(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第三十章 期待と不安と 二

2009-10-08 20:53:50 | 新転地はお化け屋敷
 ナタリーさんが言う「少し前」というのは、異原さんが悩みの種であった霊感の問題を解消した先週の月曜のこと。もう少し詳しく言えば、その問題の解消のため口宮さんに幽霊というものの存在を信じてもらわなければならなくなった際、ナタリーさんがその手段として家守さんの身体で応対をした時のことを言っているのでしょう。
 恐らくは僕の友人というのが誰であっても来てくれたのでしょうが、しかし以前のそんな繋がりもあってか、ナタリーさんはいつにも増して乗り気な様子なのでした。
「じゃあ、全員ですね」
 結果を見ればなんとも普段通り、ナタリーさんのことを考慮に入れれば普段以上で、いやあ良かった良かった。
 ――そんなわけで102号室への用事は済み、そのままマンデーさんとジョンとナタリーさんを引き連れて、今度は202号室の玄関先。
「ふむ、そういうことならわたしも顔を出させてもらおう。耳は出しておいたほうがいいよな? 当然だが」
「そうですね、お願いします」
 二つ返事で了承する成美さん。現在は耳を出していない状態なので、それに際しては服を着替えてもらわなければなりませんが、しかしそんな手間との費用対効果で考えれば迷う必要もないようなことでしょう。まあ、それがどんなに些細なこととは言え、手間をかけさせる側が言えるようなことではないんですけど。
「もちろん、お前も来るだろう?」
「ん? ああ、そりゃまあ呼ばれたってんなら」
 成美さんから尋ねられ、大吾もすんなりと。「あっちに見えるヤツがいるってんなら、そう問題もねえだろうしな」とのことでした。
 異原さん達は全員が幽霊のことを知ってはいるのですが、その中に見える人がいるかいないかでは、やはり色々とやりやすさが違ってくるのでしょう。だからこそ異原さんと栞さんの中で後で遊びに行くという話が出てきたりもしたんでしょうし。
「ところで日向、その前に一つ質問なのだが」
「なんですか?」
 こちらも102号室と同じくするりと決まって良かった良かった、と思っていたところへ、成美さんから。
「えー、帽子は、被ったほうがいいと思うか? 友人の友人というのは、隠しておくべきか隠さないでおくべきか、そのあたりの距離感が判断に難しいのだが」
 なるほど、それはごもっとも。異原さんと口宮さんはここに来たことがあるとはいえ、どちらもほんのちょっと顔を合わせただけという程度。特に口宮さんは幽霊が見えないわけで、直接会話をしたナタリーさん以外は、実質的にまだ知り合った段階ですらないのでしょう。となれば、そんな相手に「猫耳を変だと思われないため」の処置であるニット帽を使用するかどうかは、迷ってしまって仕方がありません。
「被らなくても大丈夫だと思いますけどね」
 それでも僕としては、やっぱりそう思います。
「言葉が通じるなら説明すればいいんですものねえ」
「ワフッ」
「私はそもそも、見られることに何の問題があるのかが……」
 他のみんなも同じような意見でした。ナタリーさんのそれについては「ような」の範囲が広過ぎるような気もしますけど。
「そうか、では帽子は被らないことにしよう」
 口ではさらりとそう仰る成美さんですが、心配がなくなったというわけではないのでしょう。返事に乗せた微笑みが若干ながら苦笑いになってしまっているのでした。
「着替えてから行くから、先に部屋で待っていてくれ」
 とのことなので、言われるまま部屋を出ることに。
 けれども――そういえば、と。
 今回のお客さんは僕でなく栞さんのところへ来るのだということは言っていないので、成美さんが言った「部屋で待っていてくれ」というのは、恐らく僕の部屋のことなんでしょう。
 しかし栞さんは、まだ庭掃除中。ならばどちらにせよ今集まるとなれば僕の部屋なので、そんな勘違いはわざわざ正す必要もないのかもしれません。栞さんが相手ならまだしも、栞さん以外の人を相手にそこを気にしても仕方がないですし。
 まあ、勘違いに気付いたのにそれを正さないというのも、ある意味で「気にしている」ということになるんでしょうけど。
「それじゃあ、また後で」

「いつもながら、大変ですねえ」
 どうして成美さんが猫耳を隠そうとするのかという説明が、居間のほうでなされています。しかし僕はそれを台所から聞いているだけであって、説明しているのは大吾とマンデーさん。それはともかくナタリーさん、そろそろ人間とは面倒臭さの塊なのではないかと思ったりしてしまわないでしょうか?
