(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十章 期待と不安と 六

2009-10-28 20:54:11 | 新転地はお化け屋敷
「さすがにそこまでおせっかいじゃないわねえあたしも。紙一重だけど」
「そこで紙一重とか言うんじゃないわい」
 まあそんなふうにして空気が軽くなったところ、横を見てみると大吾が険しい顔。
「どうかした?」
「いや……オレも、もしかしたらそんなふうになってたかもってな」
 あれだけ普段からべったりしていて何を、と一瞬思ったりもしたのですがしかし、そのべったりがなかったらどうなっていたかと考えると、分からないでもないような。そもそも大吾と成美さんがああまで一緒にいられるのは、たまたま偶然にこのあまくに荘の、しかも隣同士の部屋(現在では同じ部屋ですけど)に住んでいたからという点が大きいんでしょうし。そこへ持ってきてあまり成美さんに素直とは言えなかった大吾ですから、不安に思うのも自然なことなのかもしれません。無論、実際にはそうでないわけですけど。
「日向くん、怒橋がどうかしたんかの?」
「あ、いえいえ」
 今の大吾の呟きは復唱せず、伝えないままにしておきました。大吾からも何も言ってこなかったので、これで良かったのでしょう。
 で、程なく話は元に戻ります。
「今言ったみてえなことがあって、だから俺もあいつも今のところ、『なんとかしようとはしてる』ってとこだな。だからっつって、いきなり何でもかんでもできちまうってわけでもねえけど。あー……あれだ、手を繋ぐくらいならなんとか。いやまあ、何かしたってうちにゃあ入らねえかもしれねえけどな、こんくらいのこと」
 異原さんと仲睦まじく手を繋ぐ口宮さん。想像しにくいなあなんて思ってしまったりもしましたがしかし、想像どころか実際にそうしているのを見たことがあったのでした。一貴さんと諸見谷さんに食事を奢ってもらった帰りでしたっけか。なるほど、あれでも無理してたんですねえ。それが伝わって僕も想像しにくいなんて考えちゃった――というのはさすがに言い訳がましいですけど。
 僕がそんなことを頭に浮かべている間に、「あらあらうふふ」と誰のものだか非常に分かりやすい笑い声が。
「逆にそのほうが可愛らしくていいと思うわよ? 事情が事情だしどうしても焦っちゃうのかもしれないけど、でもそういう時期をこそ大事にするべきだと思うわね、あたしは」
「そういうもんですか?」
「もちろん。それがどれだけ好きな人でも常に焦ってるような付き合い方なんて疲れちゃうし、そもそも焦ってるってことは現状に満足してないってことだから、楽しめないでしょう?『付き合うところまで漕ぎ着けたのが信じられないくらい』なんだったら『付き合い始めて更に手を繋いだ』なんてそれよりもっと凄いことなのに、もったいないじゃない」
「そういうもんですか」
 言葉のうえではあまり積極的なものでないにしろ、口宮さん、どうやら納得したようです。だからと言って即座にすっぱり意識を変えられるというものでもないんでしょうし、そもそも嬉々として異原さんと手を繋いでいる口宮さんなんて、それこそ想像できませんけど。
「あっちもそんなふうに考えてくれりゃあ、ちったあやり易くなるんでしょうけどね」
 そりゃまあごもっとも。もちろんあちら側に今の話が伝わるわけもなく、なので口宮さんが自分で異原さんに伝えなきゃならないわけですけど。

「そういうものですか?」
「だと思いますよ、私だってそうですし。そりゃあ中でも特に嬉しかったことっていうのはありますけど、でもだからって、他のことがどうでもよくなるってことはないですもん。孝一くんとはいろいろ――まだ付き合い始めてそんなに経ってないですけど、本当にいろいろありましたから」
「そういうものですか」
「はい。だから、手を繋ぐ時はめいっぱい繋いでくださいね。それで異原さんが嬉しくなったら、きっと口宮さんも嬉しく感じてくれますから」
