(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第四十七章 報告 十二

2012-05-30 20:51:29 | 新転地はお化け屋敷
「んっふっふ」
「……ふん、楽もらしいな。日向が言った通りということか、男は気楽なものだ」
 笑った清さんに成美さん、渋い顔。ですがその笑ったタイミング的に僕が気付いたことと同じことを考えたふうにも取れなくは……いや、もちろんそれに言及したりはしませんでしたけども。
「そうは仰いますがねえ、成美さん」
 と、ここでその清さんが反論を始めます。
 僕としてはちょっと意外なのでした。笑って流すんだろうなあ、なんて思ってたんですが。
「なんだ?」
「もちろん個人差はあるでしょうが、細ければ細いほど美しい、というわけではないものだったりするんですよ。男の視点からして、女性というものは」
 清さんがこんな話をするのは珍しい、と一瞬思ったりもしましたが、しかしよくよく考えてみれば清さんは趣味の一つとして絵を描くのです。ならばこういう話について持論の一つや二つは持っていてもおかしくないのでしょう。綺麗とかでなく、美しいなんて言葉を使ってたりもするわけですし。
「それはまあ、わたしも分かってはいるつもりだが……しかし少々話がずれていないか? 細いほどいいかそうでないかという話ではなく、細いにせよそうでないにせよ、体型というものについて男は無関心だという話だぞ?」
 男性側の意見を述べてくれるのが清さんだということで頼もしく感じていたところもあったのですが、しかしそういえばそうでした。無関心というのは言い過ぎにしても、女性より関心が低いのは間違いないでしょうしね。僕自身もそうですし。
 けれど清さん、「んっふっふ」と。
「でも私は、その二つの話には繋がりがあると思うんですよねえ」
「というと?」
「体型を細くする、つまり痩せるというのは、努力が必要なことじゃないですか」
「うむ。いやまあ、わたしはもう太ったり痩せたりはしないわけだが」
 というのはもちろん成美さんが幽霊だからですが、そういえば、栞はもうそうじゃないんだなあと。まあ別に、太って欲しくないなんて思うわけじゃないですけど。むしろいっぱい食べてくれたら嬉しいですけど。
「一方で太るというのは、簡単なことじゃないですか」
「うむ」
「その差ですよ」
「うむ?」
「女性が痩せようとする、つまり努力を必要とする結果を求めるのに対して、一方で男性は、太ったほうがいいとまでは言わないにせよ、『ちょっとくらいふっくらしてもそれはそれで』なんて思っているわけです。――関心の有る無しではなく、難易度の話ですよね。そうピリピリしなくてもいい結果が得られるのですから、男性は女性より気楽に構えているというわけです」
「ふーむ」
 なるほど。などと、男性である僕がまるで今知ったかのような勢いで納得していいものなのかどうか――はともかく、成美さんとしてもまるで分からない話というわけではないようで、腕を組んで唸ってみせるのでした。
「ただし」
 相手に異論はなさそうだというのにまだ話を続ける清さん。まあ、清さんですし。
「『ちょっと丸くなった?』なんて言うと、こっちとしては褒めているつもりでも間違いなく機嫌を損ねられちゃうんですよねえ」
 実体験なのでしょうか……。
 ついつい機嫌を損ねている明美さんの様子を想像してしまうわけですが、それはともかく。
「せーさんはああ言ってるけど、どうかね高次さん」
「今のお前が一番綺麗だよ――っていうのは、さすがに月並み過ぎる答えだよなあ」
「…………」
「あ、そうでもなかった感じ?」
 家守さんが軽く真っ赤になったところで、ならば今度はこちらにも。
「孝さんはどう?」
「ちょっとくらいふっくらしてもそれはそれでっていうのは確かにそうだけど、太るくらい食べてくれること自体がそれ以上に嬉しいかな、僕の場合」
「あはは、変なの」
