(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 十一

2014-10-31 21:04:11 | 新転地はお化け屋敷
 ――ということになるとは思うものの、
「ああ、あはは、よく言われます」
 そう言って笑い返す椛さんではありましたがしかし、その笑みには力が籠っていないのでした。椛さんからすれば相手がそれを知っていようがいまいがということではあるわけですし、だったらそりゃあそうなりもするのでしょう。
 そして椛さんだけでなく、周囲の人達――もちろん僕も含めてですが――も、同じような空気を発し始めます。
 それはつまり、家守さんと会っていた他三人はその話を知っている、ということになるのでしょうか?……まあ、なんせその話が出たというわけではなく雰囲気だけのことではあるので、断言はし難いところだったりもしますけど。
 一方で背の高い男性ですが、こちらはそんな周囲の様子に面喰っているようでした。こちらも同様に断言はし難いところですが、とはいえこれはもう、ほぼ間違いないと思ってしまっていいのではないでしょうか。
 で、そんなどうにもこうにも身動きがとり難い状況にはなってしまったわけですが、
「あの」
 その中で最初に動くとすればそれは誰なのか、ということで、椛さんが背の高い男性に――いや、その目配せからして他の三人にも向けているのでしょうか? 四人に向けて控えめな調子で、控えめに控えめを重ねたような調子で、声を掛け始めました。
「身勝手は承知のうえで……お礼を、言わせて頂いて良いでしょうか」
「お礼? ですか?」
「はい」
 ここまでの流れからして、椛さんがしているのはやはり家守さんの話なのでしょう。返事をした背の高い男性は困惑を継続させるほかなかったのでしょうが、しかし何であれ他の三人も含め椛さんに制止を掛ける人は出てこず、ならばそのまま、椛さんの話は進むことになるわけです。
「姉が今のような人間になれたのは、皆さんのおかげなんです」
 …………。
「それに対して感謝するだなんて本当に身勝手極まりないんですけど、でも……」
 そこで言葉を途切れさせてしまう椛さんではありましたが、事情を知らないらしい一人はもちろんのこと、知っているらしい三人も、それ対してすぐに反応ができるわけではないようなのでした。
 当事者がそんなふうである以上、僕と栞なんかは言わずもがなではあるのですが――しかし、反応はできないにしても、頭の中で理屈を組み立てることくらいはできるわけです。椛さんが言っているのは一体どういうことなのか、という。
 家守さんが語ってくれた話を思い出す限り、家守さんがそれまでの自分を省みて更生を決意したのは、今ここにいる四人の友人に絡んだ事件があってから随分と後のことだった筈です。となれば「皆さんのおかげ」というのは、その後も友人として彼らが関わりを持ち続けたことを指しているのでしょうか?
 ……いや、そうではないのでしょう。何故なら四人のうちの一人は、それを拒否していたのですから。
 だからといって他三人にだけ言っているというのも、それをわざわざ拒否していた一人の目の前で言うこともないでしょうし――それにもう一つ、そうだとするならそれは極々当たり前の感謝であって、身勝手極まりない、なんてことにはならないでしょうしね。
 では椛さんは、彼ら四人のどういう行いについて感謝しているのでしょうか?
