(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第十二章 ちぐはぐ逃避劇 二

2008-02-26 20:56:37 | 新転地はお化け屋敷
 腕組みならぬつる組みをしながら、舞台に視線を戻すサタデー。よもやこんな場面でそんな真面目な話題が姿を表すとは。
「幽霊として生活している分には、あまり関係の無さそうな事柄だがな。主に親離れして自分で食い扶持を稼ぐようになってからの話だろう?」
「だろーな。それまでは学校やらなんやら、男も女も同じような扱いだし」
「学校、かあ」
『ん?』
 栞さんが意味ありげにその単語を反復すると、された大吾はもちろん、成美さんとサタデーも栞さんの顔を見遣った。
「あ、いやいや、なんでもないよ」
 そう言って両手をぱたぱたと振ってみせる栞さんに、三人は一呼吸置いてから、各々視線を元に戻す。……だけど――
 三人の視線を回避した栞さんが、持ち上げていた両手を左右それぞれ足の横へ降ろす。僕は、自分の側のその手の甲に、自分の手の平を重ねた。
 気付いた栞さんと、視線が重なった。すると栞さん、にこりと表情を緩ませて、
「大丈夫」
 音を発する事無く動きだけを見せたその口は、そう言ったように見えた。
 ――栞さんはあの告白の夜、「この件は誰にも言わない筈だった」と言った。だから、みんなは知らないのだろう。栞さんの学生生活が、とても短かったという事を。
 栞さんの口が、再び動く。
「ありがとう」
 今度はそう動いたように見え、そして栞さんは僕のと重なっていた手の平を裏返し、こちらの指と指の隙間一つ一つに、自分の指を一本一本、重ね合わせてきた。
 優しく包んでくるようなその柔らかい感触は、言葉通りに不安や悲しみを感じさせてこない。時々触れる機会のある、いつも通りの栞さんの手だ。……となると、僕がした事は単なるお節介だったという事になるのだろうか?
 頭ではそう思いつつも、僕は自分の表情が緩むのをしっかりと把握していた。


 栞さんが声を殺した事と、握り合った手がお互いの足の間に隠れている事もあって、落語を楽しんでいる間ずっと――と言っても、さすがにたこ焼きを食べる時はそうじゃなかったけど――手を重ねていたのが、他の三人に発覚する事はなかった。
 笑うのに合わせて微かに揺れ、緊迫した場面では僅かに力が込められる。まるで考えが伝わってくるかのような栞さんの手の表情に、同じものを観ている僕は、手を通じて会話をしているかのような感覚に陥って――要するに、普通に観るよりも更にその時間を楽しめたのだった。
 落語の披露中は終始こんな感じだったので、「要らぬお節介が発端とはいえ、こうなって良かったなあ」と、ついつい思ってしまうのでした。その通りにお節介が発端なので、反省すべき点でもあるんですけどね。いくら栞さんがお礼をしてきたとはいえども。


 聞き、食べ、飲み、握る。なんとも和やかな、かつのほほんな時間は、その心地良さに比例して過ぎる速度が速まる。俗に言う、「楽しい時間はあっと言う間」というやつだね。
「座り込んじまったからTALKだけかと思ってたら、そうでもねえんだなあ。手振り身振りとか――いやあ、思ってた以上に面白かったゼ」
 話が一つ終わる度に入れ替わっていた話者の最後の一人が舞台袖に下がると、結局最後まで大吾の頭の上に座していたサタデーが満足そうに呟いた。
「へー。オマエがこういうの気に入るなんて、意外だな」
 そんなサタデーに、若干呆け気味な声を掛ける大吾。終わったばかりで何を呆けてるのかと言われれば、
「お前は想像通りだったがな。まだ顔が半分寝ているぞ」
 大吾くん、視界の隅でこっくりこっくりお眠なのでした。
「んな事言われても、天気いいしよ……」
「日にあたって目が覚めるどころか、眠くなるってか? 人間は夜行性じゃねえ筈だろ?」
「そりゃ、そうだけどよぉ……」
「それ以前にステージで話していた者達に失礼だ。笑い話とはいえ、人前で披露する芸である以上は真剣なのだろうからな」
「勘弁してくれっての……」
