった。
「なんて言っても、アタシらの中でそれを目の当たりにしてるのはしぃちゃんだけなんだけどね」
 それがあったからこそ「そうなったのは栞さんと付き合ってから」と思ったという面もあるのでしょうがそれはともかく、つまり想像もしくは伝聞のみで本体扱いしたと。
「でもまあ、楓さん」
 さすがに何かしら反論したほうが宜しかろうか、なんて思っていたら、栞さんのほうが先に口を開いたのでした。
「それだけだとちょっと語弊があるっていうか。ちょっとしたことに食って掛かるって言っても、それは何でもかんでも食って掛かるって意味じゃなくて、ええと」
「大事なものについてはってことでしょ? キシシ、分かってるってもう、それくらいはさ」
 完全に余計な一言でした。なんせ家守さんはたった今「それを目の当たりにしてるのはしぃちゃんだけ」って言ってたわけで、栞さんが言ったことはつまり、それと意味するところは全く同じなんですしね。
 そういうよく分からないミスをするほど機嫌を良くしている、と前向きに捉えておきましょう、ここは。
「で、それが実はこっちに住んでる頃からだったって話だよね?」
 逸れそうになった話を戻してくれたのは高次さんでした。
 そりゃそうです。この中でそれが出来る、またそれをしてくれるのは、高次さんだけなんでしょうし。今の栞さんにそれは無理ですし、家守さんはむしろ話を逸らそうとする側ですし、僕が自分で取り繕ったらそれはそれでまた家守さんにからかわれるんでしょうしね。
 そういうよく分からないミスをするほど機嫌を良くしている、と前向きに捉えておきましょう、ここは。


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