(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十一章 戸惑い 六

2009-12-13 20:56:07 | 新転地はお化け屋敷
「だったらこちらとしても嬉しいのだがな。――ところでチューズデー、さっきの話だが、あの時そいつは庄子に何と言っていたんだ?」
「ん? ああ、あの話か」
 露骨に話を逸らした、というのは言わないでおきましょう。恐らくその露骨さは「これ以上は突っ込んでくれるな」という意思の表れでもあるんでしょうし。チューズデーさんですら何も言わないんですから、僕なんかとてもとても。
「『生きている者同士の恋というのは、結局のところその相手との間に子を成したいと思えるかどうかだ』――と、言っていたのだよ。くくく、好きかどうかを見定めるヒントのつもりだったのだろうね」
 チューズデーさんは肩を震わせますがしかし、その隣で猫さんは若干ながら背中を丸めてしまいました。怒られてしまった話に話題が及んだからなのでしょう。
 しかしなんとまあ、露骨な話題逸らし云々を抜きにしてもいきなりな内容でした。とはいえ栞さんとそういった話は既にしたことがあり、なので今更動じたりはしていないつもりですけど。そしてもちろん、隣の栞さんもそれは同じのようでした。
「なるほど、それは……うむ、チューズデー、よく止めてやってくれた。ありがとう」
「む? お前から礼を言われるとは思っていなかったがね」
「庄子にしてもこいつにしても、親切心から生まれた行動で嫌い嫌われというのは悲しいだろう? しかも、間違ったことを言ったわけではないのだしな」
 猫さんが言ったことは間違いではない、と成美さんは言います。それは確かにそうなのですがと言いたくなるのは、つまりそれこそがチューズデーさんがあの時に言っていた「人間の機微」なのでしょう。そりゃあ、何のために男と女が一緒になるのかと考えれば、結論はどう考えたってそれなわけですし。
 ということでそれについては納得なのですが、しかしどうして成美さんがそこで礼を言ったのかという部分については、その成美さん自身が続けてこんなお話を。
「大吾の妻となった以上、庄子は友人を越えてわたしの家族だ。そしてこいつのことは今でも愛している。そんな自分の立場を考えれば、礼を言わずにはいられないさ」
「なるほど。愛する者同士が仲を深める機会だ、ふいにするには確かに惜しいだろうね」
「うむ」
「ならばその礼、遠慮なく受け止めておくよ」
「ああ。――ふふ、しかしチューズデー、捉えようによってはお前もわたしの家族になるのかもしれんぞ?」
「む?……ああ、彼のことか。くくく、よせよせ。言いたいことは理解できるが、まだそういう話をする段階ではないよ」
 前の夫の今の妻。に、なるかもしれない人。成美さんからすればチューズデーさんはそういう位置にいるのです。
 しかし「捉えようによっては」ということは、猫の中では通常、そんなふうに考えないということなんでしょうか。人間の中でもどうなるのかよく知りませんし、そもそもどうにもならないのかもしれませんけど。
「まあ、そういうことを抜きにしても、わたしはお前のことを好きだがな」
「ふん、回りくどいことだね。最後にきちんとそう言える分、成長はしているようだが」
「と言いながら、自分は明確な返事をしないつもりか?」
「ん? なんだ、言って欲しいのかね? そうでない理由がないだろう、わたしだってお前のことは好きだよ」
 ……なんだかドキドキしてしまうのは、きっと僕の心が不純だからなのでしょう。
「ふむ、話が逸れてしまったが」
 大人である女性同士が「好きだ」と言い合う場面に身悶え、もとい心悶えをしている間に、チューズデーさんが話題転換です。
