(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十章 息抜き 十二

2011-04-24 20:29:47 | 新転地はお化け屋敷
 しかし大吾、「まあそれはいいんだけど」と構うことなく話を進めてしまいます。サーズデイさんと成美さんの両方から何か言いたげな瞳で見詰められているうえ、特に成美さんはものすっごい至近距離だというのに、です。なんせ膝の上ですし。
「オレも同じくらいの年、なあ。確かにそうなんだけど、どうよ孝一」
「僕に振られても」
 どうよとだけ言われてもどうとも言えないし、そもそも何を答えていいのかすらはっきりしないんだけど。
「そんなふうに訊いてくるってことは、何かしら思い付きはしたの?」
「んー、そういうふうに考えてみたら、むしろオレのほうが子どもなんじゃねえかってな」
 思い付くことがあったというのは予想通りでしたが、しかしその内容については予想外でした。そしてそれは僕だけの話ではないらしく、ショックを受けた顔で胸元から大吾を見上げていた成美さんも、眉をひそめています。
「そんなふうに思う理由は? わたしは全然、そうは思わんが」
「自分のここが子どもっぽいっつうよりは、自分が大人だとは思い難いっつうかなあ。なんか、ぼんやりしたイメージでしかねえんだけど」
 成美さんとしては、そんなふうに思って欲しくないということだったんでしょう。とぼけているふうにすら見えるぼんやりっぷりの大吾に、唇をむっとさせているのでした。
 しかしそこへ、そんな成美さんの様子とは裏腹な笑い声が。
「んっふっふっふ」
 清さんでした。
「それはあれじゃないですかね怒橋君、大人というものを美化し過ぎているというか」
「美化、ですか」
「はい。言葉の上で『子ども』と『大人』に分かれているとはいえ、本来はそこに明確な境目なんてありませんからねえ。二十歳、に限りはしないでしょうけど、ある時を境にものの考え方が一変する、というわけではないんですし。所詮は子どもの延長でしかないんですよ、大人というものは」
「子どもの延長……」
「ええ。んっふっふ、私なんて、妻からよく子どもっぽいと言われてしまいますからねえ。何を指してそう言われるか、というのはまあ、ご想像にお任せしておきますけどね」
 ものすっごい容易に想像出来ちゃいますけどね、清さんの場合。――というような突っ込みが入ることはなかったので、そのまま清さんの話が続きます。
「性格というか人格というか、そういったものの根っこは結局、大人になってもそうそうには変わらないんですよ。変えたいと思うこともあるでしょうし、表面のほうを変えてみた、なんてこともあるでしょうけどね。外から見ればそれだけでも変わったふうに見えるかもしれませんが、でも根っこが変わっていないので、自分ではなかなか『変わった』とは思えないものなんです。実際、根っこが同じってことはそんなに変わってないってことですしね」
「今の怒橋くんと哀沢さんがピッタリですね、その話」
 最後に高次さんが付け加えたその一言で、みんなの視線が二人に集中。その二人も、お互いに視線を交わらせています。
「……わたしは大吾を子どもでないと思っていて、しかし大吾はそうは思っていない、か。確かにそうだな、楽の話通りだ」
「んっふっふ、あまりにピッタリ過ぎて今適当に話を合わせたみたいですねえ」
 自分で言っちゃいますか清さん。――というような突っ込みは誰かが言いたかったかもしれませんが、そんな間を挟まずに清さんは続けます。
「まあそういうわけで、大人というものがどういうものかを明確に定義するなら、『表面だけを取り繕った子ども』といったところでしょうかねえ。ほんのちょっとだけでも取り繕った面があれば、それを指して周りの人に『大人だねえ』なんて言われたりするわけです。その人の年齢には関係なく」
 そして最後に、「もちろん、私が勝手にそう思っているだけですけどね。自分がそうだからってことで」と締め括るのでした。
「ええとつまり、誰かに大人だって思われるような場面があれば、少なくともそこについては大人だってことでいいんですかね? 自分でどう思っていても」
 質問したのはナタリーさん。ならばその相手は清さんなのでしょうが、しかしナタリーさんの頭は、大吾と成美さんのほうを向いていました。
「そうですねえ」
 清さんが短く答えます。
「じゃあ怒橋さん、大人なんですね。自分ではああ言ってましたけど」
 何をもってそう思ったのかというのは、語るまでもないでしょう。大吾はつんとそっぽを向きましたが、成美さんは屈託のない笑顔をナタリーさんへ向けるのでした。
