(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十四章 親と子 二

2008-04-18 21:04:17 | 新転地はお化け屋敷
 それは確かにその通りなんだろう。だけどいくらなんでもストレート過ぎるその表現に、チューズデーさんが不満タラタラなのは想像に難くない。しかしそれでもサンデーは、いつになく一本筋の通った話し方でかつ背中を見せたまま、成美さんに語り掛け続ける。
「本当は哀沢さんの事だって大好きなんだから、もっと仲良くしたらいいのに。哀沢さんだってチューズデーの事大好きでしょ?」
「うむ……言ってしまえば、そうなるのだろうがなあ」
 幼いながらも核心を突いてくるサンデーの言葉に、成美さんは酸っぱい顔。
 そんな様子に栞さんはくすくすと笑い始め、ジョンは尻尾をぱたぱたさせ、大吾は何故だか顔を逸らして前を向く。少し前まで自分と成美さんが今のチューズデーさんと成美さんみたいな感じだった事でも思い出してるのかな?
「……あれ、チューズデーが物凄く怒ってる。なんでかな、ボクまた何か勘違いしてる?」
「そんな事ないと思うよ。他のみんなはどう言ってるの?」
 首を傾けたところへ栞さんがそう言うと、サンデーはゆっくりと百八十度方向転換。栞さんのほうを向き、再び首を捻って「んー」と、ちょっとだけ考えるような仕草をした。
「みんな笑ってるよ。これはボクとチューズデーのどっちが笑われてるんだろう? ボクも一緒に笑ったほうがいいのかな? ねえジョン、ボク重くない?」
「ワンッ!」
 再度の百八十度方向転換に唐突な質問を乗せ、発音からしてポジティブな意味っぽい返事を受け取ると、サンデーは気分が良さそうに首をせわしなく動かし始めた。


 こうして本日のお散歩は、それに付随する買い物という目的に加えて成美さんとチューズデーさんにお灸を据えたりしつつ、無事(かな?)終了。目的地であるみんなの我が家に入り込むと、散歩の次に控えた予定へ順当に移り変わった。
「ありがとうございます。――妻? は、幸いな事にまだ来てませんねえ。んっふっふ、間に合って良かったですよ」
 全員がドアの前にずらりと並んで迎えた清さんは、その先頭に立つ成美さんから漉し餡で包まれた団子の箱を受け取ると、やっぱりいつものように笑っていた。
「なんだ、まだ来てないんだ。じゃあジョン、お疲れ様。ありがとうね」
 次いでサンデーが、奥さんより僕達のほうが早かった事に安心した様子の清さんとは対照的にやや残念そうな面持ち。そしてこちらも、やっぱりいつものようにあっさり次の話を。
 降りると言うよりは滑り落ちるような格好でジョンから降下したサンデーは、そのままとてとてと清さんの足元へ。
「ただいま、清一郎さん」
「お帰りなさい、サンデー。今日のお散歩はどうでしたか?」
「うーんと、哀沢さんとチューズデーがまた喧嘩しちゃった。それでボク、ギュってされてちょっと痛い思いして――あ、でも怒ってないよ」
「んふふ、そうですか。優しいですねサンデーは」
 そんな会話の間、成美さんの表情が優れなかったのは言うまでもなく。
「モテモテだよね、大吾くん」
「ですね」
 だったらもう一方の表情も優れなくしてみよう――と思ったわけじゃないんだろうけど、サンデーの話に絡めて栞さんがそう話し掛けてきた。なので僕は素直にかつはっきりと同意しておく。
「よ、余計な事言うんじゃねえよオマエ等! イチイチそんな説明とかしなくていいっつの!」
「説明……ああ、成程。そういう事でしたか喧嘩というのは」
「ぬぐあっ!」
 大吾、自爆。自分こそ余計な事言わなきゃ清さんからすればよく分からない話で済んだだろうにね。……ごめんなさい。
「まあ、それはあまり触れないでおきましょうか」
 小さく肩を上下させながら仕切り直す清さん。これがもし家守さんだったらと思うと、他人事ながら戦慄せずにはいられない。それこそベッタベタに触れ続けられるんだろうし。