 ええ、そんなふうに思われるのは分かってましたとも。
 ついでに周囲からも笑いが見え隠れしたところで、どうせならともう一言。
「それ以前に、もう痩せたとか太ったとかに拘るような段階でもないと思うしさ」
 高次さんに倣って、というわけではないのですが、これまた月並みに過ぎる答えなのかもしれません。けれども間違いなく事実ではあるわけですし、だったら、ということで。
「あはは、まあ、たったいま結婚式の衣装作ってる最中なんだもんねえ」
 栞は笑って納得してくれました。その反応が女性全体の中で多数派なのか少数派なのかはさておき――というかそれらはまるで関係なく、これが僕のお嫁さんなのでした。
「むう、大吾にも訊いてみたかった……」
 成美さんは少し残念そうにしていました。
 がしかし、先程僕と道端さんの会話がふすま越しに聞こえていたというのならば、こちらの会話もあちらに聞こえているのでしょう。
 ということでふすまの向こうからは、照れと焦りの窺える「あ、後でな」という声と、抑えようとして抑え切れなかったような笑い声が聞こえてくるのでした。

「なんかこう、やっぱちょっとはモヤっとするもんがあるな」
「だろうなーとは思ってた」
 寸法取りを終えた大吾が居間へ戻ってきたならば、その途端にそんな遣り取り。何の話なのかといいますと――。
「うにゃあ……」
 栞の膝の上から僕の膝の上に移動していた成美さんについて、なのでした。
 普段以上にハイテンションだったこともあってかそろそろお疲れのご様子な成美さんですが、それと同時に声から仕草から、なんだか猫っぽさが増してきているような気がします。まあ、そもそも猫じゃらしで遊ぶっていうのはそういうことなのかもしれませんが。
 で、そのお疲れプラス猫っぽい様子というのは、俯瞰してみるに「甘えている」ように見えたりしてないだろうか、なんて危惧というほどではないにせよそんなふうに思っていたところへの、大吾のこの一言です。
「はい大吾」
 モヤっとさせておきながら現状維持なんてできるわけもなく、なので成美さんを差し出します。お姫様抱っこになっちゃうのは、まあしょうがないとして。
「いや、オレは人前で猫じゃらしは……」
「じゃなくて、休憩。自分でそうさせといてなんだけど、成美さんこんなだし」
「ああ、そういうことか」
 そりゃそうでしょうよ。というわけで大吾、成美さんを膝の上へ座らせます。
「――って、休憩すんのここでかよ。横にさせときゃいいだろうに」
「いやあ、そのまま寝ちゃったりしたらちょっとあれだし」
 寸法取りもあるわけだしね。
 とまあ、この時点では他意なくそういうつもりだったのですが、
「あ。いや、おい、成美ちょっと」
 何やら慌て始める大吾ですが、しかしこちらからは特に何が起こったようにも見えません。成美さんに呼び掛けてはいるものの、その成美さんにも動きはありませんし。
「どうかした?」
 というわけで尋ねてみたところ、
「こうなった」
 大吾が成美さんをちょっとだけ持ち上げました。ら、それまでは身体に隠れて見えていなかった成美さんの手が、大吾の上着をしっかりと掴んでいたのでした。いくら成美さんにしたってあまりにもな甘えっぷりですが、身体に溜まった疲労が心の方にも伝播したとか、まあ、そういうことなのでしょう。多分。
「ほら、別にここで構わねえから。どっかやったりしねえから離せって」
 それに対して成美さんから返事はありませんでしたが、しかしどうやら言われた通りにしたらしく、大吾はふうと安堵の溜息を吐くのでした。
 安堵。それ自体はもちろんいくらしてもらっても問題ないのですが、しかしそれだけで済んでしまうのことにちょっと違和感が。
「大吾、なんかもう照れたりしないんだね。こういう展開」
「アホか。恥ずかしい目に遭うのに慣れただけで、恥ずかしいこと自体は変わんねえっての」
「なるほど」
「だから猫じゃらしも絶対やんねえぞ」
「そこ念押ししてくる?」
