(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十三章 侵入者くんの事情 二

2008-03-30 20:54:38 | 新転地はお化け屋敷
 いや、栞さんの答えが変だってわけじゃない。僕が問い掛けて、それに「うん」と首を縦に振っただけなのだから。それは別にいたって普通だよね? って事は――
「ごめんなさい、口が止まらなくなっちゃいました」
「ふふ。いいよ、面白かったし。料理の先生のありがたいお言葉だもん、ちゃんと聞かないとばちが当たっちゃうよ」
 なんとも皮肉めいた言い回しに聞こえるのですが、実際はどっちなんでしょうか?
 という事で、どうにも返事がし辛い。「それは良かった」と笑って返すべきか、それとも「すいませんでした」と重ねて謝るか。こちらの心情的には恥ずかしさもあって「ごめんなさい」な感じだけど、くどいと思われたら逆効果だしなあ。
 ――なんて事を真剣に悩むくらい、恥ずかしかったって事なんだけどね。要するに。
「それに、孝一くんがそういう人だっていうのは重々承知してますから」
「え? っと、それはどういう?」
「時々スイッチが入ったみたいにわーって喋り出すの。覚えがないとは言わないよね?」
「まあ……えっと、はい……」
 尚の事お恥ずかしい限りです。
 ……あれ? でもそれって、言葉に表してみると――
「清さんのと同じような事なんですかね?」
 清さんも時々、誰かに止めてもらわないと口が止まらなくなる事がある。僕のそれとは勢いが段違いだけど、それはまあ。
「傍目には、そうだね。今回は口を挟まずに最後まで待ってみたけど」
 言って、可笑しそうにくすくすと笑い始める。どうやら先の言葉は皮肉ではなく、そのままの意味で発せられたものだったらしい。栞さんの性格を考えたらそりゃまあそうなんだけど、それでも僕はほっと安堵。相手の出方が分かればこっちの出方も自然と決まるわけで、
「止めてくれれば良かったじゃないですか」
 と冗談混じりに返してみたり。
「たまにはいいかな、と思って。それに、お料理に関しては習う側だしね」
 同じく冗談混じりに返してくる栞さんは、そこまで言って「あっ」と冗談でない声を上げた。
「そうそう、お料理。という事で、お昼ごを飯作ってきてください。期待してるね、美味しい焼き飯」
「任せてください」
 自信を持ってのんびりと、美味しいものを作らせていただきますよ。
「――あ、ちょっと待って」
 早速部屋に戻ろうとすると、呼び止められた。
 一体なんでしょうかね? と気楽に振り返ったところ、眉を寄せてちょっとだけ深刻そうな栞さん。
「清明くんの事、清さんが帰ってきたら話したほうがいいと思う?」
 ……むむ、確かにそれは難しいところ。
「どうでしょうねぇ。僕はその、そこいらの事情をさっき知ったばかりですから」
 自分で言っておいて何とも逃げ腰なコメントだなぁとは思うのですが、間違ってもいないので仕方がない。と言ったらまた逃げ腰っぽいけどそれを言い出したら切りがなくなるので置いといて。
「あっ、だ、だよね。……ごめん、気にしないでね」
 栞さん、苦しそうに微笑みながら謝ってくる。僕に今の質問をしたのが、余程恥ずかしい事だとでも言わんばかりだった。
「心得ました」
 家庭料理人の務めは和やかな場を提供する事。不安要素は、早いうちに排除しておかなくては。
 ――なんて自分の言葉に浸ったりしつつ、今度こそその務めの場へ。
「お疲れ様です、栞さん。僕も自分の仕事に取り掛かってきますね」
「うん。行ってらっしゃい、また後で」
 そう言えば、あっちの様子はどうかな? 成美さん、転んだりしてなきゃいいけど。


