(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十章 伸びない髪 四

2008-01-10 21:04:51 | 新転地はお化け屋敷
「うん。引っ越してくる時にここの評判までは知らなかったみたいで、最初は物凄くびっくりしてたけどね」
「それでその人と付き合ってるって事は――」
 笑いながら孝一が引越してきた当日の事を話す喜坂とは反対に、庄子の眉毛が情けなく落ち込んでいく。普段からして吊り上がってるもんだから、端から見ていてその落ち込みっぷりは相当なものだった。
「――その人、見える人なの? 家守さんみたいに」
「え、う、うん……?」
 自分と相手のズレに喜坂が戸惑い、やや身を引く。
 そしてその戸惑った喜坂と様子のおかしい庄子の間で顔の向きを一往復させ、
「どうかしたのか?」
 その庄子と向かい合って座っている、今ここにいる中で唯一の一般人でも見える幽霊が、テーブル側に体を少しだけ傾けて声を掛ける。
「いやいや、ちょっと羨ましいなって」
 ソイツがそう返事を返す頃には、その眉毛はもう元に戻っていた。
「――で、どうするよ。買い物行くか、このまま孝一が帰ってくるの待つか」
 庄子にとっちゃあオレよりも真正面に座ってるコイツのほうが頼りになるんだろう。けど、それでも今この場で深いとこまで問い詰めるのはなんとなく良くなさそうな気がしたので、早々に話題を切り替える……つーか、元に戻す事にした。
「ここは待つべきだろう。庄子もいる事だし」
 ま、そうだよな。
「買い物って?」
「怒橋と一緒にこのサイズの服を買いに行く予定だったのだ。今は喜坂に借りているが、自分では持っていないのでな」
「あ、そっかそっか。そりゃそうですよね」
 短いやり取りがあって、庄子が腕を組む。そしてそのまま暫らく「うーん」と低い唸り声を上げると、
「……よし、じゃあ先に買い物行っちゃおう。もちろんあたしもついて行かせてもらうよ?」
 もちろんなのかよ。オレはまあいいんだけどよ、
「孝一には会っとかなくていいのか?」
「なぁに言ってんの兄ちゃん。栞さんの彼氏なんでしょ? そんで付き合い始めて間もないんでしょ? 引っ越してきたのが半月前だってんだから。なら邪魔しちゃ悪いじゃん」
 邪魔も何も、隣に住んでんだから会おうと思えばほぼ一日中会ってられるんだけどな。
 つーか、オレとコイツだって付き合い始めて間もねえんだけど。こっちのデートはお構い無し…………デート、になるんだよな?
 うわ、そうだよデートじゃねーかこれ。ただの買いもんだとばかり――いや、ただの買いもんなんだけど、なんだ、なんかちょっとは違った方がいいのか? だとしたら何をどうすりゃあ?
「買い物から帰ってきてからでも顔は出せるしさ。ご挨拶はそれからでも――って兄ちゃん、聞いてる?」
 はっ。
「あー、ああ。オレ等について来るって話だろ? どーだろなあ、どーだよ?」
 デートの邪魔になるから来んな、とはとてもじゃないが言えなかった。ので、同じく買いもんに行くもう一方に判断を任せる。つーか、押し付けた。
「ん? わたしは別に構わんが。庄子が一緒に来たいと言うのなら、断る理由もないだろう」
 その言葉通り、何も問題は無いというふうにさらっと返しやがった。それを聞いた庄子は、「っしゃ!」とガッツポーズ。
「さっすが成美さん! 話が分かるね!」
 マジでか。あんだけ着る服で悩んでたクセに、庄子が混じるのはオッケーなのか。なんて思っていると、
「一月に一度の兄妹水入らずだ。むしろわたしがここで待っていたほうがいいのかもしれんな」
 もっと聞き捨てならねー台詞が飛び出した。オマエ、んな事さらっと言うなっての。そんな気ぃ遣われるような家族関係じゃねーから。オレと庄子は。
「な、成美さん、それはいくらなんでも。兄ちゃんはいいとしても、成美さんに悪いですって」
 言ってやれ言ってやれ。……っておい。オレを考慮に入れろ。
「ふふ、冗談だよ。わたしの服を買いに行くのに、わたしが行かなくてどうする」
「ですよねー。ふぅ」
