(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十章 期待と不安と 八

2009-11-07 20:47:46 | 新転地はお化け屋敷
「胸がでか過ぎて、って話だったよな」
「あ、うん」
 今日初めてその話を聞いた大吾が、確認のためか尋ねてきました。尋ねる相手が僕だというのはそりゃあ仕方ないんですが、しかしやはり、答えるのにかなりの抵抗がある質問ではあります。答えましたけど。
「全く逆の話だけど、『気にすんな』って言い続けてたらだんだん気にしなくなってきたぞ、成美も」
 音無さんとは逆に、胸が小さいことを気にしていた成美さん。ですが大吾からそんなふうに言われればそりゃあ、気が楽になるという部分はあるんでしょう。邪推するなら、「気にすんな」だけで済んでなさそうな気はしますけど。
 しかし何はともあれ、先人からのアドバイスです。ならば現在問題に直面している後人に伝えねばということで、これまで通り大吾の言葉を同森さんに伝えようとしたのですがその時、「ピンポーン」と。
 慣らされたチャイムには対応しなければならないでしょう、部屋の主として。
「はーい」
「話が一区切りしたので、戻ってきてみました」
 栞さんでした。そしてもちろん栞さんだけでなく、女性全員がその後ろに連なっています。ここで気になるのはやはり件の音無さんですが、何故かナタリーさんを首に巻いており、その口元は、気持ち良さそうに微笑んでいるのでした。
 顔が隠れるほどの前髪に加えて服装が真っ黒ということもあり、悪い魔女か何かに見えてしまわなくもないですが――そういう問題ではないですよね。姿が見えずともナタリーさんと仲良くなったらしいことを、ここは喜ぶべきなのでしょう。
「こっちも丁度同じくらいです。どうぞ上がってください」
 どういうタイミングであれここで追い返すなんてことはしないわけですが、しかしそれでもちょっと胸を撫で下ろしたくなるのでした。いかに真面目な話であっても、だからといって誰にでも聞かれて大丈夫というわけではないのです、やっぱり。
 ――というわけで、再び十二人が勢揃い。やっぱりちょっと狭いので、私室のスペースも使ってみたりします。まあ、見られて困るものがあるわけでも、散らかるほどの物量があるわけでもないですしね。特筆すべきものと言えば、机の上で腕を広げて見るものすべてを威嚇している、やたらにリアルな熊の置物くらいのものです。
「どんな話してたんだ? あっちで」
「え? あ、ああまあ、それぞれの彼氏について語らったりとか」
「なんだ、じゃあこっちと同じなんじゃねえか」
 程度はともかく、誰もが気にはなっていたであろうことを真っ先に尋ねてくれたのは、口宮さんでした。答える異原さんが慌てている様子なのは気になりますが、どうやらこちらと同じような展開だったようです。ならばその詳細な内容も当然気になるところですが、しかしそれが可能ならばわざわざ男女が別れた状態で話したりしないわけで。
「同じ? じゃ、じゃああとで聞かせなさいよね、あんたがみんなにどんな話したか」
「そりゃどう考えてもその話にはなるだろうけど……何そんなに慌ててんだ? お前」
 尋ねる口宮さん。口宮さんでなくとも気になるところではあるでしょうし、もちろん僕もそうなのですが、しかしそれに対する回答は思い付くことができません。可能性としては、まだこの部屋に入ってきたばかりということもあって、203号室での会話で何かあったんだろうなという程度のものが浮かぶくらいです。
 が、異原さんは「別に何も」とうそぶくばかり。何もなくてその様子というのは、それはそれで問題ですよ異原さん。
「多分……喜坂さんの部屋でした話が、尾を引いてるんだと……思いますよ……」
「と言うこいつはこいつで、何やらえらく気分が良さそうなんじゃが」
 身体周辺の空気ごとぽわんぽわんしているような雰囲気の音無さんがヒントのようなものをくれたのですが、今度は同森さんが困惑気味です。しかしこちらはまあ、ナタリーさんに触れているからなんでしょう。多分。
「あっちでした話? って、どんな話だよ音無」
