(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十四章 親と子 一

2008-04-13 20:55:04 | 新転地はお化け屋敷
「おや、皆さんお揃いで。おはようございます」
 その挨拶に三人は「おはようございます」と返し、一人は「おはよう」と返す。
「これからお出掛けですか? んっふっふっふ」
 朝一番。日曜日担当くんのけたたましい鳴き声を無視して二度寝し、二時間ほど後になって204号室を出た僕は順々に隣の部屋のドアをノックしていく。それに伴なって一人ずつ増えていく仲間とともに階段を降りてみると、そこで珍しく清さんと鉢合わせしました。おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
「いや、わたし達はまだこの後どうするのか検討中だ」
 四名を代表してそう答える成美さんは、検討中であるがゆえに現在普段の小さい姿です。そして普段の姿で出歩いているところに大吾が一緒なわけなので、成美さんの居場所は当然のように大吾の背中の上なわけです。
「検討中、ですか」
 外まで出ておいて検討中ではそんなふうに思われるのも当然だろうけど、訝しげな清さん。すると今度は、栞さんが口を開いた。
「清さんは? これからお出掛けですか?」
 成美さんのきっぱりはっきりな声も朝の目覚めには丁度いいけど、逆に寝起きの心地良さを増幅してくれるような栞さんのにこやかな声も耳に嬉しい。
 とまあ朝ボケだか天然ボケだかでそんな事を考える僕は会話の外。栞さんの質問に、清さんが引き続き普段通りの笑みを浮かべたまま答える。
「いえいえ、今日は外出厳禁です。迂闊な事に、妻が何時に来るのかまで決めていませんでしたから。今は――そうですね、ちょっと外で伸びでもしたら気持ちいいかな、と」
 そう言って清さんが空を見上げたので、僕も釣られて見上げてみる。すると確かに、外に出るだけで気持ちよさそうな快晴の青が、電線の向こう側一面に広がっていた。普段から外出がちの清さんでも、やっぱりこういう天気は気分が良いらしい。
「今から電話すりゃあいいんじゃないですか? ヤモリも今日はいるんですし」
 しかし同じく空を見上げていた大吾は、それほどの感動もないようにあっさりと話題を戻す。天気なんて毎日変わるものだからまあこっちのほうが自然なのかもしれないけど、それはそれでちょっとどうかなあ大吾くん?
「それもそうなんですけど、出掛けないと決めた以上今日は一日暇ですからねえ。いつ来るのか分かってもあまり変わらないと言うか、むしろ『いつ来るんだろう』と楽しみにできますから」
「はあ」
 失礼ながらもちっぽけと形容するしかないそんな楽しみすら、清さんはとても楽しそうに話す。そんなだから、大吾の返事から気が抜けてしまうのも仕方がないのかもしれない。
 ――と思ったそんな時、
「清一郎さーん! ボクも外に出たーい! おはようみんなー!」
 朝の一鳴きに勝るとも劣らないけたたましさが、102号室のドアの向こうから響いてきた。声だけ聞けばそれは声変わりを済ませていない男の子みたいな声質だけど、声の主はどちらかと言えば大人なんだよね。……まあ、人間が勝手にそう思い込んでるだけなのかもしれないけど。
「ああ、すいませんねサンデー。今開けますよー」
 壁の向こうへ届くようにやや間延びさせた返事をし、清さんが自分の部屋のドアを開ける。するとそこから現れたのは、てこてこあんよが可愛らしくて真っ白な体を持ち、真っ黒かつつぶらな瞳がちょっとだけ向き合うのをためらわせる、そんな日曜日限定の男の子。
「僕だけ除け者は嫌だよ。明美さんはいつ来るの? 僕の日に来てくれるなんて嬉しいな」
 喋り方がやや忙しい、ニワトリのサンデーくんです。
「あ、みんな揃ってるんだね。ちょっと早いけどお散歩? いい天気だもんね。ジョンも呼ぶ?」
「もうかよ? まあ、やる事決まってねーからそれもいいけど」
 その忙しい喋り方のままで今後を提案するサンデーに、さっきまで呆け気味だった大吾の声に色が付き始める。さすがは動物に好かれやすい動物好きのひねくれものってところだろうか?