 見るからに気だるそうなところへ、サタデーと成美さんが容赦なく突っ掛かる。普段の言い合いから大吾の勢いだけを取り除いたと言うか、対する二人がより生き生きしてると言うか。
「あはは、人気者だね大吾くん」
「全然嬉しくねえよ」
 全力で不機嫌そうな凄みの効いた返事にも、いつもの事だという事なのだろう。まるで動じずに笑みを絶やさない栞さん。
 ただ、誰にも気付かれないところでずっと繋いでいた手が離れる。そう、落語が全て終了した時点でタイムアップなんだよね。名残惜しいけど。
 ……まあ、今更繋いだ手を見られてどうこうとかは思わな……いや、やっぱり思うよね。
 こういうのが当たり前にできるようになるのって、普通は付き合い始めてどれくらい頃からなんだろう? 大学に通い始めてから少し経ったけど、ちょろちょろ見かけるんだよね。手を繋いでる男女二人組。誰の目もない所なら、今みたいにするっといけるんだけど――
 って、そもそも殆どの人からは手を繋いでるようには見えないわけですけども。
「どした孝一、ボケーっとして。もしかしてオマエも寝てたとかか? ――くあぁあ」
 そんな大あくび最後にくっ付けられちゃ、こっちも昼寝したいなあとも思うけど……
「そんな事ないよ。本当にぼーっとしてただけ」
 残念ながら味方につく事はできないよ大吾。だって、もし寝てたって嘘付いてもすぐにばれるし。なんせ君が首をかっくりかっくりさせてる間、握ってた手はもちろんの事、軽く会話したりもしてたしね。
「……次、何なんだろーな」
 頼るあてを失った大吾が苦し紛れに話題を変えつつそっぽを向くと、その場のみんながくすくすと笑い声を漏らし始める。
「わ、笑うんじゃねえよ。しゃーねえだろってのに」
「はは、次は一緒に楽しめたらいいな」
 なけなしの強がりを見せても、最早笑い飛ばされるばかり。そんな境遇に今度こそさじを投げたか、大吾は再びそっぽを向いて押し黙ってしまった。そりゃ、頭から花が咲いてたらまともには見れないよねどうしても。
 しかし成美さんは成美さんで、そんな大吾へ暖かい視線を送り続ける。その佇まいはまるで、手間のかかるやんちゃ坊主の母親のよう。……目の前のでっかいやんちゃ坊主が愛らしくて仕方がないらしいですね。


 ――ちなみに。
 一応気を付けてはいたものの、落語が終わって次に何が行われるのか、という放送は今のところ流れていない。人の塊があまり動かないところを見ると、次の会場もここでいいみたいだけど……本当、何するんだろう?
「なあ孝一。どっかにWATERの出るとこねえか? 俺様、喉渇いちまったんだゼ」
 引き続き放送を聞き逃さないように最低限の気を払っていると、サタデーが若干不快そうな口でそう訴えてきた。
「あー、サタデーは飲み物無しだったもんねー」
 栞さんの言うように、僕達はジュースを買ったもののサタデーには何もなし。仕方がないとはいえ、やっぱりちょっと気の毒ではある。とは言うものの……
「うーん、休日じゃあ食堂は閉まってるだろうしなあ……トイレの手洗い場とかじゃあ」
「NO! THANK YOU! だゼ」
「だよね」
 ならば他にどこか……と考えてみても、まだあまり学内全体を把握していないせいもあってか、該当箇所が思い浮かばない。
 するとここで大吾が、
「ここって一応花壇とかあるしよ、水遣り用の水道くれーあんじゃねえのか?」
「……それだ! ナイス大吾!」
 さすがは動物の世話係、目の付け所が違うね! ――で、言われてみれば隅のほうにそんなのがあったような気がするんだけど……
「OH,あるのか。で、その水道はどこにあるんだ?」
 水道の存在に小躍りするサタデーに、遠くを指差して答える。
「あの裏の辺りだったと思う」
 伸ばした指が指し示すのは、さっきまで芸披露の場だったステージ。今は次に行う何かの準備中で、ステージ隅に色も大きさも様々な箱が置かれていた。
 あれは……景品か何かなのかな? 遠目に見ても、何かの商品みたいだけど。まさか、ステージの上で店を開くわけでもないだろうし。
「ステージの裏って、行ってもいいのかなぁ?」
「見たところ進入禁止だと示す物は何も無いな。取り敢えず行ってみようじゃないか」