「納得してもらえたようだよ。大丈夫、誰も君が間違ったことを言ったとは思っていないさ。咎めたわたしが言うのも可笑しな話だがね」
 その言葉は猫さんへ向けて。すると猫さん、短く「ニャッ」とだけ鳴きながら、丸くなった背中をしゃっきりと。そこへ成美さんが「今、なんて?」と質問をするのですが、
「礼だよ。くくく、通訳をしただけだというのに、大変だね今日は」
 チューズデーさんは楽しそうなのでした。
 そうなればもちろん、周囲のみんなもそれに釣られます。あえて釣られないでおく理由なんて、ないんですしね。

 さてさて、時間は飛んで夜です。夜となれば、夕食です。
 というわけで、204号室にはお客さんが三名。話題はもちろんと言うか何と言うか、本日このあまくに荘へ来ていたお客さんについてです。
「そっかあ、しょーちゃん来てたのかあ。残念だなあ、アタシも会いたかったなあ」
「まあ仕方ないさ、仕事だし。それに俺、正直楓が不在でよかったなーとも思うぞ」
「えー、なんでさ。酷いこと言うなあ」
「いやあ、だって余計な方向に気を回しそうだし。恋愛についての相談だったんでしょ?」
 家守さん、「ぎくっ」という効果音が顔に表れたような表情に。そして高次さん、それを見て「やっぱりな」と笑います。
「で、でも真剣に悩んでるんだったらアタシだってそれに応じてさあ」
「まあいいじゃないの、結果は良かったみたいなんだし」
 落として持ち上げる、ではなく落としたまま話を終わらせようとする高次さん。今日はいつもと攻守が逆転しているようです。
 そして、高次さんの言うことも分かる――分かってしまうのです。何かを相談する相手としての家守さんがここのみんなから絶大な信頼を得ているのはもちろんなのですが、しかしそれが恋愛ごととなると、そして対象が庄子ちゃんとなると、「良薬口に苦し」どころではなくなってしまうような気がするのです。薬が効く前に副作用でひっくり返っちゃう恐れが、というような。
 もちろん、実際には上手くやってくれちゃうんでしょうけどね。
「むうう、まあ、あんまりぶちぶち言ってても仕方ないのは分かるけどさあ」
「そうそう。食事は楽しく、なんだろ?……でしたよね、先生」
「その通りです」
 ちなみに、作るのはこれからなんですけどね。
 ならば作る過程から楽しもうじゃありませんか、餃子。

『いただきます』
「大皿で纏めて出てくると豪華っぽいけど――なんかこう、あれだな。一つ一つは見るからに手作り感溢れるのも混じってるっていうか」
「まあ、ね。でも包み方でそう味が変わるわけでもなし、むしろ愛嬌があっていいんじゃない? ねえ、しぃちゃん」
「そ、そこで栞に降らないでくださいよう。暗に誰が下手だったのか言ってるようなものじゃないですか」
「あ、これ隙間から中身が全部出てる」
「あ、中身ここにありますよ高次さん」
「うう、みんなして酷いよ……」
「キシシ、そうは言ってもアタシだって、あんまり言えた立場じゃないんだけどね。閉じた部分のひだひだが綺麗に出来てるの、ほぼ全部こーちゃんのだし」
「全部? 半分くらいは上手くいってるみたいだけど……ああ、早さもダントツなのね」
「いや、でもまあ家守さんがさっき言った通りで、味にはあんまり関係ないですし。見栄えがどうってだけのことですよ」
「なんの、見栄えだって大事なことだと思うよ? ほら、庄子さんに楓が会わなくて良かったなって話」
「あー……中身が伴ってるのは保証できるんですけどねえ……」
「しぃちゃん、今日の男共はなんだか反抗的だぞ。これは何らかの仕返しをすべきだと提案するね、アタシは」
「そうですね、何かしちゃいましょう。お酒買ってきていっぱい飲むとか」
『勘弁してください』

『ごちそうさまでした』
