(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十章 期待と不安と 三

2009-10-13 21:40:11 | 新転地はお化け屋敷
 さて。
「四限が終わってからって言ってたけど、それっていつぐらいだ?」
「四時ぴったりだね。僕も四限までだし、帰ってくるのと一緒になって来ることになると思うよ」
「ふーん。当たり前だけどまだまだあるな、時間」
 みんなが大学へ戻って、その直後。大して選択に時間をかけることもなく再び全員が来るということになって、なんとなくふわふわと浮かんだような空気が漂う204号室でございます。
 しかし楽しみに思おうが何だろうが、今話した通りにまだまだ時間があるわけです。ということで、
「んじゃあそろそろ行くか? 散歩」
 マンデーさんに尋ねる大吾。僕に向けられてはいませんがしかし、その質問はわざわざ尋ねてくる大吾が律義に見えてきてしまうくらいに回答が決まりきっているものなのでした。誘われなくても付いて行こうとするんじゃないでしょうか?
「ええ。うふふ、まさか集合に遅れるほど長引くということはありませんから、心配なさらないでくださいね」
 そういえばそうだった、と。月曜日の散歩は、マンデーさんとジョンが二人だけで行くものなのでした。最近そうでもなかったからすっかり忘れてましたけど。
 普通に考えると散歩を自由にさせるというのはマナー違反だったりするのかもしれませんし、大吾だって動物好きゆえにそれはきっと分かってるんでしょうけど……男女の仲というのは、厄介なものです。
 会話ができるということで、その善し悪しはともかく動物へ向ける視線が変わってるよなあ、なんて今更ながらに思ってしまうのでした。
「でもその前に、ちょっと気になったことがあるんですけど」
 マンデーさんの言葉から「散歩に出る」という状況を察したのか、嬉しそうに尻尾を振りながら自分より一回り小さいそのマンデーさんの傍に歩み寄るジョン。それに応えてその体を撫でるように顔を擦り寄せた後、しかしそのまま外へ出ようとするではなく、マンデーさんは疑問を投げ掛けてきました。
「お帰りになる直前、殿方二人が言っていた『下の名前で呼ぶ』というのは――尋ねるまでもなく解答が浮かぶ気もしますが、つまり、そういうことなのでしょうか?」
「え? そういうことってどういうことですか?」
 マンデーさんはもう、分かっていて確認のために訊いているも同然のようでしたが、ナタリーさんはいつも通りにそうではないようでした。
「うふふ、つまりですねナタリーさん」
 そんなこともあって、質問したマンデーさんが質問に答えるというなんだか妙な状況に。
「あの殿方お二人……えーと、お名前は確か……」
「金髪だったのが口宮優治さんで、硬そうな身体だったのが同森哲郎さんだよ」
「そうそう、優治さんと哲郎さん。ありがとうございます、栞さん」
 話題が「下の名前で呼ぶ」というものだったのに自分まで下の名前で呼んでしまうと話がややこしくなるんじゃないかと思うわけですがしかし、マンデーさんは普段からしてみんなのことを下の名前で呼んでいるので、そこは仕方がないでしょう。というわけで続きを。
「『下の名前で呼ぶようになった』ということは、優治さんと哲郎さん、これまではそうではなかった、ということですわよね?」
「あ、はい、そういうことになりますね」
「優治さんが口にした下の名前は、由依。わたくしとナタリーさんに声を掛けてくださった異原由依さんのことですわ」
「ですね」
「そこでわたくしが持ち出したこの話ですけど、優治さんと由依さんはお付き合いをなさっているのではないでしょうか? そして同様に、哲郎さんと静音さんも」
「ええっ!」
 オーバーなリアクションに見えて仕方がないのですが、しかしそれはナタリーさんの嘘偽りついでに誇張もなしな素直な気持ちなのでしょう。
