(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十二章 ちぐはぐ逃避劇 一

2008-02-21 20:55:16 | 新転地はお化け屋敷
 目の前のドアが開くと、現れたのは茶色掛かった頭髪に赤いカチューシャでお馴染みのお隣さん。……いや、そろそろ「お隣さん」ではなく「彼女」と言ってしまっても……
 おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
「楓さんも呼びたかったけど、いくらなんでも前の日の夜じゃあ仕事の都合がつかないよね」
「あー、すいません。もうちょっと早くに今日の事を知ってたら、そうでもなかったんでしょうけど」
 昨日の夜、別れ際に交わした約束通りの、朝十時。お隣の部屋を訪ねてみたところ、「おはよう」というにこやかな挨拶の後ろに残念そうなお話がくっ付いてきました。……本当、申し訳ないです。大学で祭りがあるって気付いたのが、開催の前日だなんて。
「うーん、じゃあ楓さんの分まで楽しもう――って言ったら怒られちゃうかな?」
「でももう、そうするしかないんですよね。大学のお祭りじゃあお土産になるような物とかもなさそうですし」
 そう、今日は大学で何やら新入生歓迎の祭りがあるそうなのです。と言っても、内容は全く知らないのですが。なんたって昨日大学で「明日ここで祭りがあるよ」と言われて初めて知ったわけですから。
 異原さん。お教え戴き、誠にありがとうございました。もうちょっとで存在すら知らないまま祭りの日をやり過ごすところでした。
「あ、そうそう」
 異原さんを――主に、そのおでこを――思い浮かべながら感謝を捧げていると、栞さんがドアから出てきつつ、思い出したように声を上げた。その話の内容はともかく、出かける準備は整っているらしい。
「昨日部屋に戻る時に大吾くんに会ったから、その時に声掛けたの。そしたら『一緒に行く』って」
 ほほう、これは手際のいい事で。


「ああ、分かった。すぐ出るわ」
「なに、そんな話になっていたのか。……分かった。一応耳を出して行くから、着替える間、ちょっと待っててくれ」
 こんな感じで片方にはちょっとだけ待たされるようですけど、あっさり二名合流。
 庄子ちゃんが来ていた二日間に引き続き、今日も成美さんは大人版なのだそうです。こうなると身長で負けてしまうのが、やや悔しかったりします。――くそう、長身カップルめ。お似合いじゃないですか。
 ……いや、普段の大きさの時の身長差カップルっぷりもなかなか見ていて和むんですけどね。なんせずっとおんぶ状態なんですから。
「準備できたぞ」
 身長が伸び、それに合わせて声も若干大人っぽくなったけど、肌と髪と服の白さは相変わらずな成美さんがドアから現れた。まあ頭部の髪は薄灰色のニット帽に収まってるけどね。だけどそこから流れ出す分の髪は、やっぱり白い。
「耳出す必要ってあったのか?」
「人の集まる所に行くのだ。このほうが日向も喋りやすいだろう?」
「ああ、それもそうか。独り事になっちまうんだな」
「それに、祭りと言うくらいだから食べ物を売ってたりするかもしれんしな」
 大吾の質問へ返される返事は、さすが成美さんと言わざるを得ないお気遣い。以前栞さんとチューズデーさんと一緒に公園へ行った時、「その辺りの事はもう気にしない」と栞さんに息巻いてみせたけど、それはそれとしてやっぱりありがたい。
 すると栞さん。二人の会話に薄く微笑んだ後、「あとは清さんだけど……」とすぐ隣の階段に目を遣る。
「楽? ……は、さすがに来ないんじゃないか? 学校の行事となると」
「そうだよね、やっぱり」
「そもそも清さん、今日は部屋にいるんでしょうか?」
「なあ孝一、大学ってやっぱ犬連れてくの駄目か?」


 そんなこんなで。
「じゃあなジョン! 留守番しっかり頼むゼ~!」
「ワンッ!」
 思った通りに主が不在だった102号室から、土曜日を象徴する植物が参戦。残念ながらジョンは無理だったので、(校則とか確認したわけじゃないけど、止めといたほうが無難だろう)サタデーが言う通りに今回は留守番をしてもらう事になりました。留守番と言っても、裏庭で繋がれたままですけどね。
 サタデー以外のみんなも、もちろん僕も、別れ際にジョンへ声を掛ける。「任せておけ」とでも言わんばかりにビシッとお座りのポーズを決め、かつ数回吠え返してくれるジョンの姿に、「ああ、やっぱりペットって言うよりはもう住人の一人だよなあ」と再確認させられるのでした。
