(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五章 桜の季節・出会いの季節 二

2007-08-08 21:05:18 | 新転地はお化け屋敷
「日向くんさ、どこから来てるの? 歩きって事は近く? それとも電車?」
「えと、すぐそこのアパートです。越してきたばかりなんですけど」
 花見場所の話が終わると、その間遠慮してくれていた霧原さんが話し掛けてきた。深道さんへの肘撃ちやら高圧的な話し方に気が行ってしまって今まで意識しなかったけど、綺麗な人だな。女性としては背も高めだし、腰まであるストレートヘアも相まってか全体的にすらっとしてて……うーん、「すらっ」に対抗して効果音で表すなら「ちょこん」な岩白さんとは真逆の魅力って言うか。と言ったら岩白さんは怒っちゃうかな。貶してるつもりはないんだけどね。
「この近くの……って事は、お化け――」
 恐らく「屋敷」と言いかけて、ハッとしたように霧原さんは口を噤んだ。
「……ん、ごめん。何でもない」
「いえ、構わないです。みんなもそう呼ばれる事自体はそんなに気にしてないみたいですし」
 ただその通称を「悪評」として用いられる事を除けば、ですけどね。明くんに言われた時も「不味いなー」くらいにしか思わなかったですし。
 でも、殆どの人にとっては「悪評」なんだろうな。仕方がないけど。
「それでその、本当に幽霊が住んでるの?」
「ええ。みんないい人達ですよ」
 それでこの話は終わりかと思ったけど、霧原さんの聞きたい事はもう一つあるらしい。ちょっと険しそうな顔になった。
「じゃあ、霊能者がいるって噂も本当なのかな」
 その事まで噂になってたのか。
 いや、家守さんなら構わずに言いふらしてそうだな。
「はい。管理人さんがそうです」
「そ、そうなんだ。……やっぱり幽霊には詳しいの?」
「それはもちろん」
 こんな事を他の人に真顔で言うのも、離した相手がそれをあっさり信じるのも、引っ越す前の僕からしたら信じられない事だったんだろうなぁ。
 もし引越し先があまくに荘じゃなかったら、多分僕もお化け屋敷の噂を「悪評」として捉えていただろう。そう考えるとそれはあまりにも紙一重で、背筋を寒気が走った。それと同時に、そしてその分だけ、あそこのみんなと隣人として付き合えている現状を嬉しく思えた。
「その人、今行ったら会えそう?」
 おっと浸ってる場合じゃないな。会話中会話中。
「いやその、昼間は仕事でいないんですよ。いつも八時くらいになら帰ってきてますけど」
「そっかぁ」
「瑠奈さん、その人に何か用でもあるんですか?」
 いないと分かって残念そうな霧原さんへ、深道さんが不思議そうに声を掛けた。
「まーちょっと相談事よ。あんたはアテにならないからね」
「ぐ。そりゃあ幽霊関連となるとお手上げですけども」
 非があるわけでもないのになじられて気の毒な感じもするけど、今までの展開からしてこの二人はそういう関係なんだろう。もしかして、付き合ってたりするのかな。
「なんでしたら、僕の部屋で待っててもらっても大丈夫ですよ」
「そう? それじゃあ」
「あ、いやいやそんな気を使ってもらわなくても」
 あっさり了承しようとしかけた霧原さんを遮る形で、深道さんが割って入る。
 ふんふん。
「…………?」
 霧原さんは「何言ってんだこいつ?」的な目で深道さんを睨む。
 深道さんとしては「今知り合ったばかりの男の部屋なんて」ってところでしょうか? 僕の思惑通りだとするならば。
「ま、いいわ。じゃあ夜に直接会いに行っても迷惑じゃないかな」
「大丈夫だと思います。伝えときますよ」
 影響と言えば、晩ご飯がちょっと遅れる程度ですからね。
「え~っと、瑠奈さんまさか歩きじゃないですよね?」
「もちろんあんたの後ろよ」
「ですよね……じゃあ日向くん、八時半頃にお邪魔するよ」
「はい」
 なんでしたら相談ついでに晩ご飯もご一緒しますか? あの二人なら誰が来ても歓迎するんでしょうし。
