(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十七章 報告 十一

2012-05-25 21:01:40 | 新転地はお化け屋敷
「今日はテンション高えなあ」
 届かないと分かり切っている位置の猫じゃらしに向けて何度も何度もその手に空を切らせ続ける成美さんに、大吾が苦笑い。ちなみにその間も成美さんは声を張り上げ続けているので、呟くようにして言われると聞き逃してしまいそうになります。
「日によるものなの?」
「割とな。手を出さずにただ目で追ってるだけって時もあるし」
「へー」
 確か猫さんはそんな感じだったように思いますが、どうやら成美さんにもそういう時はあるようです。暴れないよう気を付けている時とかは成美さんでもそんな感じですが、しかしまあ、今の話はそういう制限が掛かっていない場合の話なのでしょうし。
「ん? でもそれってさ」
 何かに気付いたらしいのは栞。ですが恐らくそれとは関係なく、成美さんの頭に手を伸ばしたりもしています。
「つまり大吾くんが猫じゃらし使ってた時の話なんだよね? ってことは、他に誰もいない時なんだよね?」
「旦那サンならいる時もあるけど……まあ、その場合は除けばそうだな。それがどうかしたか?」
 成美さんと二人きりでない限りは猫じゃらしを使わない、と大吾が決めているのは知っていましたが、どうやら猫さんは例外なのだそうでした。
 まあしかし、その三名の関係を考えれば、そう不思議な話でもないでのしょう。というか間違いなく、猫さんも一緒になって猫じゃらしに夢中になっちゃうわけですし。
 というわけでそれはともかく、さて、栞は一体何を疑問に思ったのでしょうか。
「じゃあそれってテンションが高いとか低いとかじゃなくて、雰囲気に合わせてってことなんじゃないの?」
 大吾、ちょっと考えます。
 そして数瞬の間ののち、「ああ」と理解出来たような声を上げたのですが、
「ふにゃーん!」
 その途端、悲鳴の割には気が抜けたような、でもやっぱり悲鳴ではあろうという、奇妙な大声が部屋中に響き渡りました。――とはいえ、部屋中に大声が響き渡るというのは何も今に始まったことではないのです。なのでそれを耳にした全員、その声量に驚くようなことはありませんでした。
 が、だったら何の反応もなかったのかといえば、そういうわけでもなく。
 声量に驚くことがなければ、残るはその悲鳴の奇妙さです。というわけで部屋中の恐らくほぼ全員が、笑ってしまったのでした。
「『ああ』じゃないわ馬鹿者! は――は、恥ずかしい話をされているのに、それを止めるでもなく普通に納得してどうする!」
 というわけで、言うまでもないでしょうがその悲鳴は成美さんが発したものなのでした。そしてその成美さん、今度は大吾に抗議の声を上げ始めますが、視線と手の動きは猫じゃらしから外れないままなのでした。顔は赤くなってましたが。
 恥ずかしい話をされているというのは、栞が言った「雰囲気に合わせて」という部分なのでしょう。それ以外はただ猫じゃらしで遊んでいると言うだけの話なんですし。
 で、それが恥ずかしいということは、「猫じゃらしに手を出さず目で追っているだけ」というのは大吾に甘えている――どころか、この怒りっぷりと顔の赤さからして、デレッデレな状態の時ということになるのでしょうか。手が出ないということは、大吾への気持ちが猫じゃらしの魅力に勝ちかけている、ということなのかもしれませんし。
「悪い悪い、それに気付いたのがたった今だったから」
「ま、まあ悪気があったなどとは思っていないが……ぐぬぬ、だが、罪滅ぼしはたっぷりしてもらうからな!」
「はは、分かった分かった」
 謝っている割にえらい余裕しゃくしゃくな大吾ですが、大丈夫なのでしょうか。罪滅ぼしって、しかもたっぷりって、一体何をやらされるんでしょうか。
「あと日向!」
『どっちの?』
