(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十章 期待と不安と 七

2009-11-02 20:53:55 | 新転地はお化け屋敷
「まずはこれまで通りに見た目の話ですけど……栞さんに会った時、誰が見ても真っ先に目を引くのはやっぱり、髪の毛だと思います。そんなに長くはなくて、ぎりぎり肩に掛かるか掛からないかってぐらいの長さなんですけど、それでもぱっと見て分かるくらいにさらさらなんです。それに何より濃い茶髪と言うか、綺麗な栗色なんですよ。染めてるわけじゃなく地毛で」
 誰が見ても真っ先に目を引くのは、と言いましたが、それにはもちろん僕も含まれています。真っ先に目を引かれて、しかも最後までそこが一番のチャームポイントなのではないかと思うくらいだったりします。もちろん顔が一番だという選択肢も候補には含まれるのですが、そういうことを考える時に顔というのはあまりにも普通過ぎるのではないかということで、ならばもう髪の毛一択になってしまうというわけです。
「喜坂さんの髪が茶色だっていうのは前にも聞いたけど……そうなの、そんなに綺麗なの。残念ねえ、だったらこの目で見てみたいものだけど」
「哀沢さんの髪の毛は真っ白じゃったし、なんともカラフルじゃの。二人が並んでるところを見てみたいもんじゃわい」
 茶色と白でカラフルと。なるほど確かに二人揃ってそれが地毛なんですし、となればそれは珍しいことなんですし、ならばその二色だけでもそういうことになるのかもしれません。こちらとしてはそれがあまりに普段の光景に過ぎて、そんな感覚はとっくにすっ飛んじゃってましたけど。
 さて、では髪の毛の紹介が終わりました。しかしこれで外見の紹介が終わりになるのかと言われれば、さすがにそうもいかないでしょう。今度は髪に次いでの二番手です。
「顔とかは……まあその、可愛いと言ってしまえばそれで終わっちゃうんですけど、人懐っこそうなと言うか――薄っすらとですけど、大体いつも嬉しそうな顔してるんですよ。笑顔というほどでもないんですけど、なんとなしに」
 常に笑顔というのなら、そのキーワードで出てくるのは栞さんでなく清さんです。その清さんという圧倒的な比較対象があるおかげで、栞さんはそうではないと言ってしまえるわけですね。こんなところでもさすがです清さん。
 なんて、あの笑顔を頭に浮かべならが思っていたところ、
「いつも嬉しそうって、そりゃあ兄ちゃんと一緒にいるからなんじゃねえのか?」
「え」
 思わぬところで口宮さんから突っ込みを入れられてしまいました。
 ――あれ? そういうことなんでしょうか? いつも嬉しそうな顔をしていると思っていたのは、それを観測する僕がそこにいたから? いやでもしかし、そりゃあ部屋に一人でいる時にまでそういう顔をしているというわけではないでしょうけど、少なくとも傍に誰かがいればそういう顔をしているというイメージだったんですよ? それが僕でなく、例えば大吾だったとしても。
 ということで。
「えーと、どうかな大吾、今の口宮さんの話」
「あん? どうって、そりゃあオマエと一緒なら嬉しいだろアイツは」
 そうなんだけどそうじゃなくて。
「僕がいない場での栞さんはどうなのかなって」
「あー……どうだろな。まあ、何となく嬉しそうな顔っつうのも分かるけど――でもそれにしたって、オマエとオマエ以外に向けるその嬉しそうな顔っつうのが同じってこたねえだろ」
 ぐっ。それはまあ、そうであって欲しいけどさ。
「怒橋くん、なんて?」
 僕の表情から大体の経緯は把握したのでしょう、明らかに頬をにっこりさせた一貴さんが尋ねてきます。
「僕が言ったことも分からないではないけど、でも僕に向ける表情とそれ以外じゃあやっぱり違うだろってことだそうです」
「ああ、それはそうでしょうねえ」
 ……ここから何をどう返しても泥沼に浸かっていくだけのような気がするので、特にリアクションを返すでもなく次です。もうちょっと外見についての話をしても良かったんですけど、それももうすっ飛ばします。女性としては背が高めなところとか、いつも付けてる赤いカチューシャとか、そういうところも外見上の特徴に含まれはするんでしょうけど。