「し、下の名前で呼ぶというだけのことでそんなことが分かるんですか? それにどうして、実際に誰を下の名前で呼ぶのか分からないままだった同森さんまで?……あれ? でも、そういう関係じゃなくても下の名前で呼ぶことってありますよね? マンデーさんがそうですし、喜坂さんだってそうですし、怒橋さんだって日向さんがそうですし」
 オーバーなのが素直な気持ちなので、そのオーバーさに比例するようにして疑問も次々と。そうなればそれに対する返事も数が多くなるのですが、
「初めから下の名前で呼んでいるのであれば、あまり関係がない話ですわ。重要なのは、『それまでがそうでなかったのならどうして下の名前で呼ぶようになったか』という点ですわね」
「なるほど……」
「それと哲郎さんの件ですが、優治さんが『お前もそうだろう』というようなことを仰られていましたよね? 優治さんの話が由依さんとそういう仲になったという話で、哲郎さんも同じとなれば、自然とそういう結論に辿り着きますわ」
「で、でもそれだけじゃあ、誰かとお付き合いを始めたということは分かっても、その相手が音無さんなのかどうかまでは」
「人間は、相手をただ一人に定めるものです。なので哲郎さんと由依さんの組み合わせは在り得なくなりますわ。ではもしかしたらこの場にいないどなたか別の女性の話、という可能性もなくはないのですが――」
「なくはないのですが?」
「うふふ、静音さん、お顔が真っ赤でしたもの」
「…………」
「表情そのものだけでなく肌の色にまで感情が現れてしまうなんて、人間は大変ですわねえ」
 非常に楽しそうにそう仰るマンデーさんに対し、ナタリーさんは沈黙。本当にそれでいいのだろうかと考え込んでしまっているのかもしれません。
 僕達人間からしても、マンデーさんが言っているようなことがあるのかもしれない、と同じくマンデーさんが言っているような理由から思ってしまっても無理はありません。しかしそれは「かもしれない」であって――いや、まあ、結果的に正解しちゃてるんですからいいですけどね。
「それでは、行きましょうかジョンさん」
 呼び掛けられたジョンが返事の代わりに尻尾をぱたぱたさせると、それを確認したマンデーさんはもう一度ジョンに顔を擦り寄せてから、すいと立ち上がりました。
 下の名前がどうこうという、さっきの話。何だかんだと言っても結局のところ、根拠がどうのではなく自身の恋愛の経験からああいった結論を感じ取った、という部分もあるんでしょう。なんせこれから外に出るのはデートのためであったりするので、恋愛というその部分については、人間も何もあったようなものではなさそうですし。
 さて。
「んじゃあ、車に気ぃ付けろよ」
「お任せくださいませ。では皆さん、行ってまいりますわ」
「ワンッ!」
 正面玄関までのみんなの見送りと大吾のお言葉を受け、本日の散歩兼デートとして、ジョンとマンデーさんが出発。その後ろ姿を見送っていたところ、直接会えるのが月曜日だけっていうのはどんな感じなんだろうな、なんて考えてしまうのでした。
 それはともかく再集合。合計六名ほど人数が減った204号室は、随分と広くなったように思えるのでした。
「前にここに来た口宮と異原はそんな気もしてたけど、あとの二人もそうだったんだな」
「まあ、ね。完璧にマンデーさんの言ってた通りだよ」
 ナタリーさんの質問を挟んでしまって僕の口から「そうです」とは言ってなかったけど、マンデーさんもそれで合ってると思っていることなのでしょう。僕だってもし違ってたらそりゃあ違うと言いますし。
「まあしかし、それほど意外な話でもないな。普段からあんな感じであれば男女問わず受けがいいだろう、音無は」
「成美ちゃん、随分と買ってるんだね音無さんのこと」
「もちろんだとも。相手がわたしだったのはたまたま近くに座っていたからだろうが、それでもやはり受けた親切に変わりはないからな。美味かったなあ、あの食べ物は」