 別にそんなことが言いたかったわけではないというか、その発想は全くなかったんだけど――しかしまあそれはともかく、いいことではあるのでしょう。確認するまでもないこととはいえ、大吾と成美さんの関係は変わらず良好なようです。
「あの、次の方は……」
 はっ。
 とさせられたその言葉は、道端さんから。そうでしたそうでした、大吾が終わったなら次の人に出てもらわないと。
「あ、私行きます」
 立ち上がったのは栞でした。
 成美さんは暫く休憩してるだろうし、じゃあ次は家守さんか高次さんかなあ、なんてその瞬間は思っていたのですが、しかしそういえば。
「…………」
「……いえ、自分はここに残りますので」
「あ、いえ、ははは」
 視線から察せられてしまったのがなんだか恥ずかしく、なので意味もなく笑って何かを誤魔化そうとしてみます。
 次は栞の番。ということは僕がそうだったように栞も向こうの部屋で下着姿になるわけで、じゃあそこに大山さんがいるというのはどうなのよ、とそういう話です。
 自分から声には出さずとも大山さんのそんな言葉があればもちろんみんなそのことに気が付くわけで、するとここで、栞がくすくすと笑いだしました。
「何でもない時ならともかくこれお仕事なんだし、私はそこまで気にならないけどね。そりゃあ、ちょっとくらいは気になるけど」
 ううむ、そういうものなんだろうか。いやまあしかし、全裸ならともかく下着姿ならまだなんとか大丈夫なラインだったりするのか――などと思っていたところ、そういえば、と思い付くことがありました。
 医者。
 手術。
 もちろん栞がそれを意識して今そう言ったのかどうかは、分からないわけですけどね。
「あ、でも別に来てくださいって言ってるわけじゃないですからね?」
 と、大山さんに向けて。そりゃそうだよ栞。

「気にならない、ねえ」
 栞と道端さんが私室へ入り、入れ替わりにこちらへ来た大山さんが座り込んだところで、家守さんがそう呟きました。呟きました、と言ってそれは、明らかに他のみんなにも聞こえるような大きさではありましたが。
「どうかしましたか?」
 気にならない、というのは先程の栞の言葉。ならばここで反応すべきはやっぱり僕なのかなということで、そう尋ねてみます。
 すると家守さん、いつものようにキシシと笑います。が、はて、僕はいま何か変なことを口走ってしまったのでしょうか? 身に覚えがありませんが。
「もうそんなふうに流しちゃえるかあ。いかんね、アタシだけ感慨に耽ってても」
 と言われても、僕にはまだ話が見えません。大元であるらしい栞の「気にならない」という言葉は「仕事でなら男の人の前で下着姿になっても」という意味での発言なのですが、僕がその話を流したことに感心してみたり感慨に耽ったりというのは、どうもその話の内容と噛み合っていないような……。
 どう反応したものかと思い、というかいっそ困っていたところ、すると家守さんが立ち上がりました。
「こーちゃん、二人で内緒話しよっか。台所来てもらっていい?」
「はあ」
 望んでというよりは、誘われるままにそれを承諾。何も分からない以上、望む理由もなければ断る理由もないわけですしね。

 というわけで、台所。
 ――と思ったのですが、
「いや、ここでもなっちゃんには聞こえちゃうかなあ。んー、ごめんこーちゃん、表出てもらっていい?」
 というわけで、そのように。台所はいいけど外は嫌だ、なんてことはまあ、もちろんないわけで。
 玄関から外に出ると、家守さんはすぐ横の壁にもたれかかるようにしました。僕もそれに倣うべきなのかちょっと悩みましたが、すぐに「悩むようなことではない」という結論が出てしまったので、そのまま立ちんぼです。
「男の人の前、とかじゃなくてさ」
 家守さんが話し始めました。がしかし、ううむ、いきなり話題の根底が覆ってしまったような気がします。そこを問題外にすると、さっきの話には何が残るのでしょうか?
