(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十三章 変えた人達 八

2010-04-01 21:27:57 | 新転地はお化け屋敷
「でもそれって、何も誰かと付き合うようなことに限った話じゃねえよな」
 大吾が言いました。余裕があるのを見習いたいという話なので、なるほど言われてみればそれもその通り。
「だねえ。どんなことでも余裕があるのはいいことだろうし」
 もちろん、諸見谷さんはどんなことにおいても余裕がある、というわけではないんですけどね。あくまで恋愛についての話題から出たものですし。
「皆さんはどうですか? 余裕、あると思います?」
 尋ねたのはナタリーさん。ちょっと動くだけで首のひんやり感が増して気持ちいいのですが、それを言うと話しの腰を折ってしまうことになるので、黙って気持ちよくなっておきましょう。
 さて、自分に余裕があるかどうかという質問ですが、どうでしょう。さすがに、どんなことにおいてもまるで余裕がない、ということはないでしょうけど――。
「僕の場合はやっぱり、料理やってる時くらいはあるんじゃないでしょうか?」
 一応、趣味でかつ特技であると自覚しているので、その間くらいは余裕があって欲しいところです。もちろん、あって欲しいと思う前に、ある筈だと思ってるわけですけど。
 ……ところで、「誰かと付き合うようなことに限ったことではない」と大吾が言ったわけですが、それにしたってここまでの流れがありながら持ち出したシチュエーションが料理中だというのは、つまり恋愛方面に余裕を持っている自信がないということなんでしょう、やっぱり。自分のことながら。
「それはあるよ、絶対。余裕のない人が他の人に教えるなんて無理だろうし」
「料理ができねえ人間からしたら、自分が作ったもんを躊躇なく他人に食べさせられるって時点で割とすげえけどな」
 栞さんと大吾がそう言ってくれ、そうしてなんとか僕の面目は保たれました。
「喜坂との関係についてはどうだ?」
 やっぱりそっちにも及びますよねこの話題。ということで、保たれたばかりの僕の面目が成美さんによってピンチです。
「……どうでしょうねえ?」
 考えなしに何か喋ってもボロが出るだけのような気がしたので、分からないふりだけしておきました。
 いえまあ、なら本当は明確な答えを持っているのかと言われれば、持ってないんですけどね。自信がないというだけのことですもんで。
「ふむ、自分自身では判断し辛いものなのかもしれんな」
 情けない心理から出た対応だったというのに、成美さんはそれこそ冷静に対応し返してくれるのでした。余計に自分の情けなさを痛感することになってしまったのですが、身から出た錆もいいところでしょう。
 そして「自分自身では判断し辛い」ということは、
「喜坂から見るとどうだ?」
 こういうことになるわけです。
 恐らく僕の笑顔は引きつっているのでしょうが、しかし成美さんの質問に答える栞さんは、純粋な笑顔でした。
「あったりなかったりするよ、余裕」
 純粋な笑顔だったのですが、出てきた回答は曖昧なものなのでした。
 しかしその曖昧さこそが、栞さんの考えを如実に表していました。
「何か思い当たったみたいな顔だね、孝一くん」
「あったりなかったりって言われると、まあ、やっぱり」
 自分自身では判断し辛いという成美さんの言葉も間違いではないんでしょうけど、しかしやっぱり自分のこと。ヒントを出されれば、なんとかなってしまうというものです。
「ふむ、何だろうな。わたしが外側から見ていて思い付くことと言えば、やはりあの大喧嘩だが」
「……それだと思いますよ、多分」
 周囲の人から見てすぐに悟られてしまうというのは、もしかしたら悲しむべきことなのでしょうか。サーズデイさんが「けらけら」と笑っていたりもしますけど。
