(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十九章 この恋路の終着点 八

2012-09-15 20:59:26 | 新転地はお化け屋敷
 その夜。
 といっても夜遅くというわけではなく、まだ八時頃です。べつにそこまで引きずっていたわけではないものの、それでもやっぱり風呂に入るといろいろ落ち着くもので(何がとは言いませんけど)、風呂上がりにそのまま自分のベッドへ飛び込んだあたしはさっちんにメールをすることにしました。
 電話でもよかったのですが、というか長話になる可能性を考えると電話の方がよかったのでしょうが、もし今彼氏と一緒にいるようだったら、なんて普段はしないような気遣いがついつい顔を覗かせてしまったのです。まあ用件が用件ですしね。
 で、その用件というのはあれです。想定とは順序が逆になってしまいましたが、「今日の昼休みの件を『友達から相談を受けてのものだった』とあの時現れたあたしの好きな人に知らせてしまっていいだろうか」とお尋ねすることです。今日、知らせないままその話を終えてしまったので、今後その話をするかどうかは分からないわけですけど――まあ、一応というか念のためというか。
 というわけでそのような内容のメールを送信し終え、手放した携帯がその場でぽすんと倒れたのを見届けたあたしは、自分もそれに倣って全身を脱力させ――る暇は、ありませんでした。倒れたばかりの携帯が着メロを流し始めたのです。
「はい」
『なんかあったってこと? 今のメール』
「…………」
 本当なら何かある前に送る予定だったメールであって、ならば本当なら「そういうわけじゃないんだけどね」とでも返事をすべき場面だったのですが、でも実際はそうではないわけで。
「まあね」
『そういうことなら聞かせてもらおうじゃないか。文字じゃなくて声でね』
「ありがとう」
『困った時はお互い様ってやつだよ。なんせそのことでメール貰っちゃってるんだし』
 何がどうありがとうなのかを察してくれたのも、そしてそれを尋ねてこないことも、今のあたしにとってはすごく有難いことなのでした。とはいっても、今からそれを自分の口で説明することになるわけですけどね。
「彼氏は幸せ者だね、さっちんみたいないい女が彼女だなんて」
『よよよよせやい。でっへっへ』

『……取り敢えず庄子、メールで訊かれてたことについては別に構わないよ、私は』
「そ、そう?」
 本題が「取り敢えず」で済まされてしまったことに、あとさっちんのその声色からほんのり感じられる威圧感に言葉を詰まらせてしまうあたしでしたが、でもさっちんは構わずに話を続けてきます。
『知らない人って言っても、逆に知らな過ぎるからね。じゃあ知られてどうこうってことでもないんだし』
 胸を触られた、とまではさすがに言わないにしても、あんな言葉が飛び出すような相談を受けていたということを清明くん――さっちんからすれば知らない人に知らせてしまうわけですが、さっちん的にはそんなふうに処理される話であるようでした。
『さて庄子』
「はい」
 それまでベッドのうつ伏せになっていたあたしは、更に威圧感を増したというか、いっそ厳しくすらあるさっちんの声色に、姿勢を正座の形へと。
『私は最近彼氏ができたわけだ』
「はい」
『私はその彼氏のことがむちゃくちゃ好きだし、だから毎日めちゃくちゃ幸せなわけだ』
「はい」
『私だけが特別こうだってことはないと思うんだよ』
「はい」
『だから今諦め気味になってる庄子っていうのは、ぶっちゃけ叱りとばしてやりたい』
「…………」
『勿体無いよ、絶対に』
「……うん」
 それは、自分でだって分かってるんだよ。さっちんからすればそれでもまだ自覚が足りないってことになるのかもしれないけど、それでも、この気持ちが自分の中でどれだけ大きくなっているかを考えれば、勿体無いってことくらいは分かるんだよ。
 ……でも……。
 というわけであたしはメールに書いた質問と、あと今日その好きな人に会ったことだけでなく、そこまでさっちんに話していたのでした。互いの兄ちゃんとお父さん、あと幽霊がどうたらについてはもちろん伏せはしましたけど、どうやら他に好きな人がいるらしいと。あたしの好きな人には。
『そんなの構わずに庄子から告白するっていうのは駄目なの?』
「それは――その、ごめん。詳しくは言えないんだけど、ちょっといろいろ事情があって無理なんだよ」
 清明くんの霊障が治まって、嘘をついていたことを謝るまでは。
『分かった。告白するのは無理、ね』
「えーと、訊かないの? どうしてかって」