「それで、みなさんどうします? 妻が来る事を気に掛けてもらっていたようですが」
 仕切り直しが入ったという事で話は変わり、今後の予定について。
 しかし、それについての結論は買い物中に出ていたのでした。
「あの、お邪魔じゃなければ寄らせてもらおうかな、と思ってるんですけど」
 食材と一緒に買った煎餅は、その事があったから買ったわけですしね。
「お邪魔だなんてそんな。んっふっふ、妻も日向君には会ってみたいでしょうからねえ。遠慮なさらず、是非来てください」
 返ってくる返事がこういうものだとは正直分かっていたけど、それでもまあ礼儀として、ね。
 なぁんて仰々しい事を考えていると、清さんは更に続ける。
「――という事になると、日向君だけというわけではなくなるんでしょうねえ」
 でしょうね。当初からの想定通り。
「みんな来るよね。そのほうが楽しいもんね。ジョンも来る?」
「ワンッ!」
 お誘いを受けたジョンは元気良く返事をし、嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせる。
 サンデーはデパートから帰る途中、チューズデーさんと成美さんを引き合いに出してお互いに「大好き」だと言った。だけどそれは全体の一部でしかなく、実体はその二人に限らない誰もが二人に限らない誰をも「大好き」なんだろう。今更言うまでもないけど。
 ――でも、言うまでもないって位置付けができるのは、逆に凄い事なのかもしれない。


「まだかなー、まだかなー」
「まだみたいだねー」
 本当なら奥さんが来てから再度集まればいいんだろうけど、そこは各部屋の住人同士の垣根が低いここの事。いったん部屋に戻って食材を冷蔵庫に放り込んできた僕も含めて、さっきのメンバーが全員終結して奥さんの来訪を待ち構えます。
 ……待ち構えるっていうのはちょっと嫌な言い方ですけど、栞さんの膝の上で首を長くして待ち焦がれるサンデーとこの人数を見る限りではそういう表現が一番合っているような気がするのでした。
「清サン、ヤモリは呼んどかなくていいんですか?」
 本来なら昼過ぎ頃に行うジョンのブラシ掛けを、同じく昼過ぎに行われる散歩が繰り上げて行われた事もあって既に始めている大吾。本日顎の裏をさわさわされて気持ち良さそうにしていたのと同じ表情なジョンを前に、テーブルに着いてゆったりとお茶を飲んでいる清さんへそんな質問。
「ああ、それはまあお客さんが来てからでいいでしょう。日頃無休で働いてらっしゃるんですから、こちらが都合を合わさせた結果とは言え、たまの休日は少しでもゆっくりしてもらいたいですから」
「無休……つったら、確かにそうなんですけどね。あんまりそんなイメージないですけど」
 家守さんの事となると成美さんと同等――いや、最近のやや丸くなった様子からすれば成美さん以上になるかな? やたらと突っ掛かる大吾でも、こればっかりは認めざるを得ない。
 みんなとどこかへ遊びに行くとかの予定が無い日は、土日でも関係無しに毎朝出発だしなあ。仕事の都合はいくらでもつけられるって言うけど、遊びの予定も何も無しにただ休みっていうのは今のところあった覚えがないし。
「もしかしたら、寝ていたりするのかもな。まだまだ午前中だし」
 大吾の隣で時折、ブラシ掛けの邪魔にならない程度にジョンへ控えめな手を伸ばす成美さんがぽつりと言う。サンデーのお説教からちょっとだけ元気がなさそうだけど、だからって機嫌が悪いわけでもなさそうだし……まあ、余計な気遣いは控えるべきなんだろうか。
 その辺りはジョンのもふもふによる癒し効果に期待しておくとして、
「――おや、来ましたかね?」
 その時呼び鈴が鳴りました。早速、と清さんが立ち上がり、玄関へと歩み寄ります。みんなの視線も当然、その背中へ集中。
 そして廊下を挟んだ向こう側、台所の流しの横にあるドアが開く音。それに続いて僕等の耳に届いたのは、
