(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第四十章 息抜き 十一

2011-04-19 20:31:58 | 新転地はお化け屋敷
 それは言い換えれば「自分だけが嫌味を言われている」ということにもなるのですが、しかし家守さんはそれを笑って受け止めます。
 しょっちゅう意地悪なことを言ってくるのに不思議とそれが嫌ではない、というのはこの人のこういうところが理由なのでしょう。その意地悪で自分がどう思われるか分かったうえで言っているというか――いや、家守さんの場合、逆にそう思われるために言っているような節さえありそうなものですしね。
 では一方の高次さんですが。ならば家守さんがこんなだから相対的に良く見えているだけなのかと言われたならば、もちろんそんなことはありません。家守さん抜きで考えても絶対的に良い人であるというのは、今更語るまでもないことなのでしょう。
 そんな良い人であるがゆえにこの状況に対して苦笑いな高次さんへ、栞さんが離し掛けました。
「楓さんが押し入っちゃいましたか? それとも、成美ちゃん達のほうから誘われて?」
「ああ、呼ばれたって方かな。楓は大人しかったよ、案外ね」
「もう、高次さんまで案外とか言っちゃう」
 不服を申し立てる家守さんを、いつものようにはっはと笑う高次さん。一番肝心な相手である家守さんにだけ意地悪を言ったりするというのは、むしろ相手が家守さんだから、ということなのでしょう。
 ちなみにここで栞さんの話ですが、大吾が部屋まで呼びに来た際、「楓さん達、むしろ連れ込まれちゃったみたいだね」なんて言っていました。つまり今ここで尋ねる前から事情の見当は付いていたわけで、だというのに今のような質問の仕方をしたというのは、これもまた意地悪だということになるのでしょう。
「まあ、押し入られるにせよ自分で誘うにせよ、家守と高次が来てくれたから『どうせなら皆を呼ぼう』ということになったんだ。前者だったとしても歓迎していたぞ、わたし達としては」
 今ここにいる中で、唯一意地悪でない成美さん。発言の内容はもちろん、そのせいもあってか、小さいほうの身体ながら随分と立派に見えてしまうのでした。
 唯一意地悪でない成美さん。……気が付いてみれば、言われるばかりで自分では意地悪なことを言ってないのに、家守さんを意地悪扱いしていました。が、特に問題はないでしょう。大前提ですから、それについては。

 優しい言葉を掛けられて感激したのか家守さんが成美さんに抱き付いたり、なんてことも起こりつつ。少し待ったところで、大吾が清さん達を連れて戻ってきました。
「なんでそんなことになってんだ?」
「ううむ、わたしにもよく分からんのだが」
 大吾がちょくちょくそうしているように、家守さんの膝の上に座っている成美さん。その様子に首を傾げる大吾でしたが、しかしひとまずは気にしないでおくことにしたようです。
「んじゃあ小皿と箸……あと、茶も持ってきますね」
「ああ、ありがとうございます。んっふっふっふ」
 というわけで戻ってきたばかりの大吾は再度台所の方へ引っ込み、清さんがご来場です。そして清さんがやってきたとなれば、
「今晩は、皆さん」
「ぷくぷくー」
「ワフッ」
 というわけで、それまでですら高かった賑やかさが更に一段と上昇するのでした。
 待っていた側もそれぞれの言い方で「今晩は」を返し、そしてその後。
「でもなっちゃん、あれだねえ」
「あれ? あれって何だ?」
「前まではアタシに抱っこされるの嫌がってたのに。すんなり抱かせてもらえて嬉しいよ、アタシゃあ」
「むむ……」
 口にした通りに嬉しそうにする家守さんですが、一方の成美さんは表情を強張らせます。