『訊いてもいいってんなら訊くけど、そうじゃないんでしょ? そんなことより、無理なのは告白だけなんだよね? 好きでいること自体が駄目とか、そんなマンガみたいな話じゃないよね?』
「……さっちんごめん、あたしちょっと泣きそう」
『ん。切らなくていいよ』
「ちょっと待っててね」
 耳から離した携帯を枕の下に仕舞い込み、あたしはまたしても泣くのでした。清明くんの家でそうだったように。
 ――待ってもらっている、ということももちろんあって、前回に比べ今回は手短でした。
「お待たせ」
『なんだったら今からそっち行って抱き締めてやってもいいぞ』
 正直ちょっと迷いましたが、
「いやいや、そこまでは」
 迷うとこじゃないですよねこれ。
『あっはは、そっか』
「そんなことされたら彼氏からさっちんを奪っちゃいかねないよ?」
『おお、それは恐ろしい』
「ありがとね、さっちん」
『おう』
 止ませた筈の涙がまた少し滲んでしまいましたが、それについては気にするほどのことでもなく。持つべきものは友達だなあ、とそれくらいで済ませておいて問題ないでしょう。明日学校で会ったら、その時は飛び掛かってでも抱き付いてやりますけど。
「んでさっちん、中断前の話なんだけど」
『うん』
「マンガみたいな話ってことはないよ。告白が駄目ってだけ」
『そっか。――んでさ庄子、待ってる間にこっちもちょっと考えてたんだけど』
「ん?」
 そりゃあこんな話をされたら何かしら考えようとするものなんでしょうけど、でもあたしからすれば「そこまでしてもらっちゃって」ということではあるのです。しかしだからといってそれを口にしてしまうとまた話の腰を折ってしまうので、お礼については後回しということに。……ええと、まあその、ちょっとしたことで目が潤んでしまう状態だったりするのです。今のあたしは。
『なんていうか、今までの話が全部ひっくり返りかねない仮説なんだけど……ふざけてるとかじゃなくて一応私なりに真面目に考えたことなんだけど、言ってみていい?』
「い、いいけど?」
 慎重過ぎるほど慎重に確認を取ってくるさっちんなのですが、しかし何を思い付けばそんなことをしなければならないのか、あたしにはまるで分かりませんでした。この場面で何を言われても、ふざけてるなんて思うようなことはないと思うのですが……?
『うー、どっちかっていうと道江が喜びそうな話だよなあ、やっぱり』
「みっちゃん?」
 どうしてそこで彼女が出てくるのかとその名前を繰り返すあたしでしたが、しかしさっちんは構わずに、硬くした声で続けてきました。
『あのさ、庄子』
「うん」
『その子が好きな女子っていうの、庄子だったりしない?』
 …………。
「…………」
 …………。
「…………へ」
 分かりましたが分かりませんでしたが、でもやっぱり分かりませんでした。その子というのは清明くんのことでだったらその子が好きな女子っていうのは清明くんが言っていたお世話になっている人でそれがあたしということになるとじゃあ今ここにいる清明くんが好きなあたしは何者ですかあたし実は二人いましたか? でもそんなことは有り得ないんだからじゃあその二人のあたしは一人二役な一人のあたしってことになるわけでだったら清明くんが好きなあたしと清明くんに好かれているあたしが同一人物ということは?
「へえぇえ!?!?」
『あー、いや、ごめん庄子。すっごい嬉しそうな悲鳴上げさせちゃってなんだけど、確証とか全くないからこの話。あくまで仮説、仮説だから』
 お、おう。そうだったそうだった。起きたまま夢を見ていたよさっちん。
 もしかしたらここはその夢が覚めたことにがっかりする場面だったのかもしれませんが、あたしの場合は「嬉しそうな悲鳴」なんてものを上げてしまったことに対する羞恥心が勝ってしまい、おほんと非常にわざとらしい咳払いを挟むことになりました。
 で。
「えーと、なんでそう思ったのかとか、訊いてみても宜しい感じで?」
『ああ、うん、それくらいは。ええとだね』
 引き続き慎重になっているのでしょう、そこで一拍間を置くさっちんなのでしたが、しかしその一拍の間にこっちは心臓がばくばくになってしまうのでした。だってそりゃあ確証がないと言われても、期待するなということであっても、期待せざるを得ないじゃないですかこんな話。実は好きな人と両想いなのかもしれない、なんて。
『お世話になってるって言ってたんだよね? その子。好きな人に』
「うん。……いやでもあたし、お世話って言われるようなことなんて」
