(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十三章 侵入者くんの事情 一

2008-03-25 21:01:25 | 新転地はお化け屋敷
「ワンッ!」
 という聞き慣れた――部屋番号がふられていない小さな小屋の住人が、発した声。それが今回の出来事の始まりだったのです。
 というわけで今日は。204号室住人、日向孝一です。
「おーい、何はしゃいでんだジョンー?」
 本当だったら栞さんは庭掃除、成美さんは買い物、僕とサタデーは暇をする予定だったのですが、この後ジョンの散歩に出かける予定の大吾が言った通り、ジョンの声が気になって全員裏庭へ向かってみました。
 いつも通りなら緑色の絨毯に犬小屋と水道が一つあるだけの広々とした空間があるだけなのですが、
「あっ……あ、あわわ」
 そこには一人、男の子が気まずそうに佇んでいました。こちらには気付いていないようですが――という事はつまり大吾の声が聞こえていないんだろう――目の前で尻尾をぱたぱたと振る大型犬のジョンに、多少腰が引けているようです。
 普段は住人以外が入ってくる事などないこのあまくに荘に、子どもとは言え知らない人が入り込んでいる。その事にみんなが、僕がそうであるように、いったん足を止めた。
 そしてその男の子をよくよく見てみると、
「あ。あの時の子だ」
 僕はその男の子に、特にあの見るからに申し訳無さそうな八の字眉毛に見覚えがあり、思わず声を上げました。
「孝一くん、知ってるの?」
「はい。昨日庄子ちゃんと大学の帰りに会った時の――」

 庄子ちゃんというのは何を隠そうこの大吾の妹で、兄に劣らず気の強い中学生の女の子です。いろんな意味で兄想いのとてもいい子だと思います。
 で、それは今触れなくても問題のない事項なのですが、その庄子ちゃんと一緒にあまくに荘へと向かっていた際、正門前の不自然に離れた距離からあまくに荘を眺める小学生か中学生くらいの男の子がいました。それが、現在ジョンを相手に驚きを隠せていないあの子です。

