(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第四十三章 譲れぬ想いと譲る思い 十二

2011-09-27 20:51:27 | 新転地はお化け屋敷
 当初は「もつれるであろう話に挟む休憩時間」という位置付けだった昼食ですが、結局はそうして「単なる休息時間」として過ごされるのでした。……まあ、その休憩事件の中で泣かされたりなんだりがありもしたわけですけど。
 しかしそれは過ぎたことですし、後腐れがある類いの話でもないわけで、ならばよしとしておきましょう。問題はこれからどうするかです。
「どうしよっか、この後」
 誰にともなく、普通に口にしてみました。なんせ今の食事は初め、自分と栞さんに付いての話の間に挟む予定だったのに、実際のところそれはもう住んでしまっているわけです。つまり、やることがもうないのです。
 普通ならこんなこと、わざわざ悩むようなことでもないのでしょうが、そこは予定を立てるという行為の負の面なのでしょう。想定していなかった事態には、大なり小なり慌ててしまうのでした。
 さて、僕自身としては特定の誰かへ向けたつもりではなかった今の質問ですが、しかしその口調からか、反応したのは両親なのでした。
「ここでやることは済んじゃったみたいだし、だったら今日はもう帰っちゃっていいんじゃない?」
 とはお母さんの弁。
「うーん、もうちょっとゆっくりしていってもらってもいいんじゃないか? 何だったら今日は泊まるとか。明日日曜だし」
 とはお父さんの弁。
 返事が返ってくるまでは正直お母さんみたいなことを考えないではなかった僕なのですが、しかし言われてみれば、お父さんの案もありなのかもしれません。明日が日曜だというのはもちろん、久しぶりに帰ってきたわけですし、それに両親と栞さんが一緒にいられる時間は今のところ、いくら取っても取り過ぎってことはないんでしょうし。
 と、思ったのですが、
「あなた」
「えー!?」
 意外なところで出された注意に、不満よりも驚きを前面に出すお父さんなのでした。声こそ出しはしませんでしたが、僕も結構そんな感じです。
 しかしいくらお母さんでもそんな不可解さを残したまま突き離すということはしないらしく、何やらお父さんに耳打ちを。それを見て「仲良いよなあうちの親」なんてふうにも思ってはしまいますが、その真意は「なんか恥ずかしい」だったりします。
「むう、まあ確かに」
 僕の妙な羞恥心はどうでもいいとして、耳打ちの内容は果たして何だったのか、お父さんはたった一つの反論すらなく納得させられてしまうのでした。
 ということであれば当然僕だってそれが気になるわけで、なので尋ねてみるのですが、
「なんて言ったの? 今」
「うふふ、なーいしょ」
 というふうに何故か若干可愛らしく秘密宣言をされてしまうのでした。
 ううむ、お父さんとお母さんの方にもなにかしら都合があったりするんでしょうか。とはいえこの緩い感じ、僕と栞さんにも何かしら関係はしてそうな気がしますけど。
 もちろん依然として気になりはするのですが、ともかく話を進めましょう。
「で、じゃあ今日はもう解散ってことで?」
「こっちはそれでも問題ないわよ?」
 いくら納得させたとはいえお父さんに視線だけですら意見を窺おうとしないお母さんでしたが、実際お父さんから意見はありませんでした。ということであれば、そういうことでいいんじゃないでしょうか。
「栞さんは、何かあります?」
「ううん、そういことなら私もそれで。――ああ、でも」
 仕事で来てる家守さんと高次さんはともかく栞さんには訊いておいた方がいいよな、ということで尋ねてみたところ、何かあるようで。
 栞さん、元から崩れたりはしてはいなかった姿勢をさらに正し、両親のほうを向き直ります。
「さっきお義父さんが言ってらした、泊まっていくって話……良かったら、いつかまた別の日に」