 栞さんの心配も分かるけど、成美さんの言う通り行かなきゃ仕方が無いのもまた事実。
 なので、何はともあれ行ってみましょう。


 新入生歓迎の祭りなのだから、みんな上級生なのだろう。ステージの裏であくせくと動き回るスタッフの人達は、進入禁止どころか僕達に構う暇が無さそうなくらい忙しそうなのでした。
 そんな中、困ったような表情を伴って何やら話し合っている男性二人が気になったりもしましたが――
「ウヒョー! あったゼあったゼ~!」
 歓喜の声を上げて大吾から飛び降りるサタデーに、一瞬で関心を奪われるのでした。
「水飲み終わったらまた上って来るんだろうな、どーせ」
 やっと頭が自由になった大吾がそれでも不満を漏らす中、自分の身長と同程度もある水道に走り寄ったサタデーが、水道の先端に取り付けられたままのホースへつるを巻き付け引っこ抜いた。
「おいおい、誰かが見ていたらどうする」
 そこいらにある花壇へ水を遣るためのホース(恐らく)という事もあって、当然それはとても長い。成美さんの注意はつまり、そのホースが普通の人からも見えたままなのだという事なんだろう。
「悪いな。でももう我慢の限界なんだゼ」
「……………まあ、誰にも見られていなかったようだが」
 辺りを見回しして異常がない事を確認し、やれやれと肩を竦めた成美さん。回りからの視線を遮るようにサタデーのすぐ傍に立ってから、どうぞお好きなだけやっとくれ、と手の平を差し出した。
 それに満面の笑顔を作ってみせたサタデーは器用にもつるで蛇口をゆっくりと捻り、やや抑え目の勢いで流れ出た水をその大きな口へ直下させた。
「ング、ング、ング」
 喉を鳴らしながら一滴も溢さず飲み込むサタデー。鳴る喉がないだろう、という突っ込みは無粋なんだろうな。あれだけ美味しそうに飲んでると。
「……ップハー! いやあ、やっぱ喉渇いた分だけ美味く感じるな!」
「いつもの活力剤だったらもっと良かったんだろうけどね」
「言うなよ喜坂ぁ。んな事言われたら飲みたくなっちまうじゃねえか」
「あはは、ごめんごめん」
 蛇口を閉めたサタデーへ笑い掛ける栞さんに破顔し、では戻りましょうかと踵を返す。するとそこの先にはもちろんステージの裏側がそびえているわけですが――さっき困った顔で話し合ってた二人の男性が、明らかにこちらを見ていました。
 なんだろう、もしかしたら本当は入っちゃ駄目で、今更気付かれたとかそういう事なんだろうか?
「なんだ? 凄え睨まれてねえか?」
「WHAT? 水道使ったのがBADだったのか? それとも俺様が見えちまってるとかか?」
「えーと、孝一くんか成美ちゃんだよね、多分」
 高確率であちらの方々に見えていないみんなが怪訝な表情を浮かべると、
「まさか、帽子の下の耳に気付かれたか?」
 見える方は見える方で頭を押さえ、うろたえ始めるのでした。
 では何も口にしない僕が落ち着いているのかと言われればもちろんそんな筈もなく、むしろ動揺し過ぎて口が開けられないのでした。
「ま、いいか。無視して行っちまおう。知らねえヤツ等なんだろ?」
「そ、そうだね。知らない人だようん」
 こんな時ばかりは大吾のマイペースっぷりが頼もしい。その提言通り、視線を逸らしてさっさと歩き去る事に満場一致で決定しました。採決方法は簡単に首肯で。
「俺様、念の為にリュックに化けるゼ」
 見えてたとしたら今更な取り繕いっぽいけどサタデーはそう言って、成美さんをおんぶする時のように屈んで背を向けた大吾の両脇から肩にかけて二本ずつつるを通し、あたかも大吾に背負われているような形でぶら下がった。
 リュック……かなり頑張れば、そう見えないこともない。ような気がする。
「似合わんな……」
「じゃあオマエが背負えよ」
「遠慮する」
 花を模したリュックを背負う、若干厳つい大きめの男。成美さんの言う通り確かに似合わないけど、事態が切迫しているので仕方がない。とにかく今は、あの二人の視線から一刻も早く遠ざかりたい。
 ――が。
「あのー、ちょっといい?」
 なんと、その片方に声を掛けられてしまいました! えらく細身で、男前な気もします! ひがみとかじゃなく!
