(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十六章 ちょっとそこまで 六

2008-07-16 21:03:52 | 新転地はお化け屋敷
 自分の失態からやや気落ちしたりなんかもしたけれど、誰も特に何も言ってこなかったので(大吾にいたっては頭にクエスチョンマークが浮かんでたような気さえ)二、三十歩歩く頃には何とか態勢を整える事ができた。それについては頭の下がる心持ちだったけど、本当に下げてみせたら元のもくあみ間違い無しなので、心の中でだけにしておく。
 そしてそれから後は、辺りの景色が綺麗だとか山登りは気持ち良いだとか、それについての清さんの息継ぎ無しな見解を誰ともなく止めてみたりだとか、まあとにかくいつも通りに事が運ぶのでした。
 そのうち昨日通った病院か屋敷かの分かれ道も経て、
「おや、見えてきましたね」
 ついに周りの木々が開けた場所へ。そこには解放されっ放しとは言え未だ立派な佇まいの門があり、そのすぐ正面に青い軽乗用車が。中に誰もいないところを見ると、家守さん達は先に中へ入っているらしい。そこを指してそのまま「先に行ったみたいですね」と誰とも無く呟いてみれば、
「まあ、こんなとこでオレ等待って時間を無駄にするよりはなあ」
 との事。そりゃそうだよね。――なんて言っていると、
「ワンッ!」
「おい、早く入りたいみたいだぞ」
 車の隣でほんのちょっと足を止めただけなのに、ジョンは僕達の前に出て尻尾をぶんぶんと振っているのでした。
「あはは。それじゃ、行こ行こ」
 ジョンと、ジョンの隣に踊り出た栞さん。この二人を先頭にして、僕達徒歩組もついに進入。
 それでは、お邪魔します。


「お、来た来た。遅いよみんなぁ」
 確か昨日、栞さんが閉めて出てきたはずの玄関のドアが開いていたので、家守さん達は中にいるんだろうとそのまま進み入る。そこには思った通りにみなさんお待ちかねで、入ったすぐの場所で僕達を待っていたようでした。
「遅いってオマエ、ふざけてんのか?」
「ふざけてるよー」
「……………」
 再開の挨拶もさっさと終わらせて、周囲に広がるのは昨日と同じく荒れ放題な屋敷内部。元々ここに住んでいたお爺さんお婆さんにとってはあんまり気持ち良い光景じゃないだろうと思ってたけど、
「いやあ、まだ小さかった頃、勝手に近所の空家なんかに忍び込んでたのを思い出すわい」
「あら、私なんて廃校になった小学校なんかに入った事があるんですよ?」
「なんじゃいそりゃ。自慢のつもりか婆さん?」
「自慢のつもりですよ。うふふ」
 楽しそうなのでした。うーん、意外とそういうものなのかな。確かに車の中でもそんなふうに話してたし。
 少々意外に思わされつつも、「じゃあ、付いて来てください」と歩き出すお爺さん、そしてお婆さんの後ろを、全員ぞろぞろと歩き始める。足が向いたのは、左右に分かれた長い廊下の向かって左。どうやら昨日僕と栞さんが書斎へ入ったのとは逆方向のようだ。
 時々そのまま抜け落ちるんじゃないかというくらいに激しい軋みが聞こえたりもしたけど、先頭のお二人は気にも留めない様子。
「しかし婆さん、これだけ散らかっとると着物じゃ歩き辛いわい。やっぱり変に畏まらんと普段の服で来たほうが良かったんじゃないか?」
 大きく足を広げるには適していないように感じる和服。その格好で床に落ちている諸々を跨ぎながらやや鬱陶しそうな声を上げるお爺さんへ、お婆さんは「初めからここに来ると言われていれば、ねえ?」と当て付けのように。
「それにお爺さん、いつもの格好と言うと、殆ど下着みたいなものじゃないですか。嫌ですよ、あんなので人前に出られるのは」
「……い、いくらワシでもあのままって事はないわい」
 ありそうだった。