 兄ちゃんの話をして、清さんの話を聞かせてもらっているだけなんだし。そりゃあ清明くんが暗い顔にならずにそういう話ができるようになったっていうこともあったけど、でもそれにしたって、お世話ってほど一方的なことではない筈だし。あたしからしたって――清明くんが好きだってことを抜きにしても――それは嬉しいことだし、有難いことなんだから。そういう話ができてしかも年が近い人がいるっていうのは。
『これは私が部活に、というか運動部に入ってるからなのかもしれないけど』
 普段より速く回る頭でさっちんには言えない事情をあれこれ思い浮かべていたところ、そのさっちんからは話の続きが。
『お世話になってるって言うよ? 別に何かしてもらったとかじゃなくても先輩、というか年上の人と付き合ってたら、取り敢えずは』
 …………。
『あ、付き合ってたらって、男女の話じゃなくてね?』
「あ、うん、それはまあそうだろうけど」
 そういうことなのかな、と納得しかかっているこの気持ちをどう扱うべきなのか、あたしは困惑していました。いいんでしょうか、してしまって。
「いやあでもそれだけじゃあ、ねえ? あたしに限定できはしないっていうか」
『そこなんだけどね』
「へ?」
『中学上がりたての時とか思い出してどう? グループが別っていうか、男女ってくっきり分かれてなかった? 今はもう、ちょろちょろそうじゃない集団も見掛けるけど』
「うーん、ま、まあ確かにそう……なのかな?」
 普段は女子三人でいるあたし達にしたって、クラスの男子から声を掛けられることもあればこちらから声を掛けたりすることだってあるわけです。つまりは男女分け隔てなく――とまでは言わないにしても、クラス全体でそこそこ仲良くしていたりするわけです。そこでじゃあ一年生の時はどうだったかと言われたら、確かに今のこんな感じではなかったでしょう。
「でも、それがどういう?」
『そんな時期の男子がだよ? 年上の女子が好きで、しかも他のこれまた年上の女子から好かれてるなんて、確率的に考えてちょっと無理があると思わない? 一目惚れでしかなくて大して付き合いがあるわけじゃないとかだったらまだ分かるけど、その二人ともと普段から親しくしてるなんて』
「は、はあ」
 あたしはともかくもう一方のほうまで年上だと決め付けてしまっているさっちんでしたが、そんな突っ込みをしようと思える雰囲気ではありませんでした。勢い付いているというか、全速力というか。
『となったらこれはもう、その子が好きな女子とその子を好きな女子っていうのが同一人物だと考えたほうがまだそれっぽいと、私は思う。それっぽいってだけだけど』
「うーん……」
『もういっこ』
「ま、まだあるの?」
『うん。話聞いてる感じだと庄子、その子の家に上がったのって今日が初めてじゃないんでしょ?』
「まあ。ちょくちょくお邪魔してるけど」
『で、学校でも同じくちょくちょく会ってると』
「そうだけど……?」
『学校でも外でもちょくちょく会ってるのに、今日の今日までその女の人と一切絡みがなかったって不自然じゃない? お世話になってる、なんて言うからには偶に会う程度じゃないだろうに、話にすら出てこなかったんでしょ?』
「あ」
 と、三つめにしてこれはなかなか。
 好きな人として話に出すのは躊躇われるにしても、お世話になってる人としてならいくらでも話題にできそうなものでしょう。それに時間を決めて会っているならともかく廊下や道端でたまたま顔を合わせて、なんてことのほうが多いあたしがこれまでその女の人と一度も、「その女の人に会う」という予定にすらぶつかってこなかったというのは、確かにこれはちょっと出来過ぎなのかもしれません。いや、「出来ている」ほうにカウントしてしまっていいのかどうかは知りませんけど。
 今日だってそうでしたけど、家に上がらせてもらったりまでしてるんですしね。しかも一度そうなったら暗くなり始めるまでお邪魔させてもらっているわけで、こう言ってしまうとなんだか清明くんを物扱いしているように聞こえてしまうかもしれませんが、そうなるとあたしは随分と「清明くんの時間」を占有していたりするのです。今思うと。
 ――というようなことを長々と考えていたところ、
『黙り込んじゃったよ。あっはは、いいねえ、初々しい感じで』
 さっちんからそんなお言葉が。そして恐らくはその言葉が意味している通り、あたしはその言葉でようやく自分が今会話中であることを思い出したのでした。
 とはいえしかし、照れ臭いのでそこらへんへのリアクションは省略。
「えー? でもそれはさっちんもまだ同じじゃないの? 彼氏いるったって、付き合い始めて間がないんだし」
『そりゃそうだけど、少なくとも今の庄子みたいな時期はすっ飛ばしちゃってるしね、私の場合。全然知らない人だったもん、付き合い始めた時点では』
「あー、それは、まあ……」