 浮かんだ疑問についてヒントを出されれば、尋ねてしまうのは当たり前。ということで口宮さんが音無さんに質問です。異原さんはびくりと反応を示していましたが、止めに入ったりまではしないようでした。
「ナタリーさんのお話の時に言ってたんですけど……異原さん、自分がどんなスタンスで口宮さんのことを――」
「だわーっ! やっぱちょっと待って静音ー!」
 異原さん、堪え切れなかったようです。顔もすっかり真っ赤なのでした。
「今のはごめんなさいあんたが代わりに言ってくれたら楽かなってちょっと魔が差した! でもやっぱそれはどうかと思うしそもそもこの場で大発表なんて自分で言うより断然キツい! キツいわ静音! だからごめん!」
 えらい早口でまくし立てる異原さん。そう複雑でない乙女心をお持ちのようですが、しかしそれはそれで可愛らしかったりするようです。
 僕でもちらっとそう思うくらいなんですから口宮さんは、と思ってそちらの様子を窺ってみれば、しかしなんとも平然とした様子なのでした。
 平然としたまま、平然としている然とした、ふうっ、という大きめの溜息を一つ。
「何でもいいけど、だったら後で絶対に聞かせろよな。んなもん、どういう話かは大体想像つくんだし――」
 そこで言葉を切る口宮さん。微妙に中途半端なところだという気がしないでもないのですが、かと言ってそこで切ってもまあ問題はないでしょう。ただ、どうして顔を背けてまでいるんでしょうか?
「やべえ、顔がニヤける」
 即座に白状してしまうのでした。それを悟られないために顔を背けたんでしょうに、なんとも素直な……というか、単に冷静さを欠いてしまっただけなんでしょうね。
「突っ張りきれん奴じゃのう。まあそれならそれでいいんじゃが――静音、お前はお前でどうしたんじゃ、さっきからニコニコと」
「えへへ……哲くん、見えてないだろうけど……私いま、ナタリーさんを肩に乗せてるんだよ……? それが、くすぐったいような気持ちいいようなで……」
 僕としては玄関先で思った通りだったのですが、それでも意外だったことが一つ。音無さん、同森さんに対してそういう話し方でしたっけ? という。
 けれどもまあ、それは二人の関係を考えればむしろ自然なことなのでしょう。恋人同士についてもそうですが、それ以前に幼馴染なんですし。それを考えれば、むしろ他の人と同様に丁寧な話し方をしていたこれまでが不自然だったと思えるくらいです。
「ナタリーさん――は、蛇、じゃったか。ふうむ、そういうもんなんじゃのう」
 ちなみにそのナタリーさんですが、いつものようにじっと動かされない目線は、音無さんに相対している同森さんへ向けられています。
「……硬そうです、同森さん。うーん、巻き付いてみたいですねえ」
 僕よりやや低い程度の身長ながら、ムッキムキな体格を持つ同森さん。ここまでくると別の動物から見ても差が歴然なのでしょう、ナタリーさんが興味津々です。
「哲郎くん、ナタリーさんがそっちに移りたそうにしてるわよ?」
「ワシにか」
 ナタリーさんの興味もそのままでは音無さんと同森さんに伝わらないということで、異原さんが代わりに伝えます。同森さんも蛇だということで怖がったりはしていないらしく、ならばそのまま。
「ええ。だからほら、もうちょっと静音に近付いて。何も飛び移るわけじゃないんだから」
 とぐろを巻いた蛇がバネのように大ジャンプをする――というのは、漫画なんかの話。木の枝から枝へ飛び移る蛇なんてものを見たことがあるような気はしますが、何もとぐろを巻いた状態で飛ぶわけでなく、しかもそもそもナタリーさんはそういう種類の蛇でなく。
 というわけで同森さん、ナタリーさんが自分の肩へ移れるよう、体を音無さんに寄せるのですが。
「……てっちゃん、何なのよその不自然な動き方?」
「肩に移るんじゃろう? 何か可笑しかったか?」
 スローモーションのタックルでも見ているかのような、肩を前に突き出してのにじり寄り。理屈はともかく可笑しいです。
「お前、俺が言ったこと気にしてんじゃねえだろうな?」
「何をアホなことを」
 即座に返す同森さんでしたが、はて、口宮さんが同森さんに言ったことというと?