 そんなことを不安がっている僕は、204号の台所。そろそろ異原さん達がいつ来てもおかしくないな、なんて思いながら、昼食の準備をしているのでした。
 昼食。そういえば異原さん達が昼食をどうするかという話は大学でしておらず、もしもここで食べるという話になるとすると、それはちょっと対応のしようがなかったりします。と言ってあちらが昼食を済ませてから来るというのも、四十分間という昼休みの時間を考えるとあまり現実的ではないとも思えますし。
 一応は間に合わせの手段として冷凍食品を大解放するという案を思い付けないでもないですが、そうするとどうしても肉々しい食卓が出来上がってしまいます。せっかくならきちんとした料理を振舞いたいところですが……しかし、こればかりは仕方がない。
「なるようになってもらうしか」
 いつ来るのか分からない以上、それほど時間の掛かる料理を選択するのもどうかということで、インスタントのラーメン。その具材となる野菜をまな板に横たえながら、僕は独りで呟くのでした。
 ちなみにラーメン、三人前です。

『いただきます』
「インスタントラーメンに野菜が入ってるって、オレはあんま馴染みねえな」
「え? 具とか何も入ってなかったの?」
「ないことが殆どだったな。あっても卵くらいか」
「へー。まあ、そのまま放り込めばいいだけだから楽だもんね」
「まあ、どっちにしても作るのはオレじゃなかったし……って成美、どうした? 食わねえのか?」
「え? ああいや、私にはちょっと熱くてな。少し冷めるまで待とうかと」
「そのまま待たなくても。つーか、伸びるぞ麺」
「…………おお、そういえば確か、前にもそんなことを言われたことがあるような。そうだったそうだった、放っておくと不味くなってしまうんだったな、この食べ物は」
「あら、熱いものが苦手な成美さんには辛いお食事ですわねえ。となると大吾さん、ここは大吾さんが冷まして食べさせてあげるというのはどうでしょう?」
「む、それは助かるな。――大吾、どうだろう?」
「それができるんだったら前の時もそうしてるだろ……。自分で吹いて冷ますんだよ、こういう食いもんは」
「あれ? 怒橋さん、する必要がないのは分かりますけど、できないっていうのはどういうことなんですか? やろうと思えばできますよね?」
「……いやナタリー、さっきのと同じで、人間ってのは大変なんだよ」

『ごちそうさまでした』
 よりも前。成美さんが自分で自分の面をふうふうと吹き始めた辺りで、部屋のチャイムがピンポーンと。栞さんが掃除を終えて来たというほどにはまだ時間が経ってないし、ならばやはり、お客さんなのでしょう。
「はーい」
 そんなわけで、その時点で口に含んでいた麺をやや急ぎがちに飲み込みつつ玄関へ。ドアを開けるとそこに立っていたのは栞さんでしたが、やはり掃除が終わったからというわけではないようです。
「えーと、喜坂さんは別にいいって言ってくれたんだけど、やっぱり男どもを女の人の部屋に連れ込むっていうのは……」
 栞さんのすぐ隣に立っていた異原さん、初っ端から申し訳なさそうにしてらっしゃいました。ちなみに、廊下側から「別にこっちだって変な気があるわけじゃねえんだけどな」という声がすると、そちらへ向けて思いっきりガンを飛ばしたりもしてらしゃいました。睨まれた相手は壁の向こうで見えませんが、間違いなく口宮さんですね。うん。
「ったく……おほん。なんで日向くん、こっちに上がらせてもらってもいいかしら。ごめんなさいなんだけど」
「ああ、どうぞどうぞ」
 僕としても初めから「そうなるんだろうな」と思っていたところもありますしね。だから冷凍食品がどうのと考えていたわけで――どうなるんだろう、皆さんのお昼ご飯。