 四人全員に共通していて、かつそれに感謝するのが「身勝手極まりない」なんてことになるようなもの、というと――。
 ――――。
 正直、気分のいい推測とは言えないところではありますが。
 彼らが家守さんの被害者になったこと、それ自体を指しているのではないでしょうか。
「姉が皆さんとどこまで、その時の話をさせてもらったのかは分からないんですけど……姉が変わり始めた切っ掛けは、そうならないといけないと自力で気付いたからなんです」
 気分がよくない推測をしてしまったところで、椛さんの口からその推測を後押しするような言葉が出てきました。
 これもまた家守さん自身が語ってくれたことではあるのですが、当時の家守さんは自分の悪事を悪事だと思っていなかった、悪人である自分を悪人だと思っていなかったのです。そこから変わらないといけない、と思ったということはつまり自分の悪事を悪事だと、悪人である自分が悪人であると気付いた、ということになるわけです。
 その根拠になったものが、友人四人をこの世から追放したという過去の過ちだったのでしょう。
 そのことがあったから更生を思い立つことができた。言い換えれば、その友人四人のおかげで更生を思い立つことができた、ということになるわけです。
 ……あまりそんなふうに考えたくはないですが。
 と、しかしそりゃあ僕と栞、のみならず周囲にも大勢の人がいる状況なので、もしこの推測が当たっていたとしても椛さんがそこにまで言及することはありませんし、また、こちらからそれを尋ねるなんてことも当然できはしないんですけど。
「いえ、でも」
 その「でも」が果たして椛さんの言葉に対するものだったのか、それとも彼女が頭に浮かべた自分の言葉に対するものだったのかは分かりませんが――というわけで、椛さんの言葉からたっぷりと間を挟んだのち、最初に口を開いたのは髪の長い女性なのでした。
「そうだったとしたら、私達としても救われます。そこから何も広がらずに、ただ『ああいうことがあった』というだけで済んでしまうよりは、よっぽど」
 …………。
 そういうふうに考えられるからこそ、今現在でも家守さんの友人という立場に立っていられる。そういうことにはなるのでしょうが、しかしそう思えはしても尚、感心するばかりではいられないのでした。
 そしてそのことと関連して、ということになるんでしょうけど――口を開いたのは髪が長い女性だったのですが、しかし動いたのが彼女だけということはありませんでした。
 髪が長い女性が椛さんへ返事をし始めた直後、その横では髪が短い女性が、椛さんから背の高い男性を隠すように彼の前へと移動したのです。
 とは言ってもそれは、椛さんの視界に背の高い男性が入らない、というほどきっちりと隠し切るものではなく――そもそも彼女より男性の方が少々ながら背が高く、なので隠し切ろうにも隠し切れはしないのですが――であるならばそれは、逆、ということになりましょう。
 今現在でも友人という立場に立ってはいつつ、しかし家守さんを許してはいないとも言う背の高い男性。そんな彼が今の椛さんの話を聞いてただ「救われた」とだけ思えるかと言われれば、そうはならないわけです。他の三人ですら多少は、ということにもなるんでしょうし。
 というわけで髪が短い女性は恐らく、彼を庇うのではなくむしろ彼に注意を促したのでしょう。言いたいことはあるだろうけどそれはひとまず抑えておいて欲しい、という。
「……ありがとうございます」
 それに気付いたかどうかは分かりませんが、そんな動きもある一方で椛さんは静かにかつゆっくりと、そして深々と、頭を下げてみせるのでした。
「すみません。挨拶だけ、なんて言っておいてこんな」
「いえ。お話、聞かせて頂けてよかったです。今日は本当、いいことばかりで」
 正直なところ、こういう話をしないで済ませられるわけがない――というか、避けて通れる見込みが無さ過ぎていっそ挨拶のうちに含んでしまっていいのではないかとすら。
 ともあれそんなわけで、友人三人は椛さん、家守さんの妹さんの話を聞き終えるにあたって、笑顔でもってそれを迎えていたのでした。残る一人、背の高い男性については……椛さんからは隠れ切っていないであろう角度が、上手い具合に僕からはその表情を隠し切ってしまっていたので、確認はできませんでした。
「姉に伝えても構いませんでしょうか? 今、そう言って頂けたこと」
 そう尋ねたところ、髪の長い女性は「ええ、もちろん」と。
 そんな快い返事を受けた椛さんは、ここで漸く、憂いのない自然な笑みを浮かべることができたのでした。
 ともなれば表情のみならず雰囲気までもがも良くなりもし、するとその雰囲気に合わせたような明るい口調で、背の低い男性からは「なんだったらその時、僕らご一緒させて頂いても?」という申し出も。
 そしてもちろん、椛さんがそれに難色を示すようなことはなく。
「ああ、是非。姉も喜びます」
 その時はお声掛けしますね。椛さんはそう言って、笑みをいっそう明るくさせるのでした。

「ごめんなさいね、日向さん」
 椛さんがこの場を離れ、孝治さんをはじめとした月見家のもとへ戻ったところ、その様子を眺めていた僕としては半ば不意打ちのように、そんな声がこちらへ向けられました。
 とはいえその声は髪が長い女性のもので、ならばあちらとしては、不意打ちなんてつもりはもちろんなかったんでしょうけどね。別に今この場に現れたというわけでもないんですし。