 気にするほどの事ではないにせよ、今自分達がどこへ向かっているのかが「階段を遣り過ごしたから一階のどこかだろう」という程度にしか分からない中、気を取り直したのか気を紛らわせようとしたのか、お爺さんが次の話題を切り出す。
「蛇さんはここに住んどったんじゃよな? どうしてまた、こんな寂しい所に?」
「あ、えっと、でも、人間がいないだけで地元の同類なんかは結構……」
「――おお、そうかそうか。いやはや、なんとも人間本意な意見でお恥ずかしい」
 一本取られた、と額をはたくお爺さんに、お婆さんはくすくすと口に手を当てる。
 確かにここは、廃墟目的で来る人以外にもう誰もいない。しかしその「誰も」という言葉に含まれるものが変わってくれば、当然話自体が変わってくる。僕はナタリーさんが僕達人間をそのまま「人間」と呼ぶ事に(そう言えば、ウェンズデー達だってそうだったっけ)なんとなく違和感のようなものを感じてたりするんだけど、これもそれと同じような人と動物の――と言うか、「人間とそれ以外の生き物」の意識の差の話になるんだろう。
「さてさて、まだ使えるような有様ならいいんじゃが」
 ウェンズデー達やジョンと一緒に暮らしていて今更そんな深刻に考える内容でもないような気がするけど、とにかくそんな事を考えている間に、どうやら目的の部屋に着いたらしい。お爺さんとお婆さんの足が、あるドアの前で止まった。
 廊下に等間隔で並んでいるドアがここのもう一つ向こう、「そこにあるだろう」という位置には存在しておらず、という事は?
 立て付けが悪くなっていたのか、ちょっとだけ苦労してドアを開けたお爺さん。「おおっ」とまずは驚いたように声を上げ、
「……まあ、なんとかなりそうじゃな」
 しかしその次には自身の感嘆を押し殺すように乾いた感想。
「さあ、どうぞ」
 一瞬でどういう心境の変化があったんだろうと気になったものの、通されて中に入ってみれば、そう言ってしまうのもなんとなく分かるような気がした。
 この部屋、まずは広い。とにかく広い。廊下のドアの件は、この部屋が二部屋ぶち抜き分のスペースだと考えれば説明がつくだろう。そして次に、この部屋を一目見たお爺さんの感想の件。
「わあ、凄いねえ」
 喜ぶ、と言うよりはもはや驚いていると言った方が合っているかのような栞さんの反応。部屋が広いというだけでも口がぽかんとしてしまいそうなのに、そんな所へ高級そうな家具がズラリ、じゃあ思わずそう口走っても可笑しくはないだろう。最初にお爺さんが声を上げたのは、多分そんな家具群がしっかり残っていたからなんだと思う。
 しかし、残っているとは言えそこは廃墟。位置は元の配置を知らない僕でも妙だと思えるくらいにズレていて、埃も当然被っている。僕達という客を迎えるにこれはどうだろう、という意味で、あの溜息が混じったような感想が後に続いたんだと思う。
 でもまあ、栞さんが言ったようにそれでもここは充分「凄い部屋」なので、客側としては不満なんかこれっぽっちもありはしませんが。
 ――ところで。部屋の中央にどっしりと佇むのは、部屋中にある高級そうな家具の一つの、やけに長細く、埃を被った今でも照明無しに覗き込むものをその身に映すテーブル。部屋の広さに合わせた特注品――なのかどうかは分からないけど、どちらにせよあまくに荘には運び込めるスペースがなさそうだ。
 そしてそんな大きさのそれをぐるりと囲む、これまた高級そうな皮製のソファ。長方形であるテーブルの一辺にあわせた長さ――つまり二人くらい座れそうなやや長いものと、何人座れるのか見当もつかないくらいにとんでもなく長いものの二種類があるんだけど、見たところ昨日書斎にあったものとどうやら同じ種類らしい。あれは一人用だったけどね。
 二つの部屋で同じ種類の椅子が使われているという事はこの屋敷の椅子はこれ一種類でほぼ統一されてたりするのかな。なんて途方もない想像なんぞ浮かべてみて、一般的な大学生でしかない僕がその物量やらそれに見合うであろう予想金額やらに圧倒されている間に、