 ……連れて行ってあげられなくてごめんね、ジョン。行ってきます。


「いやあしかし大学でFESTIVALねえ。まさかそんなもんにありつけるとは、知り合いは増やすもんだゼ」
「別に僕とどうこうじゃなくても、行きたいなら行けばよかったんじゃないの? 学生しか入れないってわけじゃないだろうし」
 その短さ故に往復数回で馴染んでしまった五分の通学路を今朝も歩きながら、大吾の頭の上に座り込むサタデーと、そんなお喋り。
 学生しか入れないとは言ったけど、植物の入場は……いや、敷地内に木とか生えてるし、駄目って事はない筈だ。そもそも、殆ど全ての人から見えてないんだし。――という問題なのかどうかはともかく。
「いやいや。そりゃそうだろうけどよ、実際自分に全く関係無いとこっつーとなかなか行きにくいもんだゼ? 俺様ってこう見えてSHYだったりするからよー」
「人の頭に堂々と座り込んでシャイとか言うかオマエ」
 頭から植物が生えているようにしか見えない大吾が、その生えている植物へ悪態をつく。と、その植物が大吾の顔の前へ、ぶらんと自分の花――もとい、頭部をまっ逆さまに垂れさせた。
「HAHAHAHA! そう言うなよ大吾!」
 まあ頭の上下が逆になったところで、常にニヤニヤと両端を持ち上げられている口が逆にへの字になる以外は、あんまり変化がないんだけどね。
「SHYな俺様が堂々とSKINSHIPできるって事はつまりだな、愛情の裏返し……いや、別に裏じゃねーな。表返し? ってそれじゃあ返してねーな。まあそういうこった!」
 スキンシップは正式な英語ではないって聞いた事があるような……なんてのはこの際気にしないことにして。
 そう言った締め括りに再び口をへの字にすると、目と鼻の先でそれを見せ付けられた大吾も口をへの字にした。こちらはもちろん、上下反転でもなんでもなく。
 すると、大吾の隣を歩いていた成美さんがくすくすと。
「愛情、ね」
 その言葉に大吾が反応を示し、口のへの字はそのままに溜息さえついてみせた。しかし僕には何故そこが「大吾の弄くりポイント」になるのかが分からず、栞さんから助言を得ようとそちらに視線を送る。
 しかし栞さんにも分からないらしく、その頭からはクエスチョンマークが浮かんでいた。
「WHAT? なんだなんだ、今のどういう意味だ? 哀沢」
 サタデーが大吾の顔の前に身を乗り出したまま、成美さんに顔を向けていた。どうやら、この場で今の話が分かるのは当事者の二人だけらしい。
「いや、実はな」
「どあーっ! 言うな言うな! 何考えてんだアホかオマエ!」
 弄くりポイントになる話なのなら、大吾にとって都合の悪い話なのは当たり前。なので大吾は当然の如く慌てふためいて話を遮る。
「うおっ!?」
 その勢いに驚いてか、サタデーは背筋でもするようにぐりんと頭を持ち上げた。
 一方で成美さんは大吾その反応すら楽しんでいるらしく、口に手を当てて「ふふっ」と息を漏らした。
「冗談だよ。しかし、そんなに恥ずかしがる事でもないんじゃないのか?」
「……昨日、誰にも言うなって言っただろ? オマエだって頷いただろが」
「そうだったか? では、この話はこれで終わりだな」
 笑いながら返す辺り、本気で忘れていたわけではなさそうだ。ただ、それがどういう話なのかはいまいち分からないままだけど。
「なんなんだよ全く……」
 大吾のその愚痴を最後に、この話は本当にそこで終わってしまった。
 その後もサタデーがなんとか聞き出そうと掘り返してたけど、大吾も成美さんも「教えない」の一点張り。結果サタデーは、口をへの字に曲げるのでした。今度は上下逆でなく。


 はてさて、そんな事をやってるうちに大学に到着。今さらどうとも思う事のないすぐそこっぷりですね。
「そう言えば日向、少し前に自転車を買ったんだよな? あまり乗っていないのか?」
 ちょうど僕達とほぼ同時に大学へ入っていく方々。成美さんはその中の自転車に乗っている人を目で追うと、四日前に勢いで買った自転車について尋ねてきた。
「外に出るのがここか、買い物に行く時くらいですからねえ。ここに来るのはわざわざ自転車乗るほどでもないですし」
 実際買った日にそのまま乗ったのと、翌日に買い物に行く時乗っただけですしね。またどこかに栞さんと出掛けたいなー、とは常々思ってるんですけど。
「そうか。――そこで一つ相談なのだが」
 ん?
