(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第六十章 生きる、ということ 十二

2014-08-21 21:04:57 | 新転地はお化け屋敷
 ――と、しかし、その頼もしさを頼りにしてしまうとこんなふうにも。
「孝さんは一人で歩いたんですよね、ここ」
 一人と言っても後ろには大山さんがついていたんだろうけど、でもまあ、この場合人数には含まないのだろう。失礼ながら――なんて、そんなふうに思ってしまうことこそが失礼なのかもしれないけど、大山さんがそうだというならもちろん、今私とお義父さんの後ろに控えてくれている道端さんも同様に。
「ああ、確かにちょっとばかり心細かったですかね私の時も」
 そう言って、けれどぽりぽりと頭を掻きながら「いや私のことはどうでもいいですね」とも。うーん、私のはただの予想なわけで、ご自身の経験に則った意見が聞けるというのは普通に有難いんだけど。
 というのはともかく、なのでお義父さん、自分ではなく孝さんの話を。
「でも、あいつの場合はそれくらいのほうがいいんじゃないですかね。うちの母さんじゃないですけど、反骨心というか何と言うか……『なにくそ』って感じで逆に元気になるとこがありますから」
「ああ、ふふ、お料理の話ですね?」
 そう尋ねてみたところ、お義父さんは遠慮がちな笑みを浮かべた。お義母さんは孝さんのその反骨心を煽り、結果的に狙い通り孝さんは料理にのめり込んだわけだけど、それでも手放しで喜べる話ではないということなんだろう。禍根を残してしまった、ということで。
 ただまあ話し合いの上での仲直りはもう済んでいて、だからあとは孝さんの気持ちがそれに追い付いてくれるのを待つだけではあるんだけど。
「あいつ、栞さんとの生活でそういうところっていうのは?」
「何度もお世話になってますよ」
 その性格のおかげで続いた料理についても、その性格そのものについても。
「おかげさまで、今こうしてお義父さんと腕を組ませてもらってます」
「ははは、それは何よりで」
 そうしてお互いに笑い合えたところで、しかし式場までの短い道のりはもう終わりということになりそうだった。スーツの男の人が両脇に控えた扉を前に、緊張をほぐせないままここに着いてしまうよりはましだったんだろうな、なんてふうにも思わないではなかったんだけど――。
 この向こうに孝さんが待っている。互いの愛を確かめ合い、その永遠を誓う相手が、この扉の向こうに。
 せずに済ませられるわけもなくそれを意識してしまうと、ほぐれたばかりの緊張が再び湧き上がってきてしまう。予行で説明を受けた時には実感がなかったけど、私の呼び掛けがあって始めて扉が開かれる、というのは確かに有難い話だった。
 しかし、そうは言ってもという話ではある。
 するにはしている緊張だけど、でもそれは不安に足が竦んで動けないというようなものではなく、むしろどこか心地のいい緊張だった。
 そりゃあそうだろう。愛を確かめ合うとかその永遠を誓うとか、それらは別に今回初めてするようなことではなく、どころかもう慣れ切ってしまっているくらいに何度も繰り返してきたことなのだから。
 お付き合いを始めてからここまでの期間が短かった私達ですらそうなんだから普通はもっと――ということになるのかどうかは、まあ、単に私達が短期間でいちゃいちゃし過ぎただけだという可能性を考えると、照れ臭くてなかなか言い切れないところではあるんだけど。
 うーん、あんまりいちゃいちゃし過ぎないように、なんて決め事をしてたりもしたんだけどなあ。
 ……ま、まあ、それはともかく。ではその慣れ切ってしまっていることに対して湧き上がっているこの緊張は何なのか、という話にもなるわけだけど――。
「ふふっ」
 それが正しいのかどうかはともかく、頭に浮かんだその疑問への回答に、ついつい自分で笑ってしまった。
「どうかしましたか?」
