「本当に仕様もないな」
確かに今自分でそう言ったばかりではあるんだけど、その割には結構刺さってくる物言いだった。それもまたしょうもないんだけど、なんて悪循環に陥り掛けていたところ、
「優越感なんて言い方をするから駄目なのだ」
と、笑いを引きずったまま。そう言われれば当然、つまり他に相応しい言い方があるってことか? なんて思ったりもするわけだけど、でもそれはわざわざ尋ねるまでもなかった。
「考えてもみろ、人間が他の生き物に対して人間であることを誇らないでどうする? 猫になりたいとでも言うのか? それか蝉の抜け殻とか」
「わざわざ例に出してもらったところ悪いんだけど成美君、それむしろぞんざいな扱いをされてないかい?」
「お前がどうのこうのではなく、この話自体がその程度のものということだよ」
「だといいんだけどねえ」
人間であること、なんて大層な話ではなかったつもりだけど、でも要するにはそういうことになるのか。そもそもがオレと旦那サン、つまりは個人対個人の話ではなく、人間と猫の差から来ている話である以上は。
で、となればやっぱりこういう話に繋がってくるわけで。
「わたしが猫であることを尊重してくれているのは嬉しいが、大元にあるのがそんな感情だとしたら願い下げだな。わたしではなくただ猫が好きなだけではないか、それでは」
「だよな。大丈夫、それはないから」
「うむ、ならば遠慮せず優越感に浸っておくといい。悪気がないのであれば、こいつだってそんなことで気分を害するほど小さな男ではないからな。まあ今の私のように笑いはするかもしれんが」
という話をされた以上、本当に笑われたとしても笑い返せてしまえるんだろう。
……とは思うものの、この話がこんな平和な締め括りで済んだのは成美の機嫌が良かったからだったんだろうな、とも。正直言って、機嫌を悪くさせるどころか怒られていてもおかしくない話だったんじゃないか、と思わなくはなかった。今朝、似たような話で人魂を一つ出させてしまってもいたことだし。
楽しそうにしている成美に合わせて笑っておきつつ、裏では反省しておいた。
「そうだ、ついでにもう一つ優越感に浸っていいことがあるぞ」
笑っていられるよう反省したにはしても立て続け過ぎないか?
とまあ、それはともかく。
「なんだ?」
「兄妹愛だ」
……これまたこっ恥ずかしい言葉が出てきたもんで。
とは言っても、唐突な話ではないんだろう。今日これまでやってきたことの半分はそれなわけだし。後の半分は夫婦愛――いや駄目だこれ余計恥ずかしい。
「あんまり人間特有って感じはしないけど、そうでもないのか?」
「ないわけではないが、独り立ちした後も顔を合わせ続けるのはそうそうないだろうな」
独り立ち、ねえ。うーん、必要に駆られて家を出ただけだからあんまり自覚はないけど、でも形としてはそういうことになるのかオレも。近所とはいえ別の場所に住んで、しかも嫁さんまで貰っておいて、独り立ちしてないっていうのも変な話だし。
「これはもうお前だって文句は付けられまい。自分だけではなく、庄子が絡むのだからな」
「その理屈で納得させられるのは避けたいところだけど、でもまあ、そうなるしかないか。あんな手紙まで書いた後なんだし」
「ふふふ、そうだろうそうだろう。ちなみにわたしも義理ながら姉だ」
「そこが言いたかったんだな?」
「そこが言いたかったのだ」
言えた立場じゃないから言わないけど、しょうもないなあ。
なんて思っていたところ、するとそんなしょうもない成美に対してはナタリーからこんな感想が。
「羨ましいですねえ、庄子ちゃんのお姉さんだなんて」
それはちょっと違う気がするなあ、とは思ったものの、説明は難しそうなので敢えてそこに踏み込むようなことはしないでおいた。妹は人気者だと、そこだけ見ておくことにしよう。
すると羨ましがられた成美は、何やらもじもじしながら「ところで大吾」と。羨ましがられて照れるのはいいにしても、そこでなんでナタリーでなくオレなんだろうか。
「今言った通り、強い兄妹愛というのはわたしが考えるに人間特有のものなのだが……わたしもいいだろうか? 優越感に浸ってみても」
義理の姉妹でも同じ話として扱っていいものかどうか、なんて考えが浮かばなかったわけではないけど、とはいえそれは余計な話でしかないんだろう。そもそも、尋ねる相手がオレというところからして間違っているような気もするし。