「怒橋君、その『やる事が決まってない』というのは?」
 お尻をふりふり足元へ歩み寄ってきたサンデーへ視線を落とす大吾に、最初全員へ投げ掛けたのとほぼ同じ意味の質問をする清さん。サンデーの登場でもうそろそろ決まりそうな雰囲気だけど、やっぱり気になるらしい。
「あ、えっと、今日そこの大学で祭りやってるんですよ昨日からの続きで。本当だったらそっちに行く予定だったんですけど」
「楽の連れ合いが来るだろう? みんな、そっちが気になっているのだよ」
「なるほど」
 丁寧な言葉遣いの大吾に引き続き、その肩越しに成美さんが説明。納得した清さんは、「んふふ」とやや控えめに笑みをこぼした。
「お気になさらずどうぞ遊びに行ってください、と言いたいところですが、みんな揃ってるほうが妻も喜びますでしょうしねえ」
「こっちもみんな会いたいですしね。明美さんに会うの、暫らくぶりですし」
 栞さんのその発現に対する「僕は初めてなんですけど」とかいう揚げ足取りはさておき、みんなはちょくちょく会った事があるようで。
 そんな事実に清さんの奥さんへの関心を高まらせていると、
「あちらからしても楽しみでしょうねえ。いろいろ話もしましたし」
 やや気になる、そんな話。
「いろいろって、どんな事ですか?」
 訊いてみると、またも清さんはいつもの笑い。そして質問者である僕へその糸のように細められた目を向けると、
「最近、慌ただしかったですからねえ。日向君が引っ越してきた事もそうですし――んっふっふ、その他もろもろの事も」
「と言うと、わたしの体の事か?」
「哀沢さん、とっても大きくなれるようになったもんね。大吾も大喜びだよね。たまには大吾じゃなくて哀沢さんに乗せてもらおうかな」
 大吾が顔を引きつらせて何か言いたそうに一歩前へ踏み出しましたが、相変わらずの語り口でそれを寄せ付けないサンデー。大吾に背負われている成美さんを見上げながら、翼を軽くぱたぱたと。
「はは、構わんさ。大きい時の頭の上となると耳が邪魔になるかもしれないがな」
「わーい」
 ぱたぱたさせていた真っ白な羽をバンザイの形で停止させ、表情は変わらないながらも喜んでいるとアピールする。体が小さい事もあってかその仕草はとても可愛らしく、大吾以外の全員が彼を見下ろして口元を緩ませるのでした。
「――それももちろんありますが」
 しかし今は成美さんと清さんの会話中だったわけで、和ませてもらいながらも話の腰を折られた形になった清さんが、再び成美さんへ顔を向けた。
「それだけではありませんよ。わざわざ言わなくても、お分かりでしょうけど」
「うぬ……」
 言われて成美さん、背負われたままながらも若干身を引き、大吾の頭の後ろへ顔半分を隠す。わざわざ言わなくてもお分かりでしょうという清さんの言葉は真だったらしい。……もちろんそれは成美さんだけの話ではなく、僕達四人全員に関する話なんだろうけど。
「え? なになに? 清一郎さん、ボク分からないよ。だからわざわざ言ってくれていいよ? ジョンはまだ呼ばない?」
 よく分かってない一名は、持ち上げた首をカクカクキョロキョロさせながら清さんに答えを言って欲しいと頼み込む。そして最後にいつも通り違う話を混ぜ込んでくるんだけど、あれって自分で混乱しないのかな?