 尋ねてくるお義父さんだったけど、その顔に心配そうな色は全くなく、むしろ釣られて微笑んでいるふうだった。まあ、余裕綽々で笑ってる相手に何を心配するんだという話でもあるんだろうしね。
「いえ、なんでも」
 だって、可笑しいじゃないですか。こんな緊張してしまうくらいに畏まった場で、緊張してしまうくらい大真面目に大勢の人達の前でしてみせることが、これまで甘えたり甘えられたりしながら――つまりはいちゃいちゃしながら、日常生活の一部になってそうなくらい頻繁にしてきたことだなんて。
 ……あ、でも孝さんには似合うなあ、そういうの。
 もちろん馬鹿にしているというわけではなくそんなふうにも思ってしまえたところで、私はスーツの男性二人に声を掛ける。
「お願いします」
 そっちもこんなこと考えながらここをくぐったのかな? なんてことを、開き始めた扉の向こうに立っているその孝さん本人を見据えながら。
 さあ、いざ、愛する孝さんの元へ。

 開いたドアの向こうにその姿を捉えてからここまで、僕はすっかり栞に見惚れていました。それと同じことで先程怒られたばかりだというのは承知していますし、だからこそその時と違って意識を繋いでもいられたんですけど。
 ……つまりは結局のところ、前々から抱いていたイメージの通りになってしまったわけです。そこで初めて目にするというわけでもないのに、式場に現れた新婦の姿に目を奪われてしまう、という。
 栞は、いつものように微笑んでいました。お父さんと腕を組み参列者さん達の間を通り抜けながら、だというのに真っ直ぐ僕だけを見詰めたまま、照れるでもなければ俯くでもなく、いつも浮かべているものと全く変わりのない笑みを、にっこりと。
 ここまで実際そう口にしたり怒られたりしてきたように、ウェディングドレスや化粧が彼女を美しく見せている、というのはもちろんその通りなのでしょう。が、その中で、いやその二つに限らず取り巻く状況全てが特別なものである中、しかし栞はその笑顔のみでもって、それら全てを支配してしまっているのでした。
 人生一度きりのウェディングドレス姿なのに、人生で初めて化粧をしてもらったのに、結婚式の最中なのに、畏まった場の真っ只中なのに、床から壁から天井まで綺麗な装飾に囲まれているのに、みんなが自分へ視線を集中させている前なのに。
 朝起きて最初に目が合った時のように、料理の話をする時のように、テーブルと団欒を挟む日に三度の食事の時のように、庭掃除に無理矢理ついていかせてもらう時のように、真面目な話をした直後のように、胸の傷跡の跡に触れている時のように、婚約指輪にキスをした時のように、夜寝る前に最後に目を合わせた時のように。
 今回のこの場ですらそれら僕との生活の一部でしかないんだと言わんばかりに、栞はいつものように笑い掛けてくれているのでした。
 ――そしてその栞を今、僕はお父さんから引き渡されようとしていました。
 お辞儀をし合ったのちにあちらの腕から離れた栞は、ここまで浮かべていた笑みはそのままに少しだけ首を傾けてから、僕が差し出した腕に自分の腕を絡ませてきます。
「……こんな時に何だけど」
「ん?」
 お父さんがお母さんの隣の席へ戻ったのを見届けたのち、正面、つまり祭壇のほうへ向き直ることでそのお父さんも含め参列者の皆さん全員を視界から外した僕は、小声で栞に話し掛けました。
「告白した時並に心臓バクバクだよ、今」
「ふふ、あらあら」
 小声でさえあればと長々話をするわけにはもちろんいかず、なので説明は随分とはしょらせてもらった――どころか、説明なんて一切していないくらいではありましたが、果たしてこちらの意図はどれくらい伝わっているのでしょうか。
 いや、伝わったら伝わったで気まずいような気がしないでもないんですけどね? 愛を誓うためにあるこの場で、恋をしていた頃の気分にさせられそうになっている、なんて。
