(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十六章 妹より愛を込め返して 十三

2014-01-15 21:05:06 | 新転地はお化け屋敷
「まあそれもそうか、俺にも人間の美醜は分からんし」
「な、撫で心地が良いなー、くらいは」
 何の誤魔化しなのかは自分でもよくわかりませんが、しかし何かを誤魔化すかのようにそんなことを言ってみるあたしなのでした。もちろん、撫で心地と美醜に直接の関係はありません。
「まあそう気にしなくても構わんだろう。俺だって初めの初めは別に見た目に惹かれたというわけではないし」
「そうなんですか?」
 美女とまで言っておいて。しかもそんなチューズデーに自分以外の相手がいないことに驚いた、なんてふうにも言っておいて。
「生前、いや今もそうだと言えばそうなのだろうが、人間に養われていたそうじゃないか。あのお嬢さんは」
「……あー」
 そんな疑いの目はしかし、いとも容易く突き崩されてしまうのでした。そうですよね、見た目なんかよりよっぽど重大ですよねそっちの方が。特に旦那さんにとっては。
「今は多少和らいだが、まだ人間を忌避していた頃だったからな。お嬢さんと初めて顔を合わせたのは。そりゃあそういう奴がいることは知っていたが、まさか知り合うことになるとは思っていなかった」
 ということはこれまで飼い猫とは一人も――なんて思ってはみましたけど、でもそれはそうですよね。さすがに家を出るところまで自由にさせる飼い主なんてそうはいないでしょうし、じゃあずっと家の中にいる飼い猫と旦那さんが知り合う機会なんて、そりゃあ一度もなかったとしてもおかしくはないのでしょう。
 ちなみに、多少和らいだ、という点については大人しく頬を緩まさせていただきました。
「しかも話を聞いてみればその人間のことをベタ褒めだ。とても批判的なことを言える雰囲気ではなくてな」
「でしょうね」
 あたしは直接会ったことはありませんが兄ちゃん達は会ったことがある――というのはこの話に関係ないただの羨みでしかないわけですが、それはともかく。
 山村さん、でしたっけ。チューズデー達とナタリーの元飼い主さん。聞くところによると、今も山の上にでっかい家だけが残っているお爺さんお婆さんだとか。家だけが、と言うからにはもう、「そう」なんですけど。
「でもその辺、旦那さんとしては嫌な感じじゃなかったんですか? 嫌いな人間を好きだっていうのは」
「自分が人間嫌いだからといって、人間を好きな奴が間違っているなんてことは言わんさ。そうなったらお嬢さんより先に成美を批判しなくてはいけなくなるしな、俺の場合」
「ああ、そういえばそうなりますね」
 これはさすがに察しが悪いとか言ってられるレベルではないでしょう。というわけで、
「すいません、しょうもないこと訊いちゃって」
 頭を下げるあたしでした。膝の上という位置関係上、頭を下げたというよりはただ顔を近付けただけのようなものなので、残念ながらあんまり謝意を示したという気はしませんでしたけど。
「俺にとってはしょうもないことだが、お前にとっては、というかお前達にとってはそうじゃないだろう。なんせその延長線上にある話で兄と義姉を泣かせたのだからな」
 引っ張りますねそれ。どちらかといえば歓迎しますけど。
「と、そろそろ話を戻そうか。お嬢さんの話をするためにここまで来させてもらったわけではないし」
「あ、そうでしたね」
 それについてはあたしからも異論はないわけですが、しかしそれにしてもさすがと言うべきなのでしょう。何がって、今現在お付き合いをしている女性の話をこうも簡単に切り上げられることがです。しかもただの女性ではなく週に一度、火曜日にしか会えないという女性なわけですし。あとついでに凄い美女だとか。
 別れる時に寂しいとは思わない。ううむ、これもまたそういうことなんでしょうか。
 ちなみにあたしの場合はどうなのかというと、同じくさらっと話を切り上げようとはするのでしょう。ただしそれは照れ臭いからであって、平気であるならいくらでも話していたいところではあるんですけどね。
 なんてことを考えながらその話の主役であるところの男の子の顔をぼけーっと思い浮かべていたところ、もぞりと動いた旦那さんからの感触で意識は現実へと。