「旦那の方だ! こういう話をしている時くらい、猫じゃらしを止めてくれ!」
 そういえばそうかもしれません。
 ということで、言われた通りに猫じゃらしストップ。
「あ、いや……もういいのだが……」
 ものすっごい残念そうな声を上げられてしまいました。ううむ、難しい。
「孝さん。じゃあせっかくだし私に交代っていうのはどう?」
「自分から言っちゃう? それ」
「あはは、まあまあ」
 恐らく、栞的には今のでもかなり抑えめの表現だったのでしょう。というのも僕からはまだ何も返事をしていないのに、その手は既に成美さんを受け取る形になっていたのです。
 是非にでも交代して欲しい。そんなところなのでしょう、実際は。
「じゃあもう一つせっかくだしってことで」
 そこでそんなふうに話を繋げたのは、大吾でした。
「栞サンのあとも順番に回してくってのはどうだ?」
 お。
 もちろんそれは道端さんと大山さんを目標に据えての提案なのでしょう。なるほど、そう来たか。初めからその二人が目的だったんだしね、猫じゃらし持ってきたの。
「いいんじゃない? せっかくだし」
 ちょっと過剰な気もしますが、「せっかくだし」を強調しておきました。こうなったのはたまたまなんですよ、というか。いやまあ、初めからそのつもりだったということがばれたからって、なにがどうなるというわけでもないんでしょうけど。
 ということで成美さんと猫じゃらしを栞に差し出し、その時点で既にほくほくの笑顔を浮かべている栞がそれら――猫じゃらしはともかく、なんだか成美さんを物扱いしているみたいで我ながら苦笑いですが――を受け取って、こちらとしては寂しかったり落ち着いたりしていたところ。
「あの、交代でということでしたら」
 道端さんが声を掛けてきました。見れば成美さんが大騒ぎしている間にブラッシングは終わっており、それがよっぽど気持ちよかったのか、ジョンとマンデーさんは寄り添うようにして伏せっているのでした。
 もう一つ気付いた点としては高次さんがいなくなっていたのですが、その所在はすぐに分かりました。というか別にそれほど移動していたわけではなく、部屋の隅から掃除機を持ち出していたのでした。ブラッシングで抜け落ちた毛の掃除、ということなのでしょう。
 ところで道端さんの話ですが、
「手がお空きになられた方から、お召し物の寸法の方を……」
 あ、そうでした。つい頭からすっぽりと抜け落ちてましたが、まだそれもしなくちゃいけないんでした。まだ時間に余裕があるんだし、と行動的にも意識的にも後回しにしてきましたが、そろそろ頃合いでしょう。……というか他の人はともかく、この後もう一度大学に行く僕に限っては、ここいらで手を出し始めないとまずいです。
 現在、二時になる十分ほど前。次の講義が二時半からなので、出発まであと三十分といったところです。
「あ、じゃあ僕から」
 内心そこそこ焦りつつ、同時に「アウトになる前に思い出せてよかった」とほっとしていたりも。まあ、思い出したといっても完全に道端さんのおかげなわけですけど。
 ともあれそうして名乗りを上げたところ、家守さんが言いました。
「私室の方、使ってくれて大丈夫だよー。こういうこともあろうかとちゃんと片付けなり掃除なりしておいたからねー」
 まあ服の寸法を測るってことは脱ぐんでしょうしね、今着てる服は。道端さん、つまりは女性の前でほぼ裸に……とはまあ、この場合は言いますまい。服屋さんみたいなものですし。
 で、それはともかく。
「見られるとまずいものがある、みたいな言い方をするんじゃない」
 掃除機を持ってきた、というか同じ室内なので移動させた高次さんが、そんな突っ込みを入れました。
 これからその私室に入る僕としては、ただ笑ってだけいる、というわけにはいかない話でしたが、しかしまあ当人二人としては笑い話のようで、そのまんま混じりっけなく笑っておられました。初めからないのでしょう、まずいものは。
「それでは日向様、少しお時間を」