 というのはまあ来て頂いてからの成り行き次第という事にしておいて。
「じゃあそろそろ。時間になったら玄関前で待ってます」
「ありがとう日向くん」
 深道さんに対する時とは随分柔らかさに差がある表情でこちらに微笑みかける霧原さん。そんな彼女を苦い顔になりつつ横目で眺める深道さん。そしてそんな事はつゆ知らずにこやかに僕を見送る明くんと、同じくにこやかに手を振る岩白さん。
 大学を出た所の横断歩道を渡る僕と渡らずにそのまま大学沿いの歩道を進むその二×二の四人は、別れの挨拶ののちそれぞれの家路へ。岩白さんが明くんの後ろに横向きに腰掛け、霧原さんは深道さんの後ろに立つ。そんな四人の去っていく後姿を見て、ちょっとだけ嬉しくなった。
 明くんが知り合いの多い人で良かったなあ。まさか講義が始まる前から他学年の人とまで知り合えるなんて。……あ、信号が点滅してる。急げ急げ。


「ほーんと俺以外の人には猫被りますよね瑠奈さん」
「はぁ? 逆よ逆。あんただけが特別腹立つの」
「何もしてなくてもこれだもんなぁ……」
「そういや深道先輩、未だに『さん』付けなんですね。霧原先輩に」
「なっさけないわよねぇ? 名字から名前に呼び方変えるのが精一杯だなんて」
「だってよー、恐れ多くて無理だってこの人相手に呼び捨てってのは」
「うーん、でもわたしも『明さん』だし、別にいいんじゃないですか?」
「センちゃんはそれでいいのよ。可愛いしさ」
「でも試しに一回、呼び捨てにしてみたらどうですか?」
「ちょっと先輩、」
「あーきらっ♪」
「………!」
「あれ、以外に好感触なんじゃない?」
「顔赤いぞ日永」
「な、なんでお前そんなノリノリなんだよ!」
「えへへ」
「……じゃ、じゃあ今度は深道先輩が霧原先輩を呼び捨てにしてみてくださいよ」
「あぁら面白そうじゃないの。やってみたらぁ?」
「しかし驚いたな。お前がこの大学に来るなんて」
「あ、悟さん誤魔化してる」
「ホント呆れちゃうわね」
「まあまあ。先輩こそ、高校の時進路が決められないとかであたふたしてませんでしたっけ?」
「決め手はやっぱり『近さ』だったな。お前もそうなんじゃないのか? 同じ面倒臭がりだし」
「ばれました? まあでも、『まだここにいたい』ってのもあるんですけどね」
「………日永くんとセンちゃん、まだ別々に暮らしてるの? さっき引っ越したって言ってたけど」
「はい。わたしはまだまだ実家で家事の勉強中です」
「まあ二人でちゃんと決めた事ですから。それに結局会おうと思ったらすぐ会えますしね。引っ越したとは言えすぐ近くですし」
「うーん、センさんは偉いねえ。こっちなんてちょくちょく会いに来ては文句垂れるだけだし」
「垂らさせるほうが悪いのよ」
「偉いって言っても瑠奈さんはわたしと違ってしっかりしてますもんね。それに、会った時は文句垂れる『だけ』じゃないでしょ?」
「そりゃまあ……」
「ここ、肯定してんじゃないわよ恥ずかしいじゃないの馬鹿」
「恥ずかしいってのも肯定に含まれると思いますよ霧原先輩」
「も、もう!」


 五分の道のりをすたすた歩いてさっさとあまくに荘の玄関に到着すると、栞さんがお仕事中でした。相変わらずそんなにゴミ等が溜まっているようにも見えない庭を、せっせと竹箒で掃除中。
 もちろんゴミ等が溜まっていないのはこのマメな掃除の甲斐があってこそなんですけどね。
 そう思っている事も関連してか、掃除をしている栞さんを見かけると落ち着くと言うか安らぐと言うか、とにかくなんだかホッとするのでした。
「ただいま、栞さん。お疲れ様です」
「あ、お帰り~。孝一くんこそ、お疲れ様」
 疲れるほどの事は何も。結局今日も座って話聞いてただけですしね。
「それで昨日の話、どうだった? お花見できそうな場所聞けた?」
 箒の手を止め、期待の眼差しをこちらに向ける。やっぱり楽しみなんだろうなあ。栞さんに限らず、みんなもやりたそうだったし。
 大吾もウダウダ言ってたけど結局嫌いじゃあないんだろう。なんなら酔わせて成美さんとくっつけてみるかな?