「はい?」
 後からそう思ったとはいえ――と言ってもそれは一瞬の話、そう返事をした直後には既にそう思っていたのですが――僕にとってそれが不意打ちのようなものだったことには変わりがなく、なので非常に間抜けな感じのトーンになってしまうのでした。
 が、こう言ってしまうとなんだか言い訳じみているような気もしないではないものの、そんな声になってしまった理由はそれだけというわけでもないのです。というのは、何故この場で謝られたのか、という。
 返事をし終えて確認してみるに、その視線の向きからして彼女の言う「日向さん」とは、僕だけでなく栞も含んでいるようでした。というわけで栞もまた、僕と同じようにその頭上にクエスチョンマークを浮かべています。
 まあそうは言っても、僕とは違って間抜けな声を出したりはしていなかったわけですが。
「いえ、居心地が悪かったんじゃないかって。遠回しな言い方をしてくださったにせよ、今みたいな話は」
 声はともかく二人揃ってそんな顔をしてきたら、ということで、僕達が何を謝られているのか分かっていないことは察してくれたようでした。
 で、じゃあそれが判明してどうなのかということになるわけですが、
「そりゃあ、居心地が良かったとは言いませんけど――」
「初めからそのこと込みでご一緒させて頂いてるわけですしね、私達」
 クエスチョンマークだけでなく、その辺のこともやはり同調していた僕と栞なのでした。そこだけ息が合っていなかったら随分と格好悪い……とまあ、格好を付ける場面でないのは間違いないので、それについて安堵したりはしないでおきますけど。
「ありがとうございます」
 謝られたと思ったら今度はお礼を言われてしまいました。が、こちらについては本意であり、ならば僕はこれまた栞と一緒になって頬を緩ませます。
 ちなみに、「そのこと込みでご一緒させて頂いてる」という僕と栞は、さっきのような話題を避けられるように動くべきだった――結果の良し悪しに関わらず――とも言えなくはないわけで、謝るというのならむしろこちらこそが謝るべきだったんじゃないだろうか、とも。
 とはいえ今の流れからしてあちらはそんなことを想定すらしていなさそうではありますし、そこへ謝ってみせたとなると、さっきの僕と栞の困惑があちらに移るだけということにもなるのでしょう。
 栞がいなかったらそれでも謝ってみせていたことでしょうが、というわけで、自分を悪者にするのは思い止まっておくことに。
「で、そっちはどうよ?」
 この話はこれで終わりだと踏んだのでしょう、今度は背の低い男性がそんなふうに。ではその「そっち」、つまりは話しかけた相手が誰だったかというと――。
 やはり身構えてしまうところではあるのですが、背の低い男性なのでした。不信感は既に払拭しているとはいえ、それで彼自身のスタンスが変わるというわけでは、やはりないわけですしね。
 ちなみにそんな彼へ声を掛けた背の低い男性ですが、その際に浮かべている表情は笑顔なのでした。とはいえそれは嘲ったりするようなものではもちろんなく、こう、友人と世間話でもするかのようなものでした。
 背の高い男性の不穏当な発言に声を荒げもした彼ではあったのですが、しかし今、そんな表情でその話題を振ってみせたということは、あれは僕と栞を慮っての言動だったということなのでしょう。
 だとすると、それは翻って「今はもう殊更に気遣う必要はない」と判断されているということにもなるわけで、そしてその判断というのは、こちらとしても歓迎したいことではあるのでした。認識を改めたというのであれば、こちらもそれは同様なわけですしね。
「どうって言われてもねえ」
 背の高い男性は、質問にそう答えました。いや、それは答えているとは言えないのかもしれませんが。
 しかしそれでも背の低い男性は表情を変えないまま答えを待ち、ならば背の高い男性は数瞬の間を置いたところで、観念したように口を開き始めます。
「……不満がないとは言わないけどね。でもだからって、全部それに任せっきりにするほど子どもじゃないよ。僕だって」
 子どもじゃない。
 当然ながら皮肉として口にした言葉ではあったのでしょうが、しかし捉え方によってはそれは、自虐でもあったのかもしれません。
「じゃなかったら、それこそ今日ここになんか来てないんだし」
「だな」
 背の高い男性としてもそう言わざるをえない状況ではあり、ならばそれはどちらかと言えば「痛いところを突いた」ということになるのかもしれませんが、しかし背の低い男性はむしろ、そう言わせたことに満足そうな顔をしてみせるのでした。
 ということは、その質問が意地の悪いものではなかったというのはもちろん、相手からそれを悪し様に捉えられることもないという理解の上で、ということになるのでしょう。
 が、とはいえ聞いている側の中からは笑って聞き流せない人もやはり出てくるわけで、
「あ、あのさ……不満があるってことだって、間違ってるってわけじゃないと思う、よ? 私は」
 恐る恐るといった調子ながら、髪が短い女性がそんなふうに語り掛けました。
 とはいえそれは、今初めて明かした考えだということもないのでしょう。家守さんに対する思いに食い違う部分があり、それでも友人として関わりを持ち続けているということであれば、いっそ最初に認め合っておくべき話ということになるんでしょうしね。