「引っ越して初めてここに来た時、僕、幽霊に初めて会って、驚きのあまり気絶しちゃったんですよ。でもまあ知り合ってみればみんな普通の人達で、だからその中で栞さんと付き合うようなことにもなったんですけど……そうですね、そうなるきっかけっていうのは、ここの管理人さんなんだと思います」
 そう言ってみれば一貴さんに同森さん、口宮さんの三人は、「なんでそこで管理人さん?」というような表情をこちらへ向けてくるわけですが、一方で大吾が吹き出しそうになってるように見えたのは、気のせいなのでしょうか。
「管理人さんってあの人だよな。由依が霊感のことで世話になった――あれ、男の人と女の人、どっちだっけか」
「女の人のほうです。霊能者っていうのはどっちともなんですけど。――あはは、口宮さんは霊能者としてのあの人にしか会ってないから想像しにくいかもしれませんけど、あの人、普段は人をおちょくるようなことばっかり言ってくるんですよ? それで僕と栞さんのことも、お互いにそういう気がまだない時からずっとくっつけくっつけ言ってきてたんです」
 すると案の定、口宮さんは意外そうな顔に。そうでしょうそうでしょう、家守さんというのはそういう人なのです。普段は人をからかってばかりで、だけど仕事や相談事なんかで真面目な話をする時は、とても頼りになるという。
 ただ不思議なことに、それを「二面性がある」という言葉で表すのには違和感があるんですよねえ。あくまでも一面の中でその二つを使い分けてる、というか……うーん、これじゃあ言ってることが同じか。
 まあ今は、家守さんの話がメインではないのでそれはそれとしておいて。
「もちろん管理人さん――家守さんからそういうことを言われなくても、僕は栞さんを気にしたりしたとは思います。なんせお隣さんなんで、家守さん抜きで栞さんと接する機会だってたくさんあったわけですし。でも、それでもやっぱり家守さんにからかわれてて良かったな、と」
「そうよねえ。喜坂さんを好きになるっていう結果は同じでも、そこまでの過程は変わってきちゃうだろうしね、やっぱり」
「……エスパーみたいなこと言いますね、一貴さん」
 これには驚かされました。なんせ僕本人ですらぼんやりそう思うという程度だったものに、一度聞いてそれだと思わされてしまうようなピッタリと当て嵌まる理由を持ち出してきたのです。
 が、当の一貴さんは頬に手を当て首を傾け、「あら、当たっちゃった?」なんて。
「あたしだったらそう思うかなあってだけなんだけどね。誰かにからかわれたのとは違うけど、過程が違ったらっていうのはこれまで何度か思ったことがあって」
 僕の考えを読んだということではなかったようです。そしてそう言うからには一貴さん、諸見谷さんとのこれまでの経過を、大切に思っているんでしょう。
「これまでの過程、のう。そんなふうに考えたことはなかったわい」
「俺もだな。過程ったって、普通につるんでたってだけのことだし」
「当たり前のように昔から一緒にいたことを考えれば、ワシもそれと同じじゃな」
 同森さんと口宮さんは、一貴さんの言い分にピンとこない様子。ただ当然、だから良い悪いの話ではなく、単にそれぞれの事情がどうだ、というだけの話ではあるのでしょう。それぞれの事情に対する良し悪しの評価は、自分の中にある基準でだけ決めてしまうんでしょうし。
 ただ、できれば良い評価を与えて欲しいなとだけは思いつつ、話を次へ。
「それでまあ、切っ掛けは間違いなく家守さんだったわけですけど、でもやっぱり好きになる要因っていうのは栞さん本人にあるわけですよ。当たり前ですけど。それでその、僕は栞さんのどういうところに惚れ込んでるんだって話ですけど」
 というような話は、この手の話題の核心に位置付けられるものなのでしょう。なので聞き手側の皆さんは口を挟もうとする素振りもなく、僕の次の言葉を待っているんですけど――さて、ちょっと困った。栞さんの昔の話に一切触れないままで、僕はその点を説明できるのでしょうか?
