(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十一章 戸惑い 四

2009-12-03 20:39:33 | 新転地はお化け屋敷
「栞さん、どうかした?」
 自分が話していた直後というタイミングもあってか、気にして尋ねるのは庄子ちゃん。ですが栞さんは困ったような顔をしつつ、「いやいや、こっちの話だよ」と首を横に振るのでした。
 こっちの話というのがどっちの話なのかはともかくとして、取り敢えず栞さんの思い付きについてはスルーの方向でということに。しかしそこでまたしても、
「あ、そういえばだけど庄子ちゃん」
 今度はナタリーさんが。これまで暫くは猫じゃらしに対する猫の生態を注視していたようですが、ここへきて栞さんと同じように何かを思い付いたようです。ただし栞さんとは違い、その相手を明確に庄子ちゃんとして。
「なに?」
「清明さん、今日は一緒じゃないんだね」
「…………!」
 言われた庄子ちゃん、びくりと背中を震わせたのでした。
「…………!」
 何故だか栞さんまでも。
 同じくジョンもぴくりと反応を示してはいましたが、それは単に清明くんの名前が出たからなのでしょう。
「いやいやあはは、ナタリー、何を今更。あたしが来てすぐに言うんなら分かるけどさ」
 栞さんのことについては隣に座っていた僕だけが気付いたようでしたが、それはともかく庄子ちゃんの言い分です。笑い方が不自然な気もしますけど、言っている内容については確かにその通り。何故ここへ来た直後でなくひとしきり遊んだ今になって、という。
「そうなんだけどほら、誰が誰を好きか嫌いかって話になってたでしょ? 庄子ちゃん、清明さんのこと」
「わーっ!」
 ……なるほど。重ねてなるほど。今尋ねた理由はナタリーさんの言った通りとして、だから栞さんは思い付いても言えなかったわけか。
 それはともかく大声でナタリーさんの話を遮った庄子ちゃん、そのたった一瞬で息が上がってしまい、かつ顔が赤くなってしまうのでした。
「ナ、ナタリー、勘弁してもらえると有難いんだけど……」
「ごめんなさい。私、また何か変なこと言っちゃったみたいだね」
「あ、怒ってるってわけじゃないよ? だから何もそこまでは」
 謝るナタリーさんへ若干慌て気味な取り繕いを入れる庄子ちゃんでしたが、まあ確かに、怒っているというほどではない様子。ならばそれはそれで良し、なのですが。
「んっふっふ」
 ある人物がそう笑った途端、ナタリーさんへの対応で落ち着かざるを得なかった庄子ちゃんは再び顔を真っ赤にし、
「――――っ!」
 更に今度は、まるで土下座でもしているかのように顔を床へ押し付けてしまうのでした。
 笑ったのはもちろん、件の清明くんのお父さんです。そりゃあ笑いたくもなるでしょうし、そんな人物に今の話を聞かれてしまったとなれば、そりゃあ顔を伏せたくもなるでしょう。
 ちなみに今更な確認ですが、「清明くんと一緒ではないのか」というナタリーさんの質問は、何も庄子ちゃんが清明くんに対してどうだとかいった面を揶揄してのものではありません。そういうことを抜きにして、単に「ジョンとの散歩に付き添う」という約束を以前にしていたからなのです。まあ、ナタリーさんがそんな意地悪をする筈もないですしね。
 幽霊が見えず、幽霊の存在も知りはしないけど、幽霊に近付くと頭が痛くなってしまう清明くん。そんな彼がたまたまジョンと仲良くなり、ここへ出入りする庄子ちゃんと知り合ったが故の約束なのでした。……まあ、お互いがお互いに会うためだという部分も、ちょっとくらいはあるのかもしれませんけどね。現状がこれですし。
 というわけで「これ」こと赤くした顔を床に押し付けていた庄子ちゃん、しかしゆっくりとその顔を上げます。まだちょっと赤いですが、指摘はしないでおきました。
「……いや、こうなっちゃったらもう開き直っちゃいますけど」
 割とストロングな乙女心をお持ちだったようで、ついつい「落ち込まれるよりは」とホッとしてしまいます。とはいえ、初めての展開というわけでもないんですけどね。
 ところでその落ち込まない庄子ちゃんは、顔を向けた方向からして清さんを話し相手としているようでした。まあ、誰に対して開き直ったかを考えればそりゃそうなんでしょう。
「確かにあたし、清明くんを好きかもしれないですけど、でもその前に『誰かを好きになる』っていうのがよく分からなくなっちゃったんですよ最近」
 なるほど、そりゃあ大問題。好きかもしれない人はいるけどそもそも好きになるっていうのがよく分からないんじゃあ――ってそれ、どういうこと?