 というわけで、食事が終わったその直後。
「あの楓、さっきの酒がどうっていう話なんだけど」
 なんだかとても下手に出ているような威勢のなさで、高次さんがおずおずと語り掛けます。ちなみに、というかもちろんというか、僕も似たような心境ではあります。
 家守さんと栞さん、どちらも酒癖が悪いのです。暴れるというわけではないのですが、家守さんは前触れなしにわんわん泣き始めるし、栞さんはちょっと飲んだだけででろんでろんになってしまうのです。それが「いっぱい飲む」となったら、いったいどうなってしまうのやら。
「あっはっは、もちろん冗談だよ。明日もあるし、今日は別にそんな気分じゃないしね。まあ、しぃちゃんがどうかまでは分からないけど」
 どういう気分だったら泣いてまで飲みたくなるんですか家守さん、と尋ねたくなってしまいましたが、「泣きたい気分の時ではないか」という予想が頭に浮かび、正解しているとちょっと悪いような気がしたので、それについては口を噤んでおきました。
「どーしよっかなー。楓さんみたいに冗談ってことにしちゃおっかなー」
 気だるくかつ間延びしたようなその声色は、僕に向けて「このままだとそうはならないけどね」と伝えてくるようでした。ならば何を求められているのかということになるのですが、
「すいませんでした」
 こういうことなのでしょう。
「うん。じゃあ、冗談ってことにしとくよ」
 とは言いながら、笑い交じりの栞さん。初めから冗談のつもりだったということなのでしょう。僕だってそりゃあ、本気にしてたわけでもないですし。むしろ、ちょっとくらいだったら飲んでもらったほうが面白い展開になっていたような気もしますし。
 しかしまあ、冗談は冗談。なのでそれについてはさておきまして、
「おや、電話――うちの部屋かな?」
「ぽいなあ」
 遠くから電話の鳴る音がし、家守さんと高次さんはそれを101号室からのものだと推測。ですが、動く様子はありません。「まあ、急ぎだったら携帯のほうに掛かってくるだろうしね」という家守さんの言葉に高次さんも頷き、どうやらやり過ごす構えのようでした。
 そして数回鳴り続いたのち、ついに音が途切れると。
「あら、急ぎだったみたいで」
 家守さんの携帯電話が鳴り始めるのでした。
「緊急出動だったりするかな?」と高次さんは苦笑いですが、しかし誰からの電話かを確認した家守さん、「そうじゃないみたいだね」と。
「はいはーい。――いや、仕事は終わってるんだけど、今こーちゃんの部屋にお邪魔しててさ。――何でって、一緒に晩ご飯食べただけだよ。高次さんもしぃちゃんも一緒だし、浮気だなんて何バカなこと――」
 笑いながらとんでもない話をしてる家守さんとその通話相手さんですが、しかし家守さんと同等にそんな話ができる人物となると、頭に浮かぶ候補が一人。
「ひょっとして、椛さんかな?」
「僕もそんな気がしたところです」
 椛さん。家守さんの妹さんであり、家守さんと似たようないやらしさを備えている、チョウチンアンコウのようにぴよんと飛び出した髪の毛が目立つ人。……いやまあ、初めて会った人とかからすると、家守さんと同等のプロポーションのほうが圧倒的に目立つんでしょうけど。
「――え、それ本当に!?」
 もちろんまだ椛さんだと確定したわけじゃないけど、なんて思ったところで家守さん、声が大きくなりました。
「明日? いやまあ、いつも通りこっちの都合はどうとでもできるけどさ。でもそっちは大丈夫なの?――キシシ、まあそれもそうか。――うん、じゃあ明日にね。……おめでとう」
 明日の都合がどうという話。なんとなくどういう内容だったかの想像はつくのですが、しかしともかく家守さん、そこで携帯を畳みます。
「椛からだったよ」
 やっぱり。
「おめでただってさ」
 なんですと!