 そんなことを考えつつ、けれども口宮さんが手に持っていた大きめなビニール袋を視界に捉えつつ、まばらに聞こえてくる様々な「お邪魔します」を迎え入れて再び居間。
「あ、お邪魔します」
 それが誰の挨拶かというと、やっぱり異原さん。誰に向けてのものかというと、ずるずるラーメンを啜っていた夫婦に向けて。異原さん以降のお客さんがたもそれに倣って一言ずつ声を掛けますが、しかし異原さん以外のそれは、二人のうちの一方だけ、ということになります。それはもちろん、耳を出している成美さんに対して。
「日向の友人だな。うむ、食事中で不格好だが、いらっしゃい」
 対象が複数の成美さんは声を張り、
「どうも」
 対象が一人だけの大吾は、ぼそりと呟くように会釈するのでした。
 まずはやはり、この辺りの「見えているものの差」から話していかなくてはなりますまい。その後は――成美さんについて、かな? 初見の人からすれば外見に似合わないのであろうその口調についてとか、その外見の特徴である肌も髪もな白さとか、あと猫耳とか。
 さてところで、結局のところ異原さんが連れてきたのが誰々なのかと言いますと、口宮さんと同森さんと音無さんの三名。もしかしたらと思っていた同森さんのお兄さんは、もしかしませんでした。
「あー、丼が三つというのは、つまり……?」
 そんな中から、今日もムキムキ同森さん。触れていれば見えないんでしょうけど、人が来たということで大吾が丼から手を離し、なので僕と成美さんで食べている人数が二人なのに、食べられている最中のラーメンが三杯ある、という状況に。おやおやこれはいい取っ掛かり。
「多分、同森さんが考えてることは合ってますよ。じゃあ初めはそれに関してちょっと説明を――」

 昼休みの間だけ、ということでこちらにあまり時間を割くわけにもいかず、なので簡単かつっざっくりした説明を。具体的には「今この場に誰がいるのか」ということと、そのみんなのちょっとした紹介くらいです。それが終わったところで僕は食べかけだったラーメンに再び箸を通すわけですが、
「前の時は、その、お世話になりました」
「ああいえいえ、こちらこそです。私も信じてもらえて嬉しかったですし」
「こちらこそ、ですって。信じてもらえて嬉しかったって――何したの? あんた」
 以前に関わりのある口宮さんとナタリーさんが、通訳代わりの異原さんを挟んでやや遠慮がちな挨拶をしていたり、
「ね……ね、猫さん……なんですか……」
「うむ。幽霊の存在以上に信じられん事態だろうが――はは、これがまた本当のことでな」
 上から下まで真っ黒な音無さんがジョンを撫でつつ上から下まで真っ白な成美さんに興味を持っているようだったり、
「で、それ以上に信じられねえだろうけど、オレがその……まあ、夫、だったりとか」
「あっちの美人が俺の嫁だって自慢してますよ、今。さっき僕からも言ったのにわざわざ」
「ほう……。確かに、自慢する気持ちも分からないではないですかの」
 大吾に殴られたり栞さんとマンデーさんに笑われたり、もちろん冗談だったと訂正したり「いやいやそんな」と成美さんが照れていたり、ついでに音無さんが慌てていたりしましたが、そんな感じでそれなりに話が弾むのでした。
 初めの説明が終わった時点で委縮されちゃったりするんじゃないかという不安がないこともなかったのですが、これならどうやらその心配はないようです。逆にずっと話していたらラーメンが伸びてしまうんじゃないかという心配が――あ、そうだ。
「同森さん達のお昼ご飯、あれってことでいいんですか?」
「ん? ああ、そうじゃの。前もそうじゃったが、ハンバーガーやら何やら」
 口宮さんが持っていたビニール袋には、ファーストフード店の見なれたロゴが。ならばこの状況でそれが昼食でないということはないのでしょう。
「なあ、冷める前に食おうぜ」
「言われて思い出したくせに何を偉そうに」