「それはもちろん。いつでも歓迎ですよ、栞さんだったら」
 お母さんはにっこにこしながらそう言い、
「お義父さん……」
 お父さんはただただにっこにこしていました。そうね、そう呼ばれたの今が初めてだよね。そんな顔緩ませるようなことなのかどうかは、僕には分からないけど。
 まあそれはともかく、話は纏まりました。
「楓、そろそろ帰るって話だけど大丈夫か?」
「あはは、大丈夫大丈夫。……随分とお見苦しいところをお見せしました」
「本当にな」
「すみませんでした……」
 なんか高次さんから普通に怒られる家守さんでしたが、これでも一応彼の上司だったりします。ちなみに謝罪相手はもちろんというか何と言うかうちの両親なわけですが、やはり全く気にしていない様子なのでした。笑っちゃってますし。
 なのでまあそれは半分、ではなく四分の一くらい冗談としておいて、
「あの、お義父さんお義母さん」
 別れ際に、ということになるでしょうか? 栞さんから両親へ向けて、何やら話があるようでした。
「ん? なんですかな喜坂さん――じゃなくて、『栞さん』か。いやあ、いいもんですねえこういうの」
「あなた」
「おっと、すまんすまん。えーと……続きをどうぞ、栞さん」
 まあその、栞さんと僕のことを喜んでくれている、と考えれば悪い気はしませんし、栞さんも頬を緩めたりしているのですが、しかしその栞さんが直前まで真面目そうな顔をしていたことについて、お父さん空気読めよと思わずにはいられませんでした。
 が、だからといって栞さんの話の内容が変わるわけではないので、再度真剣な顔に。
「幽霊は子どもを作れません。だから私も、その……」
「あー、一人っ子だからさ、僕が」
 僕が手助けに入る必要は、恐らくなかったのでしょう。けれど、入らずにはいられませんでした。
 幽霊は子どもを作れない、という話自体は既に両親へ説明済みです。が、それを「栞さん自身のこと」としては、まだ話していませんでした。なので栞さんは、最後にそれをきっちり話しておきたかったんでしょう。
 というふうにその意図を読んでしまうと、動かずにはいられなかったのです。当たり前ながら辛い話ですしね。他の誰より、本人にとって。
 僕は「自分が一人っ子だから」としか言いませんでしたが、しかしそれが何を意味しているのかは、両親も察せられたことでしょう。二人とも、栞さんと同じく深刻そうな顔になるのでした。
 とはいえ幽霊についての話で「子どもを作れない」という説明をした時点で思い付くことでもあったでしょうし、ならばその内容はともかく返事はすぐに返ってくるだろう、と僕は思っていたのですが――。
 その予想に反してお父さんお母さん、何やら小声で相談し始めました。
 まあしかし、重大な話です。相談の一つや二つ発生してもおかしくはないんでしょう。もちろん話している内容は気になりますし不安にもなりますが、ここは大人しく返事を待つことに。
「栞さん」
 これまた予想に反して相談はすぐに終わり、そして話し始めたのはお母さんなのでした。
「はい」
「そのことは全然気にしなくて大丈夫ですよ」
「え? で、でも」
 全く気にした様子がみられないお母さん、そしてそれは隣のお父さんも同じくなのですが、しかし短い時間とはいえ何やら相談までしていたわけで、本当にそれで済ましてしまっていいのでしょうか? と、栞さんの気持ちを察するまでもなく僕自身がそんなふうに思っていたところ、今度は「孝一」と。
「ん?」
「弟と妹どっちがいい?」
「は!?」
 思うより先に声が出ていました、ということでいいのでしょうか。実際、その発言の意味をしっかり理解したのは、声を出しきった後のことでした。
「いやあ、一人っ子ってことが問題なんだったら、そうじゃなくしちゃえばいいじゃないってことで。まだまだ希望が持てない年じゃないしねえ、お母さんもお父さんも」
 そりゃあバッチリ問題の根本的解決にはなるけど! なりますけども、急にそんなこと言われましても!