「学校の友達から彼氏との惚気話を聞かされるとか、それだけだったらまだいいんです。なんかこう、分かりやすく浮いた話ですし」
 苦笑しながらそう言う庄子ちゃん。しかしそこへ「でも」と続き、僅かにではあるものの深刻そうな顔になり、そして大吾と成美さんへちらりとだけ視線を向けるのでした。
 そして開き直った対象である清さんへと視線を戻すと、
「特には兄ちゃんと成美さんなんですけど、そこまでごっついものが、あたしがちょっと会っただけの清明くんに感じてるのと本当に同じものなのかなって」
 大吾と成美さん。見てる分にはただちょいと素直になれない彼氏彼女――最近からはその反動かイチャイチャ度が高めな夫婦、なのですが、しかし人間と猫の垣根を越えた大恋愛を経ている二人でもあるわけです。
 なのでその点と、そしてそれを除いた単なる恋人同士として見た場合の仲の深さも合わせて、庄子ちゃんは「ごっつい」と形容したのでしょう。もちろん、庄子ちゃん自身が二人を強く好いているということも関連してはいるんでしょうけど。
「ふうむ……いや、まずは庄子さん、ありがとうございます。清明のことからそこまで考えていただいて」
「お、お礼を言われるのも変な感じですけど、どういたしまして」
 清さんが丁寧に頭を下げると、ならばその丁寧さに「そういう話じゃない」と文句をつけるのは無理があったんでしょう。素直な返事をしてしまう庄子ちゃんなのでした。
 ……自分の息子を好きだと言ってくれる女性(今回はまだ不確定のようですが)が現れるというのは、どんな気分なんでしょうか? しかもそれが自分も知っている人物だったりするというのは。隣人の妹さん――というかいっそ、その隣人ごと自分の友人ですもんねえ、ここでは。
「庄子君、彼にも今の話、伝えても構わないかね? 興味深い話だし」
「あっ、うーん……まあ、いいですよ。なんとか」
 というチューズデーさんとの短い遣り取りも挟み、ならば早速とチューズデーさんが猫さんに今の話を伝え始めたところで、お礼を済ませた清さんが話し始めます。
「まず初めにですが、庄子さんは清明を好きでいてくれている、という体で話を進めてもよろしいでしょうか? レディに対しての失礼は承知の上ですが、都合上ということで」
「……はい。うう、そういう話を振ったのはあたしですもんね……」
 なんだか可哀想になってきましたが、しかし本人が言っている通り、これは庄子ちゃん自身が持ち出した話なのです。前提が「好き『かもしれない』」じゃあ話を進め辛いですもんね、やっぱり。
 というわけで、やや前提をいじくったうえでのお話が始まります。
「庄子さんもご存じだとは思いますが、怒橋君と哀沢さんも初めからこうまで仲睦まじかったわけではありませんよね? ここの皆さんを――私も含めて、やきもきさせていた時期だってあるわけです」
「は、はい。そりゃあもう」
 という話に大吾は苦い顔をし、成美さんはくすりと笑みを溢したりしていますが、清さんのほうを向いている庄子ちゃんにはそちら二人が視界に入っていません。まあ、気付いてどうなるというものでもないですけど。
「んっふっふ、ですよねえ。しかしそれは何も容量が悪いという話でなく、誰だってそうなのです。期間がどれくらいになるかは人それぞれですが、考えてもみてください。周囲をやきもきさせる以前に、自分がやきもきする時期だって当然あるわけなんですから」
 自分がやきもきする時期。それがどういうものなのかは一目瞭然、今現在の庄子ちゃんです。本人がそれに気付いたかどうかはともかくとして。
「まあ幾多の恋愛を潜り抜けた剛の者だったりすると、そうでもないのかもしれませんけどね。ただ残念ながらそれは、そこまでモテた経験のない私には想像においてすら語れない領域の話ですねえ。なのでそれについては割愛させていただきます」
