(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十一章 戸惑い 五

2009-12-08 20:46:50 | 新転地はお化け屋敷
「……えへへ、残念」
「まあ、仕方がないかもね」
 恥ずかしそうに笑いながら庄子ちゃんの体をよじ登るナタリーさんに対し、その到着位置である肩から首にかけてをすんなり提供する庄子ちゃん。言わずとも知れてしまうことかもしれませんが、しょんぼりした様子なんてものは既にありません。
「うむむ、すまなかったねナタリー君。こちらも加減をしようと思いはしたのだが、ものの見事に思っただけになってしまったよ」
「いえいえ、ちょっと楽しかったですし」
 楽しかったというのは、スリルを味わったということなんでしょうか。ともあれナタリーさんが満足そうなのは疑いようもなく、ならばそれはそれで良し、ですけどね。
「なら今度は栞さん、どう?」
 ナタリーさんが取り落とした猫じゃらしを拾い上げると、庄子ちゃんはそれを栞さんへ向けて差し出しました。
 庄子ちゃんの機嫌を直すためなのかもしれない猫じゃらしの使用だったのですが、しかしそれは、そう言われて断る理由とまではなりません。というわけで栞さん、差し出された猫じゃらしを受け取ります。
「さっきのナタリーの見ちゃうと、ちょっと緊張しひゃあーっ!」
 これまで以上に行動が素早い猫さん二人組なのでした。そりゃあ、さっきはお預けを食らったようなものだったんですしねえ。
 まあしかし、不意打ちがあったとはいえそこはやっぱり人間の、かつ成人女性の体格。ナタリーさんのように取り落とされることもなく猫じゃらしは揺れ続けます。
 そうしているうち、猫さんが仰向けに寝転んで真っ白いお腹を晒しつつ頭上の猫じゃらしをぺちぺち叩き続ける、という結果に。ここまでくると、相手が誰とか猫さん自身がどういう性格とか、そんな細かいことはもう構うほうが間違ってる気がします。
 一方でチューズデーさんはやや大人しく、ぷらぷらと揺れ続ける猫じゃらしを目で、というか首の向きごと追い続けています。大人しいとは言ってもそれは猫さんと比較してのことで、首はしっかり疲れそうなんですけども。
「ここまで無防備にされちゃうと、こう……成美ちゃん、撫でたりしても大丈夫かな」
「ふー、ふー」
 猫さんのお腹が気になって仕方がないらしい栞さんでしたが、質問を投げ掛けた相手の成美さんはそれどころではないようです。息は荒く、目は細められ、しがみつくどころか握り潰さんばかりに大吾の腕をぎりぎりと。とはいえ小さい身体でのことなので、大吾は全く痛そうにしていませんが。
「あー、大丈夫なんじゃねえか? んなこと気にする余裕もないだろ、旦那サン」
「そう? ふふ、じゃあ失礼して」
 返事をするどころではない成美さんに代わって、それを軽々と押さえ付けている大吾から返事を頂いてしまえば、もう栞さんに遠慮はありませんでした。見るからにふっさりかつ柔らかそうな猫さんのお腹へ、空いているほうの手を伸ばします。
「うわあ、ぷにぷにしてて気持ち良い――って言っちゃうのは失礼かな、やっぱり。でも……ふふっ」
 僕も撫でたい、と思わされると同時に、僕も撫でられたい、とも思わされるのですが、しかし前者はともかく後者は自分でもちょっとどうなのかと。うう、猫さんも栞さんも羨ましい。
 まあしかし猫さん、「撫でていいものかどうか」という栞さんの心配が虚しくなるくらいに、お腹を撫でられていることを気にしません。気付いてすらいないのかもしれません。撫でられる前と後で、行動が全く変わらないのでした。
 それを横目に見つつさて僕ですが、「撫でられる」はともかく「撫でたい」と思っているわけです。そして猫さんは栞さんが占拠済みですが、チューズデーさんはフリーです。猫さんの毛並みにチューズデーさんの毛並みが劣っているかと言われれば全くそんなことはなく、なので僕としては、チューズデーさんを撫でてみるというのも充分に考慮に値する選択肢なのです。
