それを聞いてお姉さん以外の草引きメンバーも、自分の手の平を気にしだす。もちろん誰一人欠かす事無くベッタベタなんだろう。
「あ、すいません気がつかなくて……」
一人軍手をしていたお姉さんはその事がうしろめたいのか、気持ちばかり目を伏せる。それでもすぐに気を取り直して遠くに見える小さな施設を指差すと、後ろでお待ちのセンさんもそちらを向く。
「あちらに手水舎がありますので、お使いください」
さすがに遠くてよく見えないけど、あれはよく見る柄杓が立てかけてあったりするあれなんだろう。手を洗ったり水を飲んだりする。
普段神社やお寺に立ち寄るような人間でもない僕ですらその小さな施設の存在は知っていたけど、あれが「ちょうずや」と呼ばれるものだというのはお恥ずかしながら初めて知りました。
僕の人生においてあまり多いとは言えないその手水舎との接触経験を省みても、「手洗い場」とか「あの水が出てる所」とかの物凄く適当かつそのまんまな呼び方をしていましたよ勝手ながら。一緒に行った親やら友人等も多分そんなふうに呼んでたと思いますし、少なくとも「手水舎」という言葉を聞いたのは今が生まれて初めてなんでしょう。多分。
で、その手水舎ですが。近くに何かが絡みついた大柄な男が立ってますよねどう見ても。
もうここに来てから随分時間が経ってるんだけど、もしかしてずっと追いかけっこしてたのかな大吾くん?
「ありがとう。ごめんね手間取らせちゃって」
「いえ。それではごゆっくり」
そうしてやっとの事で僕達から解放されたお姉さんは、その僕より高いであろう長身に対照的と言えるくらい小さな妹さんと並んで仲良さげに歩いて行きました。ともに長い髪の毛をふわふわと揺らしながら。と言っても、髪の長さに関してだけは妹さんの勝ちなんですけどね。
……勝ちとか負けとかじゃないなこれ。
「お待たせ、セン」
「あの、手水舎がどうかしたんですか?」
「ああ、あの人達が草引き手伝ってくれたのよ。それでこれからお弁当って事で、手洗い場をね。私だけ軍手しちゃってちょっと申し訳なかったかな」
「へぇ、そうだったんですか。呼んでくれたらわたしも手伝ったのに」
「あんたが来たってどうせお喋りばっかりで手が動かないでしょ」
「そ、そんな事ないですよ~。口も手もちゃんと動かしますよわたしだって」
「口は別に動かさなくてもいいんだけどね。まああんたが黙って仕事してるってのも気味悪いものがあるけど」
「うぅ、酷い言われよう……会って間もない人なら尚更、お話したくなりませんか?」
「はは、黙るつもりはないんだやっぱり。私なんか言葉使いにボロがでないように必死だっていうのに。いやぁやっぱり慣れないわ、ああいう堅苦しいのは」
「あー……えっと」
「どーせあんた、普段通りに喋ってたんでしょ。入口案内した時に」
「はい……」
「ま、いいんじゃない? あんたもともとそういう口調だし。愛しの日永君にも未だにそんなのでしょ?」
「愛しのって、まあそうなんですけど………やっぱり変ですかね? 昨日も学校の帰りに明さんを呼び捨てにしてみるとかそんな話になったんですけど」
「要は日永君がどう思ってるかでしょ? 三年も付き合ってて何も言われた事がないんなら別にそのままでもいいんじゃないの」
「でもいざ呼び捨てにした時、明さんちょっと嬉しそうだったんですよね~」
「あらあら、何年経ってもデレデレしちゃってまあ。私はあとどれだけ同じようなツッコミを入れ続けたらいいのかしら?」
「ずっとですよ。そうじゃないとわたしが困りますもん」
「そうね。それを思えばこっちもツッコミ甲斐があるってもんだわ」
「えへへ。………それにしても日向さん達、何がどうなって草引きを手伝ってくれる事になったんですか? せっかく桜を見に来てもらったのに申し訳ないと言うか勿体無いと言うか」
「向こうから手伝うって言ってくれたのよ。あんた風に言えば『いい人達だった』って事でしょうね。お弁当にまで誘われちゃったし、気持ちのいい人達だわ。幽霊の人とも話ができればいいのに」
「羨ましいですよね。明さんも深道さんも里美さんも」
「声が聞こえるあんたでもやっぱりそう思うんだ」
「そりゃそうですよ。お話するんならやっぱり顔見てしたいですもん」
「分からないでもないけどね」
「双子っぽく育ったって言ってた割にはセンさんはお姉さんにさん付けで、お姉さんはセンさんの事呼び捨てでしたね」
家に向かう岩白姉妹と手水舎に向かう僕達では進行方向にやや開きがあったが、別れ際にお姉さんがセンさんに呼びかけているのが聞こえたので、ふとそんなふうに考えた。
「春菜さん」と「セン」か。呼び方だけじゃあもちろん判断材料としては不足なんだろうけども、少なくとも僕の頭の中では「双子っぽくはない」と結論が出てしまうんだよなあ。それどころか、「姉さん」ならまだしも名前にさん付けとなるとどこかよそよそしい感じを受けないこともない。
と、遠慮配慮抜きにした率直な意見を述べるのなら、こういう結果になるのでした。
「まあでもあくまで『それっぽく』ですからねぇ。誕生日の事もありますし、いろいろ事情なんかもあるんでしょう」
と清さん。
言ってしまえば確かにそうですし、その事情とやらに深く踏み込むつもりもないので、この思索はどうあってもここで止まってしまうんですよね。でも、かと言って全く気にならないといえば嘘になりますし………正直言って踏み込んでみたいとも思うんですよ。もちろん実行する気はさらさらありませんが。
するとここで栞さんが話の流れに乗りつつも、その話に意外な展開をさせ始めた。
「楓さんは椛さんになんて呼ばれてましたっけ?」
椛さん? どちら様ですか?