「結果だけ見りゃあ食い物で釣られただけって言えなくもないけどな」
 成美さんが上機嫌なところへ、また何やら余計なことを言い始める大吾。そりゃあそうかもしれないけど、わざわざ言わなくてもいいじゃないのよ。
 しかし成美さん、余裕たっぷりにそれを受けます。
「ふふん、そんなものは言い様一つだろう。そんなことを言ってしまえば大吾、お前は好意でわたしを釣っていると言えなくもないのだぞ? もちろん、食べ物と好意では程度の差がありはするだろうがな」
「……ちょっと突っ掛かってみただけだっつの。何もそういう方向に持っていかなくてもよお」
「いや、突っ掛かる大吾が悪いでしょどう考えても」
 そのうえ返り討ちにあったとなっちゃあお笑いだね、とまでは言いませんが――
「うるせえ」
「あいたっ!」
 顔に出てしまったか、でこぴんを食らわされてしまいました。でこぴんというものはそのシンプルな見た目に反して結構威力に個人差があったりするのですが、割と痛かったです。
「大吾くん、八つ当たりは駄目だよ?」
 そう言ってはくれる栞さんですが、声色がどう聞いてもこの状況を楽しんでいるそれなのでした。まあ、ちょくちょくあることですしね。痛いですけど。
 その痛みをアピールするというわけではなりませんが額を押さえていると、栞さんが「ふふっ」と笑みを漏らしました。まさか僕が笑われているのか、なんてことも思ったりしましたが、
「でも、やっぱり嬉しいね。友達が増えるって」
 そうではなかったようです。
「あれ? 喜坂さんは、あの方達とは元々お知り合いだったんじゃないんですか?」
「ああ、まあそうなんだけど。と言っても栞だってまだまだ知り合ったばっかりなんだけど、友達と友達が知り合って……輪が広がるっていうのかな? 今回のことも、やっぱり嬉しいんだよね」
 ――通常、誰かと知り合った際にこのような感想を持つことがあっても、わざわざこんなふうに……言ってしまえば大袈裟には、表現しないもの。だけど栞さんには、それを実行してしまうに足る背景があるのです。あるというか、あってしまうのです。
 今この場で、栞さんを抱き締めてあげたくなりました。
 しかし、栞さんが特にそれを望んでいるということもないのでしょう。ならば僕までが釣られて大袈裟に振舞っても仕方がありません。伸びそうになる腕を抑え、ついでに歯も食い縛るくらいの勢いで、自制を掛けておきました。
「ふむ、気持ちは分からんでもないな。わたしだってあいつが――猫だった時の夫がここへ来たことは、やはり嬉しかったし」
「……なんでそこでオレを見るんだよ。知り合ったっつうならオレだけの話じゃねえだろ」
「誰か一人と言われればお前だからな、もちろん」
 それくらいわざわざ尋ねなくても分かるでしょうに、大吾ったらまあ甘えちゃって。
 ということで大吾を黙らせることに成功した成美さん、すると不意に時計を気にし始めます。
「次にあいつらが来るのは四時だったか? ううむ、まだ随分と時間があるな」
「することがないのは普段と変わらないけど、予定があるとやっぱりもどかしいよねえ」
「ですねえ。私も早く異原さんに巻き付きたいです」
 何やらナタリーさんが聞く人によっては勘違いしてしまいそうなことを言っていますが、まあ今となってはそれが微笑ましいスキンシップの一環であるということは理解の内。対応は「異原さんが驚きさえしなければ」と願を掛けておくだけに止めておきましょう。
 止めておいて、一息ついたところでお茶でも入れてこようかと思ったところ、成美さんの眼がキラリと光りました。
「ふっふっふ、つまり、皆揃って暇だということだな?」
「え? うん、そういうことになると思うけど」
「そうかよしならば少し待っていろすぐに戻るからな!」
 言い終える前から既に成美さんは駆けだしていて、その風を巻き起こしすらしそうな勢いに栞さんが目をぱちくりさせたのは、その成美さんらしからぬ勢いゆえに玄関のドアが閉まる音の後なのでした。