 あああれか、音無さんの胸のどうこう。――それに即座に返せている辺り、どうなんでしょうか同森さん。少なくとも、頭に留めてはいたってことなんじゃないでしょうか?
「哲くん、何の話……?」と音無さんが首を傾げている間に、「お邪魔します」とナタリーさん。その感触に同森さんが「むう」と小さく呻くと、それで話はすり替わってしまうのでした。
「なるほど、分からんでもないの」
「温かくなった岩って感じですねえ。暑い時期を連想させられます」
 まんざらでもなさそうな同森さんと、どうやら夏を思い起こしたらしいナタリーさん。ナタリーさんは結局、それが誰のどんな肌であっても気持ちよさそうにする気がしますが、本当に気持ちいいのならそれもまた良しでしょう。
 しかしそんなところへ、
「さて、口宮くんもてっちゃんもそれぞれ話があるみたいだし、もう少しゆっくりさせてもらったらそろそろ解散かしら?」
 同森さんからすればせっかく逸れた話題なんでしょうに、そのお兄さんが意地悪さを発揮させてしまうのでした。
 しかしまあ、意地悪どうのを抜きにして時刻のことを考えても……まだそれほど遅くだというわけでもないですが、それぞれがそれぞれの話をするからにはそれぞれ二人きりになるんでしょうし、そのことを含めれば丁度いい頃合いなのかもしれませんというような、六時ちょっと前なのです。
「話があるとだけ知らせておいてもったいつけるのも良くないでしょうしねえ。うふふ」

 というわけで、
「またいつでも気軽に来てくださいね。僕がいない時でも、成美さんがいれば大丈夫ですし」
「うむ。昼頃には散歩に出かけたりもするが、それ以外ではほぼ一日中ここにいるからな。わたしはいつでも歓迎するぞ、日向を通さず直接ここへ来てもらっても」
 そろそろお別れの時間です。靴を履き終え廊下に固まったお客さんがた五名様を、たとえあちらから見えていなくとも、全員総出で見送ります。そりゃまあ、狭いですけど。
「ありがとうございます。その時はあたしも手伝いますね」
 お客さん側でただ一人、幽霊の言葉を周囲へ伝えられる異原さん。そんなふうに言ってにっこり微笑むと(そういう表情は口宮さんに向けてあげてください、なんて思ったのは内緒ですが)、成美さんからちょいと視線をずらします。
「ナタリーさんとマンデーさんと、それに喜坂さんも、ありがとうございました。面白かったりためになったりな話ばっかりで、今日は楽しかったです」
「私も、楽しかったです……」
 栞さんの部屋でどんな話がなされていたのかは、当然と言えば当然ですが、結局男どもには知らされないままでした。
 とは言え、それで彼女らの仲が深まったということは間違いないようで、ならばそれを確認できるだけでも充分でしょう。あちらとこちら共通の知人というそこまで特別でない立場からはもちろんのこと、栞さんが「あまくに荘の外から自分へのお客さんが来る」ことを喜んでいたという、やや個人的な点からも。
「こちらこそ。また来てくださいね」
 そうやってにこやかに答える栞さんは僕のすぐ隣に立っているわけですが、繋ぐとまではいかないものの、栞さんの手の甲が僕の手の甲に触れてくるのでした。不安がある、というのとはまた違うんでしょうけど、恐らく、膨らみ過ぎた嬉しさの逃げ口ということなんでしょう。嬉しいことがあった時に大喜びしながら誰かに抱き付くとか、ああいった方面での行動なんだと思います。
 ――あとはそれぞれがそれぞれに別れの言葉を口にし、そうして本当のお別れと相成りました。全員でぞろぞろと居間へ戻ると、部屋の広さを考えればそれでもまだまだ人数は多いはずなのですが、しかしやはり物足りないような気もするのでした。
 が、それはともかく。