「買い物に行く時、その自転車を借りてもいいだろうか? 幸い、足は届きそうだしな」
 何かと思えば、片足で地面を踏み鳴らしながらそんな頼み事。そう来ればもちろん、
「ええ、どうぞどうぞ」
 使う予定が見出せない上に消耗品でもないんだから、出し渋る必然性などどこにも無く。むしろ、適度に使わないとチェーンが錆びちゃいそうですし。
「オマエ、自転車なんか乗れんのかよ?」
 お?
「う……むぅ。経験はないが、自転車に乗るというのはそんなに難しいものなのか?」
 一瞬大吾の言い分はただの煽り文句かとも思ったけど、考えてみればそう思うほうが自然か。なんせ生前は猫だったんだし、今は人間の姿でしかも実体化できるとはいえ、そうなってから一年しか経ってないんだし。
「大丈夫だよ成美ちゃん。練習すればすぐに乗れるって」
「そうだゼ哀沢。小さい子どもでもスーイスイ乗ってるじゃねえか」
「そうだよな。よし、では暇を見つけて練習しておこう」
 二人の励ましであっさりと自信を付けた成美さんは、決意表明の後に大吾を見る。
「運転ができるようになったら、お前も後ろに乗せてやろう」
「……仕方ねーけど、やっぱオレが後ろなんだな。仕方ねーけど」
 後ろに座る事に余程の不満があるらしく、同じフレーズを二度繰り返した大吾は、最後に肩を落とした。
「透明人間が自転車漕ぐわけにゃいかねーもんな! HAHAHAHAHA!」
 そうなんだよね。だからこその「仕方ない」なわけでして。
「後ろに乗らせてもらうのも結構気持ちいいよ? 大吾くん」
 その言葉の裏に、「後ろに座る事の何をそんなに嫌がってるの?」と訊きたそうな思惑が頭隠して尻隠さずな栞さん。隠れていないお尻が表情に表れちゃってます。まあ、そもそも隠す気があるのかどうかというところから疑問ですが。
「いや、そりゃまあそうなんだろうけどな」
「んん?」
 同意しつつも陰りの消えない大吾の声色に、栞さんの表情は晴れないのでした。


 さて、お祭り期間という事でさまざまな横断幕が見受けられた校門を過ぎて暫らく歩くと、中庭に出るわけです。普段はだだっ広いだけで、特別何があるというわけでもないのですが――
「……何あれ? ねえ孝一くん、昨日まであんなの無かったよね?」
「え、ええ。あんなのあったら気付かない筈もないですし……」
 昨日まで何も無かった筈の中庭に、大きなステージがででんとそびえていた。と言ってもまだイベントが始まる前なのか、それともたまたまイベントとイベントの間に到着したのか、ステージ上には誰も立ってないけど。
「なんか店も出てるみたいだゼ?」
「みてーだな」
 大吾の頭の上から一面を見渡すサタデーの言う通り、そのステージの周りにはぽつぽつと出店が並んでいる。誰もいないステージの前で座り込んでいる人もちらほら見受けられるけど、大方の人の流れは出店に集まっているようだった。という事は、出店はもう開店しているらしい。
「何も始まっていないのなら丁度いい。食べ物飲み物、今のうちに買っておくか」
 そう言って一見目立たない腰のポケットから赤い財布を取り出すのは、僕以外みんなのお買い物担当、成美さん。
 するとその隣の動物の世話担当は、
「言っとくけど、魚なんかねーぞ多分」
 また余計な横槍を。
「そのくらいは分かってる!」
 大吾を睨み付けて怒鳴り返した成美さんはしかし、再び出店のほうへ顔を向けると、やや肩を落とすのでした。まあ、それは「大吾の発言に呆れて」なのかもしれませんけどね。
「そのくらいでカリカリすんなよ哀沢ぁ。俺様なんて飲めるもんがねーんだゼ?」
「……それは、ご愁傷様」
 成美さん、やれやれと無い肩を竦めるサタデーに、うんざりと言わんばかりの生返事。