 なんて冷静に分析を始めていられるような状況ではもちろんなく、そしてそれはさっきと同じく僕だけに当て嵌まる話ではないので、栞さんがしゃがみ込んでサンデーに話し掛け始めた。
「あ、あのねサンデー。それはあんまり大きな声で言いにくいって言うかね。――って言うか清さん、本当にそんな事まで明美さんに言っちゃったんですか?」
 しゃがんだまま自分を見上げてくる栞さんに、清さんはこくりと頷いてみせる。それを受けて栞さん、「あう」と小さく呻き声。
「大きい声が駄目なら小さい声でもいいから教えてよー。ボクだけ分からないのは嫌だよ喜坂さん」
「じゃ、じゃあ……」
 せがまれた栞さんは、親切な事に耳打ちで教えてあげました。少しの間ゴニョゴニョとギリギリ聞き取れない音量での説明が行われ、それが終わるとサンデーは首をカクッと持ち上げました。そして、
「なあんだ。そんなの、みんな知ってるよ? 喜坂さんは孝一くんが大好きで、哀沢さんは大吾が大好きなんでしょ?」
 そりゃそうなんですがねサンデーくん、と僕のみならずみんなが口を挟もうといきり立ったその時、サンデーが「あれ?」と声を上げた。
「僕今、他のみんなに笑われてるよ。みんなだって知ってるのに、変なの」
 どうやら、他の曜日担当のみんなに笑われてしまったらしい。しかしそれでもサンデーは自分がおかしいとは微塵も思っていないようで、「お散歩はまだなの?」とあっさり話題を挿げ替えるのでした。
「あー、はいはい。行ってやるから少し待ってろ。ジョン連れてくっから」
 やれやれと言わんばかりに投げやりな返事をして、大吾が裏庭へと歩き始めた。もちろん成美さんはその背中の上におぶられたまま。付け加えるなら、顔を完全に大吾の頭の影に引っ込めて――と、それはともかく。という事は、このままみんなで散歩に行く事になるのかな?
 そう思っていると、大吾が途中で足を止めて振り返る。
「それと、もうちょっと口に蓋しろ」
 答えるのは、その背中を真っ黒な瞳で見上げかつ見送る成美さん以上に真っ白な彼。
「うん分かった。よく分からないけど」
 身長的にも心情的にも随分と高低差のあるその会話を最後に、大吾と成美さんは裏庭へ。一方のサンデーは、
「……………」
 言われた通り、口――もとい、嘴に蓋をしてみたようです。首だけはキョロキョロと忙しく動かし続けながら、それでも一切喋りません。その様子は、まるでオモチャのようです。
「サンデー、そこまで黙らなくてもいいんだよ?」
 栞さんが優しく教えてあげると、サンデーの首がそちらへと向きを定める。
 が、
「……………」
 やっぱりその嘴は開かない。もともと無表情なのもあって、動きを止めて黙ってしまうと見詰められる側は少々居心地が悪くなってしまう。
 という事でサンデーと睨めっこ状態の栞さんが苦笑いを浮かべ始め、そしてそれを合図にしたかのように清さんが笑う。
「んっふっふ、困りましたねえ」
 そして清さんは腰を屈め、ちょこんと佇むサンデーに手を伸ばす。
「……………」
 それでも尚黙ったままサンデーは文句一つ言わず清さんの手に抱えられ、その顔の前まで持ち上げられた。さっきはオモチャだったけど、今度はまるで人形だ。
「サンデー、怒橋君が言ったのはそういう事ではないですよ?」
「……………」
「サンデーの言う通り、成美さんは怒橋君が大好きです。そっちのお二人も、ですね。んっふっふ」
『……………』
「なのですが、それは少し恥ずかしい事だったりするんです。だからあんまり大声で言ってくれるな、できれば人前で言うな、と怒橋君はそう言いたかったんだと思いますよ」
「……本当?」
「ええ。喜坂さんも小さな声で言ったでしょう?」
「そうだね。なぁんだそっかー。ありがとう、清一郎さん」
 小さく羽をぱたつかせて喜んだ後、その羽を落ち着かせてから、サンデーはぺこりと頭を下げる。対して清さんは、「どういたしまして」とんっふっふ。そして、顔の前に持ち上げていた会話相手をゆっくりと地面に降ろした。
「ごめんね喜坂さん」
