(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第六十章 生きる、ということ 十三

2014-08-26 20:56:51 | 新転地はお化け屋敷
 そうしてお礼の言葉とお祝いの言葉を交わし合ったのち、ゆっくりと抱擁を解き始める二人。しかし完全に身体が離れるまでには、視線が重なったところでもう一度強く抱き合う、という行程を挟んだりもするのでした。
 で、その行程というのが割と時間を取るものでもありまして。そのふわふわの髪に次いで評判のいいぷにぷにな頬の感触を堪能しながら、家守さんはこんなふうに。
「あー、しょーちゃんが羨ましいなあ。アタシもこんなお姉ちゃん欲しいなー」
 別に異論があるというわけではありませんが、しかし果たしてその「こんなお姉ちゃん」の「こんな」が何を指しているのかについては、ついつい妙な勘繰りを入れてしまうところではあるのでした。流れからすれば多分人柄について言っている、というか言っていて欲しいのですが、まさかそれを差し置いて頬ずりの感触を指して言っている、なんてことは……。
 というのはともかく、すると成美さんは「ん?」と頬ずりの位置関係のまま家守さんの方を向こうとします。どれだけぐにぐになんでしょうね今。
「お前にはもう妹がいるではないか。こういうこともさせてくれそう、というか、あっちからしてきそうですらあるし。揃って大きなこの胸を押し付け合うことになるが」
 最後のシミュレーションは不要じゃないですかね。
「ふっふっふ、だからこそだよなっちゃん。姉か妹かが逆なだけ、という惜しい状況だからこそ羨ましいもんなのさ」
「何故自慢げなのかはよく分からんが、そういうものなのか。ふむ、庄子が義妹ではなく義姉だったとして……ううむ?」
 今のところ上下問わずに兄弟姉妹が居ない僕でも家守さんのその言い分はなんとなく分かるものだったのですが、しかし成美さんはそうでもないようで、引き続き頬ずりの位置関係のまま首を傾げてみせるのでした。指の一本でも突っ込んでみたい、なんてふうに思ってしまうのは破廉恥なのでしょうか?
「まあ猫の兄弟はどっちが上とか下とかないですからね。全部双子三つ子四つ子五つ子なんですし」
「あー、そっかそっか。そりゃそうだわ」
 首を傾げるばかりな成美さんに代わっての大吾の説明に、家守さんは少々恥ずかしそうに笑ってみせるのでした。人間の場合は双子以上でもきっちり「兄と弟」だったりすることはあるようですが、それが成り立つのはその概念が先にあってのことなんでしょうしね。
 そしてそこでようやく家守さんと成美さんの抱擁が解かれて、というのは、オマケ程度の情報としておきまして。
「でもまあ成美も全く分からないってこともないんじゃないか? オマエがそうじゃなくても、庄子のほうはそういう立場でオマエと接してるわけだし」
 と、大吾の隣に戻ったところでその大吾からそう尋ねられた成美さんは、「それはもちろんだ」と案外あっさり断言してみせます。
「わたしを目上の存在として扱ってくれていることは当然分かっているし、それを嬉しく思っているというのも同じく当然の話だ。――が、しかし、だからといって姉と妹が逆だったところで何か違ってくるだろうか、というのもあってな」
「あー、うん、言われてみりゃ確かにな……」
 と即座に納得してみせた大吾と違い、僕は少々考える時間を要したのでした。
 成美さんが庄子ちゃんの義理のお姉さんである、というのはその庄子ちゃんの兄である大吾と結婚したが故に発生した関係なわけで、ならば逆に義理の妹さんになるとした場合、それはつまり大吾が庄子ちゃんの兄ではなく弟だった場合の話、ということになります。
 で、そうなった場合庄子ちゃんの成美さんに対する評価はどう変化するのかという話なわけですが――ああそうか、庄子ちゃんは結婚どころか大吾と付き合い始める前から成美さんのことを気に入っていたわけで、じゃあそのこと自体には大吾がどうのという話は関係がないってことになるのか。
「『成美さん』が『成美ちゃん』になってたくらいはあるかもよ?」
