(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十三章 変えた人達 九

2010-04-06 20:44:45 | 新転地はお化け屋敷
「お礼だなんて、私はそんな」
 ナタリーさんはお礼を言われることを遠慮したいようでしたが、しかしさっきの成美さんの話を踏まえれば、冗談でなく本当に、僕も合わせてお礼を言うべきなのかもしれません。成美さんと違って僕は初めから人間ですが、しかしそれでも、考えることが必要ないというわけではないんですし。
「私はただちょっと、気になることがあっただけで――」
 そりゃまあ質問が出るというのは、当然気になることがあるからなんでしょう。
 その出初めからして聞き流すつもりにさせられるナタリーさんの反論でしたが、しかしそこに続く話を聞いてからは、そうもいかなくなってしまいました。
 そしてそれは僕だけでなく、他のみんなも同じようでした。

 時間は飛んで、夜。場所も203号室から204号室に変わって、毎夜お馴染みのお料理教室です。
 ならば今ここには僕と栞さん、それに家守さんと高次さんがいるわけで、そこに大学から帰って以降の話を持ち出してみたところ、家守さんも高次さんもナタリーさんにキスがどうたらという話をした覚えはないようでした。やっぱり大元は清さんだったようです。
 ――しかしまあ、それはともかく。
「まあねえ。いくらその場その場で仲が良さげだったとしても、その先にどうなるかはわかんないしねえ」
 僕と栞さんに並んで台所に立つ家守さんは、笑顔のままながらも溜息交じりにそう答えました。
 今この場での話題が何なのかと言いますと、成美さんからお礼を言われそうになった直後のナタリーさんの話です。「キスをするほど仲が良くても、後になって別れてしまうことって、やっぱりあるんでしょうか」という。
 それはもちろん僕がした諸見谷さんの話が元になっていたのですが、しかしこの場では、家守さんにそこまでは伝えていません。諸見谷さんの話をした時に自分でそう思ったように、あんまり触れ回る話ではないんですし。
「例えばアタシと高次さんだって、つい先日結婚したって言っても、先のことは分からないさ。そうなる可能性が全くないってことはないんだろうしね」
 理屈としてはそりゃそうなんでしょうが、しかし家守さんがそういう後ろ向きな発言をするというのは、ちょっと意外です。そしてそんなことを言われてしまうと、自然に僕と栞さんの視線が重なってしまいます。
 さて、意外な発言をしようが何だろうが、それを見逃さないのが家守さんです。僕と栞さんの視線に気付いてニンマリと意地悪そうな笑顔を浮かべ、そしてこう言いました。
「もちろんこーちゃんとしぃちゃんだって同じだよ? でも、そうならないように努力することだってできるわけさ。今こうして料理教室やってるのだって、見方を変えればその一環ってことになるんじゃないかな? アタシらが帰った後のことも含めてさ」
 わざわざ最後にそう付け足すということは、むしろその「帰った後」がメインなんでしょう。言い方からしてちょっと強調してたような気もしますし。
 家守さんと高次さんが帰った後というのは、つまり僕と栞さんが二人だけになる時間のことです。それが別れないための努力になるというのは――まあ確かに、見方を変えればということなら、そうなりもするのでしょう。結果として別れる方向に進むか別れない方向に進むかを考えれば、間違いなく後者なんでしょうし。
「ま、まあ、いろいろ話し合ったりできる時間だっていうのは事実ですしね」
 家守さんのことですから、本当に言いたいのは話し合いとかそういうことではないのでしょう。それこそキスに代表されるような――しかし、だからこそ栞さんは誤魔化すようにそう言い切りました。そして、
「でも楓さん、そんな話してばっかりだと、包丁で指切っちゃいますよ?」
「誰が?」
「私がです」
 そう言い終えると同時に、家守さんからつんと視線を逸らす栞さん。家守さんはいつものように「キシシ」と笑いましたが、しかしそうまでされて同じ話を続けるつもりはないようで、
「ま、しぃちゃんとこーちゃんのことをどうこう言ってられるほど余裕があるわけじゃないんだよねアタシも。高次さんと結婚まで漕ぎ着けたとは言っても、男の人と別れたような経験があるわけじゃないし」
「そうなんですか?」
 そう尋ね返し、そして「ということはつまり」と思考を巡らせるよりも前に、家守さんはこう言いました。
「学生時代は男の人に全く縁がなかったんだよねえ、今はこんなだけど」
 ……これはさすがに、ちょっとどころの意外さではありませんでした。