「おはよ、せーさん」
 期待していたのとはちょっと違った、でも決して歓迎しないわけではない人物の声でした。
「みんなも来てるんでしょ? にぎやかだったから目が覚めちゃったよ」
「んふふ、それはすいませんでした。肝心の人物はまだ来ていませんがね」
「あ、そう? 良かった良かった、寝坊せずに済んだ。――それじゃ、お邪魔します」
 そんな遣り取りを経て、戻ってくる清さんの後ろには呼び鈴を押した声の主。今日も太もも丸出しかつ上は黒シャツ一枚のみな、若々しい管理人さんの登場です。
「おはようございます、楓さん」
 真っ先に頭を下げた栞さんに続いて、部屋の中の全員が挨拶をする。
「おはよ、みんな」
 部屋を見渡し、返事は一つ。これでここの住人が全員この部屋に終結した事になる。……と言っても、あんまり珍しい事でもないんですけどね。昨晩もそうだったし。
「今日もお祭りあるって言ってなかったっけ? 大学で。そっちはいいの?」
 部屋内のみんなを捉えていた家守さんの両目が、明確に僕一人を捉える。正面切って対峙してみれば、まー相変わらず刺激的な出で立ちなんだけど……それは服装よりも家守さん自身の体付きによるところが大きいし、そもそも結構見慣れてるし。
 そんなわけで、朝っぱらから妙な感情を悶々させるような事は辛うじて無し。
「はい。いろいろやってるうちにこっちになりました」
「ほほー。で、それは?」
 こちらを見下ろす家守さんが顎でくいっと指したのは、デパートで買ってきた僕好みのお菓子。平べったくて硬くて醤油の味と香りが大層美味な――
「煎餅です。僕は今日初めて会うんで、手土産の一つでもと思いまして」
 まあ、種類やメーカ―によって味は様々ですけどね。そして今回買ったものは特に知ったものだって事でもないんですけど、まあいいでしょう。同じ煎餅の中でもちょっと高めだったし。
「ふーん。しっかりしてるねぇさすがこーちゃん」
「わざわざすいませんねえ、日向君」
「まあ、自分が食べたいっていうのが前提にあったりするんですけどね」
 それとついでに、成美さんが買ったおはぎだけじゃあどうにも人数に見合ってないような気がしたし。
 ――と、結局自分達……というか自分が食べる事が念頭にあったりして、「しっかりしている」と言うよりは「ちゃっかりしている」のほうが正しいかもしれない、と自分で思ったり。
「あっはは、分かる分かる。お土産とかって結局そんなもんだよねぇ」
 そう弾むように笑いながら、家守さんはその場にあぐらをかいて座り込,む。と、
「そう言えば楓さん、最近あのタバコみたいなの吸ってませんよね?」
 どこから「そう言えば」になったのかは分からないけど、栞さんが切り出した。しかし家守さんは丁度、そのただでさえピッチピチなパンツの、それ以上に窮屈そうなポケットへと手を突っ込んでいた。あの中だと多分、箱とかくっちゃくちゃなんだろうなあ。
「……今まさに、そうしようと思ったところなんだよねー」
「あっ、べ、別に吸われて文句があるとかそういう意味じゃないですから」
「そう? いやあ、夜は大分抑えられるようになったんだけど、どうも朝って口が寂しくてさ」
 それに続いて「それで口に咥えるのがこれじゃあなんとも情けないけどね」と自分を嘲りながら、ポケットから取り出した本物に似せた白くて細い棒を指で弄ぶ。
 確かにここ最近、晩ご飯会でタバコもどきを咥えてるのは見てなかったなあ。まあ食事時間なわけだからさほど変だとも思わなかったけど。
「よく分かんねーんだけど、どういう気分なんだ? んなもんにとっかえてまで吸いたくなるって」
 ブラシに絡まった毛の束を毟り取りながら、大吾がさも不思議そうに尋ねた。
 よくよく考えればその通りで、吸わないでおこうとするなら吸わなければいいだけの話だ。吸わないでおこうとするのに物を変えただけで結局吸う、というのはどうにも妙な話。
