(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十六章 妹より愛を込め返して 十二

2014-01-10 21:08:31 | 新転地はお化け屋敷
「優しいな、お前は」
「へ?」
「また少し苦しくなった」
 そりゃあ慌てて腕の力を抜こうと試みるあたしだったのですが、とはいえやっぱり、それは苦しいというほどのものでもなかったのでしょう。差し迫るものが感じられない声色もそうなのですが、何より旦那さん、そう言いながらもむしろ自分からあたしの身体に身を寄せてきてもいたからです。
 苦しかったんでしょう。
 成立していなかったことが。
「旦那さん」
「ん」
「着いちゃいました、あたしの家」
「そうか」
 言って、旦那さんは目の前の一軒家を見上げます。あたしの腕の中から。
「本当に近所なのだな」
「あはは、はい。……でも、もう少し聞かせて欲しいです。今の話」
 中途半端なところで終わらせるのは気持ち悪い、というのもあるにはあるのですが、もしそうでなかったとしてもあたしは今と同じように話を続けようとしていたでしょう。これはそういう話だったのです、あたしにとって。
「俺は構わんが」
「このまま家に上がってもらっても?」
「ああ、問題ない。お前の側に問題がないのなら」
 お前、ではなくお前の側。となるとそれは恐らく、中にいるであろうあたしの親を指しているのでしょう。幽霊が見えず、声も聞こえず、そもそも本当に存在することすら知らず――だからこそ兄ちゃんがここでなくあまくに荘で暮らしているということを、それとは全く別の話である今この場に関連付けてくれて。
 それについて何か一言くらい言っておこうか、なんてふうに思ったところ、でもあたしより旦那さんの方が先に口を開いてくるのでした。
「ありがとう」
 …………。
 優しいというなら、あたしなんかより旦那さんの方がよっぽど。
「ただいまー」
 旦那さんを抱いたまま玄関を抜けたあたしは、親と顔を合わせることになる前に、二階の自分の部屋へ駆け上がり――とまでは言わないにせよ、早足で移動してしまいました。
 なんせ見ようとしても見えない以上、親に旦那さんを見られてどうなるというわけでもないのですが、でもまあ「何もないのに何かを抱いているようなポーズ」という変な格好を見られるのも恥ずかしかったといえば恥ずかしかったのです。まあ要するに、恥ずかしかったという程度の話でしかないわけですけど。
 というわけで旦那さんを部屋に招待し、さあ話の続きをと思ったまさにその時、一階から声が。
「ご飯できてるわよー。お風呂も温くなる前に入っちゃってねー」
 ご飯は分かるけど、せめてお風呂は一息入れて欲しかったなあ。
「すいません、できるだけ急ぎます」
「気にしなくていい。風呂というやつなら大吾と成美も今日、ゆっくり入っていたぞ」
 なんですと。
「まあその時は俺も連れ込まれたんだが」
 ななななんですと。何やってんのあの人ら。
 ……いや、むしろそれくらいは普通ってことになるんでしょうか? 夫婦ってことになると。うーん、ちょっと想像し難いというか、積極的にしようと思えないというかだけど。

「お待たせしました」
「ゆっくりできたか?」
「はい、おかげさまで」
 とは言いつつ、でもまあさすがに普段通りってわけにはいきませんでしたけどね。ただ、旦那さんのお気遣いがなければお風呂についてはシャワーだけで済ませていたであろうところ、湯船にもしっかり浸からせていただきました。いやあやっぱりそこまでやり通してこその入浴ですとも。
「そうか。ところで、格好が変わったような」
「ああ、はい。お風呂入った後は明日の朝までこの服です」
 パジャマですよパジャマ。これまで男の人に見せたことなんてありませんよ。
 なんちゃって。
 ……あ、そういえばあたし、部屋に男の人連れ込んじゃったってことじゃん。
 えー、あー、うん。これについても「なんちゃって」ってことで。いくら会話ができるからって猫ですもの猫。そしてあたしは人間ですもの。
 ということで、あまり気にしないことにして旦那さんと向かい合うように床へ座りこんでみます。普段ならもうベッドにドーンですが、これからする話は、そんなだらしない格好でするものではないわけで。