「というかまあ、そもそも高次さん以外の男の人と縁を持ったことがないんだけどね。暗に『大学出た途端にモテモテになった』とか、そういうこと言ってるわけじゃないよ?」
 そんな駄目押しじみた補足に、栞さんは笑いながら「楓さんくらいになっちゃうと、大学出るとか関係無しに男の人がほっとかないんじゃないですか?」と。
 栞さんを前にしてこんなこと考えるのも変な話かもしれませんが、確かに家守さんは男からすれば放ってはおけない女性です。なんたってまず美人ですし――まあ、胸が大きいこともそりゃあ一部としてありますし――そしてそれだけでなく、人柄だって魅力的ですし。あまくに荘の管理人という立場としては、むしろその人柄のほうが印象的なくらいですしね。
「あはは、旦那がいる身で喜ぶのもどうかと思うけど、やっぱ嬉しくなっちゃうね。そういうこと言ってもらえると」
 笑い掛ける栞さんに笑い返しながらそう言い、しかし家守さん、その笑顔を絶やさないまま、こんな話を始めました。
「まあでもほら、前にも話したよね? アタシが昔、どういう性格だったか」
 昔の性格。つまり、今のそれとは違うということです。
 そして、それはすぐに思い付きました。栞さんもそれは同じなのでしょう、一瞬で表情から明るさが消え去ってしまいました。
 小さい頃から霊能者としての才能に恵まれていた家守さんは、その才能から幽霊を玩具同然に思っていたと。そして、玩具同然に扱っていたと。
 もちろん今では全くそんなことはないのですが、しかし確実にそういう時期があったことを、僕も栞さんも、知っていました。
「それを改めて今のこんな感じになったのが中学高校の時期だけど、じゃあそこからいきなり気楽にやってけるかって言ったら、やっぱり無理があるんだよね。『今のこんな感じ』が自然体として定着するまでは、無理して気楽にやってたわけだし」
 話に聞いただけとはいえ、昔の家守さんと今の家守さんでは真逆とも言えるほど性格が違うというのは、僕だけでなくそう思うところなのでしょう。となれば今の話の通り、その性格の激変が即座に『自分の性格』として馴染んだりはしないのでしょう。
「自分自身に無理をしてるわけだから、周りの人に無理ができる余裕なんて殆どなかったんだよねえ。友達を作るくらいでいっぱいいっぱいだったし、彼氏を作るなんてとてもとても」
 家守さんが誰かと関わることを「無理をする」なんて言葉で表現したのにはまたも驚かされましたが、でも、言ってしまえばそういうものなのかもしれません。なんせ友達だろうが恋人だろうが、初めは単なる赤の他人なんですし。
 ……もちろん、家守さんのような状況でもなければ、そんなことを考えはしないんでしょうけど。
「でも、じゃあ高次さんと知り合う頃には、そうじゃなくなってたってことですよね?」
 なるほど、そういうことになるのでしょう。そう言った栞さんの表情には明るさが戻っていて、それに対して引き続き笑顔を返す家守さんは――しかし、
「さあ、どうだろねえ」
 首を傾げるのでした。
「ふっふっふ、じゃあこっからは惚気話だ。覚悟しなよ二人とも」
 表情に戻った明るさが再び消えてしまいそうになっているところへ、家守さんからはそんな予告が。おどけた調子にほっとしたりもしつつ、はて、この流れからどう惚気話になるのだろうか、とも。
「高次さんってねえ、すっごい柔らかいベッドみたいな人なんだよ。押したら押しただけ凹んで、こっちの身体に形を合わせてくれるような」
 床に敷いた布団を寝具としている身としては実にたまらない話でしたが、もちろんそういう内容ではありません。
「さっき、周りの人に無理ができる余裕なんてなかったって言ったでしょ? でも高次さんって、無理なんかさせてくれないんだよね全然。無理する前のガッタガタなアタシが歪な形のまま寄り掛かっても、全く構わずに抱き締めてくれるんだよ。しかもそんなアタシに合わせた形で、そんでもってすっごい優しくね」
 惚気話だと前置きしただけあって、中々に甘ったるい言い回しなのでした。そしてもちろん言い回しだけの話ではなく、話をしている家守さん自身も、大人っぽさを捨てたような可愛らしい表情になっていました。
「高次さんが初めて付き合った男の人だっていうのは事実だけど、それ以前に多分、アタシは高次さんじゃないと駄目なんじゃないかなあ。他の男の人と付き合える気なんて全くしないもん、今でも」
 目の前にいる僕だって、その「他の男の人」に入って……ますよね、やっぱり。ショックを感じてはいけないんでしょうけど、それでもちょっぴり程度には寂しい気分です。
「あー、じゃあ特に孝一くんなんて絶対に無理ですね、楓さんには」
 えぇっ!? いや栞さん、なんでそんな酷い――じゃなくて、なんでそうなるんですか?