「それで高次さん、椛が明日来ることになったからさ、仕事お休みにしちゃうけど……」
「イエッサーボス。そういうことならむしろ大歓迎」
 僕と栞さんは落ち着きを失ったり目を輝かせたりなのですが、こちらは落ち着いたものでした。いつものことではありますが、なんて柔軟なスケジュールなのでしょうか。
「こっちはいいけど、椛さんのほうは大丈夫なのか? お店」
「あー、来るのは椛だけだしね。そこまで痛手でもないってことでしょ」
 なかなかに手厳しいことを仰る家守さんですが、しかし実際、そんなところなのでしょう。お嫁兼従業員として椛さんが迎えられる以前から、月見さん宅はパン屋として営業していたんですし。
「あっ」
 もちろん外部の人間である僕の勝手な想像ですが、と頭の中で補足をしてみたところ、栞さんが何かを思い付いたような声を上げました。
「どうかしましたか?」
「いや、もし猫さんがまだ202号室にいるんだったら、明日まで待ってもらえないかなーって」
「あー……どうでしょうねえ。時間も時間ですし」
 明日まで待ってもらってどうするのかというと、そりゃあ椛さんに会ってもらおうというのでしょう。それは分かるのですがしかし、もう九時前です。猫さんにそういった人間的な時間の概念がないにしても、外は真っ暗なのです。一緒に202号室へ招待されたチューズデーさんともども、もうそれぞれの場所へ帰ってしまっていてもおかしくはありませんでした。
「一応、声掛けてみよっかな。少なくとも成美ちゃんと大吾くんには伝えられるわけだし」
 家守さんは申し訳なさそうな表情でしたが、反対まではしてきませんでした。というわけで栞さん、うきうきとした表情で立ち上がります。
 待ってもらえるか否かは不明だとしても、猫さん、まだ居てくれればいいんですけどねえ。チューズデーさんも一緒だったから、時間が潰れてそうな気はしますけど。
 ……今思い出したけど、昼に大吾が成美さんにだけ話すって言ってたあれ、結局何だったんだろう? チューズデーさんについての話ってことだったけど。

「――なに? なんだ、わたしはもうとっくに話しているものだと思っていたがね。律義なものだね、まだ話していなかったとは」
「いや、だってそんな勝手に話していいようなもんじゃねえだろ? どう考えたって」
「勝手に話して、話したことをわたしに黙っているとかだね――いや、そんなややこしいことはできないか、大吾には。くくく、わたしとしたことが、見誤ったようだね」
「んだよ、話しといて欲しかったみてえな言い方だな」
「一概にそうとも言い切れんが、まあそういう部分がなかったとまでは言わないさ。――というわけだ、今この場で話してもらっても、わたしは全く構わんよ。何だったらむしろわたしから話すが?」
「内容的には、そうしてもらえると有難えんだけどな……。でもそれじゃ、旦那サンにも伝わっちまうぞ?」
「ん? それをわたしが構うと思うのかね?」
「……悪い、見くびってた」
「うむ。では哀沢に『旦那さん』、短く済ませるからしっかり聞いておいてくれ」
「ああ、分かった」
「…………」
「少し前の話――ちょうど初めて君に会った日のことなのだが、わたしは以前から大吾を好きになりかけていて、だから大吾に告白して振ってもらった。以上だ」
「……短く済ませ過ぎでよく分からんわ、馬鹿者。さすがにだな、もう少し詳しく話せ」
「ふーむ、そう言われてもだね……」
「好きになりかけていたというのは、驚いたとはいえ、わたし自身のこともある。だからそれはいい。だが、振ってもらったとはどういうことだ? 考えたくはないがお前、まさかわたしに気を遣ったなどと言うわけではないだろうな」
「その考えたくないところをもうちょっと考えてみろ。わたしがどういう考えであったにせよ、大吾の返事は変わらないだろう? だったら――くくく、少々格好をつけるくらいは、大目に見てもらいたいところだね」
「大目に見ろだと? 結果が変わらないにせよ、その時点でわたしにも言ってくれればこんな……! 自覚がないままお前の気持ちを蔑ろにしていたなど、許容できるわけがないだろう!」
「だから大吾は言わなかった――いや、言えなかったのだろうね。今、わたしが自分から話すまで」
「…………!」
「勘違いがあるようだったらここで正しておくがね、異性として好きになりかけた以前にわたしは友人として大吾を好きだし、お前のことも同等に好きなのだぞ。だから、何もお前だけを気遣ったわけじゃない。自分はもちろん、大吾も気遣ってのことだ。なんせ人間は一度に一人しか愛せないのだし、わたしはそれに準じているお前と大吾が気に入っているからね」