「あはは、そりゃあね。どっちが正しい正しくないなんて言い出してたら、それはもう今日ここに来られないどころの話じゃなくなっちゃうし。そうなってたら家守さんどころかみんなとも喧嘩別れしてたよ、僕」
「うん……」
 現実にはそうはならなかった、ということからいくらか余裕を持っているのか、それともこれもまた自嘲の意味合いを含ませているということなのか。笑ってみせさえしながらそう言い返してみせる背の高い男性だったのですが、しかしそれに対して髪が短い女性は、どうやら笑い返せはしないようなのでした。
 と、そこで動いたのは髪の長い女性。
「相変わらず心配性ねえ、もう何度も同じような話してきてるのに」
 今初めて明かした考えだということもないのでしょう。髪が短い女性の発言に対してそんなふうに思った僕ではありましたが、しかしそれは逆に言って、二度三度と明かしてきた考えだということにもなるわけです。
 ……そしてこの様子だと、どうやら二度三度どころではなかったようで。
「まあ、気持ちは分かるけどね?」
 相手の肩をポンと叩きもしつつそんなふうに付け加えた髪の長い女性でしたが、しかしその時に浮かべていた笑顔には、同意や慰め以外の意図が含まれていそうなのでした。
 うーん、なんだかどこかで、というか誰かで見慣れているような。
「そ、そういうんじゃないけど……」
 それが何かを明言されたわけでもないというのに、髪が短い女性はその何かを否定しに掛かるのでした。
 とはいえ元の話題についても今のコレについても、もちろん僕が横から口出しするような話ではないわけです。ならばとせめて隣へ視線を流してみたところ、栞ったらまあ、いい笑みを浮かべてらっしゃるのでした。
「でもあれよね、今更だけど」
 髪が短い女性から何かを否定された髪が長い女性は、するとそちらからはあっさりと手を引き、次の話題を持ってくるのでした。
「家守さんと旦那さん、本当に二人だけなのね。妹さんもここに残ってるわけだし」
 髪が短い女性の話と一緒に家守さんを許す許さないの話も一緒に流れてしまったわけですが、果たしてそれが狙ったものだったかということについては、確信が持てはしないところでしょう。初めからそれを狙っていたとしたら……ねえ? 話題を流すだけなら直接流してしまえばいいわけで、そうなると間にあんな話を挟んだというのが、ただの意地悪になってしまうわけですし。
 とまあ、意図がどうあれ流れた話についてあれこれ言い続けるのもどうかとは思うので、それはそれとしておいて。
 妹さんも、とついさっきまでここで話をしていた椛さんを挙げた髪が長い女性ではありましたが、しかし「二人だけ」という言葉の通り、家守さんの両親はもちろん月見さんご家族も、現在この部屋に留まっているのでした。
 ここに残していったそれら縁者の人数、加えて一緒にここを出た文恵さんと義春くんの二人が「四方院側」ということもあって、それは随分と心細い話のようにも聞こえたのですが、
「楓ちゃんはともかく、旦那さんは『二人だけ』って感じじゃないような? 旦那さんの家の人なんでしょ? 周りを囲んでるの」
 話題が変わったことで勢いを得た――ということになるのかどうかはともかく、髪の短い女性はそんなふうに。
 周りを囲むほどの人数だという話は出ていなかったと思いますが、イメージとしてはそんな感じになってくるんですかね。やっぱり。
「それはそうだろうけど、でも家守さんが『二人だけ』だと思ったとしたら、それに合わせてくれるぐらいはするんじゃないの? あの旦那さんだし」
 旦那さんだし、ではなくて、あの旦那さんだし、とのこと。同じく旦那さんになったばかりの身としては前者の認識を持って頂きたいところではあるのですが、しかしそれはともかく、どうやら高次さんは随分と高い評価を得ているようなのでした。
 そしてそれは、その発言をした髪の長い女性だけに限られるものではなかったようで、他三人からも特に異論は出ない様子。
「だと思いますよ」
 異論が出ない様子ではあったのですが、そこへ更にもう一押し。それ自体は栞の言葉だったものの、とはいえそれがなかったとしても僕も同じように動いていただろう、というところだったりもするのです。
 というわけで、
「柔らかいベッドみたいな人、だっけ? そんなふうに言ってたよね、家守さん」
 と栞に続いて二押し目を付け加えてみたのですが、
「柔らかいベッド……」
「分からないではないけど、なんか、ねえ?」
 どうやら余計な発言だったようで、せっかくの晴れやかな話題に悶々としたものを混ぜ込ませてしまったようなのでした。
 分からないではないけど、ということでその例えが意味するところはご理解頂けているのでしょうが、何分相手は家守さんです。果たして本当にそれだけか、という話にもなってきてしまうのでしょう。
「あー、なんかこう、自分の形に合わせて包み込んでくれる、とかそういう感じの」
 言い訳のような装いになってしまったのは実に勿体無いのですが、ともあれそういうお話です。言わなくても分かってらっしゃるのは承知の上ですが、しかしこれは、というかあれは、飽くまでそういう話だったのです。多分。
 だからこそ逆に、今この場に家守さんがいたら止められていたところでしょうけど……いや、でもその話を僕達にしてくれたわけですし、じゃあ問題なかったりするんでしょうか?