『まあでも、探り探りな関係ってのもいいもんだったよ? それはそれで。相手がいい奴だったからってことではあるんだろうけど、ちょっとずつ好きになれていくっていうかさ。あっちは初めからこっちのこと好きでいてくれてるってのは分かってたわけだから、不安とかストレスとかは全然なかったし』
 あたしの言葉の上から被せるように、かつ少しだけ早口で語られたその話というのはつまり、後ろ向きに捉えてくれるなと、そういうことなのでしょう。
 それにしたってその状況下で不安もストレスもなしでいられるというのは、割と限られた人だけのような気がしますが――まあでも、それはさっちんのいいところということになるのでしょう。不安やストレスを感じたりしたら、それは彼氏の側にも伝わっちゃうんでしょうしね。
『そんで結局のところ、今は全力で好きだしね。胸触らせるくらいには』
「あはは、胸の話はともかく、そのへんはもう毎日聞かされてるんだけどね」
『ご迷惑をお掛けしています』
「いえいえ」
 で。
「……しちゃっていいのかな、期待とか」
 いきなり話を変え、しかもその割に説明不十分で済ませてしまうあたしでしたが、けれどさっちんは理解してくれたようでした。
『間違ってたらその時はぶん殴ってくれてもいいよ』
「ぶん殴――さ、さすがにそこまでは。いやあ、さすが体育会系だね」
『いやいや、体育会系でも今時そこまでってそうそうないから。そこまでするのは友情の裏返しだと思っといて頂戴よ。確証も自信もあるかって訊かれたらないんだけど、これだけ言っちゃったらそれくらいはさ』
 そっか、体育会系でもそんな感じなのか。
 というのもなくはなかったのですが、でもやっぱり、胸にじんわりと染み渡る感動の方がそれに勝ってしまいます。
「じゃあ、それで泣く羽目になった時にさっちんの胸を借りるってことで」
『また胸かー』
「あ、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど」
『いいよいいよ、こんな彼氏のお手付きで良ければいくらでも』
「そこらへんは大丈夫」
 お手付きどころじゃ済まない成美さんを抱っこできるんですしね、あたし。
 とまあ、そうして平気でいられるのは今日たまたまその成美さんとそういう話をしたからなんでしょうけど。
『あら効かない? こういう話。ちょっと意外』
「恋人に関するもの以外での人生経験なら負けてないんだぜ、こっちだって」
『それならこっちは勝ってる部分を更に伸ばしてやるぜ――と、そういう冗談はともかく』
「ん?」
『説得力あるよね、庄子が言うと』
 何の話だろうか、と一瞬ちょっと迷いましたが、
「……人生経験?」
 そもそもこれしか言っていない以上、ならばこれでしか有り得ないのでした。
『うん。いやその、お兄さんのこともあるのかもしれないけどさ――でもそれを抜きにしても、なんてーの? 雰囲気っていうか、なんか落ち着くんだよね。庄子が近くにいると』
 人生経験、という言葉をあたしに当て嵌めてみた場合、真っ先に出てくるのはやっぱり兄ちゃんのことなのでしょう。幽霊のことはともかく「兄を亡くしている」ということについては親しい人には割と軽く話していますし、それが親しくない人に伝わったとしても特に気にはならないので(なんせ学校内でそういう話をしているくらいです、清明くんと)、こちらとしては特にどう思うということもありません。とはいえやっぱり今のさっちんのように、他の人からすれば遠慮がちな口調にならざるを得ないことではあるんでしょうけど。
 で、それはともかく。
「そんなこと言われたの初めてなんだけど」
『そう? うーん、私だけってことはないと思うんだけどなあ、そう感じてるの。道江だって多分』
「あれ以上落ち着いたら液体になって流れ出しそうなんだけど……」
 まがりなりにも固体である今ですらでろんでろんなんですし。
『あはは、確かに。そう思わせるってのもかなり凄いことなんだろうけどね、それはそれで』
「まあ、人に向けるにしてはなかなか斬新な評価ではあるね。間違いなく」
『そんで私らは道江のそういうところが好きなわけだ』
 ……確かにその通りではありますが、いきなり「好き」と来ました。好きか嫌いかと言われたら間違いなく好きなのですが、でもそれは友人に向けてさらっと言う台詞ではないというか、普通ならせめて「気に入っている」程度の表現になるんじゃないかというか。
 ということを踏まえて、あたしはこう思いました。
「なんか言いたいことがある感じ?」
『おおう、先回り食らったし』
 どうやら当たっていたようで、楽しそうに声を弾ませるさっちんなのでした。
『そういうことなら言っちゃうけどね、庄子』
「どうぞ」