「ほ……本当に、こんなに不安定な物に乗れるのか?」
「だぁから、前に進んでりゃ安定するっつの。もっと速く漕いでみろよ。支えてんだから怖くねえだろ?」
「ワウ?」
「意外とHARDそうだなあ、ジョン。子どもでもスイスイ乗ってるのに」
「五月蝿いぞ! 子どもではないとは言え、人間暦はまだ一年でしかないのだ! 仕方がないだろう!?」
「ああ、暴れるなって! こけたらオマエこれ、孝一の自転車だぞ!? しかもこないだ買ったばっかの新品だぞ!?」
「クウ……」
「心配だなあ、ジョン。哀沢が痛い目見るのはまあいいけど、孝一の自転車だしなあ。しかも買ったばっかの新品だしなあ」
「ぐぐ、貴様……これが終わったら覚えておけよ」
「この分じゃ、オレが後ろに乗るのなんていつになるのやらだな。――いいからもっと勢い良く漕いでみろってほら」


「いただきます」
「どうぞ召し上がれ。――いただきます」
 焼き飯を作り終えると、わざわざ温め直さなくてもいいくらいに丁度いいタイミングで栞さんが部屋のチャイムを鳴らしてきた。では早速、と居間兼食卓へ招き入れ、テーブルを挟んで向かい合い、二人揃って手を合わせた。
「今日もお仕事お疲れ様でした」
「うん。でも、お仕事って言うよりもう日課なんだよね。やらないと落ち着かないって言うか」
「ですか。それに比べてこっちの仕事はやらないと落ち着かないって言うより、やらなきゃ仕方がない仕事ですからねぇ」
「ご飯作る事だもんね」
 もうちょっと正確に言えば、「家守さんの晩ご飯を作る」なんですけどね。実際のところは、あれよあれよと言う間に「家守さんと栞さんに料理を教える」になってしまいましたが。
「……凄いよね、文句なくお金がもらえるくらい美味しいものが作れるんだから」
 焼き飯を乗せたスプーンを二度程口へ運んだ後、静かな口調で言う栞さん。褒められてるのはもちろんそうなんだけど、今食べた焼き飯を美味しいと言ってもらえているようで余計に嬉しかった。とは言えちょっと照れ臭かったので、
「初めてのお給料日は、まだもうちょっと先なんですけどね」
 とお茶を濁してみる。
「あ、そうなんだ。じゃあまずはその日を目標にして、これからも頑張ってね。栞もできるだけ頑張るよ」
「……それは庭掃除の話か、料理教室の話かどっちでしょうか?」
「二つ目のほうのつもりだよ?」
「頑張りましょうね」
「ん?」
 こちらが作り出した妙な雰囲気に困惑気味な栞さん。
 今の質問がどういう意味なのかと言いますと、庭掃除に対しての返答か料理教室に対しての返答か、同じ「頑張りましょう」でも意味合いが違ってくるわけなのです。語句を補って具体的に表すなら、庭掃除に対しては「お互い頑張りましょう」に。で、料理教室に対しては――
 頑張りましょうね栞さん。本当に、味噌汁だけは絶品ですから。もぐもぐ。