「いくつか穴が空いてしまってるところもありますが、どうぞお掛けください」
 その持ち主であるお爺さんはお婆さんと一緒に簡単に椅子の埃を払うと、二人で上座の二人掛け用のソファに腰を降ろして僕達にも適当に座るよう、伸ばした手で指し示してきた。もちろんここで遠慮する必要なんてないわけで、促されるまま全員着席。ジョンは大吾の傍でお座りだったけど。
「随分と広い部屋ですねえ。それにこのテーブル、まるで会議室のようですが」
 座るなり、清さんがお爺さんお婆さんに尋ねる。僕はここを見て会議室のようだとは思わなかったけど、言われてみれば確かにそう思えなくもない。周囲の家具や調度品の煌びやかさを「無いもの」と考えてようやく、だけど。
「ははは。一応、応接間という事にはなっとるんですが……確かに会議室ですな。ここを使うほどの団体さんは、大抵うんざりするような話ばかり持ってきたものでしたわい」
「皆さんのようなお客さんが多ければ、ここももっと使ったんでしょうけどねえ」
 お爺さんが笑いながら言い、それにお婆さんがおっとりした口調で続く。「うんざりするような話」の内容は語られなかったし、誰も聞き出そうとはしなかったけど、なんとなく分かるような気がした。と言ってそれは一凡人の推測でしかないんだけど――
 お金が関わるような話だったんだろうな、と。
「あの、訊いてもいいだろうか」
 次に声を上げたのは、成美さんだった。お爺さんお婆さんのみならず部屋中の視線が、その服から髪から果ては肌まで真っ白なその女性に向けられる。ニット帽だけは灰色だけどね。
「はい、どうぞ」
 わざわざ確認してもらわなくても結構ですよ、と続けて聞こえてきそうな緩やかな調子のお婆さん。別に今までと差があったわけじゃないけど、この人の喋り方はなんて言うか、そういう含みみたいなものを感じさせるんだよなあ。ううん、声一つで不思議なものだ。
 さてさてそれで、成美さんの訊きたい事とは?
「廊下を歩いていてやたらに部屋が多かったように思ったのだが、あれを全部使っていたのか? なんて言うか、わたしが今住んでいる所にすらも空き部屋があって、とても使い切れるようには思えないのだが」
「部屋」の意味が随分と違ってくるんじゃないでしょうか成美さん、とも思ったけど、アプローチの仕方はどうあれ疑問自体はごもっともだ。お金持ちな人が大きな家を建てる事に疑問があるわけじゃないけど、それにしたってこの屋敷は部屋の数がとんでもない。屋敷の入口から左右に廊下が延び、その廊下の両脇に部屋がずらりと並ぶ構造。二階も同じだとすると、一体全部で何部屋ある事になるんだろうか? それは、「今座っているソファに何人座れるか」という疑問よりも更に途方もないものだった。
 まあ実際のところ、数えたら一発なんだけどね。
 成美さんの疑問を受けて、お婆さんはふふ、と笑みをこぼした。
「確かにその通りで、かなり無理矢理に使ってましたねえ。それほど趣味だというわけでもないのに、家中の本をかき集めて書斎なんてものを作ってみたり」
 そう言うと、隣に座ったお爺さんが苦い顔をする。なるほど、事実らしい。
 ……昨日のあの部屋だよね、と思い出してみると、なんだか力が抜けるのでした。
「あとは――そうねえ、住み込みのお手伝いさんに使ってもらってたわねえ。ふふ、旅館をやってるみたいで楽しかったわ」
「それって、一人一部屋って事ですか?」
 食い付いたのは家守さん。驚いたように目をパチクリさせるそんな表情は、料理教え始めの頃を思い出す。けど、そんな事はどうでもよくて。
「でしたねえ。部屋が余ってるのに相部屋っていうのも、変な話ですから。それにお手伝いさん全員がそうなんじゃなくて、家がこの近くの人は家から通ってましたし」
 家が近い。じゃあナタリーさん、その人の車に忍び込んで動物園からって事になるのかな? 
