(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第六章 月と太陽 五

2007-09-18 20:57:17 | 新転地はお化け屋敷
「じゃあな孝一。失礼します、孝治サン」
「あ、お世話になりました怒橋くん。ありがとうございました」
「行ってらっしゃーい」
 さっき自分で「殆ど同じ」と言った二人に対して別々の態度で接しながら、我等が動物係は小走りで去っていく。そう言えば年まで同じって事は……ないよね? 孝治さんは仕事もしてるし、その上結婚までしてるんだし。
「えーと……」
「んーと……」
 残った僕と孝治さんは、お互いの顔を見ながら考えた。僕は次にどうするかを。じゃあ孝治さんは? もしかしてこれすらも……
「孝治さん、お互い今何考えてるか発表してみませんか?」
「あはは、僕も気になってたところです」
 それでは、まず言い出しっぺの僕から。
「もしよければ、家に上がっていきませんか?」
 こちらの発表が済むと、孝治さんは拳を口に当ててクスリと息を漏らす。
「もし都合がよければ、お邪魔させていただいてもかまいませんか?」
 その笑い方は、僕のそれとは違ってちょっと上品さを感じさせるのでした。


「ワンワン!」
「もう、遅いですわよ大吾さん」
「わりいわりい。つい、な。ほれ入った入った」
「無理に清一郎さんのお部屋でやらなくても、楓さんのお部屋でやらせていただけばいいのではありませんか?」
「客が来てんだ。邪魔すんのもわりいだろ」
「ま、まあ……そうですわね」
「ワフッ」
「ええ、驚きましたわねえ。最初はてっきり椛さんと結婚なされたのは孝一さんなのかと思いましたわ。裏庭から中の様子を覗き見ただけなんですけどね」
「あ、オレも最初そう思った。やっぱそうなるよなあ」
「話し声が聞こえてこなかったら恐らく勘違いしたままでしたし、耳がよくて助かりましたわ」
「窓越しか……オレ等の耳じゃ厳しいだろーな。よし、んじゃあ先にマンデーからやるか」
「宜しくお願いしますわね、大吾さん」
「ワンワン!」
「お? なんだジョン、餌ならもうちょい待ってろ」
「違いますわよ。ジョンさんは『何か言いたそうな顔をしてる』と仰っていますわ」
「お、おお……まあ、ちっとな」
「ワウ?」
「では、どうぞわたくしには遠慮なさらず。通訳はバッチリですわよ」
「いや、どっちかっつーとオマエに訊きてーんだけどよ」
「あら、そうなのですか?」
「クゥ~ン」
「………ああジョンさん、そんなに落ち込まないでくださいませ。大吾さんとお話がしたいのでしたら、後で取り持ってさしあげますから……で、では大吾さん、なんなりと」
「ちょっと……なんつーか、答え辛かったらいいんだけどよ………」
「そういう話なのですか? でも、聞いてみない事にはなんとも申し上げられませんわね」
「ワフッ」
「オマエよ、ジョンの―――どういうところに惚れたんだ?」
「……あらあら、これはまた急に随分な質問ですわね」
「ワ、ワウン………」
「す、すまねえ。随分なのは分かってるし、嫌なら本当に答えなくてもいいんだ。聞き流してくれ」
「………ふふ。長くなりますわよ? 覚悟してくださいませね」
「いいのか? わりいな」
「謝るんじゃなくてお礼を言って欲しいものですわね。わたくしの思い出を湿っぽい空気の中で話すのは御免被りますわよ?」
「そう……だな。恩に着るよ」
「結構ですわ。おほん、それでは」
「ワンワン!」


