(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十六章 妹より愛を込め返して 十一

2014-01-07 21:02:43 | 新転地はお化け屋敷
「えへへ」
 成美さんはともかく、旦那さんの認識としては今居る場所は飽くまでも「成美さんの膝の上」なのでしょうが、しかしあたしからすれば膝の上の成美さんの膝の上というのは自分の膝の上の延長線上のようなものなのです。となれば、この二人が揃って自分の膝の上に座ってくれているということに頬を緩ませざるを得ません。
「どうした庄子?」
 振り返りつつ(と言っても角度的に振り返り切れてはいませんけど)尋ねてくる成美さんでしたが、とはいえ察しはついているのでしょう、その成美さんの表情もあたしとそう変わらないものなのでした。
「好きな人達がこんなに近くでこんなに嬉しそうにしてたら、もうどうしたもこうしたもないですって」
「ふふ、だろうな」
 やっぱり察しを付けていた成美さん、するとその視線を再び膝元の旦那さんの方へ落としつつ、
「だとさ」
 と。
「ん? 俺も含まれてたのか、今のは」
「いやまあ、『人』と言われたら反応し辛くはあるだろうが」
「そこは理解しているつもりだが」
「そうか? ならあとは分かるだろう、人『達』だぞ?」
「……お前と大吾ではなく?」
「大吾について言及する場面ではなかったろう。そもそも庄子は、大吾相手にそこまで素直になることなど滅多にないのだぞ?」
 ええと。
 すいません、さらっと口を突いただけというか、言い方がどうあれ意識的にはそう明確に旦那さんを含んでいなかったというのが正直なところなのです。なのですが、とは言ってもまあ「人達」という言い方になってはいた以上、無意識的になら旦那さんを含んでいた、ということではあるのでしょう。
 …………。
 素直って。いや、そういうことになるんでしょうけど。
「そうなのか? 今日は割と仲よさげにしていたように思うが」
「だから今日がその滅多にない日なのだ。無論、だからといって一日中素直なままというわけでもないしな」
 言われてしまったので、ならば想像してみます。一日中兄ちゃんに対して素直なあたしとやらを。で、ええ、すぐに止めましたとも。
 そうしてあっさり気持ち悪い光景を掻き消してやったところ、成美さんがもう一度こちらを向きます。
「そういうことでいいか? 庄子」
「え、いやあの、そりゃあ否定はできませんけど、だからってそうストレートに素直じゃないって言われちゃうと」
「ああいや、そっちじゃなくてこいつを好きな人達に含めるかという話だが」
 ぐはあ。
「それはもう、どうぞどうぞ」
 半ば投げ遣りにそう返したあたしは、一方で兄ちゃんがどんな顔をしているのか見てみたいという欲求と、とても兄ちゃんの顔なんか見られないという羞恥心を激しくぶつけ合わせてもいるのでした。ああなんでこんなことに。
「だそうだぞ。お前のことが好きだとさ、庄子は」
「そうか。まあ悪い気はしないな、俺もここの人間達はそこそこ気に入っているし」
「そこそこ? それだけか?」
「……まあもちろん、大吾と庄子にはもう少し色が付くが」
 言わされた感満載ではありましたが、でも旦那さん、「もちろん」という一言を付け加えてくれてもいました。となればそれは、言わされたということは変わらないにしても、その場しのぎの出まかせだったということではないのでしょう。
「んーふふー、そーだろーそーだろー」
 で、その言わせた返事にこれ以上ないくらい満足したのか、なんだか成美さんの声から締まりというものが失われてしまったのでした。それはそれで可愛いからいいのですが、でも全力で頬ずりするのはちょっと勘弁してあげてください。いくら小さい方の身体だからってお互いのサイズ差が。ああ首が首が。
「おっといかん、庄子が好きだと言ってくれたのにわたしばかり堪能していてどうする」
 気付くべき箇所が違うような気がしますが大丈夫でしょうか。
「そういうわけで庄子、頭の一つでも撫でてやってくれ。なんだったらわたしはあっちに行くぞ?」
 あっち、というのが兄ちゃんの膝の上であるのはもう言うまでもないとして、
「そこまでされるとちょっと照れ臭いので、今のままでお願いします」