「庄子がどう言うか考えてみろよ」
「むう」
「すっごい喜んで大歓迎でしょうね」
照れついでに黙り込みまでしてしまった成美の代わりと言わんばかりに、ナタリーが正解を言ってくれた。そう、アイツの場合はそれ以外の反応なんか考えられないわけで。
「今日書いた手紙の内容だって大体そういうことだったろうに――まあ、分かってるからそういう反応なんだろうけど」
猫である成美を義姉として認めてくれるか、と、あの手紙の後半はそういう内容だった。そしてそれに対する庄子の返事がどういうものか成美は初めから見当を付けていたし、そして間違いなくそうなると確信してもいる。だったら今、それと似たような話で照れる必要なんかないんだろうけど――でもまあ、必要とか不必要とかじゃないしな、やっぱり。
「有難い話だな」
「そこはオマエの人徳あっての……ん? 猫徳か? まあなんでもいいけど、オマエがいい奴だからだろ。誰でも彼でも好きになるわけじゃねえだろうしなアイツだって」
逆につい先日、特別に好きな相手が出来たりもしたみたいだし。特別に好きになる基準があるんだったら、嫌う、とまでは言うと違う話になるから言わないにせよ、好きにならない基準というのもそりゃああるってことになるんだろうし。
「ということは、大吾さんもいい人なんですよね? 庄子ちゃんから見て」
ぐぬ。
反射的に反論したくはなったけど、でもそうもいかないだろう。なんせ今自分で人徳とか猫徳とか言っちゃったわけで、直後にそれを否定してしまったんじゃあ適当なことをそれっぽく言ってみただけ、みたいなふうになってしまうし。断じてそんなことはないわけだし。
というわけでどうしようもなく黙り込んでいたところ、するとそこで茶々を入れてくるのはそりゃあコイツなわけで。
「おやまあ、夫婦揃って――いや、お兄さんとお姉さんが揃って照れちゃってまあ。可愛らしいものだね、威厳は全くないけど」
うるせえ。初めからねえよそんなもん、今までどんだけケリ入れられたと思ってんだ。
「こっちからも好きじゃないとこうはなりませんよね」
「ここまでの話に乗っかるとすれば、『好き』よりは『愛』としておいたほうがしっくりくるんじゃないかなあナタリー君」
「あ、そういえばそうですね。兄妹愛、でしたもんね」
「そう。彼らは妹さんのことを深く深く愛しておられるのです」
ちくしょうこの野郎、一度黙り込んだからって。
……とはいえ、一度黙り込んでしまった以上はなかなか文句を言い出し難くあるのも事実だった。今から言うんだったら最初から言っとけよってな話ではあるわけだし。
「大吾君」
「なんだよ」
「兄妹のほうも夫婦の方も、口喧嘩ばかりしていた頃の君達も好きだったけど、今はもっと好きかもしれないよ。私達としては」
「……そうかよ」
茶化した直後に真面目っぽいこと言ってくるなよ、反応に困るんだから。
「ふふ、大変だな大吾。わたしと庄子は片方にしか関わっていないが、お前だけ両方じゃないか。兄妹と夫婦」
「オマエも姉なんじゃなかったっけか」
「それはそうだが、わたしと庄子はまず口喧嘩をしていた時期というものがないし」
そういやそうか。
オレもそうしてれば良かったかなあ、なんていうのは、今更な話なんだろうけど。それにそもそも、初めからあんまり仲が良過ぎる兄妹っていうのもなんか変な感じだし。
…………。
つまりあれか、これが大人になったってやつなのか。案外しょうもないところに転がってるもんなんだな、これでも一応は「成美と釣り合うために」とそれを目指していた身ではあるっていうのに。
気付いた、なんて言い方をするとまるでそれが対象をオレに限らない正解みたいな感じになってしまうので、「そう思った」程度にしておくとして。
そう思ったところで、じゃあついでにとオレはこんなお願いをしてみることにした。
「なあ成美」
「なんだ?」
「庄子の姉ちゃんになってやってくれないか」
庄子がそれを望んでいるのも、成美がそれを望んでいるのも、それはもうとっくに隠す必要もなければそんなつもりが起こりようもないくらいに周知の事実だ。けど、オレからそう頼んでみせるというのは、そういえば今まで一度もなかったような気がする。
「もちろんだとも」
妻になることを受け入れてくれた最愛の猫は、そちらについても自信たっぷりに了解してくれた。