「怒橋くんって、いい人ですね」
 双方の意見が合致したので、僕と孝治さんは今僕の部屋の居間でテーブルを挟んで向かい合っている。床をごろごろしていたのも、今となっては恥ずかしい思い出だ。
「え? まあ……基本的にはいいやつなんでしょうけどね」
「基本的には、ですか?」
 意外にも意外な表情の孝治さん。もしかして、大吾が基本どころか全面的にいい人だと? あー、でも分かるような気もするかな。
「孝治さんとか清さんとか、目上の人にだとその『基本』の部分が出るんでしょうね。どういう訳か家守さんは目上の人にあたらないみたいですけど」
 仲間というか友達と言うか。そういう感じのいい意味での悪ふざけが混じらなければ、大吾は結構まともな人間なんだろうな。混じったらそれこそ殴ってきたりとか――ま、それもこっちの悪ふざけがあるからなんだろうけど。おあいこかな。
「僕が目上の人、かぁ。なんでそう思ったんだろうね? 見た目はそれこそ日向くんと同じ筈なのに。……あ、呼び方が悪かったのかな。『くん』じゃなくて『さん』のほうが……」
 腕を組む孝治さん。でも、分かりませんかね? 結婚とか仕事とかって単語はいかにも社会人を連想させると言いますか、要するに見た目はあまり関係してないんですよ。
 ……とでも思わないと、この目上の人と同じ容姿を持ちながら同じ目線に位置づいている自分がちょっと悲しかった。と言って別に、目上に見て欲しいわけでもないですがね。
 じゃあどうしろと? と問われれば、こう答えましょう。「今のままでいいよ」と。
「『目上の人』で思ったんですけど、そう言えば孝治さんってお幾つなんですか?」
「二十三です。日向くんは?」
「十八です。すぐそこの大学に今年入学したばっかりなんですよ」
「そうなんですか!? へぇ~……」
 年上だろうとは思ってたけど、全く同じ容姿で五歳差かぁ。僕、あと五年も老けないでいられるんだろうか?
 と、密かにちょっとだけ対抗心を燃やしてみる。


「逆にさ、孝治さんが猫被ってた事とかってないの?」
「これがまた全くないもんだから余計に自分が恥ずかしかったんだよね~。一緒に暮らし始めてもさ、いいとこも悪いとこもぜーんぶそのまんまなんだよ?」
「それはつまりさ、椛の前なら自然体でいられるって事なんじゃないの? 何も隠さないから全部見てくれー! みたいな」
「そうだと思うと嬉しいんだけどさ、姉貴が言うと変質者みたいに聞こえるから不思議だよね~。むしろ隠して隠して! みたいな」
「あぁ、ひっどぉ。……でさでさ、孝治さんのいいとこ悪いとこってどんなの?」
「言う訳ないよじゃんも~。姉貴はえっちぃな~」
「え? いいとこ悪いとこって、そういう話?」
「違うってのぉ! そういう事聞きたがる時点でやらしいんだよ姉貴はぁ。今の展開のさせ方もモロだしさ~」
「ごめんごめん、怒んないでよぉ」
「はぁ。そんな姉貴が遠恋となると、やっぱあれだね」
「遠恋って、なんか違う気もするけど………なにさ?」
「遠くにいる貴方の事を想う度、体が疼いて火照っちゃうのぉ~」
「…………」
「…………」
「人の事言えないよ、椛」
「あ、姉貴に合わせただけだってば。今自分でも滅茶苦茶引いてるんだからさぁ」
「…………」
「…………」
「やんなきゃいいじゃん……」
「そだね……」


「大吾さん、憶えていらっしゃいますか? ここに住む事になった直後のわたくし達―――いえ、わたくしの事」
「ん。ああ、まあな」
「ワンッ!」
「……御心配には及びませんわ、ジョンさん。ありがとうございます。―――そうです。ここに来た頃のわたくしは、それはもう酷い性格でしたわ。お爺様お婆様が亡くなったショックで、と言えばまだ聞こえはいいのかもしれませんわね。でも、結局は………前の立派なお屋敷とここを比べて、このあまくに荘とここに住むみなさんを纏めて見下していたのですわ。もちろん、ジョンさんも含めて」
「ワウ」
「ブラシかけようとしたらいきなり噛まれた事もあったっけな、そう言えば」
「そうでしたわね。その事で他のみんな………特にチューズデーから随分怒られましたわ。姿は違えど同じ猫である成美さんと仲が良かった大吾さんを、一等気に入っていましたから」
「アイツがか? へえ、全然気付かなかったな。仕事の量、アイツが一番少ねーのに」
「ふふ、猫はひねくれ者が多いのかもしれませんわね。今もわたくしの中でチューズデーが機嫌を悪くしてしまいましたわ」
「ワウ?」
「『昔の話を今更持ち出すのは少々酷くないかね?』ですって。今でも気持ちは変わってないでしょうに」
「うーん、じゃあたまには一緒に散歩でもしてやるかな」
「そうしてあげてくださいませ。きっと喜びますわ。ですよね? チューズデー。………黙り込んでしまいましたわ。うふふ」
「ワンワン!」
「こりゃ明日は頑張らねーとな」