「成美と大吾のように男女の仲にまでなるのはさすがに特例だとしても、お嬢さんと養い手のこともあるわけだしな。猫と人間が――に、限るのも変な話か。別々の動物同士が愛し合うことも、そう取り立てて珍しがるほどのものではないのかもしれんな」
「ですね」
 最初に浮かんだのは「だといいですね」という曖昧な返事だったのですが、でもそれは取り消してそう答えておきました。というのは、あたしだってその一例だからです。
 年、取り始めてくれたわけですしね、成美さん。あたしと一緒に。兄ちゃんとも一緒に。
「となれば庄子」
「はい」
「人間同士が愛し合うのなど容易い事だとは思わんか?」
 …………。
 あれ? これって。
「あたしの話ですか? もしかして」
「もちろん」
 いともあっさりそう答えた旦那さんは、しかし何やら慌てたように身じろぎをしてからこんなふうにも。
「一応言っておくが、さっきみたいに大声は出してくれるなよ。そこまで飛躍した話ではないつもりだ」
 先程は誠に申し訳ありませんでした。
 ではなくて。
「あれ、チューズデーの話をしにここに来てくれたって、成美さんの話をするためだったんじゃあ?」
「ん? それはもう終わらせたつもりだったが。子の話から後の話はもののついでだぞ?」
 ということはつまり旦那さん、成美さんの話ももちろんながら、今の話も初めからするつもりでここへ来たと、そういうことなんですね?
 と、いうことは。
「ありがとうございます、励ましてもらっちゃって」
「成美をあんなに喜ばせてくれたんだ、それくらいはさせてもらわないとな。それくらいしかできんとも言うが」
「充分です」
 背中を撫でると、旦那さんは気持ち良さそうに目を細めます。
 いい気分です。とっても。
「さて、話も済んだことだしそろそろ行くかな」
 話も済んだ事だし、とそう言った旦那さんではありますが、それを理由に立ち去ろうとするには少々、その話が済んでから時間が経ち過ぎているような気がするのでした。
 経ち過ぎている、と言ってもそれは二、三分程度のことではあったのですが、それにしたってやっぱり「そうは言いながらしっかり堪能してましたよね」ってことになりますよね。何がってあたしが背中撫でるのを。
 数回程度ならともかく二分も三分も撫で続けるというのは我ながらやり過ぎのような気もしますが、でも仕方ないじゃないですか。お風呂に連れ込まれたなんて言ってた旦那さんですから、撫で心地がもう物凄いんですもん。
 というわけで。
「旦那さん」
「なんだ?」
「あたしはまだちょっと寂しいかもしれないです、今帰られちゃうと」
「はは、そうか。なら仕方ないな」
 お前は人間だろう、なんて言われたらどうしようかと思いましたが、しかし快く話に乗ってくれる旦那さんなのでした。
 離れて寂しいと思う間は離れない。あたしが今言ったのは、そんな猫の考え方に則った引き留め方なのでした。いやまあ、実際にそんなふうに言うものなのかどうかは分かりませんけど。
 で、寂しい、なんて思った理由ですが、この素晴らしい撫で心地ももちろんながら、もう少しお喋りしていたい、なんてふうにも思ったのです。ついつい友達との電話が長くなってしまうノリ――とは、さすがに違うんでしょうけど。
 ともあれ、引き続き背中を撫で続けながらあたしは尋ねます。
「ちょっと質問なんですけど」
「なんだ?」
「猫って夫婦と親子……あと兄弟もですかね? それ以外の関係っていうか、身内意識みたいなのってあるんですか?」
「身内意識? 例えば?」
 そりゃあ、いきなりそんなことを言われても、というところではあるのでしょう。細めていた目を開けてこちらを見上げてくる旦那さんなのでした。
「例えばほら、兄ちゃんのお嫁さんになった成美さんとあたしが義理の姉妹になったわけじゃないですか。そういうのって、猫にもあるのかなって」
「ないことはないが……しかしどうだろうな。今日のお前達を見ている限りだと、そこまで強いものではないように思う。それで感激のあまり泣くなんてことはもちろん、普段から意識して会うようなことすらあまりないし」
「んー、そうですか」
 というのはつまり、形の上では、くらいのものということなのでしょう。道端でたまたま顔を合わせることがあれば挨拶くらいはするような――というのはまあ、あたしの勝手な想像なんですけど。
 勝手な想像はともかくちょっぴり残念に思っていたところ、すると旦那さん、「どうしてだ?」と。まあそうですよね、単に思い付きで話すにしては変に捻った話題ですし。