「まあ、大体予想はつくだろ? このあとどうなるか」
 誰にともなく呟く大吾。
 その後、ドタバタと音を立てて戻ってきた成美さんがその手に猫じゃらしの玩具を持っていたのを見て、彼は密かに鼻を鳴らすのでした。
 ところで。
「成美さん、なんでわざわざ小さい身体に?」
「大きい身体で暴れ回ると、迷惑だろう? ふふん、さすがに、これくらいの気配りは、しておかないとな」
 まるで気配りをした自分を誇っているような物言いですが、しかし……いえ、先日の猫じゃらしによるゴタゴタを思い返すなら、それもまた仕方がないことなのでしょう。猫にとってはそれほど魅惑的なアイテムなのです、あれは。
「分かりました、それはそういうことでいいです。でも成美さん、はぁはぁ言ってるのだけはちょっとその、危ない人に見えてきそうなんで……」
 202号室へ戻ったのが全速力だったとしても、距離が距離。まさかそれだけで息が上がるわけもなく、ならば現在のそれは、猫じゃらしに対する興奮度を表しているんでしょう。もし男性だったらその対象に関わらずドン引きされるレベルです。
「あ、それならいい考えがあるよ」
 手を挙げたのは栞さんでした。そして座ったまま後退し、壁にもたれるような格好に。
「座ったままなら息も落ち着くだろうしね。というわけで成美ちゃん、こっち来て」
「おお……」
 ポンポンと膝を叩く栞さんに感嘆の溜息すら吐いてみせ、成美さんはどこかおぼつかない足取りで、吸い寄せられるように栞さんの膝へ座り込むのでした。ところで成美さんの息が上がっている原因を勘違いしているような気がしないでもない栞さんですが、それについて指摘するのは止めておきましょう。ここまできて栞さんがドン引きしては身も蓋もありませんし。
「膝の上というのはやはり、温かくて気持ちがいいな。……全くの偶然だろうが、大吾も昨日、こうして遊んでくれたのだぞ」
「へえ、そうなんだ」
 猫じゃらしを受け取りながらにこにこと答える栞さんでしたが、
「こっち見んな孝一」
 僕はにやにやしていました。ええ、わざとらしいくらいにやにやしてやりましたとも。
「なるほど、これなら暴れ回るということもないですしね。喜坂さんが抱き締めちゃってるんですし」
 一方、ナタリーさんは実に合理的な解釈をしていました。見習うべきなのでしょうけども、大吾を前にすると見習うのが勿体ないのでした。
「だからこっち見んなっての」

 さてそれから二十分ほど経った頃、外から「日向さーん、ただいま帰りましたわー」と声。もちろんそれはマンデーさんとジョンだということで再び中へ上がってもらうのですが、
「あらあら」
「ワウゥ」
 マンデーさんとジョンのどちらもが、室内の様子に微笑ましげなのでした。
 膝の上は温かくて気持ちがいいと嬉しそうだった成美さんは、その気持ちよさに負けたのか、すやすやと寝息を立てています。
 もちろん人体で温かいのは膝の上だけではなく、成美さんの温かさ気持ちよさに負けたのか、栞さんも同じくすやすやと寝息を立てています。
 栞さんの膝の上に座っている成美さんの膝の上に鎮座していたナタリーさんも、とぐろを巻いたまま頭を垂れ、すやすやと眠っているようです。
「ぱっと見は気持ち良さそうですけど……寝苦しそうに思えなくもないですわね、三重にもなると」
「ワフッ」
 僕と大吾も同じようなことを言っていたので、マンデーさんの意見にはただただ苦笑するほかありません。まあ実際、ナタリーさんは寝苦しさの考慮に含めるほど重くはないんでしょうけども。
 ところで、栞さんと成美さんとナタリーさんが眠ってしまい、起きていたのは僕と大吾だけという状況。男二人で女子三名の安らかな寝顔を楽しんでいたと思われても仕方がないし実際そういう面がなかったというわけではないのですがしかし、認めるにしてもやはり話がそういう方向へ進んでしまうのは、避けたい部分があるわけです。