 ……ただまあ、気分がどうあれ僕はもうこの人を愛してしまっているわけで、ならばそんな気分を愛情に変換してしまうのもそう難しいことではないんですけどね。
「でも大丈夫。孝さん、そういう時こそしっかりしてくれる人だから」
 組んでいる腕を引き付けるようにしながら、栞はそう言いました。
 長話をするわけにはいかない、というのもありますし、それ以前に栞が言い終えたタイミングで次の行程である聖歌斉唱へ以降し始めてもいたので、そこへ更に返事を重ねることはできませんでした。
 が、できなかったそれが必要だったかどうかと言われれば、そういうわけでもないのでしょう。
 いつも通りに僕の隣で笑みを浮かべてくれ、そしていつも通りに僕を信頼してくれてもいる栞。ならば当然それに対して向けるこちらの気持ちも同様のものになるわけで、重ねてならば、それは口にするまでもなく伝わってしまうことではあるのですから。
 そしてこれは、そんないつも通りな僕達の結婚式。形式がどうあれそこに乗せるのがいつも通りのものであるならば、難しいことなど一つもありはしないのでしょう。なんせ、いつも通りなのですから。
 ――永遠の愛を誓いますか。
 式が進行し、司祭様が僕達にそう尋ねてきます。
 式の流れとしては即答すべきだったのでしょうが、しかし僕と栞が返事を口にしたのは、視線を重ね、軽く笑い合った後のことなのでした。
『誓います』
 難しくもなければ重くもありませんでした。それはただただ、常日頃から胸の内にあるものを、言葉に置き換えただけだったのですから。
 誓えますとも、この人となら。

「いやあよかったよかった」
「何事もなく、だったねえ」
 式が済み、僕の手には初めての、栞の手には二つめの指輪が嵌められたのちの、親族控室。着替えも既に済ませて僕はスーツ、栞は私服姿に戻っているわけですが、それでもやはり余韻はまだたっぷりと残っているのでした。
 で、何事もなく、というのであれば。
「キスも普通だったしね」
「孝さんちょっと身構えてたよね、あの時」
 言いながら、栞は悪戯っぽく笑ってみせます。「すっごいキスしてやる」なんて意気込んでいた栞ではあったのですが、しかし結局のところ、誓いのキスは誓いのキス以上のものでも以下のものでもないのでした。
 何事もなく、という今の主題からすればそれは歓迎して然るべき行動だったのでしょうが、さてしかし。
「何か期待とかしちゃってたりした?」
「期待というか覚悟というか、ね」
 それらはほぼ逆の意味と言っていいものではありましたがしかし、そのどちらだったにせよ、そこでされたのが普通のキスであればそりゃあ、肩透かしの一つや二つは食らってしまうわけです。
 ……舌入れてきたりするんじゃなかろうか、なんてね?
「ちなみに、なんで普通だったの? 実は最初からそのつもりだったとか?」
「あはは、だとしたらちょっと意地悪過ぎるかなあ私」
 となるとそれは「僕をからかうためだけに言った」ということになるわけで、ならばまあそういうことにもなりましょう。
 それに続けて「でもあんなこと言った時点で意地悪なのは間違いないんだけどね」とも言ったりしたのち、栞は息を整えるように一呼吸してみせます。
「普通がいいなあってね」
 式の最中に見惚れた笑み――といってもそれは普段のものでもあるのですが――を浮かべた栞は、しかしそう言った直後、せっかくのその笑みを崩して慌てたふうにこう付け足しも。
「いや、そんなの当たり前なんだけど、そういう意味以外でもっていうかね?」
「ああ大丈夫、分かる分かる」
 変なことをするよりは普通に進行させた方がいい、という安全策ではなくて、普通が一番だという最善策。行き着くところが同じであってもやはり、過程が違うとその意味も変わってくるわけです。特に目ぼしい献立が思い付かないから豆腐の肉乗せを作るのか、それとも食べたくて食べたくて仕方がないから豆腐の肉乗せを作るのか、みたいな――うーん、思ったより例えとして上手くないような気がしないでもないですけど。