「力尽くでこっちのガタガタな部分を修正しようとしますもん。自分から合わせてくるなんて、絶対にしてくれませんよ?」
 ……ああ、我ながらすっごい納得。
「キシシ、じゃあしぃちゃん、修正されちゃったんだね?」
「されちゃいましたねー。もちろん、私は孝一くんのそういうところが好きなんですけど」
 家守さんの惚気に張り合うかの如く胸を張る栞さんでしたが、僕としては恥ずかしさでいっぱいになるだけです。いや、単にそういう話をされるのが恥ずかしいというだけでなく、高次さんとの器量の違いが露わになるというか何というか、そういう点についても。
「もしアタシとしぃちゃんで付き合う相手が逆だったら、どうなってただろうね?」
 それはつまり、僕が家守さんと、高次さんが栞さんとということで――これまたなんで急にそんな。
 と、思ったら。
「うーん、とんでもないことになっちゃってたんじゃないでしょうか」
「ああ、しぃちゃんもそう思う? アタシもそう思ったんだよね、今」
 嬉しいような怖いような、なんだか複雑な気分にさせられるのでした。
「いい人見付けたねえ、お互いに」
「そうですねー」
 ……そんな話してると、指切っちゃいますよ? 無論、僕がですけど。

『いただきます』
「ところで、みんなさっきは随分とまあ、耳が痒くなるような話してたねえ」
「ありゃ、き、聞こえてた? 料理の音やら何やらで紛れるかと――あはは、いやー、さすがにちょっと恥ずかしいね」
「ちょっとどころじゃないんじゃないですか?」
「何を言うかこーちゃん。仮にも夫婦、それくらいのことじゃあ」
「だよなあ。部屋に戻ったらああいう話ばっかりだし」
「いや、高次さん、そういうのはちょっと本当に勘弁して欲しいんだけど……」
「はっは、みんなにだけ話すのも俺にだけ話すのも大丈夫なのに、なんで両方揃ってるとそうなるんだろうな?」
「そんなの、アタシが知りたいくらいだってば。話したがりなのにこれじゃあ、自分で自分の首締めてるようなもんなんだしさあ――ともかく! その話終わり!」
「そういうことなら仕方ないな、残念だけど。じゃあ話を変えるけど、この肉じゃが作ったのって誰?」
「誰か一人の担当ってわけじゃないですけど、主には家守さんですよ。僕と栞さんはちょっと具材を切った程度ですし」
「あ、そうなんだ。へえー……いや、美味いなと思ってね」
「アタシが作ったって知ってたんじゃないの?」
「拗ねない拗ねない、本当に知らなかったって。まあもちろん、知ってても褒めたけどさ。味が変わるわけじゃなし」
「ふん、調子いいんだから」
「そりゃあ、俺ってそういうやつだし。楓もさっき言ってただろ? 柔らかいベッドみたいな――」
「うわああそれはもういいって! 確かに言ったし、そう思ってるけどさ!……ああもう、調子に乗ってあんなこと言うんじゃなかった……」
「気付いてればこっちからだって止めましたけど、楓さんって、調子に乗ってる時と乗ってない時の境が分からないんですよねえ」
「今ここでこういう反応をしてることがまず意外ですもんね。高次さんの話をし始めたら調子に乗ってるってことになるんでしょうか?」
「そうだとすると、楓は俺の話が一切できなくなっちゃうねえ。それはなんか寂しいなあ」
「追い詰めようとしないでよ高次さん。寂しいとか抜きにしてそれでいいよ、もう」
「はっは、一番寂しがるのは俺じゃなくて楓だろうけどな」
「…………うう、反論できないのがすんごい悔しい」

『ごちそうさまでした』
 柔らかいベッドはどこに行ってしまったんだろうと思うくらいに家守さんを虐めてみせた高次さんでしたが、しかしまあそれはお戯れということで。ずっとその話だったというわけでもないですし。
「いやー、一時は取り乱しちゃったね。お騒がせしました」
 家守さんもこんな感じで、そのことを後に引いている様子ではありませんしね。
「今回の件はぜーんぶ高次さんが悪かったということで、部屋に戻ったら仕返ししておきます」
「そりゃ恐ろしいことで」
 もちろん高次さんだけが悪いという話ではなく、そして高次さんもそう言いながら笑っていました。もし本当に仕返しがあったとしても、それだけで終わるってことはないんでしょうね。多分ですけど。
「とまあ、そろそろ本当にこの話はこれくらいにしといて」
 無闇に明るかった家守さんの声色が、ちょっとだけ落ち着きました。それでもやっぱり明るいものは明るいですし、笑顔は笑顔なんですけど。
「アタシはこんな感じだからさ。天地がひっくり返るようなことでもない限り、高次さんから離れるなんてことはしないと思うよ。するしないの前に、無理だしね」