 するとそこへ、「そうでしたっけ?」と声が。見てみれば、お盆に人数分の小皿と箸とお茶、あと醤油一瓶を乗せた大吾が、台所から戻ってきたところでした。一度に運べるならそりゃそうしたほうが効率はいいのですが、人数分が人数分なので、お盆はそこそこに重そうなのでした。
 しかしそれはともかく、大吾がそのお盆をがちゃんとテーブルに置いたところで、話の続きです。
「楓サン、前から時々そんなふうにしてましたけど。嫌がってましたっけ、成美」
「んー、まあ、ねえ? なっちゃん?」
「ふん、胸の話だろう胸の」
 曖昧な笑みを浮かべた家守さんから回答権を譲渡され、やや不機嫌そうに鼻を鳴らした成美さんは、頭を軽く前後させてぽよんぽよんと弾ませるのでした。何をとは言いませんが。というか今、成美さんが言いましたが。
 地雷を踏んでしまった形になった大吾ですが、しかし意外にも平然とした様子で「ああ」と軽い相槌を。
「もう今は気にしてねえだろ、んなこと」
 対する成美さんはもう一度、しかし意味合いは異なるでしょう、ふふんと鼻を鳴らしつつ、「もちろんだとも」と胸を張って答えるのでした。
「そういうわけだから、家守も気にしてくれなくていいぞ。こういうことをしたい時は気兼ねなくしてくれればいい」
「あはは、そりゃ失礼しました」
 一件落着といったところでしょうか。初めから問題ですらなかった、というような幹事でもありますが。
 ……しかしそれはそれとして成美さん、話に出すだけならまだしも、物理的に揺らしてしまうというのはちょっとその。
 まあともかく、成美さんの返事を確認した大吾は再度台所へ。小皿と醤油と箸を持ってきたわけですから、ならば今度はメインである魚を取りに行ったのでしょう。
 その大吾が成美さんを呼びはしなかった辺り、切り分けは既に済ませてあるようです。そうでなければ手伝ったんだけどな、と少々残念にも思いましたが、思っても仕方のないことではありました。
「哀沢さん、訊いてもいいですか?」
 尋ねたのは清さん。どことなく遠慮がちな尋ね方だったのですが、恐らくは今していた話があってのことなのでしょう。そりゃあ清さんだって男性です。
「なんだ?」
「その首に掛かっているものは」
 なんですか、と尋ね切る前に、「よくぞ訊いてくれた」と割り込む成美さん。
「ふふん、これこそが今、皆に集まってもらっている理由だ。――まあ、喜坂達と家守達はもう知っているのだがな」
 反らせた胸をへにゃりと前傾させ、苦笑い。一緒に買い物に言った僕達が知っているのはともかく、家守さんと高次さんが知っていることについては、一言申しておかなければならないでしょう。
「すいません、勝手に喋っちゃいまして」
「いやいや、それが無ければ家守達はここに来なかっただろうし、そうなるとこの集まりも無かったわけだからな。むしろ礼を言うぞ、日向」
 感謝されてしまいました。むう。……いや、まあそこまで卑屈になるような話でもなし、ここは素直に感謝されておきましょう。そのほうが気分も都合もいいわけですし。
「婚約指輪――指輪ではないが、その代わりということでだな――今日、大吾が買ってくれたのだ。だからその報告というか、身も蓋もない言い方をすれば自慢というか、まあそんな感じだ」
 そこまで正直になる必要はないような気がしますが、けれどもそういう気持ちが根っこにあるというのは、この状況であれば誰だって察することでしょう。というわけで、突っ込みは無しでした。
「ええと、婚約指輪っていうのは……?」
「ぷく?」
 突っ込みはありませんでしたが、疑問の声は上がりました。ナタリーさんとサーズデイさんです。
 その疑問に対する答えということでしょう、清さんが口を開きかけましたが、しかし成美さんのほうが先に話し始めます。
「男が女に『結婚してくれ』と頼む際に贈るものなんだそうだ。わたし達はもう結婚していたわけだが、そういうことを済ませていなかったからな」
「求婚のための贈り物ですね! ああ、素敵ですねえそういうの」
「にこー」