「ああ、なんかそんな事言ってたなそう言や。……で、結局誰なんだ?」
 事情を話し終えた所で大吾の口から帰ってきたのは当然の疑問でしたが、同じく当然の事ながら僕はそれに答えられません。なんせ、たまたま道ですれ違っただけの人が誰なのか言い当てろって言われてるのに等しい質問ですからね。
「うーむ、どこか見覚えがあるような……?」
 と思ってたら、成美さんが首を捻りだした。
「ん? それって、買い物行く時に道で擦れ違ったとかじゃなくてか?」
 現在でもまだ大吾の頭の上に居座り続けているサタデーが、そんな成美さんに声を掛けた。けど、
「いや……それならもっとこう、ハッキリ記憶と重なるのだが……何と言うか、記憶中の人物の面影が重なると言うか、他人の空似、に近いか?」
「じゃあ他人の空似だろ」
 そんな、身も蓋もないよ大吾くん。分かるけど。
「あ、でも栞もそんな感じ、するかも」
「喜坂もか? むう……そう言えば、俺様もそんな気がしないでもないような……」
「ええ? な、何なんだよお前ら気味悪いな」
 みんなが次々とあの男の子に見覚えがあると言い出す中、おろおろし始める大吾。そしてそれは、僕も同じ。
 ――僕がたまたま道で会った男の子が、みんなの記憶の中にいる? 大吾の言った他人の空似ではないとしたら、どうしてそんな事が?
「じゃあ成美、お前の言う記憶中の人物って誰なんだ?」
「いや、それも……はっきりしないな。結構前に見たような……ここに来てすぐくらいか?」
「出てきそうで出てこないなぁ。誰だったかなぁ……?」
「大吾よぉ、お前は知らねえのか? 俺様達が知っててお前だけ知らねえってのはちょいとSTRANGEじゃねえ?」
 どうにもこうにも思い出せそうにない面々の中、サタデーが大吾に問い掛ける。みんなが知ってるのに誰一人として思い出せないのも奇妙だけど、確かに大吾一人だけ知らないのも妙な話だ。成美さんが「ここに来てすぐくらいに見た」って言うなら、僕が知らないのは残念ながら仕方ないけど。
 では、そこのところどうでしょうか? 大吾くん。
「ぬむむむ……!」
 それこそもう睨み付けるような気合の入れっぷりで、やや離れた位置の彼を見詰め続ける大吾。そして、
「……言われてみりゃ、なんとなく知ってるか……!?」
 そう思い込んだだけじゃないだろうね、とあまりの力みっぷりに大吾の記憶を疑って掛かってみると、その頭の上からサタデーが、
「とにかく、声掛けてみりゃいいんじゃねえの? 遠くからジロジロ見てても拉致があかねえゼ?」
「おい、オレの話は無視かよ。オマエが変だっつうから思い出そうとしたってのに。あともういい加減そこから降りろ」
「釣れないねぇ」
 つるを「やれやれ」の形にしたサタデーは、「今更覚えてるやつが一人増えたところで状況は変わらねえっての」と半ば愚痴のように吐き捨てながら大吾の背中側から降下。かさりと草を踏む音だけを小さく立て、つるで衝撃を吸収しながら見事に着地。
「まあとにかく孝一か哀沢か、どっちか頼むゼ。どうも俺様達の声は聞こえてねえみたいだからな」
 裏庭に向かう時の大吾からジョンへの呼びかけに反応しなかったって事は、まあそういう事なんだろう。
「そうだね。じゃあ僕が行くよ」
「わたしも行くぞ日向」
 ――結局、二人掛かりに決定。それぞれケーキと寿司を栞さんと大吾に預け、少し前までは綿菓子が絡み付けてあった割り箸だけを手に、誰も知らないのにみんなが知っている謎の男の子へ歩み寄る。
「あっ……!」
 そこでようやく僕達の存在に気付いた男の子は、口に出すまでもなく「マズい」と思った事がばればれな困った表情でこちらを振り返った。
「ワンッ!」
 大吾の呼びかけもあったからさすがにジョンは気付いてたんだろう。今気付いてぱっとこちらを振り向くと言うよりは「お、来た来た」的にゆったりとした見返り加減を見せ、元気に一吠え。
「ただいまジョン。お留守番、ご苦労様だったな」
 成美さんが返事をし、その頭へ手を伸ばす。するとその手が届く前にジョンはお座りの姿勢になり、成美さんの手が頭を撫で始めると気持ち良さそうに目を細めるのでした。相変わらず、可愛いやつだなあ。
 しかしそんな和み空間が保たれるのも一瞬だけ。次の瞬間には、成美さんの鋭い睨みが男の子を捉えていた。
「で、そこのお前は何者だ」
 ……いつも通りの口調とは言え、迫力あり過ぎですよ成美さん。
「は、は、はい! ごご、ごめんなさい!」
 案の定、ジョンを前にしていた時より更に腰が引け始める男の子。動転し過ぎて、返事が質問の答えになっていない。
 これはいくらなんでも気の毒なので、フォローを入れる事にしてみる。
「別に怒ってるわじゃないからね? えーと、僕の事覚えてるかな? 確か昨日もここの前で会ったと思うんだけど」
「あ、はい……」
「どうしてこんな所に? もしかして、ジョンと遊んでくれてたのかな? あ、この犬、ジョンって名前なんだけど」
 ジョンを怖がっていた様子からして、明らかにそれはない。ないけども、できるだけ怖がらせないように話を進めてあげたかったので、こんな話題から切り込んでみた。この子、どうにも悪い子には見えないし。
「あの、えっと……」
 しかしやはり年上二人を前にしては言いにくいのか、それとも特に理由もなく入り込んだだけなのか、男の子はおろおろと目線を泳がせるだけ。年下の扱いに慣れない僕は、どうしたもんかなとこれまたおろおろ。
 ――すると。
「……あっ! う、ぐぅ……!」
 その子は突然、頭を抱えて苦しそうに声を上げ始めた。
「お、おいどうした? 頭が、痛いのか?」
 突然とは言え、動きからその子がどういう状態なのかは一目で分かる。その見たままを成美さんが尋ね、少し離れた場所で待つ栞さん達の側からもざわめきが。
「クゥ~ン」
「どうしたの? 大丈夫?」
 ジョンと僕も声を掛けるが、頭が痛いという事以外は何も分からない。男の子からも、呻き声以外は発せられない。
 そんな時、この状況を見かねたのか栞さん達がこちらへやってきた。
「孝一くん、どうしたの? その子、急に――」
「あぁあっ! あっ、がぁっ、うあああああああああ!」
「な、なに!?」
 栞さんが口を開いた途端に一層激しく、呻き声どころか壮絶な悲鳴を上げ始める男の子。
 頭を抱える腕をギュッときつく締め、その場にうずくまり、そして地面へ伏す。その間、聞いているだけで痛みが伝わってきそうな悲鳴は上げ続けたまま。
「おいおいおい! DANGERだろこれどう見ても!」
「おい、お前! なんだ!? どうしたんだ!」
「痛っ、痛い! 痛ぁああああい!」
 さっきまでの興味本位で観察したり話し掛けたりといったどこか和やかな空気は一変、辺り一帯は不安と緊迫と痛ましさに包まれる。