「んー? 『姉貴』だねぇ。んで、アタシからは椛って呼び捨てだね」
とくればもうその椛さんと家守さんの関係は訊くまでもなく分かっちゃいますが、
「椛(もみじ)というのは家守の妹だ。少し前はちょくちょく家守に会いに来ていたのだが、最近はあまり顔を出してこないな」
成美さんが気を利かせて丁寧に解説してくれた。
「そうなんですか」
「あれぇ? もしかしてなっちゃん、椛に会いたいのかなぁ?」
家守さんが薄ら笑いを浮かべながら成美さんに尋ねる。でも薄ら笑いを浮かべるという事は、含むところがあると言う事で。
「どうだかな。要は家守が二人になるようなものだし、どちらかが大人しくしてくれればさして問題はないのだが」
家守さんが二人。なるほどそれは大変そうだ。取り敢えずみんなに集合が掛かるのは間違いないでしょうね。そしてなんやかんやで出かける事になるんでしょうね。仕舞いには大吾の背に乗る成美さんを二人掛かりで虐めるんでしょうね。
成美さんが言ってる意味は恐らくこんなところだろう。家守さんが二人、というだけでここまで想像ついちゃうのは幾分可哀想な気もしますが。
「じゃあ今度遊びに来るように連絡してみるかな。面白イベントもありそうだし」
「言ってる傍からそれか」
「いやいや、なっちゃんが心配してるようなイベントじゃないから。まあ楽しみにしててよ」
「ふん」
不信感を満載させた成美さんがぷいと横を向く。何でしょうねえイベントって。気になりますねえ。まあ僕からしてみたらその椛さんが来ること自体がイベントなんですけどね。初対面だし。
さて今度は何が起こるのやら。
さて、そんな話をしている間に参道沿いの小さな目的地へ到着。その頃には、手水舎の傍らに立っていた大吾はそれに寄りかかるようにして座り込んでいました。頭の上に花を咲かせて。
「大吾くん、どうしたの?」
栞さんが覗き込むようにして声を掛けると、大吾が顔をそちらに向ける。もちろん、頭の上に乗ってるサタデーもそれに合わせて回転。
「休憩だよ。そこの無闇に高え石段を全速力で二往復させられたからなこのバカに」
そう言って頭の上のお馬鹿さんをを軽く小突くと、お馬鹿さんは「イテッ」と小さくうめいてかくりと花部分をぐらつかせた。
サタデーにしては反応が小さいな。という事は、逃げ回ってたサタデー本人もやっぱり疲れてるんだろう。大きな口がややへの字になってるようにも見えるし。
「でもまさか、ずっと走り回ってた訳ではないですよね? 怒橋君とサタデーが行ってしまってからもう小一時間は経過してますが」
早速ベタベタの手を洗いながら清さんが尋ねた。
そう、彼等は僕達が草引きをしている間、ずっと姿を現さなかったのだ。この神社に到着したのが十二時ごろだとしても今は一時。到着直後に走り去った二人は清さんの言う通り、一時間ほど行方をくらましていたという事になる。
しかし、
「いくら何でもそんなん無理ですって。途中で何度かコイツ見失って、隠れんぼみたいになってたんですよ。そのくせ木の陰とかからちょこちょこ出てくるからもうムカついてムカついて」
だそうで。いやはやなんとも、
「これだから大吾をからかうのは止められねえゼ。SIMPLEな頭しやがってよ」
完全同意。
「………けっ」
反論できないのか疲れで面倒臭くなったのかそれだけ吐き捨てるように返すと、大吾は気だるそうに立ち上がった。
「で、清サン達はどうしてここに? 飲みモンなら用意してありましたよね?」
問われた時点での清さんは手を洗い終わってぱっぱと水を払っている最中。どうしてって言うか、見たままの事が目的なんだけどね。
「『お前達が遊びまわっている間』、わたし達はここの人と一緒に草引きをしていたのだ。それで手が汚れたので洗いにな」
と多少嫌味っぽく言いつつ答えるのは、清さんと交代するようにぱちゃぱちゃと手を洗う成美さん。
ちなみに手を洗うのがなぜ交代するように一人ずつなのかと言うと突っ立ったままの大吾が邪魔だから。柄杓は四つほど置いてあったけど、それを全て活用するほどのスペースは無いようだった。
それはまあいいとして、成美さんが立てるそのぱちゃぱちゃ音が子どもらしさを一層引き立てているような気がするのは僕だけだろうか? 清さんが手を洗ってた時だって同じような音はしてたのに、なんでだろう?