 が、どうしても、手が出し辛いのです。これが至極人間視点で捉える猫、つまりはニャーとしか鳴かない相手であるならそうでもないのでしょうが、チューズデーさんは人間と意思の疎通ができます。そのうえで、女性です。……はしたないと思ってしまうことそれ自体がはしたないのは分かっているのですが、しかしやはり、無理なのです。
 僕は動けず、栞さんは猫さんのお腹を撫で続け、そして猫さんとチューズデーさんは猫じゃらしに夢中。他の皆さんはそれを眺め――というわけで室内の動きが安定し、一種の膠着状態に。
「なあ庄子」
 するとそんな時、大吾が動きました。
「訊いて大丈夫なことかどうかは分かんねえけど、気になったことがあんだけど」
「って言われてもなあ。何を訊きたいのか分かんないことには」
 まあそりゃそうだ、というわけで大吾からの質問です。
「オマエ、前までも清明くんのこと清明くんって呼んでたっけか? 楽くんだったと思うんだけど」
 言われてみればそんな気が。それに気付いたのはさすが兄だと言うべきなのか、それとも僕が忘れっぽいだけなのか、といったところですけどそれはどうでもいいですね。
「ああ、うん、それは訊かれても問題ないよ」
 好きかどうかはともかく、気になる男の子の呼び方。大吾が質問を躊躇ったのも当然なのでしょうが、しかし本人は何とも思ってないそうです。
「ほら、家族の人の前で名字で呼ぶって、なんか違和感ない? そりゃあこの場に清明くんがいたりするなら話は別だけどさ」
 今回の場合で言うならそれは、清さんの前で清明くんを「楽くん」と呼ぶこと。確かにまあ、そう言われればそんな気もします。
 が、それに答える兄は頭に疑問符を浮かべたような表情。
「そうか? オレが名字で呼ばれてオマエが名前で呼ばれてってのもあるだろ? ここにいる中だけでも清さんとナタリーと、それにちょっと前までのコイツだってそうだったし」
 言いながら、腕の中に収めている妻の頭をぽんぽんと。成美さんはそれでも栞さんの手にある猫じゃらしから視線を逸らしませんでしたが、しかしはたかれた頭を手で押さえたりも。ちょっと迫力がありさえする表情さえ除けば、照れているように見える動作なのでした。
「うーん、あたしも呼ばれる側としては慣れちゃってるんだけどさあ、呼ぶ側となるとどうもねえ」
「ふーん。……あ、考えてみりゃあオレもそうだな。高次サンがここに来てから、楓サンのこと楓サンって呼ぶようになったし」
「あはは、兄ちゃんのそれはなんか違う感じもするけどねー」
「まあ、オレもなんとなくそう思う」
 高次さんがここへ来る前までは、家守さんのことを名字で呼び捨てにしていた大吾。失礼だとかそういう話はこの際ですから横に置いときまして、ならばどうして今の呼び方になったのかと問われれば、素っ気なく言ってしまうと「素直になったから」なのです。庄子ちゃんのパターンとは違いますよね、やっぱり。
「ねえ庄子ちゃん、ちょっと思ったんだけど」
「ん?」
 ここで、肩の上のナタリーさんから質問があるようです。
「だったら普段から、清明さんのことを『清明くん』って呼べばいいんじゃないの?」
「そっ……! そ、それはちょっと」
 というわけで、毎度ながらナタリーさんらしい質問なのでした。
「あたし三年だし、清明くん一年だし、友達付き合いって言ったってそこまでいくとこう、よよよ良からぬ噂を呼んじゃったり、するんじゃないかなーと」
 清明くんに対して気遅れがあるというわけじゃなく、周囲に対して、のようです。もちろん、口にしたことだけが本心というわけでもないんでしょうけど。
「良からぬ噂って? 下の名前で呼ぶと、どう思われちゃうの?」
「必要以上に仲が良いというか……。だって同じ部活やってるとかじゃないし、学校内じゃ殆ど接点ないのにそれってやっぱり――」