 指輪ではないにしても、蛇にもそういう習慣があったりするんでしょうか? という疑問が浮かんでしまうくらいナタリーさんは興奮し、かつ陶酔したご様子。そしてサーズデイさんは、言葉通りににこにこしていました。
 となるとここは残るジョンの反応も気になるところですが、
「あれ、ジョンは?」
 さっきまで清さんの傍にいた筈なのに、いつの間にか見当たらなくなっているのでした。
「おや?」
 清さんも気付かなかったようで、周囲をきょろきょろと。
「それが分かってからだと、きらきらしてるのがもっと綺麗に見えますねえ。怒橋さんの気持ちが表れてるみたいで」
 ナタリーさんは余りのうっとりっぷりにそれどころではないようでしたが、他のみんなは揃ってきょろきょろと。するとそんな時、
「おい押すなって。皿落としたらどうすんだよ」
 台所のほうからそんな声が聞こえてきたかと思うと、大皿を持った大吾がジョンに押し出されるようにして入室してくるのでした。
 そこで沈黙。皆が皆、ここが笑うべき場面なのかどうか考えてたんだと思います。
 その沈黙に最も早く音を上げたのは、それを引き起こした大吾本人なのでした。
「――いや、入り辛えだろやっぱ。自分がいねえとこでそんな話されて、しかもそれが聞こえてたら。特にナタリーとか」
「え、私ですか?」
 誰が一番だったかは判然としませんが、その誰だか分からない一番さんに続く形で、ナタリーさん以外のみんなが笑い始めてしまいました。
 もちろんそこには僕も含まれているのですが、すると僕だけ、大吾から軽く拳骨を食らわされてしまいました。
 手近な位置にいたのは違いないけど、だからってそりゃ酷くないかい大吾くん。両手で皿を持ってたところ、無理に片手を使ってまでさあ。
「入るの躊躇ってたなんて、言わなきゃ分からなかったのに」
「うっせえ」
 これまた理不尽な。とはいえ流れが流れだったし、気持ちは分かるんだけどね。
「お待たせしました」
 ぶすっとした声でそう言い、大吾は大皿をテーブルに置いて、空いている所に座りこみました。するとその大皿の上にはもちろん、大量の魚の刺身が――って、
「いくらなんでもこれ、二人で食べる量じゃないですよ成美さん」
「うむ、張り切り過ぎた」
 元々は大吾と二人で味わう予定だった筈のこの刺身、ちょっと多かった、なんてレベルでなく、この場の全員で分けてもそれなりに腹の足しになりそうなほどなのでした。なんで自慢げにしてるんですか成美さん。
「万が一買う段階で気付かなくても、さすがに捌く時に気付きそうなもんですけど」
「ああ、全部捌いたのは皆を呼ぼうと決めた後だぞ? 食べる分を捌いている途中だったから、どうせならついでに全部捌いておこうと思ってな。だから本当なら皆を呼ぶのは明日にでもするつもりだったんだが、そうしたら家守と高次がここに来たのだ」
 本当に捌いてる途中に気付いたんですか、とまでは言わないでおくことにしましょう。
「大変だったでしょう、これ全部一人で捌いたって」
「はは、嬉し過ぎてそこには気が回らなかった」
「ですか」
「うむ」
 可愛いなあ、もう。
 などという感想は放っておきまして、大吾が顔を俯かせてしまいました。そういう反応をするから周りに弄られるのに、なんて思った途端、それまで家守さんの膝の上だった成美さんが大吾の膝へ移動。
「いきなりそこかよオマエ」
「家守の膝の上がよくてお前の膝の上が駄目な理由なんぞ、ありはしないだろう? むしろ皆に集まってもらった理由からすれば、こっちのほうが自然だろう」
 自信満々にそんな理屈を展開する成美さんですが、しかし大吾はどうやら言い返せないらしく、黙り込んでしまいます。けれどもそれで開き直りもしたようで、俯かせた顔が不自然なまでに前へ向けられたりもするのでした。
 下から見上げてそれを確認した成美さんは、くすりとだけ微笑んでから、同じく前を向きます。