「ははいっ!?」
 どれですか!? 立ち入り禁止か水道禁止か植物禁止か猫耳禁止か!? ……やっぱり、幽霊禁止ですか!?
 慌てて声を上げると、そのなよっとした男の人は若干くねくねしながらこちらへ歩み寄ってきた。時折成美さんのほうへ目配せしながら。
「実は……次のプログラムなんだけど、参加する筈だった人達が来ないのよ。困っちゃうのよねぇもう始まっちゃうってのに」
 次? の、プログラム? って、何ですか?
「ま、そういうわけで。そっちの女の人と参加してみる気、なぁい?」
 そっちの女性と言いつつその男性が顎で指したのは、頭の耳が気になる様子の成美さん。
「……わたしか?」
 帽子を弄くる手を止めて、きょとんとした顔と声を返す。と、その男性は口に手を当てて薄ら笑いを浮かべた。
「他に誰もいないでしょ?」
 失礼ですけど、さっきから若干お姉さん入ってませんか? ってのは置いといて。
 他にいるんですけどね三名ほど。そうですか、見えてませんか。それはそれで一安心。
「すまんが、わたしはこの学校の者では……」
「あーあーいいのいいのそんな事は。参加者の顔立ちが良いほうがお客さんも喜ぶしね」
「……………」
 褒められているのに、明らかに不快そうな成美さん。分かる気もしますが、堪えてください。こんな所で火の玉なんて本気で洒落になりませんから。
「あ、あの、次のプログラムって何するんですか?」
 手遅れになる前に彼の興味をこちらへ移そうと、果敢にも自分から話し掛ける僕。偉い。
「あら、知らないの? 学期始まってすぐから参加募集のチラシ貼り回らせてたのに。……もしかして、あなたもここの学生じゃない?」
 張り回らせてた――って事はこの人、そのイベント内では指示を出す立場の人か。
「いえ、一応ここの者なんですけど……すいません」
「あらあら、いいってそんな頭下げなくても。どーせ大した問題じゃないんだから。で、時間が無いから簡単かつ手っ取り早く説明するとね」
 なんだかもう言葉一つ一つが首筋なぞってくるような感じがして堪らないのですが、だからといってどうしようもないので大人しく続きを聞きます。本当はとてもベンチに戻りたいんですけども。
「観客全員とこちらが集めた参加者で、鬼ごっこしてもらうの。もちろん、鬼はお客さん側。で、場所は学内全域ね。先生方の研究室と事務室以外なら、どこでも使用可能って事」
 偉い立場のお姉さんっぽい男の人の説明は、その必要があるのかどうか訊きたくなるくらいに体をくねらせながら行われた。
 ……鬼ごっこ? じゃあ、ステージ表に詰まれてたもろもろの品物は……
「最後まで捕まらなかったとしたら、わたし達に得はあるのか?」
 ナイスなタイミングで僕が尋ねたかった事とほぼ同内容の質問をする成美さん。すると偉い立場の人は、「んふふ」と勝ち誇るような含み笑いを見せ、それに答える。
「いろいろ用意させてもらった景品の中から好きな物を一つ、持っていってもらっていいって事になってるのね。と言っても経費で買い集めた物だから、あんまり高価な物はないんだけど」
「捕まった場合は?」
「参加賞として、そこらの出店で使える金券を五百円分。これは捕まらなくてもあげちゃうけどね。それから、全部終わった後に余った景品をくじ引きにかけるんだけど、捕まっちゃった場合はそのくじの番号札をあげる事になってるのよ。で、鬼ごっこ自体のルールは――」
 それから暫らく、腕だの腰だの……とにかく体のどこかしらを時折くねらせながら、その触るか触らないかの瀬戸際で撫で回してくるような声による説明は続く。原文そのままだと背筋がぞくぞく(悪い意味で)するので要約してみると、こんな感じ。