「へえへえそーですか」
サタデーからからかわれ成美さんから責められて、うんざりと言った様子の大吾が水場の前から少し移動。そして空いた場所に栞さんが入る。
「あんまり虐めちゃ可哀想だよ成美ちゃん。大吾くんだって大変だったんだろうし」
「そうだそうだちったあ気ぃ遣いやがれこのクソガキ」
「はっ。ならなんだ? 優しくしてやればいいのか? そうしたらそうしたで気味が悪いなどと言い出すだけだろうが」
「ハナっから感じわりいよりゃマシだっつの」
「言ってろこの阿呆が。そんな態度で優しくしてくれなどとは、呆れてものも言えんな」
「言わなくて結構だし期待もしてねーよ」
あらあら。
「しぃちゃん、火に油を注いじゃったねぇ」
「失敗しちゃいましたね~」
と言いつつも楽しんでるように見えるのは見間違いなんぞではないのだろう。いつものパターンとはいえ、やれやれですねぇ。
とその時、不意に清さんが口を開いた。
「ところでサタデー、つかぬ事を伺いますが」
「ん? 何だ清一郎?」
二人のいつものパターンにその片割れの頭の上でニヤニヤしていたサタデーが、くるりと清さんのほうを振り返る。それとほぼ同時に成美さんが手を洗い終え、代わりに入るは家守さん。残るは僕だけですね。
「サタデーから見て、草引きという行為はどういうふうに写るものなのですか?」
その話題に覚えがある僕と成美さんは、大吾の頭へ視線を集める。ちなみに栞さんと家守さんも興味を引かれたのか、僕達と同じ箇所に視線を向けた。
「HAN? 別にどうもこうもねえけど?」
しかしその興味とは裏腹に、至極どうでもよさそうにサタデーは答える。
「はあ、そういうものなんですか」
清さん珍しく笑顔が消え、拍子抜け。そしてそれを見たサタデーは逆にニヤニヤ笑いを復活させる。
「なんだなんだ? もしかして俺様を困らせようとしたってか? 甘いゼ甘いゼSO SWEETだゼェ! 俺様は他人を思いやれるほどお人好しじゃないんだゼ?」
それに清さんも笑顔復活。
「そういう事にしておきましょうか」
「JOKEだっての。俺様チョーお人好し!」
「しつこい冗談は寒いぞサタデー」
「OH……」
成美さんからの厳しい御指導に、動揺を隠せないサタデー。いや、もしかしたら「お人好し」を冗談扱いされた事に対する落ち込み具合がそうさせているのかもしれない。だとしたら可哀想に。
「ま、それはいいとしてだな」
自らをお人好しと評するサタデーは、切り替えも早かった。
「聞こえはBADかもしれねえが、植物なんてみんなそんなもんだと思うゼ。なんせ目も耳も鼻も口も持ち合わせてねえんだからな。思いやり以前に、自分以外に誰がいるなんて分かりゃしねえよ」
言われてみればごもっとも。
そしてサタデーは胸、と言うより花部分の真下、つるの生え際辺りをそのつる自体でもってとんとんと小突く。
「俺様が初めて他のヤツを認識したのはこいつら六匹とくっついた時が初めてさ。さすがに魂LEVELでくっついちまったら気づかねえ訳にはいかなかったゼ。それでこいつらに教えてもらったんだよ。それまで知りもしなかった爺様婆様に俺様……いや、俺様達全員がどれだけ大事にされてたかをな。………おっと、お前もそうだったな。悪いなサーズデイ」
意外な展開を見せる話にみんなして聞き入る中、話し手本人はぽりぽりと頭を掻く。つると花じゃあぽりぽりなんて音はもちろんしませんが。
と意味のないセルフツッコミもこの際自重して、続きを聞かせてもらいましょう。
「んでも、初めはそんなの聞かされても正直全然意味分かんなくてよ。なんせ他人なんて概念、それまでNOTHINGだったんだからな。でもま、暫らくこいつらとMEMORY共有してるうちになんとなく分かってきたんだよそういう事も。な、サーズデイ」
と先程つるで小突いた辺りに話し掛けるように言うと、少し真を置いた後にニッと笑みをこぼす。恐らくサタデーの中のサーズデイさんは「にこっ」と返事をしたのだろう。
そしてサタデーは顔を上げ、
「以上! 俺様のSPECIALに有難いTALK終了!」
有難う御座いました。いや本当に。
「……ちっ。んだよ人の頭の上で偉っそうにベラベラと………」
今にも拍手が沸き起こっても不思議ではないような雰囲気の中一人だけ不満そうにそっぽを向く大吾。しかしそっぽを向いたところで、そのそっぽを向かせる相手が頭の上なので同じように回転。意味はまるで無い。
そして同じように回転したサタデーは、大吾の顔を上から覗き込むように体全体を前傾させる。
「憎まれ口叩くのも状況考えようゼ大吾よぉ。涙目の癖に」
「はぁっ!? ふざけんなんな訳ねーだろ!」
「ケケケケケ」
大吾がみんなに背を向けているので、本当に涙目なのかそれともサタデーがまたからかってるだけなのかは分かりませんでした。あくまで事実確認が出来ない、という意味でですがね。
みんながみんなにこにこしながらも声を掛けるのは遠慮していると、ここでふと手を洗ってないのはもう自分だけだと思い出し、頬の緩みを消しきれないまま手に水を掛ける。
やっぱり、そのお爺さんお婆さんに継ぐ現在の世話役としては感極まるところもあるんだろうなあ。大丈夫だよ大吾。顔見たって誰も馬鹿にしたりはしないから。少なくとも内心ではね。
「で、ジョンはどうしたよ。いねーみてえだけどよ」
背を向けたままで誰に問い掛けてるのやら。しかもそれを訊くなら僕達がここに着いてすぐに訊けばいいのに、今更だなあ。
「草引きの間のお弁当番頼んだら気持ち良さそうに寝ちゃったから、そのまま寝かせてきたよ。あれだけ気持ち良さそうだと当分寝たままなんじゃないかなあ」
「あっそ」
自分から尋ねておいてそんな素っ気ない返事をしても、言われた栞さんに浮かぶのは苦笑ではなく微笑。もう何やっても駄目だよ大吾くん。諦めなさい。
とここで情けなくも再び腹の虫が鳴り、自分が空腹状態だったことを再認識させられた。幸いにもその鳴き声は誰にも聞かれなかったようだけど。
手水舎での用事も済み、いざお弁当の下へ。ずっと前を向いたまま先頭を譲らない大吾を筆頭に、ずんずん目的地までの距離を詰める僕達一行。
「哀沢よぉ、今回はおんぶ無しか?」
歩き出すと同時に手で払われるように頭の上から追い出されたサタデーは、成美さんの横をしゅるしゅる歩行中。
「今はさすがに勘弁してやろうと思ってな。行ったところでお前のように追い払われかねん」
「おやおや優しいねぇ」
「優しいかどうかは知らんが少なくとも意地が悪いつもりはないな」
「HAN,どーだか」
その会話を耳にした僕はサタデーの言いたい事が分かるような気がして、噴き出しそうになる口を手で押さえた。
もし本当に成美さんの意地が悪くなかったら今頃……ま、相手方も同じく意地が悪いから断言は出来ませんけどね。
「こーちゃんも人の事笑えないんじゃないのかな~?」
笑いを堪えて口の前の手を下ろすと、耳元に口を近づけて小声で囁く家守さん。何ですか急にビックリするなあもう。
「何の事ですか?」
その口調に合わせて小声で返すと、キシシシともう聞くからに嫌な感じの笑い声。
「こーちゃんだって意地が悪いって事だよ。周りがどれだけ気をもんでるか」
「何の事やら」
小声で返すような話でもなかった、と二回目の「何の事?」は普通の音声で返す事にした。だって言ってる意味がよく分かりませんから。
「どうしたの?」
「どうもしませんよ」
普通の音声を聞きつけて、栞さんが飛び入り参加。でも話に発展性がない以上、僕はそう返すしかない。実際どうもしてませんしね。
「も~、楓さんまた変な事言ったでしょ。孝一くん不機嫌そうですよ?」
「キシシシシ」
「んっふっふっふ。あちらもこちらも初々しくていいですねえ」
何言ってるんですか清さん。僕は不機嫌なだけですよええ不機嫌ですとも。本当ですよ?