「さあ、あとは細かい話は抜きだ! 魚だけで済まんが、好きなだけ食べてくれ!」
『いただきまーす!』

「うむ、やはり人数が多いとそれだけで美味く感じられるものだな」
「お、いいこと言いますね成美さん」
「まあオレと成美は、そうじゃなかったらちょっと辛いんだけどな。刺身、ちょっと前にも結構食ってるし」
「ああ、二人だけでも食べてたんだ? 成美ちゃんと大吾くん」
「皆を呼ぶのは魚を切り分けてる最中に思い付いたわけだからな。美味そうな刺身を前にして、その時までおあずけというのも辛い話だし」
「その時はどうだった? 今感じてる美味しさと比べて」
「ははは、あまり聞いてくれるな喜坂ぁ。詳しく話すとなったら、わたしだって照れるんだぞぉ?」
「ふふ、ごめんごめん」
「……ジョンとナタリー、刺身食うか?」
「あ、いただきます」
「ワフッ」
「照れる成美さんの一方、その後ろで話題を逸らす大吾なのでありました」
「んだよその説明口調。もっぺん殴んぞオマエ」
「また僕だけそんな」
「んっふっふ。男の子同士、仲良しですねえ」
「ほんとですねえせーさん。だいちゃんがアタシにもキツく当たってた頃が、今となっては懐かしい」
「殴られるほどじゃなかっただろ? まあ俺、その頃ってのはよく知ってるってほどでもないけど」
「いや高次サン、いくらなんでもそりゃ無理ですってやっぱり」
「はっは、だよねえやっぱり。おばちゃんとはいえ女性だし」
「おやあ高次さん、なんでここでアタシがぐっさりやられなきゃならんのかな? 下手したらそれ、殴られるより痛いよ?」
「またまたあ、自分でもちょくちょく年のことネタにしてるくせに」
「まあねー」
「切り替え早いですね、楓サン」
「いやいや大吾くん、切り替えてるんじゃなくて、初めから全部冗談だと思うよ。楓さんだし」
「……まあ、そうか。楓サンだしな」
「んっふっふっふ」
「ぷっくっくっく」
「おおう、せーさんとサーズデイにまで笑われちゃったよ。……もう、みんな、今日の主役はなっちゃんとだいちゃんなんだから、笑うにせよ何によアタシをあげつらうのは止めてちょうだいよ。おばちゃん凹んじゃうよ?」
「そういう物言いが駄目なんだってばさ、楓」
「ありゃあ。よし、暫く黙ってよう。黙って刺身食べてよう。ああでもそれって、先生の教えには反しちゃうかなあ――」
「許可します」
「しちゃうんですか先生」

 食べ終わりが各人ばらばらだったので、恒例だったりする「ごちそうさまでした」は割愛ということになりました。
 しかし考えてみれば、それが恒例になっているというのは結構珍しいことなんじゃないでしょうか? 食べ終わった人から席を立つってほうが、言ってみれば普通なんでしょうし。そうなる理由を挙げるとするなら、その後にそのまま雑談に入るから他の人が食べ終わるまで待てる、ということなのかもしれません。
 まあ、今更な話なんですけどね。
「はー、息苦しかった」
 刺身の最後の一切れが大吾の口に入ったところで、大きく息を吐きながらそう言ったのは家守さん。タイミング的に考えれば、それが「ごちそうさまでした」の代わりということになるのかもしれません。
 まあそれはともかく、最後の一切れをもぐもぐしながら大吾が呆れたような口調で言いました。
「黙ってるってだけでそこまでですか、楓サン」
 僕が許可を出してからこれまで、家守さんは本当に一言も喋らなかったのでした。それはそれで珍しくて面白かった、なんて言ったら怒られるかもしれませんが。
「先生の教えがあるからねえ、食事は賑やかにするもんだっていう。許可が下りはしたけど、それに反してたのは間違いないし」
「……え、僕のせいになるんですか?」
「あれ、違った?」
「どっちかっていうと楓自身がお喋りだからだよなあ? 日向くん。俺もそう思うし」
 ですよねえ高次さん。
「うーん、もしかしてまだ黙ってた方がいいのかね、アタシ」