 ということは清さん、昔から明美さん一筋だったと。……いや、幾多でないからといってそれは極論に過ぎるような気もするけど、でもなんとなくそのほうが清さんらしいような気が。
 もちろんたった一つの恋(しかも不確定)について悩んでいる庄子ちゃんにもそこまで考える余裕はないらしく、割愛されることに異論はないようです。「はい」という短い返事と共にこっくり頷くのみなのでした。
「んっふっふ、ならば話を戻しましょうか。そういうわけで庄子さん、誰しも初めからご立派な恋愛を展開しているわけではないのですよ。お互いに不器用なところから始まって、少しずつ少しずつ、時間を掛けて時間を掛けて、怒橋君と哀沢さんのように立派なカップルとなるわけです」
 立派、なんて言われて大吾と成美さんがどういう反応をしたのかは、敢えて確認しないでおきました。多分さっきのと似たようなものなんでしょうし。
「そういう期間を飛ばそうとしてしまうと、足並みは揃わなくなってしまいますよ? なんせペースは人それぞれ、カップルそれぞれなのですから。他のカップルを見て考えるより、自分の相手をしっかり見てあげて欲しいですねえ」
「じゃあ、そういう時が来たら……」
 やや照れつつ、加えてややもじもじしつつ、控えめに頷く庄子ちゃん。ちなみにこの話は「庄子ちゃんの相手は清明くんだ」ということで確定している体での話ですが、庄子ちゃん、多分すっかり忘れてます。「そういう時が来たら」じゃなくてね、今の話なんだよね庄子ちゃん。
「んっふっふ。――個人差があるとは言いましたが庄子さん、庄子さんが感じた恋心も、怒橋君と哀沢さんの恋も、間違いなく同じものです。同じものですが、その同じものである中で期間や個人差の面による誤差がある、というだけの話ですね」
 というところまで話が進むと、もはや照れ顔よりも笑顔のほうが強くなる庄子ちゃん。恥ずかしさよりも、悩みが解消されていく気分の良さのほうが勝るのでしょう。
「疑問を抱いていろいろ考えるのはいいことだと思いますが、それを不安がることはありませんよ。胸を張って恋をしてください。そのうち庄子さんの恋もごっつくなりますから」
「はい」
 恋という単語が何度も出てくると、それだけでなんとなく芝居がかった台詞に聞こえてしまいます。がしかし、これは紛うことなき恋の話なので、ならばそれは気のせい以外の何物でもないのでしょう。清さんが本気で芝居がからせたら本物の芝居になってしまうような気もしますし。いえなんとなく。
「ニャア」
 清さんの話が終わったらしいタイミングで、猫さんが一鳴き。タイミングを合わせられたのはずっと続けられていたチューズデーさんの通訳からなのでしょうが、しかしそこは無駄口を嫌う猫さんのこと、内容も意味のない一言ではないのでしょう。
 というわけで再びお願いします、チューズデーさん。
「庄子君に言いたいことがあるそうだよ」
「あたしにですか?――まあ、ですよね」
 そりゃまあわざわざ合わせられたタイミング的にそうなのでしょう、ということを庄子ちゃんが誰に言われるまでもなく掴み取ったところで、「ニャア」と猫さん。
「『今の話では前提を変えられていたが、気になる男を好きかどうかが分からないというのだな?』――だそうだ」
 しかしそれは質問ではなく単なる前置きだったのでしょう、猫さん、庄子ちゃんの返事を待たずに続けて「ウニャアア」と。
 本来ならよっぽどのことがない限り可愛らしく聞こえる猫の鳴き声も、それがこの猫さんとなると渋いものに聞こえてしまうのでした。いや、聞き比べとかしたら本当に渋いのかもしれませんが、しかしそれはともかく。