「迷惑だったらすいませんけど」
「取り敢えず言ってみろ」
 あたしの切り出し方に不穏なものを感じ取ったということなのでしょう、撫で続けていた旦那さんの背中から柔軟さが少しだけ失われました。
「旦那さんとも身内になれませんかね? あたし。成美さんとそうなったみたいに、義理のお姉さんの元夫、ってことで」
 そんな身内関係は猫どころか人間にもないような気がしますが、でもまああるかないかは大して問題ではないんじゃないでしょうか。当人同士の気持ちこそが重要なんであって。
 ――といかにも格好良さげなことを言ってみても、今のところは当人同士の気持ちではなく、当人の片割れの気持ちです。なんせ、「迷惑だったら」なんて前置きが必要なくらいなんですしね。
 なんてことを考えて紛らわせようとした緊張は大して紛れてくれず、特に間を置いて旦那さんが「ふう」と息を吐いた瞬間なんかは、呆れられてしまったかと胸が痛いくらいなのでした。
「案外欲張りなんだな、お前は」
「はい」
 その通り、あたしは欲張りなのです。例えば今日、兄ちゃんと成美さんが年を取ると言ってくれたのはあたしがそうして欲しいとお願いしたからですし、更に今のこの話なんかはもう、「成美さんがお義姉さんになってくれたんなら旦那さんも」という、それこそ欲の皮が突っ張ったような考え方から出てきたものなのです。欲張り、という言葉が出てきた時点で旦那さんもそこは察しているんでしょうし、あたしもそれを否定はしません。
 ただし、だからといってそうするに至った思いが軽いものだということではありません。できればそちらも察して欲しいところですが――というのも、これまた欲張りな話なのでしょうが。
「いいだろう」
「え」
 返事は、なんともあっさり出てくるのでした。自分から求めた答えに「え」じゃないだろあたし。
「他の人間なら間違いなく断っているところだが、お前なら構わん。元嫁の恩人であり義理の妹でもあり、何より俺自身、どうやらお前のことは好いているようだからな。探してみたが見付からなかった、断る理由は」
「さ、探したんですか」
「そりゃあ、これでも一応人間嫌いで通しているつもりだからな。個人的な感情とはいえ筋を通そうとするくらいは許してくれ」
「いえいえ、それはもう」
 通そうとして通せなかったなんて、むしろあたしからすれば嬉しいことですし。それだけ気に入ってくれてるってことですもんね、あたしのことを。
 と、そんなことを言ってしまうのはさすがに調子に乗り過ぎでしょうし、だったら言わずにおくんですけど。
「というわけで庄子」
「なんですか?」
「また撫でてもらえると嬉しい」
 言われて気が付きましたが、いつの間にやら旦那さんの背中を撫でていた手はその動きを止めていたのでした。いやまあ、ここまでの間に緊迫した瞬間なんかもあったわけで、じゃあ休まず撫で続けていた方が変ではあるんでしょうけどね。
「はい」
 案外甘えん坊さんなんだろうか? などとついつい失礼なことを思い浮かべてしまいますが、でも普通はこれくらいでしかコミュニケーションが取れないんだよなあ、とも。当たり前のように会話している今のこの状況なんて、他じゃあまずないわけですしね。家守さんみたいな人がそこら中にいるっていうなら話は別ですけど、そういうわけではないんでしょうし。多分。
 というわけで、例えばジョンに対してわざわざそんなことを考えないのと同じく、妙な考えは捨ててただただこの撫で心地を楽しんでおくことにしました。
 で、そうして楽しみ続けること暫く。
「そうだ庄子、ついでと言ってはなんだが」
「はい?」
「帰り際、成美と大吾の所に寄って、俺とお前のことを報告してこようか? 急ぐ必要はないにしても、あの二人には知らせた方がいいだろう」
「あ、そうですね」
 というわけで、そうしてもらった時のことを想像してみます。
 今日はもうこんな時間ですし、だったら報告してもらったからと言って今日どうなるというわけではないでしょうし、明日も兄ちゃん達の部屋に行かせてもらうつもりは今のところありません。
 そりゃあなんたって明後日が結婚式ですしね。連日押し掛けるというのはどうかと思いますし、あたしとしても、明後日を目一杯楽しむための充電期間みたいなものを設けたいとは思いますし。食べ放題のお店に行く前にお腹を空かせておく的な――うーん、これはさすがに女子らしからぬ発想でしょうか?