 時間は飛びまして、夕方。明言していないとは言え本日開催の大学での祭りは午後も参加するのだろうと踏んでいたのですが、よっぽど苦労したのか体力的な意味でフラフラしながら歩きのペースで自転車を漕いでくる成美さんとその一行が帰ってきたのはもう間食のお時間付近。しかもそのあと買い物もあるという事で一蓮托生、全員午後の祭りは不参加なのでした。
 ちなみに成美さん、買い物には歩いて行きました。「今日はもういい」だそうです。そしてそんな成美さんの買い物に、大吾もついていきました。「暇だしな」だそうです。体のいいデートですね。
 ――とまあそんなこんながあって、仕事ではないですが本日行うもう一つの料理、と言っていいものかどうかは微妙なところですが、完成しました。栞さんの助言と成美さんの買い出しに助けられて、生まれて初めての手作りお菓子が。と言っても、デコレーションだけですけど。
「ふう」
 最後のイチゴを真っ白に塗りたくられたケーキの上へ乗せ終わり、栞さんが額を拭う。ちなみに栞さんは人数分、つまり六つのイチゴをケーキの上に乗せただけだけど、まあ可愛い仕草なので良しとしておきましょう。
「でーきた。シンプルだけど、美味しそうだね」
 今はクリームに隠れてるけど、切り分ければ断面から缶詰の桃が見える予定。他の構成物はスポンジとクリームとイチゴの三種類。……つまり、中の果物は桃だけって事です。
「あれ? 栞さんの助言ってどこに反映されてるの?」なんて疑問は恐れ多すぎて言えたもんじゃないですね。
「そうですね。で、あとはこれを切り分けてみんなに配るだけなんですけど」
「ですけど?」
「どうせだったら晩ご飯もみんなで一緒にどうかな、と。その後で、食後のデザートとしてケーキを振舞ってみようかなー、なんて」
「あ、いいねそれ。賛成」
 当たり前ですが、この場には僕と栞さんの二人しかいません。なので、自分でないもう一人が賛成と言った時点でもう決定なのです。
「となると、やっぱり鍋ですかね?」
「鍋物……の後にケーキ? って、ちょっと斬新な取り合わせだね」
「甘い物は別腹だから大丈夫です」
「それって、意味が違うような」
 言いつつ、半分笑いで半分苦笑いな悩ましい表情を作り出す栞さん。
 しかしそれも束の間。その悩ましさが自分で可笑しいのか、ふっと通常の笑みをこぼし、「でもまあ、一緒に食べるわけじゃないしね」とやや無理矢理な納得。
「でも孝一くん、鍋は楓さんから借りるとして、具材は揃ってるの?」
 その疑問はごもっとも。もちろんの事ながら、たった今ひらめいた思い付きに事前準備など伴う筈もないですし。
 ――という事で、
「これから買いに行ってきます。自転車も無事戻ってきた事ですし」
「あはは。成美ちゃん、怪我しなかったみたいで良かったね」
 まあ大吾とジョンとサタデーがついてたわけですし、そもそも成美さんですからね。自転車の練習くらいで大事になるような事はないでしょう。事実、体調とご機嫌が斜めだったようだけど帰ってきた時は自転車にきちんと乗れてましたしね。
 で、それはそれとして。
「じゃあ早速出ますけど、栞さんはどうします? 何だったら、ここにいてもらってても構いませんけど」
 も一つ何だったら、一緒に来てくれても構いませんけど。
「あ、ううん、栞も出るよ。ちょっとやる事があるから」
 やる事、ですか?
「実は庭掃除が途中だったとか?」
 お昼をご一緒してから今まで栞さんはずっとこの部屋にいる、という事を鑑みて予想を立ててみる。
 がしかし、栞さんは「違う違う」と微笑んだ。そりゃあもう四、五時間は前の事ですからね。「お仕事って言うよりもう日課なんだよね。やらないと落ち着かないって言うか」と言ってた事もあるし、そりゃさすがにないでしょうとも。
「大吾くんと成美ちゃんに、相談事」
「相談って、なんのですか?」
 晩ご飯会の段取りとか? とも割と真面目に思ったけど、ここでちょっとだけ曇る栞さんの声色。
「えっと……さっきも言ってたけど、清明くんの事」
「あ、ああ」
 そうだそうだ、確かに言ってたっけ。
 僕の中でのあの出来事は、清明くんが無事に帰ってくれて一件落着だった。だけど、栞さんの中ではそうでないらしい。
 清さんに伝えるべきか否か。
 ただそれだけなんだけど、「ただそれだけ」で済まされるような問題でない事は清明くんのあれを目の当たりにすれば僕でも分かる。ましてやそれが、「あれ」の原因である幽霊の、栞さんなら尚更だ。

 時々、本当に忘れそうになる。栞さんが、みんなが、幽霊だという事を。人ごみとかだと意識せざるを得ないからまだましだけど、他人の目のない――特にこのあまくに荘の中だと、みんな全然それっぽくないからだ。
 ――でもそれは、僕が「見える人間」だからであって。そして、そうじゃない人のほうが圧倒的に多い事もあって。世の中にとって幽霊と言えば、非科学的でかつ恐ろしいもの、とされてしまっている。悲しい事に。