「誰から見てもあれだよねえ、やっぱり」
 栞さんが楽しそうだったので、悲しむのは止めておくとにしました。
「でも、それって日向さんだけじゃなくて喜坂さんも一緒なんじゃないですか?」
「うん。まあ、その点に関しては似た者同士ってことなのかもね」
 ぶっちゃけてしまうとそれは、良いか悪いかと言われれば悪い点なんでしょう。しかし少なくとも、そう言われて悪い気はしません。
「と言ってから自分で言うのもなんだけど、そのことを考えたら、余裕がないのは全部が全部良くないことだってわけでもないんじゃないかな」
 悪い点なんでしょう、と考えた傍から、栞さんが僕と真逆の意見を。しかしそれは言葉のあやと言うか何と言うか、別に僕と栞さんの意見が対立しているわけではないのです。現に僕は、いま栞さんが言ったことに「そうでしょうねえ」なんて思っちゃってますし。
「まあ、余裕をなくすほど怒るというのは、それが相手を想ってのことなら怒られる側としても嬉しいことだろうしな。もちろん、怒られているその場では腹を立てもするだろうが」
「オレらはまあ、その場限りの小さい喧嘩が多いんだけどな」
 成美さんも大吾も等しく真面目ではあったんでしょう。あったんでしょうが、しかし大吾のそれは成美さんを渋い顔にさせてしまうのでした。
「否定はできんが、それは最近減ってきているだろう?」
 減ってきている、どころか最近ではもう全く見掛けてないような気がしますが、でもやっぱり同じ部屋で暮らしているとなると、多少はそういうことがあったりするのでしょう。
 もちろん、だからと言って同じ部屋に住み始めてからの仲睦まじさに陰りが窺えるとか、そんなふうに言うつもりも思うつもりもありませんけどね。
「ああ、だからそれはいいことだよなって」
 大吾としてもそれは同じなようで、成美さんの顔色に気付いてすらいないように平然と、そう言ってのけるのでした。
 すると成美さんも、僅かながら口元を緩ませます。
「……そうだな。いいことだ」
 ややこしい言い回しに一度は顔色を曇らせ、しかしその直後に素直な笑みを浮かべられるというのは、二人の相性の良さの表れなのでしょう。別の人であれば、顔色が曇ったままだということも充分にあり得るんでしょうし。
 とはいえ当の本人が笑顔となれば、「別の人」である僕達もそれに釣られて、
「にこにこ」
 ということになるわけです。
 分かり易い直球な表現をありがとうございます、サーズデイさん。
「ところで、日向にだけ訊くというのも不公平だな。他の皆はどうだ? 自分はどういう時に余裕があると思う?」
 話が戻りました。が、仰る通りに僕はもう同じ質問に答えているので、他のみんなの返事を聞く側です。
「孝一くんと似たような感じになっちゃうけど、やっぱり庭掃除をしてる時かなあ」
「だったらオレもジョン達の世話してる時だなあ、やっぱ」
 わざわざ「余裕がある」と考える場面というのは、逆に言えば、普通なら余裕をなくしてもおかしくないような場面ということになるのでしょう。となればそこで挙げられるものは、普段のお仕事なのでした。不慣れな人がやるのとでは手際が違うでしょうしね、やっぱり。
「そうなるとわたしは買い物だが……うーむ、これはどうなんだろうな」
 話しを戻した張本人である成美さんですが、自分が戻した話に首を捻ってしまいました。
「もともと大吾や喜坂のような毎日の仕事だというわけではないし、そもそも単なる買い物だしなあ。人間の生活に慣れてさえしまえば、誰にだってできることだし」
「慣れたら誰でもできるっていうのは、私とか大吾くんの仕事も同じだと思うよ」
「つうかオマエの場合、その慣れたことがすげえんじゃねえか? 人間が人間の習慣に慣れるのとはわけが違うんだし」