 慌ててしまっているんでしょう、そのまま言ってもナタリーさんに伝わりそうもない話をまくし立てる庄子ちゃんなのでした。学年の差とか部活どうのとか言われましてもねえ。
 ならばナタリーさんは続けてその部分を質問したくなるのでしょうが、しかしその前に再び大吾が。
「学校の話持ってくるってことは、学校でも会ってたりすんのか?」
「いやいやしないけど、でも廊下ですれ違ったりとかはあるかもしんないじゃん。あるかもしんないっていうかもうあったんだけど、『おはよう』とかぐらい言うじゃん、やっぱ」
「まあ、そりゃそうだわな」
 納得しきれてはいないのか、どことなく生返事の感が抜けない大吾。ですが僕としては、庄子ちゃんの言いたいことも分かります。
 だってそりゃあ女子と男子が名前で呼び合ってたりしたら、いくらそれが廊下で見掛けた赤の他人であっても「ああ、そういう感じなんだなあの二人」ぐらいには思いますし。しかもそれが中学生くらいのお年頃となればもう、羨ましがったりすらするでしょうし。
「名前で呼ぶなんて、あたしの知り合いはもちろんだけど、清明くんのクラスメートとかに見られても迷惑掛けちゃいそうじゃん。言ってて自分でも変だと思うけど、学年違うってこう、いろいろ大袈裟に見えちゃいそうだし」
 まあ、見えちゃうねえ。若年だからこその一、二歳差の大きさはもちろん、学校ってそんな感じだしねえ。先輩後輩の世界だもんねえ、やっぱり。
「んー……でも、何のかんの言って結局はオマエが清明くんをどう思ってるかだよな」
「……なんだよねえ。まあ、猫さんから『分からないならもっと会え』って言われたばっかりだけどさ」
 というわけで、庄子ちゃんがそこをはっきりさせない以上は話の展開にも限界があり、なので話題は振り出しに。庄子ちゃんにとっては息苦しい展開でしょうが、しかし周囲がどうするという問題でもないので、どうしようもないのです。
「清さん、一個だけ訊いちゃってもいいですか?」
「何でしょう?」
 忘れがちになりますが、現在でも猫さん方は猫じゃらしに夢中だったりします。声を上げるわけでもないので、動きの激しさの割に静かなのですが、それでも一度気にしてしまえば注意の逸らされ具合はかなりのものです。
 まあしかし、それを何とか抑えておいて。
「もし、もし万が一なんですけど、あたしが清明くんを好きだったとして――その、付き合い始めちゃったりとかって、清さん的には大丈夫ですか?」
 さすがに照れはするようでしたが、口調と表情は大真面目な庄子ちゃん。無意味にこっちまで緊張してしまいます。
「それは清明が女の子とお付き合いを始めることをどう思うかでなく、私が庄子さんをどう思うか、という話ですか? 清明の彼女として」
「そうです」
 これまたいきなりとんでもない質問ですがしかし、好きかもしれない男の子と知り合いである以前からその父親と知り合いだという、かなり珍しいであろう庄子ちゃんの立場。しかもその父親が目の前にいるとなれば、仮定の話として訊けるうちに訊いたほうが楽だ、ということなのかもしれません。もちろん、そこまで考えていないという可能性もありますけど。
「んっふっふ。さっきもちょっと言いましたが、私は清明の恋路に口を出すつもりはありませんよ。お付き合いを始める、ということであれば清明も庄子さんを好きになっているわけですから、私からは特に何も」
「…………」
「――というのは、あくまで実践の話ですねえ。どう思うかと言われれば、それはもちろん大歓迎ですよ? 元気があって優しくて、しかも可愛らしいとなれば、そりゃあもう」
「そ、そこまで言われちゃうと、逆に辛いんですけど……」
「とはいえ嘘はつけませんからねえ。親という立場上、こういう話になってしまうと。んっふっふ、私だけじゃなく妻も庄子さんへの評価は良さそうですし、こういった褒め言葉には慣れておいたほうがいいかもしれませんよ?」