 家守さんでした。聞いた瞬間は首を傾げそうになりましたが、でも実際に義理の妹ってことになったらそうなってもくるんですかね、やっぱり。扱いそれ自体は「目上の相手」から変わらなくても、形式上でだけは、というか。
 で、それに対しては成美さん、こんなふうに。
「それくらいなら問題ないだろう、日向のおかげで慣れているしな」
 とだけ聞くと、慣れるとか慣れないとかの話なのかということにもなりそうですが、
「あー、あはは、最初はちょっと嫌がられてたもんね……」
 というわけで、申し訳なさそうな顔をしている栞なのでした。その当時というのは僕があまくに荘に引っ越してくるより前の話ではあるわけですが、僕もその引っ越し当日に同じようなこと言われてますしね。見た目通りの小さい女の子だと勘違いした僕が――いやそれを勘違いとするのはちょっと厳し過ぎる気もしますが――ちゃん付けで成美さんを呼んでしてしまった時に。
「それが今ではすっかり、自分からぎゅうぎゅうはぐはぐされに行くほどなわけだがな。ふふふ、『ちゃん付け』がつまりそういう扱いであるということは、おかげで理解できているのだぞ? 転じて、目上扱いなのにぎゅうぎゅうはぐはぐしてくれる庄子が特別なのだ、ということもな」
「偉いのは分かったからその言い方勘弁してくれって」
 口では偉いと言いますし、手ではその頭を撫でてもいるのですが、その表情がとても相手を褒めるものではなかった大吾。しかし対する成美さんはさすがというか何と言うか、それでも構わず気持ち良さそうに目を細めてらっしゃるのでした。まあ、それで済ませられる話だ、ということですよね要は。
「お三方、楽しそうなのは結構だけど」
 と、ここで動いたのは高次さん。
「我々は一応、日向さん達のお祝いをしにここへ来たわけでね」
 あっ。
 ――というわけでお祝いされる側すら忘れていたのですが、そういえばそうなのでした。いや僕と栞は今初めて四人がここへ来た目的を知らされたということにはなるのですが、とはいえそんなの、状況から考えれば知らされるまでもないことではあるわけです。
 とまあ、そんなわけで。
「申し訳ない!」
「すまん!」
「すいませんでした!」
 流れるように三人連続で頭を下げてくるのでした。敢えてバラバラにしろとはそりゃあ言いませんが、だからといって調子を合わせたりまでする必要もないような気がしないではないような。
 という話はともかく、栞は手をぱたぱたさせながら「いえいえ」と。
「最初に成美ちゃんが飛び込んできてくれたりもしましたし」
「おう、そういえばそうだったっけね。となればバランスを取るためにも今度はこーちゃんに」
 バランスを理由に出てくる提案でもないとは思いますが、そんな細かいことはどうでもいいとして僕ですか!? ちゃん付けで呼んでるわけでもなければ庄子ちゃんのように特別な存在でもない僕がぎゅうぎゅうはぐは
「ゆけだいちゃん!」
 …………。
 そうですよね、バランスを取るってことなら祝われる側だけでなく祝う側の方についても考えないとですよねそりゃあ。
「喜べとは言わねえけど、だからってがっかりするってのはどういう了見だよ孝一」
「そんなことはない」
「何期待してたんだよ」
「何もしていない」
 どれだけはっきりそんな顔をしてしまっていようと、そう言わざるを得ないのでした。
 で。
「おぐごごごごごご」
 息が詰まりそうになるほど力強い抱擁を頂くことになった僕なのでした。
「足りなかったら同森に頼んでもいいぞ」
「無理……っ! 無理……っ!」
 そんなことになったら息が詰まるどころか骨を砕かれます。いや、手加減くらいはそりゃしてくれるでしょうけど。
 といったところで、同森さんよりはマシであろう大吾の締め付けが緩くなり、ここでようやく極々普通の抱擁の形に。
「で、まあ、おめでとう」
「うん、まあ、ありがとう」
 僕にそれを咎める権利がないのは重々承知してはいるけど、締め上げるのと祝うの、順番逆の方がよかったんじゃないかなあ。息も絶え絶えで「ありがとう」なんて言っても、言った気になれないというか。
「いやあ友情だねえ」
「年食ってくると胸に刺さるな、こういうの」