 ともあれ、そうなると明後日、式場への出発前が次に顔を合わせるタイミングになるわけです。今この事を知らせておけば成美さんが大喜びの大歓迎で飛び付いてくるのは想像に難くないですし、それに兄ちゃんだって。
「うーん」
 でも、
「いや。次に兄ちゃん達に会う時に、あたしと旦那さん二人揃ったところで知らせたいです」
「そうか。そうだな、それが一番だろう」
 一刻も早く伝えたい、という気持ちはそりゃああるのですが、しかしそんなふうに思ってしまうくらい重要な話でもあるわけで、だったら舞台はしっかり整えたいのです。という考えが浮かんだのは、その具体例である結婚式あってのことではあるんでしょうけど。
「明後日には皆で結婚を祝うということなら、今日明日くらいは二人だけにしてやったほうがいいんだろうしな。報告しに行く俺のことはともかく、お前のことが気になって仕方なくなるぞ、成美も大吾も」
「ですね」
 とさも初めから同じことを考えていたふうを装うあたしですが、言われるまでそんなことは全く、欠片も思い付いていなかったのでした。お恥ずかしい。
「下手をしたら、俺が着いた時点で大吾が発情させられている可能性もあるし」
 恥ずかしい!
「そ、それはまだちょっと早いんじゃないですかねえ……?」
 言った後になって時計を確認したところ、九時をちょっと回ったところ。よかった、ちゃんと早かった。早いですよね、九時って。早いよね?
 ああ、でも、そうなんだよなあ。早かろうが遅かろうが少なくとも今夜中には、そういうことになるんだよなあ。兄ちゃんと成美さん。ひょええ。
「妙なものだよな、人間というのは」
「へ? い、今の話でですか?」
 なんせ頭が熱っぽくなっていたものでついつい慌てたリアクションをしてしまいますが、しかしこの時点で旦那さんの言葉に慌てる必要はないわけで、ならばあたしは深呼吸をして呼吸を整えようと思うのですが、
「夜は寝ている動物なのに、そういうことは夜遅くにするんだな」
 はおあ。
 ……いやいや、これくらいならまだなんとか。
「そういえばそうですね。成美さんとかチューズデーとか見てたら忘れちゃいますけど、猫って夜行性でしたっけ」
「人間ほどきっちり分けているわけでもないがな。――というのはともかく、お嬢さんが七日に一度しか会えないというのも、そういう意味では助かっていると言えなくもない。毎日会いに来たら間違いなく寝不足になるからな」
 おや。
「それって、会えるんだったら毎日会いに来るってことですかあ?」
 わざとらしいくらい厭らしい口調で尋ねてみたところ、
「そうだな。何だかんだ言ってもまだ知り合ったばかりなのだし、見極めたいというのはもちろんある。なんせこの年だ、他の女達とはもうかなり長いからな」
 大人の余裕を見せ付けられてしまいました。見せ付けるつもりなんてさらさらなさそうなのがこれまた威力大です。
「そういえば庄子よ」
 威力大でしたが、旦那さんは息つく暇を与えてくれません。あっちはそんなふうになってるなんて思いもしないんでしょうし、だったら当たり前なんですけどね。
 で、それはともかく。
「お前とお前が惚れている男は、知り合ってどれくらいになるんだ?」
 …………。
「まだそんなには」
 これもまた旦那さんにそのつもりはないのでしょうが、再度ダメージを負うあたしなのでした。いや、別にその事をどうだと言われたわけではなし、引け目を感じるのは行き過ぎってことになるんでしょうけど。
「そうなのか。だったらお前も、会えるなら毎日会いたいんじゃないか?」
「そうですね、会いたいです」
 同じ学校に通っていてかつ家は近所ということもあって、チューズデーほどきっちり「会えない」というわけではありません。しかしそれでも、ちょくちょく会ってこそいるとはいえ毎日ではないのです。
 ……まあ、どちらかと言えば「会えない」ではなく「会わない」なのでしょう。いやだって毎日欠かさず会いに行くってそんな、気があるって言ってるようなもんじゃないですかそれ。同じクラス、せめて同じ学年ならまだしも、わざわざ下級生の所へ、なんてなったら。
 それとも、考え過ぎなんでしょうか?