 なんて邪な考えをしつつも、今は目の前の人の期待に応えることにしましょう。
「岩白神社って知ってます? ここから東側にあるらしいんですけど」
「うん、知ってるよ」
 即答。ののち、ちょっと顔をしかめる。
「もしかして、そこで? いいのかなぁ」
 僕も初め聞かされた時はそう思いましたが、そこからえらい展開になりましてね。
 いやあ人脈の力は素晴らしい。
「昨日知り合った人の彼女さんがなんとその神社の人でして、更にその彼女さんともさっき知り合いまして、話を聞く分にはなんら問題無いそうです」
「すごい! 神社の人と知り合いになったんだ!」
 え? 何をそんなに……あ、そうか。神社の人と知り合ったんだ。確かに珍しいといえば珍しい事だよなあ。
 岩白さんの外見的イメージからか神社の人と聞いた後でも今一つその事が理解できていなかったと言うか、ぶっちゃけて言うなら「これで同い年ですか!?」なイメージが完璧に上書きされちゃってたな。「彼女のプロフィールとしての神社がどうの」はゴミ箱からも削除されてましたよ。
「どんな人だった?」
「どんな………そうですねえ。小さい人でした」
「小さい? って身長が?」
 もちろんそれがメインではありますが、そこ以外でも小さい箇所が見受けられましたよ。
 とそこまで自分に正直になる必要はないので、
「はい」
 そこだけという事にしておいた。
「同い年らしいんですけど、初め見た時は中学生だと思いましたよ。僕の……そうですね、顎くらいか、もうちょっと低いくらいの身長でしたし」
 食事の欧米化による平均身長の増加とは無縁そうな人だったなあ。何食べてるんだろ? 神社だし、やっぱり焼き魚とかの和食がメイン? いや、勝手な想像だけど。
「へえ~、会ってみたいなあ。こっちは見えないかもしれないけど」
 お、そうだそうだ。それも重要な事でしたね。
 岩白さん、確か霧原さんに挨拶してたな。「お久しぶりです」って。
「えっとですね、今話してた人岩白さんっていうんですけど、見える人みたいです」
 岩白神社の岩白さん、というと当たり前っぽく聞こえるけど、神社の名前がそこの家の名字と一致するのってよくある事なのかな。
「そうなの?」
「はい。岩白さんの彼氏の先輩の彼女っぽい人が幽霊で、その人と普通に喋ってましたから」
「岩白さんの彼氏の……先輩の彼女っぽい人?」
 顔も名前も知らないまま一息で伝えられても想像しにくいのか、自信なさげに復唱する栞さん。ごめんなさい配慮も何も無いそのまんまな説明で。
「彼女って事は、先輩さんも見える人なの? それとも先輩さんも幽霊?」
 情報が多くて大変だこりゃ。
「えーと、先輩さんは幽霊じゃないです」
 肘打ち食らって一人芝居ごっこしてましたし。
 とそこまで言うと「それってどういう事?」な事態に陥りかねないので、提供する情報は必要最小限に留めておく事にする。
「ちなみに岩白さんの彼氏も見える人なんで、知り合ったのは見える人が三人と幽霊さんが一人って事になりますね」
「三人かぁ。凄いね、見える人って滅多にいないのに」
 そう言えばそんな事を依然聞いた気も、
「聞こえるだけという事はないのか?」
 背後からの声に振り返ってみると、岩白さんもビックリな低身長女性、成美さんがパンパンなビニール袋をぶら下げて立っていた。
「あ、成美ちゃんお帰り~」
「買い物ですか? ご苦労様です」
「結構前からいたのだがな。背を向けていた日向はともかく喜坂が気付かんとはどういう事だ」
 じろりと見上げられた栞さんが、ぎくりと身を強張らせる。
 その反応が意味するところは恐らく、僕の後ろに隠れて全く見えなかったって事だろう。言いたい事も分かりますけど、成美さんも成美さんでそんな真後ろにつかなくてもいいでしょうに。まるでわざと栞さんから隠れてるみたいですよ?