 前述の通りその当人は息も絶え絶えなわけですが、しかし観客二名様からはそんな感想が。そりゃ友情あっての祝いの言葉ではあるのでしょうが、しかしだからといって、今のはクローズアップされるほどそこを強調した展開でもなかったような。
 と、まあしかし、それに突っ込む元気もない僕は弱々しい足取りで栞の隣へ戻るわけですが、
「ふっふっふ、然るべき報いを受けてきたようだね孝さん」
「何その重厚な言い回し」
 まるで今のが人生の転機か何かであったかのような言い方で僕を責めてくる栞でしたが……というのはつまり、大吾と同様それだけ栞も立腹した、ということなんでしょうか? ぬぬう、自分はきっちり成美さんと抱き合っていたのに――と、いや、違いますそうではないんです。
「この頃庄子に対して素直になれてきたと思ったら、今度は日向か」
「いやそういうことじゃないだろ今のは」
 お嫁さんに対する対応に困っていたところ、どうやら大吾の側も同じような窮状に立たされているようなのでした。とはいえ僕としても庄子ちゃんと同じ位置に並ばされるのは畏れ多いわけで、ならば「そういうことじゃないと思いますよ」と大吾の助太刀に入るべきかとも思ったのですが――。
「……助けてあげないんだ?」
 僕が動かないのを確認するだけの間を空けたのち、栞が小声で言いました。そうしたところで成美さんの聴力を考えれば無意味だったのかもしれませんが、今それはともかくとしておきまして。
「この話だと、僕がいい格好しに行ったら逆効果かなあって」
「それはそうかもね」
 くすっと笑った栞は、どうやら納得してくれたようなのでした。ほっ。
 で、そうしてこちらが円満な解決をみたところで今しがたともかくとしておいた話なのですが――こちらを向く際、成美さんはその頬を緩ませているのでした。ということは、そういうことで。
「ふふふ、だがまあそれは置いておいてだな」
 何をとは明言されないまま、置いておかれるようでした。
「繰り返しになるが、二人とも素敵だったぞ。普段の様子を知っているから余計に、ということなのかもしれんが、庄子なんか隣でわあひゃあ言っていたからな」
 そう言って頂けるのは、ほぼ自動的にそうなったにせよ招待した側としては嬉しい話。ですがしかし、まさか式の間中ずっとわあひゃあ言っていたわけではないでしょう。し、そう考えるとならば「わあひゃあ言うような場面」がどこなのかということにもなるわけで。
「栞のウェディングドレス姿を見て、ってことになるんですかね。女の子が喜ぶってことだと」
 誓いのキスなんかも候補には挙がったのですがしかし、喜ぶにはしてもそこは「わあひゃあ」ではないかなあ、と。その瞬間の場の雰囲気もそうですが、何より庄子ちゃん、キスシーンについては割と見慣れてもいるんでしょうしね。というのはもちろん、あまくに荘で。
 そんな考えを巡らせると、そりゃまあ避けようもなくその瞬間にあったこと、つまりは前々からの宣言に反して実に普通だった栞とのキスを思い出してもしまうわけですが、もちろんながら今それはともかくとしておいて。
 宣言通りに普通じゃなかったとしたら分かるんですけどね、そこを見てわあひゃあっていうのも。
「確かにそこでもわあひゃあ言っていたが、しかし日向、そう謙遜することもないだろう?」
 と、こちらの考えていることはともかく成美さんからはそんなお返事が。そこでも、ということは庄子ちゃん、どうやら複数回に渡ってわあひゃあ言っていたようで。……と、謙遜? というのは、どういう?
「お前があの白い服で出てきた時だってわあひゃあだったんだぞ、庄子は」
 どういうわけか擬音から名詞に昇格しているわあひゃあなのでした。ぎゅうぎゅうはぐはぐといいなんでこう――ではなくて。
 ……え? 僕ですか?
「あら孝さん、結婚式当日にお嫁さんより若い女の子をたぶらかすなんて」
「最高に人聞き悪いねそれ」
 それにたぶらかすも何も僕は所定の格好で所定の位置に所定の段取りで登場しただけなんですし。もう一声申し開きが足りないと仰るのであれば、あの時こそまさに「栞しか見えていない」な状況だったりもしたわけですが、それも言っちゃいましょうか?