「ほれ、ジョンもマンデーもこっち来い」
 大吾もそんなふうに考えた――のかどうかは不明ですが、仕事の話。予め用意していたブラシがけ用のブラシを取り出しながら、ジョンとマンデーさんを自分の傍に呼ぶのでした。
「どうせ暇なんだしオマエも手伝え。ジョンかマンデーかどっちか頼むな」
 ブラシが二本用意してあった時点でそうなんだろうなと思ってはいましたが、仰る通りに他にやることもないので、まあ断る理由もないでしょう。
「では日向さん、お願いしますわね」
「宜しくお願いします」

 ブラシがけとは言いましても、何もそれは毛繕いのためだけに行うのではありません。物凄く大雑把に分類してみればそれは成美さんに対する猫じゃらしのようなものでして、つまりはスキンシップの一環なのです。
 というわけなので、さっさと済ませるというようなことはなくそれなりに時間を掛けるわけですが、その最中。
「んん……ん、んあえ?」
 とてつもなく締まりのない情けない声がしたと思ったら、成美さんが目を覚ましました。
「しまった、寝てしまっていたのか。すまん喜坂、せっかく猫じゃら――って、喜坂も寝ているのか? ぬおっ、ナタリーまで」
 自分でも気付かないうちに眠っていて、目を覚ましてみたら自分を挟んでいる二人組も眠っていた。そんな展開に成美さんがあたふたしたところ、
「ううん……」
 そのあたふたのおかげで栞さんまで目を覚ましました。膝の上でもぞもぞされたら、そりゃあ目も覚めるってもんです。
「あ、おはよう成美ちゃん。起きてたんだ」
「今起きたばかりだがな。おはよう、喜坂」
 目覚めの挨拶が済んだらその次に、二人揃って『お帰り』と。
「ただいまですわあ」
「ワフッ」
 マンデーさんの声が若干間延びしているようだったのは、ブラシがけが上手くいっているということなのでしょうか。だったらこちらとしても嬉しいのですが。
 それはともかく栞さんと成美さん、二人揃って目覚めはしましたが、でもだからと言って特に何をどうするでもなく、以前栞さんは成美さんを膝の上に乗せたままなのでした。ナタリーさんを起こすと悪いということで猫じゃらしの使用はここまでということになり、目に入るだけでも不味いということで、栞さんのお尻の裏に隠しまでしたりもしましたが。
「自分が誰かの膝の上に座ることはちょくちょくあったが、自分が誰かを座らせるというのは……ふふ、こういう視点も悪くないものだな」
「だよねー」
 自分の膝の上で眠るナタリーさんに、成美さんご満悦。それはそれは母性に満ちたような柔らかい微笑みで、と考えたところで、もしかしたら自身の子どもたちを思い出したりしてるのかな、なんて。もちろん単なる想像ですけど。
「よそ見してたら力加減間違うぞ」
「あ、うん」
 要らぬ想像をしていたところ、大吾に注意されてしまいました。僕がよそ見をしていたことに気付けるということは大吾もまたよそ見をしていたということになるのですが、そこは経験の差というやつです。大吾くらいならよそ見の一つでどうなるということもないのでしょう。
 ではそもそも大吾はどうして僕の成美さんに向けた視線に気付いたかという話にもなりますが、もしも大吾が僕と同じようなことを考えていたとしたら、そこへ向けられる視線が気になってしまってもそれは仕方がないのかもしれません。全く同じことを考えたというわけでもないでしょうけど、僕ですら何かしら考えてしまった表情に大吾が何も思わないということはないでしょうし。
 ……さて、集中集中。

 そんなこんなのうちに時間はだんだん過ぎていき、遂には四限開始の時刻が迫ってきて、僕も大学へ向かわねばということに。
 栞さんも一緒に来たには来たのですが、残念ながら四限はその教室の狭さから別行動の時間となっています。なので特に何かがあるというわけもなく、九十分の時間は単調に過ぎていくのでした。学生の本分を考えるとあまり褒められたものではない感想なんでしょうけども。