「さっきはちょっと、それは違うんじゃないかなんて言われちゃいましたけど、それはともかく僕の中で栞さんっていうのは、誰相手にでも嬉しそうな顔をしてるような人なんですよ。ちょっと誇張表現っぽくなっちゃいますけど、心が綺麗だとか、まあそんな方向性のイメージです。――なんですけど、そればっかりってわけでもないんですよ。実は僕、これまでに喧嘩とか説教するとかされるとかみたいなことになっちゃいまして、何度か栞さんに対して声を張り上げたり張り上げられたりしちゃってるんですね」
 この辺りの表現ならまだセーフなのでしょうが、しかしそのギリギリっぷりに自分でも、意図せずつるりと口が滑ったりしやしないかと冷や汗をかきそうな心境です。
 しかしもちろん聞き手側の皆さんがこちらのそんな事情を知る筈もなく(なんせ知られないためのギリギリっぷりなんですから)、一貴さんに同森さん口宮さんの三人は、訝しげな表情にすら。
「意外じゃのう。これまで聞いた喜坂さんの話と日向君の印象からとじゃ、全然そうなるふうには思えんが」
 その表情からして三人が三人とも同じようなことを考えたのでしょうが、口を開いたのは同森さん。しかし、よくぞ言ってくれましたと。
「意外ですよね? 僕もそうだったんです。それで、そこが栞さんを好きな一番の理由なんですよ。普段は穏やかだけど、強く出る時はすごく強いっていう」
 それが言い合いにせよ僕が一方的に怒られるような状況にせよ、栞さんは強かったのです。けれどそれは何も栞さんが口調を荒げる場合の話ばかりではなく、むしろ。
「そのギャップに心を奪われたってことかしら?」
「それもあります。でも、何より――」
 そこまで言ってから、僕は言葉を詰まらせました。自分がこれから何を言おうとしていたかをしっかり頭に描いてみたところ、ああ、やっちゃったなと。
「何より?」
「……ちょっと待ってくださいね」
 始めてしまった話を途中で遮るわけにもいかず、なので僕は、咄嗟に思い付いた回避策をとることにしました。大吾に顔を寄せ、耳元でひそひそと。
「別に構わねえよ、んなこと今更」
 大吾はそう言ってくれました。なのでほっと胸を撫で下ろしつつ顔を離し、元の位置へ。
「栞さんって、幽霊じゃないですか」
 その一言で、なんとなくの雰囲気は伝わったんでしょう。僕が大吾に――あちらからすれば大吾がいる辺りの空中に、ですが――耳打ちをしたその意味も。耳打ち中に静まった空気が、それに輪を掛けて静まりかえります。
「だから、やっぱりその、悲しいことがあったんです。もちろんそれは幽霊全体の話であって、栞さんだけがって話じゃないんですけど」
 一度、亡くなってしまった人達。栞さんだけの話ではないけど、栞さんもそこに含まれる。――だから僕は、大吾に耳打ちをしてまでこの話を持ち出したのです。栞さん個人の話を持ち出さず、しかしそれでもある程度の事情を察してもらうために。
「内容までは……ごめんなさい、言えませんけど、そのことで栞さんには悩みがあったんです。当たり前と言えば当たり前なんですけど、深刻な悩みです」
 その表れが、最後の手術の名残だという胸の傷跡。現在ではもう家守さんに消してもらって身体に残ってはいませんが、記憶にはしっかりと残しています。僕も、栞さんも。
「でも、それでも栞さんは、さっき言った通りにいつも嬉しそうな顔をしてたんです。普段の様子からはそんな悩みを抱えているなんてちっとも読み取れなくて――あはは、だから初めてそれを打ち明けられた時は、あんまりにも唐突でこっちが取り乱してしまったくらいだったんですよ。その時にはもう、付き合ってたのに」
 と言い切ってから、いま自分が自然に笑ったことに気付きました。
 そっか、笑えるようになったのか。
「それが、日向くんが惚れ込んだ部分?」