 お、おお。そうだよな。デート以前にオマエのための買いもんなんだったよな。


 そうと決まれば、という事で場所は203号室玄関。
「それあじゃあ喜坂、お邪魔したな。日向が帰ってきたら庄子の事、よろしく言っておいてくれ」
「了解しましたー」
 喜坂にサンダルを借り、ここで脱いで今は使えなくなっている小さい服と小さいサンダルを両手に持ち、準備が整った今回の買いもんの主役が喜坂に別れの挨拶をする。そして廊下へ出る。
「また後でね、栞さん。彼氏さんによろしくねー」
「うん。また後でね、庄子ちゃん」
 準備も何もあったもんじゃねー今回の買いもんの引っ付き虫が、喜坂に別れの挨拶をする。そして廊下へ出る。
「じゃあな。……なんか悪かったな、騒がしちまって」
「そんな事ないよ」
 最後に、デートに向けて何か準備しようにも何をしたらいいのか分からないまま、今回の買いもんの準主役ぐらい(多分)のオレが、喜坂に別れの
「庄子ちゃん、本当に大吾くんと仲良いよね」
 ……は?
 外に出た二人に聞こえないような声で、喜坂が妙な事を言ってきた。なので、オレも同じくらいの声で返す。
「どこをどうすりゃそう見えるんだよ。殆どオレをアイツの付属物くれーにしか見てねーぞありゃ。オレにばっか突っかかってきやがって」
「つい最近までの成美ちゃんもそんな感じだったよね」
 腰から上を少しだけ横に傾けて、喜坂がいつもの無駄にニコニコした顔で言った。
 あれとは違うと苦しいながらも言い返そうとしたけど、それよりも早く、喜坂は続ける。
「さっき、大吾くんと庄子ちゃんの二人でお買い物に行くって話になった時。庄子ちゃん、その事自体は嫌がってなかったでしょ?」
「…………」
 そう、だったっけか。
「兄ちゃん、靴履くのにどんだけ掛かってんのさ?」
 覗きこんできた二本の尻尾が垂れる頭を、無意味に小突いてやった。
 無論、キレられた。そして廊下へ出る。


 201号室へ戻ったアイツが財布を持ってくるのをその部屋の前で待ち、出てきたところで今度は庄子がサーズデイも連れて行きたいっつー事で清サンの部屋に寄り、やっと買いもんに出発。昨日の朝から行きたがっていたのが、丸一日と半日ほど経ってようやく叶ったってわけだ。そりゃ大層お待ちどうさまで。
「本当はジョンも連れて来たかったんだけどな~。やっぱ行き先がお店だしねぇ~」
 あまくに荘正面入口で未練がましく振り返る庄子を、その手のビンの中からサーズデイが同情するような目で見上げる。
「ぷいぃ~」


「やっぱり、その身長じゃあさすがにおんぶは無理っすか成美さん」
「さすがに、な。第一、小さい時ならおぶられれば姿が消えたが、今のこの体では」
 今回は自分の足で歩くソイツを真ん中にしていつものデパートへ向かう中、庄子を基点にそんな会話が。
 オレ等が持ったものは、見えなくなる。着てる服とかが周りから浮いて見えたりしねーのもそのおかげだな。だけどそれは、大きさに制限がある。
 小さい時のコイツなら、例え耳を出していてもオレや喜坂なんかが抱えたり背負ったりすりゃあ、普通のヤツからは見えなくなっていた。が、今のこの身長じゃあそれはちょいと無理がありそうだ。オレよりほんの少し低いだけの身長だし。
「兄ちゃん、一回試してみようよ。消えないなら消えないでいいし、消えるんならまたおんぶできるじゃん」
「別に背負いてえってわけじゃねーんだけどな」
「いいからほらほら」
「ぷいぷい」
 そう言うと、なんでか楽しそうに真ん中のソイツの背中を押して、こっちへ押しやる庄子。押しやられたソイツはずりずりと近寄ってくると、背中側へ首を回した。
「お、おい庄子。この身長でおぶられるのはちょっと……」
「その身長で猫耳な事に比べたらなんともないですってそんくらい」
 痛いところを突かれ、ぐぬ、と苦しそうに言葉を漏らす猫耳。反論できねーらしい。
 サンダルを借りるという話を喜坂にした時、その猫耳を隠すために帽子なんかも借りられないかと話していた。が、生憎喜坂はそういった類いのもんを持っていなかった。オレはいつも喜坂が着けてる赤いヤツを指差して「今頭に付けてるソレじゃ無理か?」と言ってみた。そんで試してみたら、ソレは猫耳の押し上げる力に負けて漫画みてーにすぽんと飛び上がった。