 と、しかし、僕がそうするより先に動いたのは大吾なのでした。ちょっとばかり苦味の窺える表情で、こんなふうに。
「まあオマエのこと結構気に入ってるみたいだしな、庄子は」
「あー、うーん、リアクションし辛いなあそれ」
「しなくていいけどな別に」
 身に覚えがない、なんて言ってしまうとそれこそ若い女の子に手を出す輩然としているような気がするのでそうはしないでおきますが――というわけで、身に覚えがないということはなかったりもするのでした。
 が、ただもちろん、それは妙な勘違いを起こすようなものではないわけです。なんたって庄子ちゃんには現在、これと決めた「特別な一人」がしっかり存在しているわけですしね。彼に比べれば僕など、同じ男性という括りにすら入れないことでしょう。
「ほほう、多少なりとも妹の気持ちを奪われて嫉妬か。うむうむ、可愛いところがあるじゃないかお前も」
「アイツの話に関してはもう好きにしてくれ。抵抗するのは諦めた」
「ははは、済まん済まん。拗ねないでくれ」
 場合や人によっては単なる開き直りでしかない大吾のそんな反応なのですが、しかしその大吾に限ってしまえばそれは、開き直りではなく成長した、言い方を変えれば大人になったということになるのでしょう。なんせ彼が妹を非常に大事に想っているのはそれこそ開き直りでなく本人も認めていることであって、そしてその想いが強いものであるからこそ、開き直り程度のもので今のような揶揄を受け入れられるわけがないんですしね。
「夫婦仲はある意味当然としても、兄妹仲まで補強され続けてるっぽいねえ」
「これは素直に見習うべきかな、俺もお前も」
 妹がいる家守さんと兄がいる高次さんは、あちら二人の遣り取りを見てそんなふうに。
 となれば一方の僕達はと言いますと――まあ、どうにもならないのでした。僕は今のところ一人っ子ですし、栞には妹がいるにせよ直接会うことはないとしているわけで。
 ただし、だからといって無反応というわけでもないですし、落ち込んだ表情をするなんてことはもっとないわけですけどね。……えぇえぇ、言いたいことはなんとなく分かりますよそのにやけ面。どうせおじさんみたいな年齢差の兄ってことになっちゃいますよ僕は。
 で、内情はともかく表面的な遣り取りはしないで済ませた僕達はいいとして。
 感心されたり見習おうとまで言われたりしたことで成美さんの頬がゆるゆるになるわけですが、しかしそれが逆に意識させたということなのか、そちらには言及することなく話題の修正に取り掛かるのでした。
「しかし日向、庄子が喜ぶような場面に嫁のドレス姿を挙げたということはやはり、お前自身もそれに対して何か思うところはあったということか?」
「そりゃまあ、やっぱり」
 成美さんの白無垢に大吾が間違いなく何か思ったのと同じように、とは、成美さんが白無垢という名称をご存じない可能性やら大吾から反撃を頂くことになる可能性やら、あと一応は白無垢に対して何を思ったと大吾の口から直接聞いたわけではないということもあって、言わないではおきましたけどね。
 というわけで僕は自分の話をし始めます。この時点で既に浮かべられている栞の笑みは、果たして照れによるものなのか期待によるものなのか。
「二回、なんて分けるようなことでもないのかもしれませんけど、まあ二回見ることになるわけじゃないですかドレス姿。ここで着付けしてもらった時と、式の時で」
「ああそうか、そういうことになるか。私達の時は並んで入ったものな、式場には」
 そういえばそこから既に差があるんですね、なんて成美さん達の式に参列させてもらっていた割には今初めてそんなことに気付く僕だったのですが、それはともかく成美さんにそう尋ねられた大吾、栞と同じような笑みを浮かべながらも無言で頷くのでした。いやあ浸っちゃってるねえ、人が話してる時に。
「自分でも不思議なんですけど、その一回目と二回目の両方で見惚れちゃったんですよね。着付けが済んでからは暫く、お互いその格好のままここで喋ってたりもしたんですけど」
 と、ここ、つまりは今いるこの待合室をぐるっと見渡しながら。時間に直せばそう長い間滞在したというわけでもないのですが、もうすぐここを離れることになると考えると、なんだかちょっとだけ寂しいような気がしないでもないのでした。
「一回目から二回目までずっと見惚れ続けてたってわけじゃなく?」
 この後自分達も同じ状況に立つことになる、ということから来る興味というのもやはりあるのでしょう、ここで家守さんがそんなふうに。まあ普通はそう考える――というか、実際にもそうなるのかもしれませんね。
 ただし、
「見惚れ過ぎて怒られちゃいまして、一回途切れざるを得なかったんですよね」
「あー、孝さんそれ言っちゃうんだ」
 即座に不満を呈してくる栞でしたが、その表情は笑ったまま。反応によっては、というのが正直なところではありましたが、どうやらこのまま話を続けて問題はなさそうです。
 そしてそれは何も僕だけに察せられるようなものでもなく、
「おっと、意外なとこから面白そうなお話が」
 と、遠慮なく面白がる家守さんなのでした。
「これは成美さんもそうなんですけど、栞って今まで化粧とかしてなかったじゃないですか。それもあって、こう、ただ綺麗になったってだけじゃなくて新鮮味もあったっていうか」
「あー、うん、それすっげえ分かる」
 力強く同意してくれる大吾でした。昨日の敵は今日の友……ではないですね、別に。
「ただ、それの度が過ぎちゃったのが栞はお気に召さなかったみたいで――」
「それ私じゃなくてお化粧が綺麗ってことでしょ? ってね」
 自分から、しかも自信満々に説明してみせる栞なのでした。普段化粧をしない栞だからこそ、という意見ではあるのでしょうが、その栞がお嫁さんである以上は僕にとってもそれが唯一の「考慮すべき女性の意見」ということにもなるわけです。他の女性がどうだ、なんてことを考えても仕方がなくはあるわけですしね、やっぱり。
 とはいえしかし、少なくとも今この場にいる女性は栞だけではないわけで、
「おおう、面白そうな話かと思ったら耳が痛い話だった……」
「ははは、藪蛇ってやつか」
 普段化粧をする女性は表情を苦くさせ、そしてその旦那さんはそんな彼女を笑い飛ばすのでした。いや別に、どちらが特殊かと言われればそれはやっぱり栞なわけで、じゃあ家守さんがそんな感じになっちゃう必要性は全くないんですけどね?