 自分の意思が全く考慮されない、という清さん版大人の定義。ううむ、易しいと見るべきか厳しいと見るべきか。
「はいはーい、異論がありまーす」
 別に議論をしているというわけではないのでそんな言い方も挙手も必要ないような気がしますが、
「はい、家守さん」
 家守さんです。
「せーさんの話が間違ってるってわけじゃないんだけど、追加というかなんというか」
「あ、ちょっとほっとしました」
 胸を撫で下ろす清さん。ですが僕からすると、清さんは異論一つにいちいち不安を覚えるような論客ではないような気がするのです。――いやいや、その相手である家守さんを甘く見ているという話ではなく。
 まあしかしそれはそれとして。
「表面だけ取り繕った部分が『大人』だって話だったけど、そうするに至った過程というか理由というか、そういうところも評価に含めて欲しいなっていう」
 それを聞いた清さん、ふむ、と顎に手を当てます。取り敢えずは考証の余地あり、ということなのでしょう。
 しかしそうして考証している間に、ナタリーさんが割り込みました。
「ええと、それって、怒橋さんで例えるとどういうことになりますか?」
「なんでオレだよ」
「あ、す、すいません」
「……別にいいけどよ」
 なら初めから何も言わなきゃいいのに、というのは余計な一言なのでしょう。
 というわけで僕からは何も言わないでおき、家守さんのお返事です。
「んー、今回だいちゃんが『大人』だってのは、なっちゃんから見ての話だったからなあ。となりゃあ――」
 すると家守さん、真面目な質問に対する返事だというのに、ここでいつもの意地悪な笑みを浮かべました。それを見た大吾が露骨に不安そうな顔をしますが、意地悪である以上はもちろんそんなこと気にしません。
「なっちゃんのためにってことになるよねえ、やっぱり」
「哀沢さんのために大人になったってことですね」
「しかもだいちゃん自身の口ぶりからすると、自覚無しでね」
「格好良いですねえ」
「だねえ」
 本心から褒めているであろうナタリーさんと、本心から褒め殺しているであろう家守さん。そんな同じことを言いつつも内心が真逆な二人を前に、大吾はどう対応したものだか悩んでいる様子でした。それとはまた別に眉毛がぴくぴくしていたりもしますけど。
「……確かに『なった』ていう自覚はなかったですけど、っていうか今でもあるかないかって言われたらないですけど、『なろう』ってくらいは思ってましたよオレだって」
「わたしの為にか?」
 苦々しい表情で反論した大吾を、その胸元から成美さんが見上げます。
 成美さん、嬉しそうではありましたが、しかしどちらかと言えば、家守さんと同じく意地悪のつもりで言ったんじゃないでしょうか。尋ねるまでもなさそうな質問ですし。
「オマエまで話に乗ってくんなよ、もう」
「そんなことを言われたら誰だって嬉しいだろうし、だったら仕方がないだろう?」
「勘弁してくれ」
 家守さんと違うのは、そこであっさり勘弁するところでしょうか。「ふふっ」と満足そうな笑みを浮かべた後、背中をぽすんと大吾の胸に預ける成美さんでした。
「うーむ、こりゃもうアタシの出る幕じゃないねえ」
 何をもってそう思ったのかはともかく、家守さんは大吾から手を引くようでした。良かったね大吾。
「じゃあそっちはどうだい、こーちゃん」
 予想はしてましたとも、ええ。
「孝一くんは――」
 僕より先に栞さんが反応してしまわれました。自覚はないって話なんですし、だったらそりゃあ僕自身が語るのはおかしな話なんですが。
 で、どうですか栞さん。
「大人になった部分より、子どものままの部分が目立つ感じですかねえ」
 ……どう反応すべきなんでしょうかこの評価。
「そりゃ面白そうだね」
 そう返したのは家守さん――ではなく、意外にも高次さんなのでした。まあ家守さんは初めから面白がってますしね。
「詳しく聞かせてもらっても?」
 その質問に対する栞さんの返事は、「えへへ」というものでした。話しても大丈夫、ということなのでしょう。大まかには。ちくしょう、どんとこい。
「目立つって言っても、普段が子どもっぽいってわけじゃないんです。恋人ですからそりゃあ他の人よりは多めに良くしてもらってますし、そういうところについては、どっちかと言えば大人ってことになるんでしょうし」
「まあ、そうなるだろうね。俺もそうあって欲しいし」
 高次さんのそんな相槌には、栞さん以上に家守さんが口の端を持ち上げていました。以上というか、「ニコリ」と「ニヤリ」でそもそも若干の種類の違いが窺えたりもしましたけど。