 しかし何はともあれ、予め決めておいた待ち合わせ場所です。まあ校門付近となると、予め決めるまでもない待ち合わせ場所、ということになるような気もしますけど。
「何時間かぶりです、異原さん」
「ええ。三時間ちょっとぶりね、日向くん」
 校門には既に異原さんと口宮さん、それに栞さんも到着していました。
「静音と哲郎くんはもうちょっと待ってあげてね」
「あ、はい。……あれ? 同森さんって異原さん達と同じ講義だったんじゃ?」
 僕の部屋から再度大学へ向かうその直前、そんな話をしていたような。音無さんはともかく、なんで同森さんはこの二人と一緒じゃないんだろうか。僕の質問に栞さんは微笑を浮かべ、口宮さんはどうでもいいと言わんばかりにそっぽを向いてしまいますが、異原さんだけは表情を変えません。
「静音のお迎えにね。『無意味じゃろうがそんなこと』なあんて嫌がってたけど、無意味だからこそ意味があるんだわよこういうのは」
 何だか得意げに語る異原さんですが、「つまり無理矢理に行かせたってことですよね」とは言いません。無意味だからこそ意味があるというのも、同森さんと音無さんの仲についての意味なのか、それとも異原さんから同森さんへの嫌がらせとしての意味なのかが判然としませんけど、それもまた口にはしません。
「それだけだったらまあ、すぐに来ますよね」
 否定的なことを言わない代わりに肯定的なことも言わないまま、僕は一緒に待つことにしました。どうせ家もすぐそこなんだし先に帰って待っていてもいいとは思いますが、だからと言ってそうする必要もないわけでして。
 ――その判断のおかげで、同森さんは音無さんを呼びに行ったというのは嘘だった、と先に家に帰るよりちょっぴり早めに気付くことになったんですけどね。

 それにしたってまあそう大層な意味を含んだ嘘というわけでもないんですけども、というわけで我が家我が部屋の玄関前。
「男の子の部屋に招待されちゃうなんて、ドキドキしちゃうわあ」
 つまり同森さんは音無さんでなく、こちらの方を呼びに行っていたというわけですね。
 ええ、お兄さんです。
「変に勘違いされそうなこと言うんじゃないわい。そういうところにまで足突っ込んではおらんじゃろうが」
「やあねてっちゃん、冗談よ冗談」
 オカマっぽいこの先輩は、同森さんのお兄さんこと同森一貴さん。オカマっぽくはありますがしっかり彼女持ちだったりして、その道についての知識などまるで持ち合わせていない僕からすると、「オカマ」と表現すべきなのか「オカマっぽい」で通すべきなのか判断に困るところではあります。わざわざ調べてまでどちらかに確定させるのもどうかと思うので、現在採用している後者で通させていただきますけど。
 ちなみにその彼女であるところの眼鏡の女性、諸見谷愛香さんですが、彼女には幽霊というものの存在を知りません。なので「幽霊と会おう」というような趣旨を含んだ今回のような場合は、声を掛けるわけにはいかないのでした。僕としては残念だと感じる部分もあるにはあるのですが。
「ただいまー」
 普段だったら言う相手がいないので言わないか、気紛れに言ってみたとしても返事があるわけもない帰宅の挨拶ですが、
『おかえり』『なさい』「ませ」「ワンッ!」
 今日は賑やかな返事が返ってくるのでした。なんせ留守番をお願いしていたのが総勢五名にもなりますんで。
 その五名の半数以上が幽霊であるとはいえ、ジョンと、そしてその声からしてどうやら耳を出した姿であるらしい成美さんの声は、お客さん方にも届きます。誰もいないのに「ただいま」を言う寂しい奴なんだなと思われるのは回避しつつ、皆さんを室内へ招き入れるのでした。


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