「わ、これ美味しいですね」
「ありがとうございます。ちょっと潰れちゃってたのは残念ですけど」
 リュックの奥から引っ張り出されたクリームパンを一口頬張ると、とろとろとしたクリームの味が口いっぱいに広がった。意識して深く咥え込んだわけでもないのに一口目であっさりクリームに辿り着くのも、流れてパンからこぼれてしまいそうなくらいクリームが滑らかなのも、コンビニやそこらで売ってるようなパンじゃああまりないだろう。もうそれだけでも感心してしまいそうだが、そこはやはり食べ物。一番の感心事がその味なのである事は言うまでもない。ので、私見ながら語らせていただく。甘過ぎず、そしてしつこ過ぎずなそのクリームは、どちらかと言えばあっさり系。もちろんそこに個人の味の好みは関わってくるのだろうが、それだけでも充分に美味しいこのパンと組み合わせるのなら濃い味のクリームでパンを消してしまうのは勿体無い。そう、これは「クリームパン」なのであり「クリーム」ではないのだから、パンとクリームの味がいがみ合ってはいけない筈なのだ。とするならば、甘さ控えめでパンの風味を阻害しないこのあっさりクリームこそがクリームパンのクリームとしては正解なのでないだろうかと僕は思うのであり、
「あ、日向くん。クリーム垂れちゃってますよ」
「え? あ! もも、もったいない!」
 恐るべき滑らかさ。
「何か考え事ですか? 暫らくぼーっとしてましたけど」
「いえいえ、なんでもないですよ」
 クリームパンの事を考えててクリームをこぼしてしまうとは、なんたる不覚!
 せっかく頂いたのにもったいない事して申し訳ないやら恥ずかしいやら思いながらも、テーブルにできた薄黄色い丸を見下ろすと「一人だったら指ですくって舐めてただろうなー」とか考えちゃって余計に恥ずかしいですね。自分のことながら意地汚いと言いますか。


「……おや、喜坂」
「あ、成美ちゃん」
「どうした? そっちも出かけるところか?」
「あ、うん。椛さんが来てるからちゃんと挨拶しておこうと思って。一回外で会ったんだけど、その………いろいろあって、ちゃんと話とかできなかったんだよ」
「そうか。わたしも同じく椛に会いに行くところだ。日向そっくりの旦那さんが挨拶に来てな。あれは驚いたよ」
「あ、栞のところにも来たよ。そっくりだよね、孝一くんと孝治さん」
「本当に珍しい事もあるものだな。外見だけじゃなく雰囲気まで似ていたし」
「…………」
「ん? どうした?」
「椛さん、孝治さんのどういうところが好きになったのかなあ」
「それは行ってから本人に聞いたらいいだろう。答えようにも、わたしはまだ月見の事を何も知らん。実家がパン屋という事ぐらいしかな」
「でも、孝一くんと似てるんでしょ?」
「そういう事じゃないだろう。でなければ椛は孝一にも惚れる事になるぞ?」
「う~ん、それはそうだけど………」
「それにもしそうなのならば、逆の組み合わせもまた然りという事になるしな」
「逆の? ってどういう事?」
「自覚がないなら大丈夫だな。お前の説は外れだよ」
「むむ?」


