(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十九章 この恋路の終着点 六

2012-09-05 21:01:49 | 新転地はお化け屋敷
 やや口籠るような間があってから、清明くんは少しだけ早口で話し始めました。
「僕は最近になってやっと――って言ってもそれはお母さんに言われて気付いたってだけなんですけど、お父さんの話する時、嫌な気分にならなくなってきたんです。その時怒橋さんのおかげだってふうにも言われて、僕もそう思ってて、だからあの、ありがとうございました」
 それはさっきも言ったような気がしましたが、
「いやいやそんな、さっきも言ったけどこっちだって話したくて話してたんだし」
 と。いえもちろん、そんなふうに言ってもらえてそんなふうに思ってもらえるっていうのは、ものすっごく嬉しいことではあるんですけどね?……顔、にやけたりしてないよね?
 にやけているかどうかはともかく、少なくとも微笑むくらいはしていたのでしょう。清明くんからもにっこりと、人懐っこそうな笑みを向けてもらえました。
「それでその、質問の方なんですけど」
「あ、うん」
 そうだった、訊きたいことがあるって話だった。
「僕は怒橋さんのおかげでこうなれましたけど、怒橋さんはどうやってなのかなって――あの、訊いていいようなことなのかどうか、ごめんなさい、分からないんですけど」
 ようやく出てきたその本題、訊きたいことについては、胸にチクリと刺さるものがありました。
 あたしはどうやって、兄ちゃんの話を平気な顔して話せるようになったのか。迷うどころか考えるまでもなく、それはもちろん、その兄ちゃんと会うことができるからです。離れ離れになっていないからです。
 ……それはずっと、「清明くんに対して後ろめたいこと」として、胸の内にありました。あたしには、「自分と同じで家族を失った人間」として接していた清明くん。でも本当は、同じなんかではなかったのです。初めから。
 同じ場所に清さんも住んでいること、そして清明くんの霊障のこともあって、仕方なく話せないことだというのは、その通りです。でもだからってそれを全く後ろめたく思わないというのは、あたしにはちょっと無理でした。
「あはは、訊いちゃいけないなんてことはないんだけどね」
 と、取り敢えずはそれだけ言ってみましたが、けれど。
「……でもごめんね、今はまだ言えないかな」
 例えば、です。例えば、それらしい理由をでっちあげることだって、やろうと思えばできたのでしょう。
 でも兄ちゃんのことを隠していることだけですら後ろめたく思ってしまうあたしには、そんなことはとても無理でした。好きな人に、しかもその人にとってとても大切なことについて、嘘をつくなんて。騙すなんて。
 清明くんは慌てたように手を振りました。
「あ、あの、いいんです無理に訊こうとは思ってないですし。――あの、ごめんなさい」
 あたしが怒ったということはなく、悲しい顔をしたというわけでもないのに、どうして清明くんは謝ったのか。
 それは、分かってしまうからなのでしょう。この話が本人にとってどれだけ繊細な扱いを要するものか、身を以って知っているからなのでしょう。が、かといって、体験していれば誰でも謝るということでもないんだと思います。
 清明くんは中学一年生です。小学校を卒業して半年も経っていない男の子です。
 それを考えると、いま謝るという行動を選択したのはきっと、凄いことなんでしょう。
「ううん。いいよ、謝らなくて」
 凄いことを凄いと褒めてあげられない。むしろ否定しなきゃいけない。
 それをとても寂しく思ったところ、少し前に聞いたあの言葉が頭をよぎりました。
 付き合ってどうしたいか、どうなりたいか、どうされたいか。
 あたしは、清明くんと――。
「あのね、清明くん」
「は、はい」
「今は言えないけど、いつか言えるようになるから。だからそれまで、今のまま、たまに会って話とかさせてもらってもいいかな」