「できたら孝一くんにもきちんと事情を教えてあげたいけど……」
 気弱にそう言いながら、栞さんの目は壁時計へ。
「この時間じゃあ、お買い物が優先だね」
「また時間ができた時にでも聞かせてもらいますよ。なんたって、僕は一応ここの専属シェフみたいなものですから」
 最初の予定では家守さん専属シェフだった筈なのに、栞さんがそこへ加わった。「女性二人のシェフ兼先生」というのはちょっと気恥ずかしい肩書きだったので、さほどお世話もしていない他のみんなを巻き込んで「ここの」という事にしておいた。
「うん。――じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 と言いつつ、部屋を出るのは二人揃って。ケーキを冷蔵庫に入れ、狭い玄関で順番に靴、そしてサンダルを履き、ドアをくぐればあとはそれぞれの目的地へ。
「行ってらっしゃい」
 ほんの数歩歩いただけのその目的地、202号室の前で、もう一度同じ言葉を掛けられた。
「行ってきます」
 ならばとこちらも同じ返事をし、202号室のチャイムへ指を伸ばす栞さんを背に階段を下りる。

 ――つくづく、幽霊だって事を感じさせないな。
 さっき部屋の中で考えた事もあってか、一歩一歩一階へと足を進める途中、そんな文章がふと頭をよぎった。そして、
 ――でも清明くんからすれば、そんな事はとても言えないんだろうなあ。
 こんな文章もよぎった。
 もちろん、清明くんは幽霊が存在するのすら知らない。だからそもそもそんな事を気にするわけがない。だけど、清明くんのあの――霊障、だっけ――は、清明くん本人が気付かないままに幽霊とそうでない人の違いを表してしまっている。本人が意図も意識もしないままに。
 本人が意識しないのだから当然、清明くんがそれについてどうこう思う事はない。でも僕は、どうこう思ってしまう。それが良い意味でか悪い意味でかは別にして、それなりのショックを与えられたからだ。
 ――やっぱり、違うところは違うんだなあ。幽霊を見る事ができるのなら、自分が幽霊のそういう面を目の当たりにする事はないとばかり思ってたけど。

 そんな事を考えているうちに、気付けば自転車が一台あるだけの自転車置き場が目の前。そしてそのたった一台の自転車に跨ってからも、僕はぼんやりと同じような事を考え続けた。