 異原さんから突っ込まれる口宮さんでしたが、それを無視するかのようにしてビニール袋へ手を突っ込みます。そうして取り出した数種類のハンバーガーやフライドポテト、ジュースを各自に配ると、最後に取り出した自分のものへ即座に齧り付くのでした。
「親切じゃない、あんたにしちゃあ」
「はあ? 何がだよ」
「自分のを後回しにしてみんなに配るなんて」
「……感心されることにしちゃあ低レベルすぎねえか、おい」
 僕もそう思います、と言ったら言ったでそれはそれでまた気分を害してしまうんでしょう。しかしそもそもにして異原さんの言うことにも「そう思います」なんで、言ったら言ったで、どころか初めからそれを口にする資格はないんでしょうけどね。
 不満を反映させてか結構な勢いで食事を進める口宮さんでしたが、それにオロオロしているのは音無さんだけ。いつもの面々はもちろん、今回初めて口宮さんと知り合った人達も、含み笑いを見せていました。
 ただ、大吾だけはしっかりそちらを見つつも素の表情でした。口宮さんの扱いに身につまされるところがある、ということなのでしょうか。
「ごちそうさまでした」
 何はともあれ、ようやくラーメンを食べ終えることができた僕なのでした。そこでふと見てみれば、大吾は一足早く食べ終わっているようでしたが――成美さん、さすがにもう冷まさなくても食べられるんじゃないですか? とふうふう息を吹きかけている成美さんを見ながら思ったちょうどそこへ、
「あの……哀沢さん、いかがですか?」
「うむ?」
 音無さんからポテトを差し出されていました。が、ちょうどラーメンを口に含んだ瞬間の申し出なので、「むむむむう」と返事が意味不明になってしまうのでした。
 ずるずるちゅるんと啜り終えてもぐもぐごくんと飲み込んだのち、
「くれるというのなら遠慮なく。音無といったな?」
「あ、は、はい……」
「ありがとう音無、親切な人間は好きだぞ。――まあもちろん、親切にされてということになれば、人間かどうかなんてことは関係ないがな」
 もちろんだとか関係ないだとかと言いつつも、しかししっかりと人間という単語を出した成美さん。それはもしかしたら、「人間の姿をした猫」という未知の存在に直面した音無さんへの配慮だったのかもしれません。そういえば成美さん、僕と初めて会った時も、自分が猫だと明かしたのはそれから数日後だったもんなあ。
 さっそくポテトを一本摘み上げて美味しそうに咀嚼する成美さんに対し、相変わらず口元しか顔のパーツが見えない音無さんは、ほっこりと微笑んでいるのでした。会ったばかりにも程がある割に、意外と気が合うのかもしれません。真っ白と真っ黒だから――というのは、それこそ関係ないでしょうけど。
 さてそれはそれとして音無さん、成美さんと打ち解けた以外にもジョンを撫で続けたりしているのですが、それについてマンデーさんとナタリーさんが一言ずつ。
「ジョンさん、相変わらずですわねえ。相手がどなたでもすぐに打ち解けてしまって」
「言葉も通じないのに凄いですよねえ」
 動物がいるとなると良かれ悪しかれ注意を引き付けはするわけで、この状態もジョンだからどうこうというわけではないような気もするんですが、しかしお二人のような言い方をされると、そういえばそうだなあと思ってしまったりもします。「それが誰でも、たとえ言葉が通じなくても」というのは、やはり凄いことなのでしょう。
 よくよく考えてみればジョンは、初めは怖がっていた清明くんとすらすぐに仲良くなってしまったわけで、そこまでのこととなるともう「ジョンじゃなくても」とは言えないでしょう。だからと言ってジョンのどういったところがどうやってそうさせているのかは、分かりませんし、そもそもああなった要因がジョンだけにあるとも言い切れませんし。音無さん、犬が好きだったりするんだろうか?