「男だろうが女だろうが、しぃちゃんが人前で服脱げるってこと自体が凄いことだよね」
 だよね、なんてこちらも事情が分かっているふうな言い方をされてしまいます。となるとつい、はあ、と曖昧な返事をしてしまいそうになるのですが、けれど次の一言で、全部分かってしまいました。
「アタシの手を借りずにさ」
「あ」
 どうして気が付かなかったのでしょうか。ただ気が付かなかっただけならまだしも、それに繋がりそうなものを思い浮かべてもいたというのに。
 医者。
 手術。
 胸の傷跡。の、跡。
 少し前までの栞は、人前で服を脱ぐ機会があれば、その前に家守さんに傷跡を消してもらわなければならなかったのです。
 僕がその場面に遭遇することは殆どありませんでしたが、でもだからと言って、忘れていいことではありません。
「あはは、今気付いた感じ?」
 家守さんは笑いました。そりゃそうでしょう、笑われて当然のことです。
 恥ずかしい。ただただ、そう思いました。
「上出来、どころの話じゃないね、そうなると。アタシが思ってた『最高』なんか、すっかり通り越しちゃってる」
 家守さんは笑い続けていました。――が、それはどうも僕が思っていたような笑いではなかったようでした。
 家守さんは嬉しそうな微笑みを浮かべながら、話を続けました。
「あの感じだと、しぃちゃんも多分こーちゃんと同じだったんだと思うよ。自分が人前で服を脱げるのがどういうことかっていうのが、すっかり意識から抜けちゃってる」
「……いいことなんですかね? それ」
「もちろん」
 話し口からしてそうだろうとは思っていましたが、それでも敢えて訊いてみたのは、僕が即座に納得できなかったからです。
 なんせ僕は、というか僕と栞は、今でも栞の傷跡があった場所を「傷跡の跡」として扱っているのです。そうまでしておきながら、忘れてしまうというのは……。
「忘れるっていうのとは話が違うからね」
 まるで思考を読まれたんじゃないかというくらい、それはピッタリのタイミングなのでした。
「違う、んですかね」
「ん? ははあ、そっかそっか。それで不安そうな顔してるのか」
 不安そう、というかそのまんま不安なわけですが、ともあれ家守さんはそこで初めて僕のそういう様子に気が付いたようでした。
 褒められているのは分かりますが、その褒められていることについて、素直に「そうですね」と納得ができないこの状況。しかも自分では褒められるどころか逆に宜しくないことなんじゃないかと思っているわけで、だったらそりゃあ、不安にくらいなりますとも。
 忘れるっていうのとは話が違う、というのはどういうことなんでしょうか?
「忘れたってわけじゃなくて、たださっき思い出さなかったってだけなんじゃない?」
 さっきというのはもちろん、栞が服を脱ぐのに大山さんが居合わせちゃったらどうのこうの、な話が出た時のことでしょう。
 思い出さなかった、というのは確かにその通りなのですが、
「……それって、忘れたっていうのと具体的にどう違うんですか?」
「例えば――場所が場所だから言い難かったりするかもだけど、例えばこーちゃん、実際にその『しぃちゃんが人前で服を脱げない原因』があった箇所を見たりした時、それでも全く思い出したりしない? 今はもうないけど、そこにあった傷跡のことって」
 ああそうか、傷跡の跡っていう呼び方をしてるのは僕と栞だけなんだよな。――なんて、どうでもいいことを頭に過ぎらせつつ。
「いえ、それはさすがに思い出しますけど。……ええと、まあ、栞も同じく」
 場所が場所なので言い難い。確かにその通りなのでした。ただ見るだけならそこまででもないんでしょうけど、触りたいだとか触って欲しいだとか、そういう遣り取りもあってのことだったりするもので。
「あはは、ほらね」
 思い通りの反応だったからなのでしょう、家守さんは笑ってみせます。