『いただきまーす!』
「ワンッ!」
「いやいや驚いた。みんな揃ってる時は何事かと思ったよアタシ」
「今日は生徒じゃなくてお客さんですね、楓さん。お互いに」
「だね。今日はゆっくり食べるだけー」
「食べるだけってのはまあいいけどよ、全員揃って飯食うなんてそんな珍しいもんでもねーだろ」
「まあ、確かにそうだな。日向が来てから更に割合が増えたようだが」
「そりゃあ毎晩最低三人は集まってCOOKINGしてるんだもんな。そういう話が増えてもおかしくはねえだろうゼ。……俺様、ちょっぴり複雑な気分だゼ」
「まあまあ、そう膨れないでください。サタデーの分のご馳走も用意してあるじゃないですか」
「用意されたんじゃなくて用意したんだしなあ。まあ、哀沢に買ってきてもらったってのはそうなんだけど」
「――それで、僕が来るまではどうしてたんですか? 食べ物のほうは」
「そりゃもう、出前なりなんなりだよ。こーちゃん抜きじゃあ料理できるのが誰一人いないんだもん」
「孝一くんがお料理できる人で良かったなあ。晩ご飯、もう毎日の楽しみだし」
「と言っても、今日のこれは僕が料理できるかどうかなんて関係無いですけどね。鍋ですし」
「まあ、違いねえな。鍋なんて食いもんぶち込むだけだし」
「……うーん、大吾に言われると無性に腹が立つなあ」
「なんでだよ!」
「ふふ。分かるぞ日向、その気持ち」
「哀沢さんにも、そんな経験があるのですか?」
「あったとしても一々覚えてはいないが、言われた時にそう思うのは確実だ」
「なんでだよ……」
「それだけ仲が好いって事でしょ。にくいねこのこの」
「や、家守……」
「今のですらそんな流れに持っていくのかよ。冷静に考えるのも馬鹿らしいけどよ、それはちょっと無理があるんじゃねえのか? ヤモリ」
「お。肉食いながらだとCOOLだな大吾。美味えか?」
「肉とか関係ねーよんなもん。美味えよ」
「あ、そうだ。美味いと言えば、成美さんが取ってきた寿司はどうなったの?」
「それは……すまんがな日向、買い物から帰った後に怒橋と二人で全部食べてしまったよ」
「ああ、いえいえ。もともとみんなで分けるには少なそうでしたし」
「ねえねえこーちゃん、なっちゃんが取ってきたってどゆこと? 買ってきたんじゃなくて?」
「今日、大学でお祭りがあったんです。いろいろあって午前中しか行けなかったんですけど、その時の催し物で成美さんが寿司を勝ち取ったんですよ」
「へー。そう言えば、いつもよりこの辺の人通りが多かったような。ふーん」
「声掛けようかなとも思ったんですけど……楓さん、お仕事だったから」
「って事は、こーちゃんなっちゃんにだいちゃんとしぃちゃん――サタデーとせーさんは?」
「んっふっふ、私も朝から出かけてましたからねえ。サタデーは一緒に行ったようですが」
「まあ、俺様がした事なんて水飲んで大吾に背負われてただけだけどな。落語は面白かったけど。留守番だったのはジョンだけだゼ」
「ワフッ」
「いい子にしてましたか? ジョン。――んっふっふ、いい子にしてたんでしょうねえ」
「ワウ」
『……………』
「おや? 皆さん、顔色が悪いようですが?」
「どしたの? みんなして急に。もしかして、ジョンの留守番中に何かあったとか?」
「……えっと、この晩ご飯が終わったら話します。だから今はお料理を楽しもう――って事で、いいですか?」
「んー、アタシは別に構わないけど。せーさん、どう?」
「右に同じ、ですねえ。食事は楽しいのが一番ですから」