「了解しました、喜坂さん。実行できる自信は正直言ってあんまりないですけど、機会があったら頑張りますね」
「……あの、由依さん。結局、どういうお話だったんですか……?」
「先を急ぐよりも今できることを楽しめって。まあ、そうよね。急いだって急がなくたって、ちゃんと付き合っていられれば同じだし。――はい、じゃあ残るは喜坂さんとナタリーさんですけど…………ナタリーさん、お願いします」
「え、わ、私ですか? てっきり喜坂さんだろうと思ってたんですけど。今話してたのもありますし」
「だからこそ喜坂さんの話を最後にしたくなっちゃいましたということです。まあ場所も喜坂さんの部屋ということで、相応しいような気もしますし」
「あんまり……関係ないと思いますけど……」
「でも、私としてはありがたいです。最初に言いましたけど、私はまだ男性とお付き合いをしたことがないんで、そんな私の話が最後にきても締まりがないというか」
「うんうん。――少なくともナタリーさんは喜んでくれてるわよ? 静音」
「それはそうなんでしょうけど……」
「でもナタリー、そもそも無理して話す必要もないんだよ? やっぱりほら、話がしにくいだろうし」
「いえ、それは頑張ります。私だけ何も言わないっていうのはちょっと寂しいですし。――というわけで哀沢さんか異原さん、お願いできますか?」
「あ、じゃあ今度はあたしがやります」
「ありがとうございます。それじゃああの、そっちに行ってもいいですか? 別々の場所で話してたら聞く側の皆さんが大変でしょうし。……良ければその、ちょっと巻き付かせてもらったり」
「あ、えー、うん、どうぞ。ええ、そりゃもういくらでもぐるぐるしてもらって大丈夫ですよ? もちろん初めての体験ですけど、きっと大丈夫ですとも」
「いいんですか? じゃあ首のあたり一周分で宜しくお願いします」
「あ……あの、由依さん……? 顔が強張ってますけど、どうしたんですか……?」
「いえいえいえいえどうもしないわよ静音?」
「では、お邪魔しますね」
「……! ひゃ、くすぐった……あれ? あれ、でもこれ、思ったより……!」
「ゆ、由依さん……?」
「お待たせしました異原さん。ああ、やっぱり誰かにこうして触れてると気持ちいいです」
「静音、あたし、テレビとかでわざわざでっかい蛇を首に巻いたりしてる人の気持ちが分かったかもしれない。いやその、ナタリーさんが今、あたしの首にくるっと巻き付いてるんだけどね? 柔らかいんだか固いんだか……とにかくその、気持ちいいんだわよ」
「は、はあ……」
「話が終わったら、音無さんにもぜひ巻き付かせてもらいたいです」

「ここはまあ、あたしよね。最後はやっぱりこの場を提供してくれてる日向くんだろうし」
「うーん、ありがた迷惑な話ですねえ」
 残っている話者は、僕と一貴さんだけ。これまでは誰かが誰かを指名するという形で決定してきたその話者ですが、一貴さん、自分から名乗り出てきました。すると自動的に僕が最後を務めることまで決定するので、ええ、理屈は分かりますけど口で言った通りです。
「うふふ、もちろんそのありがた迷惑を狙って言ってる部分もあるんだけどね。でもあたし自身、日向くんの話を楽しみにしてたりもするのよ? それが自分よりも前に終わっちゃったら、話をするにあたってのモチベーションが続かなくなっちゃうかもしれないし。だから日向くん、ここはあたしを助けると思って、お願い」
 と、手を合わせながら可愛い子ぶった声で頼んでくる一貴さん。ウインクまでしちゃったりなんかして。
「いや、そこまで言われなくても、断るつもりがあるってわけでもないんですけどね」
 もちろんお互い本気で言ってるわけじゃないですけど、何でしょう、一貴さんに可愛らしい感じでお願いされてもそれは逆効果なんじゃないかと思うわけですが、どうでしょうかその辺り。
