(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十章 息抜き 十

2011-04-14 20:52:56 | 新転地はお化け屋敷
「でもまあ、今更何を言い返してもなあって話だったりしませんか? 他の人ならともかく、高次さんなんですし」
「そういうところに話を持って行かれちゃうとなあ。言い返せないどころか、身動きが取れなくなっちゃうよしぃちゃん」
 そういう話で人を虐める割に、自分がそういう話をされるのには弱い家守さん。きゅっと肩を狭め、苦笑いなのでした。
 しかしそうして家守さんを消沈させた栞さん、こちらはこちらで照れ臭そうな笑みを浮かべています。
「成美ちゃんと大吾くんの話になったら、やっぱり意識がそういう方面に向いちゃって」
 上手くやってますでしょうかね、あちらの部屋は。
「それを自分じゃなくてアタシに向けるなんて、しぃちゃんもなかなか意地悪だよねえ」
 意地悪だよねえ、と言った家守さんですが、意地悪そうな顔をしているのはご自身なのでした。さっき見せた弱り顔はもう何処かに行ってしまったようです。
「うーん、今ここで自分に向けるっていうのは……」
 自分に向ける、と言った栞さんですが、目線は自分でなく僕のほうを向いているのでした。そりゃまあ、つまるところそういうことにはなるんでしょうけど。
「ありゃ、自分の一言で帰ることになりそうだぞこれは」
「はっは、自業自得ってやつだな」
 何故そこで帰るという話になるかというと、ええと、僕が言うと変な感じに聞こえるかもしれませんが、「お邪魔」ということなのでしょう。もちろん僕がそう思ったというわけではなく、家守さんと高次さんがそんなふうに感じている、という話ですけど。
「いや楓さん、そんな」
「いいっていいって。どうせ二つ隣のお部屋にも顔出す予定なんだし、ここに長居してたらそれこそ夜遅くなっちゃうからさ」
 引き留めようとする栞さんに構わず、そう言って立ち上がる家守さん。高次さんもそれに続き、ならばもう、そうなるしかないのでしょう。
「家守さん、高次さん。明後日、宜しくお願いします」
「うん。――キシシ、まあ明日も今と同じ遣り取りするかもしれないけどね」
「気楽に構えてもらってていいよ、日向くん。当日緊張するのは避けられないだろうけど、今はそうしておいたほうがいいだろうからね。決めることも決まり終わったわけだし」
 自分達の仕事に自信があるから気楽でいてくれ、というわけではなく、単に「そうしたほうがいいから」ということなのでしょう。もちろんこのお二人のこと、自信だってたっぷりあるんでしょうし、それにこっちだってこれ以上ないくらい信用してますけどね。
 玄関へ到着するまでの間に確認した自分の胸中は、間違いなく安心していました。
「それじゃあお二人さん、また明日」
「明日もご馳走になります」
「お休みなさい。……って、この後成美ちゃん達の所に寄るんでしたよね」
「お手柔らかにお願いしますよ家守さん。一応、友人として」
 別れの際、明後日の話は挨拶程度にすら出てきませんでした。家守さん高次さんとしては「気を遣って出さなかった」ということなのかもしれませんが、僕としては「出す必要がなかった」ということなのでした。恐らく、栞さんもそうなんだろうと思います。
 高次さんが言っていた通り、当日はどうしたって緊張するのでしょう。けれど高次さんが勧めてきたのと同じく、今現在においては、緊張なんて欠片もありませんでした。
 誰のおかげか、というのは考えるまでもないでしょう。

 家守さんと高次さんが帰り、というか202号室に向かい、その後。
 僕は取り敢えず座椅子に座り込んだのですが、すると栞さん、その隣で何か言いたそうに立ち尽くしているのでした。
「どうかしました?」
「……まあその、今日もお泊まりさせてもらうって話なんだけど」
「え? ああ、まあそうですけど」
 それについては前々から決めていたことなので、今更断りを入れられるまでもなくそのつもりでした。栞さん、何をそんなに改まっているんでしょうか?