「そりゃそうかもしれないけどお母さん、何もいきなりそんな」
「あら、それはお互い様でしょ?」
 そりゃまあ確かにそうなのですが、というかむしろこちらの話のほうが衝撃の度合いは確実に大きいわけですが……。
「す、すいません」
 お母さんの言葉に栞さん、恐縮しきりなのでした。が、口調や表情を見る限り、というか見るまでもなくこれまでの接し方からして、お母さんに栞さんを責めるような意図があるわけではなく。
「あらあら、『そっちも悪くないんだからこっちも悪くないでしょ』って話なのよ? 栞さん。ねえあなた」
「そうだな。遠まわしに遠まわしにおっかなびっくり話されるよりはそのほうがよっぽどいいし」
「ね。というわけで孝一、弟と妹どっちがいい?」
「本気で返事を求めてる質問だったの? それ」
「いいじゃない。どうせどっちになるか分からないんだし、希望を訊いとくくらい」
 だからこそこの質問には意味がないんじゃなかろうか、とも思いますが、だからといって返事を嫌がるようなことでもありません。というわけで弟がいいか妹がいいか、考えてみるわけですが――。
「……どっちでもいいって言ったら怒る?」
「ちょっとイラっとはするかもね」
 うぬぬ。決してどうでもいいという話ではなくて、どっちでも同じだけ嬉しいだろうなっていう話なんだけどなあ。
「うーん、じゃあ、弟で」
「ほうほう。理由は?」
「そ、そこまで訊くの?」
「理由がなかったら『どっちでもいい』と同じだしねえ、結局」
 うぬぬぬぬ。
「親子ほど年の差がある妹を連れて歩いてたら通報されるかもしれない、とか……あと、栞さんのほうが妹さんだから?」
「変な理由ねえ、どっちも」
 そりゃ今思いっきり焦りながら考えたからね。一つめのほうは別に弟でも起こり得るだろうし、二つめのほうなんてそもそも全く理由になってないし。
 というふうに自分でも突っ込んでいたところ、お母さんは「ま、ともかくそういうことだから栞さん」と話す相手を入れ替えるのでした。
「そういうことは心配しなくて大丈夫よ。こっちが気にしてないのに深刻な問題にされても困っちゃうしね」
 碌なものじゃなかったとはいえ割と必死に考えた返事はその程度の扱いなのか、というのはこの際横に置いときました。
 お母さんの口調はそれこそ深刻さの欠片もない気楽なものでしたが、けれどもしかし、その言葉はきっと思うところあって口にしたものなのでしょう。でもなければ、わざわざ後者の台詞を口にはしなかったんでしょうし。
 今のところそんなつもりはさらさらないですし、これから先もそうなるつもりは同じくさらさらありませんが、でも、先のことは誰にも分かりません。もしかしたら「子どもを作れない」ということが僕と栞さんの仲に宜しくない影響を及ぼすことがあるかもしれない、なんてことも、あり得ると言えばあり得る話なのです。
「ありがとう」
「ありがとうございます、お義母さん。それにお義父さんも」
 僕も栞さんも、両親へ礼を言いました。
 そしてそれは同時に、帰り際の最後の話題が終了した瞬間でもありました。久しぶりに帰ってきて数時間の滞在しかしていませんが、ともあれこれでもう、済ませることは全て済ませてしまいました。
 贈り物の一つでも買ってくれば良かったな――なんて、今更な話なんですけどね。

 というわけで、帰る直前。みんなが車に乗り込んだあと、同じく乗り込もうとした僕はしかし思い出すことがあり、車を離れて今一度両親の下へ。
「あのさお母さん、いやお父さんでもいいけど」
「なに? 忘れ物?」
「ついでみたいな扱いだな、父さん」
 そんなつもりじゃないけど――と、そういえば初めのうちはお父さんばっかり喋ってお母さんは殆ど喋ってなかったんだよなあ。いつの間に逆転してたんだか。
「結局さ、今日ここに泊まるって案が却下された理由って何だったのかなって」
『ああ』
 二人の声はぴったり揃ったのでした。
「まあ、孝一にだけなら言ってもいいよな?」
「そうね」
「……って、なんで俺いちいち確認取ってるんだろうか」
 そんなだからずっとお母さんに頭上がらないんだろうね、なんて思ったりしつつ口にはしないでおいたところ、「まあいいか」とお父さん。いいんだろうね、そりゃ。
「えーとだな、孝一」
「うん」
「だって今夜は結婚初夜だぞ?」
「ぐぬ……っ!」
「なにもやらしいだけの話じゃなくて、やっぱり記念日だしねえ」
「だったら初夜じゃなくて初めから結婚記念日って言っといてよ! それだったら別に栞さんの前でも言えたでしょ!?」
「そうか? 結婚記念日ってだけならそうだろうけど、『だからやっぱりお泊まりは無しで』だぞ?」
「ぐぬぬ……っ!」
 分からんでもない!