 というような解答に返事はせず、というより恐らく返事ができず、黙ったまま頷くように頭を下げ、そしてそれから下を向いたままになってしまう庄子ちゃんなのでした。

 庄子ちゃんがそれからどうなったかというと、栞さんに渡した猫じゃらしを再度手にとり、今度は成美さんも含めて猫さん三名とじゃれ合ったり。その際、潔いことに「ちょっとこの恥ずかしさを紛らわせます」と宣言したりもしていました。当然と言えば当然なのかもしれませんが、よっぽどだったようです。
 そして、そんなことも済んだ後。
「それじゃあ、お邪魔しました」
 庄子ちゃん、お帰りの時間が来てしまいました。
「恥ずかしいといえば恥ずかしいですし、しかもそもそも『もし本当に好きだったら』っていう仮定の話でしたけど、でも――ありがとうございました、清さん」
 でも何なのか、は言わなかった庄子ちゃん。そしてお見送りは清さんです。僕達は部屋に残ったので、声が聞こえるだけとなるのですが、
「いえいえ、こちらこそ。お客さんに来てもらえることはもちろん、そのお客さんと清明の話ができたということで、楽しかったですよ。清明のことで何か進展がありましたら、また是非」
「もしあったとしても良い方向とは限らないですけどね、進展」
 そして、二人一緒に笑い声。ドアが開く音がして、もう一度「お邪魔しました」と声が聞こえ、「帰り道、お気を付けて」と返事があり、笑みを含んだ声での「家、すぐそこですから」という返しがあってから、ドアが閉まる音が。
 それらを経てから清さんが戻ってくると、その足元へするすると近寄りながらナタリーさんが言いました。
「私としては、庄子ちゃんは清明さんを好きであって欲しいです」
 清さんは腰を屈め、ナタリーさんへ手を差し出しながら言いました。
「ほほう、どうしてですか?」
 その手、そして腕を這い上りながらナタリーさんが返します。
「好きな人ができたら、きっと庄子ちゃんは嬉しいです。そうじゃなかったとしたら、でももう『好きかもしれない』とは思っちゃったんですし、がっかりしちゃうと思うんです」
 僕だって庄子ちゃんの気持ちが恋であって欲しいとはそりゃあ思っていたのですが、しかしそのナタリーさんが持ち出した理由には正直、目から鱗でした。
「今日ここで話してたようなこともありますし、自分で自分の気持ちに期待しちゃってると思うんです」
「なるほど、それはあるかもしれませんねえ」
 感心したように頷く清さん。一方で僕は、自分が持っていた理由が「そっちのほうが面白そうだから」というものだったことを、恥ずかしく思うのでした。
 清さんが床に腰を下ろすと、ナタリーさんはその肩まで移動。庄子ちゃんにそうしていたのと同じ位置取りに。
「しかしナタリー、よっぽど庄子さんを好きなんですねえ。そこまで心配してあげられるなんて」
「ふふ、はい、よっぽど好きです。清さんも言ってましたけど庄子ちゃん、元気で優しいですから」
 恥ずかしく思っている僕をよそに、ナタリーさんはさらりと答えました。
 が、その後に続く言葉はやや歯切れが悪く、
「……私のそれはもちろん友達としての『好き』なんですけど、清明さんにもそんな庄子ちゃんを好きになって欲しいです。私から強制するようなことじゃないんですけど……」
 それは、恋路に口出しはしない、という清さんの言葉を気にしての歯切れの悪さだったんでしょう。言うまでもなく清さんはそんなことを気にしてないんでしょうけど。
「そうですねえ、私もそう思いますよ」
 いつものように優しい口調でそう返しつつ、清さんはナタリーさんの身体を撫でました。
 撫でられたナタリーさんはそれ以上何かを言うでもなく、撫でてくる手に沿うようにして、持ち上げていた顔を清さんの肩に伏せさせるのでした。
「ふむ。友人の一人はああいった調子だが、お前はどうなのだ? より近しい兄として」
 あちらの会話が終了したところで今度はこちら、ということで、成美さんからその隣に座る大吾へと。