 にしても、それって凄い厚待遇なんじゃないだろうか。個人所有の家とは言え、そこらの安ホテル以上に快適そうだし。いやまあ、その部屋を見ないと断言はできないんですけどもね。
「んなに驚かなくても、ウチだってそうじゃねーか。オレ等一人一部屋だし、仕事も貰ってるし」
「ああいや、まあそうだけどさ」
 僕は驚いていて、家守さんも驚いていた。そしてそんな家守さんを見て、大吾がいつものようにちょっとズレた発言をする。仕事で来てる人と住人とじゃあ話が全然違う、と言ってもこの男は「なんでだよ?」と首を捻るばかりなのだろうか。うん、多分そうなんだろう。だから言わない。
「栞達とじゃ、話が違ってくると思うよ」
 言った。栞さんが。苦笑しながら。
「なんでだよ?」
 もういっそ可愛いなあこの男。
「この場はお前の馬鹿さ加減を広める場じゃないぞ。頼むから大人しくしていてくれ」
 すぐ隣に座っている成美さんから、いつもと同じように呆れ口調の罵声が飛ぶ。こうなった場合の大吾の対応は二種類で、怒って言い返すか気落ちしてもにょもにょとフェードアウトしていくかのどちらかだ。最近は後者の割合が多くなってる気もするけど、だからと言って前者がなくなったというわけではなく、じゃあ今回はどっちなのだろうかと眺めていると、
「……………」
 ぶすっと黙ってぼすっとソファに寄り掛かるのでした。一見後者だけど気落ちってわけでもなさそうだし、怒りはしたもののお爺さんお婆さんの事を考えると怒鳴れなかった、ってとこかな? つまり前者後者の合わせ技、と。
「ワウ?」
 そんな大吾を見上げてジョンは不思議そうだったりするんだけど――まあ、いつもの事だから心配いらないよ、ジョン。
「ははは。――ところで、白い髪のお嬢さん」
「ん?」
 やり込められた大吾を見てさぞ面白いと言わんばかりにハッキリと笑ったお爺さんは、次にそのやり込めた張本人である成美さんへ、体を前のめりにしながら質問をぶつける。
「そのお兄ちゃんと随分仲が良さそうに見えるのですが、何か特別な関係がおありで?」
「んなっ」
 成美さんは驚いたけど、この質問は二度目になる。とは言え、一度目の時はその場に成美さんがいなかったんだけどね。
 大吾に指摘されて成美さんが帽子を取りに部屋に戻り、その不在の間に「兄妹だったりするんですかな」と。その時は大吾がそれを否定して、という事は少なくとも兄妹ではないという事はお爺さんは知っているわけで、だとするなら「特別な関係」なんて言っちゃうとそれはもう、ねえ? 何を指しているのか決定しているようなもので。
「えー……。えーと、だな」
 困ってるの丸出しで視線をあちこちに泳がせる成美さん。そしてその目が最後に漂着したのは家守さんなのでした。
「な、なあ家守」
「ん? 何かな」
「わたしの話はどの程度伝わっているのだ? こちらの二人に」
「え? ああ、買い物担当の女の子ってくらいかな。幽霊だって事は話してあるよ」
 それは最も重大な情報が抜けてるんじゃないでしょうか? とも思ったけど、抜けてるからこそ「大吾と兄妹なのか」なんて話になるんだよねそう言えば。あの事を知ってればそんな話になる筈がないし。
 というわけで、お爺さんお婆さんがどの程度自分の情報を知っているのかを確認した成美さんは、どうしてだか安堵したような表情に。そして改めて、お爺さんお婆さんに向き直る。
「驚くかもしれないが、今から話すのは本当の事だぞ」
 しかしそれを話して、それがこの場とどう関係あるんだろう?