「とまあそういうわけで孝一、こっちはいいから早く行ってあげなさい。待ってるぞ、栞さん」
「こんな理由だと分かってたらわざわざ訊きには来なかったって」
「ははは、だろうな」
 というわけで、一応小声で「また来るからね」とだけは言っておきつつ、僕は車へ向かい始めました。
 が、その後ろから、「父さんと母さんには想像もできんほどのもんなんだろうが」と再度声を掛けられました。
 僕は振り向きます。
「栞さんが抱えてる辛いもの、全部ちゃんと背負ってあげるんだぞ」
「分かったよ。分かってたけど」
「はは、そうか。――二人目はもっと手の掛かる子だといいなあ」
「そうねえ」
 なんちゅう別れ際だこれ。
 だからこそうちの親なんだろうけど。

「それにしても、なんか……」
「ん? どうかした?」
 車内に戻ってからの窓越しに交わした両親との別れの挨拶は、自分でも驚くほど普段通りのものでした。というようなことを考えてしまうのはさっきの、個人的なほうの別れがあんなだったから、ということなのかもしれませんが。
 しかし、そうではあったものの。
「いや、あそこがもう『帰る場所』じゃなくて『訪ねる場所』になったんだなっていうか」
 発進した車の中から遠ざかる実家を振り返ると、やはりそんなふうに感慨を得てしまったりもするのでした。
 なので、ちょっと芝居掛かったような台詞であるということも自分としては全く……とまでは言わないものの、まあ、それで照れるほど気にはならないのでした。
「所帯を持ったってことだもんねえ、こーちゃんも」
 来る時と同じく運転席を高次さんに任せた家守さんが、助手席からこちらを振り返りながら。
 そういうことなのでしょう。もちろん、実家で両親と一緒に暮らしながらお嫁さんを迎える人だっているわけでしょうけど。僕だって今あまくに荘にすんでいるのは通学のためであって、もしかしたら大学を卒業した後、実家に戻るという選択肢を取るかもしれないわけですし。
 なんてことを考えつつ、けれど僕は家守さんへ何を言い返すわけでもありませんでした。口を開くどころか頷きすらしないまま、温かい感情に身を委ねていました。
 隣を見る限り栞さんも同じような気分だったようですが、しかしある時。
「あ、そうだ。部屋どうするかまだ決めてなかったね」
「あっ」
 栞さんをお嫁さんとして迎えた僕は、当然栞さんと一緒に暮らすことになります。なんせ家族なのですから。――で、じゃあその一緒に暮らすにあたって、203号室と204号室のどっちを使うんだって話です。なんで忘れてたんでしょうか、こんな重要なこと。
「え? こーちゃんの部屋使うんじゃないの?」
 家守さんが言いました。まるでそう決まっていたと思っていたかのようにかつ、決めていなかった僕達に驚いたかのように。
「えーと……?」
 もちろん決めていなかった僕達が家守さんにそんな話をしている筈もなく、ならばこの反応は何なんだろうかと困惑してしまうのですが、はて。
 すると家守さん、こちらのそんな様子を見てか、説明を始めてくれました。
「しぃちゃんがこーちゃんの部屋に行くなら簡単だけど、逆ってなったらちょっと面倒だよ? 隣の部屋ったって引っ越しは引っ越しなんだし、住所変更とか」
『あっ』
 今度は栞さんと二人で声を上げることになりました。なんで気付かなかったんでしょうか、そんな当たり前なこと。
 で、二人で声を上げた後、その二人で少々の間、視線を交差させます。
「……じゃあ、それでいいですかね?」
「そうだね。正直、そのこと以外はどっちの部屋でも同じだろうし」
 割と重要なことなのにあっさり決まってしまいましたが、まあ、こんなもんなのでしょう。
「オッケー、じゃあしぃちゃんがこーちゃんの部屋に行くってことで。キシシ、だからどうするってわけでもないんだけどね、管理人とは言っても」