 これは、何? 急に頭を抱えて、みんなどうしたらいいか分からなくて男の子が痛そうで、大声上げて、僕はどうするべき? 声を掛けても大声上げて、みんな困ってるしでも苦しそうだし、ああ、どうしよう?

「…………あ! 待って、もしかしたら!」
 混乱して無茶苦茶な頭にその声が、一本の線がピンと通る。
 声の主は、こう叫んだ。
「みんなこの子から離れて!」
 ……え?
「どういう事ですか栞さん?」と聞き返す暇すら惜しませるようなその剣幕に、僕のみならず全員が慌てて後退。最初に男の子を眺めていた、裏庭入ってすぐの所へ。
 ――男の子から離れても、誰も栞さんには声を掛けなかった。それよりも男の子が気になって仕方がなく、地面に伏して痛がっている彼を静かにじっと眺めていた。
 すると男の子はそのうち声を上げるのを止め、痛みが収まったのかどうか、ゆっくりと立ち上がった。
「ワンッ!」
 そんな彼の様子を見て、僕達と一緒にその場を離れていたジョンが「良かった」とばかりに一吠え。男の子はそれに気付いてこちらを向くも近付こうとはせず、その場で静かに佇む。するとそこで、
「やっぱり……」
 栞さんが眉をひそめ、どことなく悲しそうに呟いた。
「わたしも思い出したぞ」
「俺様もだゼ。ここまで見せられりゃな」
「……そっか、アイツがか」
 続けてみんなも思い出したみたいだけど、もちろん僕は何も分からない。
「えっと……?」
 訊いて悪いって事はないんだろうけど、靴の底が地面へズブズブと沈み込むような場の雰囲気にどうも口が上手く動かない。するとそれを察してくれたのか、こちらを向いた栞さんが教えてくれた。
「楽清明(らくきよあき)くん。……清さんの、息子さんだよ」
 ……え?
「清さんに見せてもらった写真に写ってたあの子はもっと小さかったから、はっきりしなかったんだけど……今のあれ、『そう滅多にあるものじゃない』って楓さんが言ってたし」
 まるで自分が悪い事でもしたかのように声も表情も落ち込む栞さん。ただあの男の子――どうやら、清さんの息子さんだそうだけど――に同情しているのとは、どうも違うようだった。
 そしてそれは、他のみんなも同様。大吾と成美さんは眉間にしわを寄せ、言葉以外の重圧を発散しながら押し黙っていた。サタデーはつるを力無くぶらりと地面へ垂らし、大きな口も同様に力無く半開き。その奥で上下の白い牙だけが力強く噛み締められていた。
「クゥ~ン」
 ジョンが男の子の側とみんなの顔へ交互に目を遣り、その何度目かの後、尻尾と首を垂らして弱々しく悲しそうな鳴き声をあげた。そんなジョンの頭へ思わず手を伸ばしながら、僕は尋ねる。誰ともなく。
「じゃあ、さっきのあれは、一体何だったんですか?」
 それに答えてくれたのは、またも栞さんだった。
「あの子ね、幽霊が近くにいると駄目なの。霊障っていうらしいけど、あそこまで酷いのは……」
 そのまま尾を引くように言葉を詰まらせると、視線を僕からあの子へ移し、そして伏させる。
 要するに、本当に、言ってしまえば栞さん達のせいだったって事か。もちろんそう言い切ってしまうのは暴論にも程があるけど……栞さん、大吾、成美さん、サタデーからしてみれば、今の一件にはそんな意識を持ってしまうのかもしれない。
「……なんでその清サンの子どもがこんなとこにいるのかは知らねーけど、そういう事だ。話つけて帰ってもらってくれねえかな、孝一。オレ等、ここで待っとくから」
「う、うん」
 そうするしかないのは今の話を聞けば僕にも分かる。それでも大吾は、何と言うか……悔しそうだった。
「わたしも待っていたほうが良さそうだな。さっきの様子からして、耳を出していても関係は無さそうだ」
「ワウ?」
「HAHA,ジョンは大丈夫だろうゼ。行ってやんな」
 いつもと違って豪快さのない笑いを見せ、ジョンの肩にあたる箇所をつるでポンポンと叩くサタデー。
「それでビビって逃げ帰ってくれりゃ、BESTなんだけどな」
「クウ……」
 見せ掛けの表情と内心に差があるのは、僕にだって分かるんだからジョンだってもちろん。それでもジョンは、男の子へ向けてぺたぺたと足を歩ませ始める。だとするならば、僕がそれに続かないわけにはいかない。
「行ってきます」
「お願いね、孝一くん。……幽霊の事も、清さんがここにいる事も、清明くんは全部知らないから」
 栞さんにお願いされる事でこんなに気が暗くなるのは、初めてだった。
「はい」