「なんてな。いつになったら気付かれるかと少し遊んでみただけだ」
 あ、当たりでしたか。
 栞さんがほっと一息ついたところで、気になるあの一言を追及してみましょうかね。
「聞こえるだけってどういう事ですか?」
「ん、なんだ日向、知らなかったのか?」
 成美さんが意外そうな顔をすると、栞さんがそれについての説明を始めた。
「あのね、楓さんとか孝一くんみたいに幽霊が見えて声が聞こえる人もいるけど、幽霊の声が聞こえるだけの人もいるの」
「そうなんですか?」
 初耳だった。
 でもそうだとすると……明くんは見えるって自分で言ってたし、深道さんは霧原さんと付き合ってるんだし、岩白さんは―――あ、どうだろう。岩白さんは分からないな。霧原さんと話はしてたけど、見えるかどうか直接聞いた訳じゃないし。
「だとしたらそうかもしれませんね」
 そうかもしれないのは確かにそうなんだけど、自然に話してる感じだったんだよなあ。いくら声が聞こえるっていっても、相手が見えないんじゃやり辛そうな気もするんだけど。
「ところで成美さん、それ中身なんですか?」
 持つのを変わってあげたくなるくらいに重そうなビニール袋に視線を落とすと、卵のパックがちらっと覗いていた。もしかして中身全部、食材?
「これか? 家守に頼まれたのだ。どうやら花見の弁当を自分で作るつもりらしい」
「お~、楓さんがついにやる気になった」
「でも六人分ですよ? 大丈夫でしょうかね?」
 まあ食べるのがメインじゃないから本当に六人前作る事もないだろうけど、いつも栞さんと僕と三人で分担して料理してたからなあ。いきなり一人でそれだけ全部は少々厳しいのではないでしょうか。
 すると成美さん、ちょっとだけ可笑しそうな表情でふっと笑う。
「人数の問題なのか? つまり先生としては味のほうは保証済みという訳だ」
「楓さん、要領いいからね~。本気になったらちょっとだけ作る分にはもう問題無いんじゃないかなぁ」
 先生としても同意見です。
 どうやら成美さん、家守さんを侮っていたらしく、栞さんの評価を聞いて意外そうな顔。
「そうなのか? あの家守が? とてもそうは見えんがな」
 言われてみれば夕食にみんなも誘う時は毎回調理済みだったり鍋物だったりしたから、家守さんや栞さんが料理してる様子は見てないのか。
「まあ僕も驚いてるんですけどね」
 成美さんの言う通り、ぱっと見家守さんは家事が得意というタイプではなさそうな感じではある。料理に関して言えば、ゴミ箱にカップヌードルの空き箱が何個も積み重なってるようなイメージかな。
 でも本人にとってはそのイメージに乗っかってる訳にはいかないんですよね。なんたって「専業主婦」になる予定だそうですし。
 目標があるっていいですねえ。気持ちに張りがある分飲み込みも早いですし。
 ……となると、もう一方の生徒さんは目標とかどうなんでしょうね?