「ああ、そういう。そうですよね、あの旦那さんなら」
「楓ちゃんじゃなかったら、普通にそういう発想が先に来るんだろうけどね……」
 その例えがしっくりくるような高次さんの人柄に助けられた形にはなるのでしょうが、ともあれそういうことでなんとかこの話題には決着がついたのでした。
 で、ならば次の話題が出てくるわけですが、
「じゃあ日向さん達はどんな感じなの? お互い、相手を何かに例えるとしたら」
 なんせ同じ新婚夫婦、しかもこれまた同じく式を終えたばかりの二人ということもあって、ならばそういう流れになるのは必然だとすら言えてしまうのでしょう。背の低い男性は、そりゃもう分かり易くニヤニヤしながらそんな質問を投げ掛けてくるのでした。
 栞は笑顔で答えました。
「万力」
 …………。
 例える相手が新婚ホヤホヤの夫なのに、という条件を抜きにしてすら、ぱっと出てくるような物ではないんじゃないでしょうかそれは。
 ――というか、こんなところでその話題を出すのもどうかとは思うけど、少なくとも病院で見掛けるようなものじゃないだろうによく知ってたねそんな名称。僕だって中学校か高校かの工芸室くらいでしか見たことないのに。
「ま、万力?」
 尋ねた男性、そんな栞の返事にはよろめいてすらみせるのでした。そりゃそうでしょう、僕なんかちょっと泣いてるかもしれません。
「一度捕まえたら全力で締め上げる! 問題が解決するまで絶対に放さない! だよね? 孝さん」
「だよねって言われても」
 そうだねと言えと仰るのでしょうかこの人は。いや、「問題が解決するまで」なんて言葉も挟まれているわけですし、だったらそれが褒め言葉だというのはそりゃ分かってるんですけど。
「……じゃあ、まあ、それで」
「ふふーん」
 まあ、この勝ち誇ったような笑みを見れば、暴力的な夫だなんて勘違いは起こりそうもないですし――うーん、こんなこと心配しなきゃいけない話題だったかなあ、これ。
「ええと、なら旦那さんの方は?」
 当然そうなるべき展開ということになりましょう、今度は僕の番です。
 というわけで、
「ハイパワー掃除機とか」
「ひどい」
「お互い様にね」
 一見ひどいけど実は褒め言葉だ、なんてことも含めてね。
「ハイパワーって何さハイパワーって」
「言わなくても分かるでしょうに」
「分かるけどさ」
 仕事として受け持っている庭や空き部屋だけでなく、自分自身の内側も綺麗に出来るほどの。とまでは、もちろん言いませんけどね。言わなくても伝わるでしょうし、言ってしまったらそのことに僕がどう関わっているか、なんて話にもなってしまいかねないわけですし。
 ……掃除機の例えを続けるなら、いっぱいになったタンクの交換、でしょうか? いや、別に続けなくてもいいんですけど。
 というわけで、言葉の上では気乗りの悪い返事をしつつ、けれど表情だけは明るくさせている僕と栞なのでした。うーむ、子どもっぽいというかいっそ馬鹿っぽいというか。
「なんかこう、分かり易く仲良くしてそうな感じだったけど……」
「結構そんな感じなんですね、お二人とも」
 そんな感じ、というのがどんな感じなのかは明言されないままでしたが、少なくとも周囲の雰囲気は明るいのでした。うん、じゃあ、褒め言葉だったってことで。


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