「そりゃあこんなところで植物用活力剤は売ってないだろうけど、水くらいならなんとか」……とは、あまりの世知辛さから言えなかった。
「まあ、お天道様の下でやってるだけマシって事にしとくか」
 そう言いながら太陽を見上げる当のサタデー本人は、あんまり気にしてるふうでもなかったけど。
 サタデーにとって、日の光は飲食物と同じ扱いなんだそうで。


 栞さんと大吾が成美さんに財布を渡し、出店前の人がごった返すエリアに突入。一見したところは列も作らずにただただ店へ集まっているようだった人の塊は、近付いてみても結局その通りだった。
「こうも人の流れが不規則だと、自分が前に出ていいものか悩んでしまうな」
「こういう場合は前に出た者勝ちですよ。隙間があったら入り込んでください」
 人が込んでる時の学食も大概こんな感じですしね。
「うむ……そうするしかなさそうだな」
 もう少しで自分達も「前に出たもの勝ち」な世界に足を踏み入れようという場所で、僕と成美さんはそんな会話をしていた。
「ごめんね成美ちゃん」
 人ごみの向こう側で待つ立場の栞さんがそう言って申し訳無さそうな表情を見せると、「なに、これがわたしの仕事だからな」とむしろ笑って返す成美さん。そしてその爽やかな笑顔のまま、視線を前へ。
「さあ行くぞ日向! 目的はたこ焼きと適当なジュースだ!」
「はい!」
 いざ、戦場へ!


「おう、ありがとな」
「ありがとう成美ちゃん。孝一くんも、お疲れ様」
 ベンチに座って待っていた大吾と栞さん。大吾には成美さんから、栞さんには僕から、たこ焼きのパックと缶ジュースが一つずつ手渡される。もちろんこの二人の分を買ったのは成美さんだけど、さすがにビニール袋なんて便利なものは置いてなく、持ち切れないので僕が代わりに持ったという流れになったわけです。
 でもそんな些細な事よりも今は、
「たったこれだけ買うのに、この労力か……」
 成美さんの疲労度が凄そうです。
「人ごみは苦手ですか?」
「苦手だ、という事に今気付いた。なんせ昔より体が大きいからな。猫の頃はあの程度、間をすり抜けて走り抜けるのも容易いものだったが……」
 そう昔を振り返ると、殆ど倒れ掛かるように大吾の隣へ座り込む。すると大吾が女性二人に挟まれる形になるわけですが、それはまあいいでしょう。うん。
「人になって一年、まだまだ経験が足りないな。自転車の事もそうだし」
 愚痴をこぼすように、その上疲労の色をも残したままながらも、そう言う成美さんは微笑んでいた。
「そりゃあ代わり映えのねえ生活がずっとだしな。たまになんかやりゃあ変わった事にもぶつかるだろーよ」
 言いながら早速たこ焼きのパックを閉じていた輪ゴムを外し、パックの隙間から飛び出す向きでたこ焼きに突き刺さっていた爪楊枝を、たこ焼きが刺さったまま摘み上げる大吾。「もう食べるの?」と声を掛けるよりも早く、できたてアツアツのたこ焼きを口の中でホフホフさせ始める。
「成美ちゃんにとって『変わった事』って言ったら、大吾くん自身がそうだよねー」
 さてそれはどういう意味合いなのでしょう? などと考える暇もなく、
「んぐっ!? ごっ、ぉほはあっ!」
 大吾が妙な悲鳴を上げた。――どうやら驚きの余り、熱いままのたこ焼きを丸呑みしてしまったらしい。
「わ、ご、ごめんなさい!」
「お、おい! 大丈夫か怒橋!?」
「GYAAAAAHAHAHAHAHA! 何やってんだ大吾!?」
「ぷふっ」
 そんな僕たちの声をよそに(いや、僕のは声じゃないかな?)、大吾は目を見開いて天を仰ぎ――って、よく落ちないねサタデー。