 と、そう思ったのですが。
「膝を借りてもいいか?」
 なんとまあ意外なことに旦那さんの方からそんなお願いをされてしまいました。大体は成美さんがけしかけてくるって流れなんだけどなあ、こういうの。
「いいですよ」
 とはいえ断る理由があるわけでもなく、どころか旦那さんは撫で心地がいいので(そういえば今日お風呂に入ったって言ってましたね)、もしそこに行き当たってさえいればこちらからお願いしたいくらいではあるのでした。
 というわけで旦那さんを膝の上へ招待したところ、すると何やら「思った通りだ」と。
「どうかしました?」
「温かくて良い。風呂から出たばかりの人間の膝は」
「…………」
 ちょっと恥ずかしいような、でも恥ずかしがるのも何か間違っているような。
 でもまあ、ゆっくり湯船に浸かったのは正解だったということで。
「しかしまた寝てしまいかねんな、あまりこうしてばかりいると。戻って来たばかりなのに忙しくさせて済まんが、話の続きをさせてもらおうか」
「あはは、忙しいなんてことは」
 お風呂に入ることを仕事か何かのような位置付けにしているのでしょうか? なんて思ってみたものの、でも考えてみればそもそも仕事なんてものが存在しませんよね猫には。いや、でもだからこそお風呂に入る程度のことが「人間でいえば仕事に当たる何か」という扱いにもなったりするかも……と、でもまあそんな話は今どうでもよくて、
「どうぞ」
 寝てしまいかねん、と言っておきながら膝から降りようとはしない旦那さんに、あたしは話の続きをするよう促します。あたしから言いたいことだってなくはないのですが、でもやっぱりどちらが先かと言われれば旦那さんということになるのでしょう。
「さっきも言った通り俺は、というか俺に限らず猫というものは、どんなに親しい相手でも別れ際に寂しいと思ったりはしない。満足するまで一緒にいるし、会いたくなったら会いに行くからな」
「はい」
「だが成美はそうじゃなかった。俺が会いに来るのを待ち、去るのを見送るだけで、自分から会いには来ないし自分から去りもしなかった」
 それについては初耳でしたが、でもその話を聞いたあたしは、成美さんが旦那さんとの過去を振り返る時、しばしば「傍にいてくれた」という言い方をしていたことを思い出しました。逆に、自分から会いに行ったような言い方は一度もしていなかったな、とも。
「それは、どうしてなんでしょうか?」
 普通の猫とは違う、どちらかといえば人間に近い考え方を持っていた成美さんではありますが、でもそれはさすがに人間の考え方とも違っているのではないでしょうか。人間だって会いたい人がいれば会いに行きますし、去らなきゃならない時は去りますし。
「普段暮らしている範囲、というものくらいは俺達にもあるが、あいつのそれはとても狭くて、しかも硬かったからな」
「硬かった?」
「俺達の場合その範囲というのはぼんやりしたもので普段から意識しているわけでもないし、だからそこから出るのも特に珍しいことではないんだが……あいつの場合、滅多なことではそこから出なかったんだ。今日もそこに連れていかれたんだが――」
「ああ、手紙に書いてありました。河原でしたっけ」
 河原というだけじゃあ何も知らないも同然ではあるんでしょうけど、とはいえ少なくとも成美さんが兄ちゃんと旦那さんをそこに連れて行ったのは知っていますし、今この場に限ればそれだけで充分ではあるのでしょう。
 あたしもいつか連れて行ってもらおうかな。
「でも、なんでそんなに?」
「理由なんか特にありはしないだろう、あいつがそういう奴だったというだけで。俺達だって理由があってこんなふうなわけじゃないしな」
「うーん……」
「お前達は理由があってこういう生活をしているのか?」
 周囲を見渡しながら言う旦那さん。この場での周囲というのはあたしの部屋ではあるわけですが、その言葉が指しているのは「家」というもの全体なのでしょう。
 理由というならもちろん、雨風を凌げるだとか夏なら涼しく冬なら温かくできるだとか、あと防犯上の理由だとか動物が入ってこないだとかいろいろ挙げられるのでしょうが――でもそれは「家」というものが持つ機能の話であって、「人間」の話ではないわけです。
 どうしてこういう生活をしているのか?