 なんとも自信なさげな成美さんのフォローに入る栞さんと大吾。特に大吾が言ったことに対しては、ナタリーさんとサーズデイさんも「こくこく」と頷いていました。
 買い物以前にお金という物も概念もないわけですし、その何もないところから買い物を実践できるところまで理解を深めているというのは、考えてみれば確かに凄いことです。そりゃあもちろん、人間の中では当たり前なことですけど。
 ということでまたしても成美さんの表情が柔らかくなるわけですが、するとここでナタリーさんが動きました。首のひんやり感が増しましたが、それはともかくとしまして。
「あの、じゃあ、お買い物を頼んでもいいでしょうか? そろそろ鼠を全部食べ終わっちゃいそうで」
「そうか。うむ、もちろん引き受けるぞ。となると――日向、自転車を借りてもいいか?」
「どうぞどうぞ」
 恐らくは後ろに大吾を乗せての二人乗りになるんでしょう。ならば転んでしまわないかどうかが心配になったりもしますが、しかしそれを口にしたりはしないでおきました。二人乗りを我慢して転ばないくらいだったら、転んででも二人乗りをしてくれたほうが良さげだと思ったのです。
 まあ、これまでの話の影響なんでしょうけどね。
「暗くなってしまう前に行ったほうがいいだろうな。よし出るぞ大吾」
 一緒に行くかどうかを尋ねるまでもなく大吾も同行させるつもりの成美さんでしたが、もちろん大吾がそれに反発したりはしません。「ん」と非常に短い返事をして、成美さんと一緒に立ち上がるのでした。
「まあ、出ると言ってもまずは部屋に戻って着替えなんだがな」
 大吾を従えて立ち上がった成美さんは、こちらを振り返ると苦笑しながらそう言いました。着替えというか、実体化して大人の体になるわけですね。
 手間と言えば手間なんでしょうが、しかしそれがあるからこそ成美さんはあまくに荘の買い物担当なのです。……仕事を与えられた切っ掛けは、間違いなくそこなんでしょう。
 買い物をしたいというわけではなく、買い物ができるというだけの理由です。だというのによくこの仕事を引き受け、しかも仕事をこなせるほど買い物への理解を深めたものだなあ、と改めて感心してしまうのでした。
「では行ってくるぞ」
 というわけで成美さんと大吾が部屋を出、そのぶん室内の人口密度が低下しました。
 まあそうなったところで、ナタリーさんに巻き付かれているならあまり変わりないような気もしますけど。
 というのはともかく、状況が一段落したところでちょっと一息。ゆったりまったりとした静かな間が出来上がりました。
「あ、そういえば日向さん、喜坂さん」
 するとそんな時、ナタリーさんが何かを思い付いたふうに尋ねてきました。
「なんですか?」
「人間の愛情表現ってどんなものがあるんですか?」
「なんでですか!?」
 そりゃあ話に一段落が付いたなら別の話題が出てきても何らおかしくはないわけですが、しかしだからってそれはちょっと唐突過ぎやしませんか!?
 ……ともかく、いったん心を静めまして。
「いえ、つがいの行き着くところなんてどんな動物でも同じなんでしょうけど、そこに行き着くまではそれぞれじゃないですか。例えば今のこの、日向さんが喜坂さんの部屋に来てるっていう状況だって、人間からすれば愛情表現の一つなんですよね?」
 なるほど、つまりナタリーさんとしては唐突な話ではなく、改めてこの部屋を見た時にその質問を思い付いたってことですか。人間だけで言えば僕と栞さんだけですしね。
 それはともかく誰からそんなことを聞いたのか――うーん、大吾と成美さんは「部屋に来る」どころか一緒に住んでるわけだし、夜にならないと帰ってこない家守さんと高次さんは、ナタリーさんに会うなら他のみんなも呼びそうだし……となると、清さんなんだろうか?