 まあともかく、つまりはどうやら栞もそんなふうに考えていたようなのでした。いやまあ、式の最中の様子からそうだろうとは思ってたんですけどね。
「分かるって、じゃあ孝さんも?」
「うん」
 すると栞は、嬉しそうに頬を緩ませてみせてきます。僕がそうだったように栞だって僕がそうだというのは察していたことでしょうが、そりゃあそうなっちゃいますよねやっぱり。
「そっか。じゃあ、お互いにとって最高の結婚式だったということで――」
「ことで?」
「変なこと言って身構えさせちゃったところだけ、ここでやり直すチャンスをください」
「あー」
 気にしなくてもいいのに、とは思いましたが、しかしそれを口にはしないでおきました。こんなことを言い出すからには現在、周囲には両親も含め僕達二人以外にはたまたま誰もいないのですが――と言ってもそれは、偶然というよりは周囲の人達の意図によるものだったりもするんでしょうけど――ならばこの機会を手放すのは惜しい、なんてふうにも思ってしまいますし、そしてそれを抜きにしても、したいかしたくないかと言われればしたいわけですしね。
 場所が変わっているのはもちろん衣装も既に元通り、ついでに言えば化粧も落とした後ということで、当時の雰囲気を再現するものといえば互いの薬指に嵌められた結婚指輪くらいのもの。とはいえしかし、互いの気持ちさえその当時を再現できるのであれば、それらの不足が問題になることはないでしょう。なんたってまだまだたっぷり余韻を残しているのです、僕も栞も。
 と、いうわけで。
『…………』
 息が合っている、ということになるのでしょうか? こういうのも。普通なら浮付いた言葉の一つ二つくらい交わす場面ではあるのでしょうが、しかし結婚式でのもののやり直しということで、お互いに黙って顔を寄せ合います。
 では誓いのキスを、と司会進行してくれる司祭様はここにはいませんが、しかしされるまでもなくそのつもりで、二度目だろうが三度目だろうが何度目だろうが一度目と変わらない気持ちを込めるつもりで、ゆっくりと顔が近付くに際してとうとう目を閉じた栞の唇へ、自分の唇を重ねさせる僕なのでした。
「お邪魔しま」
 ――――。
「せんでしたー」
 …………。
 それでも一応はしっかりやり遂げてから、僕と栞は顔を離します。
 そりゃまあついさっき皆さんの前で披露したばかりなわけで、じゃあ突然現れた誰かにその最中を目撃されたからといって何がどうってわけでもないんですしね? ですよね?
「どうぞー」
 何がどうってわけでもない、などと自分にそう言い聞かせている僕の隣で、言い聞かせるどころか考える必要すらなかったらしい栞は、あっさりと外の誰かを招き入れに掛かるのでした。さすが。
 というわけで、開いた途端に閉められもしたドアが再度開かれ、その向こうから開いた本人さんがおずおずと。
「いやどうも、ノックもしないでお邪魔しちゃいまして」
「いえいえ、邪魔だなんてそんな」
 軽く手を振ってそう答える栞でしたが、しかしそれは相手を気遣っての台詞ではなく、実際その通りなだけなのでした。なんせしっかりやり通しちゃったわけですしね。
 で、現れたその人が誰なのかという話なのですが、
「キシシ、アタシなんかじゃもう障害にもならないか」
 まあ、誰だと具体的に名前を挙げるまでもなく。
 と思ったらその家守さん、今通ったばかりのドアから廊下側へ顔を突き出して、「大丈夫だってさー」と。なるほどお一人ではなかったようですが、でもまあそりゃそうですよね。普段からそうでもありますし、それに今日はこういう日でもあるわけで、だったらそりゃあ旦那さんもご一緒なのでしょう。
 と思ったら、
「うおおお日向ー! ものすっごく良かったぞー!」
 とえらくテンションを高くしたちびっこい人が栞に突進し、
「オレもあんな感じの方がいいか?」