 するとそこへ、異原さん。
「あ、そういうことならえーと、あたしと打ち解けてみませんか?」
 控えめに手を上げつつそう言った後、
「……うう、我ながらなんて不自然な文句なのからしら……」
 控えめに上げた手にお辞儀をさせ、ついでに頭もお辞儀をしつつ、暗い声で呻くように。やはり幽霊が見えるといってもまだまだ緊張があるのかもしれません。しかもそのうえ喋る犬と蛇が相手ですし。
 するとそんなところへ口宮さん、マンデーさんとナタリーさんの声が聞こえないが故の「展開がよく分かんねえけど」という前置きをしてから、
「お前の喋りが不自然なんてのは元々だろ。今更何言ってんだか」
「あ、あれは癖なんだから仕方ないじゃないどうしようもないじゃ――く、くうっ」
 言われた途端にその特徴的な癖が出てしまい、言葉を詰まらせる異原さんなのでした。あー、どうも、それが不自然だという自覚があったようです。「けっけっけ」と悪者っぽい笑いを発する口宮さんに、頬を紅潮させながらの苦々しげな表情を向けるのでした。
「うふふ。仲良し同士でその遣り取り、どこぞの夫婦の少し前までを思い起こしますわね」
「ななっ!?」
「ん? どした?」
 そういえば異原さんと口宮さんが付き合っているという説明はしていませんでしたが(同様に同森さんと音無さんのことも)、だというのにマンデーさんの露骨な一言。もちろんそれは二人の関係を見抜いたというわけではなく、どこぞの夫婦がそうだったというだけの話なんでしょうけど。
 マンデーさんの言葉が聞こえず状況を把握できない口宮さんに対して、異原さんは更にあわあわと。しかしそんな分かりやすいリアクションをとる彼女の元へ、マンデーさんは構わず歩み寄りました。
「こちらからも宜しくお願いしますわ、由依さん。ジョンさんを凄い凄いと言っているばかりでは進歩がないですものね」
「あ、わ、私も宜しくお願いします」
 慌てたようにシュルシュルとマンデーさんに追いすがり、ナタリーさんからもそんなお返事。すると異原さん、意識してかしないでか、あわあわしていた表情をにこりと微笑ませるのでした。
「あ……あの、由依さん……今、何がどうなってるんですか……?」
「マンデーさんとナタリーさんがあたしの不自然な文句を受け入れてくれたのよ、さっきのアレ」
「そうですか……」
 再びほっこりの音無さん。一方で口宮さん、異原さんが自分から「不自然な文句」という突っ込まれどころを晒しているというのに何も言いません。それは多分、ナタリーさんが絡んでいるからなのでしょう。
「そういえば日向君、今の静音のでちょっと思ったんじゃが」
「あ、はい?」
「ワシらには幽霊さん達が見えんが、それでも結構な人数だと思うんじゃ。見える人からするとこの部屋、ぎゅうぎゅうなんじゃないかの? ワシら四人に日向君に哀沢さん、喜坂さんに怒橋さん、ジョンにマンデーさんにナタリーさんも数に入れたら……十人超えとるが」
「あはは、それはまあ、ここだとよくあることなんですけどね」
 栞さんが笑いながら答えました。本当によくあることなので僕も同じく笑いつつ、通訳という形にする必要も感じられないくらいに共通しているその答えを同森さんに伝えました。
「かはは、それは賑やかそうで。しかし、少し前までは人の少ない寂しい所なんて言ったりもしたんですが――真逆ですな、これは」
「幽霊だって賑やかな所のほうがいいですもん、やっぱり」
 それもまたわざわざ通訳という形にするまでもないようなことでしたが、しかしだからといって自分の言葉で伝えるよりも、こちらのほうがなんとなく胸が温かくなるような気がするのでした。