「――ひ、卑怯だろう、そんな言い方。お前のことを好きなのはわたしだって同じなのだぞ? 何を自分の中でだけ綺麗に纏めているんだ、お前は……!」
「自分の外のことまで綺麗に纏められたら苦労はないよ。わたしが満足なのだから、わたしについてはこれでいいのさ。後はお前が綺麗に纏まってくれれば文句無しなのだがね」
「これだけ逃げ場をなくしておいてよく言う! 身動きができん以上、今の形のまま治まるしかないだろうが! 文句無しなどと――お前に文句など、言わせてたまるかこの馬鹿者!」
「くくく。そうか、それは有難いね。……泣くほどのことではないと思うがね、流石に」
 ピンポーン。
「なんだ誰だこんな時に! わたしが出るぞ! もうっ!」
「……なあチューズデー。旦那サンはともかく、この話題でオレが置いてけぼりって、すっげえ情けねえような」
「そうかね? 下手に口を出されるよりは良かったと思うがね。それが情けなさから来るというなら、情けなさも魅力のうちなのだろうさ、お前は」
「んー、そういうモンなのか……?」
「それに、下手な口出しをしないというなら彼だってそうではないかね。基本的に無口だろう?」
「旦那サン? そりゃあまたちょっと方向性が違うんじゃ」
「本人の意思がどうあれ、周囲から見れば同じなのだよ。――む? そう考えてみると興味深いね、わたしと哀沢が揃ってお前と彼に惹かれたというのは」
「いや、つってもオレ、黙ってたのって今回がたまたまだし。普段からそうだってんならまだ分かるけどよ」
「くくく、それもそうか。いやしかし、何かしらの共通点くらいあってもおかしくはないだろう?――なあ、君」
「ニャア」
『なんだとーっ!?』
「うおっ……って、何だ? つーかあっち、誰が来たんだ結局」

『なんだとーっ!?』
「ああ、驚いてますねえ成美さん」
「驚いてるねえ、キシシシ」
「そりゃあねえ。ちょっと前に会ったばっかりなのに、だもんねえ」
 部屋の外から聞こえてきた驚嘆の声に、204号室は自然と笑みで満たされます。それが意地の悪い笑みであることぐらいはそりゃあ承知してますが、だからといって自重することもないでしょう。なんせこちらまで声が響いてくるとは思わなかったものの、こういう反応があるであろうと予想していたうえで、栞さんを行かせたんですから。
「前に会ったばっかり、ねえ。あの時アタシ、椛と『そろそろ子どものほうはどうなのよ』なんて話してたんだけどねえ」
「そういえばしてましたね、そんな話」
「帰ってきて早々に聞かされた話だったよなあ、それ」
「も、もう、それは今言わないでよ高次さん」
 攻める分には強気ながら、攻められると(かつ高次さんが絡むと)弱々しい家守さん。たまにしか見れない光景をしっかりと目に収めつつ――椛さんと前回会ったのは、みんなで高次さんのご実家である四方院家にお邪魔した時のこと。まさか海外出張中だった高次さんがその日に合わせて戻っているとは知らなかった家守さん、再開早々の高次さんに、子作りの話を聞かれてしまったのでした。
「椛も孝治さんも『そろそろいいかなー』なんて言ってたけど、このタイミングって、ねえ?」
「あんまり話を広げないでくれよ? 楓。こっちからもあんまり言わないけど」
「まあそうだね。これ以上はアタシと椛で一対一になった時にでも」
 不穏な会話ですが、深くは考えないようにしましょう。
「と言って、話が続いたらどうなるか分からんしなあ。そろそろ戻らせてもらったほうがいいかな?」
「うーん、こういうことに関しては本当に信用ないんだなあ、アタシって」
 形だけは腕を組み、だけど笑いながら家守さんはそう言います。
 当然と言えば当然なのですが、僕だって家守さんが得意とする「そういう話」に興味がないというわけではないのです。そりゃ誰だってそうです。で、誤魔化し誤魔化しでなら、そういう話に加わるのもやぶさかではないのです。が、さすがにご夫婦を相手にそれをしろというのは、難易度が高いのです。もしも家守さんと高次さんが自分の親と同程度のお年だったならまだ、まだ何とかならないでもないんでしょうけど、お若いんですよこのお二人。生々しい……なんて言っちゃうと意識し過ぎなだけだという気もしますけど、でも仕方がないじゃないですか色々と。だからここは申し訳ないですけどお引き取り願うか、せめて僕一人だけが聞き手であるという状況をなんとか――。
「ただいまー」
 お帰りなさい栞さん!