 別に変な勘違いをしたというわけではありませんが、それにしたっていきなり「好き」なんてことになっちゃうと、そりゃあ、ねえ? どういう意味のものであれ照れ臭いのは照れ臭いですって、どうしても。
 という話はともかく、黙っているということは旦那さんに異存はないのでしょう。ならばとあたしは勧められた通りにその頭へ手を伸ばすのですが、
「礼を言う」
 と、手がその小さな頭に届くよりも先に。
「成美に年を取らせることは、既に死んでいる俺にも大吾にもできないことだ。いくらしてもし切れるものではないが、こいつの元夫として感謝するぞ、庄子」
 そりゃあ、言われたその瞬間は驚きましたが。驚きましたけど。
「成美さんがいい人だっただけです」
「そうか。そうだな、お前からすれば」
 旦那さんは、自分からあたしの手に頭を寄せてきてくれました。
「お前らそんな、わたしを挟んでするような話かそれは」
「好きでそこに挟まってんだろオマエ」
「ぐぬぬ……八方、いや三方塞がりか」
 五方分くらい穴だらけですよそれじゃあ。
「でも今の話だとあれだよな」
 成美さんが黙り込み、その所在の無さを誤魔化すかのように旦那さんの背中を撫で始めた辺りで、兄ちゃんがゆっくりと口を開きました。
「立場は同じ――いや、いっそオレのほうがってくらいなんだろうし、じゃあオレからだって言わないとだよな、今の」
 今の話、というのが成美さんの八方なり三方なり塞がりの話でなく旦那さんの話であることは当然として。
 立場。その話の中で旦那さんは自分を「元夫」としていたわけですから、じゃあ兄ちゃんが言っている兄ちゃんの立場というのは、「現夫」ということになるのでしょう。
 …………。
「い、いやいやいいよそんな。そりゃそういうふうに思ってくれるのはこっちとしても嬉しいけど、兄ちゃんからはもう充分」
「いくらしてもし切れないって言ってただろ、旦那サンも」
「――それは、そうだけど」
 お礼というのなら、感謝の気持ちを表すというのなら、兄ちゃんはもうあたしの前で涙を流しすらしているのです。嫌というわけではない、どころか今言った通りに嬉しいことではあるのですが、しかしだからといってそう何度も見たいものではなかったりも、そりゃあやっぱりするのです。もちろん、今ここでまた泣くってわけじゃあないんでしょうけど。
 といったところで、胸元でもぞりと動きが。
「言わせてやってくれ庄子。立場というならわたしからこんなことを言うのは筋違いかもしれんが、でも頼む。わたしからも」
 そういって真っ直ぐにあたしの目を見てくる成美さんの表情は、実に真剣なものなのでした。もしもそれが少し笑ったような、冗談交じりのそれだったとしても結果は同じだったのでしょうが、とはいえ過程については、そうだった場合と今のこの状況では差が出てきていたのでしょう。
 ああ、あたしも将来こういうお嫁さんになりたいな。
「分かりました」
 あたしのほうこそ少し笑わされてしまい、するとそれに微笑み返してくれた成美さんは、旦那さんを抱いたままあたしの膝から立ち上がって、兄ちゃんの隣に座り直しました。
 すると今度はそれを見届けた兄ちゃんが少し笑い、そして。
「今日はありがとうな、庄子。成美のことも、それ以外のことも」
「うん」

「このまま居てもらっても構いませんよ?」
「そういうわけにもいかんだろう」
 どうせなら切りのいいところで気持ちよく退散しよう、とあたしが帰宅を申し出てみたところ、「だったら俺も」とあたしに続こうとする旦那さんなのでした。兄ちゃんはどうやら引き留めたいようでしたがしかし、どうやら旦那さんにも言い分があるようです。
「どうしてだ?」
 兄ちゃんに代わって成美さんが尋ねると、旦那さんはこう答えました。
「俺の目の前で大吾を発情させる気か? あの布切れで」
「…………!…………!」
 言葉にならない何かを発し始める成美さんなのでした。
「俺はそうなっても全く構わんが、お前や人間はそうもいかないんじゃないのか? 間違っていたら済まんが」
「合ってる、それで合ってるからもういい」
 どうなんでしょう、これはあたし達の遣り取りを見てそういう結論に達したということなのか、それとも成美さんは猫だった頃からそうだったということになるんでしょうか?