 頷くお爺さんお婆さんに、成美さん話し始めた。
「わたしは、元々は猫だったのだ。幽霊になった後、家守にこの姿にしてもらってな」
「ほほう」
「おやまあ」
「わたしの仕事の話が伝わっているのならこちらももう知っているのだろうが、この馬鹿者は動物の世話を仕事としている。それで元々猫だったわたしもそこそこ世話になっていて、仲が良く見えるのはそのせいだろう。特別どうこうという事は……」
 やや早口で言い切った成美さんは、最後にどうこうという事が「ある」のか「ない」のかは明言しなかった。文脈を捉えて考えれば普通は「ない」が入るところだけど、ただ単に省略するという意味だけでそういう表現になったわけじゃあないんだろう。だって本当は「ある」んだし。
 なるほど。仲が良いのは否定しないで、その理由を別のところにでっち上げるためにこの話、か。咄嗟の判断にしてはなかなか冴えてますねえ。
 しかし成美さん、はっきり述べたではないにせよ嘘をついたのが後ろめたかったのか、ちらりとだけ大吾のほうへ視線を送ってしまう。すると大吾は当然、今の今まで喋っていた成美さんの方を見ているわけで、ならば必然的に二人の目は合ってしまう。
「……ぐう」
 目が合った次の瞬間にはもう反射的に目を逸らしていた成美さん。気まずそうに恥ずかしそうに、背中を丸めるのでした。
「普通ならそう簡単には信じられないでしょうけど、ねえ? お爺さん?」
「じゃなあ。ペンギンさんと蛇さんと、話ができとるんじゃし」
「し、信じてくれるのか?」
「ええ、もちろん」
 にこにこしながらこっくりと頷くお婆さんに、成美さんは背中を更に丸め、そのうえ前のめりになり、一見落ち込んでいるような姿勢で安堵の溜息をつく。しかし今の言い方だとお爺さんお婆さんが了解したのは「成美さんが元猫である」という話だけになると思うんだけど、成美さん自身はそこのところを把握しているんでしょうか。まあ、してなくてもいいんですけどね。本人が安堵できたのならそれで。
 成美さんほどオーバーではないけど、話が落着してこっちも小さく一息つく。それは、成美さんに釣られた部分もあったのかもしれない。――でもそれはそれとして、息をついた事によって、僕は視線を正面に移す。それは結果として、栞さんを挟んで同じ列に座っている成美さんから向かい側に座っている家守さんへ視線を移すのと同じ事だった。
 そして僕は見る。家守さんが最小限の動きで手首を返し、まるで誰にも気付かれたくないかのようにこっそりと、腕時計を確認する様を。そして次に家守さんは、二列に並んだ両ソファの端、つまりお爺さんお婆さんに一番近い位置に座っているウェンズデーとナタリーさんに、またも目立たない動きで視線を送った。当然、ウェンズデーもナタリーさんも気付かない。
 でも、見ていた僕には分かってしまった。
 もう、残った時間があまり無いのだ。
「あーっと、ウェンズデーとナタリーさん?」
 思わず口が開いた。考えなんて何もなかった。ただ、「取り仕切っている」家守さんが言うよりはただの付き添いに近い僕が言ったほうが不審がられないんじゃないだろうか、という直感に流されただけの事だった。
「あ、はい」
「何でありますか? 孝一殿」
「えっとほら、今一番話をしたいのは二人だろうし、何かあったらこの辺で――と、思ったんだけど」
 ああ、駄目だ。口が変に早回しになって不信感丸出しだ。
「あ、そ、そうでありますね」
 勘付かれてしまったか、ウェンズデーの返事は慌てたような口調だった。
「……………」
 他方ナタリーさんは、何も返してこなかった。こちらに向いた首をひょいとお爺さんお婆さんに向けただけ。動きが少ないのはいつもの事ながら、声すらないとなると本格的にナタリーさんの思考は読めない。
 でも取り敢えずはウェンズデーから話があるようなので、振りの強引さに我ながら冷や汗をかきながらも背もたれに身を預け、傾聴させてもらう事にする。向かい側では、家守さんがこちらに小さく頭を下げていた。
「あの、爺殿婆殿。自分の中のみんなを代表して、一つ訊いておきたい事があるであります」
「おう、なんでも訊いておくれ」