「打ち明けられた瞬間はそれどころじゃなかったですけど、今となってはそうですね。それに……いえ、それより何より、僕に打ち明けたことでその悩みを乗り越えてしまったことが、です」
 悩みを伝えてきた相手に対して親身になり、結果その悩みを克服させた。そう言ってしまうと親身になった側ばかりが頑張ったように聞こえるけど、でも僕の場合、そう大したことはしてないよなあと、謙遜でなく思う。なんせ幽霊でもなければ入院経験すらない僕からすれば、ずっと病院で暮らしていて結局そのまま、という栞さんの過去はとても自分の身に置き換えようもないほどのことであって、大したことをしようにも出来る筈がなかったからだ。
 話を聞いて、傍にいて、それは違うと怒鳴ってみたり、好きだからと喚いてみたり。具体的な話には触れず、観念的かつ感情的な話ばかりをしていたように思う。
 でも、栞さんは悩みを乗り越えた。胸にあった傷跡は、記憶の中だけのものになった。だから僕は栞さんを強いと思うし、だから僕は、そう大したことをしていないと思いつつも、自分がそこに関われたことをとても嬉しく思っている。
 だから僕は、栞さんとずっと関わっていたい。恋人として。
「まあなんだ、ぶっちゃけ俺にゃあ想像すんのも難しいような話だけど」
 僕にだって難しいままですよ、というのは言わずにおいて、口宮さん。
「そりゃ惚れるわ。いや、付き合い始めたあとの話だから、惚れ直すってほうが合ってるか」
 …………ですよね。まさかそこまでストレートかつど真ん中な言葉で納得されるとは思っていませんでしたが、同意されたことについては素直に嬉しいです。
「うふふ、口宮くん、強い女の子が好みだもんね」
「いや、由依のそれとはまた違うと思いますけど」
「また違うってことは、全く別のものってことでもないんじゃろうが。そりゃ惚れるわと言ったお前が実際に惚れとるのが異原である以上、何を言ってもあんまり効果は無いと思うぞ」
「ぐぐ……」
 同森兄弟に責め立てられる口宮さん。僕の話からこうなってしまったと考えると申し訳ない気分になりもしますが、しかしこれに関しては、笑って済ませるということでいいでしょう。
「じゃがまあそれはそれとして、あまり他人事として感心してばかりもいられんわな。内容こそ違ったとしても、ワシらだって辛くなるようなことがこれから先に全くないってことはないんじゃろうし」
 笑って済ませようとしたその途端に同森さんが真面目な話を始めてしまわれましたが、しかし真面目な話であるからこそ、頭を切り替えさせられざるを得ません。そしてその通り、これから先の――それぞれ、長くなるんでしょう――好きな相手との付き合いにおいて、それが嬉しく楽しいことばかりだという保証はどこにもありません。そりゃ、あんまり積極的に認めたいことではないですけど。
「そうねえ。相手がそうなった時にどう動くかはもちろん、自分がそうなった時のことも考えないとね。自分一人で考え込んじゃうっていうのは良くない響きだけど、だからと言ってあちらに頼るにしても、上手いやり方とそうでないのっていうのはやっぱりあるんだろうし」
 どことなく眉をしかめたように見えなくもない表情の一貴さん。何か思い当たるようなところでもあるのかもしれませんが、しかし確証があるわけでもなし、わざわざこの場で問いただすようなことでもないでしょう。
 なのでそれはそれとして、相手に頼る上手いやり方という話。ついさっき持ち出した話については栞さんに頼られた側である僕ですが、だとするなら栞さんのやり方は、上手かったんでしょう。栞さんの話そのものに声を荒げることはあっても、頼られることについてはどんとこいだったわけですから。