 そしてそれはそれとしても成美さん、一日我慢するという選択肢は提示できないものでしょうか。今日買ったからって今日着けなきゃいけないってわけじゃないですよ? あの下着。
 ……とは思ってみたもののしかし、旦那さんがその事情を知らないというならともかく、知っていると分かっていてそうするというのも相当キツいものはあるんでしょうけどね。旦那さんがいるから今日は我慢していると、口にしなくたってそう言っているようなものなんですし。しかもそれを一晩中って。
「もう、せっかく庄子が具合のいいところで去ろうとしていたのに水を差しおって」
「はは、それは済まん」
 間違っていたら済まん、と言っておきながら間違っていなかった旦那さんですが、結局は謝罪することになるのでした。

 帰るとなったらあたしも旦那さんも玄関へ移動するわけですが、しかしあたしはともかく旦那さんについては、そこへ至ってもまだ成美さんの腕の中なのでした。……と言ってしまうと旦那さんがそうしたように聞こえてしまいますが、そこはもちろん(もちろん?)成美さんが仕掛けたことなのでした。まあ仕掛けたとは言っても、初めから抱いていたのをそのまま引き続けたというだけのことではあるんですけど。
「次に会うのは明後日だな」
 あたしと旦那さん、その両方に成美さんは言いました。どうして明後日なのか、というのは今更振り返ることでもないでしょう。
 というわけであたしは「はい」とだけ、でも自分ですら過剰だったんじゃないかというくらい明るい声でそう返事をするわけですが、
「丁度それを尋ねようと思っていたところだったんだが、その日俺はここに来ればいいのか?」
 旦那さんはそう尋ね返すのでした。そういえばそうですね。
 というのは当日、式に招待された人のところへは四方院さん(と言っても、あたしが面識があるのは高次さんだけですが。みんなは何度かあちらにお邪魔しているそうですけどね。むう)のところから迎えが来るそうなのですが、旦那さんの迎えってどこに行けばって話になりますよねそりゃあ。
 で、すると成美さん、胸元の旦那さんを見下ろしながらにやりと笑みを浮かべます。
「そのつもりだったが、しかしどうだろうなあ? どうやらかなり気に入ってくれたようだし、庄子と一緒でも構わんのじゃないか? わたし達と一緒だと、招待客用の車には乗れないからな」
 今日これまでのことを考えればここは胸を張って「どうですか?」とあたしからもお勧めするべき場面ではあるのでしょうがしかし、それでもやっぱり照れ臭いところがあるにはあるわけです。そしてそれを抜きにしても、
「あー、成美。そもそも庄子はオレらと一緒の車だから」
「あれ? あれ、そうなのか?」
 兄ちゃんから説明してくれました。照れ臭がって言うに言えないところではあったので、ちょっとしたこととはいえ結構ありがたいのでした。欲を言えば先に説明を済ませておいてくれれば尚良かったわけですが。
「オレんちの前にいきなり黒塗りの車を停められるわけにもいかないからなあ。しかもそれに庄子が呼ばれて乗り込むとか、下手したら誘拐だと思われそうだし」
「というわけで、あたしもあまくに荘から乗せてもらいます」