「ちなみに、度が過ぎたというのはどういう?」
 家守さんに話を向けないようにしたのかそれともただ純粋に興味からなのか、逸れる方向に話題を進ませようとはしない成美さん。うむ、どちらだったとしてもお優しいことで。
 などと余計なことを考えている間に、
「あれはもう殆ど気絶してるも同然だったよね」
 と、当人である僕を差し置いてしまわれる栞なのでした。いや、そりゃまあ、栞だって当人と言えば当人ではあるんですけど。
「どれくらい見惚れてたかって話になった時、お義母さんに三十分って言われて信じちゃってたし。本当は五秒くらいだったのに」
 あーそれ言っちゃうんだ。なんて憎まれ口が叩ける立場でないことくらいは、承知していますとも。
 なのでそれはともかくとさせてもらっておきますが、しかし。しかしその「気絶してるも同然」という言い回しは、やはりあの事件を引っ張り出してきているということなのでしょうか?
「キシシ、スタートでもゴールでも気絶かあ。さすがこーちゃん」
「ああ、つまりあれのことかな。引っ越してきた直後に気絶したっていう」
 解説してくれたのは高次さん。ですが、残念ながらということになりましょうか、その時その場にいた高次さん以外の全員にとっては言われるまでもない話でもあるのです。なんせ皆さん笑ってらっしゃいますしね。
 ちなみに話がこうなる切っ掛けを作った栞ですが、
「あ、それと関連付けたつもりじゃなかったんですけどね?」
 とのこと。まあ嘘ではないのでしょう。そういうことを言う人じゃない、ではなく、そういうつもりならそれを隠しはしない人だから、ではあるわけですが。
 ちなみに一方の僕は――と、「ちなみ」で済ませるようなものではないのかもしれませんが――話題を逸らしはしないながらも皆の意図には乗らないように。
「ここをゴールとした場合、そこがスタートにはならないような……」
「ん? あはは、言われてみりゃあそりゃそうか。あっという間にくっ付いた割には一目惚れってわけじゃないんだよね、こーちゃんとしぃちゃん」
 なのですよこれが。
 というのがどういう話なのかというのは、まあ、言わずもがなということで。
「ふん、一目見た印象ということなら女でお前に勝る者はいないわけだしな。なあ大吾?」
「そこ別にオレに振るところじゃないだろ」
 というのがどういう話なのかも、まあ、言わずもがなということで。……成美さん、ちょっと前の話ということで気分もその頃に戻ってらっしゃるんでしょうか?
 とまあその辺りは冗談ということにしておいて、成美さんからそんなふうに言われた家守さんなのですが。
「お褒め頂いて光栄、と言いたいところなんだけど、でも今の話題が話題なんだよねえ。一人だけ化粧に頼らざるを得ないおばさんっていうさ」
 そういえばそんな話でしたね今。と、話が逸れないよう仕向けたり仕向けてもらったりしていた割にはそんなふうにも。それというのはやはり、栞はともかく家守さんについて、化粧というものがそう大きな役目を果たしているわけではない、という思いあってのことなのでしょう。
 なんせ僕は化粧をしていないところ、所謂すっぴん姿を見たことがないというわけではないのです。……と言ってしまうと変な誤解を呼んでしまう気がしないでもありませんが、そういうわけでもなく。
「化粧してない時も特にどうとは思いませんでしたけどね、家守さんのこと」
「あら嬉しい。と言いたいところだけど――」
「それっていつの話かな? 孝さん」
 こんな時に息を合わせなくてもいいでしょうに、というのは、家守さんと栞の仲を考えればのれんに腕押しとか糠に釘とか、そういったところになってはくるんでしょうけど。
 …………。
 本人はもちろん栞にしたって、まさかその「変な誤解」というものをしているわけではないんでしょうけど……。
「そりゃまあ、以前混浴をご一緒した時のね?」
 誤解でなくとも充分に変な状況と言えば変な状況なんですよね、これって。


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