「口宮と同森はあれ、上手いことやれんだろうかな」
 腰を落ち着けてすぐに口を開いたのは、大吾でした。
「どうだろうねえ。口宮さんのほうはまあ、どっちかって言ったら上手くやらなきゃならないのは異原さんなんだろうけど」
「上手いことやるかやらないか」の前に「やるかやらないか」の問題もあると言えばあるわけですが、それはまあやるものとして扱われます。なんたって外野の気楽な心配なんで。
「異原さんのほうは何となく分かりますけど、でも、同森さんから音無さんへの話っていうのは結局何だったんですか?」
 尋ねてくるのはナタリーさん。気になりますよねえ、やっぱり。女性の前では言い難いですけど。

「あ、あの……ごめんね哲くん、もう暗くなってきてるのに……」
「この年になって六時前後でごちゃごちゃ言ったり言われたりはせんわい。何じゃったらこのまま、どこか晩飯食いにでも行くか? どうせ何もせずに帰ったらそれこそ兄貴にごちゃごちゃ言われるんじゃ、なら適当に歩いてるだけってのも勿体無いしの」
「ご飯……うん、じゃあ……そうしたいな」
「それでじゃな静音、その前に――いや、やっぱりこんな道端で話すようなことじゃあ……」
「ん……? えっと、何の話……?」
「いやそのほれ、日向君の部屋を出るちょっと前に話してたあれのことなんじゃが――」

「……むむむ、頭が痛くなるようなならないような」
 女性の前では話し辛い、とはいってもやっぱり本人が目の前にいないというのは大きいのか、僕と大吾は割とあっさり白状してしまったのでした。で、成美さんがそんな反応です。
「確かに、他の誰に慰められるよりもそれが一番なのだろうが――いやまあ、わたしが気をもむのは筋違いなんだろうがな」
 言いながら、自分の胸にぽすんと手を当てる成美さん。大吾は「だんだん気にしなくなってきた」と言っていましたが、それでもまだ完全にというわけではないんでしょう。胸に当てた手を見下ろす成美さんは、どこか物悲しい雰囲気を滲み出させているのでした。
「それにまあ、心配するほどのことでもないか。なにせ音無と同森は昔からの馴染みなんだそうだし」
「成美さんと大吾さんはそうでもありませんけど、それでもこうして何とかなってるんですものねえ?」
「……うーむ。その指摘についてはわたしが自分で言い出したことも同然なのだが、しかしやはり……わたしと音無を同列に扱っていいものなのか、悩むところだなあ」
 同列の問題ではあるのですが、その同列である中で真逆なのです。プラスマイナスが逆転した数字でも絶対値で表せば同じだよ、というような。
 女性というのは大変です。

「なんか、すまんの。もちろん実際そういうわけじゃあないんじゃが、ワシがこうなるように仕向けたみたいで」
「……ううん。その、私もやっぱり……道端でこれの話するのはちょっと無理だし……。でもだからって、哲くんに言いたいことを我慢させるのも……この後一緒にご飯食べるのにそんなの、気が進まないし……。だから、遠慮なく」
「うむ、まあ、もう上がらせてもらっとるわけじゃし。――にしても、知っていたとはいえ本当に一人暮らしなんじゃな、お前が。ちゃんと飯は食えとるんかの?」
「料理はできないから、出来合いのものを買ってきて食べてるだけだけど……でも、それなりには……」
「そうか、ならいいんじゃが――って、何を話しとるんじゃろうなワシは。そんな小うるさいことを言うために部屋に上げてもらったわけじゃなかろうに」
「上がってもらったのは初めてだから、そういう話も悪くないとは思うけど……うん、でもやっぱり、そのためじゃないんだもんね……。それであの、哲くん」
「なんじゃ?」
「ごめんね、心配させちゃって」