 が、しかしその直後。そう極端ではないのですが、家守さんは話し口のトーンを少し落としました。
「はっきり言っちゃうと、忘れるなんて絶対に無理だと思うよ。仕事柄たくさんの幽霊を見てきてるわけだけど、そういう根っこの部分を忘れちゃった人なんて殆どいないね」
 殆どいない、ということは少しはいたということなのでしょうが――しかしそこについては、訊けませんでした。訊こうと思えませんでした。訊いてはいけないような気がするというか、はっきり言って、怖かったのです。
 根っこの部分。怖いと思った原因は、その表現の仕方だったのでしょう。
 今の話で言えばその根っこの部分というのはつまり、「自分が幽霊であることについての」根っこの部分です。栞の場合、それは確かにあの傷跡の跡なのでしょう。
 忘れていいものではない、と僕は今の今まで傷跡の跡についてそう思っていたわけですが、それどころの話ではありません。そんなものを忘れてしまったら、一体、その人はどうなってしまうのでしょうか。
 幽霊であることについての根っこなのだから、それを忘れるということは幽霊であることを忘れてしまう――なんてそんな単純な、たったそれだけの結果で終わるとはとても思えませんし。
「忘れたんじゃないっていうなら、じゃあこーちゃんは今どういう状態だったのかっていうと」
 僕が本筋から外れたところで勝手に怖がっている間も、下がったトーンを戻しつつ家守さんの話は続きます。けれど、そうしておきながら家守さんはしかし僕の様子を気にかけていないわけではなく、むしろ僕の表情をじっくりと観察しているような視線をこちらへ向けているのでした。
「引き出しの奥の方に仕舞ってたって感じかな? 普段は意識に上らないけど、必要な時はいつでも取り出せるっていう」
「……ああ」
 その例え話を持ち出されてようやく、家守さんの言っていることが胸にすとんと落ちてきました。いや、理解してから振り返ってみるに、家守さんの説明が悪いというよりは僕の理解力が足りてなかったってことになるんでしょうけど。
「割と頻繁なんですけどね、必要な時」
「あらま。キシシ、そっかそっか」
 というのはつまり「そういうこと」なわけで、ならば家守さんも、それに相応しい笑い方をするのでした。
「それが一番いいんだよ。こーちゃんが不安がってた通り忘れるっていうのは駄目だし、だからってずっと気にしてるっていうのもそれはそれで駄目だしね。少しずつ気にならなくなっていって、でも大事な時だけはちゃんと意識できるっていうのが一番いい」
「ですか。――ですね」
 ほんの数瞬だけとはいえ自分でも考えてみるに、家守さんのその言い分に異論は湧きそうにありませんでした。
「うん。で、さっきのこーちゃんが正にそれ」
 ……納得した途端にそう言われると、引き続いて「ですね」とは言い難いわけですけど。
「一番いいって今言ったけど、アタシは正直そこまでは想定してなかったんだよね。ほら、最初に言ったでしょ? アタシが思ってた最高なんかすっかり通り越しちゃってる、とかなんとか」
「ああ、はい。言ってましたね」
 とかなんとか、どころか一語一句違わずそう言ってたと思います。いやまあ、それくらい違ってたって問題ないですけど。
「ずっと気にしてるっていうほどではもちろんないけど、さっきみたいに服を脱ぐとかそういう話になったら意識するだろうな、なんて思ってたのね。アタシは。でもそうじゃなくてこーちゃん、アタシに言われて初めて気付いてたでしょ?」
「ですね」
 もちろんそれは褒め言葉なのでしょうが、それでもやっぱりまだちょっと照れ臭かったりしないでもありません。
「こーちゃんみたいな人がいっぱいいたら、霊能者の仕事なんて激減しちゃうんだろうねえ」
「……ええと、いきなり飛びましたか? 話が」
「あー、ごめんごめん。今のは余計だったね。――でもまあそういうこと。こーちゃんは今ここにいる一人だけだけど、おかげで霊能者の仕事が一つ減っちゃったってね」