「え、あ、あの……はい、その、それは僕からお願いしたいくらいです」
 さすがに話がいきなり過ぎたのか、これまで以上に慌てふためく清明くん。それでもはい、いいえ以上のことをしっかり言えてしまうことと、あとその言った内容に、あたしは胸の内を温かくさせられるのでした。
「もしかしたら今年中じゃないかもしれないし、そうなったらあたし、中学卒業しちゃうけど」
「あ……いやでも、今みたいに外で会ったりとか……それに怒橋さん、たまにうちにも来てくれてますし」
 そこまで言わせる気はなかったし、さすがにちょっと卑怯かなとも思いましたが、でもまあ、そうさせてくれるというのなら。
「ありがとう、清明くん」
「こ、こっちこそです。怒橋さんと話するの、好きですし」
 あたし自身を好きになって欲しいなあ――なんて、これについては照れ隠しでしかないわけですけどね。じゃなかったら、想像ですらそこまで大胆かつ身勝手なこと言えませんってそりゃ。
 というわけなので、
「あたしもだよ」
 清明くん自身を好きだとは言えないあたしなのでした。

 ――いやいやだってもう何度か来てるんだし、なんて理屈はしかし、言い訳になるのかならないのか。そもそも言い訳が必要なのかどうかもよく分かりませんけど。
 別にどちらから誘ったわけでもなくというか、むしろどちらともから誘い合ったというか……つまりはその場の雰囲気的に、あたしは今回も清明くんの家にお邪魔させてもらうことになったのでした。
 まあしかしなるのかならないのか分からない言い訳はともかくとしても、「話をするのが好きだ」と言い合った直後にその話をしないまま「じゃあまた今度」というのも、それはそれでどうなんだという話ではあったのです。少なくとも、あたしとしては。
「ただいまー」
「お邪魔しますー……」
 ああこれは明美さんいるんだなあと、「誰もいないけど取り敢えず」な調子ではなかった清明くんの帰宅の挨拶を聞いてそう思い、やや身構えるあたしなのでした。
 いや、いい人なんですけどね? 普通友達の親にそこまで思わないだろうってくらい、親しみは持ってるんですけどね? 一般的な友達のお母さんに対する呼称である「おばさん」ではなく、「明美さん」なんて呼び方してくらいですし。
 まあそれについては、清明くんより先に明美さんと知り合っていたという事情もあると言えばあるんですけど。
「あーら庄子ちゃーん! いらっしゃーい」
「え、えへへへへ……どうもです……」
 恋の悩みが解決すれば、この妙な遠慮も取っ払えるのかなあ。
 なんて。
「さっき近くで会って、それで」
 まだ何も言われてないのにどういうわけか言い訳をするかのような口調になっている清明くん。しかしまあ、分からないではないのです。明美さんはあたしが清明くんを好きだということを知っていて、それを(過剰かつ露骨に)後押ししてくれているので、清明くん側としてもそういうところへの警戒心が芽生えてしまっているということなのでしょう。
 というわけで、今回も。
「あらそうなの。よかったわねえ」
「よかったって――! いや、まあ、よかったんだけど……」
「うふふ。ほら、玄関で突っ立ってないで」
「わ、分かってるよ。お母さんのせいでしょ?」
 まあ確かに玄関は立ち話をする場所ではありませんが、だからといって他のどの部屋なら落ち着くってこともないんですけどね。どの部屋に上がらせてもらうにしたって、あたしにとっては「好きな人の家」なんですから。

 で。
「ごめんね、なんか騒がしくさせちゃって」
「いや怒橋さんが悪いわけじゃ――もう、お母さん、変なことばっかり言うんだから」
「あはは」
「……えへへ」
 ここで笑いが起こるということは、これは冗談です。ならばあたしはもちろん清明くんとしても、別に本気で明美さんの言動を嫌がっているとか、そういうことはないんでしょう。だとしたらここには帰ってこずにあのまま路上で話をしてたんでしょうしね。