「んっふっふ、他人事とは思えない話ですねえ」
 家守さんが笑顔を保ったままにいじけた台詞を吐いたところ、清さんがそんなことを仰いました。最近はすっかりご無沙汰ですが、言われてみればこの中で最もお喋りなのは、清さんなのです。家守さんのそれとはまた方向性が別なお喋りだったりもしますけど。
「私なんてもう、話し始めたら誰かに止めに入られてしまいますしねえ」
「お、お話の内容は面白いんですけどね……」
 恐縮しがちにそう溢したのはナタリーさん。察するに、102号室では清さんを止める役になってしまっているんでしょう。ナタリーさんもお喋り自体は好きそうですしね、普段からいろいろな疑問を誰かしらに投げ掛けている辺り。
「こくこく」
 サーズデイさんも、ナタリーさんに同意しているようでした。でも多分、サーズデイさんだけでなく、サンデーからサタデーまでの全員が同意しているのかもしれません。……とまで言ってしまうと、さすがに清さんに悪いような気もしますが。
「すみませんね、いつもご迷惑をお掛けしまして」
「いえそんな、迷惑だなんて」
 実際にそうなったら止めに入っているとはいえ、謝られてしまうとこんな感じ。ナタリーさんでなくてもそうなるのでしょうが、しかしそれは清さんに気を遣った言い回しというわけではなく、本心からそうなんだろうと思います。家守さんの意地悪を迷惑とまでは思っていない、というのと同じ話になるでしょうか。
「ふふ、楽もなかなか卑怯だな。そう返されるのは分かっていただろうに」
 僕と同じであろう意見を随分と違った言い回しで清さんに伝える成美さん。すると清さん、「おや、ばれちゃいましたか?」とあっさり認めてしまうのでした。そしてその後にはいつもの笑い声が続きます。
「あれ、私、引っ掛けられちゃいました?」
「ナタリーは純粋だねえ」
 周囲をきょろきょろ、目をぱちくりさせるナタリーさんに、栞さんが手を差し出しました。となればナタリーさん、それに応じてするすると栞さんの腕を這い上り、そのまま首の周りをくるりと一周したあと、肩の上にその細長い身体を落ち着かせます。
「お恥ずかしい限りです……」
 栞さんの肩の上、というか顔のすぐ横で項垂れるナタリーさん。そこで本当に筈かしがれるというのもまた純粋である証拠ということになるのかもしれませんが、もちろんそれが悪いという話ではありません。というわけで、
「あはは、そんなことはないけどさ」
 栞さんは、ナタリーさんの小さな頭を指の腹で撫でるのでした。
 それを見ていて、そういえば、と思いだすことがありました。いや、忘れていたわけではないのですが、意識に上ったというか。
 今日という日について僕と栞さんは、気楽に過ごそう、という目標を立てていました。とはいえ当初は具体的に何をどうしようといった計画を立てていたわけではなく、なので今日、大吾と成美さんも含めた四人で買い物に行ったりこうしてみんなで集まったりというのは、想定外の出来事だったのです。大袈裟な言い方ではあるんでしょうけど。
 そして無論ながら、その想定外の出来事は良い方向に働いているようだなと。ナタリーさんといちゃついている栞さんを眺めながら、僕はそう思いました。
「日向さん、どうかしましたか? なんだが嬉しそうですけど」
「え?」
 その瞬間、不覚という言葉が頭をよぎりましたが、どうしてそんなふうに思ったのかは自分でもよく分かりません。
 ならばそんなよく分からないことはともかくとして、ナタリーさんに感情を見透かされてしまいました。見透かすまでもなく顔に出てたってことではあるんでしょうけどね。
「ナタリーが可愛いからだよ」
「えっ、あっいやあの、そういう感じじゃなかったような」
 可愛いのは否定しませんが、それをそのまま伝えるのはどうなんですか栞さん。まだいちゃ付き足りない、もとい虐め足りないんですか? そのうち家守さんのこと言えなくなっちゃいますよ?