 そのまま受け取る分には話題が変わってないような気がしますが、しかし本人が変えたというのなら、話は変わっているのでしょう。
 ならば何の話に変わったかというと、台所で初めに話していたことなのでしょう。どんなに仲が良くても将来別れたりしないとは言い切れない、という。
 でも、家守さんは言い切りました。無理だ、と。
 そして「聞こえは良くないけどさ」と前置きしてから、こうも言いました。
「高次さんに依存してるんだよね、アタシって。恋人とか夫婦とか、そういうのとはまた別のところでさ」
 そんな内容にしかし、家守さんの隣に座る高次さんは、穏やかな表情を崩しませんでした。まるで、いま家守さんが言っていることを初めから知っていたかのようです。
「で、だったら俺のほうはどうなんだって話にもなりそうなもんだけど」
 入れ替わるようにして高次さんが話し始めますが、しかしその時の家守さんは、家守さんが話している最中の高次さんと同じく、穏やかな表情を崩しませんでした。ということは、やはりお互いに理解し合っているのでしょう。
「俺もやっぱり楓に依存してるとこはあるよ。日向くんと喜坂さんも知ってることだけど、仕事の面でね」
 仕事の面。高次さんは現在、家守さんの助手のような扱いで仕事に臨んでいる、と冗談半分の話ながら聞いたことがあります。「依存している」という、へりくだるどころか自虐的ですらある言い方は、その上下関係を指しているんでしょうか?
「家を出て、四方院家っていう馬鹿でかい後ろ盾をなくした以上、俺は無名もいいところなんだよね。となると、仕事しようにも依頼がまず来ないんだよ。霊能者界隈じゃあ俺がどこ出身かなんてすっかり知られてるんだろうけど、お客さんはそうもいかないしね」
 ……だから、家守さんの後ろに付いて行っていると。四方院の性を捨てた、家守高次という名前で。
 もちろん高次さんは自分から望んで家を出たわけで、となれば無名になったのも仕事が来ないのも、当然自分の責任ということになります。それが、今こうして家守さんに依存しているというのは――。
「無名のまま頑張って仕事持ってこられるようになるっていうのが一番いいんだろうけど、奥さん抱えてる以上はそんな格好いいことやってる場合じゃないし、そんな柄じゃないっていうのもあるしね。妥協やら諦めやらも入り混じって、今の形に落ち着いてるんだよ」
 ――高次さんにとっての責任というものは、仕事に関するものだけではありませんでした。家守さんの存在そのものも責任のうちに入っていて、それも加味した……今の話に出てきた単語ではありますが、妥協案、とでも言うべきものが、今の仕事の形態であるという話でした。
 話全体としてはネガティブなものだったかもしれませんが、でも僕としては、感心せざるを得ませんでした。
 そして同時に、自分にそんな決断ができるのだろうか、という不安も。
 結婚というところまで事が進んでいるわけではありませんが、しかしそれに相当する女性は、既に存在しているのです。
 となればついついその女性、栞さんのほうを見てしまったりもするわけですが、その視線には即座に気付かれてしまいました。若干不思議そうにしながら、それでもにこりと微笑んでくれるのですが、しかしその明るい表情に不安がじわりと大きくなります。
「日向くん」
 声を掛けられました。そこでようやく高次さんの話が止まっていることに気付いたのですが、つまり高次さんは、僕の反応を目に留めていたんでしょう。気難しい表情になったり、栞さんに目を向けたりしていたことが。
「は、はい」
「俺だって初めからこうなるつもりで楓と付き合ってたわけじゃなし、不安そうにするのはそういう事態に直面してからでいいと思うよ。相手も一緒に不安がらせちゃうし、それにまず自分が疲れちゃうし。もちろん先々の不安を予め想定しておくのはいいことだけど、それで本当に不安になっちゃうっていうのは、ね」
「……はい」
 なるほど、それはごもっとも。骨を折るのが損だとまでは言いませんが、儲けるものがくたびれだけなら結局は同じことですしね。骨折り損のくたびれ儲け。
「うん。んでまあ、俺も楓も自分のことをちょこっと話したわけだけど、どっちの話も『恋人とか夫婦とか、そういうのとは別のところで』ってことでね。何も相手をお荷物だと思ってたり自分がお荷物だと思ってたりするわけじゃないから、要らぬ心配はご遠慮させてもらうよ?」
「はい」
 気持ちのいい返事をしたのは、僕ではなく栞さん。では僕はというと、直前の話が尾を引いているのか、即座に返事をすることができないでいるのでした。もちろん、しっかり聞いてはいましたけど。