 ちなみにもう一つ、こんな冗談を言い合うということは今この場に明美さんはいないわけですが、ならばどこにいるのかというと、お菓子の準備のために台所へ向かったところなのでした。
 更にもう一つ、そんなあたしと清明くんが今どこにいるのかというと、そこはまあ居間です。近いうちに明美さんから清明くんの部屋へ押し込まれそうな気もしますが、現在のところはそれは踏み止まっています。……ええ、踏み止まるということは、働きかけ自体は既に受けているのですが。
「でも、最初からこうなるって分かってたら、大きいペットボトルのジュース買ってたんですけど……」
「いやいや、そこらへんはお構いなく」
 今のところ未開栓の缶ジュースを軽く弄びながら申し訳なさそうに言う清明くんでしたが、そこは先手を取るようにしてそう返しておきました。今からもう一本ジュース買ってくるとか、そんな展開になるのはさすがにこっちが申し訳ないですし。
「あんまり至れり尽くせりだと太っちゃいそうだし。って、別にダイエットしてるとかじゃないんだけどね」
 これまた冗談で言ったつもりではあったのですが、けれど清明くんは笑うわけではなく、何か思い付いたような顔を。そしてそこから出てきた質問は意外というか、完全に想定外のものなのでした。
「あ、そういえば怒橋さんって、何かスポーツとかしてるんですか? 部活とか」
「へ? いや、思いっきり帰宅部だけど。なんせこの時間にここにいるんだし。それ以外でもスポーツなんてこれまで全く……えーと、なんでまた?」
 こちらとしては首を傾げるばかりでしたがしかし、その時の清明くんの顔からはかなりの動揺が見て取れました。察するには「質問形式の尋ね方ではあったけどそうだと決めてかかっていた」ということなのでしょうが――そうだとしてもその反応にも首を傾げざるを得ないあたしだったので、なんというか、多分ですがかなりすっとぼけたような顔をしていたと思います。
「い、いやその……それっぽく見えるなって……」
「……もしかしてあたし、ゴツい?」
 ダイエットがどうのとか言った直後でなんという。いやまあ、太ってる、というのとは若干方向性が違いますけど。あと、ダイエットがどうのとか言ったからこそ清明くんもそんなことが気になったんでしょうけど。
 ともあれあたしはスポーツをした経験なんかありませんし、それ以外でも体格が良くなるほど継続的に運動をした覚えもさらさらありませんが、しかしそこで思い浮かぶのは兄ちゃんです。同じく運動なんて何もしてないのに背は高いわそこそこ筋肉質だわで、だったら同じ血が流れているあたしももしかしてだんだん、知らず知らずのうちに――。
「細くて綺麗ってことよねえ?」
 明美さんでした。
 それが清明くんの台詞だったらどれだけよかったことか、なんて、もちろんこれまた照れ隠しなんですけど。
「ああ、でも細いっていうのとはちょっと違うかしら? 痩せ気味ってわけじゃないし。余分なお肉がついてなくて――健康的? ってところかしらね? もちろん綺麗ってところは据え置きで」
 えー、その、あたしの顔はきっと赤くなりつつあったのでしょう。まるで関係ない筈だというのに昼休みのさっちんの話を思い出したりなんかしてしまい、視線を自然と胸元に落としちゃったりなんかして。
 しかし一方、清明くんは既に真っ赤なのでした。
「お母さん!」
「うふふ、ごめんごめん。これ置いたら退散するから」
 そう言って座卓の上にお菓子が盛られたお皿を置いた明美さんは、本当に退散――もとい、台所へ舞い戻ってしまったのでした。
 ここで二人っきりっていうのはそれはそれで辛いです、明美さん。
 なんてことを口に出して主張はできませんでしたし、だったらそのまま二人っきりになってしまうわけですが。
「…………」
「…………」
 い、いやしかし。
 勘違いをしてしまった清明くんが恥ずかしさから黙り込んでしまうのは分かるとして、ここであたしが黙り込むことはないんじゃないでしょうか? 明美さんのあれは言い過ぎにしても、まあ、どうやら自分の体型について良いように思われていたということだそうですし。好きな男の子から。