 とはいえ、僕にとって気になるのは栞さんの話です。そりゃそうです、僕についての話なんですし。
「普段は大人っぽい接し方をしてもらってるとは言っても――高次さん、孝一くんといえばこれ、というのを一つ挙げるとしたら、何を挙げますか?」
 僕といえば。それを訊いた瞬間に、栞さんが何を言おうとしているのか察しがつきました。なるほど、目立つってことですね。
「日向くんといえば? うーん、料理の先生かなあ、やっぱり」
「ですよねえ。料理を教えてもらってる立場でこんなこと言っちゃ駄目なのかもしれないですけど、料理中とか食べてる最中の孝一くんって、子どもっぽいなって思うんです、私」
「良い意味で、ってことになるのかな」
「はい」
 生徒である栞さんや家守さんからすれば「料理の先生」でしょうし、僕自身もそう自覚してはいますけど、けれどもやっぱりその時間というのは、単に趣味に興じているだけ、ということになるのです。つまりは遊んでいるようなものでして、だったらそりゃまあ、子どもっぽいということにもなりましょう。良い意味で、だそうですけどね。
「ふむ、なんでもかんでも大人になればいい、ということでもないわけだな」
 栞さんが僕のそういうところを歓迎しているというのはもう、他の人どころか僕の目からしてすら一目瞭然なほどだったので、成美さんがそんなふうに。
 しかし僕はその時、自分についての「遊んでいるようなものでして」という話もあってか、こんな話を思い付きました。
「成美さんの場合、猫じゃらしの玩具はどうなんですかね」
「むむ、痛いところを突いてくるじゃないか日向」
 敢えて質問する形にしてはみましたが、どう考えたって猫じゃらしで遊んでいる成美さんを「大人っぽい」と評するのは無理がありましょう。ならば子どもっぽいということになるのですが、しかしながら。
「いやいや、それが別に痛いことじゃないって話ですし」
「はは、そういえばそうだったな。――で、どうだ大吾? 痛くはないか?」
 成美さんが猫じゃらしで遊ぶのは何も大吾に限った話ではないのですが、しかし尋ねる相手は大吾なのでした。僕と栞さんの話だったからその流れで、ということなのかもしれませんが、他に理由があったとしても特に不自然ではないでしょう。
「もしそうだったら嫌がってるだろ。自分で言うのもなんだけどオレ、そういうの顔に出るほうだし。……まあ、人前ではやらねえってのはあるけど」
 他のみんなと同じく、大吾も成美さんと猫じゃらしで遊ぶことはあります。ただしそれには、「他に誰もいない時」という条件が付けられているのです。ならばやっぱり、同じ遊ぶにしても、他の人とは意味合いが違ってくるのでしょう。
 単にそうしようと言い出した大吾が照れ屋なだけ、という可能性もなくはないですが、成美さんの様子からしてそれは多分、ないのでしょう。
「お前はとても良くしてくれているよ。その話も含めてな」
 愛に満ちている、とでも表せばいいのでしょうか。落ち着いていて柔らかで、なのに深く厚い想いを窺わせるその微笑みは、今の成美さんが小さいほうの身体であることなどお構いなしに――それこそ、「大人っぽさ」を感じさせてくるのでした。
 一方の大吾も照れ臭そうにはしながら、しかし成美さんから視線を外しはしません。ならばこれは、とてもいい雰囲気、ということになりましょう。
 ですがしかし、そうなるとどうしても浮かんでくる考えがありまして。
「いい時間ですし、そろそろ戻りましょうか」
「あ、そうですか? じゃあ」
「こくこく」
「ワウ」
 清さんの呼び掛けに応じて、102号室勢がそそくさと立ち去る準備に入ります。やっぱり僕だけじゃないですよね、そう思うのって。
「あ、じゃあ私達もそろそろ」
「そうですね」
 203号室と204号室勢も――と言っても今日に限っては僕も含めて203号室勢ですが――清さん達に便乗させてもらうことにしました。こうなったら家守さんと高次さんも同じ行動をとるでしょうし、だったらどのみち、自分達だけ残るっていうのは避けたいところですしね。それにいい時間だっていうのも本当ではありますし。
「よし楓、俺達も」
「えー」
 そうきますか家守さん。さすがです。
 とはいえもちろんそれは冗談で、ならば家守さん、駄々をこねるようなこともなく高次さんに続いて立ち上がるのですが、
「あ、家守、ちょっと待ってくれないか」
「ん?」
 むしろ成美さんのほうから呼び止めるのでした。となると呼ばれた家守さんだけでなく、周囲のみんなが成美さんのほうを向くことに。大吾も含めて。