 その場でぺたぺたと方向転換し、栞さんを向き直ったサンデーはもう一度頭をぺこり。「ボク、よく分かってなかったよ」と自分の間違いを謝った。さすがにこんな時ばかりはみだりに話題を切り替えたりはしないらしい。
「あはは、いいよそんな。ちょっと恥ずかしかっただけの事だし」
 そう笑って見せた栞さんは、ちらりと僕へ目を遣ってきた。それは目だけの遣り取りでお互いに口は開かなかったけど、僕はなんとなく笑い返しておく。
 ――そんな時、近付く足音が二つか三つか。
「お待ちどーさん」
「ワンッ!」
 二つだったようです。片方は四本足だから――ってまあ、そんなとんち紛いな話はいらないんですけどね。
 とにかく、赤いリードを携えた大吾とそれに繋がれたジョンが現れました。
「あ、おはようジョン。ねえ大吾、哀沢さんは? さっきはごめんね」
「一つに絞れよ……まあその、さっきのアレは、もういいけどな」
 戻ってきて早々謝られた事に面食らったのか、頬を指で掻きながら詰まり詰まりの返事を返す大吾。そしてその背中には、サンデーの言う通り成美さんの姿はない。
「そんで成美は着替え中だ。オマエ、アイツの頭に乗りたいっつったろ?」
「あ、それじゃ乗せてもらえるんだ。やったあ」
 大吾を見上げて嬉しそうにバンザイするサンデー。その後ろでは清さんが腕を組んで考え事。でもその考え事の結論は、あっと言う間もなく出てくるのでした。
「という事は、哀沢さんは耳を出しているわけですね?」
 別に成美さんが小さいままでもその頭にサンデーを乗せる事はできるだろう。だけどサンデーはどうも「背の高い」成美さんの頭の上がご所望らしいので、今清さんが言った通り耳を出す事になったらしい。
「ええ、そうですけど」
 この質問には何の意図があるのだろう、と思っているのを隠さない訝しげな発音で大吾が返すと、清さんは顎に手を当てた。
「お散歩に出るところで悪いのですが、買い物を頼めませんかね?」
「あ、そりゃもう。散歩の途中で店に寄ればいいだけの話なんで」
「すいませんねえ」
「わーい、お店だー」
「ワンッ!」
 最初は大学に行くか清さんの奥さんに会うかで迷ってたけど、散歩に行く事になった上更に買い物へも行く事になりました。
 ついでに僕も買っとこうかな。食材とか。


「ああ構わんぞ。それで、何を買えばいいのだ?」
 身長が伸び、それに合わせて服の丈も伸び、ついでに帽子を被った大人バージョンの成美さんは、清さんの依頼を快く承諾。足元でサンデーが「乗せてー」とぱたぱたしてますがそれは二の次らしく、まるで無視です。
「何かお茶請けになるようなお菓子をお願いします。妻とは言え、外からのお客様ですからねえ」
「分かった。……だが、わたしはあまりそういったものに詳しくないぞ?」
 こくりと頷いた成美さんはしかし、腕を組んで不安顔。確かに一言でお茶請けと言っても、その種類はかなりの数に上るだろう。僕としては硬い煎餅とかが好みですが。
「んなもん、オマエ一人で行くんじゃねーんだし」
「む。それもそうだな」
 ぶっきらぼうな物言いであっさりと成美さんの不安を拭い去った大吾は、次に僕と栞さんを向き直った。
「で、孝一と喜坂も来るか?」
「うん。お邪魔させてもらうね」
「僕も行くよ。ついでに買い物しときたいし」
 訊かれるまでもなくそのつもりだったので(恐らくは栞さんもそうだったんだろう)、考える時間を飛ばして即答。よって、今回のお散歩メンバーは総勢六名です。
「よろしくお願いしますね。それでは皆さん、行ってらっしゃい」
 見送る清さんにそれぞれがそれぞれの言い方で「行ってきます」を伝え、最後に「ワウ」とジョンが小さく吠えて、僕達一行は歩き出した。
 当然、サンデーは成美さんの帽子の上に。


「オレはジョンとこの辺で待っとくけど……オマエ、そのまま入んのか?」
「そのまま、とはどのままだ?」
「頭だよ」
 お得意先のデパート、その入口目前に到着すると、ジョンは連れて入れないという事で大吾が待機を表明。そしてそのまま成美さんの頭へ少々引きつった表情を向けた。