「えーと」
「ごめんなさいぃ……」
 何も思い付かないけど取り敢えず何か言おう、と適当に口を開いてみたところ、その上から被せるようにして謝られてしまいました。なんとも消え入りそうな声で。
「い、いやいや、こっちとしては嬉しい――うん、嬉しいよ? 今まで別に痩せてるとか太ってるとか全然気にしてこなかったけど、そりゃまあ、今みたいに言われて悪い気はしないっていうか」
 悪い気どころか大喜びなわけですが、そこまでは白状しないでおきます。清明くんにとって今のはどうやら失敗だったようですし、そこであたしが喜び始めたりしたら、あっちからすれば「何をそんなに?」ってことになっちゃうんでしょうしね。
 で、それはさておきここからどうしたもんか。
「清明くんはスポーツとかって?」
 無理に絞り出したその質問に対しては、黙ったまま首を横に振る清明くんなのでした。
 ええ、まあそれは見た通りというかなんというか。悪い意味ではなく――なんて言ったところで本人からすれば余計な気遣いということになってしまうんでしょうけど――全体的にほっそりしてますもんね清明くん。
 などと思っていたら、
「いつ頭が痛くなるか分からないから、そういうのはあんまり……」
 しまった、今度はあたしが失敗した。
 そう。幽霊の存在自体を知らない清明くんは、その引き金が「幽霊に近付くこと」だということも、そしてそれが「霊障」と呼ばれるものだということすら、知り得てはいないのです。知らせられないのです、あたし達は。
 家守さんによれば、時間が経てば自然と治まるものだという霊障。
 そうなれば明美さんは清明くんに幽霊のことを教え、そして同時に、清さんのことを打ち明けるのでしょう。それに対して清明くんがどう思おうとも。
 そしてそれは、あたしも同じなのです。その時はあたしがどうして兄ちゃんの話を平気な顔で話せるようになったかを、本当はずっと兄ちゃんに会い続けていたということを、伝えようと思っています。清明くんからどう思われようとも。
 同じ立場のふりをし続けてきた嘘つきだと思われても。
 ……好かれたいとか嫌われたくないとかは、切り離して考えるべきことなのでしょう。これについては。
「怒橋さん?」
「あ、ごめん、なんか――」
 ぼーっとしちゃって、という言い訳をしそうになって、けれどそれはすんでのところで引っ込めておきました。自分から質問しといてぼーっとしてたってかなり失礼ですしね、それって。
 だからと言って、頭フル回転であれこれ考えてたとも言えませんでしたけど。
「ごめんね、変なこと訊いちゃって。知ってることなのに」
「い、いえ。別にそんな大袈裟なことじゃないですし」
 霊障だということを知らない清明くんにとって、それは「時々起こる頭痛」でしかありません。けれどあたしにとってそれはやっぱり霊障であって、それのせいで清明くんは清さんに会えないでいるという極めて重大なものであって。
 この認識の差はとても、とてもとても歯痒いのでした。
 助けてあげたいのでした。
 どうしようもないんですけどね。
 …………。
 と、まあしかしこの現状は「せっかく二人っきりになったんだし」と言えなくもない状況ではあるわけで、だったらそんなふうに塞ぎ込んでいるのは勿体無いと考えるべきなのでしょう。
 というわけでここらで一発何かしらの明るい話題を、とは思うわけですが、さて何かないものか――あ、そういえば。
 え、いやでもそれは明るいというのとはちょっと違うような気がしないでもないというかその。いやでもしかし、何かしら喋ったほうがいいというのは間違いないわけで、だったらここは……。
「き、清明くん?」
「なんですか?」
「あー、えー、そのー、うん、実は言おう言おうと思ってたんだけど、でも何だかんだで今まですっかり忘れてもいたんだけど」
「はい」
「今日の昼休みのことなんだけど」