「少しお話が逸れましたわね。では、この辺りでわたくしの話に戻させてもらいますわ」
「おう」
「ワンッ!」
「さっき申しました通り、その当時のわたくしはここでの生活を拒んでいましたわ。ここのみなさんにも辛く当たり、その事を嗜められては中のみんなにも辛く当たり……でもジョンさんは、そんなわたくしを責めようとはしませんでした。毎週毎週、機会があれば気さくに話し掛けてくださったんです。そんなジョンさんにさえ、わたくしは汚い言葉を返してしまっていたといいますのに……」
「へー。あれって喧嘩じゃなかったのか」
「そうですわ。わたくしからの一方的な………でも話し掛けられるうち、少しずつではありますけどだんだんまともなお返事ができるようになっていったんです。それで……」
「それであれか、清サンの部屋に全員集めて謝ってきたやつ」
「はい。それまでの自分がどれだけ醜かったか、自分のこの体でジョンさんに会えるのを楽しみにしている事に気付くと同時に思い知らされたのですわ。『ジョンさんに会いたいと思っているのなら、今ここのみなさんを軽蔑しているわたくしは一体なんなのでしょう? わたくしは、一体何を根拠にして自分が上だと思っていたのでしょう?』と。それに気付いたのが火曜日でしたわ。チューズデーに彼女自身の口で『それ見た事か』と言われたのを、はっきりと憶えていますわ。それから自分の口で謝る事ができる月曜日までの一週間はもう、それまでの自分の振舞いを後悔するだけの日々でしたわね。まさか他の方に代わりに言ってもらうわけにも参りませんでしたから」
「ワウ……」
「そうだったのか。いや、オレにはお前とジョンのあれが喧嘩にしか見えてなかったから、随分急な心変わりだなーと思ってたんだよ」
「急に変われるほどわたくしは強くはありませんでしたから………みなさんに謝るのだって、なかなか言い出せないのを隣でジョンさんに励ましてもらった程ですし」
「大活躍だなおい、ジョンよ」
「ワフッ」
「そんな、謙遜なさらないでくださいジョンさん。させてしまったわたくしが言うのも失礼な話ですが、ジョンさんがしてくださった事はとても大きな事なんですから。『大した事ない』と言われると、してもらった側としては少し寂しいですわ」
「そうそう。褒められてる時は素直に褒めてもらえって」
「クゥ~ン」
「うふふ。……それで、ですね。こういう事があったものですから、ジョンさんに憧れの気持ちを抱くようになったのも必然と言いましょうか。今でもたまに自分の至らなさに気付かせられる事があるくらいなのですから」
「図体だけじゃなくて中身もちゃんと大人なんだよな。もう何度も聞かされたぜ」
「ワフッ」


「ここまでみなさんに配って回ってたんですけど、まだ結構余っちゃってますね。パン」
 リュックの口を覗き込んでパンの残量を確認すると、孝治さんがほんのちょっとの「苦」を含んだ笑みをこちらに向けた。どうやら全部配ってしまいたかったようで。
「こんなに美味しいのに余るなんて、みんな遠慮しちゃったんでしょうね」
 味の事を考えたらそれこそたくさん貰いたいところだけど、余ってるって事はやっぱりそういう事なんだろうなあ。
 しかし孝治さんはパタパタと左右に手を振ると、
「いえいえ、哀沢さんと喜坂さんとはパンを渡してそのまま玄関先で別れましたから。少なくとも味の方は判断基準に含まれてないと思いますよ?」
 そんな遠回しに御謙遜を。
「あ、そうなんですか。あはは」
 もし貰ってから食べるまでに別れちゃって味が分からないままだったとしても、見た目からして美味しそうなのは玄関口での僕の様子が証明しちゃってるんですけどね。まあ、本当にパン見ただけで硬直しちゃうような変態は僕だけだと思いますけど。
 ああ、余ってるなら欲しいところだけどあんまりがっつくのもやっぱりなあ………とか言ってもう三つ貰っちゃってるんですけどもね。最初に食べたクリームパンと、最初にリュックを覗いた時に見かけたクロワッサンと、同じく最初にリュックを覗いた時、他と生地からして違ったので印象に残っていた蒸しパンを。まあ、あとの二つはまだ食べてませんけど。
 で、蒸しパンを注文した際の孝治さんによると、なんとこの蒸しパン、椛さんが家守さんを驚かせるために自分一人で作り上げた物だそうで。それでも他と同じようにきちんと包装されているので、孝治さんの家のパン作り法に則った正規の品って事なんだろう。という事はつまり、椛さんは頑張ったって事なんだろうなあ。旦那さんのために料理を始めた家守さんと同じで。
「ところで日向くん、少し提案があるのですが」
「なんですか?」