 笑った。ら、庄子にローキックされた。
 前蹴りは外してたけど、横に振る蹴りはさすがに外れなかった。


 住宅地の中にある、家一軒程度くらいのスペースに作られた小っさな公園。しかもそのまた隅っこで、俺達三人は木陰に隠れて
 姿が消えなかった場合は普通のヤツからしたら空中浮遊になっちまうので、念の為に周りに人の目がないことを確認してから、背中を向けてその場にしゃがむ。すると背後から背中に乗ってくる予定のヤツの声が掛かった。
「いや、しゃがまなくても乗れると思うのだが」
 おお、確かに。
「さり気無く失礼だな兄ちゃん」
「ぷくぷくぅ~」
 頭上からそんな二つの呆れた口調を浴びせられつつ、それでもオレはその姿勢のまま、背中に重みが掛かるのを待った。
「うぅ。いつも通りの事な筈なのだが……どうしてか、恥ずかしい……」
「いいからさっさと乗れよ。どーせすぐ終わんだろ」
 オレは後ろに突き出した手をくいくいと自分へ向けて振り、ソイツを急かした。
 この姿勢で待たされるほうが恥ずいっての。
「……そうだな。では」
 そう聞こえて、その直後。両肩から白い、そしていつもより長い腕が回ってきて、やっと背中に重みが掛かる。が、
「やっぱいっつもより重いな」
 いつもの力で立ち上がろうとして立ち上がれず、一度バランスを崩した。まあ、なんとか踏ん張った――と言うか、背中のヤツの足が支えてくれたんだが。
 いつもならこの姿勢で既に足が地面につかなかったんだけどな。
「おい、大丈夫か?」
「おかげさまで」
 腕が伸び、足が伸び、体重が増えたソイツに心配そうな声を掛けられた。――ナメんじゃねえ。こっちはそれでもオマエよりでかいんだっての。
「よっ」
 いつもより重くなったと分かってるんなら、「それなりの重さを持ち上げる」と意識して立ち上がりゃあいい。
「怒橋……」
 そうすりゃ見ての通り、何の苦も無く体は持ち上がる。
 だんだん視界が上がり、目の前に立っている庄子の体もだんだん上が見えてくる。腰くらいから始まって、腹――の前に両手で抱えられたサーズデイと目が合って、胸、首、そんで顔……って、なんで怒ってんだおい。
「女の人に重いとか言うなアホ」
 その「女の人」が背中にいるからか、それともさっきオレが転びかけたところを見たからか、手は出されなかった。……なんで妹を前にしてこんな心配しなきゃならんのだか。
「そういうものなのか? 庄子」
「そうですよー。ここは女性として怒るべきところなんですよ。成美さん」
「だそうだ、馬鹿者」
 オレより背の低い二人が、オレの頭を飛び越えてなんとも間抜けな会話をする。つってもまあ、片方はオレが背負ってるんだから当然オレより頭が上にあるんだけどな。
 怒ってねーならわざわざ馬鹿っつうなアホ。返事に困るだろが。
「そりゃ悪かった。んな事いいから庄子。見えてるのか? 見えてないのか?」
 庄子の視線が少し下がって、オレのほうを見た。と言っても見えちゃいないので、微妙に目と目は合わねーけど。
「変な姿勢で浮かんでるよ、成美さん」
 だそうなので、その変な姿勢で浮かんでるヤツの膝裏に通した腕から力を抜いた。
「ふむ。やはり無理だったか」
「ぷく~」
 ソイツがオレの背中から滑り降りてそう言うと、それに続いてサーズデイが弾んだ声を出した。「残念でした」ってとこだろうか。
「人が浮かんでるってんならもうちょっと驚いたらどーだよ」
 へらへらと楽しそうにとんでもねー事態を眺める庄子に、一言ツッコんでみた。が、それでもへらへらし続ける庄子。
「兄ちゃんの失礼な発言さえなけりゃ、ね。びっくりするタイミング逃しちゃった」
 なんでそう、わざわざオレに話を絡めるんだよオメーは。いいじゃねーか本人が気にしてねーんだし。
「今度同じ事を言われたら、その時はちゃんと怒る事にしよう。耳寄りな情報をありがとうな、庄子」
「へへっ。どーいたしましてー」
 ……気にしてねーんだよな?