「ん? 何かな孝一くん?」
「あ、いえ別に」
 気になってちらっと栞さんのほうを向いた途端、目が合ってしまって気付かれた。
 栞さんだっていっつも手を抜いてる訳じゃないもんね。目標のあるなし関係無く頑張ってますもんね。そうであって欲しい。
「そうだ、喜坂はどうなんだ? 上達したのか?」
 おうお。ジャストミートですか成美さん。
 危惧した通り、栞さんの表情がすぐれなくなっていく。体調を崩した訳ではないんだろうけど、まさしくそうであるかのように。
「そりゃあまあちょっとはね、栞も上達してると思うよ? ちょっとはね」
 わざわざ二回言わなくてもいいじゃないですかごめんなさい指導力不足で。ぶっちゃけ指導って言うよりただ一緒に食事作ってるだけですし。
「………触れないほうが良かったか?」
 栞さんのトーンダウンを察して、本人にではなく僕に尋ねる。「そうですね」とついつい答えそうになってしまったが、無駄に深く考えると嫌味っぽく取れないこともないので、無言で頭をちょいと縦に振るに留めておいた。
「あ、でもやってて嫌だなんて思った事ないからね。まだまだ失敗もするけど楽しいし、美味しいご飯毎日食べられるし」
 自己弁護なのか僕と成美さんを気遣ってなのか、ぱっと表情を元に戻すと急にポジティブな回答。
「それはいい事だな。面白ければ長く続けるのもさして苦にはならんだろうし」
「うん」
 栞さんが嬉しそうに頷くと、成美さんはビニール袋をぐいと持ち直した。体格が小さい事もあって、まるでダンベルを持ち上げているかのようだ。
「さっ……て、そろそろこの荷物を運んでしまうか。いい加減腕が疲れた」
「あ、すいません話し込んじゃって」
「いやいや、わたしから話に加わったのだ。気にするな」
 それだけ言うと、家守さんの部屋へ。もちろん現在家守さんは仕事で留守なので、鍵の掛かったドアをすり抜けて侵入する事になる。玄関前に荷物を放置する訳にもいかないからね。
 で、その荷物をから一つ思いつく。
「そう言えば、花見って結局いつになるんですかね? 栞さん何か聞いてます?」
「う~ん」
 栞さんも知らない様子だった。が、そこはさすがに先輩住人。家守さんの行動パターンは熟知しているらしい。
「明日か明後日だと思うよ。家守さんが何かしようって言って、それがそんなに何日も先の予定だったって事、今までなかったし」
「今日帰ってきて『今からやろう!』なんて事はないですよね?」
「それももしかしたら……あ、でもお弁当作るならやっぱり明日以降じゃないかな」
「それもそうですね」
 条件さえ良ければ有り得るのか。危ない危ない、今日は家守さんにお客が来るっていうのに。


 はい、そんな訳で時間は飛んで八時頃。
 いつも通り三人揃ったところで、今日は台所に立つ前に短足テーブルに掛けていただきお知らせを。
「家守さん、知り合いが相談があるとかでもうすぐ来る事になってるんですけど」
 いつもなら三人集まって最初のお知らせ内容は「本日の献立」なんですけど、今日はちょっと事情が違いまして。
「相談? 友達が来るって事? あーじゃあ今日は退散したほうがいいのかな」
「あ、いえ家守さんに相談があるとかで。その人幽霊なんですよ」
 僕は相談を持ち掛けられるほど頼れる人間じゃないですからね。恐らく。それにその人とは今日合ったばかりですし。
「ほへー。なんだろ相談って」
 頼りにならなさそうな抜けた声を吐き出すように発する家守さん。実際は幽霊関係じゃあとんでもなく頼りになる人なんだけど、一見しただけじゃあ「気さくなお姉さん」だからなあ。煙の出ないタバコも咥えてるし、とても霊能者って感じじゃないよなぁ。
 すると今度は栞さん、
「その人ってもしかして、昼に言ってた人? えっと確か、岩白さんの彼氏の……」
 思い出そうとしてそこで詰まってしまう。
「先輩の彼女っぽい人ですね。その通りです」
 もう名前教えたほうが早いなこれ。どうせもうすぐ来るんだし。
「その岩白さんの彼氏の……」