「あんまり気色悪いことせんでくれ兄貴。ワシにゃあ見えんが、怒橋なんかげんなりしとるんじゃないか?」
 言われて初めて大吾のほうを見てみます。
「うへえ」と顔に書いてありました。
「あらそう? どうかしら、日向くん」
「いえいえ、どうぞお気になさらず」
 本当のことを言うのはどうかと思いましたし、だからといって嘘を伝えるのも何だかひどい話のように思えたので、ものすごく不自然ながらもはぐらかしておきました。
 が、一貴さん、そんな僕の意図も大吾の表情も見透かしているかのように、「うふふ」と微笑むばかり。分かっててやってるんでしょうか? 分かっててやってるんでしょうね。
「それじゃあ、あたしの話ね。怒橋くんは当然知らないし――それにまだ一回会っただけの日向くんも似たようなものでしょうから、しっかり話させてもらうわね。愛香さんのこと」
 諸見谷愛香さん。一貴さんの彼女で、眼鏡の女性。確かに僕はまだ一度会っただけなので、それはありがたい話です。
 ちなみにですが、「くん付けで呼ぶな」という大吾のポリシーのようなものは一貴さんにまで及ばなかったようです。大吾としてもそこまで拘るようなものではないということなのかもしれませんが、一貴さんだから強く言えなかったという面もあるのかもしれません。まあ、なんのかんので結構くん付けされてますしね、大吾って。
「『外見が好きだっていう部分もそりゃやっぱりある』っていうこれまでの話から考えて、愛香さんだけ外見が分からないっていうのはちょっと不公平だから、あたしが口で説明しちゃうけど――そうねえ、眼鏡を掛けてはいるけど、その割には全く大人しくない賑やかな人ってところかしら? そこが可愛いんだけどね」
 眼鏡を掛けている女性は大人しそう。もちろんそれは単なる偏見なのですが、しかしそれは僕も思ってしまったことなのでした。だからと言ってまさか一貴さんの口からそれが出てくるとは、思ってもみませんでしたが。
「背格好はちょうど日向くんと同じくらいかしらね。……日向くん、女装とかしてみたらいい線いっちゃうんじゃないかしら? 顔立ちも中性的な感じだし」
 恐ろしいこと言わんでください。と言うか、それは一貴さんこそがすべきことなんではないでしょうか?……いえ、すべきとまで言ってしまうのは何か違うような気もしますけど。
「まあ、そんな冗談は置いといて。我の強そうな目付きをしていて、実際にも我が強くて、でもあたしがプレゼントしたリボンをずっと付けていてくれたりもして――眼鏡のことも合わせて言うと、『格好良いけどどこかミスマッチを感じさせるような人』かしらねえ。もちろんそのミスマッチっていうのは悪い意味じゃなくて、むしろその部分こそが愛香さんの魅力なんだけど」
 僕の女装はともかく、こちらは真面目な話なのでしょう。悪い意味ではないと言うなら、そもそもそのミスマッチの元になっている「我の強そうな」という言葉だって普段はそう良い意味で使われるものではないのですが、しかしこれもやはり一貴さんに言わせれば悪い意味ではないんだろうなと。
 そんなことを考えていたところ、頬に手を当てながら、ほう、と息を吐く一貴さん。
「あたしって、こんなでしょ?」
 こんなとはどんなだ、という話ですがしかし、それはまず間違いなくその仕草について言っているのでしょう。つまり、男性でありながら女性的であると。
「で、ミスマッチ云々を抜きにした普段の愛香さんっていうのは、これがまた男っぽいのよ。笑う時は大口開けての大笑いだし、ちょっとやらしい話なんかも進んで混ざってくるし、女友達より男友達のほうが多いとまで言ってるし」
 一番最後のそれは始めて聞きましたが、前二つは確かに。笑う時は「かっかっか」としっかり大口開けてましたし、それに……一貴さんは女性の胸に関してどうこうとか、はっきりその口で仰られてましたし。
「――まあもちろん、あたしが女っぽいっていうのとそれじゃあまた違う話なんだろうけど、でも、どうなのかしらね? 全く関係ないってこともないんじゃないかと、あたし自身は思ってるんだけど」