確かに今自分でそう言ったばかりではあるんだけど、その割には結構刺さってくる物言いだった。それもまたしょうもないんだけど、なんて悪循環に陥り掛けていたところ、
「優越感なんて言い方をするから駄目なのだ」
と、笑いを引きずったまま。そう言われれば当然、つまり他に相応しい言い方があるってことか? なんて思ったりもするわけだけど、でもそれはわざわざ尋ねるまでもなかった。
「考えてもみろ、人間が他の生き物に対して人間であることを誇らないでどうする? 猫になりたいとでも言うのか? それか蝉の抜け殻とか」
「わざわざ例に出してもらったところ悪いんだけど成美君、それむしろぞんざいな扱いをされてないかい?」
「お前がどうのこうのではなく、この話自体がその程度のものということだよ」
「だといいんだけどねえ」
人間であること、なんて大層な話ではなかったつもりだけど、でも要するにはそういうことになるのか。そもそもがオレと旦那サン、つまりは個人対個人の話ではなく、人間と猫の差から来ている話である以上は。
で、となればやっぱりこういう話に繋がってくるわけで。
「わたしが猫であることを尊重してくれているのは嬉しいが、大元にあるのがそんな感情だとしたら願い下げだな。わたしではなくただ猫が好きなだけではないか、それでは」
「だよな。大丈夫、それはないから」
「うむ、ならば遠慮せず優越感に浸っておくといい。悪気がないのであれば、こいつだってそんなことで気分を害するほど小さな男ではないからな。まあ今の私のように笑いはするかもしれんが」
という話をされた以上、本当に笑われたとしても笑い返せてしまえるんだろう。
……とは思うものの、この話がこんな平和な締め括りで済んだのは成美の機嫌が良かったからだったんだろうな、とも。正直言って、機嫌を悪くさせるどころか怒られていてもおかしくない話だったんじゃないか、と思わなくはなかった。今朝、似たような話で人魂を一つ出させてしまってもいたことだし。
楽しそうにしている成美に合わせて笑っておきつつ、裏では反省しておいた。
「そうだ、ついでにもう一つ優越感に浸っていいことがあるぞ」
笑っていられるよう反省したにはしても立て続け過ぎないか?
とまあ、それはともかく。
「なんだ?」
「兄妹愛だ」
……これまたこっ恥ずかしい言葉が出てきたもんで。
とは言っても、唐突な話ではないんだろう。今日これまでやってきたことの半分はそれなわけだし。後の半分は夫婦愛――いや駄目だこれ余計恥ずかしい。
「あんまり人間特有って感じはしないけど、そうでもないのか?」
「ないわけではないが、独り立ちした後も顔を合わせ続けるのはそうそうないだろうな」
独り立ち、ねえ。うーん、必要に駆られて家を出ただけだからあんまり自覚はないけど、でも形としてはそういうことになるのかオレも。近所とはいえ別の場所に住んで、しかも嫁さんまで貰っておいて、独り立ちしてないっていうのも変な話だし。
「これはもうお前だって文句は付けられまい。自分だけではなく、庄子が絡むのだからな」
「その理屈で納得させられるのは避けたいところだけど、でもまあ、そうなるしかないか。あんな手紙まで書いた後なんだし」
「ふふふ、そうだろうそうだろう。ちなみにわたしも義理ながら姉だ」
「そこが言いたかったんだな?」
「そこが言いたかったのだ」
言えた立場じゃないから言わないけど、しょうもないなあ。
なんて思っていたところ、するとそんなしょうもない成美に対してはナタリーからこんな感想が。
「羨ましいですねえ、庄子ちゃんのお姉さんだなんて」
それはちょっと違う気がするなあ、とは思ったものの、説明は難しそうなので敢えてそこに踏み込むようなことはしないでおいた。妹は人気者だと、そこだけ見ておくことにしよう。
すると羨ましがられた成美は、何やらもじもじしながら「ところで大吾」と。羨ましがられて照れるのはいいにしても、そこでなんでナタリーでなくオレなんだろうか。
「今言った通り、強い兄妹愛というのはわたしが考えるに人間特有のものなのだが……わたしもいいだろうか? 優越感に浸ってみても」
義理の姉妹でも同じ話として扱っていいものかどうか、なんて考えが浮かばなかったわけではないけど、とはいえそれは余計な話でしかないんだろう。そもそも、尋ねる相手がオレというところからして間違っているような気もするし。
「庄子がどう言うか考えてみろよ」
「むう」