「あー、せっかく今日買ってきた座椅子もあるんだけど……」
「はい」
 変わらず座り心地抜群で気持ちいいですが、はて。それとこの部屋に泊まることと、何か関係があるのでしょうか? ついでに言うと、そうして改まっている理由にも。
「今日は、さ」
「はい」
「私の部屋に来て欲しいなー、と」
 ――――。
「……あ、はい」
「変な間があったね? 今」
「いえその……あれ、なんでこんなに驚いてるんだろう」
 今の今まで栞さんに対して首を傾げていた筈なのに、今度は自分に首を傾げる羽目になってしまいました。
「初めてだからねー、こうくんが私の部屋に泊まるっていうのは」
「ああ、そりゃまあそうなんですけど」
 栞さんが僕の部屋に泊まる、というのは割とちょくちょくあります。昨日一昨日なんて連続でそうでしたし、今日だって今の今まではそのつもりだったわけですし。
 だったら、僕が栞さんの部屋に泊まるのが初めてだからといって、今みたいに驚くことはないと思うんですけどねえ。我ながら。
「ふふっ。――それで、いいかな? そういうことでも」
 不審そうな顔をしているであろう僕へ向けて楽しそうな笑みを浮かべた栞さんは、重ねてそう尋ねてきました。自分が驚いたことについては首を傾げている僕ですが、そちらについては迷う余地なんぞありはしません。
「はい」
 それで移動に時間や手間が掛かるとかならともかく、すぐ隣の部屋なんですしね。なんだったらこの座椅子だって持っていける、というのは止めておきましたけど。

 で、あっという間に栞さんの部屋です。居間を素通りして私室です。言うなれば、栞さんの部屋の中の栞さんの部屋です。そんなややこしい言い方をする必要は特にありませんが。
 お隣さんだからこそこうして気軽に移動できたわけですが、しかしその気軽さの割に、僕がこの202号室に上がらせてもらった回数はそう多くありません。むしろ近過ぎるから、ということになるんでしょうか。
「一応、訊いてみたいんですけど」
「ん?」
「今日はなんでこっちの部屋に?」
 質問する前に一言断りを入れたのは、別にこっちの部屋に来たことに不都合があるわけじゃないけど、という意図を込めてです。
 いつも僕の部屋なんだったら今日も僕の部屋でいいわけで、というか何かしら理由がない限りは自然に僕の部屋になっていたわけで、だったら僕をこの部屋に招いたのは何か理由があるんじゃないだろうか、という話ですが、どうでしょうか栞さん。
「買い物から帰って来た時さ、置物の話、したでしょ? だから見てもらいたいなって」
 言いながら栞さんの視線はその置物のほうへ向け、僕も「ああ」と相槌を打ちつつ、同じくそちらを向きました。
「あ」
 栞さんから貰い、以来机の上に飾ってあるリアルな熊と同じく、実物に似せた動物達の置物。その中に一つだけリアルでない、デフォルメされた亀が佇んでおりました。
「飾ってくれてるんですね、あれ」
「そりゃあね」
 置物を置物として飾る。それは当たり前にも程があることなのですが、しかしそれに答える栞さんは、嬉しそうに微笑んでいました。
 その亀は、僕が以前プレゼントしたものです。同じ陶器製の置物とはいえ周囲のそれらとは違って小物入れにもなり、そして造形のコンセプトも違ってたりするので、何と言うかこう、浮いていると言えば浮いてしまっていました。自分で贈ったものに向けるコメントじゃないような気もしますが。
 しかしもちろん、栞さんからすればあの亀は見慣れたコレクションの一つです。僕と同じような感想を持つことはあるわけもなく、
「むしろ、どこに置いてたら飾ってないことになるんだろう?」
 と、全く別の箇所について首を傾げているのでした。
「引き出しに仕舞っちゃうとか」
「開けた時に転がって割れちゃったりするかもしれないし、そんな所には入れないよ」
 さすが趣味で集めているだけあってか、普段よりやや語調を強くする栞さんなのでした。何をたわけたこと言ってんだお前は、みたいな感じでしょうか。もちろん誇張した表現ですけど。
「こうくんから貰った物だし、大事に仕舞っておくっていうのは、それはそれでいいのかもしれないけどさ。引き出しは駄目だけど」
 二度に渡って引き出しを否定する栞さんでしたが、そちらはまあいいとして。
 そうか、仕舞っておくというのも「それはそれでいい」なのか。
「僕としては、ああして飾ってもらえてるほうが嬉しいですけどね。やっぱり」
「そう? えへへ、良かった」