「大丈夫? 頭、もう痛くないかな?」
「あ、あ、はい」
 案の定ジョンを怖がっている清さんの息子さんは、近付く僕達に後ずさりながら震えた声で返事をする。さっきの苦しみようが嘘だったみたいに、その顔には不安の色しか窺えなかった。
「えーと……」
 まず何と声を掛けようか。「幽霊の事も清さんの事も知らない」となると、僕も同じくどちらも知らないという体で話を進めたほうがいいだろうから、
「ここに、何の用? 昨日も来てたけど」
 結局選択した言葉は、無難過ぎるくらいに無難な質問だった。まあ、こんなところで捻りを効かせても何にもならないしね。
 それよりも、あれだけ痛がってたのがもう大丈夫っていう事のほうが気になるけど――
「あ、えっと、それは」
 これまでと同じく、たじろぐばかりで話が内容に入らない清明くん。……ああ、この名前もまだ知らない事にしておかないと。危ない危ない。
 危うく口を滑らせていたかもしれない、と背筋をひやひやさせたところへ、清明くんがついにその籠らせがちな口を開く。
「……ここが、『お化け屋敷』だっていうから……」
「そっか」
「クウゥ」
「あの、ここに住んでる人なんですよね? ごめんなさい、人の家の事をお化け屋敷だなんて」
 さすがはあの清さんの息子さんと言ったところだろうか、聡明でかつ素直だ。こっちが特別不満を口にしたでもなしに自分から謝れるというのは、結構すごい事だと思う。ましてやこんな――清さん、「今年で中学生になる息子が」って言ってたっけ――中学生になりたての年齢で。
「いやいや、別に怒ったりはしないよ」
 ただ、そう思っているのならそれを圧してまでどうしてここへ? という疑問が。お化け屋敷とは言ってるけど本当に幽霊の存在を知ってるわけじゃないみたいだし、それにジョンを怖がってたし。
「ただ、さっきの事もあるから……救急車」
 とまで言うと、清明くんは驚いたような顔になる。でも僕に「そんなつもり」はなく、
「は大袈裟だろうから、家に帰って暫らく様子を見たほうがいいんじゃないかな?」
「あ、はい。そうします」
 様子を見るも何も、原因がこの場にあるのだからこれで解決だ。
 ここへ来た目的が達せられたのかどうかは分からないけど、あっさり頷いた清明くんに取り敢えず一安心。あとはジョンと一緒にお見送り。
「あ、そっちから出るの?」
「え……あ、はい。こっちから入ってきたから、なんとなく……」
 正門から回りこんだ側から見て、裏庭の一番奥。自転車置き場のすぐ隣に、誰かが使ってるのを見た事がない裏門がある。僕が引っ越してきたその日に、大吾と成美さんが待ちぼうけを喰らった場所だ。
「なんでわざわざこっちから?」
 門の向こうはすぐ、民家の塀。道の幅は歩きの人同士でも擦れ違うのが難しそうな程で、もはや道ではなく隙間という装いだ。もしそこが近道だったとしても、そもそも「そこを通る」という発想が湧かなさそうだけど?
「き、昨日お兄さんに見つかっちゃったから、そうならないようにって思って」
 なるほど。
「あはは、ごめんね。タイミング良く……って言うかタイミング悪く帰ってきちゃって」
「ワンッ!」
 僕の返事とジョンの相槌に、清明くんは笑いながら顔を引きつらせるという複雑な表情を作り出した。そしていったん間を置いて気を取り直し、
「それじゃあその、お邪魔しました。それと、ごめんなさいでした」
「お大事にね」
「ワフッ」
 ぺこりと下げられる頭については触れず、あまり後味が悪くならない見送りを心がけてみた。先に一度謝られてるんだから、こんな感じで丁度いいよね? ジョン。
「ば、ばいばいジョンくん」
「ワンッ!」
 見下ろしてみると、ジョンは手を振ってもらえた事が嬉しいようでお返しとばかりに尻尾をぱたぱたさせていた。清明くんもそれを見てちょっとは恐怖心が和らいだようで、ジョンに向けて振る手を降ろすとにっこり微笑んだ。
 少しだけ、清さんに似ているな、と思える表情だった。
 なんせあの人、常に笑ってるからなあ。