「にこっ」
 サーズデイに笑われた。それをトドメになんとなく居心地が悪くなったので、黙ったままソイツ等に背を向けて公園から出ようと歩き出した。そしたらすぐ、二つの足音が追い付いてきた。
「臍を曲げるな怒橋。冗談だよ」
「ガキだなあ兄ちゃんは」
「こくこく」
 うっせーなあ。


 また暫らくデパートに向かってのこのこのこのこ、この中で一番小さいヤツ(サーズデイ除く)のペースに合わせて歩いていると、その一番小さいヤツが二番目に小さいヤツの前に回り込む。そしてそのままバックしながら、二番目に尋ねた。
「おんぶは駄目だったですけど、それじゃあ手を繋いだりはしないんですか?」
 思わず、言われたのはオレじゃなかったが、その二番目の手とオレ自身の手の間で視線を泳がせた。
 格好悪い事に動揺したのは、否定できねえ。けど、声さえ出さなきゃ庄子には気付かれねえ。って事で咄嗟に口を噤み、妙な声を出してしまわない事に成功した。
「……よく分からんが、おぶられるのと手を繋ぐ事は何か関連性があるのか?」
 そんなオレの隣でソイツは、今オレが見た白い手の持ち主は、首を傾げてみせた。なんだそりゃ、とズッこけそうになったが、よく考えればそりゃそうか。こいつにとってオレの背に乗るのは単なる移動手段であって、その……「そういう意味」は、ないんだろうし。
「またまたとぼけちゃってぇ。肌が白いと赤くなるのも目立ちますねー」
「ぷくぷく~」
 ん?
「ぐっ。な、何を言ってるのか分からんな。手を繋いだって歩くのが楽になるわけじゃないだろう? ――ほら、おぶられる事の代わりにはならないではないか」
 そこまで言って、言い切ってやったとでも言いたげに腕を組んで胸を張る――確かにやや、赤くなってるソイツ。
 しかし庄子はそんな事で退かなかった。赤いソイツの隣に戻り、やれやれと腕を広げてみせ、溜息を一つついて、
「こんなんじゃあ初キッスなんていつになる事やら」
「ぶふっ!」
 ――さすがに、噴き出した。オレが。告ったその時の事を思い出して。
「ん? 兄ちゃんどした? 刺激が強すぎた? シャイだねー」
「あ、あのな、庄子……」
 噴き出したその音だけ聞いてムカつくが都合のいい勘違いをした庄子に、未だに顔の赤いソイツが控えめに語りかけた。
「わたし達、もうムグ」「アホかあ!」
 言いたい事の内容について確実な予想ができたので、慌ててその口を塞ぐ。……この口にオレ、あの時――じゃなくて! なんでんな事さらっと暴露しようとしてんだよ! よりにもよって庄子相手に! ヤモリ並に性質悪いだろが!
「『もう』って事は、まさか」
 遅かったか?
「そっか。もう、したんだ……」
 遅かったかぁー!