 その清さんから聞いたかもしれない発言の真偽ですが、あくまで恋人同士であるという条件を前提にしていれば、まあ間違った言い分でもないでしょう。恋人の部屋にお邪魔するからには、まあそれなりにそれらしいことはあるでしょうし。
「うーん、細かく見ていけばいろいろあるんだろうけど……ぱっと思い付くものって言ったらやっぱり、キス、になるのかな?」
 僕ほど驚いてはいなかったにせよ、栞さんも躊躇いがちな声色なのでした。なるほど確かに代表例ではあるんでしょうが、でも栞さん、ここでそれを言ってしまうと――。
「キス、ですか。どういうものなんですか?」
「ふぇっ」
 ほらやっぱり。
 ちなみにサーズデイさんはキスがどういうものかご存じのようで、「ちゅー」なんて言いながら唇を突き出していました。くそう、こんな時になんて可愛らしい。
「え、えーとね、まあその、割といろいろパターンはあるんだけど」
 泥沼です栞さん。何パターン紹介するおつもりですか。というか、何パターン経験済みだと白状するおつもりですか。
「ただ単にキスってだけ言う場合は、口と口をくっ付けるというか、まあそんな感じだね」
 若干早口ではありながら、しっかりと説明完了。
「口と口を、ですか」
 何も知らないナタリーさんからすれば説明不足にも感じられましょうが、しかし実際、それだけのことなのです。もちろん、「だけ」で済むのは説明の場合のみなんですけど。
「見せてもらえませんか?」
「ふぇっ」
 今度ばかりは僕も栞さんと同じような声を出してしまいそうになりましたが、それはなんとか踏み止まりました。考えてみれば、踏み止まったって意味なんかないんですけどね。
「あ、ごめんなさい。見せられるようなものじゃないみたいですね」
 苦言を呈するまでもなく察してくれるナタリーさんでしたが、しかしそう言われてしまうとどうにも、「その通り」とは言い辛くなったりもします。
「あ、うーん……いや、どうなんだろう……?」
 栞さんもお悩みのようでした。確かに人前でほいほいとやっちゃうようなことではありませんが、しかし友人の集まりの中でおふざけ半分にというのも、なくはないと思います。というかそれ以前に、結婚式とかでは「誓いのキス」という名目でそれを披露する場面まであるわけですし。
 栞さんの視線がこちらへ向けられました。僕はどう思うか、ということなのでしょう。
 しかしそういう視線を僕に向けるという選択をした時点で、ある程度は「してもいい」と考えているということになるんではないでしょうか? 本気で嫌なんだったら、僕の意見を伺うまでもなく拒否してるでしょうし。
 僕は小さく頷きました。ナタリーさんは栞さんのほうを見ていたのですが、首に巻き付いている以上、その動作を感じ取るぐらいはしているはずです。
「ナタリーから見たら変なことかもしれないけど、でも、変に思わないでね?」
「あ、はい。それはお約束します。……あの、いいんですか?」
「うん。恥ずかしくはあるけど、それだけだからね。嫌って程じゃないから」
「ありがとうございます」
 というわけで、実演することになりました。
 ……「きゃー」とか言わないでくださいサーズデイさん。顔から火が出そうなんですから。
 心臓がバクバクなのを自分で感じ取れるほどの緊張の中、ナタリーさんに肩から降りてもらい、サーズデイさん入りのビンも床に。そして座ったままずりずりと栞さんの前まで移動し、向かい合います。
 頻繁にとは言わないまでも時々は同じことをしているというのに、何でここまで緊張するんでしょうね? 例えばナタリーさんがこう、囃し立ててくるとかならまだしも。
「宜しく、お願いします」
 栞さんがぎこちなく頭を下げました。もちろん普段からこんな感じだというわけではなく、それは緊張から来る行動なのでしょう。しかしその緊張から来ている行動に、僕の緊張は更に大きくなってしまいます。勢いでさっとしてしまえばまだ楽だっただろうに、こうなると身構えてしまうのです。
 ――まあこの状況じゃあどんな展開になっても、その展開に合わせた不満を思い浮かべてしまうんでしょうけどね。