「――いや、逆にこっちこそ心配してしまってすまんと言うかな。話をしてなんやかんや言ってやることはできるが、言い換えればそれだけなんじゃ。物理的には何にもしてやれんのに問題を広げただけ、というか」
「そうかもしれないけど……でも私、心配してもらえるっていうのがちょっと嬉しいから……。でも、ちょっと以外の殆どの部分は……まだまだ恥ずかしいんだけど……」
「じゃろうな。ワシもそういうのをここで今すぐ改めろとは言わん。どう考えたって無茶なんじゃし、そもそもワシには、お前にそうさせるだけの話術なんぞありゃせんしの。今だって何をどう言ったもんかサッパリで、自分のほうが混乱しとるくらいじゃ。――ただな、静音」
「……なに?」
「お前自身はそりゃあ困ることもあるんじゃろうし、そうでなくとも気になるんじゃろう。じゃがワシは、その……胸のことで、お前をどうこう思ったりはせん。少なくともお前が胸のことを悩んでる今の状況では、絶対にじゃ」
「で、でも……こんなこと言っちゃうのは卑怯なのかもしれないけど、哲くん、男の人なんだし……それでもって私を好きでいてくれてるんだし、やっぱり、何かしらは……」
「卑怯なことで言い返すが、それこそそんなもん胸のどうこうじゃないわい。胸が大きくなり始めてからお前を好きになったとかならともかく、ワシはそのずっと前からお前を好きだったんじゃぞ? 好きな女の子をいかがわしい妄想に登場させるなんてこと、言っちゃあ悪いが思春期を過ぎた男なら誰でもするもんなんじゃし――いや待て、ワシは何の話をしとるんじゃ」
「あ、でも、ちゃんと説明にはなってたから……。……そうだよね……少なくとも哲くんは、そうなんだもんね……。私のこと、ずっとずっと前から見てくれてたんだもんね……」
「――念の為に言っとくが、だからってやらしい目でばかり見てたってわけじゃないぞ」
「そ、それはもちろん。私だって――……うん、だから今こうして、こういう状況になってるんだし……。哲くん、心配してくれてるんだもんね……」
「今のところはまあ、心配しとるってのが伝わっただけで良しとしとこうかの。あんまりせっつくのも良くはないじゃろうし」
「私がそれを支持するのは変なんだろうけど……でも哲くん、ありがとう」
「これくらいだったらおやすいご用じゃ。あくまでも『これくらいだったら』じゃが」
「えへへ……おやすくないご用が出てこないようには、自分でも頑張るよ」

「いやらしい話に聞こえるかもしれんが実際、好きな相手が受け入れてくれているというのは大きいしな。同森がなんとかしようとしているのなら、それだけでもう安心して大丈夫ではあるんだろうさ」
 結局のところは自分と音無さんを同列に見てしまう成美さんでしたが、それはまあ仕方のないことなんでしょう。そして自分がそうだったという裏付けもあり、安心だというその口調に不安や陰りは感じられないのでした。経験者は語る、というやつです。
「だってさ大吾。良かったねえ」
「良かったけど、その良かったってとこをオマエが念押ししてくる意味は分からねえ」
 むすっとした顔でそう言う大吾ですが、しかしそれは分かってるからこその台詞なんだと思われます。まあ、あまりしつこいと殴られてしまうのでこれくらいにしておきますが。
「んで、同森が大丈夫だってんなら今度はもう一方だけどよ。何となく察せられるにしても、結局何だったんだ? 異原が影響された、オマエ等んとこでナタリーがした話ってのは」
 それは話題逸らしの一手だったのかもしれません。が、確かに気になります。男のほうで取り上げた音無さんの胸の話を伝えたんだから、その代わりにそちらの話も――という理屈は、どこかおかしい気もしますけど。
「あ、私がした話ってわけじゃないんです」