「えらい嬉しそうな顔だね、こーちゃん」
「息苦しかったんじゃないか? お前の話が変な方向に行きかけて」
 なんでそんな見事に当てられるんですか高次さん。同じ男だからですか。
 とはまあ言いませんが、とにかく栞さんがお帰りです。そこへ話していた通りに家守さんと高次さんが帰ろうとし始め、なのでちょうど、居間の入り口で入れ違う形に。
「あれ、帰るところですか?」
「そ。こーちゃんがさあ、おばちゃんからやらしい話なんか聞きたくないって言うもんだから」
「それは……あはは、どっちの味方になればいいのか困っちゃいますねえ」
「だよねえ、やっぱり」
 家守さん、笑いながら同意するのでした。何も言ってないし何も言われてないのに弄ばれた気分になってしまうのは、どういうことなんでしょうか。
「それはそうと、チューズデーも猫さんもまだいましたよ。明日までここに残ってもらえるそうです」
 冗談を交えた笑い話はともかく、そのために部屋を出ていた栞さんから報告。「おお、そりゃ良かった」と家守さんも冗談を引きずりはしないのでした。良かった良かった。
 それにしても猫さんですが、人間嫌いだというのがあまり行動に結びついていないような気がします。成美さんと再開してから、結局はここの人間全員と知り合ったわけですし。……逆に言えば、結び付かない以上、ここのみんなとどれだけ親しくなっても人間への評価は変わらないってことなんでしょうけども。
「それじゃあ、あんまり長々しちゃわないうちに。俺らも楽さん達に報告しといたほうがいいだろうしな、明日のこと」
「だね。というわけでしぃちゃんこーちゃん、今日もご馳走様でした」
 そういえば清さんって、出掛けるのはいつも朝の何時くらいからなんだろう。そんなことを疑問に思いつつ、去りゆく二人にこちらも二人でお別れの挨拶をしました。日によっては深夜のうちからだったりもしそうだなあ、清さんだし。なんて、根拠もなにもないし、考える意味すらも特にないんですけど。

 さて。
「こうくん」
 と呼ばれる時間がやってまいりました。栞さん、もう慣れっこのようです。僕も同様ではありますが。
「さっき203号室に行った時、出てきたの成美ちゃんだったんだけどね、ちょっと泣いてたみたいだった」
「泣いてた? って、なんでですか?」
「それは分からないんだけど……いや、泣きながら出てきたってわけじゃないよ? ちょっと目が潤んでるなって、その程度」
 自分の呼ばれ方がどうのと気にしてはいられなくなりました。はて、どうしてまたそんなことに?……あ、いや待て、原因よりも前に気にすべきことが。
「火の玉は、大丈夫だったんですか?」
「あ、うん、それはなかったよ」
 多くは大吾との関係が深まったことに起因するのでしょうが、成美さんのあれは最近すっかり目にすることがなくなりました。もちろん、目にしないほうがいいんですけども。


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