「すっごい喜んで大歓迎でしょうね」
照れついでに黙り込みまでしてしまった成美の代わりと言わんばかりに、ナタリーが正解を言ってくれた。そう、アイツの場合はそれ以外の反応なんか考えられないわけで。
「今日書いた手紙の内容だって大体そういうことだったろうに――まあ、分かってるからそういう反応なんだろうけど」
猫である成美を義姉として認めてくれるか、と、あの手紙の後半はそういう内容だった。そしてそれに対する庄子の返事がどういうものか成美は初めから見当を付けていたし、そして間違いなくそうなると確信してもいる。だったら今、それと似たような話で照れる必要なんかないんだろうけど――でもまあ、必要とか不必要とかじゃないしな、やっぱり。
「有難い話だな」
「そこはオマエの人徳あっての……ん? 猫徳か? まあなんでもいいけど、オマエがいい奴だからだろ。誰でも彼でも好きになるわけじゃねえだろうしなアイツだって」
逆につい先日、特別に好きな相手が出来たりもしたみたいだし。特別に好きになる基準があるんだったら、嫌う、とまでは言うと違う話になるから言わないにせよ、好きにならない基準というのもそりゃああるってことになるんだろうし。
「ということは、大吾さんもいい人なんですよね? 庄子ちゃんから見て」
ぐぬ。
反射的に反論したくはなったけど、でもそうもいかないだろう。なんせ今自分で人徳とか猫徳とか言っちゃったわけで、直後にそれを否定してしまったんじゃあ適当なことをそれっぽく言ってみただけ、みたいなふうになってしまうし。断じてそんなことはないわけだし。
というわけでどうしようもなく黙り込んでいたところ、するとそこで茶々を入れてくるのはそりゃあコイツなわけで。
「おやまあ、夫婦揃って――いや、お兄さんとお姉さんが揃って照れちゃってまあ。可愛らしいものだね、威厳は全くないけど」
うるせえ。初めからねえよそんなもん、今までどんだけケリ入れられたと思ってんだ。
「こっちからも好きじゃないとこうはなりませんよね」
「ここまでの話に乗っかるとすれば、『好き』よりは『愛』としておいたほうがしっくりくるんじゃないかなあナタリー君」
「あ、そういえばそうですね。兄妹愛、でしたもんね」
「そう。彼らは妹さんのことを深く深く愛しておられるのです」
ちくしょうこの野郎、一度黙り込んだからって。
……とはいえ、一度黙り込んでしまった以上はなかなか文句を言い出し難くあるのも事実だった。今から言うんだったら最初から言っとけよってな話ではあるわけだし。
「大吾君」
「なんだよ」
「兄妹のほうも夫婦の方も、口喧嘩ばかりしていた頃の君達も好きだったけど、今はもっと好きかもしれないよ。私達としては」
「……そうかよ」
茶化した直後に真面目っぽいこと言ってくるなよ、反応に困るんだから。
「ふふ、大変だな大吾。わたしと庄子は片方にしか関わっていないが、お前だけ両方じゃないか。兄妹と夫婦」
「オマエも姉なんじゃなかったっけか」
「それはそうだが、わたしと庄子はまず口喧嘩をしていた時期というものがないし」
そういやそうか。
オレもそうしてれば良かったかなあ、なんていうのは、今更な話なんだろうけど。それにそもそも、初めからあんまり仲が良過ぎる兄妹っていうのもなんか変な感じだし。
…………。
つまりあれか、これが大人になったってやつなのか。案外しょうもないところに転がってるもんなんだな、これでも一応は「成美と釣り合うために」とそれを目指していた身ではあるっていうのに。
気付いた、なんて言い方をするとまるでそれが対象をオレに限らない正解みたいな感じになってしまうので、「そう思った」程度にしておくとして。
そう思ったところで、じゃあついでにとオレはこんなお願いをしてみることにした。
「なあ成美」
「なんだ?」
「庄子の姉ちゃんになってやってくれないか」
庄子がそれを望んでいるのも、成美がそれを望んでいるのも、それはもうとっくに隠す必要もなければそんなつもりが起こりようもないくらいに周知の事実だ。けど、オレからそう頼んでみせるというのは、そういえば今まで一度もなかったような気がする。
「もちろんだとも」
妻になることを受け入れてくれた最愛の猫は、そちらについても自信たっぷりに了解してくれた。
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