『いただきまーす!』
すぐ隣で寝てるジョンの事などお構いなしというふうに景気よく開会式。さあようやくお腹の虫を満足させる時間がやってまいりました!
各自に配られた紙の皿と割り箸と紙コップをフル活用してむしゃむしゃばくばくごくごくもりもりごっくん。いやー美味い! 半分自分で作っといてなんだけど!
「さすがこーちゃんに手伝ってもらっただけあって美味しいねえ。かぼちゃの煮つけで感動したのは生まれて初めてだよ」
「それは自分で作ったという事もあるからそう思うのではないか? これだけの味ならそう謙遜する事もないだろう。魚がないのは少し残念ではあるが」
「この春巻きとかも、もしかして手作りなんですか? すごいなぁ、栞もこんなの作ってみたいなぁ」
「肉も問題なく美味えぞうん」
「大吾さっきからそれしか食ってねえじゃねえかよ。ングング、ップハ~! 味談義に混じれねえのは寂しいが、やっぱりこいつは最高だゼ~」
「やはり味がよければ会話も弾みますねえ。んっふっふっふ」
「ワンッ!」
「ジョンのご飯は、すみませんが帰ってからになりますねえ」
「クゥ~ン……」
みんな(残念ながらジョン以外の、だけど)が美味しく食べたいものを食べ、それに釣られるように話したい事をわいわいと話す。料理の作り手にとってこれは最高の褒め言葉に等しいものがあるだろう。
自分ももぐもぐとおいなりさんを頬張りつつ、そんなふうに料理が趣味でよかったなあと感慨にふけるのだった。
でももちろんその「褒め言葉」は、食べてくれる人がいて初めて得られるものだ。高校までは実際、人に食べてもらう機会なんてあんまり無かったからなあ。なんだか女々しい感じがして友人達に言い出せなかったというのが最大の原因なんだけどね。でもこっちでは「仕事」として僕の趣味が取り上げられて歓迎された。そのせいかあまり抵抗も無くみんなの前に趣味を繰り広げる事ができ、今こうして「褒め言葉」を頂くに至りました。
これが仕事になるなんて他じゃあまずあり得ないだろうし、引っ越したのがあまくに荘でよかったなあ。
「今度は嬉しそうだね、孝一くん」
「ええ」
食事がこんなにも楽しければ、誰でも嬉しそうにしますよ。もちろん味以外の部分も含めて、ですけどね。
それから暫らく、食べ物がなくなるまで楽しい時間は続いた。あれだけあった飲み物も相当数を減らし、残るは缶ジュース数本ほどだけ。
『ごちそうさまでした~』
さすがに人数が人数なのでお腹いっぱいとはいきませんでしたが、それでもご満足頂けたようで何よりです。
「栞ぃ、ちょっと眠たくなっちゃったかも……」
ジョンと同じように春の陽気に当てられ、眠たそうに目をこする栞さん。声もどこか締まりがない。どうやらその眠気は相当なものらしかった。
「ああ、じゃあ寝ちゃってもいいよ。シート出したままにしとくからさ」
家守さんがそう告げると、「じゃあ、お休みなさぁい……」と言いつつパタンと倒れ込む。
「え?」
その困惑した声の主は何を隠そうこの僕だ。で、何が「え?」なのかと言うと、倒れ込んだ栞さんの頭はなんと僕の膝の上にぴったり着地したんですよこれが。正座だったもんで。
ってそうじゃなくて。正座がどうとかじゃなくてですね。
「う~ん……枕かたぁい………」
そうでもなくてですね。あの、顔擦り付けないでください。痛恥ずかしいですから。
「これはその、俗に言う寝惚けているという状態でしょうか?」
誰にともなく問い掛けてみると案の定、大吾以外はみんなにやにや。
「寝惚けていると言うよりは酔っ払いだな。ほれ見ろ。これ酒だぞ」
成美さんが手に取った美味しそうなオレンジジュースの空き缶。その下部には、「お酒は二十歳になってから」のマークがくっきりと。あらやだびっくり。
「別に嫌なら降ろしゃいいだろ。そんくらいで起きやしねえよ」
「そ、そうだね」
大吾くんが良いアドバイスをくれたので、それに倣って膝の上の頭に手を添える。が、あちらさんにも大吾くんのアドバイスが聞こえていたのか触れた手に反応したのか、
「やだ」
という食事の際に嫌いな食べ物が添えられた皿を前にして当たり前のように手をつけず、親が「ちゃんとピーマンも」くらいまで言った途端にそちらを見向きもせず答える子どもみたいな一言とともに腰に両手を回してきた。
うわぁ性質悪いなこの酔っ払いさん。今朝自分で酔い方がよくないとは言ってましたけど。……って、起きてるんですか?