 逃げる側は二人一組。つまり僕ならば、成美さんと組む事になる。そうする理由は、逃げる範囲が広い分のハンデとの事。
 逃げる側の二人組のうち一方は、青い紙に安全ピンを通したものを服の腕部分に着用する。これを鬼に引きちぎられたら、ペアの二人ともに失格。
 鬼も一目で鬼だと分かるよう、赤い腕章を着用する。
 ゲーム開始から五分間鬼は動けず、逃げる側はその間に身を隠す。五分後、校内放送での合図ののち、鬼が動き出す。
 逃げる側の青い紙を引きちぎることに成功した鬼は、その切れ端と引き換えに景品を一つ選んで受け取れる。
 逃げる側は二人一組だが、ゲーム終了まで逃げ切った場合の景品は二人それぞれ受け取れる。
 ゲーム終了は、鬼が動き出してから一時間後である。

「――時間が無いとか言った割に、勢い余って一から十まで説明しちゃった。で、分かって頂けた?」
「ああ、大丈夫だ。……だそうだぞ日向、どうする?」
 説明を聞き終わってこちらへ向き直る成美さんは、さっきまでの不快そうな顔はどこへやら、まんざらでもなさそうなご様子。だけど僕としては、もう一押し何か決断に踏み切れる材料が欲しいところで。
「景品にどんなのがあるのか、今見ても構いませんか?」
 悪いのならステージの表に積んだりはしてなかっただろうけど、一応訊いてみる。さっきはちらっと見ただけで、どんな物があるのかはっきりしなかったし。
 すると、偉い立場の人はピンと伸ばした人差し指を頬にあてがって渋い顔。
「んー。景品教えてから参加決めてもらうってのも、ちょーっと不公平な気が……」
 そう言えば学期が始まってからすぐ参加者募ってたんだっけ? だとしたら、普通の参加者さん達は景品を知らされないまま申し込んだって事になるのかな? この反応だと。
「でも、まあいっか。背に腹は変えられないし」
 それでもあちらは後が無い状況――って正直な話ここまで考えて尋ねたわけじゃないけど、結果オーライで見せていただける事に。
「表に回れば見れるよ。ステージの上に並べてるから」
 それは知ってたんですけどね。……ごめんなさい、卑怯者っぽくて。
「それじゃあ、見せてもらってきますね」
「どうぞ色好いお返事を。んふふっ」
 ……ごめんなさい、やっぱりぶっちゃけオカマっぽいです。
「できれば決断はお早めにー!」


「いきなり妙な事になっちまったな」
 大吾が難色を見せ、
「そう? 面白そうだけどなあ」
 栞さんがそれに反し、
「おいおい喜坂、参加するのはこの二人なんだゼ?」
 リュックとして大吾の背にぶら下がったままのサタデーが突っ込む。
 当事者の僕と成美さんはそんな三人を静観しつつ、着きましたるはステージ表側の隅。裏でサタデーに水飲ませたりオカマっぽい人と話したりしてる間に模様替え作業は終了したようで、「毎年恒例」と隅に小さく書かれた「第十八回全校鬼ごっこ大会」の看板がでかでかと垂れ下げられていた。
 ……落語研究会の皆さんは、こういった物を造らなかったのでしょうか? これさえあれば「次に何をやるのか」なんて気にならずとも分かったでしょうに。
 ――愚痴はこの辺にして、本来の目的に移りましょう。
 ちょっとした、本当にちょっとした台の上に、重ねて積まれている景品達。積まれてるもんだから見えない部分はあるものの、
「扇風機に掃除機に、あれは……タオルの詰め合わせかな? 随分とまあ、生活感のある景品ばっかりですねぇ」
「間に合っていると言えば、間に合っているな」
 昼時のテレビショッピングでも収録できそうな品揃えに、揃って眉をひそめる僕と成美さん。