 ちなみについさっきまで成美さんを、チューズデーさんと猫さんをも含めて興奮のるつぼに落とし込んでいた猫じゃらしは、栞さんのお尻の裏に隠されています。視界に入ってさえいなければ大丈夫というのもなんだか面白い話ですけど、しかしそれは今更な話。
「どうもねえよ。……って言っときてえけどなあ。でもやっぱ、なんつうか」
「そこで躊躇うようなことはないだろう? わたしだって庄子のことは好きなんだ、何かあるなら聞きたいぞ」
 というようなお願いのされ方をすると、成美さん庄子ちゃんを共に好きなはずの大吾としては、黙り込むわけにもいかないのでしょう。言葉を選ぶようにして口ごもられていた考えは、急かされたように吐き出されます。
「いやその、アイツが悩む原因になったのがオレとオマエのことだっつうなら、ちょっと悪かったかなって」
「む……うむ、確かにそんなことを言っていたな、庄子は」
 これには成美さん、眉をひそめます。こういうことなのならやはり、大吾は言葉を選ぼうとしていたんでしょう。まさかこの男が、そこに自分も含めてとはいえ、成美さんを責めるようなことを言おうとするわけもないんでしょうし。それにそもそも、防ぎようのないことであったのは大吾だって分かってるんでしょうし。
 庄子ちゃん、特には兄ちゃんと成美さんなんですけど、と前置きしたうえで、「そこまでごっついものが、あたしがちょっと会っただけの清明くんに感じてるのと本当に同じものなのかなって」と言っていました。庄子ちゃんが二人をどう思っているだとかの情報を抜きにして純粋に意味だけを取り出せば、今回の庄子ちゃんの悩みの原因は大吾と成美さんだ、ということになるのです。もちろん、誰も本気でそんなふうには思ってないんでしょうけど。
「素直になれていなかった時期、庄子にいろいろと愚痴を聞いてもらっていたりもしたからな……。うむむ、素直になれなかったということも含めて、今思うと実に情けないな」
 そんなことがあったんですかという話はともかく、成美さんは苦い顔。ですがここで栞さんが、対照的ににこにこした顔で言いました。
「庄子ちゃんが成美ちゃんを好きなのは、そういう時期があったからだとも思うけどね」
「あれがか? どうしてだ?」
「庄子ちゃんは大吾くんのこと、すっごく大事に思ってるでしょ? そんな大吾くんをことを気にしてくれる人がいたら――」
 とここでいったん言葉を区切った栞さん、顎に手を添え、ちょっとだけ考える仕草。
「――というか今だから言うけど、成美ちゃんの『素直になれない』って、裏側が丸見えなんだもん」
 今だから、どころか今更ですが、言われた成美さんは頬を赤くしてしまうのでした。いや、本人だってさすがに分かってたんでしょうけど。
「気にするどころか好きなんだって庄子ちゃんも分かってただろうし、ならそれだけ大吾くんのことを想ってくれる人のことは好きになっちゃうよ、やっぱり」
 その頃というのは、庄子ちゃんには幽霊が見えていないし、成美さんは常に小さい身体だった頃。だというのに庄子ちゃんが成美さんを年齢上だけでなく目上の人物としていたのは、やはりそういった話があったからなのでしょうか。もちろん、それだけということでもないんでしょうけど。
「うう、庄子から好かれる原因だというのならそれは、わたしも喜んで受け入れるが……情けない話だ、重ね重ね」
「くくく。だからあの頃散々言っていたではないかね、さっさと素直になれと」
「追い打ちを掛けてくれるな、頼むから」
「まあ哀沢さん側だけの話でもないですしねえ、周囲をやきもきさせていたのは」
「オレもですか?……ですよね、やっぱ」
 そりゃそうよ、ということで大吾も顔を俯かせました。
「『素直になれない』の裏側が丸見えなところまでおんなじなんだもんねえ?」
「うっせえ。だから今は反省してこう――あ、いや何でもねえ」
「『こう』? って、どう?」
「うっせえっての! 見ててなんとなく分かんだろ!?」