「宜しくお願いします」
 服の寸法を測るだけとはいえ、それは今後に控える結婚式という一大イベントのための準備です。ただ突っ立っているだけでいいとはいえ、気を引き締めておいてそれが間違いということはないでしょう。
「掃除はオレがやっときます」
「ありがとうございます」
 掃除機のほうは大吾と大山さんの間でそんな遣り取りがあり、ならばどうやら大山さんもこちらへ来ることになるようです。まあ、第一の目的としてはそのためにここに来ているわけですしね、道端さんも大山さんも。だったらそりゃあそうなるんでしょう。
「行ってらっしゃーい」
 成美さんと遊んでいる、というか成美さんで遊んでいる栞からは、実に上機嫌そうに見送られたのでした。
 せっかく気を引き締めたのが今ので無に帰したような気もするけど、まあ、これはこれで。

 ――で。
「では、お洋服をお脱ぎになっていただけますか?」
「はい」
 気を引き締めたのが無に帰したばかりですが、また引き締まってきました。さっきとは違って、自分でそうしようと思ったわけではありませんが。
 いや、別に照れるとか恥ずかしいとかではないんですよ。服を脱ぐことに関してとはいえ。ただなんというかこう……あまりにもな無防備を晒すことへの緊張というかなんというか、そう、大袈裟に言ってしまえば不安なのです。もちろん、道端さんと大山さんに何かされるなんてことを思っているわけではないですけど。
「あのー」
「何でしょうか?」
 恥ずかしいと言うのであれば、この場面で不安になっていることこそが。
 というわけで、気を紛らわせるために会話を持ち掛けてみることにしました。
「寸法を測るだけ、とはいっても――道端さんと大山さんって、服作りとか、できたりするんですか?」
 言ってから思うに、「あれ、そういえばこれって服を作るって話だったっけ。もしかして既にある衣装を貸してもらえるってだけだったり?」などと慌てたりもしたのですが、けれどどうやらそれは杞憂で済んだらしく、道端さんと大山さんに変な顔をされることはありませんでした。
 まあそうですよね、貸衣装で身体の細部までサイズを測るってことはないですよね。よっぽど極端な体型でもない限り。と、首周りを測られながら思う僕なのでした。
「道端さんはそうですが、自分はただの手伝いです」
 大山さんからそんな説明が。ちなみに大山さんがしているその「手伝い」というのは、現状では僕が脱いだ服を持ってくれているだけでした。床に置いてくれちゃっていいんだけどなあ、とは思うものの、まあでも寸法を測るだけじゃあ手伝いと言ってもそれくらいしかすることなさそうだしなあ、とも。
 するとその時、道端さんが小さく笑いました。首周りのサイズを測っている以上、その道端さんの顔は首のすぐ前にあるわけで、そこから笑われると丁度胸板に息が掛かってくすぐったいことこの上ないのですが……しかしだからと言って笑わないでくれと言うわけにはいかず、またそんなつもりも全くなく、なので仕方ありません、ここは耐えるしか。
「胸を張って『そうです』と言えるほどのことではないのです。そういった方面の専門学校に通ってはいましたけれど、途中で自主退学していますので」
「自主退学……」
 それがどれだけ前の話なのかは分からないけど、ということは道端さん、少なくとも僕よりは年上なのか。と、もちろんそんな事実がこの話のメインだということはなく。
 ――ないのですがしかし、だからと言ってメインの話を進めるわけにもいかなくなりました。間違っている可能性がないわけではないのですが、しかし、頭の中で容易に結び付いたのです。自主退学するほどの何かしらの事情。が、道端さんが今ここにいる理由と。
 何も言えなくなってしまいました。
 けれど当然、このタイミングで何も喋らないというのは、不自然ではあるわけです。
「申し訳ありません」