「おやおや、気に入られてしまいましたねえ日向君。抱き枕として。んっふっふっふ」
「ま、こうなったら仲良くするこったな。俺様は邪魔しないように光合成TIMEだゼ。一緒に来るか? ジョン」
「ワンッ!」
ちょっとちょっと何ですかそれ。誰か一人くらい助けてくれたっていいでしょうに。それに光合成ならここでもいいじゃないか。日当たりいいんだし。
しかしそれでも続く人はそれに続く。
「よし! アタシも光合成行ってくるよこーちゃん!」
「意味分かりませんよ!」
と言ったところで待ってくれる筈もなく、まずはサタデー・ジョン・家守さんの三人退場。しかも「まずは」なのでもちろん後に続きます。悲しい事に。
「あ、すいません気がつかなくて……」
一人軍手をしていたお姉さんはその事がうしろめたいのか、気持ちばかり目を伏せる。それでもすぐに気を取り直して遠くに見える小さな施設を指差すと、後ろでお待ちのセンさんもそちらを向く。
「あちらに手水舎がありますので、お使いください」
さすがに遠くてよく見えないけど、あれはよく見る柄杓が立てかけてあったりするあれなんだろう。手を洗ったり水を飲んだりする。
普段神社やお寺に立ち寄るような人間でもない僕ですらその小さな施設の存在は知っていたけど、あれが「ちょうずや」と呼ばれるものだというのはお恥ずかしながら初めて知りました。
僕の人生においてあまり多いとは言えないその手水舎との接触経験を省みても、「手洗い場」とか「あの水が出てる所」とかの物凄く適当かつそのまんまな呼び方をしていましたよ勝手ながら。一緒に行った親やら友人等も多分そんなふうに呼んでたと思いますし、少なくとも「手水舎」という言葉を聞いたのは今が生まれて初めてなんでしょう。多分。
で、その手水舎ですが。近くに何かが絡みついた大柄な男が立ってますよねどう見ても。
もうここに来てから随分時間が経ってるんだけど、もしかしてずっと追いかけっこしてたのかな大吾くん?
「ありがとう。ごめんね手間取らせちゃって」
「いえ。それではごゆっくり」
そうしてやっとの事で僕達から解放されたお姉さんは、その僕より高いであろう長身に対照的と言えるくらい小さな妹さんと並んで仲良さげに歩いて行きました。ともに長い髪の毛をふわふわと揺らしながら。と言っても、髪の長さに関してだけは妹さんの勝ちなんですけどね。
……勝ちとか負けとかじゃないなこれ。
「お待たせ、セン」
「あの、手水舎がどうかしたんですか?」
「ああ、あの人達が草引き手伝ってくれたのよ。それでこれからお弁当って事で、手洗い場をね。私だけ軍手しちゃってちょっと申し訳なかったかな」
「へぇ、そうだったんですか。呼んでくれたらわたしも手伝ったのに」
「あんたが来たってどうせお喋りばっかりで手が動かないでしょ」
「そ、そんな事ないですよ~。口も手もちゃんと動かしますよわたしだって」
「口は別に動かさなくてもいいんだけどね。まああんたが黙って仕事してるってのも気味悪いものがあるけど」
「うぅ、酷い言われよう……会って間もない人なら尚更、お話したくなりませんか?」
「はは、黙るつもりはないんだやっぱり。私なんか言葉使いにボロがでないように必死だっていうのに。いやぁやっぱり慣れないわ、ああいう堅苦しいのは」
「あー……えっと」
「どーせあんた、普段通りに喋ってたんでしょ。入口案内した時に」
「はい……」
「ま、いいんじゃない? あんたもともとそういう口調だし。愛しの日永君にも未だにそんなのでしょ?」
「愛しのって、まあそうなんですけど………やっぱり変ですかね? 昨日も学校の帰りに明さんを呼び捨てにしてみるとかそんな話になったんですけど」
「要は日永君がどう思ってるかでしょ? 三年も付き合ってて何も言われた事がないんなら別にそのままでもいいんじゃないの」
「でもいざ呼び捨てにした時、明さんちょっと嬉しそうだったんですよね~」
「あらあら、何年経ってもデレデレしちゃってまあ。私はあとどれだけ同じようなツッコミを入れ続けたらいいのかしら?」
「ずっとですよ。そうじゃないとわたしが困りますもん」
「そうね。それを思えばこっちもツッコミ甲斐があるってもんだわ」
「えへへ。………それにしても日向さん達、何がどうなって草引きを手伝ってくれる事になったんですか? せっかく桜を見に来てもらったのに申し訳ないと言うか勿体無いと言うか」
「向こうから手伝うって言ってくれたのよ。あんた風に言えば『いい人達だった』って事でしょうね。お弁当にまで誘われちゃったし、気持ちのいい人達だわ。幽霊の人とも話ができればいいのに」
「羨ましいですよね。明さんも深道さんも里美さんも」
「声が聞こえるあんたでもやっぱりそう思うんだ」
「そりゃそうですよ。お話するんならやっぱり顔見てしたいですもん」
「分からないでもないけどね」
「双子っぽく育ったって言ってた割にはセンさんはお姉さんにさん付けで、お姉さんはセンさんの事呼び捨てでしたね」
家に向かう岩白姉妹と手水舎に向かう僕達では進行方向にやや開きがあったが、別れ際にお姉さんがセンさんに呼びかけているのが聞こえたので、ふとそんなふうに考えた。
「春菜さん」と「セン」か。呼び方だけじゃあもちろん判断材料としては不足なんだろうけども、少なくとも僕の頭の中では「双子っぽくはない」と結論が出てしまうんだよなあ。それどころか、「姉さん」ならまだしも名前にさん付けとなるとどこかよそよそしい感じを受けないこともない。
と、遠慮配慮抜きにした率直な意見を述べるのなら、こういう結果になるのでした。
「まあでもあくまで『それっぽく』ですからねぇ。誕生日の事もありますし、いろいろ事情なんかもあるんでしょう」
と清さん。
言ってしまえば確かにそうですし、その事情とやらに深く踏み込むつもりもないので、この思索はどうあってもここで止まってしまうんですよね。でも、かと言って全く気にならないといえば嘘になりますし………正直言って踏み込んでみたいとも思うんですよ。もちろん実行する気はさらさらありませんが。
するとここで栞さんが話の流れに乗りつつも、その話に意外な展開をさせ始めた。
「楓さんは椛さんになんて呼ばれてましたっけ?」
椛さん? どちら様ですか?