 というわけで、清明くんの顔はみるみる赤くなってしまうのでした。
 ああ、くそう、可愛いとか思う場面じゃないんだろうなあやっぱりなあ。
「べ、別にあの時してた話をここでまたするとかそういうつもりじゃないんだけどね? ただその、誤解……ではないんだけど、間違いなくそういう話をしてたんだけど、こう、変なふうに思わないで欲しいなっていうかね?」
 さっちんに連絡が取れていれば「あれは友達から相談を受けてただけだったんだよ」と言ってしまえるのですが、現在時刻からして当人は未だ部活の真っ最中でしょう。事後連絡で済ませるということにして、というのはさすがにどうかと思いますし。
「あ、いえ、でもあの、他の先輩――ええと、友達ですか? と、話してただけみたいですし。女の人同士だったら、まあ……」
 女の人同士だったら。なるほど、そういうことになるのか。
 と落ち着いたふりをしておきつつ頭の中はぐるぐるしてますし、目も泳ぎまくってるんですけど、ともあれそうなるとつまり、
「清明くんも友達とそういう話してたりとか?」
「ないですないです!」
 ええそりゃぐるぐるしてるうえ泳ぎまくってるあたしなので問題なくここで判断ミスを披露してみせましたとも。女の人同士ならって言われたばっかりなのに、なんで女のあたしが男の清明くんにそんな質問しちゃうかねもうバカ。
「ご、ごめん」
「いえ……」
 ある程度覚悟をして臨んだこととはいえ、最悪も最悪な結果に終わってしまいました。なまじああいう話をしていたこと自体は「まあ」で済ませてもらえていたので、それを自分の失敗でぶち壊しにしてしまったというのはもう、泣きたくなるほどです。何やってんだあたしは。
「……あ、あの」
「なに?」
 意外にもここで清明くんの方から話を振られました。とはいえもちろん、それだけで事態が好転したとは言い切れないわけですが……。
「女の人同士ならって言っちゃったんでいっそ訊いてみますけど、お、男の人とも……?」
 男の人。と、なんだって? 前の話とこの話が繋がっているとするならつまり、あの話をしたということになるのかな?
 セックスがどうのこうの?
「なななないよそれは!」
「はわっ、ご、ごめんなさい!」
 すっかりへたり込んでいたところで食らった不意打ちに、つい大声を張り上げてしまいました。話の内容はもちろんのこと、ただそれだけでも好きな男子を目の前にする女子としては失敗のような気がします。
 ……ふっ。失敗なんて、今更ですけど。
「ごめん清明くん、何か今日駄目だあたし」
「いえあの、僕の方こそ」
 ここはもうこれ以上の失態を犯す前にお暇させてもらったほうがいいんじゃないか、とも思いましたが、でもまだ出してもらったお菓子に全く手を付けてませんし、そんな状態で帰っちゃったら明美さんがどう思うか――とか、あとやっぱり来たばっかりで帰っちゃうには勿体無いよねとか、そんなふうなあれやこれやがあって、結局そう言い出しはしないあたしなのでした。
 というわけなのでお菓子に手を付け始めたところ、
「あの、じゃあ最後に一つだけ、いいですか?」
「ん? いいけど……最後?」
 一瞬「もしかして帰って欲しいと思われてるのかな」と背中がひんやりしましたが、
「あ、その、こういう話はこれで最後ってことです」
 とのことだったのでほっとしつつ、けれど「ああ、ってことはじゃあ『そういうこと』を訊かれるわけだ」とこれまた不安になったりも。
「怒橋さんって」
「うん」
「好きな人とか、いるんですか?」
「んぶっ……!」
 咀嚼中のお菓子を吹き出しそうになりましたが、それはもう女子としてというか人としていかん行為なので、手で口を抑えるようにしてなんとかかんとか回避。
 いるよキミだよ、と視線でだけ訴えておきつつ、呼吸を整えかつ口の中のお菓子を飲み込むためにちょっとだけ間を挟みます。
「えー、別に気分を害したとかじゃなくてただ単に訊いてみたいだけなんだけど、なんで?」
 こういう話、と言っていた割にそれとはちょっと方向性が違うような気がします。が、