「ボク? でも、座り心地いいよ? 清一郎さんのおやつ何がいいかなー」
「座り心地とかそういう問題じゃあ……」
 普段より潰れた形のニット帽の上で、サンデーは相変わらず。そんな彼に大吾は肩を落とす。
「いいではないか。どうせ誰にも気付かれやしないだろうし」
「それもなんか微妙に違う気もすっけど――まあ、いいってんならうるさくは言わねーよ。サンデーもそっちのほうがいいんだろうし」
「うん。耳がふかふかしてて気持ちいいからね。それより早く入ろうよ」
 こうして大吾の気遣いは気持ちだけ受け取られた感じになり、色白かつ白い服の成美さんは頭にこれまた白いふわふわの塊を乗せたままで店内へ。赤いトサカと黄色い嘴が目立つ……と言うよりはその周囲の白をより一層引き立てると言うか、とにもかくにも真っ白なその二人の組み合わせはついに人ごみの中へ突入。無論、僕と栞さんもそれに続く。
 成美さんが店内へ入って残るのが大吾という事で、一瞬「大吾と変わってあげようかな」とも考えたりした。だけど僕自身も買い物の用がある事を思い出したので、ほんの少し気が咎める中それについては結局無言のまま。
 特に悪い事をしたわけでもないんだけど、ごめんね大吾。一応。


「お待たせ」
「大吾、ただいまー。気持ちよさそうだねジョン」
「おう。意外と早かったな」
「ワウゥ」
 さっと買ってぱっと戻ってくると、店の入口脇に設置されたベンチに座った大吾はジョンの顎裏をさすりさすりしていました。お座りの姿勢で顔を上げ、大吾に顎を差し出すジョンは、サンデーの言う通りとても気持ちよさそうです。
「それにしても、普通の人からしたらジョンだけが見えてるんだよね? こんな所できちんとお座りしてるのって、結構目立ちそうだけど」
「でもま、目立つだけで誰も何も言ってこねーしな。もしなんかあったとしても、こっから離れればいいだけの話だし」
 なんとも堂々としたものだけど、確かにそんなものなのかもしれない。見ず知らずの犬に話し掛けるような人がいるわけでもなし。
「で、結局何買ったんだ? 清サンの買い物」
 ジョンの顎から手を放して立ち上がり、成美さんよりちょっと高い目線になった大吾は、成美さんが持つビニール袋へと視線を落とす。それに対して成美さんは袋の口を広げて中身を見せつけ、
「おはぎだ。それと……」
 そう言って僕のほうを向いた。
 成美さんの頭がこちらを向けば、当然頭の上のサンデーも。特に何も言ってこなかったけど、それはそれで存在感がある。なんせ場所が場所だし。
「なんだ、オマエもなんか買ったのか」
「うん。お近付きの印って事で、煎餅をね。僕は初対面だし。……自分の好み丸出しなのは否めないけど」
「煎餅が好きなのか? なんかジジくさいな」
「自分の好み丸出し」と卑下しておいてなんだけど、ジジくさいはちょっと酷くない? 美味しいじゃない、煎餅。……清さんの奥さんにもそう思われてしまうのだろうか。
「大吾はどんなお菓子が好き? で、お散歩の続きしないの?」
 僕の不安など知る由もなく、サンデーがせわしなく首を動かして周囲のみんなに問い掛ける。問い掛けられたみんなはそれぞれがそれぞれに顔を見合わせ、特に栞さんと成美さんはふっと笑って、ゆっくり足を動かし始めた。
 そしてついでに、
「オレなあ。好きな菓子って言われても、そんなもん最近食ってねーし……」
 結構マジになって考え始める大吾くん。
 しかし確かにそうなるのも頷ける。なんせお菓子どころか普通の食事だってあんまり食べてないんだし。
「あ、昨日祭りん時に食ったたこ焼きは美味かったな。あれでいいや」
 そんななので、悩んだ割には結局投げやりな答えが。
「じゃあ大吾くん、たこ焼き作るあのぽこぽこした鉄板買ってみたら? 自分で作ったら多分もっと美味しいよ」
 嬉しそうにそう仰る栞さんのにこにこっぷりは、まるで自分に覚えがあると言いたそうな程でした。いや、分かりますけどね。
 しかし大吾は苦い顔。歩みに合わせてツンツンした髪の先端を揺らめかせながら、うやうやしく腕を組む。