「んー? 『姉貴』だねぇ。んで、アタシからは椛って呼び捨てだね」
とくればもうその椛さんと家守さんの関係は訊くまでもなく分かっちゃいますが、
「椛(もみじ)というのは家守の妹だ。少し前はちょくちょく家守に会いに来ていたのだが、最近はあまり顔を出してこないな」
成美さんが気を利かせて丁寧に解説してくれた。
「そうなんですか」
「あれぇ? もしかしてなっちゃん、椛に会いたいのかなぁ?」
家守さんが薄ら笑いを浮かべながら成美さんに尋ねる。でも薄ら笑いを浮かべるという事は、含むところがあると言う事で。
「どうだかな。要は家守が二人になるようなものだし、どちらかが大人しくしてくれればさして問題はないのだが」
家守さんが二人。なるほどそれは大変そうだ。取り敢えずみんなに集合が掛かるのは間違いないでしょうね。そしてなんやかんやで出かける事になるんでしょうね。仕舞いには大吾の背に乗る成美さんを二人掛かりで虐めるんでしょうね。
成美さんが言ってる意味は恐らくこんなところだろう。家守さんが二人、というだけでここまで想像ついちゃうのは幾分可哀想な気もしますが。
「じゃあ今度遊びに来るように連絡してみるかな。面白イベントもありそうだし」
「言ってる傍からそれか」
「いやいや、なっちゃんが心配してるようなイベントじゃないから。まあ楽しみにしててよ」
「ふん」
不信感を満載させた成美さんがぷいと横を向く。何でしょうねえイベントって。気になりますねえ。まあ僕からしてみたらその椛さんが来ること自体がイベントなんですけどね。初対面だし。
さて今度は何が起こるのやら。
さて、そんな話をしている間に参道沿いの小さな目的地へ到着。その頃には、手水舎の傍らに立っていた大吾はそれに寄りかかるようにして座り込んでいました。頭の上に花を咲かせて。
「大吾くん、どうしたの?」
栞さんが覗き込むようにして声を掛けると、大吾が顔をそちらに向ける。もちろん、頭の上に乗ってるサタデーもそれに合わせて回転。
「休憩だよ。そこの無闇に高え石段を全速力で二往復させられたからなこのバカに」
そう言って頭の上のお馬鹿さんをを軽く小突くと、お馬鹿さんは「イテッ」と小さくうめいてかくりと花部分をぐらつかせた。
サタデーにしては反応が小さいな。という事は、逃げ回ってたサタデー本人もやっぱり疲れてるんだろう。大きな口がややへの字になってるようにも見えるし。
「でもまさか、ずっと走り回ってた訳ではないですよね? 怒橋君とサタデーが行ってしまってからもう小一時間は経過してますが」
早速ベタベタの手を洗いながら清さんが尋ねた。
そう、彼等は僕達が草引きをしている間、ずっと姿を現さなかったのだ。この神社に到着したのが十二時ごろだとしても今は一時。到着直後に走り去った二人は清さんの言う通り、一時間ほど行方をくらましていたという事になる。
しかし、
「いくら何でもそんなん無理ですって。途中で何度かコイツ見失って、隠れんぼみたいになってたんですよ。そのくせ木の陰とかからちょこちょこ出てくるからもうムカついてムカついて」
だそうで。いやはやなんとも、
「これだから大吾をからかうのは止められねえゼ。SIMPLEな頭しやがってよ」
完全同意。
「………けっ」
反論できないのか疲れで面倒臭くなったのかそれだけ吐き捨てるように返すと、大吾は気だるそうに立ち上がった。
「で、清サン達はどうしてここに? 飲みモンなら用意してありましたよね?」
問われた時点での清さんは手を洗い終わってぱっぱと水を払っている最中。どうしてって言うか、見たままの事が目的なんだけどね。
「『お前達が遊びまわっている間』、わたし達はここの人と一緒に草引きをしていたのだ。それで手が汚れたので洗いにな」
と多少嫌味っぽく言いつつ答えるのは、清さんと交代するようにぱちゃぱちゃと手を洗う成美さん。
ちなみに手を洗うのがなぜ交代するように一人ずつなのかと言うと突っ立ったままの大吾が邪魔だから。柄杓は四つほど置いてあったけど、それを全て活用するほどのスペースは無いようだった。
それはまあいいとして、成美さんが立てるそのぱちゃぱちゃ音が子どもらしさを一層引き立てているような気がするのは僕だけだろうか? 清さんが手を洗ってた時だって同じような音はしてたのに、なんでだろう?