「そんなこと訊かれても、ワシらは返事に困るだけじゃろうが」
「うふふ、そうよねえ」
 何か言おうかと考え始めたところだったのですが、同森さんが即座にぶった切ってしまわれました。何も思い付きそうにない気配がちらほらだったので、そう拘るわけでもないんですけど。
「そもそも、兄貴は初めからそんなふうだったってわけでもないじゃろうが。高校の……二年じゃったか三年じゃったか、それくらいの時期に突然じゃったし」
「そうそう、三年になってすぐの頃よね。あれからもう四年も経つのねえ。早いものだわ」
「そんなことで昔を懐かしがられても、やっぱりこっちは困るだけなんじゃが……」
 困りながらも、その困っているという事実を即座に口に出せるのはさすが兄弟というところ。僕も大吾も口宮さんも、困り過ぎて何も言えてませんし。
「あら、懐かしがってるってわけじゃないわよ? そもそも今のあたしは、その四年前からの延長だもの。四年前からこれまでの四年間、こんなふうになったあたしはその後何も変わらないまま、その途中で愛香さんと出会ったってわけね」
「何を言い出すんじゃ、急に」
「愛香さんは、今のこのあたしを肯定してくれたってことよ。外から見ればそれで何がどうなったってわけでもないんでしょうけど――少なくとも、あたしにとってはものすごく重大な事件だったわ」
 何やら突然にシリアスさが漂ってくるような物言いですが、もしかしたらこれまでだってオカマっぽいということに気を取られ過ぎて、そうだと気付けなかっただけなのかもしれません。しかしそれにしたって一貴さん、裏に何かしらの背景がありそうな話ですけど……?
「今の兄貴を肯定って、兄貴自身は否定しとったような言い方じゃの」
「まあ、そういったことがなかったわけでもないわね。なんせオカマはオカマだし、それにそもそも、そうなった切っ掛けからの逃避行動ってことだったのかもしれないんだし――ああ、切っ掛けが何かは秘密だけどね? で、だからこそ重大な事件だったのよ。まさかこのオカマなあたしを、異性として肯定してくれる人が現れるなんてね」
「普通の男がオカマになる切っ掛けなんて聞こうとも思わんが、そりゃまあ確かに驚きじゃわな。諸見谷さんには一度、手を合せて拝むくらいのことはせにゃならんのかもしれん」
 さすがは身内、厳しい意見もずばずば持ち出してきます。
 が、そう思った直後。
「あら。じゃあてっちゃんも拝まないとね、あたし」
「……やかましいわい」
 兄の的確な反撃に、憎まれ口を一つこぼしてむっすりと塞ぎ込んでしまう弟さんなのでした。

「私、私……うーん、普段が『あたし』だからちょっと違和感があるわね、やっぱり」
「『あたし』と『私』じゃ一文字しか違わないし、意味も同じなのに……結構、印象って変わりますよね……」
「変わった結果がグレードアップだったらいいけど、グレードダウンだったら悲しいわねえ。と言って確認を取ってみるのも勇気がいるし」
「……それ、口宮さんにってことですよね……?」
「あいつだけってことはないつもりだけど、まあそれでも一番はってことになるとそうなっちゃうかしらね。はい、じゃあ苦しい話題になりつつあるところでナタリーさん、お待たせしました」
「宜しくお願いします、異原さん。それでは、拙い話ですがさっそく――」
「『前に行ってある通り、私はまだ恋というものを経験したことがありません。とは言ってもやっぱり興味はあるので、それに関しては、嬉しそうにお話をする皆さんのことが羨ましいくらいです。――でもやっぱり私にはその話に出す相手がいないので、これまでとはちょっと趣旨が変わってしまいますけど、外からそういうところを見ていての感想と言うか、そういった話をしたいと思います。……えっと、問題は、ないでしょうか?』」
「わたしはもちろん異論などないぞ。というか、お前は普段からよくそういう話をしているしな」