 今はしていないけど、猫じゃらしによる大暴れを抑えるためだとかこつけて成美さんを抱いていた大吾。成美さんから頼まれてのこととは言え、それを受け入れるまでにはなっているのです。――うん、分かるよ。なんとなくどころかはっきりと。
「つうか、話が逸れてるだろ……」
「む、言われてみれば」
 大声を上げた後の虚脱感からでしょうか、真っ先に気付いたのは大吾なのでした。ただまあ、逸れ具合を修正しても結局は大吾と成美さんの話なんですけど。
 しかしおちょくったのが最後だということもあり、ならばせめて修正後の話題について真っ先に一言入れようと。
「でも別に、悩むのが悪いことだってわけじゃないんだし」
「んー……それもまあ、そうなんだろうけどなあ」
 本当にたった一言でしかないわけですが、何も適当な台詞だというわけではありません。「悩むのは悪くない」どころか、「悩むのは良いことだ」とすら思ってます。それが自分でなく庄子ちゃんである以上、思っているにしてもそこまでは言いませんけど。
 というわけでそれに類するここから先の話も口にはしないわけですが、例えばもし、庄子ちゃんが悩みを持たずにそのまま清明くんのことを好きになり、無事に付き合うところまで関係が進展したとしましょう。もちろんそれを悪いことだとは言いませんが、先に悩みを持たなかった分は後になって出てくるものだと思うのです。
 そして、そうなれば清明くんもその悩みに巻き込まれるだろう、とも。二人は既に付き合い始めているわけですから、どちらか一方だけの問題で済ませられるとは思えないのです。とはいえこれまた、二人で悩むことを悪いことだと言えるわけではありません。どうするのが最善かを考えた場合、庄子ちゃんが今のうちに悩んでおくのが一番かな、と思うだけの話なのです。
 僕だって、栞さんと二人でいろいろあったわけですし。もしも栞さんが僕と会うよりもっと前に、抱えた悩みを払拭できていたとするなら――ちょっと寂しい気もしますけど、そのほうが良かったのは確実なんですし。庄子ちゃんの例と並べるにはやや異質かもしれませんが。
「さっき話に出てきた、怒橋君と哀沢さんの『素直になれない』という部分ですけど」
 口にしなかった僕の考えはともかく、清さんが口を開きました。しかしそこで持ってきた言葉というのが、清さんにしては意地悪なものだと思ったのですが――。
「それだって、お互いの関係について悩むようなことがあったからではないでしょうか? もちろんそれが全てだというわけでなく、お二人の性格もあってのことでしょうけど」
「ま、まあ……」
 大吾は成美さんへ視線を滑らせながらそう言い、
「……そう、だな」
 成美さんは大吾へ視線を滑らせながらそう言いました。
「そしてついさっき、怒橋君はこう言いましたよね?『今は反省してこうなんだ』と。今のその仲の良さが反省から来るものだとするなら、反省するようなことがあったおかげでそこまで仲良くできている、と言い換えることもできるわけですよね?」
 言われた二人、もう一度視線を交差させるのでした。しかしだからといって何を言い返すわけでもなく、清さんの言葉を待っているようでした。もちろん、清さんとしては待たれようが待たれまいが話を続けるわけですけど。
「んっふっふ。ならば日向君が言うように悪いことではありませんよねえ、悩むというのも。お二人が庄子さんの悩む原因になったというなら、それはつまり良いお手本だったということですよ。少なくとも、こういった前向きな悩みの場合は」
「オレ等が良いお手本、ですか」
「良くないわけがないじゃないですか、そんなに夫婦円満なんですから」
 円満であること自体は、大吾だって成美さんだって自覚しているのでしょう。しかしやはり、ここまではっきり言われてしまうと、むず痒そうな表情なのでした。相手は清さん、僕の時と違って怒鳴るわけにもいきませんしねえ。


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