『あんたらだって充分いい女だぞって話』
「…………」
 ああ、さっきあたしからそう言われたの気にしてたのか、と。
 それが照れから来るものなのかそれとも対抗心から来るものなのか、はたまた親切心から来るものなのかは分かりませんが、ともあれさっちんはこんなふうに「いい女」なのでした。
『現在進行形の庄子はともかく、道江は特に勿体無い。好きな男子がいないどころか彼氏欲しいとすら思ってないなんて。部活内じゃあ人気あるんでしょ? 気にしてる男子の一人くらいいるって、絶対』
 えらく突拍子のない決め付けをしてみせるさっちんでしたが、まあまあ、これくらいは。
「あのみっちゃんを惚れさせるような人がいたら見てみたいねえ」
『今みたいなこと言っといてなんだけど、全然想像つかんよね……。と、まあでも、別に彼氏作ることを無理強いするとかじゃなくてさ。思ってる以上にいいもんだぞって、そんだけの話で』
「大丈夫、そこらへんはここ最近のさっちん見てれば誰でも思い知らされるから」
『ご迷惑をお掛けしています』
「いえいえ。……それに、まあ、あたしの場合はね。無理強いなんてされるまでもないっていうか」
『ん。頑張ってよ、庄子』
「おうともさ」
 無理強いされるまでもない、にしても、前向きになれたのがさっちんのおかげであることは間違いありませんでした。
「ありがとう」
『それは私の妄想が本当だった時まで取っておいて欲しいかなあ。今そんなこと言われといてあとでぶん殴られたんじゃあ』
「あはは、だからそれはないってば」
 今ここでどういう結論が出ようと、実際のところが不明であることには変わりがありません。――し、そんなことはあたしだって分かっています。
 でも、というかだからというか、どういう結末が待っていようと今この時点で前向きでいられるということは、得になりこそすれ損をするようなことではないのでしょう。
「じゃあ本当だった時の分の『ありがとう』は取っとくよ、その時まで」
『なんか言いたいことありげな言い回しだなあ』
 もちろん。
「明日は覚悟しとくように。現時点分の『ありがとう』でもみくちゃにしてやるかんね、学校で会ったら」
『お礼の筈なのになんか不安にさせられるんだけど――あはは、まあ、楽しみにしとくよ』
「うん。……そろそろ切るね。また明日、さっちん」
『ん。また明日、庄子』
 切り際、ついありがとうと言ってしまいそうになりましたが、それについてはたった今話した通りなので飲み込んでおきました。あともう一つ、さっちんはその後彼氏と話はできたのか、というところを訊きそびれたまま通話を切ってしまいましたが……それについても明日に回すということにしておきましょう。
 で、です。
「…………」
 ぱたん。
 通話の途中で正座になってから、さすがにそのまま正座を維持していたわけではないにせよ座り込んだままだったあたしは、その場で仰向けに倒れ込みました。
「ホントに?」
 本当ではないかもしれません。というか、本当でない可能性の方が遥かに高いのでしょう。今のところ「話を聞いたさっちんがそう思った」ということでしかないのです、もしかしたら清明くんと両想いなのかもしれないという話は。……いや、まあ、そうだとしても両想いというよりは片想い同士というほうが正しい状況ではあるんですけど。
「あはは……ど、どうしよう明日から。これは駄目だ、駄目だって、視界に清明くんが入ったらその時点でにやけちゃうって絶対。不気味だってそれ」
 などと言いながら今の時点でもうにやけてしまっているあたしは、それを隠すため手近な位置にあった枕を引っ掴んでそこに顔を押し付けるのでした。誰に見られているわけでもないというのは、もちろん分かってますけども。
「清明くん……」
 告白はできません。どれだけ状況が好転しても、そこだけは変わりようがありません。
 なんてことをどうして今改めて思ったのかというと、それは自分にストップを掛けておくためです。好転した状況に甘んじてしまう、なんてことが、本意ではないにせよ考えられてしまうのです。充分に有り得ることとして。
 気持ちは募るばかりで、そしてそれを胸の内だけに留めておくことは、少なからず辛いことでもあるようでした。嬉し過ぎて、ということでもあるんでしょうけど、でもそれだけが原因ということでもないのでしょう、この胸の苦しさは。
 そんなこともあって顔を押し付けていた枕を胸の位置で抱くようにしてから、けれどあたしはそれ以上、どうすることもできないでいました。そりゃそうでしょう、どうしようもないんですから。


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