「こちらこそ宜しくお願いします」
 こんなことをしているとナタリーさんにキスについての変な認識を与えてしまいそうですが、しかしそんなことを言っていられる余裕はありません。こちらもしっかりと頭を下げ返しました。
 で。
 実演し始めるわけです。
 実演し終わるわけです。
 さすがに、普段よりはいろんな意味で控えめでしたけど。
「……わ、分かってもらえましたか? ナタリーさん」
「はい。すみません、無理を言っちゃったみたいで。ありがとうございました」
 緊張から自然と実演時間も短くなってしまい、なので「もう一度」なんて言われたらどうしようかと思いましたが、それはないようでした。よかったよかった。
「口と口なんて普通の生活じゃあまず触れないでしょうし、だったらそれをわざわざ触れ合わせるのは特別な相手とだけ、ということでしょうか」
「そんなふうに考えてみたことはなかったけど、そういうことなのかもね」
 実演から導き出されたナタリーさんなりの推察に、栞さんは頷きます。
 僕らからすればキスは初めからキスという行為であって、同時に初めから愛情表現なのです。しかしだからこそ、「どうしてキスが愛情表現になるのか」というところまで考えるようなことは、そうそうありはしないように思います。今のような思考に行き当たったのは、キスというものを今初めて知ったナタリーさんであるが故に、ということなのでしょう。
「じゃあ喜坂さんと日向さん、たくさんキスしてずっと仲良しでいてくださいね」
 そういうことでもないような気はしますが、でもそういった機微を説明するのは大変そうですし、そもそもキスをするというだけであたふたしていた自分にそんな難解な説明ができるとも思えません。それに、仲良しでいる以上はキスもするんでしょうし、なら結局は同じことなのでしょう。
「頑張ります」
 僕は口でそう答え、栞さんは照れ交じりの笑顔で答えて、これにて一件落着。頑張るとかそういうことじゃないというのは、この際ですから気にしないことにします。
 そうして一息ついたところへ、「ワフッ」という低い声。あんまり静かなんで寝ているのかと思っていましたが、どうやらジョンは起きていたようです。
 いや、もしかしたら本当に寝ていて、いま起きたということなのかもしれませんけど――ん? となると、ジョンは僕と栞さんがキスしているところを見たか見てないか分からないということか。
 ……あれ、なんだか余計に恥ずかしくなってきた。
「にこにこ」

「ふふふ、もう二人乗りは完全に習得したも同然だな」
 というわけでキスの一件から暫くののち、大人の身体になった成美さんと大吾が帰ってきました。帰ってきたと言ってもまあ、ここは202号室じゃなくて203号室なんですけどね。
「後ろに乗ってる側としてはカーブの度に不安になるんだけどな」
「ふん、それはこれから先に慣れてくれればいいさ」
 つまりは「もっと二人で出掛けよう」ということなんでしょうか、と上機嫌な成美さんの真意を邪推してみたりもするのですが、しかし声に出しもしなかったそれについては横に置いときまして、
「哀沢さんと怒橋さんも、キスってしてるんですか?」
 ナタリーさあーん。
 ……いやあ、気になって然るべきなんでしょうけどね、そりゃ。
『も?』
 大吾と成美さん、口を揃えて同じ一文字を。そしてそれと同様、息を合わせたかのように二人揃って僕と栞さんを見遣ってきました。
 もちろん、だからといってついさっきここでキスをしたことが看破されるようなことはあるわけがないのですが、しかしそれでも、顔が熱くなっていくような感覚が。
「どんな話してたんだよ今まで」
「いや、直前にしてた話って言うと、別に何でもない普通の話題だったんだけどね」
 ナタリーさんの質問に答えるよりも、僕へ状況説明を求めるほうを優先させる大吾。そりゃまあ、大抵の人はそうなるでしょう。単にそれが気になるという意味でも、回答を先延ばしにするという意味でも。
「キスの話をしてもらったのは少し前――怒橋さんと哀沢さんがお買い物に行ってすぐのことなんですけど、帰ってきたら訊いてみようと思ってたんです」