「って言ってるけど、自分としてはどう? 孝一くん」
 僕まで虐めるおつもりですか? ということなのか、それとも単純な疑問なのかは、判断の難しいところでした。しかしどちらにしたって答えは同じなので、迷う必要はありません。
「教えません」
「えー」
 いえいえナタリーさんが可愛いからですよ、なんて返しもアリといえばアリだったのかもしれませんが、しかしナタリーさんが間違っているというのはどうにも言い辛く、なので小細工は無しにしておきました。
 ナタリーさん、見事に言い当ててるわけですしね。それを軽口とはいえ間違っていると嘘を吐くのは悪いというか、勿体無いというか。
「おっ?」
 そんなことを考えていたところ、何やら足にもふりとした感触が。ならばとそちらに視線を降ろしてみれば、ジョンが擦り寄るようにして伏せっていました。
「なんでまた僕に」
 もちろん悪い気はしないどころか気持ちいいけど。
「ナタリーが羨ましかったんじゃないでしょうかねえ? 喜坂さんに撫でて貰って」
「なのに栞さんじゃなくて僕ですか?」
「男の子同士ですから。んっふっふっふ」
 そういうものなんでしょうか? と懐疑的には思いつつ、しかしその言葉に倣うようにしてジョンの頭から背中に掛けてを撫でる僕なのでした。そりゃあ、何を言われずともこうしてたでしょうし。
「男の子って年じゃないですけどね、ジョンは」
 僕とはまた別のそんな点で清さんに物申したのは、大吾です。
「おお、それは確かに。失礼しました」
 言われてみればそれもそうだ、と誰でも思うような話。なので清さんも、それにはさらりと納得するのでした。……が、ちょっと待って頂きたい。
「僕は?」
 そりゃあ微妙な年齢ということにはなりましょう。子どもを自称するのは無理がある年齢でありつつ、しかし同時に未成年というカテゴリーに収まってしまう、十八という年齢なのですから。
 けれどもしかし、それでもやっぱり、そろそろ「男の子」は他人の視点からでも卒業しておきたいのです。あれがああだからとかこれがこうだからとか、明確な理由があるわけじゃありませんが。
「オマエ? オマエはなあ……うーん、見た目がこう、それっぽいというか」
「まあ実年齢以上に見られるような顔じゃないよね、少なくとも。だからって極端に幼く見えるってわけでもないけどさ」
 何故か家守さんまで加わって僕の容姿を貶し――いや、貶してるわけじゃないか。ううむ、何と言うか、侮ってくるのでした。
「でも日向くんが子どもっぽいとなると、怒橋くんも危ないんじゃないかい? 見た目はともかく、同じくらいの年なんだし」
「見た目が関係ないとなれば、わたしが一番大人だな」
 そういうことにはなりましょうが、そういうことにしちゃいますか? というわけで自称トップの座に躍り出た成美さんですが、そこへ「くいくい」と異論が。他に誰がそんな喋り方するんだということで、もちろんサーズデイさんです。
「ああ、単純に大きさだけで考えたら百歳超えてる筈なんだもんなオマエ」
 なんと、そりゃマジですか大吾くん。嘘は言わないだろうけどさ、そういう話で。
 ふうむ。百歳超えなんてことになってしまえば、人間の年齢に直すとどうなるとかそんな細かい話をすっとばして、サーズデイさんがトップということで間違いはないでしょう。
 ――が。
「ん? お前は『年齢不詳』だろう。もし何十何百年と生きていたとしても、分からんものは分からんとしておくしかないのだからな。候補外だ」
「ぷーっ!」
 トップの座に固執しているのかやや意地悪な物言いをする成美さんに、サーズデイさんは唇をとんがらせてしまいました。こっちはこっちでトップになりたかったようです。
 しかしそんなところへ、大吾からこんな指摘が。
「大人の遣り取りじゃねえよな、それ」
 成美さんとサーズデイさんは、二人揃ってショックを受けたのでした。


コメントを投稿