 と、そのちびっこい人を指してもう一人が僕にそう尋ねてくるのでした。やめて。
 ……ちなみに予想していた家守さんの旦那さんこと高次さんは、その二人に続いてゆっくりとご入室なされているのでした。さすがは大人だ、なんて、たったそれだけのことで出す評価でもないんでしょうけどけどね。
 とまあそういうわけで、家守さん高次さんだけでなく大吾と成美さんも一緒のご来訪なのでした。自分の式が終わった後ならそれくらい時間に余裕もあるのか――なんてふうにも思ったのですが、しかしそれというのはつまり、
「あ、早めに引き払ったほうがいいですかね僕達」
 ということになるわけです。なんせ次は家守さん高次さんが式を挙げる番ということで、ということは、次にこの控室を使うのはそのお二人ということになるわけですしね。
「ん? ああ大丈夫大丈夫、着付けくらいそんな時間取るようなことじゃないし――いや、取った? もしかして」
 大丈夫、とそう言った矢先、しかし言ってから確信が持てなくなったのか、既にそれを体験している僕達四人へ不安げな視線を送り始める家守さんでもあるのでした。先達、なんてこの程度のことでそれを名乗るのも可笑しな話ではあるのですが――ううむ、自分が家守さんに先立っている、というのはなんともむず痒いというか何と言うか。
 とまあしかし僕のことはともかく、そんな家守さんを笑うのは、隣に付いていた高次さん。
「はっは、そんな不安そうにすることないだろ。予定の時間を過ぎてたりするならともかく、それくらいの仕事はちゃんとこなすぞうちの人達は」
「あー、うん、そりゃそうだよね。失礼しました」
「失礼してばっかりだな、さっきも今も」
「キシシ、そのようで」
 そうして家守さんが恥ずかしそうな笑みを浮かべたところで、時間の方については問題なしということに。
 と思ったら、
「予定の時間という話だと……」
「すいません、オレら余計に時間取ってしまって」
 と、怒橋夫妻が共に申し訳なさそうな顔にも。そういえばあったんでしたっけね、そんなことも。
「いやいや、あれくらいなら想定内だと思うよ。想定外な事態の発生が想定内っていうのも変な話ではあるけど、まあ、不足の事態への備えっていうかね。ある程度余裕を持たせるのが基本なんだよ、予定を組む側っていうのは」
「余裕を持つのは得意そうだけど予定を組むのは不得意そうだよね、そこのお坊ちゃんは」
「独り身ならまだしも、相方が自由な人なもんでね」
「キシシ」
「はっは」
 と、あっという間に話題を自分達の側へ持っていった家守さんと高次さんに、大吾と成美さんは申し訳なさと安堵感が半々くらいの控えめな笑みを作っているのでした。
 まあ実際、そうして時間がずれた直後に動いたことになる僕達にしたって影響はほぼ皆無だったと言っていいわけですしね。ならば何も慰めの言葉というだけでなく、実際に高次さんの言う通りでもあるんでしょう。
 対して家守さんの言い分がどうなのかは、まあ、まあ。
 というわけで、時間がどうのの話はこれくらいにしておきまして。
「そういえば成美さん、小さい方の身体なんですね」
 時間を少々巻き戻しますが、家守さんから控え室内の安全を伝えられた成美さんは、勢い良く栞に飛び掛かっていきました。それをその栞より大きい大人の身体でやられたとしたらひとたまりもないわけで――と、そんな説明をする必要もないとは思いますが、まあそういうわけで小さい方の身体でいらっしゃる成美さんなのでした。ご自身の式の時はもちろん、さっきの僕達の式についても、大人の身体でご参列頂いていたと記憶しているのですが。
「うむ。お前達と家守達の式が終わるまで耳は出しておくつもりだったのだが、我慢できなくてな」
「我慢? って、何を?」
 と、今度は栞が尋ねるのですが、しかしもちろん僕、そしてどうやら家守さん高次さんも、同じ疑問を持ったのでした。どちらかといえば小さい方が本来の身体ということにはなる成美さんではありますが、しかしだからといって大人の身体でいることが窮屈だとか、そういうことはない筈なのです。