 僕が絡んでいるから、と思いたくはあるところですが、しかしメインの理由はやはりそれが趣味だからなのでしょう。かなり機嫌がいいご様子の栞さんなのでした。
 ……というふうにすんなりと自分を次点にしてしまえるというのは、僕自身も普段から自分の趣味を受け入れてもらっているからなのでしょう。その気持ちはよく分かる、身を以って知っている、という。
 で、ご機嫌な栞さんのその後ですが。
「――ええと、栞さん?」
「ん?」
 ご機嫌そうな表情は維持したまま、しかしその割に何も言わず、にこにこと僕のほうを向き続けるのでした。
 何かを求められている、もしくは期待されているのは、間違いないでしょう。そうでもなければこのご機嫌っぷり、何も言わずに、ということはないでしょうし。しかし、何を求め、もしくは何を期待されているのかが、全く分かりません。それほどまでに動きがないのです、栞さんには。
 例えば――まあこういう状況ですし、例えばにもう一個ぐらい例えばを重ねるくらいに例えばですが、求められているものがキスだったとしましょう。しかしそれだったらそれだったなりに、僅かなモーションくらいはあると思うのです。というか、あったのです。これまでは。
 だというのにただにこにこし続けているのみな栞さんは、声を掛けてみても首を傾げるだけでした。これはもう、お手上げです。
「いや、どうかしたのかなって」
 それを直接訪ねてしまうのは降参に等しいのでしょうが、ここまできたら降参ってことでも構いません。正解を思い付ける気配がちっともしないのです。
 直接尋ねられた栞さんは、少しだけ答えるかどうか迷っているような間を置いてから、しかし変わらずにこにこと微笑みつつ、こう答えてきました。
「置物を見てどう思ってるのかなって、訊きたくなってね。でも、こうくんから貰った亀の話題だったのに自分が集めたものに話を持っていくっていうのは、ちょっと気が引けて」
 ……えー、あー。ああ、なるほど。
 繊細な話に過ぎて理解するのに若干時間が掛かってしまいましたが、そういうことなんだそうでした。この繊細さも、趣味だからということになるんでしょうか?
「さすがに気にしませんよ? それくらいのことは」
 気にするどころかそれが問題だと認識することすらできなかったわけですが、それはいいとして。――僕が鈍感だってことはないですよね? この話。
「あはは、そうだろうとは思ってたけどね。だから私が気にしてるってだけ」
 僕が気にしていないのに、栞さん自身が気にしてしまう。しかしそれは僕がよく言われる「勝手に自分を悪者にする」という話とは、ちょっと違うのでしょう。「自分が悪い」というよりは「自分に悪い」なんでしょうし。
 そんなふうに思考が働くほど置物に入れ込んでいる、ということでそれについてはむしろ良い印象を持ったという結論に。では次に、尋ねられたことについてですが。
「こうして見た感じ、邪魔だとか場所を取って嫌だとか、そんなふうには思いませんねえやっぱり。――あ、すいません、悪い評価を基本にしてるみたいで」
 口にする前に気付けば良かったんでしょうが、ここは「悪くはない」でなく「良い」という評価をするべきだったのではないでしょうか。そう言ったからって完全に嘘になるってわけでもないんですし。
「それこそ、さすがに気にしないよ。それくらいのことは」
 同じ台詞を返されてしまい、更にはくすくすと笑われさえしてしまいました。ううむ。
「熊を受け取ってもらって、しかも大事にしてもらえてるって時点で、私としては大満足なんだしね。こうくんと陶器の置物のことについては」
「そうですか」
 ほっとしつつ、同時に嬉しくもありました。
 僕があの熊の置物を大事にするというのは、栞さんにとっては重大なことなのでしょう。しかし僕にとってはやっぱり、たったそれだけのこと、ということになるのです。大事にすると言っても、何も毎日丁寧に磨いてるとかそういうことじゃないんですし。――たったそれだけのことでこうも喜んでもらえているというのは、栞さんにとって僕がそれだけ重要な人間だ、と言われているように思えたのです。
 当たり前だと言われたらそれまでなんですけどね。そりゃあ、彼氏なわけですし。
「こうくんはどう?」
「え?」
「ちゃんと言葉で評価されたいって思ってるのかな。こうくんの場合だから、お料理の話ってことになるけど」
「うーん……」
 腑抜けた想像をしている間に難しい質問をされてしまいましたが、はて、どうでしょうか僕は。