「オレがあ? そもそも適当に答えただけだし、そこまでしてはなあ」
「わたしだって刺身を食べるのに魚を捌いているぞ? お前もそれくらいしたらどうだ。たこ焼きの作り方は知らんが、日向や喜坂がしている料理に比べれば簡単だろう?」
「そりゃ、そうだろうけどな。でもとにかくオレにその気はねえよ」
 成美さんの説得も突っぱね、あくまで自分が作業する事を拒む大吾。僕からすれば「やってみたら結構面白いのにもったいない」ってな話だけど、やっぱりこればっかりは人によるかな。失礼ながら、大吾がたこ焼き作ってるのってあんまり似合ってなさそうだし。
「あっ」
 ――なんて事を考えた途端にタイミング良くそんな声がしたので、驚いてちょっとだけ背中を弾ませてしまう。しかしその声の主は大吾ではなく、では誰かと言うとこの中で一番小さい彼です。
「どうした?」
 頭の上の彼に成美さんが呼びかけると、彼はカクンと首を大吾へ向ける。
「オレか?」
「うん」
 こくり。
「チューズデーがね、哀沢さんは大吾にたこ焼きを作って欲しいんだよって。なんでかな? 哀沢さんもたこ焼きが好きなの? これ今、お家に向かってる?」
 それを聞いた成美さん、頭の上に掲げた両手でサンデーを掴み上げ、彼と向き合うように目の前へ。その目尻が突き刺さりそうなほどに細められた目は、完全に不機嫌を表している。
「唐突に妙な事を言うなチューズデー。明後日の刺身を無しにするぞ」
「よく分からないけど喧嘩は駄目だよ哀沢さん。それにボクはサンデーだよ? あ、チューズデーが『二人の仲を取り持つためならそれくらいどうって事はない』だって。よく分からないや」
「たこ焼きを作る程度でわたしと怒橋の仲がどうだとか、大袈裟にも程があるぞ。一々そんな些細な事に影響されてたまるか」
「だからボクじゃないよー。怖いよ哀沢さん。ところでチューズデーが『ほほう、もうそこまでガッチリと固まった仲になったのか。だとするなら確かに些細な事だね失敬失敬』だって。哀沢さんと大吾、固まったの? カチンコチン? 清さんの奥さんってもう来てるのかな」
「貴様……!」
「あっ、痛い、痛いよ哀沢さん」
 猫さん同士の口喧嘩を仲介する事になってしまったサンデーは、可哀想な事に指が食い込む程の力で思いっきりその小さな身体を握り締められてしまいました。
「む。わ、悪かったなサンデー。つい」
 一瞬はっと目を見開いて我に返った成美さんは、その次に申し訳無さそうな表情をしてその手から力を抜いた。
「あっ」
 すると抜き過ぎてしまったのか、サンデーがその手からすとんと落下。成美さんは驚きの声を上げる。
 ……しかし空中で翼をばたつかせながらも見事に着地を決めたところを見るに、もしかしたら成美さんの手をすり抜けてわざと落ちたのかもしれない。
「ボク、ジョンに乗せてもらうよ」
 サタデーは成美さんを見上げて変わらぬ声色でそう言うと、言葉通りにジョンの傍へとてとてと歩み寄る。
「大吾、お願い」
「あ、ああ」
「ワウ」
 大吾に向かって両翼を伸ばしたサンデーは、そのまま持ち上げられてジョンの背中へ。
「あの、サンデー」
 成美さんが気まずそうにその小さくて白い背中へ声を掛けると、サンデーは振り向かないまま答えた。
「怒ってないよ。二人に喧嘩して欲しくないだけだよ」
 その背中は、ジョンのしなやかな歩行運動に合わせてゆったりと上下している。しかしその落ち着いた動作はむしろ、なんとなくサンデーへ声を掛け辛く思わせてくる。
「……悪かった」
 成美さんの言葉を遮ってまで怒っていないと明言するって事は、多少なりとも怒ってるんだろう。でもさっきのあれは本気の喧嘩と言うほどのものでも――と思ったけど、痛い思いをしたサタデー本人からすればそれで済む話ではないのかもしれない。
「チューズデーはね、大吾が……哀沢さんがそうなのとはちょっと違う感じだと思うけど、大好きなの。だからちょっと意地悪したくなっちゃうだけなんだよ」


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