「へえへえそーですか」
サタデーからからかわれ成美さんから責められて、うんざりと言った様子の大吾が水場の前から少し移動。そして空いた場所に栞さんが入る。
「あんまり虐めちゃ可哀想だよ成美ちゃん。大吾くんだって大変だったんだろうし」
「そうだそうだちったあ気ぃ遣いやがれこのクソガキ」
「はっ。ならなんだ? 優しくしてやればいいのか? そうしたらそうしたで気味が悪いなどと言い出すだけだろうが」
「ハナっから感じわりいよりゃマシだっつの」
「言ってろこの阿呆が。そんな態度で優しくしてくれなどとは、呆れてものも言えんな」
「言わなくて結構だし期待もしてねーよ」
あらあら。
「しぃちゃん、火に油を注いじゃったねぇ」
「失敗しちゃいましたね~」
と言いつつも楽しんでるように見えるのは見間違いなんぞではないのだろう。いつものパターンとはいえ、やれやれですねぇ。
とその時、不意に清さんが口を開いた。
「ところでサタデー、つかぬ事を伺いますが」
「ん? 何だ清一郎?」
二人のいつものパターンにその片割れの頭の上でニヤニヤしていたサタデーが、くるりと清さんのほうを振り返る。それとほぼ同時に成美さんが手を洗い終え、代わりに入るは家守さん。残るは僕だけですね。
「サタデーから見て、草引きという行為はどういうふうに写るものなのですか?」
その話題に覚えがある僕と成美さんは、大吾の頭へ視線を集める。ちなみに栞さんと家守さんも興味を引かれたのか、僕達と同じ箇所に視線を向けた。
「HAN? 別にどうもこうもねえけど?」
しかしその興味とは裏腹に、至極どうでもよさそうにサタデーは答える。
「はあ、そういうものなんですか」
清さん珍しく笑顔が消え、拍子抜け。そしてそれを見たサタデーは逆にニヤニヤ笑いを復活させる。
「なんだなんだ? もしかして俺様を困らせようとしたってか? 甘いゼ甘いゼSO SWEETだゼェ! 俺様は他人を思いやれるほどお人好しじゃないんだゼ?」
それに清さんも笑顔復活。
「そういう事にしておきましょうか」
「JOKEだっての。俺様チョーお人好し!」
「しつこい冗談は寒いぞサタデー」
「OH……」
成美さんからの厳しい御指導に、動揺を隠せないサタデー。いや、もしかしたら「お人好し」を冗談扱いされた事に対する落ち込み具合がそうさせているのかもしれない。だとしたら可哀想に。
「ま、それはいいとしてだな」
自らをお人好しと評するサタデーは、切り替えも早かった。
「聞こえはBADかもしれねえが、植物なんてみんなそんなもんだと思うゼ。なんせ目も耳も鼻も口も持ち合わせてねえんだからな。思いやり以前に、自分以外に誰がいるなんて分かりゃしねえよ」
言われてみればごもっとも。
そしてサタデーは胸、と言うより花部分の真下、つるの生え際辺りをそのつる自体でもってとんとんと小突く。
「俺様が初めて他のヤツを認識したのはこいつら六匹とくっついた時が初めてさ。さすがに魂LEVELでくっついちまったら気づかねえ訳にはいかなかったゼ。それでこいつらに教えてもらったんだよ。それまで知りもしなかった爺様婆様に俺様……いや、俺様達全員がどれだけ大事にされてたかをな。………おっと、お前もそうだったな。悪いなサーズデイ」
意外な展開を見せる話にみんなして聞き入る中、話し手本人はぽりぽりと頭を掻く。つると花じゃあぽりぽりなんて音はもちろんしませんが。
と意味のないセルフツッコミもこの際自重して、続きを聞かせてもらいましょう。
「んでも、初めはそんなの聞かされても正直全然意味分かんなくてよ。なんせ他人なんて概念、それまでNOTHINGだったんだからな。でもま、暫らくこいつらとMEMORY共有してるうちになんとなく分かってきたんだよそういう事も。な、サーズデイ」
と先程つるで小突いた辺りに話し掛けるように言うと、少し真を置いた後にニッと笑みをこぼす。恐らくサタデーの中のサーズデイさんは「にこっ」と返事をしたのだろう。
そしてサタデーは顔を上げ、
「以上! 俺様のSPECIALに有難いTALK終了!」
有難う御座いました。いや本当に。
「……ちっ。んだよ人の頭の上で偉っそうにベラベラと………」
今にも拍手が沸き起こっても不思議ではないような雰囲気の中一人だけ不満そうにそっぽを向く大吾。しかしそっぽを向いたところで、そのそっぽを向かせる相手が頭の上なので同じように回転。意味はまるで無い。
そして同じように回転したサタデーは、大吾の顔を上から覗き込むように体全体を前傾させる。
「憎まれ口叩くのも状況考えようゼ大吾よぉ。涙目の癖に」
「はぁっ!? ふざけんなんな訳ねーだろ!」
「ケケケケケ」
大吾がみんなに背を向けているので、本当に涙目なのかそれともサタデーがまたからかってるだけなのかは分かりませんでした。あくまで事実確認が出来ない、という意味でですがね。
みんながみんなにこにこしながらも声を掛けるのは遠慮していると、ここでふと手を洗ってないのはもう自分だけだと思い出し、頬の緩みを消しきれないまま手に水を掛ける。
やっぱり、そのお爺さんお婆さんに継ぐ現在の世話役としては感極まるところもあるんだろうなあ。大丈夫だよ大吾。顔見たって誰も馬鹿にしたりはしないから。少なくとも内心ではね。
「で、ジョンはどうしたよ。いねーみてえだけどよ」
背を向けたままで誰に問い掛けてるのやら。しかもそれを訊くなら僕達がここに着いてすぐに訊けばいいのに、今更だなあ。
「草引きの間のお弁当番頼んだら気持ち良さそうに寝ちゃったから、そのまま寝かせてきたよ。あれだけ気持ち良さそうだと当分寝たままなんじゃないかなあ」
「あっそ」
自分から尋ねておいてそんな素っ気ない返事をしても、言われた栞さんに浮かぶのは苦笑ではなく微笑。もう何やっても駄目だよ大吾くん。諦めなさい。
とここで情けなくも再び腹の虫が鳴り、自分が空腹状態だったことを再認識させられた。幸いにもその鳴き声は誰にも聞かれなかったようだけど。
手水舎での用事も済み、いざお弁当の下へ。ずっと前を向いたまま先頭を譲らない大吾を筆頭に、ずんずん目的地までの距離を詰める僕達一行。
「哀沢よぉ、今回はおんぶ無しか?」
歩き出すと同時に手で払われるように頭の上から追い出されたサタデーは、成美さんの横をしゅるしゅる歩行中。
「今はさすがに勘弁してやろうと思ってな。行ったところでお前のように追い払われかねん」
「おやおや優しいねぇ」
「優しいかどうかは知らんが少なくとも意地が悪いつもりはないな」
「HAN,どーだか」
その会話を耳にした僕はサタデーの言いたい事が分かるような気がして、噴き出しそうになる口を手で押さえた。
もし本当に成美さんの意地が悪くなかったら今頃……ま、相手方も同じく意地が悪いから断言は出来ませんけどね。
「こーちゃんも人の事笑えないんじゃないのかな~?」
笑いを堪えて口の前の手を下ろすと、耳元に口を近づけて小声で囁く家守さん。何ですか急にビックリするなあもう。
「何の事ですか?」
その口調に合わせて小声で返すと、キシシシともう聞くからに嫌な感じの笑い声。
「こーちゃんだって意地が悪いって事だよ。周りがどれだけ気をもんでるか」
「何の事やら」
小声で返すような話でもなかった、と二回目の「何の事?」は普通の音声で返す事にした。だって言ってる意味がよく分かりませんから。
「どうしたの?」
「どうもしませんよ」
普通の音声を聞きつけて、栞さんが飛び入り参加。でも話に発展性がない以上、僕はそう返すしかない。実際どうもしてませんしね。
「も~、楓さんまた変な事言ったでしょ。孝一くん不機嫌そうですよ?」
「キシシシシ」
「んっふっふっふ。あちらもこちらも初々しくていいですねえ」
何言ってるんですか清さん。僕は不機嫌なだけですよええ不機嫌ですとも。本当ですよ?