 ……何があったのかチューズデーさん、今回は翻訳にちょっと手間取ったような間を置くのでした。とはいえそれも大した長さではなく、
「『相手のいないところでウジウジしていても堂々巡りばかりで答えは出んだろう。まずは分かるまで会うべきだ』――だそうだよ。どうかね?」
「どうって……まあ、確かに答えなんて出てないんですけど……でもそんな」
 清さんの話を気持ち良く聞き終えた庄子ちゃんでしたが、再びそわそわし始めてしまいます。
 そりゃあ、「好きかもしれない」なんて思いながらその好きかもしれない相手と会うのは、気持ちが高ぶりかつ退けてしまうものなのでしょう。会いたいけど会いたくないというか、いっそ会いたいから会いたくないというか。
「――とのことだが、どうかね」
 あんまり返事になってないような気もしますが、とにかくチューズデーさんがその返事を猫さんへお返し。すると猫さんは、「ニャッ」と人間の耳からすれば短いお言葉を。
 ならばまたしてもチューズデーさんの通訳を挟んで、と思いきや。
「人間嫌いならば仕方がないとはいえ、君にはもうちょっと人間の機微というものを理解して欲しいものだね」
 一体何を言ったのか、猫さんはチューズデーさんに怒られてしまうのでした。
「ニャウ」
 しょんぼりしたように聞こえたのは気のせい、もとい耳のせいでしょうか?
「まあしかし、内容がどうあれ真剣に相談に応じたわけだ。そこは評価させてもらうよ」
 しょんぼりしたっぽいその直後に褒められてしまう猫さんでしたが、こちらについては鳴き声無し。前に成美さんが言っていた「異論がない場合は返事をしない」というアレなのでしょうか?
「おいチューズデー、そいつは今何を言ったんだ?」
「くくく、この場で言えることなら注意したりしないさ。どうしても気になるというなら後で話してやるがね」
「うむ、では後で聞かせてもらおう」
 成美さんが頷くと、言葉を解せずともそれを見て事情を察したのか、猫さんは犬で言うお座りの姿勢のまま背中を丸くしてしまいました。猫背という言葉の語源と言えなくもなさそうなその体勢は、不安そうに見えなくもありません。
「ということはチューズデーさん、あたしには……」
「もちろん聞かせてあげられないね、残念だが」
「いや、むしろホッとしたような」
「そうかね? それは残念」
 どちらにせよ残念がり、しかし続けてくくくと笑ってみせるチューズデーさん。なんとも意地悪な話の運び方に、庄子ちゃんまでくすくすと笑ってしまうのでした。
 ――ところで、一つ思い出したことがあります。今ここでは話せないと言うチューズデーさんですが、そういえばそのチューズデーさんについても「ここでは話せない」話があったのです。
 それは本日の散歩中、大吾が成美さんにだけ話すと言っていた、チューズデーさんに関する何らかの話。思い出したからには気になるのですがしかし、成美さんにだけ話すというのなら今この場では訊けず、それに場がどうあれそもそも僕に教えられることではないので、諦めるしかないのでした。
 とまあそんなどうしようもないことはともかく、チューズデーさんと笑い合っていた庄子ちゃんがここで視線を移動。
「栞さんはどんなだった? 日向さんのこと好きになった時って」
「ふぇ」
 唐突に話を振られた栞さん、気の抜けた声でお返事です。ちなみに、声を出す状況だったなら僕も同じようなものだったのでしょう。
「え、ええ? 栞? 大吾くんでも成美ちゃんでもなく?」
「兄ちゃんと成美さんはまあ、それなりに知ってるし」
「そ、それもそっか。……うーん、どうだったと言われると……」
 それもそっかで済ませちゃいますか栞さん。これだけ人が集まってる場で堂々発表しちゃうことは気になりませんか。そりゃまあここまでそういった話が展開されてきたわけで、何となく話せてしまいそうな雰囲気がないわけではないですけど。