「おお! なっちゃんしぃちゃん! 来てくれるとは嬉しいねえ!」
「なんだなんだ? 大袈裟だな。椛が来ているのなら顔くらい出すさ」
「栞もさっき会ったんですけど、ちゃんとした挨拶できなかったんですよね」
「そっかそっかうんうん。上がって上がって。椛が奥でお待ちか」
「なるみーん!」
「ぐおっ! は、離せ暑苦しい! 押し付けるな!」
「あれ、奥で待ってなかったね。失敗失敗」
「しおりんも! 会いたかったよ~さっき会ったけど!」
「さ、さっきはすいませんでした。失礼でしたよね」
「気にしない気にしない。さぁさぁ遠慮なく上がっちゃって女の子同士腹割って話し合うとしますか!」
「分かったから離せと……ん? も、椛、気のせいかとは思うがまた大きくなってないか?」
「あ、分かっちゃう? 多分旦那さん効果だよ~。もう姉貴より大きかったりしてね~」
「旦那さん効果? って、なんですか椛さん?」
「椛……やっぱりあんたはアタシの妹だよ………」
「あ、それは嫌だなぁ。って事でしおりん、ごめんだけど聞かなかったことにしといてよ」
「えぇ~? でも気になりますし……孝治さんが戻ってきたら訊いてみていいですか?」
「しおりんがもし孝治にえっちぃ子だと思われてもいいなら、訊いてもいいよ~」
「え? え、そういう感じの話なんですか?」
「感じって言うか『それ』そのものだよしぃちゃん。だから今回は諦めよう。うん。………でさ、やっぱしぃちゃんも大きさとか興味あるって事かなぁ?」
「う……そ、それはやっぱり、ちょっとはありますよ? 楓さんも椛さんもスタイルいいですし、羨ましいなって思う事も時々……」
「スタイルって言うならしおりんだって悪くないじゃん。大きさだって大き過ぎず小さ過ぎずで丁度いいくらいだし、それに顔可愛いしさ~」
「ひぇっ!? い、いえそんな………」
「いや実際さ、こんなのでかけりゃいいってもんでもないよ~? 走ったら大袈裟に揺れちゃってみっともないしさ~。まあ普段走る事なんかないから別にいいっちゃいいんだけど」
「………いいからお前達、早く中に入れ。そして椛、早く離してくれ」


「さて、わたくしの話はこれで終わりですわ。どうですか大吾さん? 参考にはなりましたか?」
「………参考? 何言ってんだオマエ」
「ワウ?」
「うふふ。動物的カンと女のカンの合わせ技ですわよ。ジョンさんが気付いておられないところを見ると、『大吾さんは何か訊きたい事がある』と気付いたのが動物的カンのほうで『その理由』に気付いたのが女のカン、というところでしょうか?」
「ぬぅ……」
「……ワウ?」
「大吾さんもようやく本気になってきたという事ですわね。でも、こういう事で他者の経験というのはあまり当てにならないのではないでしょうか? ジョンさんと大吾さんは違うのですし」
「そういうもんか? いや、オレこういう話って正直苦手でよ……」
「それでもその気になったのならきっとなんとかなりますわ。それとも、既に何かしらの進展がおありで?」
「進展っつーか………今日久々に成美のアレがあってよ。オレのせいで。しかも場所は孝一の行ってる大学で」
「ワッ!?」
「ほ、本当ですの? それでは、他の関係のない方にまで被害があったのでは………」
「いや、ギリギリでトイレに駆け込んでそれはなんとか。オレもたまたま通りかかった孝一に止められて大した事なかったし。デコが軽く切れちまった程度だな」
「ワフゥ………」
「それは良かったですわ。生きてる方が巻き込まれでもしたら、取り返しがつかない事にもなりかねませんのでしたし」
「ワンワン!」
「あ、そうでしたわね。すると大吾さん、今成美さんは落ち込みモードに入っているのではないですか?」
「んん……もう結構時間も経ってるし、大丈夫だとは思うんだが……」
「だが?」
「ワウ?」
「言い合いなんてしょっちゅうやってるってのに、アレの影響でそうなった時だけ気にかけるってのもなんか変だと思ったんだよ。落ち込む度合いはそりゃ酷くなるけどよ、結局オレが落ち込ませたって事は変わらねえんだし……」
「大吾さん……」
「ワウ……」