「そもそも、要らぬ心配をする隙なんてないですけどね。楓さんと高次さん」
「はっは、嬉しいことにそうみたいだね」
 まあ仲がいいのは見れば分かりますもんね、なんて思っていたら。
「俺が聞いてないもんだと思って、台所であんな話するくらいだし――」
「だだ、だからそれはもういいってば」
 珍しい反撃の機会に味を占めているのか、なんともしつこい高次さんなのでした。となれば家守さん、当初ほどではありませんが、やっぱり取り乱してしまわれます。
「謝ればいい? 謝るようなことじゃないけど、謝れば勘弁してくれる?」
「いや、勘弁するしないの前に、もう部屋に戻るつもりだし。俺とみんなが揃ってなけりゃあ、そういう話するのも問題ないんだろ?」
 早口でまくし立てても高次さんはのんびりしたもので、しかしそれでも家守さんは早口のまま、「じゃあ帰ろうすぐ帰ろう。今日もご馳走様でした」と高次さんを引っ張っていってしまいました。
 ただし、
「お邪魔しました」
 という最後の挨拶だけは、普通の口調なのでした。
 切り替えが早いのか、それとも慌てていたのは演技だったのか。どっちなのかは分かりませんが、どっちにしても家守さんらしいなあ、とだけは確信を持って思いました。

「楓さんと高次さん、今どうしてるのかなあ」
 お二人が部屋に戻って暫くもしないうちに、栞さんが呟きました。呟いたのが栞さんだとはいえ、もちろん僕だって気になっています。そりゃあ、あんな調子だったんですし。
「だいたい想像ついてるんじゃないですか?」
「あはは、まあね」
 気になっているからといって、全く結果が見えないというわけでもありません。当然それが正解なのかどうかは分かりませんが、ここで僕が勝手に想像する分には、まあ仲良くしてらっしゃるんでしょう。
 ここで虐められた分の仕返しをすると家守さんが言っていたことを忘れたわけではありませんが、むしろその言い分があったからこそ、僕はそう思ってしまいます。
 そして、栞さんも同じように考えているんでしょう。具体的な話は何もしていないのに、その表情にはちょっとだけ照れたような色が差すのでした。
「でも、安心したかなあ。私が勝手に安心しても何の意味もないっていうのはあるけど」
「安心?」
「うん。私は楓さんのことをいろいろな面で尊敬してるけど、寄り掛かるところもないままいろいろな面ですごいままでいるっていうのは、大変なんだろうし」
「その寄り掛かるところっていうのが、高次さんってことですか」
「楓さんと高次さんは依存って言ってたけどね」
 依存というような言葉を使うということは、本人からすれば、多少なりともうしろめたく思っているところがあるのかもしれません。けれど、僕や栞さんの目にはそういうふうに映らないわけで、だからここでは「依存」とはまた別の言い方になるわけです。
 もちろんいま栞さんが言った通りで、僕たち外野がどう思おうと、それは家守さんと高次さんの関係の在り方に全く影響しないんですけどね。
「でもさ、それって他の誰でも――例えば私とこうくんだって、同じことが言えるんじゃないかな」
「そうなりますよね」
 間を置かずに答えてみせましたが、それはつまり質問される前からこちらも同じ発想に辿り着いていたということです。質問に対する回答を予め持ち合わせていたというだけでなく、その質問が来ること自体を想定していたというか。
「もちろん、程度の差はあるでしょうけど」
 僕がそう続けると、栞さんは「うん」と同じく即座に頷きました。
 程度の差。それが存在するのは僕と栞さんで共通の認識だとして、でもその程度の基準が何になるかは、僕と栞さんで違うのでしょう。僕が基準とするのは僕、栞さんが基準とするのは栞さんなんでしょうし。
「もしかしたら気分を悪くさせちゃうかもしれませんけど」という前置きを入れてから、僕は言いました。「僕はそんなに大きくないですよね、栞さんに寄り掛かる程度って」
「だろうね」
 栞さんは、僕の前置きには一切触れませんでした。
「どういう事情があって好きになったとかじゃなくて、好きになったから好きになった、だもんね。こうくんは」
 気分を悪くさせるどころか、栞さんは照れ臭そうでした。
「普通の男の子の普通の恋愛感情だよね。こっちとしても嬉しいよ、そういうふうに好きでいてもらえるのって。私は――事情があるほうだったけど」


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