「あ、その……昼休み、友達とああいう話をしてたってことだったから……」
 ふむ――いや、そうか。実際のところあれはさっちんからあたし達への相談だったわけですが、それを知らない人からすればいわゆるひとつの「恋バナ」というものをしていたように見えてしまうのでしょう。まさか友人間で性教育についての議論をしているなんて発想は持たないでしょうしね、普通。
「いないことはないです」
 特に意味もなく敬語になりつつ、あたしはそう答えました。
 いるかいないかの二択で済むというかそれ以外に択がない質問でどうしてそんな曖昧な表現をしたかというと、そりゃあ相手がその好きな人当人だからです。いないというのは嘘になりますし、だからといっているときっぱり言い切ってしまうのは、やっぱり、その。
「そ、そうですか……」
 曖昧な表現とはいえ結局のところいるということになるわけで、ならば清明くんはそう受け取ったのでしょう、なんだか力が抜けていくような調子でそう返してくるのでした。まあそりゃそうもなりましょう、自発的なものとはいえ緊張くらいするでしょうしね。年上の、しかも異性にそんなこと訊いてみるっていうのは。
 ちなみにここで、じゃあ清明くんはどう? という質問を返してみようかとも思いましたが、しかしそれについては引っ込めておくことにしました。なんというか、ムキになってるみたいで格好悪いじゃないですか、同じ質問を返すっていうのは。格好悪いはともかくとしても、まず有り得ないとはいえ、「なんでムキになったのか」というのを詮索されてしまうと、こっちとしては非常に辛いですしね。どれだけギリギリまで追い詰められても、今はまだそれを白状できないわけですし。
 清明くんの霊障が治まって、嘘をついていたことを知らせてそして謝るまでは。
 嘘をついたままじゃあ気持ちは伝えられない、と聞こえのいい表現もしようと思えばできるわけですが、「先に気持ちを伝えてしまうと、嘘をついていたと知らせた時にそれが清明くんの中で全部ひっくり返ってしまうかもしれない」という、打算的というか、卑怯な考えもなくはないのです。
 でもまあそれを言うならそもそも「謝るまでは」というのだって、今ここで告白する勇気がないことへの言い訳みたいなものだったりするんですけどね。勇気があっても同じ理由から告白はしませんけど、それでもやっぱりないものはないのです。
「まあ別に、それは今日の昼休みの話とは全然関係ないんだけどね。その好きな人っていうのはまだこっちの片想いでしかないし、だから普段、そこまでのことは全然考えたりしないし」
「そうですか」
 なんだかちょっとだけ顔色が良くなる清明くんなのでした。――が、それもまたそりゃそうなるのでしょう。目の前の人物がそんなことばっかり考えてる人だとしたら、あたしだってちょっと気が滅入りますし。
「清明くんはどう? 興味ある? そういう話って」
「えぇっ!」
 好きな人はいるか、ということについては尋ね返したりしませんでしたが、こちらについては訊いてみることにしました。性質は悪いかもしれませんが冗談で済みますもんね、最低限。
「いやあ、男子同士とかだとそういう話もするもんなのかなって」
「……す、する人もいないことはないですけど……」
「清明くん自身はしない?」
「そ、そうですね」
 言い難そうだったのでこちらから先んじて尋ねてみたところ、これまたちょっと顔色をよくする清明くんなのでした。
 しない。
 ということなら尚更、今の質問は「されたくない」部類のものだったかもしれません。いやもちろん、積極的にされたい人なんて極々稀なんでしょうけど。稀であって欲しいですけど。どうかねみっちゃん。
「ごめんごめん、ちょっと意地悪だったね」
「あ、あはは」
 否定しない清明くん。ならばうむ、今後はこういう話は控えることにしましょう。


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