「何かしらねえ?」
 いつも通りの固い口調にいつも以上の緊張を乗せるウェンズデー。対するお爺さんとお婆さんも、姿勢を整えてそれに応える態勢に。
「爺殿と婆殿は、どうして自分達を……と言いますか、どうして沢山の動物達を世話していたのでありますか? よくは分からないでありますが、お金だって沢山掛かる筈であります。ましてやみんなが『居心地が良い』と思えるような世話をしてもらったんでありますから、尚更であります」
 という事はみんな、ここの居心地が良かったんだろう。今更だけど。そして居心地が良いという事はやっぱり、ウェンズデーの言う通り、それだけお金も掛かっているんだろう。幽霊になった今でこそ特になんの設備も無く普通にアパートの一室で暮らしていられるけど、まだ幽霊でなかった頃はそうもいかなかったんだろうし。
 するとお爺さんお婆さんは、二人揃って困ったような笑みを見せる。
「こう言ってしまうと厭らしいんじゃが、まあ、金はあり余っとったからのう。そういう面は特に気にした事もなかったわい」
 それはまあ、事実としてそうなのは周囲を見れば一目瞭然なんだし、今更どう思う事もない。と言うかそれがあったからこそ動物を沢山飼えたわけで、たまーにテレビなんかに出てくる嫌味なお金持ちさん達とはイメージが、ね。違うよねやっぱり。
 言うまでもない確認をしているところへ、次に話をするのはお婆さん。お爺さん以上に口を重々しくしながら、それでもやっぱり柔らかい口調で、
「私達には子どもがいなかったですからねえ。……言い方は悪くなってしいますけど、その寂しさを紛らわせるため、というのもあったかもしれませんね」
 子どもがいなかった。でも欲しくなかったという雰囲気でもないし、という事は厳密に言うと―――――いや、止めておこう。それは別に僕が立ち入るような話でもないし、それ以前に気にする話ですらない。変に顔に出たりしたら最悪だ。
「じゃあ」
 ウェンズデーが言葉を繋げる。それがどれだけ気を紛らわせてくれたかは、気持ちの落差が大き過ぎて把握し辛かった。
「自分達は、その――爺殿婆殿にとって子どもの代わりのようなものだった、という事でありますか?」
『……………』
 お爺さんお婆さんの口調に対照的なくらい、はっきりくっきりな物言いのウェンズデー。その口調によるのか話の内容によるのか……いや、どっちもか。お爺さんお婆さんが気まずそうに黙り込んでしまう。
 そして次にウェンズデーは。
「嬉しいであります」
 そう言った。
 お爺さんとお婆さんは驚いたようにウェンズデーを見、しかしウェンズデーは構わず続ける。
「悔しいでありますが、やっぱり嬉しいであります」
 構わず続けたその言葉からはいまいち具体的な情景が浮かんでこず、お爺さんとお婆さんのみならず僕までも、ウェンズデーに向いている眉毛が八の字に。「悔しいってそれ、どういう事?」と直接尋ねたくなってしまうけど、そもそもウェンズデーに言いたい事があるなら言うよう話を振ったのは僕なので、なんとなく口を挟み辛い。
 そして理由はどうあれ口を挟み辛いのは僕だけではないようで、お爺さんお婆さんはもちろん、部屋内の誰も何も言わない。となればウェンズデーの話は続くわけで、
「子どもの代わり、という事は、逆に言って自分達からすれば爺殿婆殿は親の代わり、という事になるでありますよね?」
 ああ、なるほどそうか。あの話に繋がるわけか。
「ワシらから『うん』とは言えんが、……そう思ってもらえるんじゃろうか?」
「思ってもらえると言うより、ずっと前からみんなそう思っているであります。自分もさんざん言われたでありますので」
 探りを入れるかのような慎重さのお爺さんに対し、笑い話でもするかのような応対をして退けるウェンズデー。まあ、本人にとっては実際に笑い話なんだろうけど。
「……そうかあ」
 そんな語調のおかげか、はたまたそれは関係無いのか。とにかくお爺さんは安心したようで、溜息を吐くようにそう言ってソファに深くもたれ、体ごと天井を仰ぐ。


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