 ナタリーさん本人からの説明はさすがに分かり易かったのですが、
「……もしかして、話題にすることからして駄目なことだったんでしょうか? そうだったとしたら、ごめんなさい」
 キスの実演の際に、僕と栞さんが渋り気味だったことを思い浮かべたのでしょう。質問へ即座に答えず状況の説明を求めた大吾に、ナタリーさんの頭が下がるのでした。
「どうしてそうなるのかはよく分からんが、そんなことはないぞ。キスの話ぐらい、気になるというならいくらでも訊いてくれればいい」
 気前よく、どころかむしろそんなナタリーさんの態度を訝しむようですらある成美さんでしたが、その言葉通りに「しているかと言われれば、もちろんしているぞ」と答えるのでした。大吾も、それに対してどうこうと言うわけでもありません。
「さっきの口ぶりからして喜坂と日向にも同じことを尋ねたのかもしれんが、返事は同じだったんじゃないのか?」
「はい。それでその、無理を言って、キスするところを見せてもらったんです」
「見せてもらった?……ここでか?」
 そんな話に多少ながらも成美さんは動揺したようで、するとそれを受けてナタリーさん、返事が「は、はい」と申し訳なさそうな声になってしまうのでした。
 しかし成美さん、そんなナタリーさんの様子はもちろん、その原因が自分の受け答えにあるとも気付いたのでしょう。表情が険しくなりました。
 そして、表情が険しくなったということは何かしら考えているということで、
「おい大吾」
「ん?」
 掛ける言葉はそれだけに、成美さん、突然に大吾の唇を奪いました。
 大吾からすれば完全に不意打ちだったのでしょう。反射的に持ち上げられた両の腕はしかし、成美さんをどうするというわけでもなく、キスをしている間ずっと、持ち上げられただけの状態で静止しているのでした。
 ちなみに、大吾はもちろん周囲の僕達にとってもしっかりと不意打ちだったので、驚くどころか誰も何もリアクションをすることができませんでした。僕達の時にささやかなちょっかいを出してきたサーズデイさんですらも、です。
 長く感じただけなのか、それとも実際にそうだったのか、成美さんは暫くそのまま、大吾から唇を離そうとはしませんでした。もしも実際に長い時間だったとしたなら、それは恐らくナタリーさんに見せるための時間だったんでしょう。
 ――実際の時間がどうだったかはともかく、成美さんが大吾から唇を、その体ごと離します。
「小さい身体だったらさすがに見せるのは躊躇ったかもしれんが、まあ丁度こっちの身体だったんでな。ならば問題はないさ」
 そう言いながらもほんのちょっぴり頬が赤くなっている成美さんでしたが、一方の大吾は、すっかり黙りこくってしまっているのでした。
 それはともかく、ナタリーさんが何か言おうとしたのでしょう、大吾と成美さんのほうへ僅かに体を動かしたのですが、しかし成美さんは話を続けました。
「ナタリーの気持ちは分かるぞ。特にわたしは自分が人間の姿になって、しかも人間の男に惚れてしまったわけだからな。気になる度合いはお前以上だったかもしれん」
「そ、そうですよね。だから哀沢さん達にも訊いてみたんですけど……でも、すいません」
 その成美さんとナタリーさんの言い分の両方について、なるほど人間以外の視点からすればそういう話になるのか、と。「気になる度合い」と成美さんは言いましたが、実際は気になるどころの話でなかったのは、容易に想像できてしまいます。
 それはともかく成美さん、再度頭を下げたナタリーさんを「ふふん」と笑い飛ばしました。
「お前の気持ちを分かったうえで言っているんだぞ? 何を謝られるようなことがあるんだ?――と言うかだな、それどころかお前がいろいろと質問をしてくれると、こちらとしても普段考えないようなことを考える機会が得られるんだ。むしろこっちから礼を言うぐらいが丁度良かったりするのかもしれんぞ」


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