「依存ってやつだろうねー。落ち着かない時はこれ咥えてないとどーにもさ。自分でも早くなんとかしたいんだけどねー」
「ん? 別にそれで落ち着けるんだったら急ぐ必要もねーんじゃねえのか? 本物と違って体に悪いわけでもねーだろ?」
「そりゃそうだけどさ、なんとなーく外面が悪いような気がするんだよねぇただタバコ吸ってるよりも」
「ふーん……?」
 分かったような、分からないような。そんな曖昧な返事をして、大吾は再びジョンのブラシ掛けに戻った。すると今度は栞さんの膝の上からサンデーが、
「気にし過ぎなんじゃない? ボク達の中じゃ誰も家守さんを格好悪いなんて思ってないよ。煙はちょっと苦しくなっちゃうけど、前のタバコも今のそれもおんなじだよ?」
 と首を傾げる。そんな彼を膝に乗せる栞さんは、にこやかにその体を撫で始めた。これは羨まし……いや、いや。
 しかしそんな状況でも、サンデーは「まだ来ないのかなー」と清さんの奥さんのほうが気になる様子。そして家守さんは、手元のタバコもどきを口へと運んだ。
「そっかな? ありがとね、サンデー」
「ん? うん」
 上下の唇に挟んだ禁煙補助剤をカクカク上下させながらお礼を言う家守さんに、自分の中では話題が変わっていたため返事に一呼吸置くサンデー。なんともない遣り取りではあるけど、だからこそほっとすると言うかなんと言うか。


 さてさて。そんななんともない遣り取りがあちらこちらで交わされる102号室でしたが、ジョンのブラシ掛けが終わる頃になった大吾が、部屋の隅に置かれた掃除機へ手を伸ばし始めたその時でした。
「おや、今度こそようやく来たみたいですねえ」
 みなさんお待ちかねだった呼び鈴の音がようやく。
 先程家守さんが来た時と同様に立ち上がる清さんの背中を、これまたその時と同様に全員が注目する。と言ってもここからじゃあ玄関口はちょっと見辛い位置にあるんで、なんとか清さんの背中は見れてもドアの向こうの人までは見えないんだけど。
「はい。――ようこそ、いらっしゃい」
「おはよう、あなた。……あら、みんな来てるみたいねえ。靴がいっぱい」
「んっふっふ、前に話した日向君も来てくれてるよ。さ、どうぞどうぞ」
 そんな会話があって、人を連れた清さんがこちらへ戻ってくる。その人はウェーブ掛かった……と言うよりはもう縮れているといったレベルのパーマが掛かった黒髪を後ろで束ねて団子状にしており、家守さんと比べると(比べる相手が相手だからだけど)相当に落ち着いた上下とも裾の長い服装で、下はスカート。そして何より、清さんとはまた違った穏やかな笑みを湛えたその表情は、まさに「母親」。
 ――と感じるのは、清明くんの話があったからだろうけど。
「お久しぶりです、家守さん。それにみんなも。それから……」
 清さんに促されて前に出たその人はみんなに挨拶した後、僕のほうを向いた。
「日向さん……ですよね? 初めまして。清一郎の妻の明美(あけみ)といいます」
「あ、初めまして。日向孝一です。清さん――清一郎さんには、いろいろお世話になってます」
 座ったままで恐縮ですが、一応頭を下げておきました。すると奥さ――いや、明美さん? は、口に手を当てて小さく笑う。
「うふふ、話を聞く限りじゃあ逆に迷惑掛けてそうですけど」
「んっふっふ、どういう意味だい?」
 似たもの夫婦、という言葉が頭をよぎる。いくらなんでも会ってから数秒だし、早計なんだろうけど。
「日向さん。この人時々、早口で捲くし立てるような喋りかたしません? いえ、訊くまでもなくしてるんでしょうけど」
「あーっと、はあ、まあ。時々」
「困りますよねえ。大抵こっちには全然興味のない話ですし」
「えー……」
 肯定であろうと否定であろうと、どちらにしてもはっきりとした返事がし辛い。こんな事言われてますがどうでしょうと清さんを見てみれば、相変わらず。別になんとも思ってないのか、それとも何かしら思ってるのにいつも通りの顔なだけなのか。