『いただきまーす!』
すぐ隣で寝てるジョンの事などお構いなしというふうに景気よく開会式。さあようやくお腹の虫を満足させる時間がやってまいりました!
各自に配られた紙の皿と割り箸と紙コップをフル活用してむしゃむしゃばくばくごくごくもりもりごっくん。いやー美味い! 半分自分で作っといてなんだけど!
「さすがこーちゃんに手伝ってもらっただけあって美味しいねえ。かぼちゃの煮つけで感動したのは生まれて初めてだよ」
「それは自分で作ったという事もあるからそう思うのではないか? これだけの味ならそう謙遜する事もないだろう。魚がないのは少し残念ではあるが」
「この春巻きとかも、もしかして手作りなんですか? すごいなぁ、栞もこんなの作ってみたいなぁ」
「肉も問題なく美味えぞうん」
「大吾さっきからそれしか食ってねえじゃねえかよ。ングング、ップハ~! 味談義に混じれねえのは寂しいが、やっぱりこいつは最高だゼ~」
「やはり味がよければ会話も弾みますねえ。んっふっふっふ」
「ワンッ!」
「ジョンのご飯は、すみませんが帰ってからになりますねえ」
「クゥ~ン……」
みんな(残念ながらジョン以外の、だけど)が美味しく食べたいものを食べ、それに釣られるように話したい事をわいわいと話す。料理の作り手にとってこれは最高の褒め言葉に等しいものがあるだろう。
自分ももぐもぐとおいなりさんを頬張りつつ、そんなふうに料理が趣味でよかったなあと感慨にふけるのだった。
でももちろんその「褒め言葉」は、食べてくれる人がいて初めて得られるものだ。高校までは実際、人に食べてもらう機会なんてあんまり無かったからなあ。なんだか女々しい感じがして友人達に言い出せなかったというのが最大の原因なんだけどね。でもこっちでは「仕事」として僕の趣味が取り上げられて歓迎された。そのせいかあまり抵抗も無くみんなの前に趣味を繰り広げる事ができ、今こうして「褒め言葉」を頂くに至りました。
これが仕事になるなんて他じゃあまずあり得ないだろうし、引っ越したのがあまくに荘でよかったなあ。
「今度は嬉しそうだね、孝一くん」
「ええ」
食事がこんなにも楽しければ、誰でも嬉しそうにしますよ。もちろん味以外の部分も含めて、ですけどね。
それから暫らく、食べ物がなくなるまで楽しい時間は続いた。あれだけあった飲み物も相当数を減らし、残るは缶ジュース数本ほどだけ。
『ごちそうさまでした~』
さすがに人数が人数なのでお腹いっぱいとはいきませんでしたが、それでもご満足頂けたようで何よりです。
「栞ぃ、ちょっと眠たくなっちゃったかも……」
ジョンと同じように春の陽気に当てられ、眠たそうに目をこする栞さん。声もどこか締まりがない。どうやらその眠気は相当なものらしかった。
「ああ、じゃあ寝ちゃってもいいよ。シート出したままにしとくからさ」
家守さんがそう告げると、「じゃあ、お休みなさぁい……」と言いつつパタンと倒れ込む。
「え?」
その困惑した声の主は何を隠そうこの僕だ。で、何が「え?」なのかと言うと、倒れ込んだ栞さんの頭はなんと僕の膝の上にぴったり着地したんですよこれが。正座だったもんで。
ってそうじゃなくて。正座がどうとかじゃなくてですね。
「う~ん……枕かたぁい………」
そうでもなくてですね。あの、顔擦り付けないでください。痛恥ずかしいですから。
「これはその、俗に言う寝惚けているという状態でしょうか?」
誰にともなく問い掛けてみると案の定、大吾以外はみんなにやにや。
「寝惚けていると言うよりは酔っ払いだな。ほれ見ろ。これ酒だぞ」
成美さんが手に取った美味しそうなオレンジジュースの空き缶。その下部には、「お酒は二十歳になってから」のマークがくっきりと。あらやだびっくり。
「別に嫌なら降ろしゃいいだろ。そんくらいで起きやしねえよ」
「そ、そうだね」
大吾くんが良いアドバイスをくれたので、それに倣って膝の上の頭に手を添える。が、あちらさんにも大吾くんのアドバイスが聞こえていたのか触れた手に反応したのか、
「やだ」
という食事の際に嫌いな食べ物が添えられた皿を前にして当たり前のように手をつけず、親が「ちゃんとピーマンも」くらいまで言った途端にそちらを見向きもせず答える子どもみたいな一言とともに腰に両手を回してきた。
うわぁ性質悪いなこの酔っ払いさん。今朝自分で酔い方がよくないとは言ってましたけど。……って、起きてるんですか?
「おやおや、気に入られてしまいましたねえ日向君。抱き枕として。んっふっふっふ」
「ま、こうなったら仲良くするこったな。俺様は邪魔しないように光合成TIMEだゼ。一緒に来るか? ジョン」
「ワンッ!」
ちょっとちょっと何ですかそれ。誰か一人くらい助けてくれたっていいでしょうに。それに光合成ならここでもいいじゃないか。日当たりいいんだし。
しかしそれでも続く人はそれに続く。
「よし! アタシも光合成行ってくるよこーちゃん!」
「意味分かりませんよ!」
と言ったところで待ってくれる筈もなく、まずはサタデー・ジョン・家守さんの三人退場。しかも「まずは」なのでもちろん後に続きます。悲しい事に。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます