(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十章 期待と不安と 五

2009-10-23 20:25:48 | 新転地はお化け屋敷
「確かに大きいとは思っていたし、御覧の通りなわたしからすれば贅沢な悩みなのだが――成長が急過ぎて痛みを伴うほどだったとまで言われるとなあ。責めるに責められん」
「私からすれば……本当に、ほっそりしてて綺麗な哀沢さんが羨ましいくらいで……。こんな台詞が嫌味でも何でもなくなっちゃうって、自分でももう……」
「そういえば静音、『急に大きくなったから』って話だけどさあ、今はもうストップしてんの? 胸の成長っぷりは」
「そうあって欲しいですけど……確証は、ないです……」
「なんと、まだ大きくなるかもしれんというのか?」
「で……でも絶対嫌です、そんなの……! これ以上なんて……!」
「うーん、毎度のことですけど――」
「人間は大変そうだ、ですわよねナタリーさん? 実際に痛かったりするとまでなると、確かにこればっかりは大変なことですわね」
「――それで静音、次は誰にするの? さっさと決めちゃえば話はよそに移っちゃうわよ?」
「あ、そ、そうですよね……。えっと、それじゃあ……マンデーさん、お願いできますか……?」
「あら、わたくしですか? もちろん構いませんわ。ジョンさんの話をしろと仰るのならいくらでもお引き受け致します」
「かなり乗り気なようだぞ音無。では、伝達はわたしが引き受けようか」
「お願いしますわ、成美さん」
「ありがとうございます……」
「口調なんかも出来る限りでそのまま伝えてはみるが、多少可笑しくなっても笑わないでいてくれると助かるな。よし、じゃあ始めてくれマンデー」
「はい、それでは――」
「あー、『まずわたくしとジョンさんの出会いですが、わたくしがここに住むことになったのが二年前。ジョンさんは元々ここに住まわれていたので、初めて会ったのはその二年前の日ということになりますわ』……おほん。なりますわ。わ、わ。あー。『実を言いますとわたくし、その頃は――自分で言うのもおかしな話ですが、相当に嫌な性格をしていたのです。以前に住んでいたのが立派なお屋敷で、それとこのあまくに荘を比べてかなり、かなーり嫌味なことを言ってばかりでしたわ。お高くとまっていた、と言うのでしょうか? もちろんわたくし以外の――わたくしの中の他六名はそんなことはなくて、怒られたり呆れられたりでした』」
「えっと……それって、曜日毎に出てくるっていう方達のことですよね……?」
「『そうですわ。そしてその頃はまだ人間とお話ができるようになってなく、なのでわたくしは一方的に喚き散らしていたのですが、そこでわたくしを諫めてくださったのがジョンさんでした。わたくしがどんなに汚い言葉を投げ掛けても、穏やかな顔で接し続けてくださったのです。――元々からして根拠に乏しい捻くれた感情でしたから、そんなふうにされてしまっては長続きのしようもありませんでした。例えるなら、ぐずる子どもとそれをあやす親のような関係でしょうか?』」
「そ、そんなに立派な犬……いえ、立派な方だったんですか……」
「『うふふ』……いや、これはさすがに余計か。『立派も立派、おかげで自分の程度の低さを痛感させられましたもの。そして初めてそれを痛感したその瞬間から、ジョンさんはわたくしにとって憧れの男性になったのですわ。どうにかしてジョンさんと同じ位置にまで登り詰めたい、そして許されるならお傍に居させて欲しい、なんて、思わずにはいられませんでしたもの』」
「それで、現在は……」
「『ええ。ジョンさん、わたくしのそんな願いをあっさりと受け入れてくださいました。直接会えるのは月曜日だけですけど、おかげでここでの暮らしは毎日が幸せですわ。もちろん、ジョンさん以外の皆さんのことも大きな要因ですけどね』」
「はい、ちょっと訊いてみてもいいですか」
「何でしょうか、由依さん」
「マンデーさんがどうしてジョンさんを好きになったのかは、今の話でよくよく分かりました。でもそれじゃあ、ジョンさんはマンデーさんのどういうところを好きになったんでしょう? 訊いてみたこととかってあります?」
「そうですねえ、自分でするような話でもないとは思うのですが――」

「『ジョンの話なあ。マンデーなんかから聞いたことがある範囲でだったら、オレが話してみてもいいけどよ』だそうですけど」
 音無さんの胸の話で微妙な表情になっていたのはすっかりどこかへすっ飛ばし、傍へ招き寄せたジョンの頭をわしわしと撫でながら話したそうに見えなくもない様子の大吾。
「あらそう? じゃあ、お願いしちゃおうかしら」
 女子がいない場でその女子の一人の胸についてを話題にしていたなんてそれこそ女子にはお伝えできませんが、まあともかく。暗に進行役ということになっているも同然な一貴さんが次の話者に選んだのはジョンで、だとするなら大吾が話すしか手はありますまい。
 しかし、
「あの、これは僕からの質問なんですけど、なんでジョンをご指名に?」
「だって好きな相手の話が聞けるなんて、動物についての見識がごっそり入れ替わりそうなくらいの事態ですもの。気になるじゃない?」
 そりゃもちろん、というか好きな相手の話以前に、動物とごく普通に会話ができる時点でいろいろごっそりいっちゃいそうなもんですもんねえ。こちらとしても過去に好きだった女性の胸の話をしていたなんていう今後途方もなく罪悪感に駆られそうなこの気分をごっそりいっちゃいたいところですし、それで素直に納得させてもらいましょう。
「おし、じゃあまた頼むぞ孝一」
「ほいきた」
 何度か名前が呼ばれたせいか嬉しそうに舌をぶらぶらさせているジョンの頭を撫でてから、小さく咳払いを一つ。声真似までしているわけではなくとも、意外に喉に負担がきているような。このまま影響を受け続けたら、そのうち間違って自分のことをオレと言ってしまったりするかもしれません。
「『これまで通りにジョンついてじゃなくマンデーの話ってことにするけど、二年前ここに住み始めたばっかの頃のアイツって荒れてたんだよ。そりゃまあいきなり住むとこが変わっちまったりしたらしゃーねえんだろうけど、その時マンデーにいろいろ良くしたのがジョンだったってことだな。で、だからマンデーはジョンに惚れたんだけど、ジョンのほうはどうだったかっつうと――』」
 ここでちょっとだけ、口と耳に振り分けていた注意を耳へと傾かせます。ジョンがマンデーさんをどう見ていたか。それは僕もまだ知らないことなのでした。
「『初めのうちは単に話ができる自分がなだめ役に回ろうとしたって程度だったらしいな。んでそれが上手くいってだんだんマンデーの機嫌も直っていったんだけど、それだけで終わらなかったんだと。ただ大人しくなるだけじゃなくて本気で反省して、なんかもう考え方とかものの見方とかからすっかり入れ替えちまったんだそうだ。オレはここに来る前までのマンデーのことってよく知らねえから、あんま分かんねえけど』」
 そこで一旦話を切った大吾は、再度ジョンの頭を撫でました。しかしそれが済んだらまたすぐに話し始め、
「『それにはそうさせたジョン自身も驚いたって話らしくて、そんで――まあ、ジョンはマンデーのそこが気に入ったんだと。反省することぐらいだったら誰にだってあるだろうけど、そこでその場凌ぎとか上っ面だけとかじゃなく本当に変わっちまうのはすげえことだっつって。さっきオレ、ここに来る前までのマンデーは知らねえっつったけど、それでも分かるしな。変わったってことくらいは』」
 ――少々待っても次の言葉は出てこず、つまりはどうやら、話はここで終わりのようでした。大吾は若干照れたような顔付きになっていましたが、それを確認できるのは僕とジョンだけ。ならばわざわざ触れることもないでしょう。
「ということだそうです」
 これまで通りのそんな台詞で自分の役目が終わったことを周囲に伝えてみるのですが、「ということです」も何も僕自身が聞き入ってたって話ですよ。なんせ普段はマンデーさんの言葉だけが聞けてジョンの言葉は聞けないわけで、だからマンデーさんがジョンを持ち上げるような話が聞けても、逆の話は聞けなかったわけですし。
 しかしもちろん、そういった話がなければならないというわけでもありません。大きな出来事なんかがなくたって恋心なんてのは芽生えてしまうものでして――ええまあ、高校時代の僕が隣の席の女子に対してそうだったように、です。だからこれまで、ジョンのほうには特になにもないのだろうと無意識的に決め付けていた節があるにはあるのですが、そうでないことが今回の話で分かりました。
 しっかりと反省し、その場凌ぎや上っ面だけでなくきちんと自分を改める。しかもそれが特定の場でなく自分が常に身を置く場所でのこととなると、なるほどそれは確かに凄いことですし、ならばその感心が好意に転じても不思議はないでしょう。
 感心が好意に転ずるという話はなんとなく自分の現在の彼女を連想させるような気がし、なので殆ど確信に近い勢いで納得できてしまうのでした。
「なんつーか、思ってたより普通なんだな。――ああいや、それが悪いってわけじゃなくて」
 自分の台詞に対して周囲から何を言われるまでもなく訂正を入れたのは、口宮さんでした。
「ほう? もうちょっと聞いてみたい話じゃの」
「いや、話ができるったってやっぱ人間と犬ってのはまるで別の生きもんだろ? だからもうちょっとこう、独特な価値観っつうか、そういうのがあるんじゃねえかって思ってたんだけどな。……もっかい言うけど、悪い意味で言ってんじゃねえんだからな?」
 勘違いを受けるのを恐れてか、二度繰り返す口宮さん。しかしまあ、人間と犬が別の生き物だというのはそれこそ普段から犬やそれ以外の動植物と親しくしている僕達のほうが理解している、というくらいの自負はそりゃあありまして。
「『分かってるから気にすんな』だそうです」
 大吾の言葉を伝える僕ですが、それは僕の言葉でもありました。すると口宮さんはふんっと強めに鼻を鳴らしますが、もしかしたらそれは安堵の溜息だったりするのかもしれません。
「でも、そうよねえ。言ったのが口宮くんだったってだけで、あたしだって同感よ? 意外だったわ、あたし達が聞いてて素直に耳に入ってくる話だったっていうのは」
「そうじゃのう。ワシも右に同じじゃわい」
 ならばこの話をしたのは大正解だった、ということになるんでしょうか? 良い方向に動物の捉え方が変わってくれるのなら、それはやっぱり嬉しいことですし。
 するとここで大吾が一言。
「『話ができなくてすら人間と一緒に暮らしたりしてるんだし、そのこと考えりゃそうそう人間と差があるわけねえんだけどな』だそうです」
 それには一同、嘆息するばかり。もちろん、僕だって。
「言われてみりゃあそれもそうじゃな。お互いが全く違う考え方を持っとったら犬を飼うなんてことがそう易々成り立つわけがないし……少なくとも素人にゃあ、まず無理じゃの」
 人間と犬でものの考え方がまるで違うとなると、その違う部分を能動的に知り尽くさなければ一緒に暮らすなんてことは無理でしょう。けれど実際はそのために何が必要かをちょっと調べれば――最低限、犬が苦手だったりしない限りは誰にでも、飼おうと思えば犬は飼えます。そう専門的な知識が必要になるわけでもなく、そして何より、
「でも、何となく分かりますもんね。尻尾を振ってたら機嫌がいいとか」
 というように、表情や身振りや鳴き声からその時の機嫌が読み取れたりするんですから。
「考えてみたら不思議よねえ。人間に尻尾があるわけでもないのに、それを見て『何となく分かっちゃう』んだから。――ジョンくん、触らせてもらってもいいかしら?」
 一貴さんがそう言うと、大吾はジョンに一貴さんの所へ向かうよう促しました。促すと言ってもそれは単に、背中に手を置いてもう一方の手で一貴さんを指し示したというだけのことだったのですが、しかしそれもあっさりと伝わってしまい、ジョンはとことこと一貴さんのもとへ歩み寄ります。
「お利口さん――うふふ、却って失礼なのかもね。そんな褒め言葉も」
 頭を撫でられたジョンはその場でお座りの姿勢をとり、尻尾をぱたぱたと左右に降り始めました。さすがにここまで人懐っこいのは犬全体の話でなくジョンの個性なのでしょうが、しかしだからこそジョンはみんなに好かれているんでしょう。もちろん、特にはマンデーさんに。

「え、あたしですか?」
「ええ。初めが成美さん、次が静音さん、その次がわたくし。拘る必要もないのですけど、ここの住人とお客様で交互な順番でしたから。――まあそうなると残るのが栞さんとナタリーさんですから、どのみち交互ではなくなってしまいますけど」
「うー、まあ話をした人が次の人を選ぶってルールを決めちゃった以上、文句があるわけじゃないですけど……まともに話せるかしらねえ、あたし」
「えっと、次は由依さんということで……?」
「ええ。あの馬鹿の話ってことになると、かなり自信なくしちゃうけど」
「それは……大丈夫、ですよ」
「言い切ってくれるわねえ。それじゃあまあ、頑張ってはみるけど――えーと、それではさっそく。日向くんの部屋で集まった時に見てもらったと思いますけど、あたしの彼氏はあの通り、知らない人からしたらあんまり近付きたくないような身なりです。近付いてみても口が悪いから、やっぱり近付くんじゃなかったって思われるのが関の山なんでしょうし、そう思う人がいても『それで正解だ』って、あたしですら思うんですけど……まあ、付き合い始めたからには、やっぱり良いところもあると思うわけなんですよね。見た目も口も悪ぶってるけど、中身まで悪いわけじゃないっていうか――なんのかんので、一緒にいて楽しいですし。いや、単にあたしがあいつと釣り合うくらいガサツだってこともあるんでしょうけど」
「そんなことないと思いますよ……? 付き合ってるのは由依さんですけど、私達だって……口宮さんとはお友達なんですから……」
「あはは、他の誰より静音がそうだってのが一番心強いわね。ガサツなんて縁遠いし。――というわけでその、知り合ってみればそこまで悪い奴じゃないっていうのは、保証します。あとは時々出てくる馬鹿な言動に腹を立てず、笑って流してやってもらえさえすれば、まず大丈夫だと思います。……って、あれ? あたし、彼女っぽい話してないような」
「うふふ、無理をなさらなくてもいいんですよ? 話自体がそうでなくとも、由依さんが優治さんを好きだというのは伝わってきますから」
「そうだったらいいんですけど、でもこれまで話をした人に申し訳ないっていうか、悔しいっていうか――うう、こんなだからあんなだったんだろうなあ、あたし達って」
「む? あんなとはどんなだ?」
「ゆ、由依さん……大丈夫なんですか……?」
「むむ? 訊かないほうがいいようなことだったか?」
「あっ……いえ、その……」
「いや、いいのよ静音。いい思い出じゃないにしても、今になってまだ引きずるようなことでもないんだし――そうね、むしろさっぱりさせとくためにも、ここで話しちゃおうかしら」
「由依さん……」
「そういうことなのなら、わたしは喜んで聞かせてもらうぞ」
「私ももちろんですよ、異原さん」
「ありがとうございます、哀沢さんも喜坂さんも。あはは、まあ、話のネタに困ってたってのもありますしね。で、その話の中身なんですけど、あたしと優治、付き合い始めるのがこれで二回目になるんですね」
「二回目? それはつまり……むむ、どういうことだ?」
「数年前にも一度付き合い始めたことがあるんです。でも、その時は上手くいかなくて、いつの間にか無かったことになっちゃいまして。――ああ、だからって喧嘩別れってわけじゃないんですよ? なんていうかその、あまりにも恋人同士らしいことが無さ過ぎたというか、付き合い始めても友達同士のままだったっていうか。お互いに好き合ってたのは断言できるんですけど」
「意外だ。そんなことがあるものなのか? わたしなんかは逆に、付き合う前からべったりだったくらいなのだがなあ」
「あたしもあいつも、二人揃って意気地がなかったってことなんでしょうねえ。お互い様だから文句も言えなくて、でも普段の会話が文句のぶつけ合いみたいなものばっかりだったから、本当に何も言えなくなっちゃって……変な話ですけど、あたしがあいつを好きになったのって、その部分もあるんですよ。言いたい文句がさらっと言えちゃうっていう。まーあたしってこんな性格なんで、文句なんかぽっこぽこ湧いてくるんですよ。それを溜め込まずに吐き出せる相手っていうのが、傍にいてすっごい気持ちが良くて。いやその、吐き出される相手からすれば迷惑そのものなんでしょうけど」
「で、でも……口宮さん、迷惑がってるようには……」
「そうなんだわよ。もう他に同じような男なんか見付からないんじゃないかってくらい、あたしにとってあいつは、自分にぴったりだったのよね。だからどうしても、一回駄目になっちゃってもまだ諦められなかったのよ」
「何と言うか、あれだな。ぞっこんだな。他にはもう見付からないとまで言うとなると」
「誰でもそうは思うだろうけど、なかなか言葉にはしづらいもんね」
「……情けないことに、その通りなんですよねえ。だったら普段それっぽい態度をとれって話なんですけど、それがなかなかでして……」

「俺かよ」
「お前じゃな」
 指名したのが大吾だったのでこれまた伝えたのは僕なのですが、どうやらそういうことらしいです。
「大吾、なんで口宮さん?」
「ジョンの話を広げてくれたからな。礼っつーか、なんとなく気になっただけっつーか」
 礼だとしたならそれは恩を仇で返すってやつに該当するような気もしますが、まあどうせいずれは全員話すんですから、その中で順序がどうとか細かい話は気にしなくてもいいでしょう。これまで通りです。
 ちなみにその大吾の返答内容を伝えたところ、「まあ別にいいけど」とのこと。あまり気にしていないのか、それとも心の広さの表れか。
「んじゃまあ、さっそく始めるけど――さっきここで見た通り、俺の彼女っつうのはあれな。デコ丸出しの。さすがにここじゃあネコ被ってるみてえだけど、普段はすっげえ態度でかいんだぞあいつ。ものの言い方どうこうどころかしょっちゅうぶん殴られてるからな、俺」
 同森さんがそうであったように、これまた大吾向けの説明。なるほど確かに異原さんと言えばそんなイメージですけど、しかし口宮さん、さすがにもうちょっとオブラートに包んだ表現と言うか何と言うか、そんな感じで話してみてはどうでしょう?
「しかしあれじゃろ。ワシの話の時にお前が言ったことじゃが、見た目がどうだというのはやっぱりあるんじゃろう? そうまで言いはしても」
 仕返しだと言わんばかりな話の振り方をする同森さん。とは言え本当に自分で言ってたことなんですから、やっぱり口宮さんだって。
「……そりゃまあ、そうだろ。んだよ、俺の趣味がおかしいって言いてえのか?」
「言っとらんわ」
 そりゃまあ、そうでしょう。だったら同森さんに同じことを聞いた時にそういう意図があったのかと訊かれたら、口宮さんは「ない」と答えるんでしょうし。というか音無さんを指して趣味がおかしいとか言われたら、同森さんだけでなく僕も憤慨しますし。
 ……と言うか正直ですね、誰が誰を好きとかそういうことを抜きにして、綺麗な人ばっかり集まり過ぎじゃないですかっていう。なんであれだけの女性を集めておいてわざわざ男女で部屋分けしちゃってるんですか馬鹿なんですか僕達は、なんて思っちゃうと悲しくなっちゃいそうなので止めておきますけど。
「んでそういう話はすっ飛ばすけど、さっきも言った通りあいつは態度がでけえ。俺相手にゃあ手まで出てくるし。けどまあ、そこには特に文句があるってわけじゃなくて……いや、俺がマゾとかそういう話じゃねえからな? 痛えのはそりゃ勘弁して欲しいっつの」
 自分から話し始めている内容である割には触れて欲しくない話らしく、誰もが思い付きそうなことを誰から言われるよりも前に否定する口宮さん。先に言われてしまうとこちらとしては「はあそうですか」という程度の相槌しか出てきませんが、だからと言ってそれを口にしてしまうとそれはそれで反感を招きそうなので、口の中に籠らせておきます。
「なんつうのかな、殴ってくることそのものじゃなくて、そういう行動に出られる勢いが良いっつうか」
「そうそうにはお目に掛かれんじゃろうしな、お前にああまで食ってかかる女は」
「…………」
 反論無し。
「まあ、さすがに最近はドカドカ殴ってくるようなことも減ってきたけどな」
 言い返すような口調でしたが、しかしやはり反論にはなっていません。もちろん普通に考えればここで反論する必要なんかこれっぽっちもないわけですが、でも、やっぱりねえ?
「それに――なんだ、やっぱそれだけってわけでもねえし。こればっかりは自分でもよく分かんねえんだけど、あいつが近くにいる時ってなんか落ち着くんだよな。しっくりくるっつうか。文句言ったり殴られたりしながら落ち着くってのも変な話だけど。しかもそれが俺だけじゃなくて、ちょっと話してみたらあいつも似たような感じらしくて――」
 そこで、今度は誰の茶々が入るでもなく無言の訴えがあるわけでもなしに、口宮さんの話が一旦ストップ。それを聞いていた僕達はもちろん、ジョンでさえ視線をついと口宮さんへ向けてしまうくらい、その閉口は不自然な間を生むのでした。
 そして。
「今の、話をしてみたっつうのがだな、最近の話じゃなくて高校行ってた頃の話なんだよな」
「あら? なんだ、じゃあ実際にはその頃から付き合ってるようなものなんじゃないの?」
「いや、そうじゃなくて……付き合ってたんですよ、その頃から暫くは」
 僕は、以前に聞かされてその話を知っていました。けれどどうも一貴さんは知らなかったようで――いや、表情からして同森さんも知らなかったようです。
「暫くはって、どういうことなんじゃそりゃ?」
「簡単に言っちまうと、高校の頃に付き合い始めてすぐ駄目になって最近また付き合い始めたってことだよ。そりゃ俺自身、アホくせえとは思うけど――俺はこんなだしあいつもあんなだしで、付き合ってるなりのことが何にもできなかったんだよ。むしろ付き合うとこまで漕ぎ着けたのが信じらんねえくらいだな、あの辺のことを思い返すに」
 口調はそれまでと変わらず軽いものであるはずなのに、どことなくしょんぼりしているように見えなくもない口宮さん。そしてそんな彼に、僕は既に知っていたからそれほどでないにしても、僕以外のみんなは目に見えて虚を突かれた様子です。
「そんなことになっとったとは……知らんのは知らんにしても、全く気付かんかったの」
「あたしもよお? ううん、そうだって知ってたならいろいろできたでしょうにねえ、こっちからも」
 それはつまり二人の仲を取り持つだとか、そういうことなのでしょう。そりゃあそんな事情を知っていれば何かしら手を出したくもなろうというものですし。ただ、それが一貴さんとなると、どことなく不穏な香りが漂ってこないでもないのですが。
「いや、そうされるのが不安だったから言わなかったっつうのもあるんですけどね」
「うふふ、もちろん嫌だと言われたら何もしなかったわよ?」
 当事者である口宮さんからすれば、それが一貴さんだとかそういうこと以前の問題である様子。そんな中で僕には言っちゃってたりしますけど、まあさすがに知り合って間もない相手がそんなところにまで踏み込んでくることはないという判断があってのことなのでしょう。現に僕が踏み込みませんでしたし。


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