「大丈夫そうだった?」
「はい。拍子抜けするくらい大丈夫そうでしたよ」
 みんなが待機している場所に戻ると、栞さんが尋ねてくる。だけど、その安心したような柔らかい表情からして、事の成り行きは把握していたんだろう。一応訊いておこう、といったところだろうか。
「よかった」
「で、アイツは結局なんでここに来たんだ?」
 予め分かっていたとはいえ、やっぱり当事者である僕が言葉でそれを伝えるとまた違うらしい。場の空気が一層落ち着いたものになり、そうしてふっと微笑んだ栞さんに大吾が続く。
「『ここがお化け屋敷だから』って言ってた。興味本位でって事なんじゃないかな?」
「そっか。……まさかオレ等とか清さんの事に気付く筈もねえし、そんなとこだろうな」
 そう。清明くんがここのみんなと何の関係もない人だったらすっきりと興味本位で片付けられるんだけど、そうじゃないからそうはいかない。ただの興味以外に、何かありそうだと思うのが普通なのだろう。
 だけど、大吾の言う通り。清明くんは幽霊の事を知らないのだから、彼自身が言った「興味」以外の理由はあまり思いつけそうもなかった。
「ジョンともFRIENDになったみてえだしな! 終わり良ければ全て良しだゼ!」
「ワンッ!」
「ふふ。――さあ、みんなそれぞれやる事があるだろう? めでたしめでたしという事で、さっそくそちらに移るとしようか」
 場の空気は確かに和やかになったけど、そのうちいくらかはみんなが意識してそう演出しているだけなのかもしれない。でも、だからと言ってわざわざそれを指摘するのはそれこそ「場の空気を読めていない」というものだろう。それ以前に、僕がそれを意識しているんだしね。