 謝られてしまいました。謝って欲しかったわけではもちろんありませんが、けれど、道端さんからすればそうせざるを得ない場面ではあるのでしょう。
「ありがとうございます、お気を遣って頂いて」
「いえ……」
 謝罪から続け様に、今度はお礼を言われました。ということはつまり、僕の想像は正しかったのでしょう。
 道端さんが「幽霊が怖い」なんてことになる何かしらの事件があったのは、彼女がその専門学校に通っていた頃なのでしょう。そしてそれが原因で、「幽霊が怖い」どころか、学校に通うことすらできなくなってしまったと。
 四方院に身を寄せるしかなくなってしまったと。
 可哀想だな、なんてことは、思ってしまっていいことなのでしょうか。
「ああ、でも、お召し物の仕上がりについてはご心配には及びません。きちんとプロ並みの、というかプロの技術を持ったスタッフが、四方院に控えておりますので」
 という話が、一瞬なにを起源としているのか分かりませんでした。が、しかしそれは飽くまでも一瞬だけの話です。直後にはもう、「ああ、胸を張れないって話か」と気付くことができました。
 いかんいかん、触れないようにするんだったら引きずらないようにもしておかないと意味がないじゃないか。
「その辺は大丈夫です。僕は、というか僕達は、全幅の信頼を置かせてもらってますんで」
 半分は自然に、もう半分は意識した笑みを浮かべつつ、僕はそう答えました。
 何に信頼を置いているか、というのは敢えて伏せておいたのですがしかし、この流れからすれば普通そこに入るのは「四方院」なのでしょう。というわけで、きょとんとした表情の道端さんから、こんなことを言われるのでした。
「日向様は――ええと、失礼ですが、全幅の信頼とまで言うほど四方院とお関わりが……?」
 まあ、そうでしょう。そうなりましょう。なんせたった一度お泊まりさせてもらっただけで、四方院自体とそう深く繋がりがあるわけではないのです。高次さんだって、僕が知っているのは四方院高次さんではなく家守高次さんなわけですし。
 敢えて伏せた、というのはそれを初めから自覚していたからです。
「あはは、まあ、ないんですけどね。でも別に、理由もなくそう言ったってわけじゃなくて――連鎖して、といいますか」
「連鎖」
「はい。家守さんからの」
「ああ」
 どうかな、と思いはしたのですが、どうやらそれだけで納得して頂けたようでした。なんせ僕達のことを知らされているくらいですから、家守さんのことはそれ以上に知る機会があるんでしょうしね。当主さんの弟さんのお嫁さん、ということであればかなり大層な位置付けなんでしょうし。
「そうなさるところを直接見たわけではありませんけれど、成美様のこともありますからね……驚きました、あれは」
 初め、かどうかは分かりませんが、少なくとも僕が大学から戻ってきた時の成美さんは大きい方の身体で、その後猫の姿になり、そして今は小さい方の身体。というわけで道端さんと大山さんは成美さんの三面相を全て見たわけですが、感想としては、驚きました、とのことでした。
 そりゃまあ、そうとしか言いようがないでしょう。目の前で変わったならともかくふすま越しで、つまりは一旦引っ込んで姿を変えてから再度目の前に現れた格好だったので、そう大袈裟に驚くようなことこそありませんでしたが、猫が人になったり人が猫になったりしていたら。
 しかし道端さん、その自分で口にした感想を取り消すかの如く、「いえいえ」と首を振ってみせます。
「他人事のように驚くのは変ですよね。四方院だって同じ霊能者である以上、そういう仕事だって手掛けている筈なのですから」
「まあ、そうなんでしょうね」
 霊能者一族、四方院家。――ですが当然、そこにいる人達全員が霊能者というわけではありません。僕がそうでないように、と自分を例に出すのが正しいのかどうかは、ちょっと難しいところですけど。
「ただ、ええと、霊能者としての仕事っぷりももちろんなんですけど」
「え? あ、はい」