 ……ところであちらの部屋、栞さんはどんな話をしたんでしょうか? なまじこちらがああいった話をしている以上、やっぱり気になってしまいます。もしかしたら僕と同じ話をして、そこから僕のことを語ってくれていたりして、なんて。

「あ、あわ、あわわわ……これは……」
「私のほうは、当然気持ちいいですよ。と言うか音無さん、他の方よりもうちょっと温かいような気がします」
「どうよ、静音。気持ちいいでしょ? ちなみにナタリーさんは、あんたが他の人より温かくて気持ちいいってさ」
「あ、あ……ありがとうございます……。あの、その、私としてはあの、不思議な感覚と言うか……あっ、でも、嫌だってわけでは……」
「うふふ、まあ、静音さんにはナタリーが見えていないわけですもの。それだけでも感じ方は変わってくると思いますわよ?」
「まあそうだろうな。で、音無、あまり無理をすることはないんだぞ?」
「無理をしているわけでは……あ、でもあの、できたら初めは膝の上とか、その辺りから始めて欲しいかなーとは……。首っていうのは、まだちょっと心構えが……」
「分かりました。では音無さん、ちょっと移動させてもらいます」
「今から動きますってさ。ちょっとくすぐったいかもしれないけど」
「は、はい……。……あひゃああっ」
「おお、色っぽい声だわねえ。これはぜひ哲郎くんに聞かせてあげたかったところだけど――って、こっちで時間取ってる場合じゃなかったですね。ごめんなさい喜坂さん」
「いえいえ。音無さんにはちょっと悪いかもですけど、見てて面白いですから。――じゃあ成美ちゃん、お願いできるかな」
「うむ。他人の口調で話すというのもなかなか面白いものだと思えてきたぞ、そろそろ」
「それじゃあ喜坂さんと哀沢さん、最後の話、宜しくお願いします」
「おほん。――『私が好きな人は、つい最近ここの隣の部屋にお引っ越ししてきた日向孝一くんです。どんな人かっていうのは、まあその、人当たりのいい人です。傍にいると和むというか、ほっとするというか。ただまあ、今の私は孝一くんを好きですから、余計に強くそう思ってるのかもしれませんけど』」
「そんなことないですよ――とも、言い切れませんよね。ナタリーさんの番で出てきた話みたいなのもありますし」
「好きな人については……特別なんですもんね……」
「とはいえ、わたし達が全くそう思わないというわけでもないがな。――『ただ、ちょっと優し過ぎることがあるんです。それで何度か私、怒っちゃったこともあって』」
「優し過ぎる? っていうのは、どういう?」
「『何かあった時――というか何もなかったとしても、突然自分を責め始めることがあるんですよ。何とも思ってないのに突然謝られたりとか、話を聞いたら私を気遣ってくれてのことが大半なんですけど、それでもあんまり良い気分にはなれなくて。……反省はするんですけどね、私自身。何も怒らなくてもって』」
「うーん。良かったら、具体例を挙げてもらえたりすると――」
「『あはは、それもそうですよね。えーと、例えば……あ、そうだ』」
「何かありました? この場で言えそうなこと」
「『はい。孝一くん、私よりも前に好きな人がいたんです』」
「……えーと、それ、この場で言っちゃってもいいような話なんですか本当に?」
「『あはは、大丈夫です大丈夫です。別にその人と付き合ってたとかじゃなくて、単なる片想いで終わっちゃったみたいですし。まあ、私自身は、もし付き合ってたとしてもそんなに気にはしないつもりですけど』」
「おお……うーん、あたしもそんなふうに寛大であるべきなのかしら。付き合ってなかったならまだしも、付き合ってたりしたらちょっとくらいは――あ、すいません続きを」