 本人からすればちょっぴり不服なところがなくはないのですが、そうはいってもやっぱりあたしはまだ中学生で、じゃあ「結婚式に呼ばれた」なんて説明をしたところで親からすれば「はあ?」ってなもんなのでしょう。主賓が兄ちゃんだとも言えないわけですしね。
 一方、話によると日向さんのお友達もお呼ばれしているらしく、さすがに大学生ともなればそんな事情とは無縁なんでしょう。なんせその大学生である日向さんが結婚するってんですから。
 どんな感じだろうなあ、同級生とか後輩とかが結婚しちゃうなんて。こっちなんて同級生に彼氏ができただけでちょっとした事件になるっていうのに。
「そうか。ふふ、そうなったらそれはそれで楽しみだな。式が始まる前から、どころかここを出発するところからずっと一緒にいられるんだろう?」
 あー、なんていい顔するんだろう。もう不服とかどうでもいいや。
「はい」
「となると自動的に、俺もそれに同行することになるわけだな?」
「そうなるな。ああ、こんなに幸せな結婚式が他にあるだろうか」
「他にあるかって、そもそも結婚式ってのがどういうものかよく知らないだろオマエ」
「そんな些細なことはどうでもいいのだ。知っていようが知っていまいが、大抵は人生に一度きりのものなのだろう?」
「うーん……まあ、な」
 押し切られて苦笑いを単なる笑みにさせられる兄ちゃんなのでした。納得させられたということはつまり、兄ちゃんとしても嬉しいことなんでしょうか? 嬉しいことなんでしょうね、やっぱり。
「お前も期待していいぞ。あそこなら猫向けの食事も用意してくれるだろう」
「それは有難いな」
 確認を取る前からそういう期待を寄せられるということは、よっぽどいい所だったんでしょうね四方院さんのお宅は。あたしはすっごいお金持ちだとか、霊能者のお仕事をしてる家だとかくらいしか知りませんけど。うーん、想像しようとすればするほどこれまでの機会にご一緒したかった。
 ……で、となると、ナタリーには冷凍の鼠やら何やらが出てくるんでしょうか? いえ、いえ、だからなんだとは申しませんが。食べた後の満足げにしてるナタリーは可愛いですしね。お腹もぽっこりしてますし。
「どした、変な顔して」
 どうやら変な顔をしていたらしいあたしは兄ちゃんから追及を受けてしまうのでしたが、しかしもちろん、今考えたことをそのまま口にするわけにはいかないでしょう。食事の際には美味しいものを食べて美味しそうな顔をするべきなのです、ナタリーだって。
「いやいやなんでも」
 というわけなので、これまでの理由に加えて追及をかわすという意味でも、さっさと帰ってしまいましょう。中断していた帰宅作業を再開し、靴を履き終えてしまいます。
「では庄子、こいつを頼む」
 ここまで来て引き留める成美さんではありませんでしたが、でもその代わり――ということでもないんでしょうけど、旦那さんをあたしに預けてくるのでした。
 となればそれを引き受け旦那さんを腕に抱いたあたしなのですが、ええと……?
「いや、自分で歩くぞ俺は」
 ですよねえ?
「いいではないか。庄子の、というか怒橋の家はすぐそこだ。その少しの間くらい良い思いをしてもばちは当たらんぞ?」
「ふん、いかにもお前らしい発想だな」
 あはは。
 …………降りないんですか?