 そこで話に区切りがついたと思っていたのでしょう。道端さん、虚を突かれたようにぱっとこちらを見上げます。
 ちなみに今は買っているのは胴回り。ならば道端さんの顔もそのくらいの高さにあるわけですが、ううむ、太ってるとか言われ――ないですよね。自分で言うのもなんですけど、この軟弱な体系じゃあ。むしろもうちょっとくらい肉付きを良くした方が健康的なのかもしれないくらいですし。
「管理人さんとして――というか、年長者として頼れるというか。そういうところもあるんですよ、家守さんって。普段はしょーもない冗談ばっかり言ってきますけど、本当に」
 思えば、お世話になった回数だけで言えば霊能者としてよりそっちのほうが多いのかもしれません。それら一つ一つの重要度となってくると、傷跡の跡のこととか、僕の両親に栞を紹介した時のこととか、やっぱり霊能者側の方が大きくなってきますけど。
「全幅の信頼、ですか」
「ですね」
 繰り返されるとなんだか気恥ずかしくなってしまいますが、けれど嘘から出た言葉ではないので、こっくりと頷いておきました。
 するとなんだか、道端さんの方こそ照れ臭そうな笑みを浮かべてしまいます。
「どうかしましたか?」
 自分が笑われた、というような笑みではないらしいので、なんだろうかと尋ねてみます。
「い、いえ、大丈夫です」
 しかし返ってきたのはそういう返事なのでした。大丈夫なんだそうです。
 まさか今更僕の裸体に照れているわけでもないでしょうし、はて、何故今このタイミングでそんな。

 まあ、ともあれ。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
 疲れる場面なんて何一つなかったわけですが、僕の身体の寸法取りが終了。当たり前と言えば当たり前ですが大した時間が掛かったわけではなく、なのでその時未だに、成美さんは栞の膝の上にいるのでした。
 となると次、僕に続いて寸法取りをしてもらうのは大吾、もしくは家守夫婦のどちらかということになるのですが――。
「な、なんでしょうか?」
 なんだか僕、部屋中の視線を集めてしまっています。そりゃまあすぐ隣の部屋とはいえ外から戻ってきたわけですから、その瞬間くらいはそうなっても不自然ではないのでしょうが、けれどなんだかこの視線、粘っこいというか生温かいというか、そんな印象を受けるようなものなのでした。
 ええ、部屋中の全員がです。ナタリーさんマンデーさんそしてジョンはもちろんのこと、猫じゃらしに夢中になっている筈の成美さんまでが。
「日向よ」
 その成美さんが言いました。
「はい」
「今は周りに合わせてにやにやしてみせて、それで誤魔化そうとしているがな、家守が湯で上がりそうでかつとろけて流れ出しそうだったぞ」
「そーじゃないでしょなっちゃーん!」
 湯で上がるだのとろけるだの物凄い言い回しでしたが、しかし、事情は分かりました。
 ごめんなさい家守さん、声を落とすべきでした。僕もとろけていいでしょうか。
 ……まあともかく。というふうに話を切り替えるのが些か強引であることはそりゃ分かってはいますが、しかしここは是非とも「ともかく」ということにさせていただきまして。
「次、誰行きます?」
 時間に限りがあったのは僕だけなので、別にそう急いて事を進めなければならないわけではないのですが、しかし逆にのろのろ進める必要もないわけで。
「あ、じゃあオレ」
 手を挙げたのは大吾でした。状況的に今一番ここを離れたいのは家守さんだろうし、じゃあ家守さんが手を挙げるかな、などと予想を立ててはいたのですが、見事に外れてしまいました。その「状況」とやらを作り出した原因が何を無責任な、なんて話にもなるのかもしれませんが。
 ……そうですよね。ここを離れたら今度は道端さん大山さんとの三人きりになってしまうわけですしね。それを考えればここに残って高次さんに慰めてもらってるほうがいいでしょうしね。
 で。