 集まる視線の中心で、自身の首に下がったネックレスに手を触れながら、成美さんは家守さんにこう告げました。
「改めて礼が言いたいと思ってな。わたしに、今のこの身体をくれたこと」
 どうしてそれが今このタイミングなのかは、みんなすぐに分かったことでしょう。当然、家守さん自身にしても。
 しかし家守さんは、腕を組んで少し考えるような仕草。
「……遠慮しておく、っていうのは失礼な話なんだろうね」
「うむ、そう考えてもらえると有難い」
 この場面でそれを遠慮するとなると、「礼を言われるほどのことじゃない」みないな言葉がくっ付いてきそうなものです。しかしこの話は、よくよく考えるまでもなく「礼を言われるほどのこと」なのでしょう。成美さんの人生――人じゃないですし、幽霊ではありますが――に多大な影響を及ぼしたどころか、まるで別のものにしてしまったとさえ言えるようなことなのですから。
「孝一くん」
 栞さんに小声で呼ばれました。振り返ってみたところ、軽く腕を引かれます。どうやらこれは、このまま帰ろうと促しているようです。
「それじゃあ、僕達はお先に」
 そうしたほうがいいだろう、と栞さんの提案を受け入れた僕は、ぺこりとお辞儀をしながらそう言い、あとは振り返らずに玄関へ向けて歩き出しました。考え過ぎなのでしょうが、下手に成美さんと目を合わせたりしたら引き留められてしまうんじゃないかなあ、なんて思ったのです。
 振り返らなかったので背後からということになるのですが、聞こえてきた限りでは、清さん達102号室のみんなとあと高次さんも、先に部屋を出るようでした。
 高次さんについては家守さんが「え、高次さんも?」と驚いていたようでしたが、対して高次さんは「そりゃそうだろ?」とのことでした。まあ、そうなるんでしょうね。
『お邪魔しました』

 というわけで、202号室前の廊下。このまま各自の部屋に戻ってもよかったのでしょうが、しかし何となく、外に出た全員がそこで一息つくのでした。
 示し合わせたわけではなく、ただただ自然にそうなったのですが、しかし話題があるわけではなく、ないならないなりに雑談をするというわけでもなく、この場はとても静かなのでした。気になっていることはみんな同じなんでしょうけどね、やっぱり。
 ……などと思っていたら、そうではなかったようです。
「高次さん」
「あ、はい?」
 清さんが高次さんに声を掛けたかと思うと、
「すみませんでした」
「――え? 何のことですか?」
 高次さんは驚いていましたが、しかし恐らくはそれと同じくらい、僕も驚きました。清さんが202号室に現れてからこれまで、そうして謝るようなことは何一つなかったのです。現にこうして清さんが謝っている以上、正確には「なかったと思っていた」ということになるんでしょうけど。
「大人になっても根っこは変わらない、という話です。あれが間違っていたというわけではありませんが、家守さんの前でするような話ではありませんでしたから」
「ああ、その話ですか」
 高次さんがすんなり理解したところ申し訳ありませんが、僕にはまださっぱりです。ちなみに横を向いてみたところ、栞さんもさっぱりそうでした。
「あの、どういうことですか?」
 尋ねたのはナタリーさんでした。というわけで今度はそちらへ目が行くわけですが、ジョンはちょっと分からないものの、サーズデイさんも怪訝そうな表情です。
 しかしさっぱり分からなかった割に、その次の高次さんの一言で、すぐに分かってしまうのでした。驚いたことと同様、それもまた僕に限らず。
「楓の子どもの頃の話は、みんなも知ってたよね」
 家守さんが子どもだった頃の話。
 大人になっても根っこは変わらないという話。
 その二つが重なるとどういう意味になるのか、高次さんからそれ以上の説明はありませんでした。
「まあでも楽さん、それはあいつも承知の上ですから。なんたって楽さんの話に頷いてはいましたし」
 根っこは変わらない、という話を清さんがしていた時、家守さんは異論と称して「そうするに至った過程や理由も評価して欲しい」と言っていました。が、それは清さんの話を否定したわけではなく、清さんの話を受け入れはしつつ、という内容だったのです。
 今の高次さんの話を踏まえると、過程や理由も、と言ったのが家守さんであることについて、また違った思いが胸中をもやもやと巡り始めるのでした。
 清さんから返事はなし、けれど小さく頷きはしていました。すると高次さん、今度は僕と栞さんのほうを向いて話を始めます。
「怒橋くんが言ってたよね。大人になったっていう自覚はなくても、なろうとはしてたっていう」