 清さんのあの返事からして、栞さんが食後に回すと提案した「話」があまり宜しくない内容だというのには、勘付いていたんだろう。まあ、僕も含めたみんなの顔色を見れば誰でも分かってしまうだろうけど。
 でも、本当に凄いのはそこから先のお食事会が栞さんと清さんの言葉通りに和やかに進んだ事だろう。あとに宜しくない話が控えていると知っておきながら気分を切り替えられるのは、結構難しい事だと思う。僕はと言えば、場の空気に身を任せてただけだったし。
 ――そして、楽しい時間というものは進むのが早い。まさにあっと言う間に、お食事会は「数分前の出来事」となった。
「いやあ、ケーキまで出てくるとは思わなかったよ。見た目が少々荒っぽいと思ったら、こーちゃんのお手製だったんだねー」
「と言ってもまあ、デコレーションだけですけどね。やっぱりお店で売ってるように綺麗な仕上がりにするのは難しかったみたいで」
 とは言え、喜ばしい事に、鍋の後に出したケーキはなかなか好評だった。
 それもまた、スポンジ部分の入手経緯やそれがスポンジだけだと知った時の落胆、そしてそれを何とか形にしようと決めた事や、ついでに成美さんが自転車に挑戦した事なんかも加えて、鍋の時からの和やかなムードを保ったまま食された。
 洋菓子に分類されるとは言え、ケーキだって自分が作った料理の一つ。その料理の基本理念に「場を和ませる事」を掲げている僕としては、大成功なのでした。
 でもさっきの言葉通りで、それはもう過去の出来事。
「で、鍋の時にしぃちゃんが言ってた話って?」
 あまり良い方向の話でないとは分かっているだろうに、それまでとトーンを変えないまま尋ねてくる家守さん。しかしそれが意識してなのか、はたまた意識せず自然にそうなったのかはともかくとして、話を切り出す側としては幾分やりやすそうな出だしだった。
「……うむ、それはな」
 サタデーとジョンを除けば、この中で一番身長の低い人物がそれに答え始める。やっぱり成美さんにとって、特に耳を出す必要が無い場合はこっちの姿が基本になるらしい。
 でもまあ、それは今特に関係のない話。
「楽。お前の息子は、幽霊が近くにいると体調を崩すんだったよな?」
「ん? ええ、まあ。大分前にもお話した通りですね。残念ながら今もまだそうですが」
「今日、そういった男の子がここへ来た」
「……本当、ですか?」
 いつも両の端が持ち上がっていた口を平坦にし、殆ど閉じていたとは言えいつもどことなく微笑んでいた目元もそれに倣い、いつも楽しそうにやや持ち上がっていた眉をそれより少しだけ下げる清さん。それがどういった真情の変化を現しているのかは、一目瞭然だった。
「ああ。ただ、名前を確認したわけではない。先程言っていた大学の祭りから帰る時、誰もいないのにジョンが吠えていたのでな。それで全員揃って裏庭に行ってみればその子がいて、わたし達が近付くと途端に頭を抱えて痛がり始めたのだ」
「それで、その後は?」
「わたし達が離れたら、その子の痛みはすぐに退いたらしい。危ないから日向に話をつけてもらって帰らせた。……特に、心配はないと思うが」
 成美さんの最後の一言は、ひたすら心配そうな清さんを気遣って――と言うか、その心配さに気圧されてつい言ってしまった、という装いだった。怯えが入っているような、そんな締まりのない声だった。
「家守さん」
「十中八九、清明くんだろうね。この辺じゃあ他に心当たりないし」
 清さんが家守さんの名前だけを呼んで振り返り、それだけで何を問われたのかを理解した家守さんがすかさず返す。
「せーさん、どうする? 一応自宅のほうに確認とってみる?」
「そうですねぇ……」
 顎に手を当てる仕草をし、少しの間だけ思考を逡巡させた後、清さんは僕のほうを向き直りながら言った。
「そうします。日向君、電話をお借りしても?」
「あ、はい。どうぞ」
 質問されるまでもない。
 ――どんな神経してたら、この場面でのこのお願いにお断りを言えるだろうか。


「じゃ、電話借りるね」
 そう言って立ち上がったのは、清さんではなく家守さんだった。
「清さんが掛けるんじゃないんですか?」
「最初に出た相手が清明くんだったら、ちょっとおかしなことになっちゃうからね」
「あっ、す、すいません」
 反射的に質問せず、少し考えれば分かる事だった。
 もし清さんと清明くんがぶつかればそれは、あちらからするとただの無言電話になってしまうからだ。
 家守さんが受話器を持ち上げて清さん宅への番号を慣れた手付きでプッシュしていく間、何とも恥ずかしい心持ちに――と言っても、誰かに何かを言われたわけではないけどね。まあ、自分一人で勝手に、居心地が悪くなっておく。
「――あ、夜分遅くにすみません。――はい、家守です。――いえいえ、こちらこそ。――ええ、清明くんの事で……旦那さんに代わりますね」
 このみんなが集まっている居間の片隅に備えられた電話器を通して、家守さんが話をする。相手は多分、清さんの奥さんなんだろう。いつもとは少し口調が違っていた。
 家守さんの役目は本当に清さんへの繋ぎだけだったようで、口調を気にしている間に家守さんは受話器を顔から離し、清さんを振り返った。
「せーさん、いいよ」
「ありがとうございます」
 そして、話者の交代。
「――僕だよ。――そうだね、電話は久しぶりかな。それで、ちょっと確かめたい事が――うん、清明の事なんだけど」
 家守さんと同じく、こちらも口調がいつもと若干違っていた。
 電話に出るとこちらに背を向けることになるから、清さんの表情は分からない。だけどほんのちょっとだけ、いつもの楽しげさがその声に戻ったような気がした。
 そうしてついさっきまでそうだった「いつもの清さん」を懐かしんでいる間に、清さんは奥さんに大体の事情を説明し終える。
「清明に訊いてみてくれないか。もし言いたがらないなら、それでもいいから――うん、頼む」


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