 おかしいかどうかはともかく、答えるのはナタリーさん。少し前には音無さんと同森さんに巻き付いていましたが、現在は床に伏せっているジョンの背中の上です。
「私の質問から皆さんが考え出したことで」
「質問って、どんな?」
「どうして皆さん、特別な誰か一人を選ぶのかなっていう……あはは、これまでにも何度か言ったことなんですけど」
 確かに何度か聞き覚えのある疑問。ならば次は、そこからみんなが考え出した話というのがどんなものだったのかということになりますが。
「今日集まった殿方はその全員が素敵な男性なのに、どうしてそこから一人だけを、とも仰ってましたわね」
 伏せったジョンに寄り添い、必然的にナタリーさんにも寄り添うような形になっていたマンデーさんが、説明に回ってくれました。それは有難いのですがしかし、全員ということは僕もその中に入ってるんでしょうけど、ちょっと嬉しくありつつもやっぱり照れや畏れ多さが勝るのでした。
「その答えとして――言い始めたのは栞さんでしたっけ? 他の男性との比較の中でではなく、絶対的な評価においてその男性を慕っているから、という話が出たのですわ。そして他の男性については、その絶対的にかつどうしようもなく惚れ込んでいる男性と比較してしまうからどうやっても物足りなく、だから恋愛対象になるとまでは至らない、という」
「栞も、それまでの話があったから思い付いたってだけなんだけどね。――それで、異原さんが今の話に共感してた感じだったんだよ。みんなも納得してたけど、その中でも特に」
 と、いう話だったようです。言い出したのが栞さんだというのは、僕としてはちょっと気が引き締まるというか、そう思わせる一端が自分にあったんじゃないかと考えてしまうわけですが、ここは「それはともかく」としておきましょう。
「異原さん、なんでそんなに?」
「うーん。栞はそうは思わないし、多分他のみんなもそうなんだろうけど……『他の人には勧められないと思ってるのに、そう思ってる自分はそれでも口宮さんが好きだから』って言ってたなあ。――口宮さんの評価はともかく、異原さんがどれだけ口宮さんのことを好きなのかは、話を聞いててこっちが嬉しくなるくらいだったよ」
 言いつつ、実際に嬉しそうに微笑む栞さん。つまりはよっぽどデレデレだったんでしょうか?
 普段のあの口も手も出てる様子からだってそれはいくらか推察できないでもないですが、まさか女性が集まってる中でもそういう「好きな相手だからこそそれに反した行動を示してしまう」というような振る舞いだったとは考え辛く、何よりそれだと栞さんがここまで嬉しそうにするとは思えないので、となればストレートに恋する乙女だったんでしょう、やっぱり。
 見てみたかったです、是非にでも。
「だから異原さん、ここを出て口宮さんと二人だけになったとしたら、そういう話をするんじゃないかなあ。まあ、時間もそれなりに経ったし、もう話した後かもしれないけど」

「あ、あの……あのさ、優治」
「どしたよ」
「喜坂さんのところでしたっていう話なんだけど……」
「ああ、うん。んだよ、なんでそんな申し訳なさそうな顔してんだ?」
「話してはおきたいんだけど、誤解されないかどうか心配なのよ。ちょっとその、受け取りようによっては気分を悪くさせちゃうんじゃないかっていう」
「よく分かんねえけど、んなこと気にする前に言ってみろって。――手ぇ繋いで歩いてる真っ最中に気分悪くするも何もねえっつの。さすがにそこまで空気読めねえことはねえよ、いくら俺だって」
「……うん。ありがとう」
「おう」


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