 白無垢の被り物(個別の名前があったりするんですかね、そういえば)であの見た目にそぐわず頑丈な猫耳が押さえ付けられるから――というのも考えられなくはなかったのですが、僕達と家守さん達の式の間は当然私服に戻っているわけで、だったらそれは関係ないわけですしね。というか猫耳の上から頭を撫でられた時の反応からして、押さえつけられたらむしろ気持ち良かったりすらするのかもしれませんし。
 などとあれこれ考えられる程度の間を置いてから、成美さんは少々照れ臭そうに答え始めます。
「お前達の式が終わってから言うのもなんだが、今日わたしは祝われる側なわけだ」
「だね。おめでとう」
「ありがとう。――ではなくて、いや、それはそれでいいのだが……となると、ほら、な? 庄子に祝ってもらう時、どちらの身体の方がいいだろうか、という」
「あー」
 どうやらそれだけで納得したらしい栞でしたが、しかし残念ながら僕にとってはまだ説明が不足していると言わざるを得ないのでした。庄子ちゃんに祝われる。はて。
「どういうこと?」
「ぎゅうぎゅうはぐはぐしてもらうってこと」
「あー」
 言われてみれば実に単純明快なのでした。
「ああ言っているが大吾、あれで合っているのか? 音の感じはそれっぽく聞こえるが、肝心の言葉の意味が分からん」
「合ってるよ」
 きょとんとしている成美さんに対して、今度は何故だか大吾の方が恥ずかしそうにしているのでした。単に言い方だけの問題とはいえ、まあ、気持ちは分からないでもないような。
「成程、ならば今度はその言い方でねだってみるか。なんとなくだが庄子も好きそうな響きだし」
「やめてくれ」
 即座に拒否の意向を示してみせる大吾ではありましたが、しかしそれに対して成美さんは、悪戯っぽく笑ってみせるだけなのでした。今初めて知った筈の言葉についてそんな反応をするというのは、きっと「庄子ちゃんのことで大吾が嫌がる場合は良いからかい文句になる」ということなんでしょうね。いやはや、さすが夫婦。
 で、笑ってみせるだけということでそれについてはそこまでで、
「まあそれはそうと、しかしそのおかげで家守達の式までにはまた着替えてこなければならないのだがな。我ながら少々大人げないというか」
 とも。僕達の式が終わってから家守さん達の式が始まるまでの短い間庄子ちゃんにぎゅう以下略されるためだけに、ということではあるので、ならばまあそういうことにもなってくるのでしょうか? 僕自身は「忙しそうですね」くらいにしか思いませんけど。
「アタシは別にちっこいほうの身体で来てくれても構わないけどねえ。何だったらその、ぎゅうぎゅうはぐはぐ? されたまんまでもいいし」
「勘弁してください」
「キシシ、ごめんごめん」
 成美さんより先に動いた大吾に対しては謝ってみせる家守さんでしたが、しかし続けて成美さんに「で、そのへんどう?」とも。いやそりゃあ、大吾云々とは別の意味で、ということではあるんでしょうけども。
「実に魅力的な提案だが、そこは体面を保たせてくれ。大事な場面で礼を欠いてしまっては、後々ずっと後悔することになるだろうからな。隣人としても友人としても、恩人としても」
「よしなっちゃん、今すぐアタシにぎゅうぎゅうはぐはぐさせなさい」
 なんでそうなりますか家守さん。いや今回もまた言い方の問題なだけであって、ここでそうなるというのが不自然ということではないんでしょうけど。
 ……とはいえ、さすがに。
「ありがとうね、なっちゃん」
 誘いに応じて近付いてきた成美さんを、腰を下ろし、目線を同じ高さにして抱き留とめた家守さんのその声は、言葉の意味に応じたものになっていたのでした。
「結婚おめでとう、家守」


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