「普段から言葉で評価してもらえてるんで、逆に想像するのが難しいというか」
 自分で言うのもどうなんだって話なので、苦笑いを浮かべながらではありました。しかしそれでも、普段から良い評価をしてもらえているというのは謙遜ですら否定しようがありませんし、むしろしたくないというか、してはいけないというか。なんせ、それでお金を貰いすらしているわけで。
「あはは、それもそうかもね」
 曖昧な、どころか答えにすらなっていない僕の返事でしたが、栞さんは笑い、かつ納得してくれた様子でした。言葉で評価してくれているうちの一人なんだからそりゃそうだろうな、という思いが無かったとまでは言いませんが、しかしそれでも、湧いて出た感情の殆どは温かいものなのでした。
「私もそれは密かな自慢だよ。彼氏が料理上手だっていうのは」
「密かなんですか? あんまりそんなふうには――」
 それこそ今話していた通り、普段から言葉で評価してもらえているわけですが。
 首を傾げて見せたところ、栞さんは「いやいや」とぱたぱた手を振ります。
「他の人に『凄いでしょ』とか言わないって話だからね? こうくん本人に対してはそりゃあ、いっぱい褒めるよ。食べさせてもらったり教えてもらったりしてるのに、そういうこと言わないってほうが変だと思うし」
「ああまあ、ええと、照れるしかないんですけどね。そういう話になっちゃうと」
 そうでしょうそうでしょう、などといった積極的な肯定は、しにくかったりするのです。して嫌がられるというわけではないでしょうし、冗談としてなら言えてしまえもするんでしょうけど。
 すると栞さんは、そんな滑稽であろう僕を見てくすりと笑ってから、その笑顔のままこう言ってきました。
「そういうところも自慢なんだけどね」
 一切のリアクションを封じられてしまいました。
 文章としてはおかしいのでしょうが、照れるしかないというのは、照れ隠しなのです。その照れ隠しのための行為自体で照れさせられてしまったら、もう照れ隠しすらできなくなってしまうのです。
 どうしたらいいのだろうか、と考えるまでもなく、どうしようもありませんでした。なので僕はどうもしなかったのですが、すると栞さん、またしてもそんな滑稽であろう僕を見て笑います。ただし今度は、さっきより随分と淡い笑みでした。
 しかし何であれ笑われたことには変わりなく、けれどそれが恥ずかしいからといって、恥ずかしがるという行為はたった今封じられてしまったばかり。そんなわけで動きはしないながらも内心は大いに焦っていた僕なのですが、すると気が付いてみれば、栞さんがこちらへ擦り寄ってきていました。
 不意を突かれた接近にこれまた焦らされはしたものの、もちろん栞さんはそんなことを狙って近付いてきたのではありませんでした。
「こうくん」
 名前を呼ばれ、しかしそれだけ。それ以上は何も言わず、無言で要求してくるのでした。
 何を要求されているかは、見れば分かろうというものです。さっき自分で例え話の例に挙げていたことでもありますし。
 最後に要求を受け入れるか否かについてですが、それについては、それこそ考えるまでもありません。寄せられた唇に、僕も自分の唇を寄せ返して――。
 ピンポーン。
『ええー』
 玄関を振り返りながら、二人同時に情けない声を出してしまいました。
 ……ともかく、お客さんのようです。ならばということで栞さんが立ち上がり、玄関へ向かおうとするわけですが、
「あ、僕がこっちに来てるってばれるかもしれませんけど」
「それは気にならないよ? 私は」
「ですよね」
 それは一応の確認であって、僕も気にするというわけではありません。こんな時間ですし、しかも僕の部屋でなく対外的には空き部屋であるこの部屋だということで、まず間違いなくあまくに荘の誰かでしょうしね。
 家守さんだったら何を言われるだろうか、と考えたらちょっと怖かったりもしましたけど。
「はーい」
 怖がっている間に栞さんが玄関のドアを開け放ちましたが、私室から動いていない僕がそれを確認するのは音のみでです。
 ドアの音に続いて栞さんとお客さんの会話が始まるわけですが、内容を聞き取るまでには至りません。ただ、その声が大吾のものであることだけは判断できました。
 家守さんでなかったことにちょっとだけ安心したのは、しかしまあそれはそれとしておいて。