 というわけで、僕達は事件解決を受けてそれぞれがすべき事に取り掛かり始めた。
 栞さんは庭掃除。大吾はサタデーとジョンを連れてお散歩。成美さんは買い物……の前に、自転車の練習も兼ねて大吾の散歩に同行。買うものがまだ決定してないですからね。
 そして僕はと言えば、
「じゃあ、生クリームと上に乗せるイチゴは決定でいいですか?」
「うん。やっぱりケーキと言えばそれだもんね」
 掃除中の栞さんを邪魔にならないように眺めながら、ケーキ作りの相談です。できるなら眺めてるだけじゃなくて手伝いたいところだけど、栞さんに遠慮されるのもそもそも箒が一つしかないのも分かりきっている事なので、残念ながら見てるだけ。
 それは決して奉仕の精神なんて格好の良いものじゃなくて、ただ単に二人で何かをしたいってだけなんだけどね。その「何か」が庭掃除っていうのは、自分でもちょっと可笑しく思うけど。
「それより孝一くん、お昼ご飯はいいの? 大学で食べたのって、たこ焼きと綿菓子だけだし」
 おっと。
「そうですねえ。量的には充分なんですけど、確かに食べたって気はしないですし」
「じゃあ部屋に戻って食べてて。それで、掃除が終わったらお邪魔させてもらっていい?」
「はい。なんだったら、一緒に食べます? 焼き飯でも作ろうかと思うんですけど」
「いいの? ……あ、もしかしてそれって、お料理教室番外編?」
「いえいえ、掃除の間に作っておきますから。栞さんは食べるだけですよ」
「あはは、残念だったようなほっとしたような。炒め加減とか難しそうだし」
 焼き飯が難しい? うーん、そうかなあ……? あ、もしかして。
「それって、有名な中華レストランの料理人さんとかがテレビで言ってるのを間に受けてるんじゃないですか?」
 突拍子もなく思いついた理由を、そのまま言ってみた。我ながらすっ飛んだ話だとは思うけど、
「あれ? テレビと実際って、違ったりするの?」
 なんと当たりでした。
 さすが栞さん、料理に関しては面白いですね。僕は良いと思いますよそういうところ。
「そりゃあ嘘を言ってるわけじゃないでしょうけど、一般家庭の料理であそこまできっちりばっちり作り上げようとする人はそうそういないと思いますよ? そもそも僕は、お金を出して食べるレストランなんかの料理とそうでない家庭の料理とは分けて考えるべきだと思うんです。意地汚く聞こえてしまうかもしれませんけど、やっぱりお金が絡みますからね。同じ料理名と同じ値段を掲げてお客さんに出す以上、毎回全く同じ味を作り上げなければならないわけです。だからこそさっき言ったテレビのようにきっちりばっちり作り方を固定・確定して、美味しくかついつ作っても同じものを作り上げなければならないんだと思うんです。それに比べて一般家庭の料理はお金を取らない上、食べさせる相手は家族、そうでなくても自分と関わりのある人な事が殆どです。そこでの料理の役割は、味そのものじゃなくてそこから発生する会話なんかのコミュニケーションですよね? だって、料理の味を褒められたくて作ってるわけじゃなくてあくまで『おもてなし』ですから。だから、毎回同じ味のものを作らなくても場が和やかになればそれでいいわけです。ですが、だからといって料理を作る側としては手を抜くわけにもいきません。作るからにはできるだけ美味しいものを作りたいですし、褒められるのが目的でないとはいえ、『美味しい』と言ってもらえればやっぱり嬉しいですから。それに、そのほうが会話も弾みますからね。なので、僕達が毎晩作っているような料理は簡単なものなんだと思ってください。その簡単な中で、言ってしまえば緩んだ気分で作れる中で、どれだけ美味しさを引っ張り出せるかを考えながら楽しく作れればそれでいいんですよ。場を和ませるために自分の神経を擦り減らすなんて、矛盾してますからね。――なので、僕が作る焼き飯はとても簡単なものです。そんなに気合入れて作るわけでも、作る前からあれをこうしてそれからこうしてなんて考えて作るわけでもないです。のんびりやってて、気が付いたらできてた、なんて言っても間違ってないくらい適当に作ってます。で、そんな中でできるだけ美味しく作ろうとしてるってだけです。なので、栞さんも失敗を怖がらずに楽しくやっちゃってください。例え料理が駄目だったとしても、場が楽しくなってるならそれで既に合格ですから」
「うん」
 ……あれ? 何か、とても落差のようなものが。


2 コメント

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Unknown (Unknown)
2008-03-30 02:03:37
孝一に清さんが乗り移ったのかと思った。
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Unknown (代表取り締まられ役)
2008-03-30 21:13:46
しかし清さん、料理にはあまり関心がないのです。
まあ、仮にあったとしても息子があの様子じゃあそんな事言ってられる状況じゃないんでしょうけどね。

さて、今回のサブタイトルを飾っているにもかかわらず早々に退散してしまった清明くん。彼の目的は一体?
――と予告風にするまでもないでしょうけどね。
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