 生まれた時からこうで、これが普通だからです。生まれた瞬間からその家が持つ機能を知っていたわけではなく、だったらそれは、理由としては後付けのものでしかないのでしょう。そして旦那さんの求める返事がそれでないことくらいは、あたしにも分かります。
「無理して何か言うなら、人間がそういうものだから、というか」
「そうだろうな。そしてそれと同じく、あいつはああいう奴だったというわけだ」
「……はい」
 大好きな成美さんの話。それでこんな曇ったような気分になるのは、中々に重苦しいものなのでした。
 どうして曇ったような気分になるかというと、この話がここからどうなるか、ある程度察しが付いてしまうからです。家に入る直前の遣り取りから。
「俺とあいつは愛し合っていたが――いや、今でもそこは変わっていないが、しかし俺はあいつと同じにはなれなかった。あいつが愛してくれたのが『この』俺である以上、なるつもりもなかったしな」
 …………。
「ただ、大吾との今の生活を見ているとな。もう少し歩み寄ってやっても良かったんじゃないかと、そんなふうに思ってしまうんだよ。俺が去った後、俺の目が届かない所にあったんであろう寂しさが、あそこには少しもない」
 何も言えなくなったあたしが言葉の代わりにその背中へ手を伸ばすと、旦那さんは目を細めてくるのでした。
 少しの間だけそうしてお互い静かにしていたところ、すると旦那さん、「済まんな」と。
「今日はいい日だったろうに、最後の最後でこんな話」
「いえ、家に連れ込んでまで聞かせて欲しいって言ったのはあたしですし。それにこれだって、ちゃんと『いい日』の一部ですよ。良かったです、聞かせてもらって」
「そうか」
 なんて遣り取りを挟んでしまうとまるでもうお開きみたいな感じなのですが、しかしそうではないのでしょう。旦那さんは後悔――というほど決定的なものでもないのでしょうが――だけが残るところで話を終えるような人ではないと、そう思うのです。
「なら遠慮なく続きを話させてもらうが」
 ほら。
「どうぞ」
 促してみたところ、すると旦那さん、膝の上からは降りないままながら、背中を撫でていたあたしの手から離れるようにその身体を捩らせます。撫でること自体を嫌がられているわけではなさそうですが、でもまあ、そのまま真面目な話をするのはちょっと、といったところなのでしょう。
「俺と成美の間に子が居たことは知っているな?」
「はい」
 続きというにはいきなり話題が切り替わっていましたが、とはいってももちろんこれまでの話とまるで無関係ということもないでしょうからそれはそれとしておきます。
 成美さんと旦那さんの息子さん達。……義理のお姉さんのお子さんって、あたしからするとどう呼ぶべきなんでしょうか? 普通なら甥とか姪とかですけど、その場合とは父親が違うんだしなあ。――という話も、それはそれとしておきまして。
「その全員を成美が育て切ったというのは?」
「それも知ってます」
 それは兄ちゃんが成美さんを尊敬しているポイントの一つでもあります。凄いですよね、なんて、何がどう凄いのかよく分かっていないあたしが軽々しく言っちゃっていいのかどうかは迷うところですけど。
「普通なら半分以上は死んでしまっているところだ」
 …………。
 迷うことすら恥じるべきだったようです、どうやら。
「運が良かったというのもなくはなかったんだろう。だが、全てを運の仕業とするのもそれはそれで無理があるだろう。ならば、成美の何がその結果を引き寄せたんだと思う?」
「自分が済んでいる所を滅多に離れなかった、っていう?」
「そうだ。今から確かめる術があるわけではないが、俺はそれが一番の理由だと思っている」
 どうやら正解だったようですが、これはすぐに思い付きました――と言っても別に、それは褒められたり自慢したりするようなことではないのですが。
 猫の普通。そこから外れた結果を引き寄せた成美さん。成美さんが猫の普通から外れたとなれば、行き着く先はそりゃあ人間なのです。
 成美さんは一つ所に留まり続けました。家を建てたりするわけではそりゃあないにせよ、あたし達人間がそうして暮らしているように。
「育て切ったということは、守り切ったということでもあるからな。住み慣れた場所から一歩も出なければ、簡単とは言わないまでも普通よりは随分と楽だろう、外敵から子を守るのは」
 外敵。そういうものが存在する生活という時点でもう、あたしの「普通」とはまるっきり世界が違うのでした。だというのに成美さんは、そんな生活の中であたし達に近い生き方をしていたと。
「もちろん楽なばかりというわけでもない」
 たった今思ったことと同じ意味の言葉を、旦那さんが口にしました。が、とはいってももちろんそれは、あたしなんかが思い浮かべるような根拠も何もないぼんやりとしたものではなくて。
「その狭い範囲の中だけで腹を満たすだけの食い物を調達しないといけないわけだしな。……本当に良くやってくれたよ、あいつは」
 言い終わる頃には少し頭を垂れさせていた旦那さんに対して、あたしはもはやその背中を撫でることすら躊躇ってしまうのでした。
 今更振り返るまでもなく、旦那さんは成美さんだけでなくその他の多数の女性とも関係を持っていました。となれば、いったいどれだけのお子さんが――。
 つい、旦那さんが人間嫌いになった原因を思い出してしまうあたしなのでした。今のこの話とはなんの関係もないというのに。
「ところで庄子、人間のことで少し気になるのだが」
「なんですか?」