「あはは、そうだよね。いつも通りのナタリーだし。だからもちろん、しお……私も、そういう話で全然構わないよ」
「右に同じく、ですわ。面白いですもの、ナタリーさんのお話は」
「ふーむ、静音はどうかしら?」
「わ、私ですか……? そんな、文句なんてあるわけが……」
「だそうです、ナタリーさん。一番気になってるのはやっぱりあたしと静音ですよね? もちろん、あたしも静音と同じ意見ということで」
「あ――ふふ、ありがとうございます異原さん。じゃあ、話に戻らせてもらいますね」
「はい。えー、『私はここで人間である皆さんと一緒に暮らしていて、それに実はここに来る前もずっと人間と一緒だったんで、だから、人間のことはとても好きです。でも時々、というか……えへへ、さっき皆さんに言われた通ことなんですけど、ここが変だとかどうしてそうなるんだろうとか、そういうことをよく考えてしまうんです。それで今回はこういう場ということで、恋愛に関してのものに限ってみようと思うんですけど……まずはやっぱり、相手を一人に限定していることです』」
「相手を一人に……ですか……?」
「『はい。例えば音無さんでしたら、同森さんだけを恋愛対象としていますよね? それに音無さんだけでなくここにいる皆さん全員、哀沢さんとマンデーさんも含めて、そうですよね? でも私はそれが、どうしてそうなるのかなって思うんです』」
「どうして、ですか……。うーん……やっぱり、好きな人っていうのは特別な人ですし……」
「『それはもちろんです。経験がない私でも、恋愛感情を抱くような相手が自分にとって特別だというのは分かります。でも、特別っていうのは何も、唯一無二ってものでもないですよね? 特別な相手が複数いてもそれは、そうおかしなことでもないと思うんです。実際、人間以外の生き物ではそうしているのが大半ですし。少なくとも私の知識内では、ですけど』」
「人間以外の生き物……まあ、確かにそうなんでしょうけど、でも……」
「『あ、私は何も、人間の遣り方が間違ってるって言いたいわけじゃないんです。あの、やっぱり、近くで見ていればそれが素敵なことなんだっていうのも分かりますし。素敵なことだからその、哀沢さんとマンデーさんも、そうしているんでしょうし』」
「そういうことだから音無、そう気圧されたような声を出すこともないのだぞ? はは、表情のほうは相変わらず見えんがな」
「……は、はい……」
「そして、だ。先にも言った通りわたしは猫だが、この身体が猫であった時から、今と同じく『人間らしい』理屈で動いていたのだ。やはりいいものだと思うぞ? 人間以外の感覚からしても。わたしが少数派で他の大多数がそうではない、というだけのことだよ」
「『いま哀沢さんが言ってくれたことを踏まえるなら、どうして人間の中ではその少数派と多数派が逆転しているんだろう、というふうに言い換えたほうが正確ですね。――どうしてなんでしょう? 素敵な男性というなら、いま隣の部屋に集まっている皆さんが一人残らず素敵な男性だと思うんですけど。だって皆さん、誰かしらの女性に恋愛対象として見られてるんですから』」
「……難しい、ですねえ……。ナタリーさんの言う通りではあるんですけど、どう言えばいいのか……」
「言われてみれば確かに不思議だわねえ。あたしなんかほら、好きな相手っていうのがあいつだし、どれぐらい良いやつかって訊かれたら他の男の人達ほど良くはない、なんて思っちゃったりしそうなもんだけど――でもやっぱりあたしは、あいつなのよねえ。他の人にはどう考えてもお勧めできないけど、あたしの中でだけ良いやつ扱いしてるっていうか」
「あ、それなんじゃないですか?」
「ん? あれ、喜坂さん、あたし何か重要っぽいこと言いました?」
「その前に喜坂、わたしが復唱しようか? 異原と話すのに異原が復唱するというのは面倒だろう」
「あ、うん。ありがとう、成美ちゃん」