「俺様にゃ見えてねーけど、さっきの話聞いてた限りじゃどれもCHEAPなものらしいな。どうするよお前等?」
 大吾の背の向こうから、背の向こう側であるが故にステージの上を見る事ができないサタデーが問い掛けてきた。そう、あそこに見えてるのは殆どが安物って話なんだよね。せめて高価な物ならまだ参加意欲も沸いてきそうなものだけど……
「あ。ねえねえ孝一くん」
 遊びに参加してタダで物がもらえるという割には我ながらけち臭い事を考えていると、栞さんにぽんぽんと肩を叩かれる。そちらを向いてみれば、栞さんは商品の一つを指差していた。
「あれってもしかして、ケーキじゃない?」
「え? あ、本当ですね」
 食べ物だから、という事なのだろう。ショートケーキの写真がプリントされた白い箱以外にも、数種類の食べ物が入っているらしき入れ物が、縦に積まれた扇風機やらもろもろとは別の所で横に並べられていた。……ふむ。食べ物だったらまだ頑張ってみる気にもなりそうな――
 と再び視線を栞さんに戻してみれば。
「……………」
「……………」
「……………」
「……栞さん?」
「……………」
 えーと、なんだろうこの状況。さっきケーキを指した手を降ろした姿勢で、栞さんが固まったまま動かない。しかもその目は、かつてない程にきらきらと期待に満ちていて。
「ケケケケ。こりゃ頑張るしかねえよなあ孝一? 喜坂、そんなになるまで熱烈にご所望みたいだゼェ?」
「あんま喋んなリュック」
「OH,冷たいねえ」
 そう言えば、栞さんはケーキが好物だ――と、少し前に聞いたような気がする。毎晩特に好き嫌いもなく美味しそうに料理食べてるから、あんまり気にした事もなかったけど。
「そうみたいだね。あれだけの大きさならみんなでも分けられるだろうし、頑張ってみるよ」
 箱の形状からして、切り分ける前の丸いケーキが入っているのだろうと予想。そうじゃなかったとしても、箱の容積からしてやっぱりみんなで分けられる量がありそうだ。
「栞さん」
 呼んでも気付いてもらえないのは先程経験済みなので、声を掛けると同時に肩を叩く。
「はっ!?」
 するとその肩の持ち主は、電気ショックでもされたかのように全身をびくりと震わせた。
 ――僕が視界に入ってる人からすれば、今の僕の動きはパントマイムでもしているように見えたのだろう。それならそれでも別にいいけど。
「あ、えっと、何かな孝一くん」
「あのケーキが欲しいんですよね?」
「え、あ……でも、参加するのは孝一くんなんだし……」
 口でも身振りでも肯定はせず、むしろ困惑しているような表情すら浮かべる栞さん。しかし「でも」って言うからには、やっぱりそうなんだろう。
「全然構わないですよ。他にめぼしい景品も見当たりませんし」
 スタッフの方に聞かれたら嫌な顔される事請け合いな台詞ですが、本当の事なので勘弁してください。それに、一つはあったんですからね。めぼしい景品。
「……本当にいいの?」
「はい。あ、でももちろん、みんなで分けて食べますよ? 清さんと家守さんへのお土産にもなりますし」
「うん、それはもちろん。全部貰っちゃおうとするほど食い意地は張ってないつもりだよ?」
 もちろんそうでしょう、と目を細めると、視界の外から漏れてくるのは抑えようとして抑えられなかったような、鼻を鳴らすだけの笑い声。
「さっきのあの様子では、そう言われても説得力がないな」
「な、成美ちゃん……」
 痛い所を突かれた栞さんは、反論もできずに眉をひそめるばかり。そんな表情もなかなか――は、いいとして。
「成美さんは、何か欲しい物ありました?」
 二人一組で参加するゲームなんだから、相方の意思確認も必要だ。


コメントを投稿