 そしてジュース缶のタブを慌てて開くと、そのまま一口飲み込んだ。
「ぶはっ。……あ゛ー、のっけからエラい目にあった」
 僕がやってたらゲンコツが飛んできそうな事態にも、ゆったりとベンチにもたれかかるだけで栞さんへのお咎めは無し。差別だ。
 あったほうが良い差別なんだろうけど。
「ごめんね……」
「無駄になったたこ焼き一個でなかった事にしてやってもいいぞ」
 なんて思っていると、心情的に劣勢な立場の栞さんに圧力を掛け始める大吾。
 うむむ、もしも僕だったらゲンコツとたこ焼きか。どっちを選ぼう? ……いや、どっちか片方って問題でもないか。
「こらこら。食べた事は食べたんだろう?」
「ちっ」
 成美さんによって大吾の企みが阻止されたその瞬間、栞さんはたこ焼きのパックを開いている最中だった。
「あーっと……」
 出すか出すまいか。栞さんの手は中途半端な状態で止まり、輪ゴムを掴んだまま立ち往生。するとその様子に、大吾の向こう側から成美さんが顔を覗かせる。
「いいよ喜坂。こいつがごねるようなら、代わりにわたしが恵んでやるさ」
「……ムカつくから止めとく」
 さすがと言うべきなのだろう。言葉選び一つで大吾を諦めさせてしまうのでした。
「ケケケ、情けねえこったな」
「うっせえ」


 さて。それから僕も栞さんの隣に座らせてもらい、少々窮屈ながらも、四人並んでベンチでまったり。
 一夜城ならぬ一夜ステージには背を向けた配置だったけど、距離だけを考えれば問題無くステージを眺められる位置なので、どうやらここが今回の祭りの拠点になりそうだ。
 ……たこ焼きを頬張りながらそんな事を考えていると、とっくに空になったたこ焼きのパックを膝の上に、座ったまま体を捻ってステージを振り返っていた大吾がぽつりと――
「んで、次になんかあるのってあそこでいいのか?」
 ――クリティカルな疑問を口にした。
 そうだ。あそこに大掛かりな建造物があるからといって、全てのイベントがあそこで行われるかどうかなんて分からないじゃないか。別の場所――広い教室とか、それこそ何かするには絶好な講堂なんて場所もある。実はこうしてたこ焼き食べて和んでる間にイベントをすっぽかしてた、なんて事もあり得るじゃないか。
 そんなふうに思いを巡らせて肝を冷やしたところ、
「あそこだろうさ」
 大吾と同じくステージを振り返った成美さんが、当然の事のようにさらりと言い切った。
「あそこじゃないなら、人が次の場所へ流れている筈だしな。まさか客の誰一人としてこの祭りの進行予定を知らない、という事もないだろう」
「それもそうか」
 成美さんの考えに納得して、体の向きを元に戻す大吾。すると今度は栞さん越しにこちらを覗き込んでくる。
「でもオマエは知らねーんだよな? その様子だと」
「……お察しの通りで」
 この中で唯一大学と関わりのある人間として、お恥ずかしい限りです。まあそれを言ったら昨日初めて祭りの存在を知ったってとこから既に、ですが。
「うーん、どこに書いてあるんだろうね。プログラムとか」
 立つ瀬のない僕の内心を察して……というのは好意的に解釈し過ぎなんだろうけど、とにかく「プログラムを知らない僕」という話題には触れてこない栞さん。
 そして、まさにその直後だった。
「まもなく、落語研究会によります漫談を、中庭ステージにて開始致します。まもなく……」
 以下同文。
 という事で、誰もが気にしていたプログラムが、校内放送で流れだしてきたのでした。
「落語ぉ? って、なんだっけか? TVで聞いた事があるような気がすんだけど……」
 せっかく疑問が解消されたところで、新しい疑問に首をかしげるのはサタデー君。首なんかないけどね。