 しかし僕がどう内心をヒヤヒヤさせようと、栞さんの思考はもちろんながら止まりません。悩むようにして組まれた腕を解かないまま、口を開いて言葉を繋げてしまいます。
「そもそも、『好きになった時』っていうのがはっきりしないんだよねえ。同じようなことはこれまで何度か考えたことあるんだけど」
 こちらの内心のヒヤヒヤに反し、出てきたのは曖昧な答え。だからすっぱり言えちゃったんですね、と内容に関係のない妙なところで納得しておきました。
「初めから好きだった、なんてことはそりゃあないけど、でも気が付いたら好きだったって感じなんだよね。そう思ったその時はもちろん、今から思い返しても」
「へええ、そういうものなんだ」
「みんなそうなのかって言われたら違うとは思うけど、でも大抵の人はそうなんじゃないかなーとは思うな。『この瞬間に好きになった』って状況なんて、上手く想像できないし」
 実のところ僕も同じようなことを考えたことがあるのですが、出てきた答えも栞さんと同じようなものでした。もちろんそれは、自分がそうでなかったから、という要因もあってのことなんでしょうけど。
 というわけで栞さん、答え辛いであろう庄子ちゃんの質問を僕へのダメージ無しで切り抜けてくれました。まず間違いなく自覚なしでのことなんでしょうけど、感謝はきちんとしておきます。
 さてそうして栞さんの話が終わってみれば、そこへ今度はナタリーさん。
「庄子ちゃんはどうだったの? 清明さんが気になりだしたのはこの瞬間だとか、そういうのってあるのかな」
「き、気にしてるってナタリー、だからあたしはまだそんなじゃなくて」
「本当に好きなのかどうかはともかく、気にはしてるでしょ?」
「……すいません。してます」
 項垂れてしまう庄子ちゃんなのでした。
 言外にトドメを刺されてしまったような気がしないでもないですが、まあそれはともかくとしておきしょう。あくまでも庄子ちゃんの中では「よく分からない」なのですから。
「うーん……あると言えばあるような、でもなんか違うような……」
「思い当たる節はあるんだ」
「うん。でもその瞬間にどう思ったってわけじゃなくて、後から思い返してるうちにその――こう、よく分からなくなっちゃって」
 気になりだした瞬間は思い当たる。ただしそれが「その瞬間」になったのは、後になって思い返してから。栞さんの話と照らし合わせるならなんともどっちつかずな話ですが、しかしそれが庄子ちゃんの事実であるなら仕方がありません。
「ほら、前にあたしと清明くんだけでジョンの散歩に行って……話したよね? その日に」
「あ、うん、そうだったね。他の人には言わないほうがいい?」
「うん。へへ、ありがとうねナタリー。なんせちょっとしたこと過ぎて、逆に照れ臭いっていうかさ」
「よく分からないけど、分かったよ」
 ということで実は初めから答えを知っていたらしいナタリーさんの追及は済んでしまいましたが、しかし僕も知ってしまっていました。庄子ちゃんが明言しない以上は僕の勝手な想像でしかないけど、それでも間違いなくこれだろうという可能性を、です。
 あの日は夜中に降った雨で道路に水溜りができていて、散歩中の庄子ちゃん達の傍を車が通ったと。そして水溜りの水が跳ね、するとその時清明くんがジョンの傍に立って水を防いだと。当然清明くんには水が掛かり、結局ジョンも少しは濡れてしまったけど、そのことを話す庄子ちゃんは嬉しそうだったのです。散歩からの帰宅直後、傍に僕とジョンしかいない場で話していたあの時は。
 ちょっとしたこと過ぎて逆に照れ臭い。水跳ねが原因で気になりだしたとすると、その理屈も分かるような気がします。