「ここも怒橋の家だけどな」
「はは、まあそうなのだがな」
 今はそういう話じゃないんだよ兄ちゃん。と思いはしたものの、これから去ろうとしている人間がそんな野暮な突っ込みだけ残していくというのもどうなんだということで、それについては何も言わずに立ち去ってしまうことにしました。あたしと旦那さんがいなくなった後でその話を展開させるなら、存分にさせればいいのです。あとは二人でいちゃいちゃしてればいいんですから。
「じゃあ兄ちゃん成美さん、また明後日に」
「うむ。今日は本当に有り難うな、庄子」
「寝坊すんなよ」
 しないわ。というかできんわ多分。……寝れるかなあ、明日の夜。
「お前も、またな」
「ああ」
 あたしの腕の中の旦那さんを撫でながら、成美さんはそんな短い別れの挨拶を。明後日にはまた会うにしたってそれだけでいいのかな、なんて思わないでもありませんでしたが、でも考えてみればそういうものなのかもしれません。
 なんたって旦那さん、成美さん以外の女の人(と言ってももちろん猫ですが)、しかも複数だか多数だかとお付き合いをしているわけで、だったらいっそ一緒にいる時間の方が短いくらいになっちゃうんでしょうし。となれば一日会わないくらいは、別れでも何でもないのでしょう。
「夫から元夫になっても――なんて話は、する必要がないか? こんな時にまで」
「ないな」
「はは。うむ、それでこそお前だ」
 …………。
 別れでも何でもないというか、そもそも別れてませんでしたね。

「庄子」
 ちょっとびっくりしました。いえ、202号室を出た途端に話しかけられたって、それだけのことではあるんですけど。
 成美さんのご機嫌さに同調したのか今日は割と普通にお喋りしていた旦那さんですが、普段は口数が少ない方なのです。なのでその成美さんと別れ――えー、一時的に距離を置いた今、あたしが家に着くまで黙ったままっていうのも有り得るなあ、なんて思った正にその瞬間だったのです。そりゃびっくりしますとも。
 とはいえ、だからどうだという話でもありません。黙ったままだったとしてもそうだったのと同じく。
「なんですか?」
「惚れている男がいるんだったよな、今」
 はわお。
「えー、えーと、はい」
 照れはしません。これまで目の前で普通にその話もしてきたわけですから。でも驚きはします。声を掛けられた瞬間以上に。まさか兄ちゃんと成美さんの話ばかりだった今日、しかも他の誰でもなく旦那さんから、いきなりこんな話を振られるなんて。
「そう硬くなるな、成美のようにほじくり返したりはしない。……苦しい、少し」
「あっ、す、すいません」
 成美のように、かあ。多分あたし達の中じゃあそういう話の筆頭は成美さんじゃなくて家守さんってことになるんだろうけど、うーん、旦那さんからすればやっぱりそうなるんだなあ。と、旦那さんを締め上げてしまった自分の不手際を振り払いつつ。
「お前個人の話ではなく人間の話だ、俺がしたいのは」
「あはは、それは何よりで」
 そうですよね、清明くんに興味を持つってことはないですよね旦那さんが。あまくに荘のみんな――と、どうやらあたしも――のことを気に入ってくれたとはいえ、基本的には人間を嫌っているわけですし、だったら一度も会ったことのない清明くんのことを気に掛けようなんてことはそりゃあないんでしょう。
 いずれ紹介したくはありますけどね。いずれというか、将来というかですが。
「一応訊いておくが、お前もやはり『一人だけ』なんだよな?」
「はい」
 清明くんだけです。
「俺も成美からそういうふうに愛されたわけだが、しかしそうは言ってもやはり、俺が成美の考え方に染まったというわけではなくてな。今でもまだ他の女と関係を持っているわけだし」
 関係を持つ。うーん、話題からしてそれがここで意味するのは「夫婦」ってことではあるんでしょうし、そこに他意はないんでしょうけど、なんでこうやらしい感じに聞こえてしまうんでしょうねこの言い回し。
 と、カッカし始めてしまいそうな頭を強引に冷却するあたしなわけですが、そりゃあ旦那さんの話がここで終わりというわけでもなくて、
「その『一人だけ』の相手と会えない時間というのは、どんな気分がするものなんだ?」