「慌てなくていいんじゃないか」
 すっかり意識が余所にすっ飛んでいたところ、そんなあたしへ旦那さんはそう言いました。
「そんな顔してました?」
「顔もそうだが、手がな」
 気が付くと、旦那さんの背中を撫でていたはずの手は動きを止め――どころか、変に力が入っているせいで掴んでいるようになっていたのでした。
「あ、すいません。痛かったですか?」
「いや、それほどでもなかったが」
 その言葉通り、旦那さんは力を緩めた後も、あたしの手から離れるような素振りは見せないのでした。
「猫の話が人間のそれにどれだけ通じるかは分からんが、一つだけ。恋愛なんてものは、切羽詰まって取り組むようなものじゃないぞ」
「そういうものですか?」
「付き合ってられんだろう、余裕のない相手なんて」
 言われてみれば確かにそれはそうかもしれません。でもあたしの場合はただの恋愛ってわけじゃなくて、清明くんの霊障が治るまでは告白すらしないことにしていて――なんて、旦那さんに聞いてもらっても困らせるだけの愚痴のようなものが口から出そうにはなったのですが、
「それに成美と大吾がそうだろう? 切羽詰まったことにならないように、努力して『普通』を作っているんじゃないか。手本とすべき前例すら他のどこを探してもありはしない、猫と人間の夫婦なんてものの『普通』をな」
 そう、
 なのでした。
 誰から見たって、もちろんあたしから見たってこれ以上ないくらいの仲良し夫婦なあの二人は、それをずっと続けていくためにいつも頑張っているのです。何かある度に猫と人間、決定的に違う二つの視点からの、落とし所というものを探さなくてはならないのです。
「お前は高く見過ぎていて気付いていないかもしれないが、お前の恋だってあの二人と同じところに続いているんだぞ」
「はい」
「……と、まあしかし、恋どころか人を愛せるお前には余計な説教だったかもしれんがな。なんせ実際に成美と大吾が年を取り始めたというんだ、疑う余地もない」
 実際に取り始めた、というにはまだ髪やら爪やらが伸び始めたところを確認したわけではないのですが、余地はともかく疑うつもりは更々ないらしい旦那さんなのでした。そりゃあまあ、家守さんのお墨付きを貰ってはいるわけですけどね。
 とはいえもちろんケチを付けたいわけではなく、どころか「ありがとうございます」とお礼を言いたかったりすらするのですが、心情的にそう言いたくはあっても話の流れにはそぐわないので、心の中だけでそう言っておきました。棘のある言い方ではないにせよ、お説教なんでしょうしねこれ。
「ついつい余計な説教をしてしまったところで」
 やっぱり。と、そういう話ではもちろんなくて、
「そろそろどうだ、まだ寂しいか?」
 …………。
「いえ、もう大丈夫です」
 おかげさまで、いろいろと。
 寂しくなくなったのならどうなるのか、というのは今更確認を取るまでもなく、なのであたしは、それに準じた話をし始めます。一言でいえば、お別れの挨拶ってやつです。
「もし良かったら、またいつでも来てくださいね。と言っても、いつでも家にいるってわけじゃないですけど」
「そうか? そういうことならそうさせてもらおう、遠慮なく。成美達の所でも会うことにはなるんだろうが、あっちでここを占領するのはさすがに照れ臭いしな」
 ここというのがどこなのか。それもまた、今更確認を取るまでもないことです。
 そうですか、そんなに気に入ってくれましたかここ。
「あはは、そうなんですか? 旦那さんでも?」
「成美はそういうところを突くのが好きなようだからな。それさえなければ気にしないんだが」
 旦那さんでも、というよりは成美さんありきの話だそうでした。まあそれでも、案外可愛いところもあるんだなあ、という感想に変わりはありませんでしたけどね。
「ここ」を降りた旦那さんは、ドアではなく窓へ向かいました。となればあたしもそれを追って窓を開けるわけですが、よく考えたら開けなくたってすり抜けて出られるんでしたよね、旦那さん。まあ分かっていても開けたんでしょうけど。