「そ、それ本気ですか?」
 孝治さんとテーブルで向かい合っていた僕は、衝撃のあまりにやや前傾姿勢になりながらも聞き返した。しかし、対する孝治さんはにこにこと微笑んだまま頭を縦に振る。
「ええ。だって面白そうじゃありませんか」
 ちなみに何の話をしているのかと言うと、なんと孝治さん、ここで入れ替わろうと仰るのです。つまり僕が孝治さんになって家守さんの部屋に戻り、孝治さんが僕になってこの部屋に残る、と。
「でもそんな、ばれたりしたらどんな目に合うか」
 初めて孝治さんと意見が対立。と言ってもまあ長い付き合いとかじゃなくて今日初めて会ったんだから、それほど大袈裟な事でもないけど。
「大丈夫ですよ。遊びだったんですって言えばむしろ喜んでもらえるんじゃないですか? 椛さんとお義姉さんなら」
 喜ばれた後に、その喜んだノリのままで虐められそうなんですけど……椛さんはともかく、乗り込む先があの家守さんの部屋なんですから。
 そんな感じでどちらかと言うと乗り気ではなかったのだが、目の前で腕を組んで唸っている僕を見て、孝治さんが情報を追加してきた。
「あ、もちろん無理にとは言いませんよ? 僕の勝手な思い付きですから」
 でもそう言われると逆に断り辛いような。ただ相手に遠慮して断れないって事だけじゃなくて、断るように勧められるとやってみたくなってしまうような。「見ないほうがいいよ」と張り紙のされた覗き穴とか、「聞かないほうがいいよ」と注意書きのある壁からぶら下がったヘッドホンとか、そういうのと一緒で。まあ実際にそんなものはありはしないだろうけど。
 さて孝治さんがやめてもいいよと言ってくれたおかげで余計に悩む事になった僕ですが、どうしましょうか?
 腕を組んだまま、更に顔を沈み込ませて考える事十数秒。
「……………分かりました。やりましょう」
「本当ですか? これは楽しみだなあ」
 ま、いくらなんでもすぐにばれるでしょうけどね。孝治さんの言う通り遊び遊び。


「ねえしおりんなるみん。うちの旦那はもうお邪魔させてもらったかな? 挨拶と一緒にパン配りに行ったんだけどさ、まだ戻ってこないんだよねぇ~」
「ああ、来たぞ。しかしこの間ここに越してきたやつとそっくりだったので驚いたよ」
「こーいっちゃんでしょ? 会った会った。あたしもびっくりしたよぉ~」
「栞の所にももう来てくれましたから、もしかしたら孝一くんの部屋にいるんじゃないですか?」
「あ、そーかもねー。こーちゃんと孝治さんって似てるから気が合いそうだし、部屋の中で話し込んでるのかも」
「戻ってくる頃には二人が入れ替わってたりしてな」
「あはは、そうなったらあたし大変だぁ。新婚ホヤホヤなのに愛する旦那を見間違えでもしたら、それってかなりのショックだよ?」
「栞は見分けられるかなぁ。――――あ、べ、別に深い意味はないんですよ? 孝一くんとはよく会ってるし話もしてるから、何か目印になるようなくせとかあるのかなーって」
「しぃちゃん、そんなに慌てなくても誰も何も言ってないよ?」
「……あっ! やっ、だ、だからそうじゃなくて」


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