「むん」
 口を塞がれたまま、ソイツは頷いた。塞ぐ手にもう意味が無いと気付いたオレは、その手から力を抜いた。結果、その手とそれに続く肩までが、ぶらんと垂れた。
「きゃあー」
 サーズデイが全身を右に左に激しく往復させながらそう喚くと、反対にその持ち手はゆったりとした笑顔になる。
「おめでと、成美さん。相手がうちの兄ちゃんなんかで誠に申し訳無いですけど、良かったですね」
 相変わらずなぜかオレを馬鹿にしてはいるが、思ったよりもずっと静かだった。もっとこう、大声で騒ぎ立てられるくれーは覚悟したんだが? 普通に祝ってるし。
「ありがとう。でもそれも庄子のおかげだよ。これからもよろしくな」
 相変わらずオレが馬鹿にされてるところはスルーしやがるが、問題はそこじゃねえ。
「コイツのおかげって、そりゃどういう事なんだ? よろしくって何の話だよ?」
 庄子とあの日の事に関係があるようには思えなかった。なんせ庄子が前回遊びに来たのは一月前で、三日前でしかない「あの日」とは間が空き過ぎていたからだ。庄子がこの――なんでかあの日の事をさらっと暴露しやがったコイツをそそのかして、そんでああなったてんなら、もっと前にそうなってただろうし……そもそも、そのきっかけになった告白はオレから仕掛けたんだし。
 思い出せば思い出すほど、顔が熱くなって背中が寒くなる。孝治サンに化けた孝一にけしかけられたっつっても、オレ、よくあんな事……
「庄子にはな、相談相手になってもらっていたんだよ」
「……あ、へ? 何の相談相手って? 悪い、ボケっとしてた」
 自分で言った通りボケっとしていて、聞きそびれた。
「いや、まだ言ってないのだがな」
 と思ったら、聞きそびれてなかった。それでもまあボケっとしてたのはボケっとしてたから、
「自分から質問しといてなんだそれ。人と話す時は相手の目ぇ見てろよ兄ちゃん」
「ぷっくぷっく」
 当たり前のように非難された。こればっかりはまあ、オレが全面的に悪いわな。庄子の言う通り。オレがどこ見てたかなんて分かっちゃいねーんだけど、それでもその通り。
 なので、言われた通りに相手の目をまっすぐに。
「もういいか? えーとだな、その……ああ、恥ずかしいな」
 何が恥ずいのかは知らねーけど、その言葉に合わせてもにゃもにゃと――って、だめだ。唇に目がいっちまう。意識し過ぎだろオレ。
 ――で、結局また目を逸らしたオレは、それでもさっきの反省を活かして耳にキッチリと意識を残していた。だけど、理由は知らないにしても恥ずかしがっているソイツはなかなか話を続けようとしない。
 すると剛を煮やして割り込んできたのは、
「よーするに」
 もちろん庄子だった。
「兄ちゃんがいつまでもウダウダしててハッキリしないから成美さんは悩んでたんだよ。兄ちゃんが告白してくるの待つんじゃなくて、自分からしようかどうかって」
「は? いや待て、そんな素振り全く無かったぞ?」
 そりゃまあなんだ、オレの事を良く思ってくれてんのは知ってたけどよ、それでもやっぱりそんな動きは無かったぞ? どう考えても。
 それとなんだその後半。オレが告るの、ずっと待ってたってのか? なんだその感動のラブストーリーとかそんな感じの展開は。……つってもまあ、マトモにそういうの見た事ねーけど。
「うう。それはひとえに、わたしの性格のなせる技と言うか」
「性格……も、まあ無かったとは言えませんけど……それだけじゃないですって成美さん」
 ほれ見ろ。って言ったら自分に跳ね返ってきそうな理由で落ち込むソイツを、その相談役が慰める。それだけじゃないってんならもちろん「何があるんだ」って話になるんだが、そこはきっちり理解できた。怒るでなく、茶化すでもなく、普段見ねーくらいに真面目な口調の庄子のおかげで。
「兄ちゃん。成美さんが猫だった事、今になってどう思うって事もないよね?」
 ――そうだよな。そりゃ、言い辛くもなるよな。
「たりめーだろ」
 思ってたまるかよ。もうそんな事であーだこーだ考えるのはとっくにケリがついたんだからな。オマエがさっき言ってた、ウダウダしててハッキリしなかった時期に。
「怒橋……」
 庄子がオレに猫の事について尋ねると同時に顔を上げ、眉をひそめてこっちを窺っていたその元猫は、
「ありがとう」
 また目を逸らしたくなるような、そんな顔で礼を言ってきた。だからオレはまた目を顔ごと逸らしながら、
「どーいたしまして」
 わざとどうでもよさそうな口調でそう返した。目ぇ逸らしてんのに真面目に礼言うのも変だしな。という事にしておく。
「おやおや、お熱い事で。こっちが恥ずかしくなっちゃうねえサーズデイ?」
「こくこく」
 うっせえ。……あーもう、早く着かねーかな。デパートに入りさえすりゃ、買い物の話になるだろうし。
 あ。そう言えば、孝一のヤツそろそろ帰ってきてるぐれーか?