「それでは、またいつか。――いや、少なくとも明後日には間違いなく会うんだったな」
「はい。めいっぱいお祝いしてあげましょうね、みんなのこと」
「そうだな。それに俺とお前のことの報告もある、楽しみだ」
「ふふっ。――それじゃあ、お休みなさい」
「俺はまだ寝ないが……」
 あう、そうでした。
「お休み、庄子」
 言って、旦那さんは窓から一階のひさし部分へひょいと飛び降り、そのままとことこと歩き去ってしまいました。
 寂しいとは思わない、ということを表現するかのように、一度もこちらを振り向きはしません。対してあたしは、その背中を暫く目で追い続けていたのでした。……と言っても外は夜です、暫くと言えるほど長く追えたわけでもなかったような気がしますけど。
「背中っていうよりお尻かなあ、あの姿勢だと」
 やっぱりほんのちょっぴり程度は残っていた寂しさを紛らわすかのように、あたしはそんなしょうもないことを呟きながら窓を閉め、そして普段この時間帯はいつもそうしているようにベッドにドーン――。
「…………」
 と思ったのですがそうする直前、テーブルの上へ無造作に置かれている物に目と意識を奪われたあたしは、ならばテーブルの前に座り込むのでした。
「宝物にしちゃう?」
 無駄に口に出しながら手に取ったそれは、今日、兄ちゃんと成美さん――そういえばその時点から一緒だったってことになるんですかね、旦那さんも――がわざわざここまで持ってきてくれた、あたし宛ての手紙です。
「このままゴミ箱にポイってわけには、そりゃあいかないしねえ?」
 誰に言ってるんだか分かりませんが、ともあれそういうことならば、宝物として保管しておくしかないでしょう。手紙としての用を既に果たされているものを捨てずに取っておいて、でも特に大切なものでもないだなんて、それはちょっと不自然ですもんね。
 というわけで、机の引き出しに仕舞っておくことにしました。宝物の保管場所としてはなんだかとても安易かつ安っぽい感じですが……うーん、何か買ってこようかな、それっぽい入れ物とか。
 ともあれ。
「あたしも何か書こうかな?」
 泣かせた泣かせたと旦那さんが引っ張っていた通り、口頭で既に伝えているので手紙への返事というわけではないのですが、しかしその手紙を宝物としてしまった以上は、こちらからも何かしら送ってみたいなと。
 万が一でもあっちでも宝物扱いされたらいいな、と。
 ええ、欲張りなのですあたしは。
 今この場に便箋やら封筒やらがあるわけではないので何にせよ明日以降の話にはなるわけですが、しかしこれはもう決定です。お手紙セット、あと宝物を仕舞うそれっぽい入れ物を、明日は買いに出掛けましょう。
 …………。
「愛、かあ」
 口に出してみるとなんとも芝居がかってしまう単語ですが、しかしあたしはどうやら、芝居でなく本当に、人を愛しているようなのでした。しかも今日判明しただけで二人もです。
 別にそうしようと思ってそうしたわけではなく極々自然に、気が付いたらそうなっていたようなものなのですが、これが口にするだけで芝居がかってしまうようなものなんだと思うと、なんだか可笑しくなってくるのでした。
 となれば実際のところは、別にそんな高尚なものでもないのかもしれません。旦那さんも言ってましたしね、高く見過ぎていて気付いていない、とか。
 そうなってくると、明日それを手紙に込める作業というのもそんなに身構えるほどのことではないのかもしれません。気が付いたら人を愛せていたように、書きたいことをさらっと書いてしまえばそれでいいのかもしれません。
「……じゃあ」
 携帯を取り出したあたしは、
「それに近いやつについても?」
 その中にあるまだ一度も使われていないアドレスのことを頭に浮かべながら、これまた無駄に口に出して言いました。
 本当に欲張りです、我ながら。


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