「ほらほら、困っちゃってるじゃないか。変な事尋ねるのは止めてあげなさい」
「返事を聞くのが怖いだけじゃないの? うふふ」
 確かに困ってますし、止めてもらえるのは非常に助かるんですけど、笑いながら言われるとちょっとみじめですよ僕は。
「あのー」
 さっそく意気消沈している僕の背後から、申し訳無さそうな大吾の声。
「あら怒橋君、お掃除? ……え? この部屋の? あなた、何させてるのよ一体」
「いえあの、ジョンのブラシ掛けでこの辺毛だらけなんで、これもオレの仕事です」
「あら、そうなの」
 どうやら明美さん、大吾の仕事についてはご存知のようで。
 ――まあ、それも当然か。清さんがここに住み始めたのが四年前だし、明美さんのこことの付き合いも長いんだろう。
「それで、これからちょっとやかましくなりますけど……」
「ふふ、そんなの全然構わないわよ? どうぞご遠慮無く」
「はい」
 というわけで、言葉通りにやかましい掃除機の音が部屋に響き始める事に。
「毎日なんでしょ? 感心ねえ」
 そんなお褒めの言葉がこそばゆいらしく、口を歪め、しかしそれでも大吾は仕事を着々と進行させる。それこそ毎日やってるんだから手際もいい――いや、掃除機使ってて手際も何もないだろうけど。 
「凄いよね。毎日ボク達の面倒見てくれてるんだもんね。ありがとう大吾。ボク、この音ちょっと嫌いかなあ」
「それはさすがにどっちか一つにしてやれ、サンデー。反応に困るだろう?」
 少し時間を置いて、成美さんとサンデーの間にあった遺恨はすっかり消え去ったらしい。元々「怒ってない」と言い張っていたサンデーはいいとしても、あれからやや塞ぎがちだった成美さんが、ジョンを撫でている間に見せていた微笑をサンデーにも向けたのはなんともほっとした。
「そう? じゃあ、ありがとうってだけ」
「ワンッ!」
 サンデーが改めて日頃のお礼を口にすると、ジョンがそれに続く。もちろんなんて言ってるのかは分からないけど、この状況だ。「こうであって欲しいな」という願望は、誰からしても同じだった事だろう。ジョンもまた、サンデー達と同じく大吾に毎日世話をしてもらっているんだから。
「いちいちそんなの、言わなくてもいいっての……」
 栞さんの膝の上、そして成美さんの隣からの声に、そんな可愛らしい反応を見せる大吾。結果、それ以前の成美さんとサンデーの和解という流れもあって、掃除機がガーガーゴーゴーと騒々しい割にはなかなかどうしてな雰囲気に。
 あんまり広いとは言えない部屋に総勢九名もの人物(もちろんそれは人に限らず)が集まっているけど、それを意識してからですら、ここが窮屈だとは思えなかった。


「ご苦労様、怒橋君」
 掃除が終わり、居心地が悪そうにいそいそと掃除機を元あった部屋の隅へ戻す大吾に、明美さんが声を掛ける。
「いえ、いっつもやってる事ですから」
 不器用と言うかなんと言うか、本当にそう思ってるわけではないだろうに表情が不機嫌っぽくなってしまう大吾。しかしそれも構わず、明美さんは尚もにこにことしたその顔を大吾に向け続けていた。
「照れるなよぉだいちゃあん。アタシがそういう事言っても、そんな顔してくれないくせにぃ」
「う、うっせえ! なんかこう……勝手が違うだろテメエとこの人じゃあ!」
 家守さんが茶々を入れると、大吾は不機嫌な表情をそのまま反映したような荒声を上げ始めた。顔はともかくその急激な態度の変化に、明美さんは「あらあら」と頬に手を当てる。そして、
「――うふふ、相変わらずですねえ」
 手は頬のまま、家守さんへ向けて笑い掛けながら僅かに首を傾けた。それに対して家守さんは、「キシシ」と子どものような笑みを返す。
「でしょ? もう可愛くてたまんないんですよ」
「なっ!? ば、馬鹿にしてんのか!」
「思う壺だぞ、怒橋」