「あ、お帰りなさい孝一くん」
「ただいま、栞さん。――今それ、掃除中ですか?」
「そうだよ。見ての通りお掃除の真っ最中。って言っても、地面びちょびちょだから廊下の掃除だけだけどね」
「まあ、これじゃあ仕方ないですよね。それで、あの時帰ってからずっとですか? もう随分経ってますけど」
「あはは、これだけでそんなに時間掛からないよ。ちょうど今始めたところ。それまでは大吾くんのお散歩に一緒について行ったり、その後――あ、そうだそうだ。さっきまでね、大吾くんの妹さんが来てたんだよ」
「大吾の妹さん? へえ、初めて聞きましたけど」
「やっぱり? 一月に一度だけね、遊びに来るの。今は大吾くんと成美ちゃんの買い物について行ってるけど、あとで孝一くんにも会いに来るって言ってたよ」
「それは楽しみですねぇ」


 さってと。いつもと変わんねー道を通った筈だってのに随分と長く感じた道のりも、やっとこさ終わりか。
 って事で、デパート到着。いやあくたびれた。
「成美さん。買う物って服だけなんですか? 今回は他のみんなからの頼まれ物はなかったり?」
 到着と言ってもここで一休みできるわけでは当然なく、季節のせいもあってか空調も大して効いてない感じの店内をまた歩く。
「頼まれ物はないな。だが、服以外にも靴と帽子が欲しいところだ。――ああ、靴下もいるな。うむ……サンダルにしておこうか?」
「お金掛かりそうですねー」
「と言っても、普段使わないから貯まっててな。その辺の心配はいらないさ」
 だったら靴下どうので悩まなくてもいいと思うんだけどな。
 ――大きな店の中なんだから、もちろんここまでの道のりより随分と人は多い。だからその中にオレの声が聞こえるか、もしかしたら姿まで見えるヤツが混じっててもおかしくねえ。
 そうなったら誰もいない所から声が聞こえるだとか、すれ違ったヤツの話を連れにしたら「そんなヤツいねーけど」って言われただとか、そんな感じでややこしいゴタゴタが起こるかもしれねえ。こういう問題をオレ等は、嫌っつーくらいしつこく考えさせられる。
「で、最初は何の店だ?」
 でもオレは、もうそれほど気にせずに声を出す。幽霊生活二年の間に気付いたからだ。「他人ってのは思った以上にオレ等を見てねー」って。実際、二年間の間にそういう問題が起こった事って一度もねーしな。キユウってヤツだ。漢字分かんねーけど。
「そうだな……まずは服を買いに行って、その間に靴かサンダルか考えよう」
 そんなマジに悩んでんのかよ。
 とこんな感じで普通に喋っても――ほれやっぱり。周りはこっちに見向きもしねえ。
「じゃあ最初は洋服屋ですね。えー、三階だったっけか?」
 水が入っただけのビンとかいう、妙な持ちもんのヤツまでいるってのに。
「ぷく?」
 まあ実際はマリモが入ってんだけどな。しかも顔付きで声も出るっていう。


「栞さん。ちょっと思ったんですけど」
「どうしたの?」
「大吾の妹さんって――」
「あ、名前、庄子ちゃんね」
「ああ、はい。その庄子さんって、ここに遊びに来てるって事は幽霊が見える人なんですか?」
「ううん、声が聞こえるだけ。でもね、ここのみんなとは普通に接してくれてるよ」
「ですか」
「うん。やっぱりそうしてもらえると嬉しいよね、こっちとしても」
「……ですか」
「うん。……えへへ」


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