「『付き合ってなかったならまだしも、ということで付き合ってなかったんですけど、それでも孝一くん、その人の話になった時、いきなりしょんぼりした様子になったんです。今は私を好きだし、前に好きだった人も今では他の人と付き合ってるしって。勝手に好きだった自分なんかが、今になってその人を思い出にしようとしていいものなのかって。――正直言ってそんなの、あっちからすれば知ったこっちゃないって話ですよね? その人、孝一くんのことは何とも思ってなかったって話ですし』」
「まあ……そう、ですかね。勝手ながら自分に置き換えたりしてみると、確かにどうでもいいですし」
「それで喜坂さんも何とも思ってないのなら……日向さん、ちょっとその……考え過ぎ、ですよね……」
「『そういう考え過ぎが何度かあったんです。だからその度、すぐに自分を悪者にするのは止めて欲しいって言ってるんですよね。でも――あ、ここでちょっと惚気入っちゃいますけど――そういうことをしちゃう孝一くんだからこそ好きなんだな、とは思うんです。辛いことがあった時とか、本当に優しくしてもらいましたし』」
「そっちのほうも何か、具体例とか、訊いてみても大丈夫でしょうか?」
「『……あはは、ごめんなさい、こっちはちょっと。でもあの、具体例って程じゃないですけど――ほらその、私って、幽霊ですから。そうなるまでのことでいろいろありまして』」
「あっ――す、すいませんごめんなさい、そんな立ち入った話」
「『いえいえ。それこそ孝一くんのおかげで、もう大丈夫になれましたから。笑って話すようなことじゃないかもですけど、でも私、笑えるようになりましたから。……少し前だったら、作り笑いの後にちょっと泣いちゃってたかもしれないんですよ? これでも』」
「日向さん、いい人なんですね……。あ、もちろん……普段からいい人ですけど……」
「『はい。だから、昔に誰を好きだったとかを気にしないにしても、私を好きになってくれてよかったなーとは思います。優し過ぎるくらい優しい人だから、今こうして笑ってられるんですし――それに、音無さん異原さんと知り合えたのも、孝一くんと一緒に行動してたからですし』」
「いやいや、そこで並べられるほど大層なもんじゃないですよ、あたし達は」
「ですよね……。それに、知り合えたっていうのは……私達からしても同じですし……」
「ふむ。ではここは日向に感謝しつつ、これからもよろしく、だな。大学からは近いのだし、わたし達はいつでも歓迎するぞ。……ん? どうしたナタリー。なに? そろそろ?」

 僕の話の終了と同時に、これで全員の話が終了。それぞれの彼女への思いの丈を控えめだったり赤裸々だったりさせながら語った楽しい時間も、いったんはここまでです。
「今日は楽しかったわあ。それなりに把握してるつもりだった話も、改めて聞いてみたら面白かったし」
「というのはまあ、ワシのことなんじゃろうな。面白がられても困るし、静音なんかそれ以上じゃろうがの」
「最後の最後で困った時は助け合えるようになんて話になってたし、取り敢えずお前は音無のチチの悩みをなんとかしてやってろよ。何とかすりゃあ何とかなんだろ」
「殴るぞさすがに」
「『何とか』としか言ってねえだろ短気だな」
 それはもう何かしらの意味を持たせているも同然なんじゃないでしょうか口宮さん、というようにこれぞ男の集まりだと言わんばかりな話題が出てきたりもしていますが、
「それに、冗談抜きでかなりマジに悩んでるだろ、あれ」
「ぐぬう、そう言われればそうなんじゃが……」
 表面上がどうであっても、つまるところはこういう話でもあるわけです。口調があんななので冷やかしに見えますが、口宮さん、結構真面目に心配してるのかもしれません。もちろん、そうではないという可能性も大いにアリですけど。


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