「『自分の中でだけ特別に評価が高いっていうのは、異原さんに限らず誰でもそうなんだと思うんです。だからみんな、その特別に評価が高い誰か一人だけを好きになるんですし』」
「ああ、あたしだけってことでもないですよねそう考えたら。特別枠を取っ払って公平に評価してたら、女全員の中で好みの男なんて偏りまくりますもんね。多分」
「ふふ、男から見た女も同じだろうな。――『それでナタリーの話に戻って、どうして人間はその誰か一人しか好きにならないんだろうって話ですけど、比べちゃうんじゃないですか? その特別な誰か一人と、そうでない他の男の人達のこと。特別な一人だけは誰と比べるとかじゃなく絶対評価で他の誰より好きでいて、他の男の人はその誰より好きな特別な一人と比べちゃうから、好きってところまではいかないってことなんじゃないでしょうか』」
「あたしについては、その通りですねえ。他の男と比べちゃってたら、あいつを好きにはなってないような気がしますし――ってあれ、あたし今、とんでもなく酷い発言をしちゃったような」
「でも……喜坂さんの繰り返しになりますけど、やっぱり誰でもそうなんだと思いますよ……? どういう基準で人を好きになるにしても……その基準について好きな人より優れてるって人は、探してみればいちゃうんでしょうし……。でも、それでも私達、やっぱり特定の誰か一人を好きなんですし……」
「うーん、特別な枠を設けて絶対評価で特定の誰か一人を選ぶ、ですか。これは面白い話が聞けました。ありがとうございます、皆さん」
「あ、いやナタリーさん、少なくともあたしはそんなお礼を言われるほどの話はしてないですから。むしろその、自分がどういうスタンスであいつを好きなのかハッキリさせられたみたいで、こっちからお礼を言いたいくらいだったりですよ」
「いえいえ、私は皆さんに疑問を尋ねてみただけですから。――ふふ、でも異原さん、そのまま好きでいてくださいね、口宮さんのこと」
「あはは、二度目と言ってもまだまだ付き合い始めたばっかりで、不安もないわけじゃないですけど……変えようにも変えられませんからねえ、そこだけは」

 さて。
「ついに僕の番になっちゃいましたか」
「ついに最後の一人の番になっちゃったわねえ」
 なんでそうプレッシャーの掛かる言い方に直しますか一貴さん。なんでも何も、それがそのまま目的なんでしょうけど。
 というわけで、ついにきてしまいました僕の番。ここまで自分以外の話を聞いておいて何だよと言われるかもしれませんが、やっぱりかなり気が重いです。これまでの流れからして、僕が語るのは僕の話でなく栞さんの話なのですが――ううむ、だからといって何もかも洗いざらい、というわけにもいきませんし。直接的な表現はもちろんだけど、それをにおわせるような細かい言い回しまで禁止すべきだろうか? とまあそんな感じのさじ加減も悩むところですし。
 ちなみにそれが栞さんについての何の話を指しているかというと、まあもちろんと言うか何と言うか、生前の話とそれに連なる胸の傷跡の話です。もし今ここに栞さんがいて、万が一「話したいなら話してくれてもいいよ」と言われたとしても、それでもやっぱり僕はその話を口にしないでしょう。それくらいには秘めておくべきことだと、思ってはいるわけです。
「あっち三人には喜坂って見えてねえんだし、やっぱ外見の話とか、ちょっと詳しめにしといたほうがいいんじゃねえか?」
 というようなことを言ってくる大吾ですが、冷やかしでなく純粋にそう思ってるんでしょう。なんせ良くも悪くも遠回しな物言いができそうにない性格ですし。ううむ、心強いのかそうでないのか。
 一応小さく頷いてはおきまして、
「じゃああの、最後の一人の話に移らせてもらいます」
 順番どうのについてはこの際、開き直ることにしました。


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