 と、あからさまなくらいあたしには荷が重い質問を浴びせられてしまうのでした。
 ええと、言うまでもなく――いや旦那さんには言う必要があるのかもしれませんが――まだそこまでの関係にはなってないわけでしてね? あたしと清明くんは。お友達ですよ、お友達。
 というわけで、
「なんでそんなことを?」
 と、悪足掻きというか時間稼ぎというか。
 その質問に対しては旦那さん、
「俺が帰ろうとした時に、成美はどんな気分になるものなんだろうかと思ってな」
 とのことでした。うーん、見事なまでに照れも何もありゃしませんが、そんなものなんでしょうか。だったら――。
 あたしが帰ろうとした時に、清明くんはどんな気分になるものなんだろうかと……はおおおお。
 立場から何から全部違うのに調子に乗るもんじゃありませんでした。これじゃあただの自意識過剰かつ痛々しい勘違い女ですあたし。
「どうかしたか?」
「いえ、大丈夫です」
 大丈夫ですと答えてしまった時点で大丈夫じゃないような気もしますが、旦那さんはそのへん、スルーしてくれたのでした。もちろん気付かなかったってことでもないんでしょうけどね。成美さんのこととか人間のこととか、察しはいい人ですし。
 で、ならばそれに有難く乗せて頂きまして本題です。
「そりゃあやっぱり、寂しいんじゃないですかね。少しくらいは」
「少し、というのは大吾のことがあってか?」
 即座にそういう反応ができるということは、旦那さんも初めからある程度の想像はしていたということなのでしょう。旦那さんが帰ってしまうのはそれほど寂しくない、なんて、取ろうと思えば悪いようにも取れる言い方ではあったわけですし。
 全部ではないかもしれないけど、でもその寂しさの殆どは兄ちゃんが埋めてあげられる。
「あたしからは言い難いですけどね、そんなの。なんか自慢してるみたいで」
「しても構わんとは思う――が、まあ、俺も人のことは言えんか。好き好んでそういう話をするほうではないし」
「ってことは、本当は自慢のお嫁さんですか? 成美さんって」
「もちろんだ」
 自分からは言わなくても、認めるだけなら素直に認めちゃうんですね。なるほど、こういう「素直」もアリなのか。
 などと本題を逸れて個人的な話について納得させられるあたしだったのですが、しかし忘れてはいけません。旦那さんが初めに言っていた通り、これはあたし個人ではなく人間の話なのです。
「自慢の嫁が一人ではないというだけの話で、一人一人に対する気持ちの強さは人間と変わらんのだろう。とそうは言っても、そここそが重要であるようだがな、人間にとっては」
「うーん、まあそういうことになるんでしょうね、やっぱり」
 どれだけ気持ちが強くても、どれだけ好きでもどれだけ愛していても、その相手が二人も三人もいるとなったら、それはやっぱり白い目で見られてしまうことではあるんでしょう。なんて言ってしまうと「人間がおかしいんじゃないか」という話になってしまいそうですが、しかしそういうわけではなく、そして旦那さんもそんなことが言いたいわけではないのでしょう。
 今となってはその頭に「元」と付くとはいえ、なんたって成美さんの旦那さんなんですしね。しかもその成美さんを自慢のお嫁さんとまで仰っているわけで。
「逆に質問していいですか?」
「なんだ?」
「旦那さんは、というか猫はそんなことないんですか? 寂しいとか」
「ないな」
 ばっさりでした。が、しかしその一言だけで終わるわけでもなく、続けてこんな説明も。
「そう思う間は離れないからな。お前達と違って一つ所に留まる必要もないわけだし」
「あー」
 そりゃそうでした。縄張りくらいはまああるにしても住居を構えているわけではないんですから、会うも去るも完全な、時間の縛りすらない自由意思によるものなのです。だったら離れたくない間は離れなければいいだけの話で。
「ただな庄子、少し考えれば分かると思うが」
「はい?」
 納得こそすれ新しく思い付くようなことは何もないあたしは、我ながら間の抜けたトーンで訊き返してしまいますが、
「それが成立するのはお互いがそういう思考でいてこそだ」
 …………。
 そう、ですね。


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