「というのは、栞の?」
「うん。もう、アフターサービスすら必要なくなっちゃったかな」
 言っていることは分かるのに頭が話に追い付かないという奇妙な気分に見舞われながら、それでも僕は、口調に反してどこか寂しそうな家守さんの表情を見逃しませんでした。
「家守さん」
「ん?」
 どうしてここでそんな顔を。……なんてことは、思いませんでした。
 むしろ、栞もそういう顔をするんだろうな、なんて。
「栞のことは、僕に任せてください」
 驚いたような顔をして、目を細めて。そうしてから家守さんは、いつものように笑いました。
「キシシ。じゃあ、お任せします」
 笑ってそう言ってくれました。栞を僕に任せてくれました。それはつまり今の今まで、全体にせよ一部にせよ、家守さんは栞のことを請け負ってくれていたわけで――。
「今までありがとうございました。栞のこと」
 僕は頭を下げました。外見的にも内情敵にも、恐らくはこれまでの人生の中で最も深く。
「……こっちこそだよ、こーちゃん。今まで、それにこれから先のことも、ありがとう。しぃちゃんのこと」
 頭を下げ返されました。
 謙遜はしません。その通りです。今までもこれから先も僕はずっと栞のことを請け負い続けますし、だったらそれは、これまで請け負ってきた家守さんからすれば礼の言葉を向けるべき行いということになるのでしょう。
 僕はここで礼を言われるべきなのです。「今まで」と「これから」という、一見ひと続きに見えるものに明確な区切りを付けるために。ここから先を請け負うのは自分一人だと、家守さんが請け負うのはここまでだと、はっきり結論付けておくために。
「はい」
 なので僕は謙遜も何もなく、ただただ家守さんの言葉をそのまま受け止めるのでした。
「うん、いい返事。頼もしい限りだね」
 頭を上げた家守さんは、嬉しそうにそう言ってくれました。ならばもちろんこちらとしても嬉しいですし、間違ってなかったんだなとほっとする部分もありはするのですが、しかし一方で頼もしさの一つや二つはあって当然であるべきだ、なんてふうにも。
 ――というのは真面目な話として、そうでないものも少々。
「贅沢な話ですよね、どっちか一人だけ選ばせるって」
「あはは、確かにね。モテモテだ、しぃちゃん」
 ただ助けになりたいというのであれば、一人だけを選ぶ必要はありません。二人で一緒に助けになったほうが、当然効率的ではあるわけです。
 けれどそれを選べないというのは、僕が一人で栞を請け負うことを望み家守さんが身を引いたというのは、そこに感情というものが混ざり込んでいるからなのでしょう。
 なんせ愛です。感情も感情、ド感情です。それに従う限りは効率なんて知ったこっちゃなく、思ったように望んだように突き進むだけです。
「でもこーちゃん、その逆だって言えるんじゃないかな?」
「言えますね」
 どうやら全く同じことを考えていたらしく、なのでそんな反応をした僕を見て、家守さんはいつものように笑ってみせました。
 が、しかし言わずに済ませる気はないようです。
「そのモテモテなしぃちゃんに選ばれたんだもんね、こーちゃん」
 家守さんと同列ではなく、たった一人の特別な相手として。
 今更照れることでもないでしょう。僕が栞を愛しているように、栞も僕を愛してくれています。
 そしてその二人揃って感情で動ける状態だからこそ、僕と家守さんの二人から一人を選ぶという効率度外視な選択が可能だったわけです。
「選ばれちゃいましたもんね」
 そう言って二人で軽く笑い合い、ならばそこで、真面目から少し外れた会話はお開きということになりました。
 真面目でないだけであって、間違った話ではなかったんでしょうけどね。
「じゃあ、そろそろ戻ろっか」
「はい」
「幸せにしてあげてね」
「はい」
 さらっとだけそんな遣り取りを挟みつつ、僕と家守さんは再び101号室の玄関を潜りました。


コメントを投稿