 大興奮の大吾の隣で、成美さんは呆れ顔。そのまた隣でジョンは、盛り上がった場に興味を示して舌をブラブラさせ始めました。そんなベランダ側の三名に、テーブル側の僕と栞さんとサンデーは和やかな視線を送って――
「ああ、駄目ねえ。ここに来た本来の目的に全然触れられないわ」
 はっ。
 とした。恐らくは部屋内の全員が。
「そうでしたそうでした。んっふっふっふ」


 という事で、明美さんが今日ここへやって来た本来の目的である息子さんの話が始まった。とは言っても昨日の晩ご飯時に清さんが言ってた通り、特に深刻そうな素振りも無く、みんなでこの部屋に集まってからと何ら変わりない雰囲気のまま。
「あの子全然そんな話しなかったから、電話があった時は何事かと思ったわ」
「今年から中学生だからねえ。親に隠れていろいろやってみたくなる年頃なんだと思うよ」
 あの痛ましい現場に遭遇した僕からすれば、正直その和やかさにちょっとだけ違和感を感じたりもした。
 だけど、案外こういうものなのかな、とも。当然の事ながら、清明くんの事を軽んじているわけではないだろうし。
「昨日は清明がお騒がせしました。話をして帰らせてくれたのは……日向さん、という事になるんでしょうか?」
 全員へ向けて頭を下げた後、僕へと顔を向ける明美さん。
 そう訊いてくるって事は昨日の詳しい話はまだ知らないみたいだけど、家守さんが仕事でいないとなると「話をして帰らせる」事ができるのは必然的に僕だけになる。そしてそれは実際にそうだったので、
「えっと、はい、そうです」
 正直に頷いた。
「ありがとうございました」
「私からも。ありがとうございました、日向君」
 そうして、二つの頭のてっぺんがこちらへ向けられる。そりゃあお礼を言われて悪い気はしないけど、年上の人にこうも深々と頭を下げられるとどうにも気分が落ち着かない。しかもそれ以前に、あの時僕は――
「大吾にそうしろって言われてやっただけですから。僕なんて実際のところ、どうしていいやらであたふたしてばかりだったですし」
 清明くんの事をまるで知らなかったとは言え、頭を抱えて苦しむ人を前にして人に言われるまで自分から何もできなかったというのは、判断力に欠けるんじゃないかなーと。
 しかしこちらのそんな思慮も、
「オレを話に出すな。どこがどうなって弄られるか分かったもんじゃねえ」
 さっきの弄られによって過敏になっている大吾の前では形無しなのでした。するとそこへ、
「でも大吾。今の孝一くんが言ったのって、大吾の事を褒めてたんじゃないの? ボクあの時、孝一くんみたいにあたふたしてたよ。あの時外にいたのはサタデーだったけど」
「そうだぞ怒橋。それにそうして捻くれてみたところで、余計に弄られやすくなるだけだ」
 サンデーが繋がってるようなそうでないようなな二つの話をし、その一つめの話について、成美さんが続く。大吾はそれにぐうの音も出ないようで、「ぐう」と黙りこくってしまった。……出てるね、ぐうの音。
 ちなみに成美さんの視線は最初大吾に向いていたものの、話が終わると家守さんのほうを向いていた。実に呆れたような目だった。
「ありゃ。なっちゃんを味方に付けられるとさすがに厳しいなあ」
 そんな事を言いながらも、呆れた目を向けられた本人は笑顔。それすらも楽しんでいるんだろう、この人の事だし。
 とか思ってたらここで明美さんが、ぱんっと顔の前で両手を打ち合わせた。
「ああ、そう言えばそうだったわ。怒橋さんと哀沢さん、ついにお付き合いし始めたんでしたっけ」
 何かと思えば「ついに」と来ましたか。
「そうですよー。それにしぃちゃんと、孝一くんことこーちゃんも、です」
 それは、わざわざ付け足さなくても。
「聞いてます聞いてます。うふふ、ますます楽しそうですね、ここは」
「ますます楽しいですよお」
 そもそもやっとの事で始まった清明くんの話はいいんですかと。


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