「哀沢さんの時も荷物移動させただけだしな、やったことって言ったら」
 前例、と言えばいいのでしょうか、今日の僕達と同じく結婚し、同じ部屋に住み始めた大吾と成美さん。やっと同じことまで来れたなあ、なんてのは、別に競争してるとかじゃないんですから気にしちゃ駄目なんでしょうけどね。
 というわけでそれはともかく。
「成美さんは家具とか少なかったからすごい楽でしたけど、栞さんの場合は……」
「ち、散らかってはないよ? 少なくとも」
 ええもちろん。そんな話をしてるわけじゃないですけどね。
「まあまあ、みんな手伝ってくれるだろうしそんなキツかったりはしないと思うよ。それにややごっついうちの旦那もいるわけだし」
「そういう時くらい『やや』は外してくれないかなあ」
 力仕事となれば見るからに頼りになりそうな高次さんはしかし、頼りない声でぼやくのでした。
「あ、でも、やっぱり部屋にあるもの全部を移すってわけにもいかないですし……何を捨てるかとか考えなきゃならないんで、すぐじゃなくてもいいですか? 私の引っ越し」
「それもそうだね。キシシ、なっちゃんの時が楽過ぎたかねえこりゃ。その気ばっかり逸っちゃって。じゃあ明日とか?」
「まだ逸ってないかそれ」
 即座に高次さんから突っ込みを入れられる家守さんでしたが、しかし栞さんは「あ、でもそれで大丈夫です」とのこと。というわけで、そういうことに決定です。
 ならばこれで話題が一つ終了するわけですがしかし、ついさっきまでのことを考えると、それで話題が尽きるというようなこともないわけです。
「そういやさあ、こーちゃん」
「何ですか?」
「別れる直前にご両親と話してたの、あれ何の話だったの?」
 だからってこの話題には出てきて欲しくありませんでしたが。
「何のことでしょうねえ」
「え? あれ、だって……ああ、なんか訊かれたくないようなことだった?」
「そういうことですね」
「うーん、中身とまでは言わないからさあ。何の話だったかだけでも」
 …………。
「今日泊まっていくって話が却下された理由です」
 家守さんには大変お世話になったわけで、だったらこれくらいはすべきなんだろうな、ということで素直に白状。家守さんにお世話されたのと関係がないことではあるのですが、家守さんからすれば関係があるかどうかすら分からないわけですしね。僕が白状しないことには。自分でも驚くほどすんなりことが済んでしまった今、無用な心配を掛けたりはしたくないですし。
「ああ、そういや謎のまんまだったねえそれ。キシシ」
 予想付いてますよね、その笑い方。
「えーと、私にも教えられない?」
 家守さんの反応にげんなりしていたところ、今度は栞さんから。うむむむむ、なんせ名実ともに「特別な人」になったばかりなこの人からそんなふうに言われてしまうと、どうにもこうにも。それに栞さん、泊まることを楽しみにしてたふうでもありましたし。
 などという葛藤が生まれた時点で答えは決まったようなものだったのでしょうが、それでも僕は悪あがきの如く少々考える時間を取ってから、しかし結局教えることにしました。もちろん、家守さんと高次さんの耳に届かないよう耳打ちで、ですが。
「――はわわ」
 栞さんの反応はそれだけでした。手短に済ませてくれたのは有難いのですが、しかし感情が丸出しであるということもあって、家守さんはもちろん高次さんにも、大体の見当を付かせてしまったのではないでしょうか。
「そっ、それにしてもっ」
 分かり易い反応をしてしまったのが栞さんであれば、話題を変えたのも栞さんでした。背後の意図が透けて見えるというかむしろ前面に出てきてしまっている気すらしますが、触れはしますまい。
「いい方達だったなあ、孝一くんのご両親」