「霧原さんです。で、『先輩』に当たる人が深道さん。三十分くらいに二人で来るそうですよ」
 家守さんまで言い出してしまったので、それを遮るように名前を発表。毎回その長い呼び名だと疲れますからね。と言うかそもそも基点である「岩白さん」を家守さんは全く知らない訳で。ややこしいだけですね。
「霧原さんね。んで、相談って何かこーちゃん聞いてる?」
「いえ、聞いてないです」
 相談と言うからにはあまり部外者が首を突っ込むのは控えたほうがいいかなと思ったから、あの場では特に問いただすような事はしなかった。深道さんに訊かれても言わなかったくらいだし。
「ふんふん。んー、じゃあ分からない事は置いといて、花見の場所の話はどうだった? どこか良さげな場所は聞き出せた?」
 おっと、忘れるところだった。って、明くんに訊こうとした時も忘れ続けたせいでタイミング逃しっぱなしだったんだっけ。
 なんて昼頃の出来事を思い返している間に、栞さんが僕に代わって家守さんに答えた。
「ちょっと向こうにあるじゃないですか、岩白神社。あそこみたいですよ」
「岩白神社? という事はさっきの岩白さんっていうのはもしかして―――」
 ご名答。
「その神社の人なんだそうですよ。僕は行った事ないからあんまりよく分かりませんけど」
「や、アタシもあんまり行った事ないんだけどさ」
 と言うと、何やら思い出そうとしているらしく腕を組んで「うーん」と唸る家守さん。それを見て栞さんのほうを向いてみるも、栞さんもこちらを向いて「?」な表情。
 部屋の中に三つのクエスチョンマークが浮かんで十秒ほどののち、そのうちの一つが背伸びをしてイクスクラメイションマークに変身。その発生源は家守さん。
「あー、そだそだ! メガネの子だ! こーちゃん、その子メガネしてなかった?」
「え? いえ、してませんでしたけど」
「あり?」
 家守さんの背中がきゅっと曲がると、頭上のイクス(以下略)もそれに合わせて背中を曲げ、クエスチョンマークに元通り。
「いやさ、もう五年くらい前になるけどアタシもそこに行った事あるのよ。その時メガネした女の子が家から出てきたから、あそこの子だと思ってたんだけど………まあもう随分前の話だし、コンタクトにするとかいっそ視力が良くなったとかしたのかもしれないけど」
「もしかしたら、たまたま遊びに来てた友達だったってのもあるかもしれないですね」
 特に意味もなく別の可能性を探ってみるが、家守さんは苦い顔。
「うーん、さすがに五年前じゃ記憶が曖昧だけど『行ってきます』って言ってた気もするんだよねー」
 そのやり取りを横から眺めていた栞さん、
「お姉さんか妹さんがいるんじゃないですか?」
『ああ』
 言われてみれば何故そこに辿り着かなかったのか不思議なくらい当たり前の可能性。
 だからどうしたと言われたらそれまでですけど、まあいいじゃないですか他愛のないお喋りくらい。
 ……おっと、時間時間。
「そろそろ来るかもしれないんで、霧原さんと深道さんの迎えに行ってきます」
『行ってらっしゃ~い』
 玄関までですけどね。


 春の夜は暑いでもなく寒いでもなく。風が吹けば涼しいし、それがなければ暖かい。
 暫らくその快適さを堪能していると、普段夜は外に出ないせいか立っているにも関わらずその心地よさに首をかくりと一垂らしして―――なんとか気力を振り絞り、首をまっすぐ目をぱっちり。
 だって考えても御覧なさいな。お化け屋敷の前で男が一人、こっくりこっくりフネ漕いでたら怖いでしょう。それを思うとこっちも怖いよ全く。寝てる間に不審者扱いなんて。
 いや、路上で寝てたら普通に不審者かな。
 なんて思っていると、すぐ傍で自転車の緩いブレーキ音。それに僕ははっと目を覚ます。
 目を覚ます……どうやら一瞬、寝てたらしい。実際は首を一垂らししてから気力を振り絞れなかったようで。


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