「宜しくお願いします」と大吾が私室へ踏み入り、すたんとふすまが閉じられたならば。
「あっ、おっ、わっ、くうう――ぬおわああーっ!」
「ほーれほれほれ~」
 栞が成美さんで遊び始めるわけです。
 こうしてみんなが集まった際の僕の定位置というのは栞の隣なわけですが、先に座っていてからこうなるならともかく後からあの大暴れの隣に座りに行くというのは、なかなか勇気がいるのでした。
 じゃあそこまでして座らなきゃいいじゃない、ということではあるのですが、まあそこは勇気を振り絞るわけですけどね。
「お帰り。どうだった?」
 成美さんを弄びつつ、そんな質問をしてくる栞。さらっと当たり前のように言ってくれましたが、改めて「お帰り」なんて言ってみたりするのは――ほら、家守さんにやにやしてるし。
「どうだったって言われても、話してたことは全部聞こえてたんでしょ?」
「まあね。それについては楓さんがくしゃってなっちゃうだけだからいいとして、寸法を測る方」
 道端さんの身の上話もあったりしたわけですが、どうやらそれについては触れないでおくつもりのようでした。それでいいんでしょう、恐らくは。
 湯で上がる、とろける、に加えて今度は「くしゃってなる」だそうです。今まではそうさせたことを申し訳なく思っていただけでしたが、そこまで言われると、自分も見たかったなあ、なんて。
「そっちも別に、取り立ててどうってことは……ああ、首の太さとか足の太さとか、普段は測らないようなところまで測ったっていうのはあるね」
 逆にそれくらいしかないわけですが。まさか「道端さんが笑った時、その息が胸に掛かってくすぐったかった」というような話を求められてるわけじゃないでしょうし。
「孝さん」
「ん?」
「それこそが取り立てるべきことだよ」
「……んん?」
 何の話でしょうか、と首を傾げたところ、猫じゃらしをちろちろさせていた栞の手が止まります。ならば同時に成美さんの大暴れも止まるわけで――。
「人間と猫、という話ではないようだな。数字などというものを作り出しておきながら、なんという自覚の無さだ」
 呆れたような視線を送られてしまいました。が、それでもまだ分かりません。数字? 発明したのは確かに人間でしょうが、それについて僕はどんな自覚が足りておらず、また自覚すべきなのでしょうか?
 呆れたような成美さんに続き、今度は栞までそれに倣います。
「人間と猫というより、男と女、だろうねえ」
「とすると、まるで骨折り損なのだな。大吾も今の日向のように無関心なのか」
 無自覚、ときて今度は無関心。ますます訳が分からなくなりますが、ならば直接訊いてしまえばいいのではないか。分からないままでいたら一層呆れられてしまうのではないか。ということで、そのように。
「ええと、あの、何の話なんですかね?」
「何の話も何も、お前が言ったことそのものだ。普段測るようなところ、と言ってそれもそう経験があるわけではないが……。ともかく、それだってなかなか辛いものなのに、加えて普段測らないようなところまで測られてしまうのだぞ? ああ、どこか一か所でも大吾より太かったりしたら」
 …………。
 最後の一言でなんとか分かりました。特定の一個人と比較するのは成美さん流だとして、まあ要するに、学校とかの身体測定における身長が伸びた伸びない、もしくは体重が増えた減ったというような一喜一憂に通じる話なのでしょう。
「どこからどう見ても大吾より太い箇所なんてひとつもないですって」
「わたしもそうだろうとは思っているが、だとしたって数字が出るまでは不安が生じてしまうものだろう?」
 ついさらっと「どこからどう見てもひとつもない」なんて言ってしまいましたが、成美さんは気付いたうえでかそうでないのか、触れないまま話を進めてしまわれるのでした。
 どうなんでしょうね、胸囲。


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