「そうですかあ?」
 今の耳打ちを聞いた直後にそんなこと言っちゃいますか? というのはまあ、親子だからそう思うだけのことなんでしょうけども。
「だって、私の話より孝一くんの話を沢山してたし。幽霊がいきなり現れて、息子さんと結婚させてください、だよ? よっぽど孝一くんのこと信用して、しかもよっぽど心配してないと、そうはならないと思うし」
「そうですかねえ」
 ついつい気のないような返事になってしまいますが、しかし内心では、割と真剣に考察していたりします。「栞さんの言う通り信用も心配もしていたとして、じゃあ栞さんの言う通りに僕の話が多くなるのだろうか」とか、「そもそも信用と心配を同時にするってどんな感じなんだろうか」とか。
 信用と心配別々でならしてもらってた自覚くらいはありますけどね、なんてほぼ照れ隠しまたは負け惜しみのようなノリで思い浮かべたところ、家守さんからこんな質問が。
「こーちゃんが大学生ってこと考えたらさあ、ご両親がだいぶ若い頃なんじゃないの? こーちゃんが産まれたのって。見た感じ、そこまでご年配って感じでもなかったし」
「二人とも四十手前ですから、二十歳くらいでってことになりますね」
 家にいた時自分でも考えたことだったので、返事はさらりと出てきました。
「だったらまあ、ねえ。すっごい大変だったろうし、だからこそってことなんじゃないかね」
「心配ってのはまあ分かりますけど、大変だったから信用するってなんか変じゃないですか?」
「心配だったからしっかり子育てしたら信用できる子に育った、みたいなね」
 一切の淀みなく返ってきたその返事からして、僕からの指摘を受けて今考えた、ということではないようでした。つまり、前々からそんな印象を受けていたと。両親の話を聞いて。
「うーん……」
 両親に着いてはともかく、なんせこれは自分の話でもあるので、そうですねとは言い難いのでした。無論、筋が通った説だということは分かってますけど。
「だいぶ若い頃って言うけど、そこまで語れるほど年食ってはないだろう。俺達だって」
「まあそうなんだけど、ご両親の話聞いて、しかもこーちゃんのことを知ってるとねえ。そうだったとしか思えないんだよね。若造が何を偉そうにってのは間違いないけどさ」
「若造ってほど若くもない気がするけどな」
「やんなるねえもう、この中途半端さ」
 自分達の年について高次さんから突っ込みを入れられた家守さんは、そう言いながらしかし、楽しそうに笑っているのでした。
 自分のことではありますが、まあ、幸福だった親子の話ということになりましょう。であるならばやはり、いずれ子どもを授かることになるであろう家守さん高次さんからすれば、同じく幸福な話ということになるのかもしれません。
 そして、幸福だった親子の「子」である僕にとっても当然、幸福とまでは言わないまでも、悪くはない話ではあるわけです。
 ならばあとは――。
「栞さん」
「ん?」
 にこにこした顔がこちらを向きました。そのにこにこさは、むしろ家守さんより強いようにすら見受けられました。
「いえ、なんでも」
「えー、なんでもってことはないでしょ? 気になるよお」
 僕の話が多かった、と栞さんは言いました。普通なら幽霊である自分の話ばかりになるだろうに、と。
 でも栞さん。あれは僕への想いだけでなく、栞さんのその人柄も関わってのことだったと、僕は思います。なんせうちの両親、あっさり譲っちゃったんですしね。その心配も信用も寄せている、きっととても大事に想っているであろう息子を、幽霊である貴女に。
 あっさりと。こっちが肩透かしを食らうほど、とてもとてもあっさりと。
 …………。
 栞さんはもちろんながら、両親についても、こう評価せざるを得ないのでしょう。
 最高だ、と。


コメントを投稿