 不意に垂れさせていた頭を上げ、それだけでなく声色も元通りにさせた旦那さんでしたが、果たしてそれが意識的なものかそうでないのか、あたしには判断し切れないのでした。それくらいのことすらできないあたしにできることなんて、せめて旦那さんに続くことくらいです。
「お前と大吾は兄妹だが、見るからに年が離れているよな。それにあの、何と言ったか、前に会った楓の妹」
「あ、椛さんですね」
 兄妹だが見るからに年が離れているって、そりゃあそうですよ兄妹なんですから。
 なんてふうにも思いながらしかし椛さんの名前を伝えるだけに留めていたところ、
「そう椛。身篭っているということだったが、話を聞いている限り、どうもその腹の中の子は一人だけという体だったように思うんだが」
 自分の察しの悪さに驚かされるあたしなのでした。そりゃそうだ、猫の兄弟って四つ子とか五つ子とかそんなんなんだから。それを成美さんは全員育て切ったって、そんな話を今まさにしてたところだっていうのに。
「そうですね、殆どの場合は一度に身篭る子どもは一人だけです。双子とかも、たまにあるみたいですけど」
 それにしたってなんであたし、旦那さん相手にこんな性教育みたいなことしてるんだろうか。いやなんでって言われたら訊かれたことを答えてるだけなんだけど。
 それにしても、旦那さんが言っても何の違和感もないのにあたしが言うと背伸びした感じになっちゃうのはなんなんでしょうね。身篭るって言い方。
「そうなのか。一人だけ……」
 一人だけという体だったように思う、とそう言っていた以上、初めからそう見当を付けていたところはあるのでしょう。しかしそれでも、旦那さんは感慨深げにそう呟くのでした。
 となればその感慨の中身を伺いたくなるところなのですが、しかし旦那さんはわざわざあたしが動くことを待ったりはしないのでした。
「どうやら考え方だけじゃなく身体のつくりからしてそういうものらしいな、人間は」
 一人だけ、というワードからして、「そういうもの」というのがどういうものなのかは、もう言うまでもないのでしょう。
 そしてそれについては、目から鱗というか何と言うか。言われてみれば確かに、なんてレベルではなく、「一人だけを愛する」なんて話は今日に限らずこれまで散々してきたというのにどうして今までそこを関連付けられなかったんだろうか、と自分の頭に対して驚愕させられざるを得ないほどなのでした。……いや、あたしだけに言えることでもない以上、あんまり言い過るのは控えておきますけど。
 それにしたってこれ、旦那さんが気付くんじゃなくあたしが、というか人間側が気付くべきですよねえ? ああ、あたしから言えてたらちょっとくらい格好付けられたろうに。
「勿体無いなあ」
「ん? 何がだ?」
「せっかく人間として生まれてきたのにそんなこと全然考えてこなかったです、あたし」
 口にしてみるとあたしなんかには不釣り合いなくらい壮大な話でしたが、でもまあ仕方がありません。多少言い回しを変えようとしてみたところで、どうせそういう話であることに変わりはないんですから。
「まあ仕方ないだろう、猫という比較相手がいて初めてそこが問題になってくるわけだし。それに、これから考え初めて遅いということもないだろう。むしろ丁度いいんじゃないか? 今まさに惚れている男がいるわけだし」
「なっ」
 惚れている男。清明くん。
 一度に身篭るのは一人だけ。
 ……子作り?
「ほあやぁあああーっ!」
「な、なんだ!? どうした急に!?」

「お騒がせ致しました」
「いや、知らなかった事とはいえこちらこそ済まなかった」
 できる身体ではありますがまだしていい年齢ではないのです、とまるでナタリーを相手にしているかのような話を旦那さんにし、ついでに何事かと部屋まで上がってきたお母さんにゴキブリが出たと苦しい言い訳もしたところで(友人に蝉の抜け殻がいてしかもセクハラ紛いのことをされているあたしです、普段ならそんなものに大声を上げたりしません)、ようやく我が自室に平穏が訪れました。
「これまでそういう話が苦手なのかと思っていたがそうか、年齢の問題だったのか」
「はい。兄ちゃんがギリギリですね、そういうのは」
 普通に年を取っていれば大学二年、つまりは日向さんの一つ上なので、だったら日向さんのほうがギリギリ度は上なんですけどね。……でもあんまり年上って感じじゃないなあ、日向さんと一緒にいる時の兄ちゃん。
 まあ、それだけ良いお友達ってことなんでしょうけどね。
「別に今まで気付かなかったというわけではないが、しかしそうなってくるとあれだな。随分と若い男に手を出したものだなあいつは」
「あはは、そういうことになっちゃうんですけどね」
 なんせ成美さん、人間でいえばお婆ちゃんに相当する年齢です。まあ飽くまでも、人間でいえば、なんですけど。しかもそれは寿命を基準にした身体の年齢であって、中身までそれに適うってわけじゃないんでしょうしね。成美さん、そんなにお婆ちゃんって感じでもないですし。
「でも少なくとも、兄ちゃんはだからこそ成美さんを好きになったんだと思いますよ。格好良いですもん、成美さん」
 見た目だってとっても綺麗でかつ可愛いわけですが、とは言ってもそりゃあ、そこがメインということはないのでしょう。なんたって当初の成美さんは大人の身体になれたりしなかったわけで、小さい方の成美さんに対して「見た目で好きになった」ってことになると、それはいくら相手が成美さんでもちょっと待て兄ちゃんって話になりますし。
 いや、可愛いんですけどね?