「ああ、言ってましたね」
「楓もそうなんだよ。いや、誰だってそうなんだろうけどさ。楓の場合、子どもの頃のことがあるから、それが人一倍強いっていうか」
 家守さんが、大人になろうとしている。
 僕にとっては――僕達にとっては、と言ってしまってもいいんでしょうけど――家守さんは、疑う余地もない「大人」なのです。そりゃあ意地悪なことを言うのが好きだったりと子どもっぽいところはありますけど、それでも家守さん全体を指して大人か子どもかと言われれば、格好良いと思うくらいに大人なのです。
 その家守さんが、大人になろうとしているという話。つまりそれは、全部が全部とは言わないまでも、「自分にはまだ大人でない部分が多くある」と家守さん自身が評しているということなのでしょう。
 意外でした。もちろん、子どもだと宜しくない、と単純に言い切れるようなことでもないんですけど。
「軽々しくこんなこと訊いちゃったら、駄目なのかもしれないですけど」
 栞さんが尋ねます。
「楓さん、だから高次さんを、っていうのもあるんでしょうか」
「あるだろうね」
 高次さんは即答でした。軽々しくこんなことを、という栞さんの躊躇いなんて、無かったことであるかのように。
「今の話みたいな理由ばかりとは限らないだろうけど、誰かと一緒になるっていうのはその人が自分に必要だからだしね。喜坂さんだってそうなんじゃない? 日向くんのことは」
 栞さん、僕のほうを見ます。そしてすぐにその視線を元に戻すと、
「はい」
 ワンアクション挟んだとはいえ、これもまた即答したということになるのでしょう。頬が緩みそうな気分になってしまうのは、言うまでもありません。
 実際に緩ませはしませんでしたが、けれどもしかしたら、ここは緩ませてしまってもいい場面だったのかもしれません。

 それから少しのち、家守さんが部屋から出てきたのですが、それで話が盛り上がるというようなこともなく。思いのほか静かに僕達は解散することとなり、そしてそのまま、僕は栞さんの部屋へお邪魔することになりました。
「お邪魔しますじゃないよ、こうくん」
 202号室に足を踏み入れた際、そんな注意を受けてしまったりもしました。僕が自分で言い始めたことだというのに、お恥ずかしい。
 とまあそんなことがありつつ、居間を通り過ぎて私室へと招かれるわけですが、するとその直後。まだお互いに座りさえせず並んで立っている状況で、尋ねられました。
「さっき訊きそびれちゃったけど、こうくんはどう?」
「何がですか?」
「私のこと、必要?」
「当然です」
 訊くまでもないことではあるのでしょう。しかし、訊いておきたいことでもあったのでしょう。その返事に対する嬉しそうな笑顔はもちろん、そんな質問をしてくることそれ自体にも、僕は温かい気分にさせられるのでした。
 すると栞さんがその場に座り込みました。ならば僕だけ立ちっ放しということもないでしょう、わざわざ移動しなくてもということでその場、つまり栞さんのすぐ隣に、腰を下ろしました。
「明後日のこと、僕からすれば自分の家に帰って自分の家に会って話をするってだけですけど――それでもやっぱり、緊張してますしね。それを振り切ってまで栞さんのことを話して、しかも認めてもらおうとしてるんですから、それ相応には」
「うん」
 そういう行動に出るくらい必要としている、という話でしたが、しかしちょっと弱いような気がするのは否めませんでした。別に僕だけが特別だという話ではなく、むしろ殆どの人が経験することなんでしょうし。
 けれど栞さんはそれで納得してくれたようでこくんと頷き、そしてついでに、こちらの肩にもたれ掛かってもきました。
「人一人をまるごとって考えると、凄いことに思えてくるね」
 僕の肩口に顔を押し付けたまま、栞さんは嬉しそうな声で話し始めます。
「だからその分、私がこうくんをまるごと必要としてるのも、私がこうくんにまるごと必要とされてるのも、すっごく嬉しい」
「そうですね。……僕もそうです、僕だって」
 そう言って抱き寄せた栞さんは、下を向いて表情をこちらに晒さないまま、僕の胸にその顔をうずめてくるのでした。かといってそれが故意だったのか偶然そうなっただけだったのかは尋ねませんでしたし、無理に表情を確認しようとするようなこともしませんでした。
 照れていようが泣いていようが何でもなかろうが、栞さんがそこにいればそれで良かったのです。まるごと、ですしね。


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