「なんかやけに嬉しそうだなオマエ」
 気がした、というだけではなかったということなのでしょう。大吾からそんなことを言われてしまうのでした。
「嬉しいからね」
 しっかりそちらへ顔を向けて喋らないと、見えない人からすれば僕が誰と喋っているのかが分かり辛い。ということなので、しっかりと大吾を正面に捉えてそう答えます。
「……なんか、いっそ気味悪いな。まあ別にいいんだけどよ」
「うん、そういうことにしといてよ」
 これだけ人が集まってる中で詳細を語ろうとするのは、その詳細に辿り着くまでの考察も含めて、かなり恥ずかしいことになりそうだったし。

 とまあそんなこんなで目立った混乱も起こらず、初顔合わせの結果としては成功と評するに値するであろう楽しい時間は、楽しいからこそあっという間に過ぎてしまいました。
「そろそろ大学に戻らないとねえ」
 異原さんが初めにそう言うと、他のお客さん三名もそれぞれ時計を確認し始めました。それは腕時計であったり携帯電話であったりこの部屋の時計であったりと様々でしたがそれよりも、
「三限、みんなあるんですか?」
 僕は三限を飛ばして四限だけなのでまだ大学へ行く必要はないわけですが、どうも異原さん達は四人全員がこの部屋を出ようとしているようで。
「そうだったと思うけど――それで合ってたっけ? 静音と哲郎くん」
「あ、はい……。三限と四限、連続で……」
「ワシも同じくじゃな。まあ、四限は同じ教室じゃから分かっとるじゃろうが」
 音無さんと同森さんにだけ尋ねたということは、口宮さんについては確認するまでもなく了解しているということなのでしょう。なので異原さんの質問に対する返答はそれで終わりな筈だったのですが、
「俺なんか三限も四限も由依と同じなんだぞ? おちおち昼寝もできやしねえ」
 なんてことを言い出す人がいまして。それが誰の口から出てきたものなのかは説明するまでもないでしょうが、異原さんの表情が見る見るうちに暴力的なものに。しかしそうして手が出てしまうよりも前に、同森さんが「ふん」と鼻で笑います。
「下の名前で呼ぶようになっておいてまだそんな憎まれ口を叩くか、お前は」
「んだと? 下の名前どうこうなんざテメェだって同じじゃねえか」
「憎まれ口は叩かんがの」
 と、まあちょくちょく見る展開になってしまいますが、これまでちょくちょく見ていたそれよりは声量が控えめなのでした。それでも音無さんはこれまでと変わらずあわあわし始めますけど。
「はいはい、人んちであんまり伸び伸びしないの。慣れてない人は驚いちゃうでしょうが」
 これまたちょくちょく見ていたよりも控えめに制止を促す異原さんでしたが、こちらはあれでしょう。あのちょと不自然な口癖に釘を刺されたからなのでしょう。それにしちゃあ頬が緩むのを堪えているような表情になっちゃってますけど、言及するだけ野暮ってもんです。
 しかしいざその表情が収められてしまうと、やっぱり言及しておけばよかった、なんて思ってしまったりもしないことはないわけで。
「――ふう。それじゃあ皆さん、今日はお邪魔しました」
 表情を落ち着けてから、異原さんは言いました。その飾りっ気のないストレートな「お終い」の言葉に、たった数十分だったけど良い時間だったな、なんてその数十分間を振り返ってみたりしたところ。
「あの」
 栞さんでした。
「よ、良かったらなんですけど……四限が終わってからまた来ませんか? ここに」


コメントを投稿