「それを言うなら、その若さであいつと釣り合っている大吾も相当なものなんだろうさ」
「ですかね?」
「そう思うぞ、俺は」
 笑って誤魔化そうかとも思いましたが、しかしそうする前に思い出しました。ついさっき、こういう展開に対する旦那さんのリアクションを見て感心させられたばかりだということを。
「あたしもそう思います。――ちょっぴりですけど」
 ……もうちょっとだけ頑張ればよかったじゃんか、あたし。
「はは、控えめにしたのは正解だな」
 自分の根性の無さを嘆かわしく思っていたところ、すると旦那さんはそんなことを言い出すのでした。まさかここでいきなりあたしを貶し始める旦那さんでもないと思いますが、じゃあなんなんでしょうか? と、恐る恐るそんなふうに。
「ええと、それってどういう?」
「お前自身だってそれに追随しているんだぞ? その時俺はまだ人間の言葉を聞き取れていなかったが、それにしたって今日、成美と大吾を泣かせたばかりだろう」
「あ、ああ、そうでした」
 じゃなくて。
「いえいえ、あたしなんてそんな」
「どっちなんだ」
「うう……」
 控えめにしたのは正解だ、なんて言われたあたしではあったのですが、でもやっぱり失敗だったんじゃないでしょうか。自業自得、というか。
「過大評価よりはましだが、それでもまあ過小評価もやり過ぎないようにな。成美のお前に対する評価まで一緒に落としているも同然だぞ」
「あ、それは嫌ですね」
 意識したのかそうでないのかは分かりませんが、見事にあたしの弱点を突いてくる旦那さんなのでした。……うーん、弱点っていう表現もなんだか違うような気はしますけど。
 大好きな成美さん。これまではそれだけでしたが、しかし今日からは、大好きな成美お義姉ちゃんなのです。そう呼ぶというわけではなくて、家族という間柄になったっていう話ですけどね。
 ええ、家族なのです。義理とはいえ姉妹なのです、成美さんと。
 えへへ。
 ――と、気が付いてみればにやけ顔を旦那さんに見詰められていたので(それ以前から向き合っていた以上当たり前ではあるんですけど)、ならばとあたしはあちらから何か言われてしまう前に別の話題を切り出します。
「でも年の話ってなると旦那さんはどうなんですか? ほら、チューズデーといい感じみたいじゃないですか」
「ああ、あのお嬢さんか」
 そう、そのお嬢さんという呼び方ですよ旦那さん。
 お互い至って対等に接し合っているチューズデーと成美さんですが、しかしどうも年が同じくらいというわけではないようなのです。訊いたことはないですけど――成美さんのことを考えるとそれは下手をすると幽霊になってしまった原因、つまりは死因を尋ねるも同然になってしまうかもしれないので、訊きたくてもなかなか切り出せたものではないんですけど。
「大吾ほど若いというわけでもないが、しかしまあ対比としてならそう変わらんのかもな。成美と大吾、俺とお嬢さんでは」
 そっかあ、やっぱり若いんだ……
 と、そんなものを顔に出すわけにもいかないので、
「旦那さんから見てどんな感じですか、チューズデーって」
 とそう尋ねてみたところ、
「あんな美女に俺以外の相手がいないというのには驚かされたな」
 なんか凄いことをさらっと言われてしまったような気がするのでした。
「美女なんですか? そんなに?」
「ん? 気になるのはそっちなのか? 相手がいないという話ではなく?」
 それはもうあまくに荘に通ってる身としては、直接それを尋ねるまでもなく。
 ……え、本当に?


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