 玄関に靴があるから僕が居るってすぐ分かるだろうなあ、なんて思ってもみましたが、考えてみれば203号室の玄関前からでも、204号室の明かりが付いていないことはすぐ分かります。台所の明かりとはいえ、暗くなってくる時分には大体付けっ放しですしね、対外的な見地から。さすがに寝る時には消しますけど、そうするにはまだ早い時間帯ですし。
 ばれる原因が増え、「まあいいやいいや」と開き直っていたところ。玄関の聞き取り辛い会話が途切れ、足音がこちらへ近付いてきました。
「孝一くん」
 開け放たれた襖の向こうに立っているのは栞さん一人だけでしたが、しかし玄関に居る大吾を意識したのでしょう、他に誰かが居る時の呼び方なのでした。
「大吾くんだったんだけど、部屋に来ないかって」
「今からですか?」
「うん。楓さん達、むしろ連れ込まれちゃったみたいだね」
「あー」
 誰かにお客さんがあればみんなが集まる。ここは、そういう場所なのです。顔を出すだけのつもりだった人を逆に連れ込んでお客様にしてしまう、というのはここでも珍しいパターンですが。
「行く?」
「そりゃもちろん」
「だよねー」
 訊く前から分かっていたであろう返答を得た栞さんは、大吾へそれを伝えるためにとてとてと再度玄関へ。……ううむ、ばれるどころか初めからその体で話が進んでた感じかなあ。
 というわけでお誘いに応じて202号室へ、とその前に。
「今晩は」
「おう」
 玄関で大吾と対面です。
「昼の買いもんの帰り、オレと成美だけで魚買いに行っただろ? オレ等でもいくらか食ったんだけど、あれがまだ残っちまってんだよ。良かったら食い切ってってくれって話でもあんだけど」
「あ、うん。ご馳走になります」
 成美さん、あの時「高い魚を買う」って言ってた筈なんだけど……。よっぽど奮発したんだろうなあ、それを残るほど買ったっていうのは。
「…………」
「…………」
 連絡事項の後に妙な間が出来てしまいますが、栞さんは「あれ、どうかした?」なんて言いながら不思議そうな顔をしています。
「……まあ、なんも言わねえから」
「恐れ入ります……」
 この場ではたまたま男女で分かれていますが、多分これは性別の差というより個人の差なのでしょう。大吾の気遣いは非常に有難いのですが、しかし敢えて言わせて頂きましょう。お互いまだまだ初心だよねえ、と。
「ん?」
 栞さんの頭に浮かんでいる疑問はスルー、という方向で以心伝心な男二人なのでした。

「清サン達にも声掛けてくっから、先上がっててくれ」
 とのことなのでドアを開けてくれた大吾とはそのまま202号室の前で別れ、栞さんと一緒に『お邪魔しまーす』と。すると大吾と入れ替わりで出迎えてくれるのは成美さんです。
「おお、いらっしゃい。こんな時間に済まんな、急に呼び付けて」
「いえいえ」
 大吾から詳しい事情を聴くようなことがあったらもっともっと深くそう思うことでしょうね、成美さん。だから訊かないでやってください。大吾から話すってことはないでしょうから。
「大吾くん、清さん達呼びに行ったよ」
「うむ。まず間違いなく来るだろうが、来てくれればいいな」
 おかしなようで、しかしよく分かるお気持ちでした。そういうもんですよね、そうだからこそ誰かを呼ぼうと思うわけですし。
 ところで成美さん、現在は小さい身体なのですが、今もしている例のネックレスはもちろんそのままの大きさです。なので少々大きめに見えてしまうのですが、それはそれで可愛らしいような気がしました。
 気がしました、とややぼかした表現なのは、「それが成美さんだから」という可能性があったからです。誰であっても可愛く見えるものかと言われれば、それはちょっとどうなんだろうかと。
 ……あと、綺麗ならともかく、やっぱり可愛いとは言い辛いのです。今はもう気にしたりしないでしょうけどね、成美さんも。
 まあそれはそれとして。
「お久しぶりです、家守さん」
「訊くまでもなく嫌味だよねそれ。ついさっきぶりです、こーちゃん先生」
 居間へ通されてみれば、そこには家守さんと高次さん。今日はもうお別れを済ませた筈なんですけどね。
「高次さんには言わないんだねえ、嫌味」
 同じく嫌味な笑顔で家守さんがそう言うと、「え、俺?」と困り顔の高次さん。僕はそんな高次さんを一度見遣り、そうしてから家守さんを向き直ります。
「言ったら言ったで違和感ありませんかね」
「キシシ、まあそりゃそうだ」


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