 とはいえ、もしも気になりだしたり好きになった瞬間というものを挙げられるとするならば、大体の人はそんな感じになってしまうとも思います。例えば僕ですが、そりゃあこれまで栞さんとはいろいろありました。が、その「いろいろ」の大半は付き合い始めた後の話で、つまりは確実に好きになった後の話なのです。付き合い始める前の更に好きになる前となると、その関係は友人同士。「ちょっとしたこと」でない印象的な事件が発生するには、ちょいと役者が不足している気がします。
「二人でジョンの散歩に行った時、ですか。んっふっふ、何があったんでしょうねえ。気になりますねえ」
「でしょうけど、ごめんなさい清さん。今言った通りで」
「ああもちろん、女の子の秘密を暴き立てるような無粋は働きませんよ。そこは安心してもらって大丈夫です」
 話題に上っている清明くんの肉親ということで清さんがこんな反応を示しますが、となればそれを断る庄子ちゃん、さすがに申し訳なさそうな表情なのでした。一方の清さんは、言うまでもなくいつも通りですけど。
 こうなってしまうと、自分が正解と思しき情報を持っていることについても庄子ちゃんと同じような気分です。だからといってどうするというわけでなく、どうできるというわけでもないんですけどね。
 しかしまあ僕のことはともかく、ここで口を開いたのは成美さん。
「庄子。話が終わったところで、もう一度そいつと猫じゃらしで遊んでやってはどうだ? チューズデーに注意されてしょんぼりしているようだぞ」
「へ? あ、そうですか?」
 そいつというのはもちろん猫さんのことなんでしょうが、しかしどうも、しょんぼりというほどでもないような。もちろん僕の猫に対する観察力なんてたかが知れてるんでしょうけど――いや、これはむしろ、猫さんというよりは庄子ちゃんに対する話なのかもしれません。しょんぼりしたというのは庄子ちゃんも同じなんですし、
「というわけだ大吾、また頼むぞ」
「いや、今だってまだやってんだろ」
 ……抱っこしてもらいたかっただけなのかもしれません。大吾の言う通り、前回からずっとその姿勢を継続したままではありますけど。
 あちらのそんな様子に庄子ちゃんはくすりと笑いかつ嬉しそうにしますが、しかしそれについては何を言うでもなく、お尻の裏に隠していた猫じゃらしを「そういうことなら」と再度取り出します。
「あ、庄子ちゃん、もし良かったらなんだけど」
 猫じゃらしの登場にチューズデーさんと猫さんがびくりと身構え、成美さんが顔を強張らせて大吾の腕を強く掴んだその時、ナタリーさんが庄子ちゃんの膝元へ。
「私もちょっとやってみたいな、なんて」
「そう? うん、どうぞどうぞ」
 というわけで、猫じゃらしがナタリーさんに渡されます。渡すと言ってもそこは蛇、手というものがないので口に咥える形になったのですが、
「えーい」
 口に咥えたものを振る、ということは頭を振らなければならないわけで、ちょっと大変そうな動きにも。しかしまあそれはそれとして、猫じゃらしがしっかりと振られます。
 猫のお二人が動き出します。
 その際、掛け声なんてものはありません。素早くかつ静かに、優雅とも言えるような身のこなしで、猫じゃらしのもとへ。
「きゃーっ!」
 ナタリーさんだって分かってはいたのでしょう。分かっていたうえでやってみたいと言ったのでしょう。しかし成美さんが突っ込んできて庄子ちゃんが耐えられなかった前回より、彼我のウェイト比は厳しいものがありました。ナタリーさん、長いですが、細いのです。
 というわけでナタリーさん、一瞬で猫じゃらしを取り落としてしまいました。


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