「んー。簡単に言っちゃうと、面白い話だよ」
 簡単過ぎると思いますよ栞さん。間違ってはいませんけど。
 ――それにしても。と、僕は昨日言われたある人物のある言葉を思い返す。
「サークルの人集め」ね。なるほど、サークル毎に活動場所を決めてるとかじゃなくてステージを使わせてもらえるって事ですか。
 ……で、「サークルの人集め」の発言主とそのお友達さん達は今日、来てるんだろうか? 発言主さんはゲーセンがどうとかぼやいてたけど、話全体を聞いてた限りでは全員集まるって流れだったような。
「知ってはいるが、じっくりと見るのはわたしも初めてだな。……なんだ、今日は初めて尽くしじゃないか」
 プリン頭とおでことジャージと黒ずくめという四方それぞれの主たるイメージ(うち一人は高校時代……というオプション付き)がぽこぽこと浮かぶ間、外の世界では成美さんが、落語の件で非常に楽しそうだった。するとその相方は、
「そりゃ良かったな」
 彼のそんなそ気のない返事は、果たして本当に気がないのか、もしくは意図的にそれっぽく振舞ってるのか、はたまた本人はこれでも心から祝福しているつもりなのか。
「うむ。今日はいい日になりそうだ」
 僕が今浮かべたような疑問なんてまるで頭にないみたいに、あっさりと返事をする成美さん。成美さんには大吾の意図が見えているのだろうか?
 ――大吾が僅かに口の端を緩めたのは、そう思った直後だった。そして成美さんも、そんな大吾を見て嬉しそうに微笑む。つまりはそういう事なんだろう。
 付き合いだしてからこんなふうになったのか、それとも前からこうだったのか、と今までを振り返ってみても、頭に思い描かれる「付き合い始める以前の二人」は口喧嘩をしてばかり。もちろんそれだけじゃない事は確かだけど、そればっかりだったって事だろうか。少なくとも、僕から見た限りでは。……あの頃からすれば、大吾がちょっとは成美さんに対して前向きになったって事かな? うん、そういう事にしとこう。
 さて、「あの頃」と言っても一月にちょっと足りない程度の昔を振り返るのはここまでとしまして――
 何か動きがあったのだろう、ステージ側から響いていた喧騒が静まり返る。
「お、出てきた出てきた」
 依然として大吾の頭の上に居座っているサタデーがそう言うと、釣られてみんなもそっちを向く……んだけど、頭の上にいるが故に、大吾が百八十度振り向くとサタデーの向きも百八十度変わるわけで。
「おいおい、じっとしててくれよ大吾。頼むゼ」
 するするっとつるを這わせて体の向きをまた百八十度回転させると、その下にある顔が憎々しげな声を発する。
「文句あんなら降りやがれ」
「釣れねえ事言うなよ~。哀沢とLOVERSになれたからってよ~」
「そっ、それとこれと何の関係があんだよ!」
「あんま邪険にしてると、俺様枯れちまうゼ?」
「知るか!」
 成美さんが苦笑し、僕と栞さんが微笑し、大吾が怒ってサタデーがHAHAHAと笑う。観客席からちょっと離れた所でそんな騒ぎを起こしている間に、ステージ脇……もとい、舞台袖から粛々と登場していた和服姿の方々が、舞台中央で一同に並んでいた。
「女の人もいるんだねー」
「ん? 普通は男だけがやるもんなのか?」
 出てきたメンバーについて栞さんが声を漏らすと、サタデーが食い付く。すると栞さん、慌てたように首を左右に往復させた。
「う、ううん。出てきてるって事はそうじゃないんだろうけど、初めて見たから」
「ふーん。……つくづく動物ってのは――特に人間は、男と女の差がでかいよなぁ」


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